ホーム

探偵の知識

当事者の訴訟活動とその準備

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

前記のとおり、当事者追行主義の審理方式が、正確な事実の認定とこれに基づく判決に向けて正常に作動するためには、手続を主導する当事者の十分な準備活動が不可欠である。
検察官は、刑事訴追を行う権限を独占した国家機関であり(法247条)。個別事件について、刑罰権の具体的実現を求め、公判手続においては有罪判決を獲得するための主張・立証活動を行う。これに対して起訴された被告人は、補助者である弁護人の援助を受けて、防禦活動を行う。
検察官の犯罪事実及び重要な量刑に関する事実の主張の素材となる証拠は、前記のとおり捜査手続において収集・保全され、それは捜査手続の過程を通じて事件について起訴・不起訴の決定(これを検察官の「事件処理」という。法 248条)権限を有している検察官のもとに集積される(法 246条)。検察官は、法律家としてこれらの証拠を精査・検討し、起訴する場合には、将来の公判で主張すべき具体的事実を整理・画定し、裁判所の審理・判決の対象となるべき「公訴事実」を起訴状に記載・明示して公訴提起を行うのである(法 256条)。
他方。被告人側は、公訴提起後第1回公判期日までの間に、検察官が公判で主張・立証する予定の事実の具体的内容とこれを証明するための証拠や、一定範囲の防禦準備にとって重要な証拠等の開示を受けた上で、公判期日において、検察官の主張する事実に対してどのような法律上・事実上の主張や反証活動を行うか、どのような証拠を取調べ請求するか等の方針を策定する。
このような両当事者の主張を第1回公判期日前に突き合わせて、公判手続における争点と証拠をあらかじめ整理することにより、迅速かつ充実した公判審理を実現しようとするのが、「公判前整理手続」である(法316条の2以下)。この手続は常に用いられるわけではないが、裁判員裁判対象事件では必要的に(判員法49条)、またそれ以外の事件でも、手点が複雑な事件等で用いられている。
両当事者の準備活動においては、検察官と弁護人に法律家としての専門的技量が強く要請される。すなわち、多様な証拠・資料を精査・分析し、当事者として主張すべき「事実」を整理・明断化して記述し、その証明に必要不可で意味のある証拠を選定し。そのうえで、事実認定者である裁判所に対してする法律上・事実上の主張の組み立てを構成し、公判期日において行う証人尋問等の証拠調べの準備を行う。
このような当事者による事前の周到徹底した準備なくして、現行法の当事者追行主義訴訟手続が、正確な事実の認定に向けてその真価を発揮することはできない。公判前の準備段階における両当事者の努力が弛緩・衰弱すれば、結局。
捜査段階で集積された証拠を未理のまま多量に公判に頭出し、あとは裁判所の事案解明活動にすべてを委ねざるを得ないといった運用が生じるおそれがある。従前の刑事裁判には、多分にそのような傾向が見受けられたことは否定できない。それは、現行法の基本精神に反する不健全な事態であったといわなければならない。
*「裁判員」の参加する刑事裁判制度の導入は、従前、専門家のみによって運用されてきた刑事手続の様相に顕著な変化をもたらしたが、裁判員制度導入を見込んで行われた大規模な法改正は、充実した公判審理を続的、計画的かつ迅速に行うため、事件の争点及び証拠を整理することを目的とした「公判前整理手続」の設計導人にとどまる。それ以外の変化は主として公判における証拠調べの運用、これを担う法律専門家(検察官及び弁護人)の活動の在り方の変化。ならびに当事者追行主義における裁判所の役割すなわち判断者としての立場の再認識という形で現れることになった。このような運用上の変化に通底するのは、現行刑事訴訟法の制定当初からそこに埋め込まれていた当事者追行主義に由来する諸制度の的確な作動を徹底し、各専門家が法律家としての本来の役割を十全に発揮すること、また、各専門家が、これまで日々使い動かしてきた刑事手続の目的と意味を明瞭に意識して運用するよう務めることであった。この意味で裁判員制度の導入は、現行刑事訴訟法に内在していたその本来の設計思想を顕在化させ、充実した公判審理とい刑事裁判の本来的目的を達成するための強力な触媒になったといえよう。なお、同じ刑事手続法規が適用される裁判員裁判対象事件とそれ以外の事件で、手続の運用を異にする理由はないはずである。裁判員法は裁判所法の特別法であるが、刑事訴訟法の教習手続に対する特別法ではない。
〈序 参考文献〉
長谷部恭男編・注釈日本国憲法(3)(有斐閣、2020年)
831【法定手続の保障】(土井真一)