公訴|公訴提起の要件と手続|公訴提起の要件|公訴の時効
2025年11月19日
『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8
1) 公訴時効制度は、一定の時の経過に伴い,狙人を刑事訴追の可能性から解放し、また、捜査機関等刑事司法機関の負担を軽減する効果をもたらす。その存在理由については様々な説明があるが、時の経過により。証拠が散逸して正確な裁判を行うことが困難となるという手続法的説明と,犯罪の社会的影響が減衰し刑罰を加える必要性が稀薄化するという実体法的説明とがある。もっとも、制度の存在理由に関するこれらの説明が、実定法の解釈論に直結しているわけではない。これらの理由の複合に基づく立法政策である。最高裁判所は、公訴時効制度の趣旨について、時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規を通じて処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにあると述べている(後掲
最判平成27・12・3,最判和4・6・9)。
公訴時効の完成により犯人を訴追・処罰できなくなるという帰結は、それが凶悪重大事である場合、その立法政策的妥当性に疑問を生じさせる。とりわけ、新たな捜査技術の開発等により狙行後相当期間経過後でも真犯人を示す証拠の収集保全が可能となった事案で,年月を経ようと一般国民や被害者遺族の処罰感情が稀薄化するとは言い難い悪重大事犯では、公訴時効制度の存在自体に批判が向けられることになる。
(2)法は、最も重大な法益である人の生命を侵害する罪について、最も重い法定刑である死刑に当たる犯罪類型を設けている(例,殺人,強盗殺人、強盗・不同意性交等致死)。このように峻厳な法的評価による高度の処罰の必要性が示されている犯罪類型について、時の経過により一律に訴追・処罰できなくなるのは不当であり、刑事責任の追及に時間的限界を設けるのは適切でないとの政策的決断が行われ、2010(平成22)年の法改正(平成22年法律26号)によって、この犯罪類型(「人を死亡させた罪」であって「死刑に当たるもの」)は公訴時効規定の対象から除外され、公訴時効が完成することはないとされた (法250条1項柱書)。重大犯罪類型に公訴時効を設けない法制は諸外国にも認められるところであり,これは必ずしも特異な立法政策ではない。
また同改正により、死別に当たるものを除く「人を死亡させた罪であって物禁別に当たるもの」(例、修害致死、不同意性交等致死、危険運転致死など)についても、従前の規定に比しておおむね2倍の時効期間が設定され。生命侵害犯に対しては、より長期間刑事責任の追及を可能とすることとされた(法250条1
項)。
なお、前記「人を死亡させた罪」とは、犯罪行為による死亡結果が構成要件となっている罪をいう。行為と因果関係ある死亡結果が構成要件要素であれば、放意・過失は問わない(例、橋害致死)。殺人未罪のように死亡結果が生じなかった犯罪や、現住建造物放火罪のように死亡結果が構成要件要素とされていない罪は、これに当たらない。
(3) 以上の法改正により,法定された公訴時効期間は次のとおりである(法250条)。
(a) 人を死亡させた罪であって死刑に当たるものについては、公訴時効規定の対象から除外され、時効が完成することはない(法250条1項柱書除外文・同条2項反対解釈)。
(b) 人を死亡させた罪であって拘禁刑に当たるものについては、①無期禁刑に当たる罪は30年、②長期20年の拘禁刑に当たる罪は20年、③①,②以外の罪は10年(法 250条1項)。
(c) 人を死亡させた罪であって拘禁刑以上の刑に当たるもの以外の罪については、①死刑に当たる罪は25年,②無期禁刑に当たる罪は15年、③長期15年以上の拘禁刑に当たる罪は10年、④長期15年未満の拘禁刑に当たる罪は7年、⑤長期10年未満の拘禁刑に当たる罪は5年、⑥長期5年未満の拘禁または罰金に当たる罪は3年、⑦拘留または科料に当たる罪は1年(法250条2項)。
(d)以上が公訴時効期間の原則となるが、性犯罪の構成要件を見直して整理する刑法改正と併せて公訴時効期間の延長に係る刑訴法改正が行われ、公布の日(2023 [令和5]年6月23日)から施行されている(和5年法律66号)。性犯罪一般についての被害申告の困難性。未成年被害者の被害申告の困難に鑑み、性罪についての公訴時効期間を5年延長する(法250条3項)とともに、被害者が犯罪行為が終わった時に18歳未満(未成年)である場合には、その者が18歳に達するまでの期間に相当する期間を加算して、更に公訴時効期間を延長する(同条4項)ものである。この改正規定による性独罪刑法の時効期間は次のとおりとなる(同条3項各号)。
①不同意わいせつ等致傷の罪、強盗・不同意性交等の罪は20年、②不同意性交等の罪、監護者性交等の罪またはこれらの未遂罪は15年,③不同意わいせつの罪、監護者わいせつの罪またはこれらの未遂罪は12年。
なお、二つ以上の主刑を併科すべき罪(例、盗品等有償譲受け罪)、または二つ以上の主刑中その一つを科すべき罪(例、傷害罪)については、その重い方の刑に従って法250条を適用する(法251条)。また,刑法により刑を加重減軽すべき場合には、加重減軽しない刑に従って法250条を適用する(法 252条)。
処罰の必要性は処断刑ではなく法定刑に示されているとみられるからである。
*科刑上一罪とされる各罪の時効期間が異なる場合について、判例は「これを一体として観察し、その最も重い罪の刑につき定めた時効期間による」とする(観念的競合につき、最判昭和41・4・21刑集20巻4号275頁)。しかし、科刑上の一罪は本来別罪であるから、個別に時効期間を算定すべきであろう。牽連犯について、結果たる行為が手段たる行為の時効完成後に実行された場合には、各別に期間を決するのが合理的である(東京高判昭和43・4・30 高刑集21巻2号 222頁参照)。
**両罰規定における法人等の事業主と行為者の公訴時効については、それぞれの法定刑に従い個別に算定すべきものとするのが判例である(最大判昭和35・12・21刑集14巻14号 2162頁等)。両罰規定による事業主処罰の根拠からも、このような扱いが合理的と思われる。もっとも、特別の規定を設けて、事業主に罰金刑を科す場合の時効期間を行為者についての時効期間によるとする立法例がある(例,公害罪処罰法6条,金融商品取引法 207条2項等)。
*** 身分犯の共犯者で身分がないため刑法65条により軽い罪の刑が科される者については、軽い罪の法定刑が基準となる。他人の物の非占有者が業務上占有者と共謀して横領した事案につき、判例は、業務上横領罪ではなく単純横領罪の法定刑を基準として時効期間を定めるとしている(最判令和4・6・9刑集76巻5号613頁)。
法252条との関係では、単純横領罪の法定刑が本来のものであり、減軽された結果ではないとの理解が可能であろう。
(4)前記2010(平成22)年改正法は、その施行日(2010[平成22]年4月21日)の前に犯した「人を死亡させた罪であって禁錮以上の刑に当たるもの」で、新法施行の際に公訴時効が完成していないものについても適用されるとされた(平成 22年法律26号附則3条2項)。
犯行後起訴前に時効期間が被疑者に不利益方向に変更された場合に、新旧法のいずれを適用するかについて、前記改正法は新法を適用する旨を明記したものである。公訴時効制度の存在理由にかかわらず、これが公訴権の行使に時間前限界を設定する訴訟手競法規であることから、新法(当該手続の時に施行されている法)適用の一般原則を確認したものと解される。
このような扱いについて、違憲の疑いを指摘する議論があるが、理由がない。
意法39条が禁止しているのは、実行の時に適法であった行為を可罰化する新たな実体別間法令を遡って適用し処することや、重く変更した利間を適用することである(刑法6条参照)が、公訴時効の廃止や時効期間の延長を内容とする手続法の適用は、このような可罰的行為の創設または可罰性の加重とその遡及ではない。また、憲法 39条及び31条は、犯罪に該当する行為とこれに対する刑罰を事前告知して行為者の予測可能性を保障する趣旨を含むと解されるが、時効期間を経過すれば処罰を免れ得るとの予測や、処罰が予告されていた犯罪の実行後に時効完成を待つ犯人の期待は、憲法 39条及び31条により憲法上保護された基本権とは認めがたい。訴訟手続法適用の一般原則に従って、公訴時効の取扱いを狙人に不利益に変更する新法を、その施行時において公訴時効未完成の事件に適用することに、違憲の問題は生じないと解される。
最高裁判所は、公訴時効を廃止しまたは時効期間を延長した改正法を、その施行前に狙された罪であって、施行の際に公訴時効が完成していないものについて適用するとした前記附則規定は、行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではなく、また,被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするようなものでもないから、憲法39条、31条に違反せず、それらの趣旨にも反しないとの判断を示している(最判平成27・12・3刑集69巻8号815頁)。
なお、性犯罪の時効期間を延長した前記 2023(令和5)年改正法の経過措置を定めた規定も。時効期間を延長する改正規定の行の際、その公派時効が完成していない罪についても改正法を適用するとしている(令和5年法律66号附則5条2項)。
*前記改正法の規定は、改正法施行の際に公訴時効が既に完成している罪には適用されない(平成22年法律26号附則3条1項)。もっとも、処罰が予告されていた犯罪行為に対して発生・存続している刑罰権を前提として、公訴時効の完成により行使できなくなった公訴権を訴訟手続法の改正によって再び行使できるとすることも、新たな可罰的行為・刑罰権の創設とその遡及適用ではないから憲法39条及び憲法31条に直接抵触するとは思われない。前記附則の定める取扱いは、時効完成により生じる諸般の事情(捜査終了に伴う証拠の廃棄等)を勘案した適切な立法政策とみられよう。もっとも、前記平成27年最高裁判例は、既に時効が完成した罪に適用することは「被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にする」ことを示唆しているように思われる。なお、前記性犯罪についての時効期間の延長についても、改正規定の施行の際、既にその公訴時効が完成している罪には適用されない旨の経過措置が定められている(和5年法律66号附5条1項)。
**訴訟手続法の定める時効期間の変更ではなく、刑罰法(実体法)が改正され犯罪に対する法定刑に変更があり、その結果公訴時効期間を異にすることになる場合については、当該犯罪事実に適用される罰条に定められた法定刑により公訴時効期間が定まるとするのが判例である(最決昭和 42・5・19刑集21巻4号494頁)。
(5)時効期間の起算点は、「犯罪行為が終った時から」と規定されている(法 253条1項)。同表現の旧法規定が立案された趣意は,犯罪行為終了時を明記することにあったが、いわゆる結果の場合は、「犯罪行為」の終了に結果発生を含むと解する結果発生時説が通説である。結果は結果発生により処罰可能の状態に達するものであり、結果発生によって採証可能性及び犯罪の社会的影響・処罰感情も高まると考えられるからである。
判例も、行為の終了から結果発生までに長年月を経た、いわゆる「熊本水俣病事件」において、結果的加重犯である業務上過失致死罪につき結果発生時を起算点と明言している(最決昭和63・2・29刑集42巻2号314頁)。
共犯の場合(共同正。教唆。従犯。及び必要的共を含む)には、共犯者間に共通した「最終の行為が終った時から」、すべての共犯者に対して時効の期間を起算する(法 253条2項)。
なお、時効期間の計算については、被疑者の利益方向で、期間計算に関する一般原則の例外が設けられている。すなわち、時効期間の初日は、時間を論じないで1日として計算し、期間の末日が休日に当たるときも、これを期間に算入する(法55条1項但書・同条3項但書)。
*料洲上一罪の起算点について、前記時効期間の基準[(3)*〕と同様の問題がある。
判例は、1個の行為から相当の時間的間隔を経て数個の結果が発生した観念的競合拠についても全部を一体として扱うとしている(前記最決昭和63・2・29)。科上一罪であっても,華連犯で、手段となった行為の罪の時効期間経過後に結果となる行為が実行されたような場合には(例、文書造行為終了後、文書造罪の時効期間経過後に、修道文書を行使した場合),時効の起算点は個別に考えるのが合理的であろう。
包括一罪の場合は、これを構成する最終の犯罪行為が終わった時を起算点とする(最判昭和 31・8・3集10巻8号1202頁)。
継続処は法益侵害状態が継続する限り犯罪行為が終了しないので、その状態が終了してはじめて時効期間が進行することになる。外国人登録法による登録不申請(登録義務違反)の罪の性質を継続犯と解し、申請があってその義務が消滅した時を起算点とした判例がある(最判昭和 28・5・14刑集7巻5号1026頁)。
また、犯罪行為の終了に関し、判例は、競売入札害罪について、現況調査に訪れた執行官に対し虚事実の陳述等の刑法 96条の3[現96条の6]第1項に該当する行為があっても、その時点をもって「犯罪行為が終った時」とはならず、虚偽事実の陳述等に基づく競売手が進行する限り、「犯罪行為が終った時」とはならないとする(最決平成18・12・13刑集60巻10号 857頁)。犯罪の終了は犯罪の既遂時期とは別の基準で判断されている。
(6)公訴の時効は、一定の事由により、その進行を「停止」し、停止事由の消滅後に,残存の期間が再び進行する。旧法までは、時効が「中断」して、その時点から時効期間があらためて進行するとされていたが、現行刑事訴訟法はこのような時効の中断制度を廃した(例外的に中断を認めていた規定として、例えば、旧国税犯則取締法 15条[現行国税通則法は中断制度を廃した]。なお、刑の時効の中断について、刑法 34条参照)。
第一,公訴の提起による時効の停止(法 254条)。公訴の提起があると、その存在に伴う効果として、時効の進行が停止する。公訴の有効・無効を問わない。
公訴提起・追行の要件を久いた無効な公訴提起であっても、訴訟係属が続く問は、公訴時効は完成しない。不適法な公訴に対する管轄違いまたは公訴棄却の裁判が確定して訴訟係属が失われたときは、その時点から残存期間が進行する(同条1項)。有罪・無罪・免訴の確定判決があったときは、再度の公訴提起はあり得ないから、時効の問題はない。なお、起訴状本の不送達によって公訴提起が失効したとき(法271条2項参照)について、判例は、公訴提起により進行を停止していた公訴時効は、法339条1項1号の公訴棄却決定の確定したときから再びその進行を始めると解している(最決昭和55・5・12刑集34巻3号185頁)。
時効の停止は、検察官の訴追意思の表明である公訴提起行為の存在に伴う効果であるから、当該公訴提起行為により検察官が1回の手続で訴追意思を実現可能な主張,すなわち「公訴事実の同一性」(法312条1項)の範囲に時効停止の効果が及ぶと解すべきである。判例は、起訴状の公訴事実の記載に不備があり,実体審理を継続するのに十分な程度に訴因が特定していない場合であっても、それが特定の事実について検察官が訴追意思を表明したものと認められるときは、この事実と公訴事実を同一にする範囲において、公訴時効の進行を停止する効力を有するとしている(最決昭和56・7・14刑集35巻5号497頁)。
また。公訴提起でなくとも、特定の事実に対する検察官の訴追意思の表明とみられる明瞭な手続があれば、時効停止の効果を認め得る。判例は、起訴状記載の訴因と併合罪関係にある事実について,追起訴の手続によるべきであったのに、検察官が罪数判断を誤り,包括一罪の一部として追加する旨の訴因変更
請求をした事案について、検察官が訴因変更許可請求書を裁判所に提出することにより、その請求に係る特定の事実に対する訴追意思を表明したものとみられるから、その時点で、法254条1項に準じて公訴時効の進行が停止する旨説示している(最決平成18・11・20刑集60巻9号696頁)。
時効停止の効果は、共犯者にも拡張されている(法 254条2項)。共犯の1人に対してした公訴提起による時効停止は、他の共犯者に対してもその効力が及ぶ。停止した時効は、共犯の1人に対する終局裁判が確定して訴訟係属が解消されると、他の共犯者について残りの時効期間が進行する。
第二、「犯人が国外にいる場合」または「狙人が逃げ隠れているため有効に起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかった場合」には、その国外にいる期間または逃げ隠れている期間、時効は進行を停止する(法255条1項)。犯人側の行動で公訴提起が困難になっている場合を停止事由としたものである。後者の場合、前記法 339条1項1号の公訴棄却決定が確定した後も、北人が逃げ隠れている間は公訴時効が停止することになる。検察官は、本条を援用する場合,証明資料の差出を要する(法255条2項、規則166条)。
「国外にいる場合」については、起訴状本の送達不能等は要件でない。捜査機関が乳罪の発生や犯人を知っていると否とを問わず、犯人が国外にいることだけで、時効はその国外にいる期間中進行を停止する(最判昭和37・9・18刑
16巻9号1386頁)。また。犯人が国外にいる間は、それが一時的な海外渡航による場合であっても。公新時効はその進行を停止するというのが判例である
(緑決平成21・10-20月集63巻8号1052)。これは、外国への起訴状磨本送達が類型的に困難であるほか、外国には日本の捜査権が及ばないことから国内に住所がある一時的渡航についても停止を認めたものとみられる。
第三、他の法律の規定で時効の進行が停止される場合がある。家庭裁判所に保護事件が係属中の少年について明文がある(少年法47条)。また、公訴権行使が制約されている在任中の国務大臣の場合は、その期間時効が停止するものと解される(憲法 75条但書)。摂政についても同様である(皇室典範21条但書)
〔1(3)(d)〕
最判平成27・12・3,最判和4・6・9)。
公訴時効の完成により犯人を訴追・処罰できなくなるという帰結は、それが凶悪重大事である場合、その立法政策的妥当性に疑問を生じさせる。とりわけ、新たな捜査技術の開発等により狙行後相当期間経過後でも真犯人を示す証拠の収集保全が可能となった事案で,年月を経ようと一般国民や被害者遺族の処罰感情が稀薄化するとは言い難い悪重大事犯では、公訴時効制度の存在自体に批判が向けられることになる。
(2)法は、最も重大な法益である人の生命を侵害する罪について、最も重い法定刑である死刑に当たる犯罪類型を設けている(例,殺人,強盗殺人、強盗・不同意性交等致死)。このように峻厳な法的評価による高度の処罰の必要性が示されている犯罪類型について、時の経過により一律に訴追・処罰できなくなるのは不当であり、刑事責任の追及に時間的限界を設けるのは適切でないとの政策的決断が行われ、2010(平成22)年の法改正(平成22年法律26号)によって、この犯罪類型(「人を死亡させた罪」であって「死刑に当たるもの」)は公訴時効規定の対象から除外され、公訴時効が完成することはないとされた (法250条1項柱書)。重大犯罪類型に公訴時効を設けない法制は諸外国にも認められるところであり,これは必ずしも特異な立法政策ではない。
また同改正により、死別に当たるものを除く「人を死亡させた罪であって物禁別に当たるもの」(例、修害致死、不同意性交等致死、危険運転致死など)についても、従前の規定に比しておおむね2倍の時効期間が設定され。生命侵害犯に対しては、より長期間刑事責任の追及を可能とすることとされた(法250条1
項)。
なお、前記「人を死亡させた罪」とは、犯罪行為による死亡結果が構成要件となっている罪をいう。行為と因果関係ある死亡結果が構成要件要素であれば、放意・過失は問わない(例、橋害致死)。殺人未罪のように死亡結果が生じなかった犯罪や、現住建造物放火罪のように死亡結果が構成要件要素とされていない罪は、これに当たらない。
(3) 以上の法改正により,法定された公訴時効期間は次のとおりである(法250条)。
(a) 人を死亡させた罪であって死刑に当たるものについては、公訴時効規定の対象から除外され、時効が完成することはない(法250条1項柱書除外文・同条2項反対解釈)。
(b) 人を死亡させた罪であって拘禁刑に当たるものについては、①無期禁刑に当たる罪は30年、②長期20年の拘禁刑に当たる罪は20年、③①,②以外の罪は10年(法 250条1項)。
(c) 人を死亡させた罪であって拘禁刑以上の刑に当たるもの以外の罪については、①死刑に当たる罪は25年,②無期禁刑に当たる罪は15年、③長期15年以上の拘禁刑に当たる罪は10年、④長期15年未満の拘禁刑に当たる罪は7年、⑤長期10年未満の拘禁刑に当たる罪は5年、⑥長期5年未満の拘禁または罰金に当たる罪は3年、⑦拘留または科料に当たる罪は1年(法250条2項)。
(d)以上が公訴時効期間の原則となるが、性犯罪の構成要件を見直して整理する刑法改正と併せて公訴時効期間の延長に係る刑訴法改正が行われ、公布の日(2023 [令和5]年6月23日)から施行されている(和5年法律66号)。性犯罪一般についての被害申告の困難性。未成年被害者の被害申告の困難に鑑み、性罪についての公訴時効期間を5年延長する(法250条3項)とともに、被害者が犯罪行為が終わった時に18歳未満(未成年)である場合には、その者が18歳に達するまでの期間に相当する期間を加算して、更に公訴時効期間を延長する(同条4項)ものである。この改正規定による性独罪刑法の時効期間は次のとおりとなる(同条3項各号)。
①不同意わいせつ等致傷の罪、強盗・不同意性交等の罪は20年、②不同意性交等の罪、監護者性交等の罪またはこれらの未遂罪は15年,③不同意わいせつの罪、監護者わいせつの罪またはこれらの未遂罪は12年。
なお、二つ以上の主刑を併科すべき罪(例、盗品等有償譲受け罪)、または二つ以上の主刑中その一つを科すべき罪(例、傷害罪)については、その重い方の刑に従って法250条を適用する(法251条)。また,刑法により刑を加重減軽すべき場合には、加重減軽しない刑に従って法250条を適用する(法 252条)。
処罰の必要性は処断刑ではなく法定刑に示されているとみられるからである。
*科刑上一罪とされる各罪の時効期間が異なる場合について、判例は「これを一体として観察し、その最も重い罪の刑につき定めた時効期間による」とする(観念的競合につき、最判昭和41・4・21刑集20巻4号275頁)。しかし、科刑上の一罪は本来別罪であるから、個別に時効期間を算定すべきであろう。牽連犯について、結果たる行為が手段たる行為の時効完成後に実行された場合には、各別に期間を決するのが合理的である(東京高判昭和43・4・30 高刑集21巻2号 222頁参照)。
**両罰規定における法人等の事業主と行為者の公訴時効については、それぞれの法定刑に従い個別に算定すべきものとするのが判例である(最大判昭和35・12・21刑集14巻14号 2162頁等)。両罰規定による事業主処罰の根拠からも、このような扱いが合理的と思われる。もっとも、特別の規定を設けて、事業主に罰金刑を科す場合の時効期間を行為者についての時効期間によるとする立法例がある(例,公害罪処罰法6条,金融商品取引法 207条2項等)。
*** 身分犯の共犯者で身分がないため刑法65条により軽い罪の刑が科される者については、軽い罪の法定刑が基準となる。他人の物の非占有者が業務上占有者と共謀して横領した事案につき、判例は、業務上横領罪ではなく単純横領罪の法定刑を基準として時効期間を定めるとしている(最判令和4・6・9刑集76巻5号613頁)。
法252条との関係では、単純横領罪の法定刑が本来のものであり、減軽された結果ではないとの理解が可能であろう。
(4)前記2010(平成22)年改正法は、その施行日(2010[平成22]年4月21日)の前に犯した「人を死亡させた罪であって禁錮以上の刑に当たるもの」で、新法施行の際に公訴時効が完成していないものについても適用されるとされた(平成 22年法律26号附則3条2項)。
犯行後起訴前に時効期間が被疑者に不利益方向に変更された場合に、新旧法のいずれを適用するかについて、前記改正法は新法を適用する旨を明記したものである。公訴時効制度の存在理由にかかわらず、これが公訴権の行使に時間前限界を設定する訴訟手競法規であることから、新法(当該手続の時に施行されている法)適用の一般原則を確認したものと解される。
このような扱いについて、違憲の疑いを指摘する議論があるが、理由がない。
意法39条が禁止しているのは、実行の時に適法であった行為を可罰化する新たな実体別間法令を遡って適用し処することや、重く変更した利間を適用することである(刑法6条参照)が、公訴時効の廃止や時効期間の延長を内容とする手続法の適用は、このような可罰的行為の創設または可罰性の加重とその遡及ではない。また、憲法 39条及び31条は、犯罪に該当する行為とこれに対する刑罰を事前告知して行為者の予測可能性を保障する趣旨を含むと解されるが、時効期間を経過すれば処罰を免れ得るとの予測や、処罰が予告されていた犯罪の実行後に時効完成を待つ犯人の期待は、憲法 39条及び31条により憲法上保護された基本権とは認めがたい。訴訟手続法適用の一般原則に従って、公訴時効の取扱いを狙人に不利益に変更する新法を、その施行時において公訴時効未完成の事件に適用することに、違憲の問題は生じないと解される。
最高裁判所は、公訴時効を廃止しまたは時効期間を延長した改正法を、その施行前に狙された罪であって、施行の際に公訴時効が完成していないものについて適用するとした前記附則規定は、行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではなく、また,被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするようなものでもないから、憲法39条、31条に違反せず、それらの趣旨にも反しないとの判断を示している(最判平成27・12・3刑集69巻8号815頁)。
なお、性犯罪の時効期間を延長した前記 2023(令和5)年改正法の経過措置を定めた規定も。時効期間を延長する改正規定の行の際、その公派時効が完成していない罪についても改正法を適用するとしている(令和5年法律66号附則5条2項)。
*前記改正法の規定は、改正法施行の際に公訴時効が既に完成している罪には適用されない(平成22年法律26号附則3条1項)。もっとも、処罰が予告されていた犯罪行為に対して発生・存続している刑罰権を前提として、公訴時効の完成により行使できなくなった公訴権を訴訟手続法の改正によって再び行使できるとすることも、新たな可罰的行為・刑罰権の創設とその遡及適用ではないから憲法39条及び憲法31条に直接抵触するとは思われない。前記附則の定める取扱いは、時効完成により生じる諸般の事情(捜査終了に伴う証拠の廃棄等)を勘案した適切な立法政策とみられよう。もっとも、前記平成27年最高裁判例は、既に時効が完成した罪に適用することは「被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にする」ことを示唆しているように思われる。なお、前記性犯罪についての時効期間の延長についても、改正規定の施行の際、既にその公訴時効が完成している罪には適用されない旨の経過措置が定められている(和5年法律66号附5条1項)。
**訴訟手続法の定める時効期間の変更ではなく、刑罰法(実体法)が改正され犯罪に対する法定刑に変更があり、その結果公訴時効期間を異にすることになる場合については、当該犯罪事実に適用される罰条に定められた法定刑により公訴時効期間が定まるとするのが判例である(最決昭和 42・5・19刑集21巻4号494頁)。
(5)時効期間の起算点は、「犯罪行為が終った時から」と規定されている(法 253条1項)。同表現の旧法規定が立案された趣意は,犯罪行為終了時を明記することにあったが、いわゆる結果の場合は、「犯罪行為」の終了に結果発生を含むと解する結果発生時説が通説である。結果は結果発生により処罰可能の状態に達するものであり、結果発生によって採証可能性及び犯罪の社会的影響・処罰感情も高まると考えられるからである。
判例も、行為の終了から結果発生までに長年月を経た、いわゆる「熊本水俣病事件」において、結果的加重犯である業務上過失致死罪につき結果発生時を起算点と明言している(最決昭和63・2・29刑集42巻2号314頁)。
共犯の場合(共同正。教唆。従犯。及び必要的共を含む)には、共犯者間に共通した「最終の行為が終った時から」、すべての共犯者に対して時効の期間を起算する(法 253条2項)。
なお、時効期間の計算については、被疑者の利益方向で、期間計算に関する一般原則の例外が設けられている。すなわち、時効期間の初日は、時間を論じないで1日として計算し、期間の末日が休日に当たるときも、これを期間に算入する(法55条1項但書・同条3項但書)。
*料洲上一罪の起算点について、前記時効期間の基準[(3)*〕と同様の問題がある。
判例は、1個の行為から相当の時間的間隔を経て数個の結果が発生した観念的競合拠についても全部を一体として扱うとしている(前記最決昭和63・2・29)。科上一罪であっても,華連犯で、手段となった行為の罪の時効期間経過後に結果となる行為が実行されたような場合には(例、文書造行為終了後、文書造罪の時効期間経過後に、修道文書を行使した場合),時効の起算点は個別に考えるのが合理的であろう。
包括一罪の場合は、これを構成する最終の犯罪行為が終わった時を起算点とする(最判昭和 31・8・3集10巻8号1202頁)。
継続処は法益侵害状態が継続する限り犯罪行為が終了しないので、その状態が終了してはじめて時効期間が進行することになる。外国人登録法による登録不申請(登録義務違反)の罪の性質を継続犯と解し、申請があってその義務が消滅した時を起算点とした判例がある(最判昭和 28・5・14刑集7巻5号1026頁)。
また、犯罪行為の終了に関し、判例は、競売入札害罪について、現況調査に訪れた執行官に対し虚事実の陳述等の刑法 96条の3[現96条の6]第1項に該当する行為があっても、その時点をもって「犯罪行為が終った時」とはならず、虚偽事実の陳述等に基づく競売手が進行する限り、「犯罪行為が終った時」とはならないとする(最決平成18・12・13刑集60巻10号 857頁)。犯罪の終了は犯罪の既遂時期とは別の基準で判断されている。
(6)公訴の時効は、一定の事由により、その進行を「停止」し、停止事由の消滅後に,残存の期間が再び進行する。旧法までは、時効が「中断」して、その時点から時効期間があらためて進行するとされていたが、現行刑事訴訟法はこのような時効の中断制度を廃した(例外的に中断を認めていた規定として、例えば、旧国税犯則取締法 15条[現行国税通則法は中断制度を廃した]。なお、刑の時効の中断について、刑法 34条参照)。
第一,公訴の提起による時効の停止(法 254条)。公訴の提起があると、その存在に伴う効果として、時効の進行が停止する。公訴の有効・無効を問わない。
公訴提起・追行の要件を久いた無効な公訴提起であっても、訴訟係属が続く問は、公訴時効は完成しない。不適法な公訴に対する管轄違いまたは公訴棄却の裁判が確定して訴訟係属が失われたときは、その時点から残存期間が進行する(同条1項)。有罪・無罪・免訴の確定判決があったときは、再度の公訴提起はあり得ないから、時効の問題はない。なお、起訴状本の不送達によって公訴提起が失効したとき(法271条2項参照)について、判例は、公訴提起により進行を停止していた公訴時効は、法339条1項1号の公訴棄却決定の確定したときから再びその進行を始めると解している(最決昭和55・5・12刑集34巻3号185頁)。
時効の停止は、検察官の訴追意思の表明である公訴提起行為の存在に伴う効果であるから、当該公訴提起行為により検察官が1回の手続で訴追意思を実現可能な主張,すなわち「公訴事実の同一性」(法312条1項)の範囲に時効停止の効果が及ぶと解すべきである。判例は、起訴状の公訴事実の記載に不備があり,実体審理を継続するのに十分な程度に訴因が特定していない場合であっても、それが特定の事実について検察官が訴追意思を表明したものと認められるときは、この事実と公訴事実を同一にする範囲において、公訴時効の進行を停止する効力を有するとしている(最決昭和56・7・14刑集35巻5号497頁)。
また。公訴提起でなくとも、特定の事実に対する検察官の訴追意思の表明とみられる明瞭な手続があれば、時効停止の効果を認め得る。判例は、起訴状記載の訴因と併合罪関係にある事実について,追起訴の手続によるべきであったのに、検察官が罪数判断を誤り,包括一罪の一部として追加する旨の訴因変更
請求をした事案について、検察官が訴因変更許可請求書を裁判所に提出することにより、その請求に係る特定の事実に対する訴追意思を表明したものとみられるから、その時点で、法254条1項に準じて公訴時効の進行が停止する旨説示している(最決平成18・11・20刑集60巻9号696頁)。
時効停止の効果は、共犯者にも拡張されている(法 254条2項)。共犯の1人に対してした公訴提起による時効停止は、他の共犯者に対してもその効力が及ぶ。停止した時効は、共犯の1人に対する終局裁判が確定して訴訟係属が解消されると、他の共犯者について残りの時効期間が進行する。
第二、「犯人が国外にいる場合」または「狙人が逃げ隠れているため有効に起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかった場合」には、その国外にいる期間または逃げ隠れている期間、時効は進行を停止する(法255条1項)。犯人側の行動で公訴提起が困難になっている場合を停止事由としたものである。後者の場合、前記法 339条1項1号の公訴棄却決定が確定した後も、北人が逃げ隠れている間は公訴時効が停止することになる。検察官は、本条を援用する場合,証明資料の差出を要する(法255条2項、規則166条)。
「国外にいる場合」については、起訴状本の送達不能等は要件でない。捜査機関が乳罪の発生や犯人を知っていると否とを問わず、犯人が国外にいることだけで、時効はその国外にいる期間中進行を停止する(最判昭和37・9・18刑
16巻9号1386頁)。また。犯人が国外にいる間は、それが一時的な海外渡航による場合であっても。公新時効はその進行を停止するというのが判例である
(緑決平成21・10-20月集63巻8号1052)。これは、外国への起訴状磨本送達が類型的に困難であるほか、外国には日本の捜査権が及ばないことから国内に住所がある一時的渡航についても停止を認めたものとみられる。
第三、他の法律の規定で時効の進行が停止される場合がある。家庭裁判所に保護事件が係属中の少年について明文がある(少年法47条)。また、公訴権行使が制約されている在任中の国務大臣の場合は、その期間時効が停止するものと解される(憲法 75条但書)。摂政についても同様である(皇室典範21条但書)
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