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探偵の知識

被疑者の権利|黙秘権(自己負罪拒否特権)|刑事免責

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

(1)「刑事免責(訴追免除)(immunity)」制度とは、「自己負罪拒否特権に基づく証言拒否権の行使により犯罪事実の立証に必要な供述を獲得することができないという事態に対処するため、共犯等の関係にある者のうちの一部の者に対して刑事免責を付与することによって自己負罪拒否特権を失わせて供述を強制し、その供述を他の者の有罪を立証する証拠としようとする制度」である
(最大判平成7・2・22刑集49巻2号1頁参照)。アメリカ合衆国では、一定の許容範囲,手続要件の下に採用され、制定法上確立した制度として機能している。
最高裁判所は、いわゆるロッキード事件判決において、アメリカ人に対してなされた日本国検事総長及び最高裁判所の不起訴宜命に基づく訴追免除の意思表示を受け、アメリカで実施された証人尋間における証言(幅託尋問調書)の証拠能力について判断するに際し、「我が国の恋法が、その刑事手続等に関する諸規定に照らし、・・・・[刑事免資]制度の導入を否定しているものとまでは解されないが、・・・これを採用するのであれば、その対象範囲、手続要件、効果等を明文をもって規定すべきものと解される」と説示して,憲法38条1項の解釈上、刑事免費制度の設定・導入が可能であることを示唆したものの「我が国の刑訴法は、・・・・・・[刑事免責]制度に関する規定を置いていないのであるから、結局、この制度を採用していないものというべきであり、刑事免責を付与して得られた供述を事実認定の証拠とすることは、許容されないものといわざるを得ない」とした(前記最大判平成7・2・22)。
* ロッキード事件判決の説示には不分明な点がある。第一、現に実定法として採用されていない法制度と同一の機能を有する手続により獲得された供述が直ちに事実認定の証拠として許容されない理由・根拠が不明である。最高裁の判断は、すくなくとも、実定法上許容されていない法定要件をいた違法な捜索・差押え等により獲得された証拠物の証拠能力に関する違法収集証拠排除法則の適用(最判昭和 53・9・7刑集32巻6号1672頁参照)とは異なっている。また「公正な刑事手続の観点」
から適正手続・基本的な正義の観念(憲法31条)に反することを根拠とする証拠
使用の禁止であるとすれば、刑事免責制度の合憲的導入可能性に言及する説示と矛盾するであろう。第二、仮に該事件で行われた訴追免除が制度の不存在故に違法であるとして、嘱託尋問調書はアメリカ人証人に証言を強制した結果得られた供述であるから、当人の自己負罪拒否特権侵害を理由に当人に対する証拠としての使用を禁じることはできるとしても、第三者である被告人との関係では、これを証拠として使用するのを妨げる理由はないであろう。この事件の被告人が自己負罪拒否特権や黙秋権を侵害されたわけではないから、他人の自己負罪拒否特権侵害を理由に嘱託尋問調書の証拠能力を争う適格はないというべきである〔前記 3(2))。このような疑問点について、判決文中に明瞭な説明を見出すことはできない。
(2)最高裁判所は、制度導入に関する立法論的考慮要素について次のように説示する(前記最大判平成 7・2・22)。
「この制度は、前記のような合目的的な制度として機能する反面、犯罪に関係のある者の利害に直接関係し、刑事手続上重要な事項に影響を及ぼす制度であるところからすれば、これを採用するかどうかは、これを必要とする事情の有無、公正な刑事手続の観点からの当否,国民の法感情からみて公正感に合致するかどうかなどの事情を慎重に考慮して決定されるべきものである。
ここで言及されている「公正」とは、共犯等の関係にある者のうちの一部の者が、刑事免責を付与されることによって処罰を免れる点をいうのであろう。
立法府がそのこと自体を直ちに「公正な刑事手続の観点から」不当であり、また「国民の法感情からみて公正感に合致」しないとみるのであれば、この制度導入は許されないことになるはずである。これに対し「これを必要とする事情」として、共犯者の一部が処罰を免れてる他の者の処間を確保するためやむを得ないと認められる高度の必要性、すなわちその者の供述が他の共者の犯罪事実の証明に欠くことができないものであり、これを用いて他の者の処罰を確保する合理的な理由が認められるのであれば、刑事免責制度の利用も「不公正」な手続とはいえないという立法的決断もあり得よう。例えば、弁護人の立会いのない密室の取調べで共犯者の自白を獲得する捜査手法と当人を免責して裁判官の面前で証言させる手続とを対比して、どちらが対象者の人格的法益侵害の危険があるか。また。供述証拠収集手段としての取調べという捜査手法自体の限界や、取調べに対する制約負荷等に伴う供述証拠獲得機能の減衰可能性等、多様な事情の考慮勘案を要しょう。
なお。刑事免責は、訴追側が一方的に、すなわち相手方の意思に関わりなく、免責を付与して自己負罪拒否特権を喪失させ証言を強制するのが基本的制度枠組であり,前記「協議・合意制度」〔第7章V〕とは異なり免責付与について相手方との交渉や取引の要素は存在しない点に留意すべきである。
(3)憲法38条1項との関係では、「自己に不利益な供述」の範囲と同じ範囲で、当該供述に由来する事項を当人に対する刑事訴追や有罪判決の証拠として使用しないこととすれば、合憲であると解される。すなわち、当人の刑事訴追または有罪判決に直接結びつく犯罪事実及びこれに密接に関連する事実と、これらに現実的・実質的に結びつき得る端緒となる事項に関する供述及びこれに由来する証拠を証拠として使用しないこととすることで、免責対象者の自己負
罪拒否特権は消滅し、この範囲について証言を法的に強制することができるはずである。
なお、免責を付与された者が証言を拒絶したり修証した場合に、これを理由に処罰され得るのは当然である。また。当人の供述した犯罪事実に関する事項とは独立に収集された証拠のみに基づいて当該犯罪で訴追したとしても、憲法
38条1項には反しない。
(4)2016(平成28)年の法改正により、証人尋問の請求及び実施に際して、検察官の請求により、裁判所の免責決定を経て、証人の自己負罪拒否特権を消滅させ、証言を強制する制度の導入が行われた(法157条の2・157 条の3)。
水のとおり、検察官の訴追載量権限に基づく免責付与の請求に対して、裁判所がその適式性を確認して免責証言の実施を決定する構成である(刑事免責に関する規定は、第1回公判期日前の証人尋間にも準用される[法228条1項])。
検察官は、証人尋問請求に当たり、証人が刑事訴追を受け。または有罪判決を受けるおそれのある事項についての尋間を予定している場合であって、当該事項についての証言の重要性、関係する犯罪の軽重及び情状その他の事情を考慮して必要と認めるときは、あらかじめ、裁判所に対し、次の条件で証人尋問を行うことを請求することができる。第一、その証人尋問において尋問に応じてした供述及びこれに基づいて得られた証拠は、当該証人の刑事事件において、これらを証人に不利益な証拠とすることができないこと(偽証[刑法169条]または官替・証言拒絶[法 161条]の罪に係る事件において用いる場合は除く)。第二、その証人尋問においては、法 146条の規定にかかわらず、自己が刑事訴追を受け,または有罪判決を受けるおそれのある証言を拒むことができないこと。この請求を受けた裁判所は、当該証人の尋問事項に、証人が刑事訴追を受け、または有罪判決を受けるおそれのある事項が含まれないと明らかに認められる場合を除き,当該証人尋問を前記条件により行う旨の決定(免責決定)をする。
証人尋問開始後に証人が法 146条により証言を拒絶した場合も、検察官は、同様の事情を考慮して、裁判所に対し免責決定の請求をすることができる。