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探偵の知識

その他の捜査手段|通信・会話のの傍受|「通信傍受法」の規律

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

(1) 通信傍受法の位置付けについては、既に述べた〔前記2(1/2))。以下、この法律の前提とする基本用語と規律の概要を説明する。なお、2016(平成28)
年に当初設計導入された通傍受制度を合理化・効率化することを目的とした法改正がなされたので,その概要も併せ説明する。
一般に電気通言とは、電磁的方式により、符号、音響または影像を送り、伝え、または受けることすべてをいう(電気通事業法2条参照)。しかし、無線のみによる通言は、第三者に聴取されること自体は受忍せざるを得ない形態であるから、傍受が「強制の処分」となる法222条の2及び通言受法にいう「電気通」とは、電話その他の電気通で、その伝送路の全部もしくは一部が有線であるもの、またはその伝送路に交換設備のあるものをいう(通言受法2条1項)。「傍受」とは、現に行われている他人間の通について、その内容を知るため、当該通の当事者のいずれの同意も得ないで、これを受けることをいう(同条2項)。
(2) 通信傍受による捜査は、通常の強制処分とは異なり、対象罪が限定されている。制度導入当初は、法の別表に規定する薬物関連犯罪、銃器関連犯罪,集団密航の罪及び組織的殺人の罪(2016[平成 28]年改正後の別表1。以下後記別表2と併せ「別表犯罪」という)に限られていた(通信傍受法3条1項)。通言受という基本権侵害の著しい捜査手段を用いることが真にやむを得ないと認められる犯罪類型を検討しあらかじめ設定するのは立法府の権限であるから、法改正によらず、別表犯罪以外の犯罪類型について、この法律の規定を準用して通信傍受を行うことは、もとより許されない。
*前記新時代の刑事司法制度特別部会の審議の結果、2016(平成28)年に対象犯罪を拡大する法改正が行われた。通信傍受の対象犯罪として、前記別表1のほかに①殺傷犯等関係(現住建造物等放火・殺人・傷害・傷害致死・爆発物の使用)、②連捕・監禁、略取・誘拐関係、③盗・強盗関係、④詐欺・恐喝関係,⑤児童ポルノ関係の犯罪が追加された(別表2)。なお追加される対象犯罪については、法の規定する傍受の実施要件〔後記(3)〕に加えて、「あらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体により行われる」と疑うに足りる状況があることが要件とされる(法3条1項各号)。傍受の実施を組織的犯行態様の犯罪解明を目的とする場合に限定する趣旨である。
**情報通技術の進展・普及に対応する法整備として法制審議会が答申した法改正要綱では、傍受対象犯罪に「財産上不法の利益」を得る強盗、詐欺・恐喝の犯罪類型が追加された。これは、電子決済や電子商取引の普及に伴い、被害者の暗号資産をだまし取る、暴行・脅迫でその移転を強要する、電子マネーを購入させそのID等を犯人側に伝達させる等の組織的犯行態様に対応しようとするものである。
(3) 強制処分である通信傍受は、裁判官の発付する状(「傍受状」)に基づいて行われる。令状裁判官の事前審査すべき要件は次の第一から第四である(通傍受法3条1項)。
第一,①別表犯罪が犯されたと疑うに足りる十分な理由があること、②別表犯罪が犯され、(i)引き続きこれと同様の態様で犯される同一もしくは同種の別表犯罪または(ii)当該犯罪の実行を含む一連の犯行計画に基づいて別表犯罪が犯されると疑うに足りる十分な理由があること、または③死刑または無期もしくは長期2年以上の拘禁刑に当たる罪が別表犯罪と一体のものとしてその実行に必要な準備のために犯され、かつ、引き続き当該別表犯罪が犯されると疑うに足りる十分な理由があること、これら①②③のいずれかを充たす必要がある。
第二、さらに,原則として、当該別表犯罪が数人の共謀によるものであると疑うに足りる状況があるときでなければならない(例外は同法3条2項参照)。
第三、これらの犯罪について、その実行、準備または証拠隠滅等の事後措置に関する課議、指示その他の相互連絡その他当該犯罪の実行に関連する事項を内容とする通信(「犯罪関連通信」という)が行われると疑うに足りる状況があること。
第四、他の方法によっては、犯人を特定し、または犯行の状況もしくは内容を明らかにすることが著しく困難であること。
これらの要件は、憲法上、状裁判官の審査対象となるべき処分の「正当な理由」(憲法 35条)の実定法による表現である。対象犯罪についての高度な嫌疑(「十分な理由」,通信受捜査の一般的必要性(数人共謀),傍受対象となる犯罪関連通信」の存在する蓋然性、通信傍受捜査の「補充性」が示されている。なお、要件第一の②、③は、状審査・発付の時点ではいまだ犯されていない別表犯罪が将来実行されるであろう高度の蓋然性判断(「別表犯罪が犯されると疑うに遅りる十分な理由がある」)を明文で規定したものである。
令状主義のいまひとつの重要な要請である処分対象の特定に関しては、傍受の対象となるべき通手段は、電話番号その他発信または発信先を識別するための番号等によって特定された通信手段であって、被疑者が通信事業者等との間の契約に基づいて使用するもの(犯人による犯罪関連通に用いられる疑いのないものは除く)、または犯人による犯罪関連通に用いられると疑うに足りるものであり、傍受すべき対象は、「狙罪関連通信」とされる。これに対応して、「傍受状」には、通常の捜索・差押えや検証の状とは異なり、罪名に加えて被疑事実の要旨と罰条が必要的記載事項とされているほか、傍受すべき通傍受の実施の対象とすべき通手段,傍受の実施の方法及び場所、傍受ができる期間等が記載される(通信傍受法6条)。被疑事実の要旨と罰条の記載は、犯罪関連通信を令状においてできる限り特定するためである。
(4) 傍受状の請求権者は、一般の状と異なり、検察官については検事総長の指定する検事,司法察員については公安委員会の指定する視以上の察官等に限られる。また、状発付権限を有する裁判官は地方裁判所の裁判官に限定される(通信傍受法4条1項)。
通信傍受ができる期間は、令状発付時に10日以内の期間が定められる(同法5条1項)。この期間は、10日以内の期間を定めて延長することができ、通じて30日を超えることができない(同法7条1項)。裁判官は、傍受の実施に関し、適当と認める条件を附することができる(同法5条2項)。
(5)「傍受の実施」は、法により、通信の傍受をすること及び通信手段について直ちに修受をすることができる状態で通信の状況を監視することをいうと定義されている(同法5条2項)。実施にあたり、通信手段の傍受を実施する部分を管理する者等への令状の提示(同法10条)、捜査機関の「必要な処分」
(花気通備設備に併受のための機器を接続することその他の必要な処分」である。(同法11条]),これに対する通信事業者等の協力義務(同法12条)、管理者等の立会い(同法13条1項)等が規定されている。         (6) 傍受対象は「犯罪関連通」であるが、傍受状に特定記載された傍受すべき通に該当するかどうかが明らかでないものについては、傍受すべき通信に該当するかどうかを判断するため、これに必要な最小限度の範囲に限り、当該通を傍受することができる(通信傍受法 14条1項)。この規定の法的性質は、前記のとおりである〔前記213〕。
(7) 捜査機関が傍受を実施している間に,傍受状に被疑事実として記載されている犯罪以外の犯罪で,別表犯罪または死刑もしくは無期もしくは短期1年以上の拘禁刑に当たるものを実行したこと、実行していることまたは実行することを内容とするものと明らかに認められる通が行われたときは、当該通信の傍受をすることができる(通信傍受法 15条)。この場合には、当該通に係る犯罪の罪名及び罰条ならびに当該通が他の犯罪の実行を内容とする通信であると認めた理由を記載した書面が捜査機関から裁判官に提出され、裁判官は、これが前記通信に該当するかどうかを事後審査し,該当しないと認めるときは、当該通の傍受の処分を取り消すものとされている(同法 27条1項6号・3項参照)。
この措置は、高度の必要性に基づく緊急の傍受実施を事後的に裁判官の審査に附して状主義の要請を充足するものである。裁判官の事後審査は、単なる立法政策ではなく、憲法上の要請とみるべきであろう。
(8)適正手続の要請から、傍受実施後の措置に関する多数の規定が設けられている。傍受した通信は、すべて記録媒体に記録され(「原記録」という),立会人が封印した上、傍受令状を発付した裁判官の所属する裁判所の裁判官に提出され、保管される(通信傍受法24条1項・25条1項・4項)。傍受した通信の内容を刑事手続で使用するためには、原記録の複製から犯罪と無関係な通信の記録を消去した記録(「傍受記録」という)が作成される(同法 29条)。
傍受記録に記録されている通信の当事者に対しては、原則として通信を傍受したこと等が通知される(同法30条1項)。
このほか、傍受記録または原記録の聴取,閲覧,複製作成に関する規定(同注31条・32条)、裁判官がした通信の傍受に関する裁判,検察官等がした通信の傍受に関する処分に対する不服申立てに関する規定(同法33条)等が整備されている。*2016(平成28)年に暗号技術を活用し、「特定電子計算機」を用いる傍受方法を導入し、これに伴い。前記立会い等を不要とし、またリアルタイムでなく事後的聴取を可能とする等の合理化・効率化を目的とした法改正が行われた(その施行は、
2019年6月1日)。通信傍受法制定当時に比して通信データ暗号化等の技術革新が進行した状況に対応するものである。特定電子計算機とは傍受した通信や傍受の経過を自動的に記録し、これを即時に暗号化する機能等を有する装置で、これを用いることで、立会い・封印を不要とし、かつ、通信内容の聴取等をリアルタイムで行う方法による傍受とその聴取等を事後的に行う方法による傍受を可能とする(通傍受法 23条)。特定電子計算機を用いて記録がされた傍受の原記録は、傍受の実施の終了後遅滞なく裁判官に提出される(同法26条)。また。通信事業者等の施設において傍受を実施する場合にも、通内容を暗号化して一時的に保存することにより、その聴取等を通信事業者等の立会いの下で事後的に行うことを可能とする(同法 20条1項・21条1項等)。この場合。暗号化・復号化に必要な鍵は裁判所職員が作成し(同法9条1号),傍受の原記録についての封印や裁判官への提出については、前記法の規定による傍受の場合と同様とする(同法 24条・25条)。