捜索・押収|令状による捜索・差押え|令状発付の手続
2025年11月19日
『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8
(1) 検察官、検察事務官または司法察員は、捜索・差押えのための状請求を行うことができる(法218条4項。請求権者の範囲は逮捕状より広い。法199条2項参照)。請求に際しては、規則の定める事項を記載した「請求書」を裁判官に提出し(規則139条1項・155条),併せて、請求書記載の処分を実行する「正当な理由」(憲法35条)を示す「疎明資料」を提供しなければならない(規則156条)。規則では「被疑者....が罪を狙したと思料されるべき資料」の提供(同条1項)が要請されている。また。被疑者以外の者の身体、物または住居その他の場所についての捜索令状を請求するには、「差し押さえるべき物の存在を認めるに足りる状況があることを認めるべき資料」を提供しなければならない(同条3項、法102条2項参照)。
これらの請求書と疎明資料等に基づき状裁判官が審査すべき「正当な理由」の具体的内容は、既に説明したとおりである〔II1(2))。処分の「必要性・相当性」も令状裁判官の審査すべき状発付の要件と解すべきであり、明らかに必要性をくと認められる場合や対象者の被る法益侵害の質・程度等を勘案して合理的権衡すなわち相当性を欠くと認められる場合には、請求を却下することができる。
*判例は、差押え処分に対する準抗告の審査・判断に関して、次のように説示している。
「差押に関する処分に対して、[刑訴]法430条の規定により不服の申立を受けた裁判所は、差押の必要性の有無についても審査することができるものと解するのが相当である。・・・・・差押物が証拠物または没収すべき物と思料されるものである場合においては、差押の必要性が認められることが多いであろう。しかし、差押物が右のようなものである場合であっても、狙罪の態様、軽重、差押物の証拠としての価値、重要性、差押物が隠滅毀損されるおそれの有無、差押によって受ける被差押者の不利益の程度その他諸般の事情に照らし明らかに差押の必要がないと認められるときにまで、差押を是認しなければならない理由はない」(最決昭和44・3・18刑集,,23巻3号 153頁)。
この趣意は、事前の状審査の場面においても基本的に当てはまる。令状請求段階で必要性・相当性の不存在が明白に認められるときは請求を却下すべきである。
**状裁判官が、「諸般の事情」の考慮勘案に際し、憲法上の価値衡量を行うべき場合もあり得る。例えば、報道機関の所持・管理する取材フィルムを証拠物として押収する理由が認められる場合においては、憲法上保障された「報道の自由」(憲法21条)並びに憲法上十分重に値すると解されている「報道のための取材の自由」と、「国家の基本的要請である公正な刑事裁判の実現」並びに「適正迅速な捜査の遂行」との間の具体的比較衡量が要請される(最大決昭和44・11・26 刑集23巻11号 1490頁[博多駅事件],最決平成元・1・30刑集43巻1号19頁[日本テレビ事件],最決平成2・7・9刑集44巻5号421頁[TBS 事件]参照)。最高裁判所は「憲法は、刑罰権の発動ないし刑罰権発動のための捜査権の行使が国家の権能であることを当然の前提とするものである」と述べているので、このような刑事司法作用に係る要請を憲法上の価値衡量の要素と位置付けているとみられる(接見指定の合憲性に関する最大判平成11・3・24民集53巻3号514頁参照)。
取材フィルムに関する前記各事案では押収が是認されたが、事案が異なり、例えば報道の自由自体が直接侵害・制約されるような場合であれば、憲法上の価値衡量の結果、押収の必要性ないし相当性を灸くというべき事案もあり得よう。また、前記事案では押収(提出命令・差押え)の可否のみが問題となったが、例えば、報道機関が管理・支配する建造物に立ち入る「捜索」の可否についても、同様の考慮勘案が要請されるであろう。
***郵便物等「通信の秘密」(憲法21条2項)に係る物の差押えについては、特別の定めがある(法 222条1項・100条)。法令に基づき通信事務を取り扱う者が保管・所持する「郵便物、信書便物又は電信に関する書類」は、被疑者から発し、または被疑者に対して発したものについて文面上は無限定に(法 222条1項・100条1項),その他の場合は「被疑事件に関係があると認めるに足りる状況のあるものに限り」(法 222条1項・100条2項)差し押えることができる。前者の規定は、開封して内容を点検しないと証拠物たることが判明しない郵便物等の性質を考慮したものと思われるが、差押え対象が被疑事件に関連する証拠物であることは当然の前提であるから、被疑者発または被疑者宛の場合であっても関連性のないことが明白なものは差押え対象から除外されるべきである。なお、被疑者発または被疑者宛を除く郵便物等で通信事務取扱者が保管・所持するものの差押令状を請求するには、その物が被疑事件に関係があると認めるに足りる状況があることを認めるべき疎明資料を提供しなければならない(規則 156条2項)。前記差押え処分をしたときは、その旨を発信人または受信人に通知しなければならない。ただし通知によって捜査が妨げられる度がある場合はこの限りでないとされている(法 222条1項・100条3項)。郵便物等の差押えは、通信の秘密を直接侵害する処分であることから、このような現行法の事後通知が、通言傍受法の定める事後通知制度〔第7章1I3(8)〕に比して、十分な合憲的手続保障(憲法31条)といえるか疑問であろう。
郵便物等を差し押えるために通事務取扱者に対する「捜索」をすることは許されるか。差押えについてのみ特別の定めがあるのは、捜索を許さない趣旨であると解される。捜査機関が通事務取扱者の管理・支配する場所に立ち入り不特定多数の郵便物等の探索や開封が行われるとすれば、不特定多数人の通の秘密が侵害される程度は著しいので,このような捜索は類型的に不相当というべきである。通信事務取扱者が差押え対象物の選別に協力的でない場合には、差押え処分に必要な最小限度の措置が可能であるにとどまるであろう(法 222条1項・111条1項)。
(2) 状には、被疑者の氏名、罪名、差し押えるべき物、捜索すべき場所、身体もしくは物、有効期間(原則は7日。規則300条)等法定の事項を記載し、裁判官がこれに記名押印する(法 219条1項)。
「被疑者の氏名」が明らかでないときは、人相,体格その他被疑者を特定するに足りる事項でこれを指示することができる(法 219条3項・64条2項)。なお,被疑事実の存在と証拠物存在の蓋然性等は明瞭であっても被疑者は「不詳」ということがあり得る。このような場合でも「正当な理由」の審査・判断が可能であれば令状を発することができる。
「罪名」の記載は、処分の理由とされている事件を特定することを通じて、処分の対象となる場所や物の特定に資する趣意である。もっとも、逮捕状とは異なり「被疑事実の要旨」は令状の記載事項ではない(規則155条1項4号、法200 条参照)。捜素・差押え処分は被疑者以外の者に対しても実行されることがあるので、捜査の秘密保持の必要や被疑者の名誉等に配慮したものである(通信傍受令状の記載事項との異同について、通信傍受法6条[被疑事実の要旨、罪名、罰条が記載事項とされている]。ただし傍受状の星示について同法10条1項但書参照)。
後記のとおり。処分対象の特定の要請に資する場合には、罰条や被疑事実の要旨を記載することもできると解される。もっとも、捜査の秘密保持や被害者等
氏名秘匿の要請が強い場合は別論である。
「差し押さえるべき物」及び「捜索すべき場所、身体若しくは物」の「明示」記載は、法上の要請であり、合状主義の中核を成す(恋法35条)。令状裁判官は、捜査機関の権限範囲をあらかじめ明示・限定することにより恣意的権限行使を防止するという状主義の趣旨に即して、状請求書と疎明資料等に基づいた蓋然性判断を踏まえ、対象を具体的に明示・特定する必要がある。
もっとも、「差し押さえるべき物」については、捜査の初期段階に物の個別的形状・特徴までは判明していないことも多い。令状審査が被疑事実と関連する証拠物の存在についての蓋然性判断であることから、個別・具体的な記載を基本としつつ、ある程度包括的・抽象的な表現が用いられるのはやむを得ない。
実務上、個別の物件を明示・列記したのち「その他本件に関係すると思料される文書および物件」という記載が付加される例も少なくない。このような記載方法について,判例は、具体的な例示に付加されたものであり、状記載の被疑事件に関係があり、かつ例示物件に準じる文書・物件であることが明らかであるから、物の明示に欠けるところはないとしている(最大決昭和33・7・29刑
集12巻12号2776頁)。しかし、この場合,令状自体に「本件」がある程度具体的に明示されていなければ、捜査機関の恣意的判断防止の趣意に反するであろう。このような記載をする場合には、被疑事実の要旨を記載するなどして「本件」の内容を明らかにする必要があろう。
「捜索すべき場所」等は、捜査機関の処分権限の及ぶ範囲を、管理支配が異なる他の対象と明瞭に区別できる程度に明示・記載すべきである。場所については、通常。管理支配が同一である範囲で、その地理的位置を住所等で明示・記載して特定する。複数の場所を捜索するときは、「各別の状」によらなければならない(憲法 35条2項)。1通の状に複数の捜索場所を記載することは許されない。捜索対象が人の身体や自動車のように移動するものである場合、住居のように地理的位置で特定することはできないから、他の方法(対象者の氏名や車両番号等の記載)によることになる。
令状裁判官は、同一の管理支配が及ぶ場所的範囲内について、特段の事由がない限り処分実行時にその場所に存在すると見込まれる物(例,捜索すべき住居内に存在する机。金庫、箪笥等の物)をも併せて当該場所を捜索する正当な理由を判断しているとみられるから、特定の場所に対する捜索状により、処分実行時点においてその場所に存在する物を捜索することができる(当該場所内に存在しても、その場所の管理支配に属さないことが明らかな物は別論である)。例えば、公判期日で異議なく取り調べられていたような場合は、もはや秘密に当たらないとしている(最決平成 27・11・19刑集69巻7号797頁)。
(3) 捜査機関は、捜索・差押えの実行に際し,錠をはずし、封を開き、その他「必要な処分」をすることができる(法 222条1項・111条1項)。捜索・差押え処分の実効性を確保し,その本来的目的達成に必要な手段は、それが対象者に及ぼす法益侵害と合理的権衡が認められる相当な態様の附随的措置であれば、令状裁判官により本来的処分と併せ許可されているとみられる。すなわち前記条文は、別個固有の処分を定めたものではなく、法定されている捜索・差押え処分の附随的効力についての確認規定と解される。それが令状に基づく処分に伴う場合には、裁判官によって併せ許可された「令状の効力」と説明することもできる。
判例は、ホテル客室に対する捜索差押え令状に基づき被疑者の在室時に処分を実行する際、事前に察知されると差押え対象物である覚醒剤が破棄隠滅される度があったため、ホテル支配人からマスターキーを借り受けて、来意を告げずに施錠された客室ドアをマスターキーで解錠し入室した措置について、「捜素差押えの実効性を確保するために必要であり、社会通念上相当な態様で行われていると認められるから、刑訴法 222条1項、111条1項に基づく処分として許容される」と説示している(前掲最決平成 14・10・4。捜査機関が宅配便配達人を装って解錠させたのを法111条の処分として適法とした裁判例として、大阪高判平成 6・4・20高刑集47巻1号1頁)。判例のいう「社会通念上相当な態様」とは、対象者の被る法益侵害措置の必要性との合理的権衡が認められる行為態様を意味すると解される。
また、捜索・差押えが「強制」処分という権力作用であることから当然に,その実効性・目的達成を阻害する者の行為を制圧・阻止する等の妨害排除措置ができる。法は、捜索・差押えの実行中は、何人に対しても、許可を得ないでその場所に出入りすることを禁止でき、禁止に従わない者は、これを退去させ、または処分終了までこれに看守者を附することができると定めている(法 222条1項・112条)。これは、強制処分の附随的効力としての妨害予防・妨害排除措置を明記したものである。なお、捜索・差押え処分を途中で一時中止する場合において必要があるときは、処分が終わるまでその場所を閉鎖し、または看者を置くことができる(法 222条1項・118条)。
捜索場所に居る人が、捜索を妨害したり差押え対象物を隠匿しようとする場合には、前記のとおり処分の実効性確保のための妨害排除措置として合理的に必要な限度でこれを制圧阻止・原状回復等を行うことができると解される。そのような妨害排除や原状回復措置の過程で、対象者の身体等に向けられた有形力行使や身体等に隠匿された差押え対象物件の探索が行われることがあり得るが、対象者の被る法益侵害が合理的に必要な限度にとどまる限り、正当な強制処分の実行として、違法の問題は生じないというべきである。
「必要な処分」は、前記のとおり捜索・差押え処分に附随する措置であるから,本来別途状が必要と解される処分を行うことはできない。例えば,捜
素・差押え処分実行中に差し押えるべき物が捜索場所とは管理支配を異にする場所に投棄された場合、いかに差押え処分の実効性確保のため必要であろうと、該場所に強制的に立ち入るには別途捜索状が必要である。
*場所に対する捜索状に基づき捜索場所に現在する人の身体について捜索をすることができるかという形で議論される問題〔前記 1(2)〕は、本文のように位置付けて処理するのが適切であろう。前記のとおり場所に対する捜索状の効力がその場に現在する人の身体にも及ぶと解することはできない。しかし、捜索差押え処分の実効性を確保するための妨害排除と原状回復措置が正当な範囲で実行される限り、妨害者が自らの責めにより被った法益侵害について不服や異議を主張できるとする理由は認め難いように思われる。
**人の身体については、前記のとおりその名誉・差恥心等の人格的法益に配慮する必要があるので〔12(1)),身体の捜索や身体検査の実行に際して、対象者のこのような法益を保護するという観点から、身体に対するこれらの処分を実行するのに適した最寄りの場所まで対象者を連行することが許される場合もあり得よう。処分が捜索令状や身体検査令状による場合には、それは令状裁判官が本来的処分と併せ許容した状の効力であり、処分実行に「必要な処分」(法111条)に当たる。
(4) 押収物(差し押えられまたは領置された物件)についても、証拠物等の保全という押収の本来的目的を達するのに「必要な処分」をすることができる(法222条1項・111条2項)。例えば、押収された未現像フィルムの現像や押収された信書の開封、金庫の解錠等の措置がこれに当たる。専門技術者に依頼して押収物に記録された電磁的記録等を可視化・可読化したり、消去されたデータを復示する措置は、専門家に対する鑑定嘱託と鑑定処分の法的性質を有するとみることができるが、そのような措置は令状裁判官が差押え処分を許可する際に併せ許可しているとみることができるから。差押え処分の附随措置として行うことができ、別途鑑定処分許可状等の状は不要であろう。これに対して、新たな法益侵害を生じさせる場合。例えば、押収物を破壊したりその内容を改変するに至る措置は許されない。必要あれば、別途。検証または鑑定処分として行うべきである(法 222条1項・129条、法225条1項・168条1項参照)。
(5)捜索・差押えを公務所内で実行するときは、公務所の長またはこれに代わるべき者に通知して、立会いを求めなければならない。人の住居または人の看守する邸宅,建造物、船舶内で実行するときは、住居主、看守者またはこれに代わるべき者の立会いを求めなければならない。これらの者を立ち会わせることができないときは、隣人または地方公共団体の職員(消防職員等)を立ち会わせなければならない(法222条1項・114条)。立会いの趣旨は、手続の公正を担保することにある。また。押収拒絶権を有する者には、拒絶権行使の機会を与える意味もある。
人の身体の捜索の範囲については、前記のとおり着衣及び身体の外表部に限られると解すべきである。裸にすることはできない〔12(1))。女子の身体の捜素については、その名誉・羞恥心等の人格的法益に配慮し、原則として成年の女子を立ち会わせなければならない。ただし急速を要する場合はこの限りでない(法222条1項・115条)。なお、その趣旨から、身体捜索を実行する者が成年の女子である場合には、それに加えて成年女子を立ち会わせる必要はないであろう(東京高判平成30・2・23高刑集71巻1号1頁)。
捜索・差押えに被疑者及び弁護人の立会権は認められていない。他方、検察官。検察事務官または司法察職員は、必要があると判断するときは、被疑者を捜索・差押えに立ち会わせることができる(法222条6項)。なお、身体拘束
処分を受けていない被疑者について立会いを強制する方法はない。逮捕・勾留されている被疑者について、身体物処分の効力として立会いを強制できるか疑問がある。身体拘束の法的目的を被疑者の逃亡及び罪証隠滅の防止と解する限り、その目的の範囲外であるから立会いのための行動制はできないであるう。
(6) 日出前、日没後に捜索・差押えのため人の住居等に立ち入って処分に着手することは、令状に夜間でも処分を実行することができる旨の記載がない限り許されない。ただし日没前に捜索・差押えに着手したときは、日没後でも処分を継続することができる(法 222条3項・116条)。夜間における住居等私生活の平穏に配慮する趣意である。このような配慮を要しない賭博場や旅館。飲食店等夜間でも公衆が出入りすることができる場所については、前記の制限はない(法 222条3項・117条)。強制採尿状は後記のとおり捜索差押状であるが〔第7章11。警察官が強制採尿状により、逮捕中の被疑者を夜間診療中の病院まで連行して採尿する場合には、夜間における私生活の平穏を保護するために設けられた法の制約は受けないとした裁判例がある(東京高判平成 10・6・25判 992号 281頁)。なお、捜査機関は、日出前、日没後に捜索・差押えをする必要があるときは、令状請求書にその旨及び事由を記載しなければならない
(規則 155条1項7号)。
(7) 捜索をした場合において、証拠物または没収すべき物が発見されなかったときは、捜索を受けた者の請求により、その旨の「証明書」を交付しなければならない(法 222条1項・119条)。差押えをしたときは、押収物の目録を作成し、所有者・所持者・保管者またはこれらの者に代わるべき者に交付しなければならない。押収品目録の作成・交付は、請求の有無にかかわらず必要的である(法 222条1項・120条)。
このほか、法は、押収物の保管・廃棄、売却・代価保管、還付・仮付,賊
物の被害者還付についての規定を設けている(法 222条1項・121条~124条・
222条1項但書)。
これらの請求書と疎明資料等に基づき状裁判官が審査すべき「正当な理由」の具体的内容は、既に説明したとおりである〔II1(2))。処分の「必要性・相当性」も令状裁判官の審査すべき状発付の要件と解すべきであり、明らかに必要性をくと認められる場合や対象者の被る法益侵害の質・程度等を勘案して合理的権衡すなわち相当性を欠くと認められる場合には、請求を却下することができる。
*判例は、差押え処分に対する準抗告の審査・判断に関して、次のように説示している。
「差押に関する処分に対して、[刑訴]法430条の規定により不服の申立を受けた裁判所は、差押の必要性の有無についても審査することができるものと解するのが相当である。・・・・・差押物が証拠物または没収すべき物と思料されるものである場合においては、差押の必要性が認められることが多いであろう。しかし、差押物が右のようなものである場合であっても、狙罪の態様、軽重、差押物の証拠としての価値、重要性、差押物が隠滅毀損されるおそれの有無、差押によって受ける被差押者の不利益の程度その他諸般の事情に照らし明らかに差押の必要がないと認められるときにまで、差押を是認しなければならない理由はない」(最決昭和44・3・18刑集,,23巻3号 153頁)。
この趣意は、事前の状審査の場面においても基本的に当てはまる。令状請求段階で必要性・相当性の不存在が明白に認められるときは請求を却下すべきである。
**状裁判官が、「諸般の事情」の考慮勘案に際し、憲法上の価値衡量を行うべき場合もあり得る。例えば、報道機関の所持・管理する取材フィルムを証拠物として押収する理由が認められる場合においては、憲法上保障された「報道の自由」(憲法21条)並びに憲法上十分重に値すると解されている「報道のための取材の自由」と、「国家の基本的要請である公正な刑事裁判の実現」並びに「適正迅速な捜査の遂行」との間の具体的比較衡量が要請される(最大決昭和44・11・26 刑集23巻11号 1490頁[博多駅事件],最決平成元・1・30刑集43巻1号19頁[日本テレビ事件],最決平成2・7・9刑集44巻5号421頁[TBS 事件]参照)。最高裁判所は「憲法は、刑罰権の発動ないし刑罰権発動のための捜査権の行使が国家の権能であることを当然の前提とするものである」と述べているので、このような刑事司法作用に係る要請を憲法上の価値衡量の要素と位置付けているとみられる(接見指定の合憲性に関する最大判平成11・3・24民集53巻3号514頁参照)。
取材フィルムに関する前記各事案では押収が是認されたが、事案が異なり、例えば報道の自由自体が直接侵害・制約されるような場合であれば、憲法上の価値衡量の結果、押収の必要性ないし相当性を灸くというべき事案もあり得よう。また、前記事案では押収(提出命令・差押え)の可否のみが問題となったが、例えば、報道機関が管理・支配する建造物に立ち入る「捜索」の可否についても、同様の考慮勘案が要請されるであろう。
***郵便物等「通信の秘密」(憲法21条2項)に係る物の差押えについては、特別の定めがある(法 222条1項・100条)。法令に基づき通信事務を取り扱う者が保管・所持する「郵便物、信書便物又は電信に関する書類」は、被疑者から発し、または被疑者に対して発したものについて文面上は無限定に(法 222条1項・100条1項),その他の場合は「被疑事件に関係があると認めるに足りる状況のあるものに限り」(法 222条1項・100条2項)差し押えることができる。前者の規定は、開封して内容を点検しないと証拠物たることが判明しない郵便物等の性質を考慮したものと思われるが、差押え対象が被疑事件に関連する証拠物であることは当然の前提であるから、被疑者発または被疑者宛の場合であっても関連性のないことが明白なものは差押え対象から除外されるべきである。なお、被疑者発または被疑者宛を除く郵便物等で通信事務取扱者が保管・所持するものの差押令状を請求するには、その物が被疑事件に関係があると認めるに足りる状況があることを認めるべき疎明資料を提供しなければならない(規則 156条2項)。前記差押え処分をしたときは、その旨を発信人または受信人に通知しなければならない。ただし通知によって捜査が妨げられる度がある場合はこの限りでないとされている(法 222条1項・100条3項)。郵便物等の差押えは、通信の秘密を直接侵害する処分であることから、このような現行法の事後通知が、通言傍受法の定める事後通知制度〔第7章1I3(8)〕に比して、十分な合憲的手続保障(憲法31条)といえるか疑問であろう。
郵便物等を差し押えるために通事務取扱者に対する「捜索」をすることは許されるか。差押えについてのみ特別の定めがあるのは、捜索を許さない趣旨であると解される。捜査機関が通事務取扱者の管理・支配する場所に立ち入り不特定多数の郵便物等の探索や開封が行われるとすれば、不特定多数人の通の秘密が侵害される程度は著しいので,このような捜索は類型的に不相当というべきである。通信事務取扱者が差押え対象物の選別に協力的でない場合には、差押え処分に必要な最小限度の措置が可能であるにとどまるであろう(法 222条1項・111条1項)。
(2) 状には、被疑者の氏名、罪名、差し押えるべき物、捜索すべき場所、身体もしくは物、有効期間(原則は7日。規則300条)等法定の事項を記載し、裁判官がこれに記名押印する(法 219条1項)。
「被疑者の氏名」が明らかでないときは、人相,体格その他被疑者を特定するに足りる事項でこれを指示することができる(法 219条3項・64条2項)。なお,被疑事実の存在と証拠物存在の蓋然性等は明瞭であっても被疑者は「不詳」ということがあり得る。このような場合でも「正当な理由」の審査・判断が可能であれば令状を発することができる。
「罪名」の記載は、処分の理由とされている事件を特定することを通じて、処分の対象となる場所や物の特定に資する趣意である。もっとも、逮捕状とは異なり「被疑事実の要旨」は令状の記載事項ではない(規則155条1項4号、法200 条参照)。捜素・差押え処分は被疑者以外の者に対しても実行されることがあるので、捜査の秘密保持の必要や被疑者の名誉等に配慮したものである(通信傍受令状の記載事項との異同について、通信傍受法6条[被疑事実の要旨、罪名、罰条が記載事項とされている]。ただし傍受状の星示について同法10条1項但書参照)。
後記のとおり。処分対象の特定の要請に資する場合には、罰条や被疑事実の要旨を記載することもできると解される。もっとも、捜査の秘密保持や被害者等
氏名秘匿の要請が強い場合は別論である。
「差し押さえるべき物」及び「捜索すべき場所、身体若しくは物」の「明示」記載は、法上の要請であり、合状主義の中核を成す(恋法35条)。令状裁判官は、捜査機関の権限範囲をあらかじめ明示・限定することにより恣意的権限行使を防止するという状主義の趣旨に即して、状請求書と疎明資料等に基づいた蓋然性判断を踏まえ、対象を具体的に明示・特定する必要がある。
もっとも、「差し押さえるべき物」については、捜査の初期段階に物の個別的形状・特徴までは判明していないことも多い。令状審査が被疑事実と関連する証拠物の存在についての蓋然性判断であることから、個別・具体的な記載を基本としつつ、ある程度包括的・抽象的な表現が用いられるのはやむを得ない。
実務上、個別の物件を明示・列記したのち「その他本件に関係すると思料される文書および物件」という記載が付加される例も少なくない。このような記載方法について,判例は、具体的な例示に付加されたものであり、状記載の被疑事件に関係があり、かつ例示物件に準じる文書・物件であることが明らかであるから、物の明示に欠けるところはないとしている(最大決昭和33・7・29刑
集12巻12号2776頁)。しかし、この場合,令状自体に「本件」がある程度具体的に明示されていなければ、捜査機関の恣意的判断防止の趣意に反するであろう。このような記載をする場合には、被疑事実の要旨を記載するなどして「本件」の内容を明らかにする必要があろう。
「捜索すべき場所」等は、捜査機関の処分権限の及ぶ範囲を、管理支配が異なる他の対象と明瞭に区別できる程度に明示・記載すべきである。場所については、通常。管理支配が同一である範囲で、その地理的位置を住所等で明示・記載して特定する。複数の場所を捜索するときは、「各別の状」によらなければならない(憲法 35条2項)。1通の状に複数の捜索場所を記載することは許されない。捜索対象が人の身体や自動車のように移動するものである場合、住居のように地理的位置で特定することはできないから、他の方法(対象者の氏名や車両番号等の記載)によることになる。
令状裁判官は、同一の管理支配が及ぶ場所的範囲内について、特段の事由がない限り処分実行時にその場所に存在すると見込まれる物(例,捜索すべき住居内に存在する机。金庫、箪笥等の物)をも併せて当該場所を捜索する正当な理由を判断しているとみられるから、特定の場所に対する捜索状により、処分実行時点においてその場所に存在する物を捜索することができる(当該場所内に存在しても、その場所の管理支配に属さないことが明らかな物は別論である)。例えば、公判期日で異議なく取り調べられていたような場合は、もはや秘密に当たらないとしている(最決平成 27・11・19刑集69巻7号797頁)。
(3) 捜査機関は、捜索・差押えの実行に際し,錠をはずし、封を開き、その他「必要な処分」をすることができる(法 222条1項・111条1項)。捜索・差押え処分の実効性を確保し,その本来的目的達成に必要な手段は、それが対象者に及ぼす法益侵害と合理的権衡が認められる相当な態様の附随的措置であれば、令状裁判官により本来的処分と併せ許可されているとみられる。すなわち前記条文は、別個固有の処分を定めたものではなく、法定されている捜索・差押え処分の附随的効力についての確認規定と解される。それが令状に基づく処分に伴う場合には、裁判官によって併せ許可された「令状の効力」と説明することもできる。
判例は、ホテル客室に対する捜索差押え令状に基づき被疑者の在室時に処分を実行する際、事前に察知されると差押え対象物である覚醒剤が破棄隠滅される度があったため、ホテル支配人からマスターキーを借り受けて、来意を告げずに施錠された客室ドアをマスターキーで解錠し入室した措置について、「捜素差押えの実効性を確保するために必要であり、社会通念上相当な態様で行われていると認められるから、刑訴法 222条1項、111条1項に基づく処分として許容される」と説示している(前掲最決平成 14・10・4。捜査機関が宅配便配達人を装って解錠させたのを法111条の処分として適法とした裁判例として、大阪高判平成 6・4・20高刑集47巻1号1頁)。判例のいう「社会通念上相当な態様」とは、対象者の被る法益侵害措置の必要性との合理的権衡が認められる行為態様を意味すると解される。
また、捜索・差押えが「強制」処分という権力作用であることから当然に,その実効性・目的達成を阻害する者の行為を制圧・阻止する等の妨害排除措置ができる。法は、捜索・差押えの実行中は、何人に対しても、許可を得ないでその場所に出入りすることを禁止でき、禁止に従わない者は、これを退去させ、または処分終了までこれに看守者を附することができると定めている(法 222条1項・112条)。これは、強制処分の附随的効力としての妨害予防・妨害排除措置を明記したものである。なお、捜索・差押え処分を途中で一時中止する場合において必要があるときは、処分が終わるまでその場所を閉鎖し、または看者を置くことができる(法 222条1項・118条)。
捜索場所に居る人が、捜索を妨害したり差押え対象物を隠匿しようとする場合には、前記のとおり処分の実効性確保のための妨害排除措置として合理的に必要な限度でこれを制圧阻止・原状回復等を行うことができると解される。そのような妨害排除や原状回復措置の過程で、対象者の身体等に向けられた有形力行使や身体等に隠匿された差押え対象物件の探索が行われることがあり得るが、対象者の被る法益侵害が合理的に必要な限度にとどまる限り、正当な強制処分の実行として、違法の問題は生じないというべきである。
「必要な処分」は、前記のとおり捜索・差押え処分に附随する措置であるから,本来別途状が必要と解される処分を行うことはできない。例えば,捜
素・差押え処分実行中に差し押えるべき物が捜索場所とは管理支配を異にする場所に投棄された場合、いかに差押え処分の実効性確保のため必要であろうと、該場所に強制的に立ち入るには別途捜索状が必要である。
*場所に対する捜索状に基づき捜索場所に現在する人の身体について捜索をすることができるかという形で議論される問題〔前記 1(2)〕は、本文のように位置付けて処理するのが適切であろう。前記のとおり場所に対する捜索状の効力がその場に現在する人の身体にも及ぶと解することはできない。しかし、捜索差押え処分の実効性を確保するための妨害排除と原状回復措置が正当な範囲で実行される限り、妨害者が自らの責めにより被った法益侵害について不服や異議を主張できるとする理由は認め難いように思われる。
**人の身体については、前記のとおりその名誉・差恥心等の人格的法益に配慮する必要があるので〔12(1)),身体の捜索や身体検査の実行に際して、対象者のこのような法益を保護するという観点から、身体に対するこれらの処分を実行するのに適した最寄りの場所まで対象者を連行することが許される場合もあり得よう。処分が捜索令状や身体検査令状による場合には、それは令状裁判官が本来的処分と併せ許容した状の効力であり、処分実行に「必要な処分」(法111条)に当たる。
(4) 押収物(差し押えられまたは領置された物件)についても、証拠物等の保全という押収の本来的目的を達するのに「必要な処分」をすることができる(法222条1項・111条2項)。例えば、押収された未現像フィルムの現像や押収された信書の開封、金庫の解錠等の措置がこれに当たる。専門技術者に依頼して押収物に記録された電磁的記録等を可視化・可読化したり、消去されたデータを復示する措置は、専門家に対する鑑定嘱託と鑑定処分の法的性質を有するとみることができるが、そのような措置は令状裁判官が差押え処分を許可する際に併せ許可しているとみることができるから。差押え処分の附随措置として行うことができ、別途鑑定処分許可状等の状は不要であろう。これに対して、新たな法益侵害を生じさせる場合。例えば、押収物を破壊したりその内容を改変するに至る措置は許されない。必要あれば、別途。検証または鑑定処分として行うべきである(法 222条1項・129条、法225条1項・168条1項参照)。
(5)捜索・差押えを公務所内で実行するときは、公務所の長またはこれに代わるべき者に通知して、立会いを求めなければならない。人の住居または人の看守する邸宅,建造物、船舶内で実行するときは、住居主、看守者またはこれに代わるべき者の立会いを求めなければならない。これらの者を立ち会わせることができないときは、隣人または地方公共団体の職員(消防職員等)を立ち会わせなければならない(法222条1項・114条)。立会いの趣旨は、手続の公正を担保することにある。また。押収拒絶権を有する者には、拒絶権行使の機会を与える意味もある。
人の身体の捜索の範囲については、前記のとおり着衣及び身体の外表部に限られると解すべきである。裸にすることはできない〔12(1))。女子の身体の捜素については、その名誉・羞恥心等の人格的法益に配慮し、原則として成年の女子を立ち会わせなければならない。ただし急速を要する場合はこの限りでない(法222条1項・115条)。なお、その趣旨から、身体捜索を実行する者が成年の女子である場合には、それに加えて成年女子を立ち会わせる必要はないであろう(東京高判平成30・2・23高刑集71巻1号1頁)。
捜索・差押えに被疑者及び弁護人の立会権は認められていない。他方、検察官。検察事務官または司法察職員は、必要があると判断するときは、被疑者を捜索・差押えに立ち会わせることができる(法222条6項)。なお、身体拘束
処分を受けていない被疑者について立会いを強制する方法はない。逮捕・勾留されている被疑者について、身体物処分の効力として立会いを強制できるか疑問がある。身体拘束の法的目的を被疑者の逃亡及び罪証隠滅の防止と解する限り、その目的の範囲外であるから立会いのための行動制はできないであるう。
(6) 日出前、日没後に捜索・差押えのため人の住居等に立ち入って処分に着手することは、令状に夜間でも処分を実行することができる旨の記載がない限り許されない。ただし日没前に捜索・差押えに着手したときは、日没後でも処分を継続することができる(法 222条3項・116条)。夜間における住居等私生活の平穏に配慮する趣意である。このような配慮を要しない賭博場や旅館。飲食店等夜間でも公衆が出入りすることができる場所については、前記の制限はない(法 222条3項・117条)。強制採尿状は後記のとおり捜索差押状であるが〔第7章11。警察官が強制採尿状により、逮捕中の被疑者を夜間診療中の病院まで連行して採尿する場合には、夜間における私生活の平穏を保護するために設けられた法の制約は受けないとした裁判例がある(東京高判平成 10・6・25判 992号 281頁)。なお、捜査機関は、日出前、日没後に捜索・差押えをする必要があるときは、令状請求書にその旨及び事由を記載しなければならない
(規則 155条1項7号)。
(7) 捜索をした場合において、証拠物または没収すべき物が発見されなかったときは、捜索を受けた者の請求により、その旨の「証明書」を交付しなければならない(法 222条1項・119条)。差押えをしたときは、押収物の目録を作成し、所有者・所持者・保管者またはこれらの者に代わるべき者に交付しなければならない。押収品目録の作成・交付は、請求の有無にかかわらず必要的である(法 222条1項・120条)。
このほか、法は、押収物の保管・廃棄、売却・代価保管、還付・仮付,賊
物の被害者還付についての規定を設けている(法 222条1項・121条~124条・
222条1項但書)。