公訴|公訴提起に関する基本原則|起訴便宜主義
2025年11月19日
『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8
(1) 検察官は、公訴提起の要件がありかつ証拠に基づき有罪判決を得られる高度の見込みがある場合であっても、必ず起訴しなければならないわけではない。「人の性格。年齢及び境遇、罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる」(法 248条)。
このような不起訴処分を「起訴猶予」といい。起訴猶予を認める法制を「起訴便宜主義」という(これに対し、検察官の裁量的判断に基づく起訴猶予を認めない法制を「起訴法定主義」という)。
(2)法248条の列記する考慮要素は、狙人と処罪に係る重要な事項のすべてに及ぶ。それは、起訴され有罪とされたとすれば裁判所が刑の量定に際して考するであろう事項とほぼ同様である(第5編裁判第2章Ⅰ 2 3)。犯人に関する事項(性格には前科前歴の有無、常習性の有無等も合む)と犯罪後の情況(例、反省の有無、被害弁償の有無、示談の成否)には特別予防的観点、犯罪の軽重には一般予防的観点が現れている。情状には、犯行の動機・目的,共関係等の罪事実とこれに密接に関連する事実や犯罪の社会的影響も含まれる。
検察官は、このような観点を総合考慮して犯人の訴追・処罰を必要としないと判断するときは、「起訴猶予」処分を行う。起訴猶予された被疑者は、公訴提起と処罰という負荷を免れるので、更生・社会復帰への障害が小さい。このような刑事政策的配慮が可能であるのは、その長所である。検察官は、被疑者を起訴猶予処分にする場合、適切な訓戒をし、必要に応じ更生の誓約書を徴したり、特定の監督者・縁故者・知人等の保護者に身柄を引き渡す等の措置を講じている。介入を伴う「デイヴァージョン(diversion)」の一例である。
他方,検察官がこのような刑事政策的考慮勘案を誠実・的確に行うためには、犯人と犯罪事実に関連する多様・多量の判断資料を必要とする。犯罪事実とこれに密接に関連する重要な情状事実を超えて、これらの資料を取得・収集する捜査が過度の詳密化に向かい、被疑者の負担が重くなる契機を孕む点には、留意すべきである。
(3) 検察官は、証拠上認定可能な一罪を構成する犯罪事実の一部のみを審理・判決の対象として起訴することができると解されている〔第3章II)。盗の被害品目の一部だけを公訴事実として起訴すること、強盗行為により生じた軽微な傷害の事実を除外して強盗罪の公訴事実で起訴すること、人の住居に侵入して窃盗を行った者を窃盗罪の公訴事実のみで起訴すること等がその例である。一罪の一部起訴と称されているこのような取扱いは、全面的な起訴猶予とは異なるが、検察官が認知している犯罪事実の一部を起訴猶予するのと同様の機能を果たす。このような検察官による審理・判決対象の設定・構成権限は、当事者追行主義の現れであると共に起訴便宜主義に由来する側面でもあると説明することができよう。
(4)現行法は、検察官に起訴猶予処分を認めると共に、第1番の判決があるまでは、提起した公訴をその裁量的判断で取り消すことを認める(法257条)。
被告人の同意や裁判所の許可は必要でない(被害者参加人に対する理由の説明が必要となることはあり得る。法316条の35)。公訴が取り消されたときは、裁判所は公訴棄却の決定で手続を終結させる(法339条1項3号)〔第5編裁判第3章Ⅲ〕なお。公事取補しによる公事業期の決定が確定したときは、公所取発し後に犯罪事実についてあらたに重要な証拠を発見した場合に限り※同一事件について更に公訴を提起することができる(法340条)。この要件を充たさない事度の公訴提起があったときは、表判所は判決で公訴を棄却する(法38系2号)〔第5編裁判第3章 II(3)〕
*被告人側の同意の撤回等により即決裁判手続の申立てを却下する決定があった事件について、当該決定後、証拠調べが行われることなく公訴が取り消され、公訴棄却の決定が確定した場合等においては、法340条の規定にかかわらず、同一事件について更に公訴を提起することができるものとする法改正が 2016(平成28)年に行われた(注350条の26)。公訴取消し後の再起訴制限を和することにより、被疑者側が将来公判で否認に転じるなどして即決裁判手続による審判が行われない場合を見越して念のために行っている捜査を省力化することができ、また,即決裁判手続のより積極的な利用を促して、自白事件を簡易迅速に処理し、ひいては刑事司法制度全体の効率化に資することを目標とするものである。捜査機関は自白が維持される前提で即決裁判に必要な限りの捜査を遂げて起訴し、後に被告人側が否認に転じるなどした場合には、公訴を取り消したうえで正式裁判に必要な補充的捜査を実行した後、起訴できるとすることで、当初の捜査の省力化が可能となるのである。
(5)裁判とは異なり検察官の不起訴処分には一事不再理の効力や拘束力はないので、不起訴処分後に、新たな証拠を発見し、または公訴提起・追行の要件を具備するに至り、あるいは起訴猶予を相当としない事情が生じた場合等には、公訴時効が完成していない限り、公訴を提起することができる(「再起」という)。
このような不起訴処分を「起訴猶予」といい。起訴猶予を認める法制を「起訴便宜主義」という(これに対し、検察官の裁量的判断に基づく起訴猶予を認めない法制を「起訴法定主義」という)。
(2)法248条の列記する考慮要素は、狙人と処罪に係る重要な事項のすべてに及ぶ。それは、起訴され有罪とされたとすれば裁判所が刑の量定に際して考するであろう事項とほぼ同様である(第5編裁判第2章Ⅰ 2 3)。犯人に関する事項(性格には前科前歴の有無、常習性の有無等も合む)と犯罪後の情況(例、反省の有無、被害弁償の有無、示談の成否)には特別予防的観点、犯罪の軽重には一般予防的観点が現れている。情状には、犯行の動機・目的,共関係等の罪事実とこれに密接に関連する事実や犯罪の社会的影響も含まれる。
検察官は、このような観点を総合考慮して犯人の訴追・処罰を必要としないと判断するときは、「起訴猶予」処分を行う。起訴猶予された被疑者は、公訴提起と処罰という負荷を免れるので、更生・社会復帰への障害が小さい。このような刑事政策的配慮が可能であるのは、その長所である。検察官は、被疑者を起訴猶予処分にする場合、適切な訓戒をし、必要に応じ更生の誓約書を徴したり、特定の監督者・縁故者・知人等の保護者に身柄を引き渡す等の措置を講じている。介入を伴う「デイヴァージョン(diversion)」の一例である。
他方,検察官がこのような刑事政策的考慮勘案を誠実・的確に行うためには、犯人と犯罪事実に関連する多様・多量の判断資料を必要とする。犯罪事実とこれに密接に関連する重要な情状事実を超えて、これらの資料を取得・収集する捜査が過度の詳密化に向かい、被疑者の負担が重くなる契機を孕む点には、留意すべきである。
(3) 検察官は、証拠上認定可能な一罪を構成する犯罪事実の一部のみを審理・判決の対象として起訴することができると解されている〔第3章II)。盗の被害品目の一部だけを公訴事実として起訴すること、強盗行為により生じた軽微な傷害の事実を除外して強盗罪の公訴事実で起訴すること、人の住居に侵入して窃盗を行った者を窃盗罪の公訴事実のみで起訴すること等がその例である。一罪の一部起訴と称されているこのような取扱いは、全面的な起訴猶予とは異なるが、検察官が認知している犯罪事実の一部を起訴猶予するのと同様の機能を果たす。このような検察官による審理・判決対象の設定・構成権限は、当事者追行主義の現れであると共に起訴便宜主義に由来する側面でもあると説明することができよう。
(4)現行法は、検察官に起訴猶予処分を認めると共に、第1番の判決があるまでは、提起した公訴をその裁量的判断で取り消すことを認める(法257条)。
被告人の同意や裁判所の許可は必要でない(被害者参加人に対する理由の説明が必要となることはあり得る。法316条の35)。公訴が取り消されたときは、裁判所は公訴棄却の決定で手続を終結させる(法339条1項3号)〔第5編裁判第3章Ⅲ〕なお。公事取補しによる公事業期の決定が確定したときは、公所取発し後に犯罪事実についてあらたに重要な証拠を発見した場合に限り※同一事件について更に公訴を提起することができる(法340条)。この要件を充たさない事度の公訴提起があったときは、表判所は判決で公訴を棄却する(法38系2号)〔第5編裁判第3章 II(3)〕
*被告人側の同意の撤回等により即決裁判手続の申立てを却下する決定があった事件について、当該決定後、証拠調べが行われることなく公訴が取り消され、公訴棄却の決定が確定した場合等においては、法340条の規定にかかわらず、同一事件について更に公訴を提起することができるものとする法改正が 2016(平成28)年に行われた(注350条の26)。公訴取消し後の再起訴制限を和することにより、被疑者側が将来公判で否認に転じるなどして即決裁判手続による審判が行われない場合を見越して念のために行っている捜査を省力化することができ、また,即決裁判手続のより積極的な利用を促して、自白事件を簡易迅速に処理し、ひいては刑事司法制度全体の効率化に資することを目標とするものである。捜査機関は自白が維持される前提で即決裁判に必要な限りの捜査を遂げて起訴し、後に被告人側が否認に転じるなどした場合には、公訴を取り消したうえで正式裁判に必要な補充的捜査を実行した後、起訴できるとすることで、当初の捜査の省力化が可能となるのである。
(5)裁判とは異なり検察官の不起訴処分には一事不再理の効力や拘束力はないので、不起訴処分後に、新たな証拠を発見し、または公訴提起・追行の要件を具備するに至り、あるいは起訴猶予を相当としない事情が生じた場合等には、公訴時効が完成していない限り、公訴を提起することができる(「再起」という)。