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探偵の知識

公訴|公訴提起の要件と手続|公訴提起の手続|受訴裁判所の選定ー裁判所の管轄裁判所

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

(1)検察官は、事件について管轄権、すなわち当該事件について裁判を行う権限を有する裁判所に起訴状を提出しなければならない。管轄裁判所が複数あるときは、そのうち適切な一つを選択して起訴状を提出する。管轄権のない裁判所に公訴を提起すれば、原則として、管轄違いの判決で手続が打ち切られる(法 329条)。移送による救済はない(法19条1項参照。民事訴訟と異なる。民訴法16条1項参照)。
裁判所の管轄は、あらかじめ刑事訴訟法及び裁判所法の規定により一般的に定められており、これは関係者に対する不当な利益・不利益を生じさせない趣旨である。なお、特別な場合には軽の指定や管轄の移転があり得る(後記(5)(6))。
第1審の裁判の管轄は、事件の軽重に基づく「事物管轄」と、主として被告人の出頭や防活動の便宜に配慮した「土地管轄」があり、公訴提起は、第1客の事物管轄と土地のある裁判所に対して行われる。
(2)「事物管轄」とは、乳罪の種類(罪名または刑名)を標準として、その軽重によって定められた第1審の管轄の分配をいう。裁判所法に詳細な規定がある。第1審の裁判について権を有するのは下級裁判所に限られる。最高裁判所が第1番の裁判を行う場合は、現行法にはない。事物管轄の大要は次のとおり。
(a)地方裁判所は、開金以下の利に当たる罪の事件を除くほか、すべての罪の事を管轄する。選択的に金以下の別が規定されていてもよい。ただし、高等裁判所が第1審を担当する事件を除く(裁判所法24条2号)。このように、第1審裁判所の主力は地方裁判所である。
(b)簡易裁判所は、①罰金以下の刑に当たる罪、②選択刑として罰金が定められている罪、③常習賭博罪・賭博場開張等図利罪,横領罪、盗品等に関する罪の事件を管轄する(裁判所法 33条1項2号)。ただし、科刑についての制限があり、原則として拘禁刑以上の刑を科することはできない。例外的に、住居侵入罪・同未遂罪,常習賭博罪・賭博場開張等図利罪,窃盜罪・同未遂罪,横領罪、占有離脱物横領罪、盗品等に関する罪その他若干の罪について、3年以下の拘禁刑を科することができる(裁判所法33条2項)。なお、簡易裁判所が、審理の結果、前記科刑の制限を超える刑を科するのを相当と認めるときは、事件を管轄地方裁判所に移送しなければならない(裁判所法 33条3項、法332条)。
このほか法332条により事件を移送すべき場合として、審理の結果事件の事物管轄が失われる可能性があるとき、事件が複雑で審理に困難が見込まれる事件等が考えられよう。
以上のとおり、罰金以下の刑に当たる罪(例,過失傷害罪、失火罪等)については、地方裁判所に管轄権がなくもっぱら簡易裁判所が管轄する。その他の罪については、簡易裁判所と地方裁判所の事物管轄はかなりの範囲で競合している。この場合にどちらに起訴するかは検察官の判断による。
(c) 高等裁判所は内乱罪(刑法 77条~79条)に当たる事件について第1番の管轄権を有する(裁判所法 16条4号)。この罪については控訴をすることができず、最高裁判所に上告をすることができるにとどまる(法372条・405条参照)。
*従前は、独占禁止法違反の罪の第1審が、東京高等裁判所の専属管轄とされていたが、現在は前記内乱に関する罪のみが、「高等裁判所の特別権限に属する事件」(法3条・5条・330 条参照)に当たる。
また。従前は、未成年者を被害者とする児童福祉法違反の罪等の事件(少年の福私を苦する成人の刺事件)が家庭裁判所の管轄とされていたが、現在は、それらの罪については地方裁判所または簡易裁判所が管轄する。
(3)高等裁判所以下すべての裁判所について、法律により管轄区域が定めれている(下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律・裁判所法2条2項)。各裁判所は、その管轄区域内に、「犯罪地」または被告人の「住所」「居所」「現在地」が在る事件について「土地管轄」を有する(法2条1項)。
「犯罪地」とは、犯罪事実の全部または一部が発生した場所をいう。行為地と結果発生地が異なる場合には、両者が処罪地である。被告人の「住所」「居所」は民法による(民法 22条・23条)。「現在地」とは、公訴提起の当時、被告人が任意または適法な強制処分によって現在する場所をいう(最決昭和 32・4・
30刑集11巻4号 1502頁等)。国外にある日本船舶内または日本航空機内で犯した罪については、このほか、その船舶の船籍の所在地または犯罪後寄泊した地/(法2条2項),その航空機の犯罪後着陸・着水した地(同条3項)にも土地管轄がある。
検察官が誤って土地管轄のない裁判所に公訴を提起した場合であっても、裁判所は、被告人の申立てがなければ、管轄違いの判決をすることができない(法 331条1項)。土地管轄は主として被告人の便宜・利益のための制度であるから、被告人に異議がなければ問題としない趣意である。また,轄違いの申立ては、被告事件について証拠調べを開始した後は、することができない(法331条2項)。被告人が土地管轄について問題とせず訴訟進行に応じる態度を示したと認められるので、手続を早期に安定させる趣意である。
(4) 数個の事件において犯人が同一人である場合,複数人が「共に」同一または別個の罪を狙した場合,複数人が「通謀して」各別に罪をした場合、これら数個の事件を「関連事件」という(法9条1項)。関連事件については、管轄が拡張される。
事物管轄について、一つの事件について管轄を有する「上級の裁判所」は、併せて他の関連事件を管轄することができる(法3条1項)。土地管轄について、一つの事件について管轄を有する裁判所は、併せて他の関連事件を管轄することができる(法6条)。いずれも関連事件を併合して審判する場合である。
*数人が「共に」または「通謀して」罪を狙すとは、刑法総則の「共犯」に限らない。必要的共犯、両罰規定における行為者と事業主などをも含み、さらに、共謀に至らない程度の意思連絡で数人が罪を狙した場合も含まれる。また、犯人蔵置非、証憑隠滅罪,証罪,虚鑑定罪、盗品等に関する罪とその本犯の罪とは「共に犯した」ものとみなされる(法9条2項)。このように関連事件の範囲は相当に広い。 (5)裁判所の管轄区城が不明確なため答轄裁判所が定まらないとき、または管轄違いの裁判が確定した事件について他に管轄裁判所がないときは、検察官は、関係のある第1審裁判所に共通する直近上級の裁判所に、「管轄指定の請求」をすることができる(法15条)。法律による管轄裁判所がないとき、またはこれを知ることができないときは、検事総長から最高裁判所に管轄指定の請求をする(法 16条)。
*法16条にいう「法律による管轄裁判所がないとき」とは、土地管轄の基準によっては、日本国内に管裁判所が存在しない場合をいう。犯人が羽法2条から4条までの罪を国外で狙し、日本国内に住所・居所・現在地を有しない場合に適用がある。「管轄裁判所を知ることができないとき」とは、国外の犯人の住所・居所・現在地が不明の場合をいう。
(6) 管轄裁判所が法律上の理由(例,裁判官の除・忌避・回避)もしくは特別の事情(例,天災地変)により裁判権を行うことができないとき、または、地方の民心,訴訟の状況その他の事情により裁判の公平を維持できないおそれがあるときは、検察官は、直近上級の裁判所に管轄移転の請求をしなければならない(法17条1項)。被告人も管轄移転の請求をすることができる(法17条2項)。裁判員裁判について、特定の地方裁判所で公平な裁判が行われることを期待し難い事情は認められず,裁判の公平を維持することができないおそれがあるときには当たらないとされた事例として、最決平成28・8・1刑集70巻6号 581頁がある(米軍属である被告人が那覇地裁に起訴された強姦致死・殺人・死体遺棄被告事件について、公平中立を確保できるよう配慮された手続の下に選任された裁判員は、法令に従い公平誠実に職務を行う義務を負っている上、裁判長は、裁判員がその職責を十分果たすことができるよう配慮することなどを考慮すれば、公平な裁判所における法と証拠に基づく適正な裁判が行われることが制度的に十分保障されているとする)。
2罪の性質、地方の民心その他の事情により、管轄裁判所が審判をするときは公安を害するおそれがあると認められる場合には、検事総長が最高裁判所に管轄移転の請求をしなければならない(法18条)。
*管轄指定または移転の請求の方式については規則に定めがある(規間2条~6条)。裁判所に係属する事件について管轄の指定または移転の請求があったときは、原則として決定があるまで訴訟手続を停止しなければならない(規則6条)。なお、管轄移転の請求が訴訟を遅延させる目的のみでされたことが明らかである場合には、訴訟手続を停止することを要しないとした判例がある(最決令和3・12・10刑集75巻9号1119頁)(なお、規則6条但書参照)。