公訴|公訴提起の要件と手続|公訴提起の手続|被告人の特定
2025年11月19日
『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8
(1) 公訴の提起は、「起訴状」という書面を提出して行う(法256条1項)。
口頭の起訴は許されない。当事者たる検察官が、裁判所に対して審理・判決を求める罪となるべき事実の主張と公訴の効力が及ぶ被告人(法 249 条参照)を記載・明示して、刑事訴訟を起動する重要な手続である。
起訴状の記載事項は法定されており、①被告人の氏名その他被告人が誰であるかを特定するに足りる事項、②公訴事実、③罪名が記載される(法256条2項)。その他。公務員の作成する書面としての記載事項(規則58条・59条・60条の2)ならびに被告人の年齢、職業、住居及び本籍や被告人が逮捕または勾留されているときはその旨等。規則で記載事項が定められている(規則164条)。 (2) 起訴状の提出先は、管轄裁判所である〔管轄裁判所については、後記4〕
起訴状が現に裁判所に到達した時点から、「訴訟係属」の効果が生ずる。訴訟係属とは、事件が裁判所により審理されるべき状態にあることをいう。前記のとおり、訴訟係属により公訴時効の進行は停止する(法254条1項)〔Ⅰ 2(6)〕
起訴状が、誤って管轄裁判所でない裁判所に提出されたときは、事件は現に起訴状が提出された裁判所に係属し,その裁判所により「管轄違」の裁判がなされることになる(法329条)。
このように裁判所は、公訴の有効・無効を問わず、訴訟係属の生じた事件について判断を要するが、検察官により公訴提起された事件についてのみ審理・判決することができる。裁判所が職権で刑事訴訟を開始することはできない。
これを「不告不理の原則」という。
* 起訴状のほか、検察官が起訴に際して提出すべき旨定められた書面として、起訴状の謄本,弁護人選任書及び逮捕状・勾留状がある。
検察官は公訴提起と同時に(やむを得ない事情があるときは、公訴提起後速やかに)被告人に送達するものとして、起訴状の謄本を裁判所に提出しなければならない(法 256条の2,法271 条参照)。また、検察官または司法察員に差し出された弁護人選任書も裁判所に差し出さなければならない(規則165条1項)。弁護人選任書があれば起訴前の弁護人選任は第1審でも効力を有するので(規則17条)、これにより裁判所が直ちに弁護人を知ることができる。また、検察官は、起訴前に裁判官が付した国選弁護人があるときは、公訴提起と同時にその旨を裁判所に通知しなければならない(規則165条2項)。
予断防止の観点から〔後記3),公訴提起後第1回公判期日までは、事件の審判に関与する裁判官以外の「裁判官」が被告人の勾留に関する処分を行う(法 280条1項、規則187条)。逮捕状及び勾留状は勾留に関する処分の基礎となるので、検察官は、逮捕または勾留されている被告人について公訴を提起したときは、速やかにその裁判所の「裁判官」に逮捕状または逮捕状及び勾留状を差し出さなければならない。逮捕または勾留後釈放された被告人について公訴を提起したときも同様である(規則 167条1項)。なお、第1回の公判期日が開かれて証拠調べの手続段階に入った後は、被告人の身体拘束に関する処分(勾留・保釈等)は事件の審判をする裁判所の役割となるから、裁判官は、速やかに逮捕状,勾留状及び勾留に関する処分の書類を「裁判所」に送付しなければならない(規則 167条3項)。
**2023(令和5)年に、「刑事手続において犯罪被害者の氏名等の情報を保護するための刑事法の整備に関する諮問第115号」に係る法制審議会答申に基づいた法改正がなされ(令和5年法律28号)、検察官が、性処罪の被害者等の個人特定事項(氏名及び住所その他の個人を特定させることとなる事項[法201条の2第1項柱書])について、必要と認めるときは、公豚提起の際に、裁判所に対し、起訴状とともに、被告人に送達するものとして、被害者等の個人特定事項の記載がない起訴状の「抄本」を提出することができ。その提出を受けた裁判所は、被告人に対し、起訴状勝本に変えて、起訴状抄本を送達するとともに、弁護人に対し、起訴状に記載された個人特定事項のうち起訴状抄本に記載がないものを被告人に知らせてはならない旨の条件を付して起訴状騰本を送達する措置または抄本を送達する措置をとることができる場合が定められた。このような秘匿措置の対象となる者は、①性犯罪(刑法罪では刑法 176条・177条・179条・181条・182条・225条・226条の2第3項・227条1項3項・241条1項3項)に係る事件の被害者、このほか犯行の態様、被害の状況その他の事情により、被害者の個人特定事項が被告人に知られることにより被害者等(被害者または一定の場合におけるその配者、直系親族・兄弟姉妹[法201条の2第1項1号ハ(1)])の名誉または社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認められる事件,被害者またはその親族の身体もしくは財産に害を加えまたはこれらの者を畏怖させもしくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認められる事件の被害者。②①に掲げる者のほか、個人特定事項が被告人に知られることにより名誉または社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認められる者、その者またはその親族の身体もしくは財産に害を加えまたはこれらの者を畏怖させもしくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認められる者である(法 271条の2・271条の3)。この措置について、裁判所は、被告人の防に実質的な不利益を生ずるおそれがあると認めるときは、被告人または弁護人の請求により、前記の措置に係る個人特定事項の全部または一部を被告人に通知する旨の決定または当該個人特定事項を被告人に知らせてはならない旨の条件を付して当該個人定事項の全部または一部を弁護人に通知する旨の決定をしなければならない(法 271条の5)。なお、捜査段階における逮捕状や勾留状の被疑事実の記載についても同じ範囲の対象者の個人特定事項の秘匿を可能とする法改正がなされたことについては、第1編捜査手第3章II1(3)*参照。また、証拠開示については法299条の4,299条の5が改正補充され,裁判書等の閲覧について法 271条の6が追加されて、同旨の秘匿措置が定められた。
(3)「公訴事実」(法256条2項2号)という言葉は、「公訴」の提起で開始される刑事訴訟における審理・判決の対象(以下「審判対象」と略称する。講学上「訴訟対象」。「訴訟物」とも称される)の名辞・呼称である。公訴事実すなわち審判対象は、「訴因を明示してこれを記載しなければならない」(法256条3項前段)。新因の明示とは、検察官が裁判所の審判を求めて主張する「罪となるべき事実」を、「できる限り日時、場所及び方法を以て」特定して記載することをいう(同項後段)。「罪となるべき事実」の特定による「訴因の明示」の意義と限界事例の詳細については、別途説明を加える〔第3章〕。
このように、公訴事実すなわち刑事訴訟における審判対象は、当事者である検察官が起訴状において訴因として明示・特定した「罪となるべき事実」の主張である。裁判所はこれについてのみ審理・判決の権限と責務を負う。裁判所は、検察官が訴因として明示・記載して特定された事実とは異なる事実について審理・判決することはできず(法 378条3号参照)。そのような事実を認定するには、検察官による訴因変更の手続を要する(法312条)。こうして現行法は、公訴事実すなわち審判対象が、事者たる検察官が設定または変更する訴因である旨を明らかにして、審判対象の側面において当事者追行主義を採用してい
る。
(4) 訴因として明示・記載されるべき事項は、「罪となるべき事実」と、これを特定するための「日時、場所及び方法」等である。「特定」とは、他の事実と区別し画定できることをいう。「罪となるべき事実」は、有罪判決の理由として摘示することが要請されている刑罰権の根拠となる具体的事実に相応するものであるから(法 335条1項参照),刑罰法令の定める犯罪構成要件に該当する事実を具体的に記載しなければならない。他方、これに該当しない事実(例。犯行に至る経緯・動機や量刑事由としての前科)は記載する必要がないというべきである。
刑法総則の定める未遂犯。共同正犯。教唆狙従犯に当たる事実は、いずれも罪となるべき事実である。目的犯の目的、結果的加重における加重結果。
常習犯窃盗における前科も同様である。他方、罪構成要件に該当する具体的事実の記載があれば、原則として当該事実の違法性・有責性は主張されているとみられるから、起訴状においては違法阻却事由・責任阻却事由等処罪の成立を阻却する事由の不存在について明示・記載する必要はない(なお、有罪判決の理由について、法 335条2項参照)。
検察官は、構成要件に該当する罪となるべき事実を具体的に「特定」すなわち他の事実と区別できる程度に表現・表示するに際して、通常。①犯罪の主体(誰が)。②犯罪の日時(いつ)、③犯罪の場所(どこで)④犯罪の容体(何を、または維に対して)。⑤犯罪の方法(どのような方法で)、⑥犯罪の行為と結果(何をしたか)の6項目に留意し、これに則して訴因を明示・記載している。
捜査は、このような「罪となるべき事実」を具体的に特定して明示・記載できるに足りる証拠を収集することを主要な目的として実行される。検察官が公原製造の散権要件たる用の離実な(Ⅰ 1(1)を認める場合には、この6頭目を過不足なく記載できるのが通常であちう。もっとも。起当時の証拠に基づき「できる限り」明示・記載を試みても、3罪の日時、場所、方法等が縮のある機括的な表示にとどまらざるを得ない場合もあり得る。そのような記載であっても、「罪となるべき事実」の特定、すなわち審判対象の画定の要請が充たされていると認められれば、起訴状の記載として適法であり、裁判所は審理手続を進行させることができる〔第3章Ⅲ参照】。
(5)「罪名」という言葉は、犯罪の名辞・呼称である。起訴状に記載された「罪となるべき事実」に「適用すべき罰条を示して」記載される(法 256条4項)。「罰条」とは刑罰法令名と条文のことである。刑法犯の場合には、刑法各則の条文の見出しに付された罪名(例,窃盗、殺人)をも記載される。刑法総則
規定のうち、共同正犯(刑法60条),教唆犯(法61条),従犯(法62条)の場合は、これらの規定も併せ記載される。未遂の場合は、各則の未遂処罰規定も併せ記載される。
罰条の記載は、公訴事実の記載と相俟って審判対象の明示・特定に資する趣意であるから、罰条の記載に誤りがあっても、審判対象すなわち被告人の防禦対象の画定に支障がなく、「被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる度がない限り」。公訴提起の効力には影響を及ほさない(法 256条4項但書)。検察官は罰条記載の誤りを認識したときは、直ちにこれを訂正すべきである。
これに対し、罰条記載の誤りに起因して防禦対象の混濁を生じるなど被告人の両禦に実質的不利益を生じさせたときは、公訴提起は無効となる。もっとも、被告人側の同意を得て誤記の訂正による補正(無効な起訴を事後的に有効とすること)を認めることはできるであろう。
(6)法は、数個の訴因及び罰条を、予備的にまたは択一的に記載することを認めている(法256条5項)。この規定は、現行法が旧法に比して捜査による事案解明を困難にしたとの想定で、検察官の公訴提起にある程度の不確実性を許容しようとの趣意であった。一性に疑義が生じるので、誤表示の訂正では足りない事態が生じ得る。起訴状に検察官が訴追意思の対象とした人物とは別人の氏名が表示され、その結果被
冒用者が現に公判期日に出頭した場合や、表示された人物とは別人が公判期日に出頭した場合には、手続の諸段階に応じて、次のように対処する必要が生じよう。
第一,冒頭手続の「人定質問」(規則196条)により人違いが判明した場合。
人定質問はまさに被告人の同一性を確認するための手続であるから、出頭した被冒用者等を「被告人」として扱うのではなく、これを事実上排除し、検察官が訴追意思の対象としていた人物すなわち「被告人」を、あらためて出頭させることで手続を進行させることができよう。氏名冒用が判明した場合は当初の起訴状の表示を訂正することを要する。
第二、被冒用者が身代わりの意図等で公判に出頭し、人定質問ではそれが判明せず、ある程度この者に対する審理が進行した段階で身代わりや人違いが判明した場合。「被告人」であるかのように行動した人物と検察官の訴追意思の対象である人物とが相違する結果,その同一性に混乱が生じているから、検察官は、公訴を取り消し、改めて訴追すべき被告人を正しく表示した公訴を提起すべきであろう。他方で、被告人であるかのように行動した人物に対して事実上生じている訴訟係属を解消するため、裁判所はこの者について、公訴棄却の裁判で手続を打ち切るべきである(法 338条4号準用)。
* 公判請求事件でかつ捜査段階から身体拘束(逮捕・勾留)がなされている場合に比して、在宅事件の場合には、捜査・訴追機関と被疑者との結びつきが緊密でないため、氏名冒用によって起訴状に表示された別人に対する公訴提起とみられる場面が生じ得る。また、略式命令請求事件では、人定質問の手続がなく、書面審理で起訴状に表示された被告人を対象とすることから、原則として氏名が表示された人物を被告人として扱うのが適切であろう。身体拘束のない略式手続の事案について、他人の氏名を冒用し、捜査機関に対しては被疑者として行動し、かつ、裁判所で夜
告人として他人名義の略式命令勝本の交付を受けて即日間金を仮約付した場合であっても、被用者が被告人でありその略式命令の効力は、冒用者である人物には生じないとする旨の判例がある(最決昭和50・5・30 刑集29巻5号360頁)。
口頭の起訴は許されない。当事者たる検察官が、裁判所に対して審理・判決を求める罪となるべき事実の主張と公訴の効力が及ぶ被告人(法 249 条参照)を記載・明示して、刑事訴訟を起動する重要な手続である。
起訴状の記載事項は法定されており、①被告人の氏名その他被告人が誰であるかを特定するに足りる事項、②公訴事実、③罪名が記載される(法256条2項)。その他。公務員の作成する書面としての記載事項(規則58条・59条・60条の2)ならびに被告人の年齢、職業、住居及び本籍や被告人が逮捕または勾留されているときはその旨等。規則で記載事項が定められている(規則164条)。 (2) 起訴状の提出先は、管轄裁判所である〔管轄裁判所については、後記4〕
起訴状が現に裁判所に到達した時点から、「訴訟係属」の効果が生ずる。訴訟係属とは、事件が裁判所により審理されるべき状態にあることをいう。前記のとおり、訴訟係属により公訴時効の進行は停止する(法254条1項)〔Ⅰ 2(6)〕
起訴状が、誤って管轄裁判所でない裁判所に提出されたときは、事件は現に起訴状が提出された裁判所に係属し,その裁判所により「管轄違」の裁判がなされることになる(法329条)。
このように裁判所は、公訴の有効・無効を問わず、訴訟係属の生じた事件について判断を要するが、検察官により公訴提起された事件についてのみ審理・判決することができる。裁判所が職権で刑事訴訟を開始することはできない。
これを「不告不理の原則」という。
* 起訴状のほか、検察官が起訴に際して提出すべき旨定められた書面として、起訴状の謄本,弁護人選任書及び逮捕状・勾留状がある。
検察官は公訴提起と同時に(やむを得ない事情があるときは、公訴提起後速やかに)被告人に送達するものとして、起訴状の謄本を裁判所に提出しなければならない(法 256条の2,法271 条参照)。また、検察官または司法察員に差し出された弁護人選任書も裁判所に差し出さなければならない(規則165条1項)。弁護人選任書があれば起訴前の弁護人選任は第1審でも効力を有するので(規則17条)、これにより裁判所が直ちに弁護人を知ることができる。また、検察官は、起訴前に裁判官が付した国選弁護人があるときは、公訴提起と同時にその旨を裁判所に通知しなければならない(規則165条2項)。
予断防止の観点から〔後記3),公訴提起後第1回公判期日までは、事件の審判に関与する裁判官以外の「裁判官」が被告人の勾留に関する処分を行う(法 280条1項、規則187条)。逮捕状及び勾留状は勾留に関する処分の基礎となるので、検察官は、逮捕または勾留されている被告人について公訴を提起したときは、速やかにその裁判所の「裁判官」に逮捕状または逮捕状及び勾留状を差し出さなければならない。逮捕または勾留後釈放された被告人について公訴を提起したときも同様である(規則 167条1項)。なお、第1回の公判期日が開かれて証拠調べの手続段階に入った後は、被告人の身体拘束に関する処分(勾留・保釈等)は事件の審判をする裁判所の役割となるから、裁判官は、速やかに逮捕状,勾留状及び勾留に関する処分の書類を「裁判所」に送付しなければならない(規則 167条3項)。
**2023(令和5)年に、「刑事手続において犯罪被害者の氏名等の情報を保護するための刑事法の整備に関する諮問第115号」に係る法制審議会答申に基づいた法改正がなされ(令和5年法律28号)、検察官が、性処罪の被害者等の個人特定事項(氏名及び住所その他の個人を特定させることとなる事項[法201条の2第1項柱書])について、必要と認めるときは、公豚提起の際に、裁判所に対し、起訴状とともに、被告人に送達するものとして、被害者等の個人特定事項の記載がない起訴状の「抄本」を提出することができ。その提出を受けた裁判所は、被告人に対し、起訴状勝本に変えて、起訴状抄本を送達するとともに、弁護人に対し、起訴状に記載された個人特定事項のうち起訴状抄本に記載がないものを被告人に知らせてはならない旨の条件を付して起訴状騰本を送達する措置または抄本を送達する措置をとることができる場合が定められた。このような秘匿措置の対象となる者は、①性犯罪(刑法罪では刑法 176条・177条・179条・181条・182条・225条・226条の2第3項・227条1項3項・241条1項3項)に係る事件の被害者、このほか犯行の態様、被害の状況その他の事情により、被害者の個人特定事項が被告人に知られることにより被害者等(被害者または一定の場合におけるその配者、直系親族・兄弟姉妹[法201条の2第1項1号ハ(1)])の名誉または社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認められる事件,被害者またはその親族の身体もしくは財産に害を加えまたはこれらの者を畏怖させもしくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認められる事件の被害者。②①に掲げる者のほか、個人特定事項が被告人に知られることにより名誉または社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認められる者、その者またはその親族の身体もしくは財産に害を加えまたはこれらの者を畏怖させもしくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認められる者である(法 271条の2・271条の3)。この措置について、裁判所は、被告人の防に実質的な不利益を生ずるおそれがあると認めるときは、被告人または弁護人の請求により、前記の措置に係る個人特定事項の全部または一部を被告人に通知する旨の決定または当該個人特定事項を被告人に知らせてはならない旨の条件を付して当該個人定事項の全部または一部を弁護人に通知する旨の決定をしなければならない(法 271条の5)。なお、捜査段階における逮捕状や勾留状の被疑事実の記載についても同じ範囲の対象者の個人特定事項の秘匿を可能とする法改正がなされたことについては、第1編捜査手第3章II1(3)*参照。また、証拠開示については法299条の4,299条の5が改正補充され,裁判書等の閲覧について法 271条の6が追加されて、同旨の秘匿措置が定められた。
(3)「公訴事実」(法256条2項2号)という言葉は、「公訴」の提起で開始される刑事訴訟における審理・判決の対象(以下「審判対象」と略称する。講学上「訴訟対象」。「訴訟物」とも称される)の名辞・呼称である。公訴事実すなわち審判対象は、「訴因を明示してこれを記載しなければならない」(法256条3項前段)。新因の明示とは、検察官が裁判所の審判を求めて主張する「罪となるべき事実」を、「できる限り日時、場所及び方法を以て」特定して記載することをいう(同項後段)。「罪となるべき事実」の特定による「訴因の明示」の意義と限界事例の詳細については、別途説明を加える〔第3章〕。
このように、公訴事実すなわち刑事訴訟における審判対象は、当事者である検察官が起訴状において訴因として明示・特定した「罪となるべき事実」の主張である。裁判所はこれについてのみ審理・判決の権限と責務を負う。裁判所は、検察官が訴因として明示・記載して特定された事実とは異なる事実について審理・判決することはできず(法 378条3号参照)。そのような事実を認定するには、検察官による訴因変更の手続を要する(法312条)。こうして現行法は、公訴事実すなわち審判対象が、事者たる検察官が設定または変更する訴因である旨を明らかにして、審判対象の側面において当事者追行主義を採用してい
る。
(4) 訴因として明示・記載されるべき事項は、「罪となるべき事実」と、これを特定するための「日時、場所及び方法」等である。「特定」とは、他の事実と区別し画定できることをいう。「罪となるべき事実」は、有罪判決の理由として摘示することが要請されている刑罰権の根拠となる具体的事実に相応するものであるから(法 335条1項参照),刑罰法令の定める犯罪構成要件に該当する事実を具体的に記載しなければならない。他方、これに該当しない事実(例。犯行に至る経緯・動機や量刑事由としての前科)は記載する必要がないというべきである。
刑法総則の定める未遂犯。共同正犯。教唆狙従犯に当たる事実は、いずれも罪となるべき事実である。目的犯の目的、結果的加重における加重結果。
常習犯窃盗における前科も同様である。他方、罪構成要件に該当する具体的事実の記載があれば、原則として当該事実の違法性・有責性は主張されているとみられるから、起訴状においては違法阻却事由・責任阻却事由等処罪の成立を阻却する事由の不存在について明示・記載する必要はない(なお、有罪判決の理由について、法 335条2項参照)。
検察官は、構成要件に該当する罪となるべき事実を具体的に「特定」すなわち他の事実と区別できる程度に表現・表示するに際して、通常。①犯罪の主体(誰が)。②犯罪の日時(いつ)、③犯罪の場所(どこで)④犯罪の容体(何を、または維に対して)。⑤犯罪の方法(どのような方法で)、⑥犯罪の行為と結果(何をしたか)の6項目に留意し、これに則して訴因を明示・記載している。
捜査は、このような「罪となるべき事実」を具体的に特定して明示・記載できるに足りる証拠を収集することを主要な目的として実行される。検察官が公原製造の散権要件たる用の離実な(Ⅰ 1(1)を認める場合には、この6頭目を過不足なく記載できるのが通常であちう。もっとも。起当時の証拠に基づき「できる限り」明示・記載を試みても、3罪の日時、場所、方法等が縮のある機括的な表示にとどまらざるを得ない場合もあり得る。そのような記載であっても、「罪となるべき事実」の特定、すなわち審判対象の画定の要請が充たされていると認められれば、起訴状の記載として適法であり、裁判所は審理手続を進行させることができる〔第3章Ⅲ参照】。
(5)「罪名」という言葉は、犯罪の名辞・呼称である。起訴状に記載された「罪となるべき事実」に「適用すべき罰条を示して」記載される(法 256条4項)。「罰条」とは刑罰法令名と条文のことである。刑法犯の場合には、刑法各則の条文の見出しに付された罪名(例,窃盗、殺人)をも記載される。刑法総則
規定のうち、共同正犯(刑法60条),教唆犯(法61条),従犯(法62条)の場合は、これらの規定も併せ記載される。未遂の場合は、各則の未遂処罰規定も併せ記載される。
罰条の記載は、公訴事実の記載と相俟って審判対象の明示・特定に資する趣意であるから、罰条の記載に誤りがあっても、審判対象すなわち被告人の防禦対象の画定に支障がなく、「被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる度がない限り」。公訴提起の効力には影響を及ほさない(法 256条4項但書)。検察官は罰条記載の誤りを認識したときは、直ちにこれを訂正すべきである。
これに対し、罰条記載の誤りに起因して防禦対象の混濁を生じるなど被告人の両禦に実質的不利益を生じさせたときは、公訴提起は無効となる。もっとも、被告人側の同意を得て誤記の訂正による補正(無効な起訴を事後的に有効とすること)を認めることはできるであろう。
(6)法は、数個の訴因及び罰条を、予備的にまたは択一的に記載することを認めている(法256条5項)。この規定は、現行法が旧法に比して捜査による事案解明を困難にしたとの想定で、検察官の公訴提起にある程度の不確実性を許容しようとの趣意であった。一性に疑義が生じるので、誤表示の訂正では足りない事態が生じ得る。起訴状に検察官が訴追意思の対象とした人物とは別人の氏名が表示され、その結果被
冒用者が現に公判期日に出頭した場合や、表示された人物とは別人が公判期日に出頭した場合には、手続の諸段階に応じて、次のように対処する必要が生じよう。
第一,冒頭手続の「人定質問」(規則196条)により人違いが判明した場合。
人定質問はまさに被告人の同一性を確認するための手続であるから、出頭した被冒用者等を「被告人」として扱うのではなく、これを事実上排除し、検察官が訴追意思の対象としていた人物すなわち「被告人」を、あらためて出頭させることで手続を進行させることができよう。氏名冒用が判明した場合は当初の起訴状の表示を訂正することを要する。
第二、被冒用者が身代わりの意図等で公判に出頭し、人定質問ではそれが判明せず、ある程度この者に対する審理が進行した段階で身代わりや人違いが判明した場合。「被告人」であるかのように行動した人物と検察官の訴追意思の対象である人物とが相違する結果,その同一性に混乱が生じているから、検察官は、公訴を取り消し、改めて訴追すべき被告人を正しく表示した公訴を提起すべきであろう。他方で、被告人であるかのように行動した人物に対して事実上生じている訴訟係属を解消するため、裁判所はこの者について、公訴棄却の裁判で手続を打ち切るべきである(法 338条4号準用)。
* 公判請求事件でかつ捜査段階から身体拘束(逮捕・勾留)がなされている場合に比して、在宅事件の場合には、捜査・訴追機関と被疑者との結びつきが緊密でないため、氏名冒用によって起訴状に表示された別人に対する公訴提起とみられる場面が生じ得る。また、略式命令請求事件では、人定質問の手続がなく、書面審理で起訴状に表示された被告人を対象とすることから、原則として氏名が表示された人物を被告人として扱うのが適切であろう。身体拘束のない略式手続の事案について、他人の氏名を冒用し、捜査機関に対しては被疑者として行動し、かつ、裁判所で夜
告人として他人名義の略式命令勝本の交付を受けて即日間金を仮約付した場合であっても、被用者が被告人でありその略式命令の効力は、冒用者である人物には生じないとする旨の判例がある(最決昭和50・5・30 刑集29巻5号360頁)。