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探偵の知識

任意捜査と強制捜査|任意捜査と強制捜査の区別

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

(1) 任意捜査と強制捜査の区別は、法197条1項但書にいう「強制の処分」の意味内容をどのように解釈するかによって決まる。その包摂範囲が広ければそれだけ、捜査機関独自の判断と裁量で臨機に実行可能な任意捜査の範囲は減縮する。他方、ある捜査手段を「強制の処分」と評価することは、国会制定法律による特別の根拠規定と個別具体的場面における裁判官の事前審査という厳格な統制・制禦を及ぼすことを意味するから、過度に捜査機関の活動を制約して捜査目的達成を著しく困難にするものとなれば、現実的でない。
捜査は事業解明のために対象者に働き掛けて犯罪と犯人に係る様々な情報を取得する活動であるから、対象者の完全に自由な意思に基づく同意・承諾を得て行われる場合はむしろ稀である。前記のとおり、ある程度対象者の法益を侵害・制約する可能性のある手段であっても、そのような法益侵害を伴う故に、無制約に許容されるわけではなく、「比例原則」に基づく事後的な司法的制に服すべきものであることに鑑みれば、純粋任意の場合のみを任意捜査とし。
何らかの法益侵害を伴う手段をすべて「強制の処分」と解して、状主義による事前統制を及ぼすのは、適切でなかろう。
他方で、有形力・物理的実力の行使という要素は、客観的に明瞭である上、現に刑事訴訟法に法定されている「強制の処分」の多くに共通する要素であることから(身体拘束を伴う逮捕。証拠物の捜索・差押え等)、重要な指標になることは確かであるものの。①有形力行使の態様とこれによる権利・自由の侵害・制約の程度には様々な段階があり得ること、②現行法は、通信傍受処分(法 222条の2)のように有形力行使を伴わずに憲法の保障する重要な法益を侵害・制約する「強制の処分」類型をも想定しており、整合的説明の観点からも、有形力行使の有無のみを決定的な基準とするのは適切でない。
(2) 出発点となるのは、実定刑事訴訟法の個別条文が法定している各「強制の処分」の「行為類型」というべきである。そこに共通するのは、価値の高い重要な法益すなわち対象者の重要な権利・自由を侵害・制約する「類型的特徴」を有する手段という点にある。例えば逮捕・勾留は憲法33条・34条の保障する人の身体・行動の自由を奪し一定期間拘束するという重要な法益の侵害を伴う。また捜索・差押え・検証・通信傍受は、憲法35条の保障する私的領域に侵入し住居・所持品等に対する個人の私生活上の権利・自由や通信の秋密(憲法 21条2項)等価値の高い重要な法益を侵害・制約する。このような高度の法益侵害を伴う行為類型であるからこそ,立法府による特別の根拠規定と個別的状審査を要求してでも厳格慎重に制することが要請されるのである。
判例も、察官が対象者の腕を掴んで引き留めた行為の適否を扱った事案において、捜査における有形力の行使と「強制」との関係、及び「強制」手段の意義について次のように説示している。
「捜査において強制手段を用いることは、法律の根拠規定がある場合に限り許容されるものである。しかしながら、ここにいう強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであって、右の程度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合があるといわなばならない」(新掲設決路和51・3・16月集30巻2号187頁)。
ここに適切に指摘されているとおり、有形力行使の有無は、「強制捜査」か「任意捜査」かの決定的な区別基準ではない。強制の程度に至らず任意捜査と位置付けられる有形力行使が想定されている。もしろ、この制約が「強制」手段に該当するかどうかの中校的基準としているのは、対象者の「意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて」捜査目的を達成実現するという熱理的特酸を有する行為という点であることは明瞭である。ここに例示されている身体、住居。財産等は、恋法 33条及び35条が具体的に明示列挙し基本権として保除するような重要で価値の高い法益を意味しているとみることができる。この判例は、捜査の法的規律について、現実の事茶処理に操作可能であり、かつ合理的に説明可能な判断を示したものであり、「強制」手段の意味内容ひいては任意捜査との区別について、実定刑事訴訟法の法定・明示する各種強制処分類型の内容と併せて、基本的な指針とされるべきものである。
(3) 判例が指摘するとおり、有形力の行使は、それだけで直ちに「強制」を意味するものではない。しかし、ある捜査手段が、法定された逮捕・捜索・差押え等の処分類型に該当すると評価し得る程度の有形力行使を伴う行為態様であれば、それを法定されている「強制の処分」の類型的特徴を有する手段と評価・判定すべきことは当然である。例えば、対象者の抵抗を制圧して警察署に連行し一定時間そこに留め置く行為や、対象者の承諾がないのにその所持品を無理やり取り上げて内容物を逐一点検する行為等がその例である。これらはいかなる名目で実行されようとも、逮捕や所持品の捜索以外の何物でもない。
(4) 他方、前記判例には明示されていないものの、対象者への直接的な有形力行使を伴わなくとも、重要で価値の高い法益を侵害・制約する「類型的」行為態様を有する捜査手段は、「強制の処分」に該当し得る。例えば、対象者の推定的意思に反し、「通の当事者のいずれの同意も得ないで電気通信の傍受を行う」捜査手段は、対象者に直接有形力を行使するものではないが、法はこれを明文で「強制の処分」と位置付けている(法222条の2)。法が通信受処分の内容について特別の根拠規定を設け、状主義の厳格な規を及ぼすべき「強制の処分」とした趣意は、それが、通の秘密(無法21条2項)及びみだりに私的領域における通話を聴取・録音されない自由・期待(無法13条・35条)という極めて重要な法益を併せ侵害する行為態様だからである。したがって例えば、同様の類型的行為態様すなわち会話当事者の「いずれの同意も得ないで」室内会話の内容を聴取・録音する捜査手段もまた「強制の処分」と評価されよう(前記のとおりこのような処分について特別の根拠規定はないから、敢えて捜査機関がこれを実行すれば直ちに違法である)。
これに対して、例えば、会話・通信の一方当事者が捜査機関の協力者として傍受・録音に同意している場合には、前記法定の処分類型には該当しない。そして、侵害される法益の観点からは、「事者のいずれの同意も得ない」場合に侵害される通話内容の秘密性という法益は、一方当事者の同意により失われており、私的な会話をみだりに第三者に聴取されないであろうという期待が侵書されるにとどまるので、法はこのような態様の会話傍受を強制捜査ではなく任意捜査と位置付けているものと解される。
*対象者に対して直接有形力を行使しない捜査手段として「写真・ビデオ撮影」等がある。その態様と侵害される可能性のある法益が、法定された「強制の処分」に類型的に該当する場合には、然ながら法定の要件・手続に拠らない限り違法である。例えば、運送過程にある宅配便の内容物を調べる目的でエックス線撮影を行うのは、私的領域への「侵入」であり「所持品」に対する個人の重要な法益を侵害・制約する行為類型であるから(憲法 35条),現行法の定める「検証」処分に該当するのは然である(このような事案について「本件エックス線検査は、荷送人の依頼に基づき宅配便業者の運送過程下にある荷物について、捜査機関が、捜査目的を達成するため。荷送人や荷受人の承諾を得ることなく、これに外部からエックス線を照射して内容物の射影を観察したものであるが、その射影によって荷物の内容物の形状や材質をうかがい知ることができる上、内容物によってはその品目等を相当程度具体的に特定することも可能であって、荷送人や荷受人の内容物に対するプライバシー等を大きく侵書するものであるから、検証としての性質を有する強制処分に当たるものと解される。
・・・・・・検証許可状によることなくこれを行った本件エックス線検査は、違法である」と説示した判例として、最決平成21・9・28刑集63巻7号868頁)。なお、エックス線撮影を行った結果として、内容物が明瞭に認知できず個別具体的事案において対象者の現に被った法益侵害の程度がそれほど大きくなかったとしても、そのことは、当該処分の類型的な性質決定に影響するものではない。
同様に、個人の私生活領域である家宅内に居る人物の容貌等を写真・ビデオ撮影することは、みだりに撮影されない個人の自由という法益(憲法 13条)を侵害することに加えて、私的領域への「侵入」であり、住居の平穏とこれに対する期待という法益(憲法 35条)をも併せ侵害する類型的行為態様であることから、「強制の処分」に該当するというべきである。なお、最高裁判所は、近時、遊法35条について、次のような解釈を明言している(後記載大判平成29・3・15(213)*))。「法
35条は、「住居。書類及び所持品について、侵入、捜索及び準収を受けることのない権利」を規定しているところ。この規定の保障対象には、「住居、普類及び所持品」に限らずこれらに準ずる私的領域に『侵入」されることのない権利が含まれるものと解するのが相当である。」
これに対して、撮影の方法・態様が私的領域への「侵入」を伴わないものであり、対象者の被る法益侵害が、みだりに撮影されない自由の侵害・制約にとどまる手段である場合には、「強制の処分」には該当しないと解される。例えば、公道上を歩行する者、私的領域とはいえない場所に居る者の容貌等を撮影することは、任意査と評価されよう。判例は、捜査目的で公道上を歩いている人物の容貌等を撮影し、あるいは不特定多数の答が集まるパチンコ店内において容等をビデオ撮影した事案について、「いずれも、通常、人が他人から容ほう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所におけるものである」ことを指摘して、これを令状が必要な「強制の処分」ではなく任意捜査であると位置付けている(最決平成20・4・15刑集62巻5号 1398頁。なお。公道上をデモ行進する者の容貌等の写真撮影を扱った最大判昭和44・12・24刑集23巻12号1625頁も同様の枠組に立つものと解される)。前記のとおり、捜査手段の類型的行為態様と侵害される可能性のある法益の内容のいずれの側面からも、その結論を正当と説明することができる。