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探偵の知識

被疑者の権利|弁護人の援助を受ける権利|被疑者の弁護人選任権

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

1)憲法は「何人も,・・・・・・直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない」と定めて(憲法34条前段),身体拘束処分(逮捕・勾留)を受けた被疑者の弁護人選任権を保障する。最高裁判所大法廷は、身体拘束を受けた被疑者と弁護人との接見交通に関する憲法判断に際して、この基本権の趣旨・目的と内容を次のように具体的に説明している(最大判平成11・3・24民集53巻3号514頁)。
「[意法34条前段]の弁護人に依頼する権利は、身体の拘束を受けている被疑者が、来の原因となっている疑を晴らしたり、人身の自由を回復するための手段を講じたりするなど自己の自由と権利を守るため弁護人から援助を受けられるようにすることを目的とするものである。したがって、右規定は、単に被疑者が弁護人を選任することを官憲が妨害してはならないというにとどまるものではなく、被疑者に対し、弁護人を選任した上で、弁護人に相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障しているものと解すべきである」。
人身の自由を奪する身体拘束処分は、それ自体が強度の基本権侵害である上に、対象者が自由回復や法的権利行使のため自ら活動するのを困難にするものであることから、権利行使の補助者として法律家である「弁護人」の援助を受ける機会が保障されているのである。このような憲法の趣意を受けて、法は、捜査機関に対し、逮捕後の手続として、弁護人を選任することができる旨を被疑者に告知しなければならないとしている(法 203条1項・204条1項)〔第3章Ⅱ 4(2)。告知を怠った場合,それは重大な手続違反であるにとどまらず、不告知により「被疑者が弁護人を選任することを官憲が妨害」する結果となれば憲法違反が問題となり得る。
(2) 身体拘束処分を受けていない被疑者については、身体拘束に着目した憲法 34条前段の趣旨は当てはまらないから、弁護人選任権を認めるかどうかは、立法政策問題である(憲法 37条3項前段は「刑事被告人」に対して「資格を有する弁護人を依頼する」基本権を保障しているので,「被告人」の弁護人選任権〔法30条1項〕は憲法上の要請である。なお、前記最大判平成11・3・24は「憲法37条3項は......公訴提起後の被告人に関する規定であって、これが公訴提起前の被疑者についても適用されるものと解する余地はない」とする)。
旧刑事訴訟法は、公訴提起後すなわち「被告人」になってはじめて弁護人選任権を認める法制であった(1日法39条1項)。これに対して現行刑事訴訟法は、「被疑者は、何時でも弁護人を選任することができる」と定め。身体拘束を受けているかどうかを問わず、すべての被疑者に弁護人選任権を認めた(法30条
1項)。一般に、公訴提起前の防興準備,捜査に対する不服申立てや検察官の事件処理に向けた被疑者側からの働き掛け等の諸活動は、身体拘束の有無を問わず.被疑者の正当な権利・利益の保護にとって極めて重要であるから、この法改正は適切で画期的なものであった。
被疑者の法定代理人、保佐人、配者、直系親族及び兄弟姉妹も、「独立して」すなわち被疑者の意思にかかわらず、弁護人を選任することができる(法30条2項)。被疑者が身体拘束を受けた事実がこれらの弁護人選任権者に通知されたとき等に意味をもつであろう(法79条)〔第3章13(3)〕。
法 30条に基づき選任される弁護人を一般に「私選弁護人」という。
(3) 被疑者の弁護人は法律家である「弁護士」の中から選任しなければならない(法31条1項)。「弁護士」とは弁護士法に定める資格を有し,かつ弁護士名簿に登録された者をいう(弁護士法4条・8条)。弁護士でない弁護人すなわち「特別弁護人」は被告人について想定された制度であり(法 31条2項参照),被疑者による選任は認められないと解されている(最決平成 5・10・19刑集47巻8号 67頁)。
被疑者は、身体拘束を受けているかどうかを問わず,弁護士会に対し私選弁護人選任の申出をすることができ、これを受けた弁護士会は、速やかに所属する弁護士の中から弁護人となろうとする者を紹介しなければならない(法 31条の2)。これは2004(平成16)年法改正により、被疑者・被告人の私選弁護人選任権行使の実効化をはかるため整備された規定である。
被疑者の弁護人選任の方式は明定されていないが、通常、被疑者またはその他の選任権者が、弁護人と連署した書面(弁護人選任書)を当該被疑事件を取り扱う検察官または司法察員に提出する方法が採られている(被告人の弁護人選任方法については、連署した書面の提出が義務付けられている[規則18条]。氏名の記載がない弁護人選任届の効力については、本章II2(1)参照)。この方法によった場合には、公訴提起後第一審においても弁護人選任の効力が持続することになっている(規則17条)。
選任できる弁護人の数は、各被疑者について原則として3名を超えることはできない。ただし、特別の事情があると認めて裁判所(当該被疑事件を取り扱う検察官または司法響察員所属の官公署の所在地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所)が許可したときは、例外が認められる(法35条、規則 27条)。
(4) 逮捕された被疑者は、検察官もしくは司法察員または刑事施設の長もしくはその代理者に対して、弁護士、弁護士法人または弁護士会を指定して弁護人の選任を申し出ることができる。申出を受けた検察官もしくは司法察員または刑事施設の長もしくはその代理者は、直ちに被疑者の指定した弁護士、弁護士法人または弁護士会にその旨を通知しなければならない(法209条・78条)。勾留された被疑者は裁判官または刑事施設の長もしくはその代理者に申し出ることができる(法207条1項・78条)。
なお、2016(平成28)年法改正により、弁護士会等を指定してする弁護人選任の申出については、司法響察員。検察官。裁判官または裁判所が法の規定により弁護人を選任することができる旨を告知するに当たって、併せ教示しなければならない旨の法改正が行われた(法 203条3項・204条2項・207条3項)。弁護人選任権に係る手続保障を一層充実する趣旨である。
*後記「被疑者国選弁護制度」の導入等、刑事弁護制度の大規模な改革を行った2004(平成16)年法改正以前から、日本弁護士連合会と各単位弁護士会は、身体拘束を受けた被疑者に対する弁護活動を充実する目的で「番弁護士制度」と称する活動を実施していた(これは刑事訴訟法上の「制度」ではない)。従前から法定されていた弁護士会を指定してする弁護人選任申出(法78条)を実効化するため、各弁護士会において弁護人推薦名簿に登録している弁護士を担当日を決めて割り当て
(当番弁護士」という),身体拘束を受けた被疑者等から弁護士会への面会依頼に対して、速やかに当番弁護士が察署等へ出向いて被疑者と面会し、助言・援助をするものである。1992(平成4)年から全国の弁護士会で実施されていた。初回の面会は無料とし、被疑者が希望する場合には番弁護士が私選弁護人として受任する(貧困者については法律扶助制度による援助を利用)等の形で運用されてきた。これは、身体拘束を受けた被疑者に対する弁護活動の実効化・充実を目指した弁護士会の創意と努力に基づくまことに尊い活動であったが、法制度及び財政的裏付けのない点で限界があった。後記「被疑者国選弁護制度」は、新たな刑事訴訟法上の法制度を設計導入し公費を用いることで、身体拘束された被疑者の弁護人選任権の実質化をはかろうとしたものである。
なお、前記法 31条の2は、身体拘束の有無を問わず、すべての被疑者・被告人が弁護士会に対して私選弁護人の選任申出ができるとすると共に,申出を受けた弁護士会に紹介・応答の訴訟法上の義務を設定するものである。一連の制度整備後も、弁護士会は、この弁護人選任申出に対応するための受け皿などの形で当番弁護士制度を維持している。また、連捕後勾留までの弁護活動を援助していた被疑者弁護人援助事業は、弁護士会から日本司法支援センター(法テラス)に委託されて、「別事被疑者弁護援助事業」として維持されている。