供述証拠の収集・保全|任意出頭・任意同行と取調べの適否|任意取調べの適否
2025年11月19日
『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8
(1)前記のとおり「取調べ」は任意捜査であるから、身体拘束処分を受けているか否かを問わず、被疑者の取調べに対しても任意捜査に関する一般規定である法197条1項本文の規律が及ぶはずである。もっとも、前記のとおり〔Ⅰ (1)*〕,有形力の行使を伴う任意捜査の場合(前掲最決昭和51・3・16参照)とは異なり、被疑者の供述をするかどうかの意思決定の自由には侵害・制約の程度を考えることができないから、事案の重大性や取調べの必要性・緊急性といった捜査の「必要性」に係る要因と法侵害との権衡による適否の判断にはなじまない。すなわち、個別事案の具体的状況の下で相当と認められる供述の自由の侵害・制約を想定するのは不当である。
(2)最高裁判所は、身体拘束処分を受けていない被疑者が、実質的に身体拘
東状態にあるとまでは言えず、また。取調べに応じること自体を拒絶しているとまでは言いきれない状況において行われた「任意取調べ」自体について、ー定の法的限界を設定したと理解し得る判断を示している。
事案は、察署に任意同行した被疑者について、4夜にわたり捜査官の手配した宿泊施設に宿泊させた上、前後5日間にわたり被疑者としての取調べを続行したもの(いわゆる「高輪グリーンマンション殺人事件」最決昭和59・2・29刑集
38巻3号479頁)、及び、午後11時過ぎに任意同行した被疑者を一睡もさせずに徹夜で取調べを続行し,翌日の午後9時25分に逮捕するまでの間,長時間に及ぶ取調べを行ったもの(最決平成・7・4刑集43巻7号581頁)である。いずれも殺人ないし強盗殺人事件という重大事犯であり、被疑者に対する容疑の程度は相当に高いものであった。このような事案について、最高裁は前記昭和
59年決定において次のように説示している。
「取調べは、刑訴法 198条に基づき、任意捜査としてなされたものと認められるところ。任意捜査においては、強制手段、すなわち、『個人の意思を制圧し、身体、住居,財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段』(最高裁和・・・・・・
51年3月16日第三小法廷決定・刑集30巻2号187頁参照)を用いることが許されないことはいうまでもないが、任意捜査の一環としての被疑者に対する取調べは、右のような強制手段によることができないというだけでなく、さらに、事茶の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容されるものと解すべきである」(両判例の多数意見は、前記各取調べは社会通念上やむを得なかったものと認められ、任意捜査として許容される限度を超えた違法なものであったとまではいえないとする)。
(3)「強制手段」すなわち違法な任意同行等の実質的な身体拘束状態を利用した取調べがあったとまでは認められない事案について,この判断枠組が任意
取調べそれ自体に「社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度」という法的限界があり得ることを説示したものと理解すれば、従前。任意同行・任意出頭後の取調べの適否について、対象者の身体・行動の自由侵害の観点からのみ行われていた法的評価に新たな分析の視点を付加したものと位置付けることができよう。なお、この判断枠組は任意捜査としての「取調べ」それ自体に対する規律であるから、身体拘束処分を受けている被疑者に対する取調べについても、基本的に同様の規律が及ぶことになろう。
判例のいう「社会通念上相当」の具体的な意味内容は判然としないが、前記のとおり被疑者の供述をするかどうかの意思決定の自由に侵害・制約の程度が考え難いとすれば、それは取調べの必要性と対象者に及ぼす法益侵害の程度との権衡状態を意味するものではなく、任意取調べについてとくに規律している法 198条の諸規定の趣意と同様に,取調べを実施する捜査機関に対する事前の行為規範・行動準則を設定したものと理解することができよう。
前記事案のような取調べに対する判例の評価は、違法とまではいえないというものであったが、これを一般に社会通念上相当な取調べの方法・態様と積極的に認めたのではない点に留意すべきである(取調べに関する犯罪捜査規範は、深夜・長時間に及ぶ取調べを避けるべき旨明示している。前記 II Ⅰ(5))。
裁判所が諸般の事情を総合勘案し、取調べの方法・態様に社会通念上相当な限度を著しく逸脱した重大明白な違法を認めた場合には、その取調べにより得られた供述について、違法収集証拠排除法則を適用することができる(実例として、9泊10日に及ぶ宿泊を伴う違法な取調べが行われた事案に関する東京高判平成14・9・4判時1808号144頁)。供述の任意性に疑いがあれば、法319条1項が適用される。
*宿泊を伴う取調べについて、被疑者が6夜にわたり捜査官の手配したホテルに宿泊する一方。捜査官がホテル容室前に張り込んで動静を監視し、普察署との往復には捜査官による付添がなされ、連日長時間の取調べが続けられた状況等からすれば、被疑者において、任意同行を拒もうと思えば拒むことができ、取調べの途中から帰ろうと思えば帰ることができた状況であったとは到底いえず、実質的な逮捕と同視できるとして勾留請求を却下した事例として、富山地決令和2・5・30判時 2523号131頁がある。
(2)最高裁判所は、身体拘束処分を受けていない被疑者が、実質的に身体拘
東状態にあるとまでは言えず、また。取調べに応じること自体を拒絶しているとまでは言いきれない状況において行われた「任意取調べ」自体について、ー定の法的限界を設定したと理解し得る判断を示している。
事案は、察署に任意同行した被疑者について、4夜にわたり捜査官の手配した宿泊施設に宿泊させた上、前後5日間にわたり被疑者としての取調べを続行したもの(いわゆる「高輪グリーンマンション殺人事件」最決昭和59・2・29刑集
38巻3号479頁)、及び、午後11時過ぎに任意同行した被疑者を一睡もさせずに徹夜で取調べを続行し,翌日の午後9時25分に逮捕するまでの間,長時間に及ぶ取調べを行ったもの(最決平成・7・4刑集43巻7号581頁)である。いずれも殺人ないし強盗殺人事件という重大事犯であり、被疑者に対する容疑の程度は相当に高いものであった。このような事案について、最高裁は前記昭和
59年決定において次のように説示している。
「取調べは、刑訴法 198条に基づき、任意捜査としてなされたものと認められるところ。任意捜査においては、強制手段、すなわち、『個人の意思を制圧し、身体、住居,財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段』(最高裁和・・・・・・
51年3月16日第三小法廷決定・刑集30巻2号187頁参照)を用いることが許されないことはいうまでもないが、任意捜査の一環としての被疑者に対する取調べは、右のような強制手段によることができないというだけでなく、さらに、事茶の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容されるものと解すべきである」(両判例の多数意見は、前記各取調べは社会通念上やむを得なかったものと認められ、任意捜査として許容される限度を超えた違法なものであったとまではいえないとする)。
(3)「強制手段」すなわち違法な任意同行等の実質的な身体拘束状態を利用した取調べがあったとまでは認められない事案について,この判断枠組が任意
取調べそれ自体に「社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度」という法的限界があり得ることを説示したものと理解すれば、従前。任意同行・任意出頭後の取調べの適否について、対象者の身体・行動の自由侵害の観点からのみ行われていた法的評価に新たな分析の視点を付加したものと位置付けることができよう。なお、この判断枠組は任意捜査としての「取調べ」それ自体に対する規律であるから、身体拘束処分を受けている被疑者に対する取調べについても、基本的に同様の規律が及ぶことになろう。
判例のいう「社会通念上相当」の具体的な意味内容は判然としないが、前記のとおり被疑者の供述をするかどうかの意思決定の自由に侵害・制約の程度が考え難いとすれば、それは取調べの必要性と対象者に及ぼす法益侵害の程度との権衡状態を意味するものではなく、任意取調べについてとくに規律している法 198条の諸規定の趣意と同様に,取調べを実施する捜査機関に対する事前の行為規範・行動準則を設定したものと理解することができよう。
前記事案のような取調べに対する判例の評価は、違法とまではいえないというものであったが、これを一般に社会通念上相当な取調べの方法・態様と積極的に認めたのではない点に留意すべきである(取調べに関する犯罪捜査規範は、深夜・長時間に及ぶ取調べを避けるべき旨明示している。前記 II Ⅰ(5))。
裁判所が諸般の事情を総合勘案し、取調べの方法・態様に社会通念上相当な限度を著しく逸脱した重大明白な違法を認めた場合には、その取調べにより得られた供述について、違法収集証拠排除法則を適用することができる(実例として、9泊10日に及ぶ宿泊を伴う違法な取調べが行われた事案に関する東京高判平成14・9・4判時1808号144頁)。供述の任意性に疑いがあれば、法319条1項が適用される。
*宿泊を伴う取調べについて、被疑者が6夜にわたり捜査官の手配したホテルに宿泊する一方。捜査官がホテル容室前に張り込んで動静を監視し、普察署との往復には捜査官による付添がなされ、連日長時間の取調べが続けられた状況等からすれば、被疑者において、任意同行を拒もうと思えば拒むことができ、取調べの途中から帰ろうと思えば帰ることができた状況であったとは到底いえず、実質的な逮捕と同視できるとして勾留請求を却下した事例として、富山地決令和2・5・30判時 2523号131頁がある。