その他の捜査手段|おとり捜査|法的性質
2025年11月19日
『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8
1) 「おとり捜査」とは、「捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して狙罪を実行するように働き掛け、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行逮捕等により検挙する」捜査手法をいう(最決平成16・7・12刑集58巻5号333頁)。直接の被害者がいない犯罪類型
(例,薬物・銃器等禁制品の取引行為を内容とする犯罪)の捜査において用いられることがある。このような犯罪類型は、被害者の通報による発覚の機会がなく、また通常秘密裏に実行されるため、他の捜査手法によって証拠を収集することが困難な事情がある場合に,被疑者の現行犯逮捕等を見込んで、捜査機関側から「働き掛け」が行われるのである。
しかし、対象者に「犯罪を実行するように働き掛け」る捜査機関の活動は、犯罪の教唆・幇助という違法行為そのものに該当する。このように原則として「不相当」な類型的行為態様の捜査手法が、刑事手続法上適法かつ相当と認められることがあり得るとすれば,それを説得的に説明できる高度の正当化事由がある場合であろう。
(2)対象者は、捜査機関側の働き掛けや身分・意図の秘匿にされて犯罪の実行に着手することになるものの、狙行の動機形成過程においてみだりに数罔されず錯誤に陥ることなく狙罪を実行する自由が、法的保護に価する人格的法益であるとは到底思われない。捜査機関の「働き掛け」に応じるとはいえ、犯行の着手それ自体は対象者の自由な意思決定に基づいているから、対象者の意思を制圧するような法益侵害は認められない。
なお、捜査機関による働き掛け行為の時点までに、対象者が、過去に同種同
態様の犯行を反復継続している等、機会があれば行に出る見込みがあった場合(いわゆる「機会提供型」)であるか、そのような事情がなかった場合(いわゆる「犯意誘発型」であるかは、捜査機関の働き掛けそれ自体の違法性ないし法益侵害の質・程度を変化させる要因ではない。いずれの場合も、捜査機関の働き掛けにより犯罪の実行に着手させるという点、すなわち対象者の犯行に原因を与えこれを誘発する行為である点で、何ら異なるところはない。
(3)このように、捜査機関による働き掛けは、対象者の意思を制圧してその意思決定をめぐる法益を直接侵害するような「強制」の要素を伴わないから、捜査手段としての法的性質は「任意捜査」(法 197条1項本文)である。最高裁判所は、「おとり捜査を行うことは、刑訴法 197条1項に基づく任意捜査として許容される」場合があると説示している(前記最決平成 16・7・12)。
*捜査機関が「働き掛け」行為を開始する時点において、現行犯逮捕等により検挙することが見込まれる標的となる具体的犯罪はいまだ実行されていない。しかし、「働き掛け」行為その他の具体的状況に基づき、当該標的狙罪が実行される高度の蓋然性が認められる場合、おとり捜査は、「罪があると思料するとき」に実施される「捜査」そのものである。最高裁判所が、おとり捜査を「捜査の端緒」ではな
<,「法197条1項に基づく任意査」と位置付けているのは、このような理解によるとみられる〔第1章11(1)*)。
**判例のいう「おとり捜査」に当たるかどうかは、捜査機関側からの「働き掛け」行為の存在とこれに起因する犯行の着手があるかによる。例えば、スリ常習者の犯行着手を見込んでこれを監視する捜査は、捜査機関側からの「働き掛け」とこれに起因する犯行着手がないので、もとよりおとり捜査ではない。「監視付き移転」捜査も、捜査機関側が働き掛けて禁制薬物の密輸入自体を実行させるわけではない。
これに対して、直接の被害者がある犯罪類型ではあるが、例えば、捜査官が眠り込んだ酔客を装い、これに数罔されて金品の取に着手した犯人を現行犯逮捕するのは、「働き掛け」行為により犯行に着手させるおとり捜査といえよう。
(例,薬物・銃器等禁制品の取引行為を内容とする犯罪)の捜査において用いられることがある。このような犯罪類型は、被害者の通報による発覚の機会がなく、また通常秘密裏に実行されるため、他の捜査手法によって証拠を収集することが困難な事情がある場合に,被疑者の現行犯逮捕等を見込んで、捜査機関側から「働き掛け」が行われるのである。
しかし、対象者に「犯罪を実行するように働き掛け」る捜査機関の活動は、犯罪の教唆・幇助という違法行為そのものに該当する。このように原則として「不相当」な類型的行為態様の捜査手法が、刑事手続法上適法かつ相当と認められることがあり得るとすれば,それを説得的に説明できる高度の正当化事由がある場合であろう。
(2)対象者は、捜査機関側の働き掛けや身分・意図の秘匿にされて犯罪の実行に着手することになるものの、狙行の動機形成過程においてみだりに数罔されず錯誤に陥ることなく狙罪を実行する自由が、法的保護に価する人格的法益であるとは到底思われない。捜査機関の「働き掛け」に応じるとはいえ、犯行の着手それ自体は対象者の自由な意思決定に基づいているから、対象者の意思を制圧するような法益侵害は認められない。
なお、捜査機関による働き掛け行為の時点までに、対象者が、過去に同種同
態様の犯行を反復継続している等、機会があれば行に出る見込みがあった場合(いわゆる「機会提供型」)であるか、そのような事情がなかった場合(いわゆる「犯意誘発型」であるかは、捜査機関の働き掛けそれ自体の違法性ないし法益侵害の質・程度を変化させる要因ではない。いずれの場合も、捜査機関の働き掛けにより犯罪の実行に着手させるという点、すなわち対象者の犯行に原因を与えこれを誘発する行為である点で、何ら異なるところはない。
(3)このように、捜査機関による働き掛けは、対象者の意思を制圧してその意思決定をめぐる法益を直接侵害するような「強制」の要素を伴わないから、捜査手段としての法的性質は「任意捜査」(法 197条1項本文)である。最高裁判所は、「おとり捜査を行うことは、刑訴法 197条1項に基づく任意捜査として許容される」場合があると説示している(前記最決平成 16・7・12)。
*捜査機関が「働き掛け」行為を開始する時点において、現行犯逮捕等により検挙することが見込まれる標的となる具体的犯罪はいまだ実行されていない。しかし、「働き掛け」行為その他の具体的状況に基づき、当該標的狙罪が実行される高度の蓋然性が認められる場合、おとり捜査は、「罪があると思料するとき」に実施される「捜査」そのものである。最高裁判所が、おとり捜査を「捜査の端緒」ではな
<,「法197条1項に基づく任意査」と位置付けているのは、このような理解によるとみられる〔第1章11(1)*)。
**判例のいう「おとり捜査」に当たるかどうかは、捜査機関側からの「働き掛け」行為の存在とこれに起因する犯行の着手があるかによる。例えば、スリ常習者の犯行着手を見込んでこれを監視する捜査は、捜査機関側からの「働き掛け」とこれに起因する犯行着手がないので、もとよりおとり捜査ではない。「監視付き移転」捜査も、捜査機関側が働き掛けて禁制薬物の密輸入自体を実行させるわけではない。
これに対して、直接の被害者がある犯罪類型ではあるが、例えば、捜査官が眠り込んだ酔客を装い、これに数罔されて金品の取に着手した犯人を現行犯逮捕するのは、「働き掛け」行為により犯行に着手させるおとり捜査といえよう。