捜索・押収|捜索・差押えと令状主義|令状主義の趣旨と機能
2025年11月19日
『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8
1)憲法35条は、「住居、書類及び所持品について、侵入,捜索及び押収を受けることのない権利」を保障している。この基本権は、「司法官感」すなわち裁判官が「正当な理由に基いて」発する「捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ」,侵害されない。これが、捜索・差押え等強制処分の発についての令状主義の原則である。その趣意は、以下のとおりである。
憲法が保護しようとしている人の「住居,書類及び所持品」についての基本権の実質は、そこに記述された対象に係る財産的利益にとどまらず、個人の私的領域におけるプライヴァシイの期待という利益とみることができる。これは、憲法 33条の保障する身体・行動の自由と並んで、個人にとって最も基本的かつ重要で価値の高い権利・自由である(憲法 13条参照)。捜査目的で個人の私的領域に侵入し、捜索・差押え等を行うことは、対象者の意思を制圧し、このような重要な権利・自由の侵害・制約を伴う処分類型であるから、これを捜査機関限りの判断と裁量のみで実行可能とするのは危険であり不適当である。そこで、個別具体的な事案において,司法権に属し直接捜査を担当しない裁判官が、このような基本権侵害を実行する「正当な理由」の有無について事前に審査を行い。状によって処分の発動を許容する場合に限り、処分の実行を認めるという仕組が要請されているのである。
この状主義の中核的目標は、裁判官が強制処分を実行する捜査機関に対し。
侵入・捜索・押収に該当する行為類型の発動対象と権限行使の具体的範囲を、あらかじめ明示・限定することにより、捜査機関の恣意的権限行を抑制する点にある。憲法 35条が「捜索する場所及び押収する物を明示する」状を要請しているのは、捜査機関の強制処分権限が及ぶ対象範囲の設定に捜査機関限りの第1次的な判断と裁量が働く余地を排しておく趣意である。
なお、令状における捜索・差押え対象の明示は、処分の実行に際して対象者に受忍の範囲を告知し、不服の機会を与える機能をも果たすことになるが、それは主として憲法31条の告知・聴聞の要請であり、法110条の定める状の星示は、憲法35条の状主義の直接の要請ではない。
*近時、最高裁判所は、憲法35条の保障対象には、「『住居。書類及び所持品」に限らずこれらに準ずる私的領域に「侵入』されることのない権利が含まれる」旨明言したが〔第1章I11(4)*),従前の最高裁判所の判例も、状主義の統制を及ぼすべき意法 35条の基本権保障の実質が、財産的利益にとどまらず私的領域におけるプライヴァシイであることを示唆していた。例えば,所持品検査と違法収集証拠排除法則に関する最判昭和53・9・7集 32巻6号1672頁では、対象者の内ポケットに手を差し入れて所持品を取り出したうえ検査した察官の行為を「一般にプライバシイ侵害の程度の高い行為であり、かつ、その態様において捜索に類するものである」と説示している。最決平成21・9・28刑集63巻7号 868頁では、配送過程にある荷物に対するエックス線検査を、「荷送人や荷受人の内容物に対するプライバシー等を大きく侵害するものであるから、検証としての性質を有する強制処分に当たる」とし,これを令状によることなく実行したのは違法と判断している。最
決平成 11・12・16刑集53巻9号1327頁では、いわゆる「電話傍受」が憲法上
状主義の統制を受けるべき強制処分であることを明言した際に、「電話傍受は、通宿の秘密を侵害し、ひいては、個人のプライバシーを侵害する強制処分である」と述べている。
**憲法が明記する「侵入、捜索及び押収」という類型的行為態様、並びに「住居、書類及び所持品」という侵害対象は、いずれも憲法解釈上、状主義の統制を及ぼすべき処分の範囲を画定する第1次的基本枠組である。このような憲法の文言を軽視して、一足飛びに不定型なプライヴァシイという言葉のみに依拠する解釈は不適当であろう。前記のとおり憲法 35条の保護範囲は、明記された住居・所持品等の財産的価値には限定されず私的領域におけるプライヴァシイにも及ぶと解すべきであるが、捜査機関の行為態様が類型的に「住居」等私的領域への「侵入」と、「捜素」に該当することが明瞭である場合には、当該個別事案において対象者の現に被ったプライヴァシイ侵害の程度がそれほど高くなくとも、強制処分として状主義の統制を受けるというべきである。この点は、捜査機関の活動が刑事訴訟法上の「捜索」「差押え」「検証」に該当するかどうかの法適用や、「強制の処分」(法 197条1項但書)の解釈・適用に際しても同様である。
例えば、捜査機関が住居主や管理者の承諾なしに人の住居敷地内に立ち入り、証拠物の探索目的でそこに存在する物を調べる行為は、態様として「住居」に対する「侵入」「捜索」に類型的に該当することが明瞭であり、令状主義の統制に服すべき強制処分にほかならない。これは、当該住居敷地に施錠等がなく誰でも立ち入るごとができる具体的状況であったとしても変わりはないというべきである。これに対して、およそ住居等私的領域への侵入を伴わない、公道上に遭留された物の占有を捜査機関が取得する行為は、行為類型として憲法 35条にいう「侵入、捜索及び押収」には該当しない(判例は、被疑者が不要物として公道上のごみ集積所に排出し、その占有を放棄していたごみ袋について、「通常、そのまま収集されて他人にその内容が見られることはないという期待があるとしても、捜査の必要がある場合には、刑訴法221条により、これを遺留物として領置することができるというべきである」と説示している。最決平成 20・4・15刑集62巻5号1398頁)。
2)以上のような状主義の基本趣意から、裁判官の審査判断の内容となる「正当な理由」(憲法35条1項)とは、基本権侵害処分の性質・内容から次のように理解することができる。
第一,目的の正当性。捜索・差押えが処罪捜査目的で行われる処分である以上. 捜査対象となる犯罪の嫌疑が存在することが大前提となる。裁判官は、犯罪の嫌疑すなわち特定の具体的な被疑事実が存在する蓋然性を審査しなければならない。具体的な被疑事実の存在する蓋然性が認められなければ、捜査の前提を久くので状請求はけられることになる。
第二、差押えの目的物が捜索する場所に存在する蓋然性。裁判官が捜査機関の処分対象と範囲をあらかじめ画定して恣意的権限行使を抑制するため、状にこれを具体的に明示記載する前提として、特定の被疑事実に関連する証拠物等が特定の捜索場所に存在する一定程度の蓋然性判断が可能でなければならない。捜査機関は、このような裁判官による蓋然性判断が可能である程度に、審査判断の素材となる疎明資料を提供しなければならず、被疑事実の存在とこれに関連する証拠物等の存在の蓋然性を明らかにすることができなければ,状
請求は斥けられ、強制処分の発動は事前抑制されることになる。
第三、処分の必要性・相当性。被疑事実とこれに関連する証拠物等の存在する蓋然性が認められても、捜査目的達成の為により侵害性の低い代替手段が可能である場合(例えば任意提出による領置の可能性)や、捜査目的達成の必要性と処分対象者が被る法益侵害の程度が明白に権衡を失している場合、裁判官は不必要ないし不相当な基本権侵害を抑制すべきである。理由のない強制処分の発動のみならず、必要性・相当性をいた強制処分の発動を抑止することは、命状主義・司法的抑制の趣意に良く適うものといえよう。処分の必要性・相当性も選法にいう「正当な理由」の一要素と解すべきである。
*犯罪の嫌疑の存在は、裁判官が捜在機関による処分実行時点を想定して行う蓋然性判断の対象であるから、令状請求・発付時点において犯罪が実行されている必要はない。過去に実行された犯罪の嫌疑の存在も、将来確実に実行される見込みのある犯罪の嫌疑の存在も、疎明資料に基づく蓋然性判断という点で変わるところはない。一定の疎明資料により状に基づく処分が実行される時点で犯罪の嫌疑が存在するであろう蓋然性の判断ができれば、状発付は可能であろう。令状発付時点で来禁制薬物が海外から密輸されるであろう蓋然性が疎明できる場合や、令状発付時点でおとり捜査により将来の特定の日時・場所において禁制薬物の取引が実行される蓋然性が疎明できる場合等がその例である。このような場合,将来存在が見込まれる被疑事実に関連する証拠物等を対象とした捜索差押状を発付できない理由は見出し難いように思われる。
** 状は、捜査機関による処分が実行される時点における証拠物等の存在の蓋然性判断に基づいて発付されるのであるから、状発付時点において捜索する場所に差押え対象物が現在する必要はない。例えば、状発付時点では差押え対象物はまだ捜索場所に存在しないと認められるが、将来の処分実行時には、確実に存在することが見込まれることが疎明できるのであれば(例,状請求時点では証拠物は捜索する場所にはないが、将来処分を実行する時までに確実に捜索する場所に証拠物が郵送される見込みであることの疎明),裁判官は対象物が現在する場合と同様に蓋然性判断を行い令状を発することができる。
(3) 法はこのような憲法の要請を受けて、裁判官による「正当な理由」の事前審査を経て捜索・差押えに関する令状を発付する手続を具体的に法定している(法 218条・219条、規則155条・156条)。また、状に基づき捜査機関が捜素・差押えを実行するに際しての様々な規律も法定されている(法222条1項・3項・6項)。これについてはⅢで説明する。
憲法が保護しようとしている人の「住居,書類及び所持品」についての基本権の実質は、そこに記述された対象に係る財産的利益にとどまらず、個人の私的領域におけるプライヴァシイの期待という利益とみることができる。これは、憲法 33条の保障する身体・行動の自由と並んで、個人にとって最も基本的かつ重要で価値の高い権利・自由である(憲法 13条参照)。捜査目的で個人の私的領域に侵入し、捜索・差押え等を行うことは、対象者の意思を制圧し、このような重要な権利・自由の侵害・制約を伴う処分類型であるから、これを捜査機関限りの判断と裁量のみで実行可能とするのは危険であり不適当である。そこで、個別具体的な事案において,司法権に属し直接捜査を担当しない裁判官が、このような基本権侵害を実行する「正当な理由」の有無について事前に審査を行い。状によって処分の発動を許容する場合に限り、処分の実行を認めるという仕組が要請されているのである。
この状主義の中核的目標は、裁判官が強制処分を実行する捜査機関に対し。
侵入・捜索・押収に該当する行為類型の発動対象と権限行使の具体的範囲を、あらかじめ明示・限定することにより、捜査機関の恣意的権限行を抑制する点にある。憲法 35条が「捜索する場所及び押収する物を明示する」状を要請しているのは、捜査機関の強制処分権限が及ぶ対象範囲の設定に捜査機関限りの第1次的な判断と裁量が働く余地を排しておく趣意である。
なお、令状における捜索・差押え対象の明示は、処分の実行に際して対象者に受忍の範囲を告知し、不服の機会を与える機能をも果たすことになるが、それは主として憲法31条の告知・聴聞の要請であり、法110条の定める状の星示は、憲法35条の状主義の直接の要請ではない。
*近時、最高裁判所は、憲法35条の保障対象には、「『住居。書類及び所持品」に限らずこれらに準ずる私的領域に「侵入』されることのない権利が含まれる」旨明言したが〔第1章I11(4)*),従前の最高裁判所の判例も、状主義の統制を及ぼすべき意法 35条の基本権保障の実質が、財産的利益にとどまらず私的領域におけるプライヴァシイであることを示唆していた。例えば,所持品検査と違法収集証拠排除法則に関する最判昭和53・9・7集 32巻6号1672頁では、対象者の内ポケットに手を差し入れて所持品を取り出したうえ検査した察官の行為を「一般にプライバシイ侵害の程度の高い行為であり、かつ、その態様において捜索に類するものである」と説示している。最決平成21・9・28刑集63巻7号 868頁では、配送過程にある荷物に対するエックス線検査を、「荷送人や荷受人の内容物に対するプライバシー等を大きく侵害するものであるから、検証としての性質を有する強制処分に当たる」とし,これを令状によることなく実行したのは違法と判断している。最
決平成 11・12・16刑集53巻9号1327頁では、いわゆる「電話傍受」が憲法上
状主義の統制を受けるべき強制処分であることを明言した際に、「電話傍受は、通宿の秘密を侵害し、ひいては、個人のプライバシーを侵害する強制処分である」と述べている。
**憲法が明記する「侵入、捜索及び押収」という類型的行為態様、並びに「住居、書類及び所持品」という侵害対象は、いずれも憲法解釈上、状主義の統制を及ぼすべき処分の範囲を画定する第1次的基本枠組である。このような憲法の文言を軽視して、一足飛びに不定型なプライヴァシイという言葉のみに依拠する解釈は不適当であろう。前記のとおり憲法 35条の保護範囲は、明記された住居・所持品等の財産的価値には限定されず私的領域におけるプライヴァシイにも及ぶと解すべきであるが、捜査機関の行為態様が類型的に「住居」等私的領域への「侵入」と、「捜素」に該当することが明瞭である場合には、当該個別事案において対象者の現に被ったプライヴァシイ侵害の程度がそれほど高くなくとも、強制処分として状主義の統制を受けるというべきである。この点は、捜査機関の活動が刑事訴訟法上の「捜索」「差押え」「検証」に該当するかどうかの法適用や、「強制の処分」(法 197条1項但書)の解釈・適用に際しても同様である。
例えば、捜査機関が住居主や管理者の承諾なしに人の住居敷地内に立ち入り、証拠物の探索目的でそこに存在する物を調べる行為は、態様として「住居」に対する「侵入」「捜索」に類型的に該当することが明瞭であり、令状主義の統制に服すべき強制処分にほかならない。これは、当該住居敷地に施錠等がなく誰でも立ち入るごとができる具体的状況であったとしても変わりはないというべきである。これに対して、およそ住居等私的領域への侵入を伴わない、公道上に遭留された物の占有を捜査機関が取得する行為は、行為類型として憲法 35条にいう「侵入、捜索及び押収」には該当しない(判例は、被疑者が不要物として公道上のごみ集積所に排出し、その占有を放棄していたごみ袋について、「通常、そのまま収集されて他人にその内容が見られることはないという期待があるとしても、捜査の必要がある場合には、刑訴法221条により、これを遺留物として領置することができるというべきである」と説示している。最決平成 20・4・15刑集62巻5号1398頁)。
2)以上のような状主義の基本趣意から、裁判官の審査判断の内容となる「正当な理由」(憲法35条1項)とは、基本権侵害処分の性質・内容から次のように理解することができる。
第一,目的の正当性。捜索・差押えが処罪捜査目的で行われる処分である以上. 捜査対象となる犯罪の嫌疑が存在することが大前提となる。裁判官は、犯罪の嫌疑すなわち特定の具体的な被疑事実が存在する蓋然性を審査しなければならない。具体的な被疑事実の存在する蓋然性が認められなければ、捜査の前提を久くので状請求はけられることになる。
第二、差押えの目的物が捜索する場所に存在する蓋然性。裁判官が捜査機関の処分対象と範囲をあらかじめ画定して恣意的権限行使を抑制するため、状にこれを具体的に明示記載する前提として、特定の被疑事実に関連する証拠物等が特定の捜索場所に存在する一定程度の蓋然性判断が可能でなければならない。捜査機関は、このような裁判官による蓋然性判断が可能である程度に、審査判断の素材となる疎明資料を提供しなければならず、被疑事実の存在とこれに関連する証拠物等の存在の蓋然性を明らかにすることができなければ,状
請求は斥けられ、強制処分の発動は事前抑制されることになる。
第三、処分の必要性・相当性。被疑事実とこれに関連する証拠物等の存在する蓋然性が認められても、捜査目的達成の為により侵害性の低い代替手段が可能である場合(例えば任意提出による領置の可能性)や、捜査目的達成の必要性と処分対象者が被る法益侵害の程度が明白に権衡を失している場合、裁判官は不必要ないし不相当な基本権侵害を抑制すべきである。理由のない強制処分の発動のみならず、必要性・相当性をいた強制処分の発動を抑止することは、命状主義・司法的抑制の趣意に良く適うものといえよう。処分の必要性・相当性も選法にいう「正当な理由」の一要素と解すべきである。
*犯罪の嫌疑の存在は、裁判官が捜在機関による処分実行時点を想定して行う蓋然性判断の対象であるから、令状請求・発付時点において犯罪が実行されている必要はない。過去に実行された犯罪の嫌疑の存在も、将来確実に実行される見込みのある犯罪の嫌疑の存在も、疎明資料に基づく蓋然性判断という点で変わるところはない。一定の疎明資料により状に基づく処分が実行される時点で犯罪の嫌疑が存在するであろう蓋然性の判断ができれば、状発付は可能であろう。令状発付時点で来禁制薬物が海外から密輸されるであろう蓋然性が疎明できる場合や、令状発付時点でおとり捜査により将来の特定の日時・場所において禁制薬物の取引が実行される蓋然性が疎明できる場合等がその例である。このような場合,将来存在が見込まれる被疑事実に関連する証拠物等を対象とした捜索差押状を発付できない理由は見出し難いように思われる。
** 状は、捜査機関による処分が実行される時点における証拠物等の存在の蓋然性判断に基づいて発付されるのであるから、状発付時点において捜索する場所に差押え対象物が現在する必要はない。例えば、状発付時点では差押え対象物はまだ捜索場所に存在しないと認められるが、将来の処分実行時には、確実に存在することが見込まれることが疎明できるのであれば(例,状請求時点では証拠物は捜索する場所にはないが、将来処分を実行する時までに確実に捜索する場所に証拠物が郵送される見込みであることの疎明),裁判官は対象物が現在する場合と同様に蓋然性判断を行い令状を発することができる。
(3) 法はこのような憲法の要請を受けて、裁判官による「正当な理由」の事前審査を経て捜索・差押えに関する令状を発付する手続を具体的に法定している(法 218条・219条、規則155条・156条)。また、状に基づき捜査機関が捜素・差押えを実行するに際しての様々な規律も法定されている(法222条1項・3項・6項)。これについてはⅢで説明する。