|捜査手続|捜査に対する法的規律の構造と機能
2025年11月19日
『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8
1) 捜査手続については、捜査機関の権限発動の要件・範囲等を定めた法的規律や制度が設けられている(法第2編第1章捜査[法189条~246条。なお、法207条1項・222条等を通じて法第1編総則の条文が準用されるので注意を要する)。法は、捜査目的達成のために、対象者の意思を制圧してでも重要な権利・自由を侵害・制約する「強制の処分」に関し多数の規定を設けて、このような捜査活動に対し厳格な統制を図ろうとしている。それ以外の捜査手段については、一般的根拠規定を置く(法197条1項本文)ほか、手続を明確にするための若手の条文を設けるにとどまる(例えば、証拠の収集・保全に関する法198条・223条等)
捜査機関は、犯罪があると思料するとき、事案解明を第1次的な目標として活動する。国民の基本的権利・自由の侵害・制約を伴う可能性のあるこのような捜査機関の活動を、いかにして正当かつ合理的な範囲に統制・制するかが、捜査手続法の最も重要な課題である。その基本枠組ないし「適正手続の保障」という基本的価値判断は、憲法とこれを受けた刑事手続法規に具現されているが、具体的法律問題の解決に際しては、そのような枠組の下で、個別の法制度の趣旨・目的を踏まえ、考慮すべき要因をできる限り具体的に析出し、対象者の被る法益侵害と当該捜査手段の必要性との間の合理的調整を検討すべき局面も多い。
(2) 捜査に対する法的規律の基本的な枠組は次のとおりである。
第一、「強制の処分」は、刑事訴訟法に特別の根拠規定のある場合でなければ実行することができない(法 197条1項但書)。これを「強制処分法定主義」という。強制の処分の具体的内容とその要件は国会制定法律の形式であらかじめ一般的に定められていなければならないのであり、これは、手続法定原則(憲法 31条)の要請である。
第二、法定された「強制の処分」権限の個別具体的事案における発動に際しては、原則として、裁判官が処分の正当な理由と必要性を事前審査して発付する「令状」が要求される。これを「状主義」という。身体拘束処分については憲法 33条、住居等私的領域への侵入や証拠物等の捜索・押収については憲法 35条に基本的な定めがある。状主義の原則は、前記第一の要請に従い。
各強制処分の要件・手続として刑事訴訟法に具体的に法定・明示されている(例えば、逮捕について法 199条、捜索・差押え・記録命令付差押え・検証について法218条、通信傍受について法 222条の2及び「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」。
第三、立法府による一般的な要件の法定・明示と司法権による個別具体的事案における事前審査によって統制・制される「強制の処分」に該当しない捜活動については、捜査機関の判断と裁量で「その目的を達するため必要」と認められる場合に実行することができる(法197条1項本文。この条項にいう「取調」は、捜査活動一般を意味する)。
「強制の処分」を用いる捜査を「強制捜査」と称するのに対して、これに当たらない捜査を「任意捜査」と称するのが一般である。もっともここでいう「任意」とは、「強制」手段を用いないという意味に留まり、後記のとおり、対象者の完全に自由な意思決定に基づく同意・承諾を得て実行される場合(いわば「絶粋任意」の場合)に限定されるわけではない。言い換えれば、対象者の意思に一定の働き掛けを及ほし、また、対象者に対してある程度の法益優害を生じさせる手段も含まれ得る(例えば、警察官が対象者の意に反して腕を掴む程度の有形力の行使。取決昭和51・3・16集30巻2号187頁参照)。
このような法益侵害を伴う可能性がある以上、任意捜査については、「強制の処分」には当たらないというだけで直ちに正当化され許容されることはあり得ない。その適法性・許容性は、事後的にではあれ、裁判所の統制に服する。
司法判断の根拠規定は法 197条1項本文にいう「その目的を達するため必要」な手段であったかどうかであり、裁判所の事後的・容観的な法的判断に拠って制禦される。
なお、捜査機関が、人の身体拘束や証拠の収集・保全の手続過程において、以上の法的規律に反する違法な活動を行った場合には、これに接着接続する手続も違法性を帯び、裁判所の判断でその効力が否定されたり(例えば、達法な速捕手続に引き続く勾留請求の無効判断)、あるいは公判手続において違法な捜査により獲得された証拠の証拠能力が否定されることがあり得る(最判昭和53・9・7刑集32巻6号1672頁)。これは、捜査に対する法的規律の実効性を確保し、将来における違法な捜査を抑制する機能を果たすものである。
以上が、捜査に対する法的規律の基本的構造である。次に、その趣旨・目的と機能を具体的に説明する。
(3)「強制処分法定主義」は、国民代表たる立法府による事前の一般的な統制である。人の意思を制圧し重要な権利・自由を侵害・制約する国家権力の発動について、いかなる内容・形態の処分類型をどのような要件と手続により正当な捜査手段として設定するかは、国民代表による国会制定法律の形式であらかじめ定め告知することにより。国民の行動の自由を民主的に担保しようという考えに基づく。この統制の名苑人は、立法府以外の国家機関である。行政機関たる捜査機関はもとより、法の解釈適用を担う同法権・裁判所も、このような立法府の判断に服さなければならない。捜査機関が実定刑事訴訟法の条項にあらかじめ明記されていない「強制の処分」を実行することはもとより、裁判所が明文の根拠規定のない「強制の処分」を法解釈の形式を用いて創出・追認することも許されないというべきである。
* 例えば、現行法の明定する「通受」(法222条の2・通受法)に該当しないが類似した態様の室内会話傍受について、捜査機関がこれを実行すれば、法 197条1項但書に反するので直ちに違法である。また、最高裁判所が、法定されている「検証」処分の解釈や通信傍受処分に関する条項の類推解釈や準用の形式を用いて、室内会話傍受を許容する判断を示すことにより、立法府の判断を経ることなく実質的に新たな強制処分を創出したとみるべき場合には、そのような裁判所の判断は、法 197条1項但書を基礎付けている恋法 31条の手続法定原則に抵触するというべきである。この場合、司法権の賢明でない判断を変更・制禦できるのは立法府である。
強制処分法定主義の眼目は、第一に,捜査機関に向けられた「行為規範」としてその活動の事前統制を行うことにあるが、第二に、実定刑事訴訟法が想定していない強制処分(例えば、電気通信を介さない室内会話の傍受、通言受処分の対象犯罪の拡大,車両に使用者らの承諾なく秘かにGPS端末を取り付けて位置情報を検索し把握する捜査[いわゆる「GPS 捜査」]等)が刑事手続の目的達成に必要と考えられる事態が生じた場合に、裁判所ではなく、立法府が、その処分の具体的内容,犯罪捜査にとっての必要性と侵害される対象者の権利・自由の内容・程度、処分発動の要件・手続等について熟議検討したうえ、これを実定法規として創設するかどうか,またどのような具体的処分類型を造型するかの立法的
決断を要するとすることにある。こうすることで、国民の基本的権利・自由に対する「危険物」であると共に法目的達成に必要な国家権力発動に,民主的正当性と予測可能性が付与されるのである。これに対し司法権は、このような立法的決断の合憲性を審査することにより、基本権の擁護者として、立法府の賢明でない活動を制する役割を果たすべきものである。
**このような強制処分法定主義の趣旨・目的からすれば,法定されている強制処分の行為類型やその要件・手続について、類推解釈や準用の形式でその内容を対象者の権利・自由の侵害・制約を増大させる方向に解釈適用することは許されないと解すべきである。例えば、連捕に伴う無合状の捜索・差押えに関する条文(注220袋)を類推解釈して、被疑者を「逮捕する場合において」の要件に該当しなくとも、逮捕の実体的要件が認められる場合には、被疑者が不在で逮捕の現実的可能性がない時点であっても被疑者居宅の無状捜索に着手できるとする解釈は不当である。
これに対し、法定された強制処分の個別具体的事案における発動場面について、裁判所が対象者の被る権利・自由の侵害・制約の範囲・程度を減縮する方向で強制
処分関連規定の解釈適用を行うことは、それが実質的に別個固有の強制処分を創設するのでない限り、許容されよう。最高裁判所は、令状における条件の附加について、次のような法解釈を示している。「身体検査令状に関する[刑]法218条5項[現6項]は、その規定する条件の付加が強制処分の範囲、程度を減縮させる方向に作用する点において、身体検査令状以外の検証許可状にもその準用を肯定し得ると解されるから、裁判官は、[検証としての]電話傍受の実施に関し適当と認める条件、例えば、捜査機関以外の第三者を立ち会わせて、対象外と思料される通話内容の傍受を速やかに遮断する措置を採らせなければならない旨を検証の条件として付することができる」(最決平成11・12・16刑集53巻9号1327頁)。もっとも、この事案における「準用」は、法定された「検証」に条件を附加することにより、実質的には事件当時法定されていなかった通傍受処分を創設・追認したともみられるものであり、疑問であろう。
その後、最高裁判所は、いわゆるGPS 捜査に関し次のように説示して、令状における条件の附加と強制処分法定主義との関係について、まことに賢明な見識を示している(後記最大判平成29・3・15(II2(3)*])。「[対象範囲の限定明示、事前の令状星示に代わる公正担保手段の確保等]の問題を解消するための手段として、一般的には、実施可能期間の限定、第三者の立会い、事後の通知等様々なものが考えられるところ、捜査の実効性にも配慮しつつどのような手段を選択するかは、刑訴法
197条1項ただし書の趣旨に照らし、第一次的には立法府に委ねられていると解される。仮に法解釈により刑訴法上の強制の処分として許容するのであれば、以上のような問題を解消するため、裁判官が発する令状に様々な条件を付す必要が生じるが、事案ごとに、令状請求の審査を担当する裁判官の判断により、多様な選択肢の中から的確な条件の選択が行われない限り是認できないような強制の処分を認めることは、「強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない」と規定する同項ただし書の趣旨に沿うものとはいえない。
以上のとおり、GPS 捜査について、刑訴法197条1項ただし書の「この法律に特別の定のある場合」に当たるとして同法が規定する令状を発付することには疑義がある。GPS 捜査が今後も広く用いられ得る有力な捜査手法であるとすれば、その特質に着目して恋法、刑訴法の諸原則に適合する立法的な措置が議じられること
が望ましい。」
(4)「状主義」は、一般的な形式で法定明示された強制の処分が個別具体的事案において発動される場面で(例えば、個別事件の捜査に際し被疑者を連捕する場合。裁疑者の居宅内を捜索して証拠物を差し押える場合)。司法権がその処分発動の正当な理由と必要性を個別具体的に事前審査する仕組である。捜査に対する「司法的抑制」とも称される。その眼日は、人の身体・行動の自由や住居・所持品に対する権利等重要な権利・自由の侵害・制約を伴う「強制の処分」権限発動を、捜査機関限りの判断と裁量に委ねない点にある。侵害の程度が大きな権限の発動を事案解明を第1次的目標として追求する当の捜査機関の判断のみに委ねることは、極めて危険だからである。
憲法は、このような事前審査を「権限を有する司法官憲」すなわち裁判官(「裁判官」と称する)に委ねている(恋法 33条・35条2項)。捜査から中立的な立場にある裁判官が、処分発動の正当な理由とその必要性の有無を、一定の資料に基づき客観的に判断し処分の許否を決することにより,捜査機関の権限
行使を合理的な範囲に統制・制禦して不当な権利・自由の侵害・制約が生じるのを防止する趣意である。各強制処分における令状主義の具体的機能については、後に個別的に説明する。
*このような状主義の趣旨・目的から、裁判官の事前審査がなくとも対象者の権利・自由の侵害・制約が合理的かつ正当と認め得る事情があり、また緊急に必要と認められる類型的状況においては、無令状の強制処分を例外的に認めることができる。現行法は、現行犯逮捕(恋法33条、法212条・213条)と適法な逮捕に伴う無
状の捜索・差押え・検証(憲法 35条1項,法220条)について、それが可能な場合を類型的に「法定」している。このような令状を必要としない「強制の処分」も、実定刑事訴訟法に「法定」された要件に該当する場合にのみ許容されるのは、当然である。憲法の枠内で、刑事手続法にこのような状主義の例外要件を設定するのは立法府の役割であり、裁判所の仕事ではない。
**前記〔序【付記】〕のとおり、2024(和6)年の法制審議会答申により、電磁的記録による令状の発付・執行等に関する法改正要綱が示されている(要綱(骨子)「第1-2」)。
現行法上、被告人を召喚・勾引・勾留する場合や、捜査機関が逮捕・捜索・差押えを行う場合には、裁判長・裁判官が発する令状を要するとされており(法62条・106条・167条2項・168条2項・199条1項・225条3項・218条等).令状は紙媒体で発付され、処分を受ける者に示さなければならない(法73条・110条・201条1項・222条1項等)。そのため、合を執行する者の所在場所や処分が行われる場所が裁判所等の状を発する者の所在地から遠く離れている場合、令状を発する者による処分の要否・許否についての判断・審査それ自体に要する時間とは別に、令状を裁判所まで受け取りに行き、処分を行う場所まで運ぶという状の物理的な運搬等に長時間を費やすことがあり、処分の迅速な実行に支障を来す一因にもなってい
た。法改正要は、召晩状、勾引状、勾留状、鑑定留置状.差押状、連捕状といっ
た状は、電磁的記録によることができるとし、電磁的記録による令状をオンラインにより執行の現場で直ちに利用することができるようにし、令状に記録されるべき事項について規定を整備するものである。なお、現在令状の請求は、刑事訴訟規則により、「書面」でこれをしなければならないとされており(規則139条1項)、これを改正して、状の請求も、オンラインで可能とすることが想定されている。
憲法 33条・35条が定める「状主義」の趣旨は、前記のとおり、処分の対象となる人や場所.目的物について、逮捕や捜索等を行う正当な理由が存在することをあらかじめ裁判官に確認させ、対象となる人や場所・目的物を令状に明示させて、その範囲でのみ捜査機関等に処分の実施を許すことにより。捜査機関等の意や裁量の濫用・逸脱等による不当な権利侵害の余地を封じるところにある。電磁的記録により令状が作成・発付される場合でも、書面による場合と同様に、処分の対象について、逮捕や捜索等を行う正当な理由が存在することをあらかじめ裁判官に確認させ、電磁的記録による令状に罪名や差し押さえるべき物等の処分の対象となる物や場所が記録され、その内容が捜査機関等に対して表示されることにより、逮捕の理由となる犯罪や捜索等の処分の対象となる人や場所、目的物が明示されかつ、捜査機関等がその内容を変更できないことが確保されるのであれば、令状主義の趣旨を十分に満たし、憲法33条・35条に反することにはならないと解される。
なお,書面による状と電磁的記録による令状の関係について要綱は、現行法の書面による令状と電磁的記録による令状を並列の関係に立つものと位置付け、裁判所はそのいずれも選択できるとしている。電磁的記録による令状を原則とし、書面は一定の要件を満たす場合に限ると、裁判所は令状発付の際にその要件に該当するかの判断も行わなければならず、令状発付をいたずらに遅延させる結果にもなりかねないと考えられたことによる。捜査機関側に書面の令状を必要とする事情が存する場合には、令状請求の際にその旨を裁判所に伝え、それを踏まえて令状の形式が適切に選択される仕組みとすれば足りるであろう。
(5) これに対して「任意捜査」は、捜査機関限りの判断と裁量でまず実行できる点に眼目がある。すなわち、ある捜査手段が刑事訴訟法中に類型的に法定されている「強制の処分」に該当しない場合、又は「強制の処分」の実質を有る重要な権利・自由を侵害・制約するような手段とはいえない場合には、特別の根拠規定がなくとも、裁判官の事前審査という令状主義の規律なしに、捜査機関独自の判断で、対象者への様々な働き掛けが可能である。捜査過程に生起する多様な状況に臨機応変に対応し的確な捜査手段を随時選択行使できる軟性がその特色である。
しかし、任意捜査であっても前記のとおり対象者の法益を侵害する可能性があるので、そのような法益侵害と手段の必要性との間の合理的権衡が要請される。すなわち捜査「目的を達するため必要」な限度でのみ許容されるという、国家権力行使についての「比例原則(権衡原則)」の考え方が働くのは当然である(法 197条1項本文。後記13のとおり判例はこれを「具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるもの」と表現している。前掲最決昭和51・3・16)。
もっとも任意捜査がこのような許容限度を逸脱し違法というべきであったかどうかは、当該手段が用いられた事案が何らかの形で刑事事件等の裁判手続に進み、その過程で当該捜査手段の適否が争点とされた場合に初めて、裁判所の事後的な審査に付されるにとどまる(例、察官の用いた捜査手段に抵抗して加えられた、行の事実で現行犯逮捕され起訴された公務執行妨害被告事件の裁判で,捜査目的達成のため用いられた被告人に対する察官の有形力の行使の適否が争点とされる場合等)。事前の法的統制・制は存在しない点に注意を要する。
(6) 以上の法的規律を踏まえ、任意捜査と強制捜査の手段選択の在り方を捜査機関側から見た場合、対象者に対する侵害が小さく個別具体的事案の諸状況に臨機の対応が容易なのは任意捜査である。特定の捜査目的を強制捜査ではな
<任意捜査で達成することが可能であると見込まれる場合には、対象者の法益を侵害する程度の小さい任意捜査を選択するのが一般的には望ましいといえよう。これを「任意捜査の原則」という(普察官に対する「犯罪捜査規範」[昭和32年国家公安委員会規則2号]99条は、「捜査は、なるべく任意捜査の方法によって行わなければならない」との行動指針を定めている)。他方、対象者の自由な意思決定に基づく同意・承諾があったとしても(このような「純粋任意」の場合、対象者の法益は放棄されているから法益侵害はないというべきである),事後的に同意・承諾の有無に争いが生じるおそれが見込まれるときには、厳格な法的規律で統制され状裁判官の関与する強制処分の法形式を用いるのが適切と考えられる場合もあり得よう(例えば、死罪捜査範108条が「人の住居又は人の看守する場を、建造物若しくは船につき捜茶をする必要があるときは、住居主又は看守者の任意の承諾が得られると認められる場合においても、捜索許可状の発付を受けて捜索をしなければならない」と定めているのは、このような趣意であろう)。したがって、前記のような状況でも一緒に任意現金を選択すべきであるとまではいいされない。
前記のとおり。特定の捜査手段が、法定されている「強制の処分」に類型的に該当する場合又は実質的にこれと同様の「強制の処分」と評価される場合であるか。それとも任意手段であるかどうかの区別は、特別の根拠規定と状主義の事前統制を受けることなく捜査機関独自の判断と裁量で実行できるかどうかという捜査機関の行為規能を明瞭にするという点において、決定的に重要である。その区別をどのような基準で判断すべきかについては、光にあらためて検討する。
捜査機関は、犯罪があると思料するとき、事案解明を第1次的な目標として活動する。国民の基本的権利・自由の侵害・制約を伴う可能性のあるこのような捜査機関の活動を、いかにして正当かつ合理的な範囲に統制・制するかが、捜査手続法の最も重要な課題である。その基本枠組ないし「適正手続の保障」という基本的価値判断は、憲法とこれを受けた刑事手続法規に具現されているが、具体的法律問題の解決に際しては、そのような枠組の下で、個別の法制度の趣旨・目的を踏まえ、考慮すべき要因をできる限り具体的に析出し、対象者の被る法益侵害と当該捜査手段の必要性との間の合理的調整を検討すべき局面も多い。
(2) 捜査に対する法的規律の基本的な枠組は次のとおりである。
第一、「強制の処分」は、刑事訴訟法に特別の根拠規定のある場合でなければ実行することができない(法 197条1項但書)。これを「強制処分法定主義」という。強制の処分の具体的内容とその要件は国会制定法律の形式であらかじめ一般的に定められていなければならないのであり、これは、手続法定原則(憲法 31条)の要請である。
第二、法定された「強制の処分」権限の個別具体的事案における発動に際しては、原則として、裁判官が処分の正当な理由と必要性を事前審査して発付する「令状」が要求される。これを「状主義」という。身体拘束処分については憲法 33条、住居等私的領域への侵入や証拠物等の捜索・押収については憲法 35条に基本的な定めがある。状主義の原則は、前記第一の要請に従い。
各強制処分の要件・手続として刑事訴訟法に具体的に法定・明示されている(例えば、逮捕について法 199条、捜索・差押え・記録命令付差押え・検証について法218条、通信傍受について法 222条の2及び「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」。
第三、立法府による一般的な要件の法定・明示と司法権による個別具体的事案における事前審査によって統制・制される「強制の処分」に該当しない捜活動については、捜査機関の判断と裁量で「その目的を達するため必要」と認められる場合に実行することができる(法197条1項本文。この条項にいう「取調」は、捜査活動一般を意味する)。
「強制の処分」を用いる捜査を「強制捜査」と称するのに対して、これに当たらない捜査を「任意捜査」と称するのが一般である。もっともここでいう「任意」とは、「強制」手段を用いないという意味に留まり、後記のとおり、対象者の完全に自由な意思決定に基づく同意・承諾を得て実行される場合(いわば「絶粋任意」の場合)に限定されるわけではない。言い換えれば、対象者の意思に一定の働き掛けを及ほし、また、対象者に対してある程度の法益優害を生じさせる手段も含まれ得る(例えば、警察官が対象者の意に反して腕を掴む程度の有形力の行使。取決昭和51・3・16集30巻2号187頁参照)。
このような法益侵害を伴う可能性がある以上、任意捜査については、「強制の処分」には当たらないというだけで直ちに正当化され許容されることはあり得ない。その適法性・許容性は、事後的にではあれ、裁判所の統制に服する。
司法判断の根拠規定は法 197条1項本文にいう「その目的を達するため必要」な手段であったかどうかであり、裁判所の事後的・容観的な法的判断に拠って制禦される。
なお、捜査機関が、人の身体拘束や証拠の収集・保全の手続過程において、以上の法的規律に反する違法な活動を行った場合には、これに接着接続する手続も違法性を帯び、裁判所の判断でその効力が否定されたり(例えば、達法な速捕手続に引き続く勾留請求の無効判断)、あるいは公判手続において違法な捜査により獲得された証拠の証拠能力が否定されることがあり得る(最判昭和53・9・7刑集32巻6号1672頁)。これは、捜査に対する法的規律の実効性を確保し、将来における違法な捜査を抑制する機能を果たすものである。
以上が、捜査に対する法的規律の基本的構造である。次に、その趣旨・目的と機能を具体的に説明する。
(3)「強制処分法定主義」は、国民代表たる立法府による事前の一般的な統制である。人の意思を制圧し重要な権利・自由を侵害・制約する国家権力の発動について、いかなる内容・形態の処分類型をどのような要件と手続により正当な捜査手段として設定するかは、国民代表による国会制定法律の形式であらかじめ定め告知することにより。国民の行動の自由を民主的に担保しようという考えに基づく。この統制の名苑人は、立法府以外の国家機関である。行政機関たる捜査機関はもとより、法の解釈適用を担う同法権・裁判所も、このような立法府の判断に服さなければならない。捜査機関が実定刑事訴訟法の条項にあらかじめ明記されていない「強制の処分」を実行することはもとより、裁判所が明文の根拠規定のない「強制の処分」を法解釈の形式を用いて創出・追認することも許されないというべきである。
* 例えば、現行法の明定する「通受」(法222条の2・通受法)に該当しないが類似した態様の室内会話傍受について、捜査機関がこれを実行すれば、法 197条1項但書に反するので直ちに違法である。また、最高裁判所が、法定されている「検証」処分の解釈や通信傍受処分に関する条項の類推解釈や準用の形式を用いて、室内会話傍受を許容する判断を示すことにより、立法府の判断を経ることなく実質的に新たな強制処分を創出したとみるべき場合には、そのような裁判所の判断は、法 197条1項但書を基礎付けている恋法 31条の手続法定原則に抵触するというべきである。この場合、司法権の賢明でない判断を変更・制禦できるのは立法府である。
強制処分法定主義の眼目は、第一に,捜査機関に向けられた「行為規範」としてその活動の事前統制を行うことにあるが、第二に、実定刑事訴訟法が想定していない強制処分(例えば、電気通信を介さない室内会話の傍受、通言受処分の対象犯罪の拡大,車両に使用者らの承諾なく秘かにGPS端末を取り付けて位置情報を検索し把握する捜査[いわゆる「GPS 捜査」]等)が刑事手続の目的達成に必要と考えられる事態が生じた場合に、裁判所ではなく、立法府が、その処分の具体的内容,犯罪捜査にとっての必要性と侵害される対象者の権利・自由の内容・程度、処分発動の要件・手続等について熟議検討したうえ、これを実定法規として創設するかどうか,またどのような具体的処分類型を造型するかの立法的
決断を要するとすることにある。こうすることで、国民の基本的権利・自由に対する「危険物」であると共に法目的達成に必要な国家権力発動に,民主的正当性と予測可能性が付与されるのである。これに対し司法権は、このような立法的決断の合憲性を審査することにより、基本権の擁護者として、立法府の賢明でない活動を制する役割を果たすべきものである。
**このような強制処分法定主義の趣旨・目的からすれば,法定されている強制処分の行為類型やその要件・手続について、類推解釈や準用の形式でその内容を対象者の権利・自由の侵害・制約を増大させる方向に解釈適用することは許されないと解すべきである。例えば、連捕に伴う無合状の捜索・差押えに関する条文(注220袋)を類推解釈して、被疑者を「逮捕する場合において」の要件に該当しなくとも、逮捕の実体的要件が認められる場合には、被疑者が不在で逮捕の現実的可能性がない時点であっても被疑者居宅の無状捜索に着手できるとする解釈は不当である。
これに対し、法定された強制処分の個別具体的事案における発動場面について、裁判所が対象者の被る権利・自由の侵害・制約の範囲・程度を減縮する方向で強制
処分関連規定の解釈適用を行うことは、それが実質的に別個固有の強制処分を創設するのでない限り、許容されよう。最高裁判所は、令状における条件の附加について、次のような法解釈を示している。「身体検査令状に関する[刑]法218条5項[現6項]は、その規定する条件の付加が強制処分の範囲、程度を減縮させる方向に作用する点において、身体検査令状以外の検証許可状にもその準用を肯定し得ると解されるから、裁判官は、[検証としての]電話傍受の実施に関し適当と認める条件、例えば、捜査機関以外の第三者を立ち会わせて、対象外と思料される通話内容の傍受を速やかに遮断する措置を採らせなければならない旨を検証の条件として付することができる」(最決平成11・12・16刑集53巻9号1327頁)。もっとも、この事案における「準用」は、法定された「検証」に条件を附加することにより、実質的には事件当時法定されていなかった通傍受処分を創設・追認したともみられるものであり、疑問であろう。
その後、最高裁判所は、いわゆるGPS 捜査に関し次のように説示して、令状における条件の附加と強制処分法定主義との関係について、まことに賢明な見識を示している(後記最大判平成29・3・15(II2(3)*])。「[対象範囲の限定明示、事前の令状星示に代わる公正担保手段の確保等]の問題を解消するための手段として、一般的には、実施可能期間の限定、第三者の立会い、事後の通知等様々なものが考えられるところ、捜査の実効性にも配慮しつつどのような手段を選択するかは、刑訴法
197条1項ただし書の趣旨に照らし、第一次的には立法府に委ねられていると解される。仮に法解釈により刑訴法上の強制の処分として許容するのであれば、以上のような問題を解消するため、裁判官が発する令状に様々な条件を付す必要が生じるが、事案ごとに、令状請求の審査を担当する裁判官の判断により、多様な選択肢の中から的確な条件の選択が行われない限り是認できないような強制の処分を認めることは、「強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない」と規定する同項ただし書の趣旨に沿うものとはいえない。
以上のとおり、GPS 捜査について、刑訴法197条1項ただし書の「この法律に特別の定のある場合」に当たるとして同法が規定する令状を発付することには疑義がある。GPS 捜査が今後も広く用いられ得る有力な捜査手法であるとすれば、その特質に着目して恋法、刑訴法の諸原則に適合する立法的な措置が議じられること
が望ましい。」
(4)「状主義」は、一般的な形式で法定明示された強制の処分が個別具体的事案において発動される場面で(例えば、個別事件の捜査に際し被疑者を連捕する場合。裁疑者の居宅内を捜索して証拠物を差し押える場合)。司法権がその処分発動の正当な理由と必要性を個別具体的に事前審査する仕組である。捜査に対する「司法的抑制」とも称される。その眼日は、人の身体・行動の自由や住居・所持品に対する権利等重要な権利・自由の侵害・制約を伴う「強制の処分」権限発動を、捜査機関限りの判断と裁量に委ねない点にある。侵害の程度が大きな権限の発動を事案解明を第1次的目標として追求する当の捜査機関の判断のみに委ねることは、極めて危険だからである。
憲法は、このような事前審査を「権限を有する司法官憲」すなわち裁判官(「裁判官」と称する)に委ねている(恋法 33条・35条2項)。捜査から中立的な立場にある裁判官が、処分発動の正当な理由とその必要性の有無を、一定の資料に基づき客観的に判断し処分の許否を決することにより,捜査機関の権限
行使を合理的な範囲に統制・制禦して不当な権利・自由の侵害・制約が生じるのを防止する趣意である。各強制処分における令状主義の具体的機能については、後に個別的に説明する。
*このような状主義の趣旨・目的から、裁判官の事前審査がなくとも対象者の権利・自由の侵害・制約が合理的かつ正当と認め得る事情があり、また緊急に必要と認められる類型的状況においては、無令状の強制処分を例外的に認めることができる。現行法は、現行犯逮捕(恋法33条、法212条・213条)と適法な逮捕に伴う無
状の捜索・差押え・検証(憲法 35条1項,法220条)について、それが可能な場合を類型的に「法定」している。このような令状を必要としない「強制の処分」も、実定刑事訴訟法に「法定」された要件に該当する場合にのみ許容されるのは、当然である。憲法の枠内で、刑事手続法にこのような状主義の例外要件を設定するのは立法府の役割であり、裁判所の仕事ではない。
**前記〔序【付記】〕のとおり、2024(和6)年の法制審議会答申により、電磁的記録による令状の発付・執行等に関する法改正要綱が示されている(要綱(骨子)「第1-2」)。
現行法上、被告人を召喚・勾引・勾留する場合や、捜査機関が逮捕・捜索・差押えを行う場合には、裁判長・裁判官が発する令状を要するとされており(法62条・106条・167条2項・168条2項・199条1項・225条3項・218条等).令状は紙媒体で発付され、処分を受ける者に示さなければならない(法73条・110条・201条1項・222条1項等)。そのため、合を執行する者の所在場所や処分が行われる場所が裁判所等の状を発する者の所在地から遠く離れている場合、令状を発する者による処分の要否・許否についての判断・審査それ自体に要する時間とは別に、令状を裁判所まで受け取りに行き、処分を行う場所まで運ぶという状の物理的な運搬等に長時間を費やすことがあり、処分の迅速な実行に支障を来す一因にもなってい
た。法改正要は、召晩状、勾引状、勾留状、鑑定留置状.差押状、連捕状といっ
た状は、電磁的記録によることができるとし、電磁的記録による令状をオンラインにより執行の現場で直ちに利用することができるようにし、令状に記録されるべき事項について規定を整備するものである。なお、現在令状の請求は、刑事訴訟規則により、「書面」でこれをしなければならないとされており(規則139条1項)、これを改正して、状の請求も、オンラインで可能とすることが想定されている。
憲法 33条・35条が定める「状主義」の趣旨は、前記のとおり、処分の対象となる人や場所.目的物について、逮捕や捜索等を行う正当な理由が存在することをあらかじめ裁判官に確認させ、対象となる人や場所・目的物を令状に明示させて、その範囲でのみ捜査機関等に処分の実施を許すことにより。捜査機関等の意や裁量の濫用・逸脱等による不当な権利侵害の余地を封じるところにある。電磁的記録により令状が作成・発付される場合でも、書面による場合と同様に、処分の対象について、逮捕や捜索等を行う正当な理由が存在することをあらかじめ裁判官に確認させ、電磁的記録による令状に罪名や差し押さえるべき物等の処分の対象となる物や場所が記録され、その内容が捜査機関等に対して表示されることにより、逮捕の理由となる犯罪や捜索等の処分の対象となる人や場所、目的物が明示されかつ、捜査機関等がその内容を変更できないことが確保されるのであれば、令状主義の趣旨を十分に満たし、憲法33条・35条に反することにはならないと解される。
なお,書面による状と電磁的記録による令状の関係について要綱は、現行法の書面による令状と電磁的記録による令状を並列の関係に立つものと位置付け、裁判所はそのいずれも選択できるとしている。電磁的記録による令状を原則とし、書面は一定の要件を満たす場合に限ると、裁判所は令状発付の際にその要件に該当するかの判断も行わなければならず、令状発付をいたずらに遅延させる結果にもなりかねないと考えられたことによる。捜査機関側に書面の令状を必要とする事情が存する場合には、令状請求の際にその旨を裁判所に伝え、それを踏まえて令状の形式が適切に選択される仕組みとすれば足りるであろう。
(5) これに対して「任意捜査」は、捜査機関限りの判断と裁量でまず実行できる点に眼目がある。すなわち、ある捜査手段が刑事訴訟法中に類型的に法定されている「強制の処分」に該当しない場合、又は「強制の処分」の実質を有る重要な権利・自由を侵害・制約するような手段とはいえない場合には、特別の根拠規定がなくとも、裁判官の事前審査という令状主義の規律なしに、捜査機関独自の判断で、対象者への様々な働き掛けが可能である。捜査過程に生起する多様な状況に臨機応変に対応し的確な捜査手段を随時選択行使できる軟性がその特色である。
しかし、任意捜査であっても前記のとおり対象者の法益を侵害する可能性があるので、そのような法益侵害と手段の必要性との間の合理的権衡が要請される。すなわち捜査「目的を達するため必要」な限度でのみ許容されるという、国家権力行使についての「比例原則(権衡原則)」の考え方が働くのは当然である(法 197条1項本文。後記13のとおり判例はこれを「具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるもの」と表現している。前掲最決昭和51・3・16)。
もっとも任意捜査がこのような許容限度を逸脱し違法というべきであったかどうかは、当該手段が用いられた事案が何らかの形で刑事事件等の裁判手続に進み、その過程で当該捜査手段の適否が争点とされた場合に初めて、裁判所の事後的な審査に付されるにとどまる(例、察官の用いた捜査手段に抵抗して加えられた、行の事実で現行犯逮捕され起訴された公務執行妨害被告事件の裁判で,捜査目的達成のため用いられた被告人に対する察官の有形力の行使の適否が争点とされる場合等)。事前の法的統制・制は存在しない点に注意を要する。
(6) 以上の法的規律を踏まえ、任意捜査と強制捜査の手段選択の在り方を捜査機関側から見た場合、対象者に対する侵害が小さく個別具体的事案の諸状況に臨機の対応が容易なのは任意捜査である。特定の捜査目的を強制捜査ではな
<任意捜査で達成することが可能であると見込まれる場合には、対象者の法益を侵害する程度の小さい任意捜査を選択するのが一般的には望ましいといえよう。これを「任意捜査の原則」という(普察官に対する「犯罪捜査規範」[昭和32年国家公安委員会規則2号]99条は、「捜査は、なるべく任意捜査の方法によって行わなければならない」との行動指針を定めている)。他方、対象者の自由な意思決定に基づく同意・承諾があったとしても(このような「純粋任意」の場合、対象者の法益は放棄されているから法益侵害はないというべきである),事後的に同意・承諾の有無に争いが生じるおそれが見込まれるときには、厳格な法的規律で統制され状裁判官の関与する強制処分の法形式を用いるのが適切と考えられる場合もあり得よう(例えば、死罪捜査範108条が「人の住居又は人の看守する場を、建造物若しくは船につき捜茶をする必要があるときは、住居主又は看守者の任意の承諾が得られると認められる場合においても、捜索許可状の発付を受けて捜索をしなければならない」と定めているのは、このような趣意であろう)。したがって、前記のような状況でも一緒に任意現金を選択すべきであるとまではいいされない。
前記のとおり。特定の捜査手段が、法定されている「強制の処分」に類型的に該当する場合又は実質的にこれと同様の「強制の処分」と評価される場合であるか。それとも任意手段であるかどうかの区別は、特別の根拠規定と状主義の事前統制を受けることなく捜査機関独自の判断と裁量で実行できるかどうかという捜査機関の行為規能を明瞭にするという点において、決定的に重要である。その区別をどのような基準で判断すべきかについては、光にあらためて検討する。