公訴|審理・判決の対象|訴因の変更|制度趣旨
2025年11月19日
『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8
(1)検察官は、起訴状に明示・記載した訴因(法256条3項)を変更(追加・撤回・変更)することができる。裁判所は、「公訴事実[すなわち審判対象】の同一性を害しない限度において」。検察官の訴因変更請求を許可しなければならない(法 312条1項)。
これは、検察官に審判対象の設定権限のみならずその変更権限を付与し、公訴提起により起動された1回の刑事訴訟手続において、検察官が審判対象を構成し直し、別の「罪となるべき事実」を主張して訴追意思を実現する手段を付与したものである。この意味で、訴因変更は、当該刑事訴訟手続においては、もっぱら検察官の利益に資する有罪判決獲得のための制度である。
したがって、検察官自らによる不適法な訴因への変更(公訴の有効要件が欠如し実体判決ではなく免訴や公訴棄却の裁判に至ることが見込まれる訴因への変更)は、制度趣旨を逸脱し、原則として許されないと解すべきである(これを「訴因に関する適法性維持の原則」という)。例えば、公訴時効完成前の訴因を時効完成後の訴因に変更すること、告訴がない状態で非親告罪の訴因を親告罪の訴因に変更することを許可するのは疑問である。
* 訴因の「追加」とは、起訴状記載の訴因と一罪の関係にある訴因を付加する場合(例,窃盗の事実→住居侵入の事実を付加して住居侵入・窃盗の事実を主張),予備的・
択一的関係にある訴因を付加する場合(例,不同意性交の事実→不同意性交未遂の事実に不同意わいせつの事実を予備的に追加して主張)をいう。訴因の「撤回」とは、起訴状記載の訴因から一罪の関係にある一部の事実を除去する場合、起訴状に予備的または択一的に記載されていた訴因を除去する場合をいう。訴因の「変更」とは、起訴状記載の訴因を別の異なる罪となるべき事実の主張に変える場合(例,窃盗の事実→盗品有償譲受けの事実)をいう(以下これらを総称して「訴因の変更」という)。
**「公訴事実の同一性を害しない限度」であっても、訴因変更が許されないと解される場合があり得る。本文の「訴因に関する適法性維持の原則」に反する場合のほか、「時機に遅れた」訴訟上の信義則に反する権限濫用の場合が想定される〔後記2〕。
また、一般に実体法上の「罪数」による規制がある。1個の刑罰権(一罪)を実現するために作動する1個の刑事手続において、数罪の関係にある罪となるべき事実を取り扱うことは手続の安定を害し適切でないから(「一訴因一罪の原則」I(1)**),実体法上「別個に成立し両者は併合罪の関係にある」罪となるべき事実の間で訴因変更を行うことはできない。訴因変更に対するこのような罪数による規制は、旧法以来,講学上「公訴事実の単一性」の有無の問題として扱われてきた。最高裁判所は、従前、このような帰結を法312条1項にいう「公訴事実の同一性」の有無の解釈として説示していたが(最判昭和33・2・21刑集12巻2号288頁),近時、「公訴事実の単一性の有無」という術語を用いて確定判決の一事不再理の効力範囲を検討している(最判平成 15・10・7刑集57巻9号1002頁)。
(2)審判対象の設定権限を検察官に委ねる当事者追行主義のもとでも、その変更を許さず,訴因と重要部分において異なった事実が認定された場合には無罪とし、当初起訴された訴因とは異なった「罪となるべき事美」について別途起訴することを許す制度設計もあり得る。これに対して現行法は、検察官に訴因変更補関をも認めた。このような制度設計を採用すると、検常官が1回の前事訴訟手続において訴因を変更し訴追意思を実現可能である異なった「罪となるべき事実」についても、当該手続において審判可能であったことから、もはや別の刑事訴訟手続で新たに審判することは許されないことになるはずである。
こうして、確定判決の一事不再理の効力は、判決対象となった「罪となるべき事実」と「公訴事実の同一性」が認められる範囲に及ぶ。二重起訴が禁止される「事件」の範囲も同様である(1(4),第5編裁判第4章)。
この意味で、「公訴事実の同一性を害しない」と解される範囲が広ければ、前記のとおり、当該刑事手続においては検察官に利益であるが、別の刑事訴訟を起動できるかという局面では、被告人に利益となる。その範囲の画定について直接言及する明文規定はないので,このような両当事者の利益状況を総合勘案した上での規範的決定を要する。留意すべき規範的基準は、刑罰権実現の1回性すなわち二重処罰の回避である。これは、刑事訴訟手続が刑罰権の具体的実現を目的とした制度であることに由来する(法1条)。公訴事実すなわち審判対象の同一性について、これを超えた抽象的・観念的な議論をすることに意味はない。
(3) 検察官が訴因変更を行う場面は、次の2つの型に分かれる。
第一は、証拠調べ開始前に、起訴状の記載と異なる事実を意識的に主張・立証しようとする場合である。従前もこのような訴訟の早い段階における訴因変更はあったが、公判前整理手続において「争点及び証拠の整理」(法316条の13以下)が実施される事件については、被告人側の主張・防禦方針が第1回公判期日前に明示されることから(法316条の17),手点を予期・把握した検察官が、立証の難易等諸般の事情を勘案して起訴当時の方針を変え、証拠調べ手続に先立って当初の訴因を変更することがあり得よう。
第二は、証拠調べが進行した審理の過程ないし終盤近くに行われる訴因変更である。これには、裁判所の心証(証拠により証明されつつある事実)と訴因の記載との間のくい違いを自ら察知した検察官が、変更の必要性を認識して有罪判決獲得を目標に行う場合(例,当初の訴因を維持すれば無罪判決を受けるおそれがある場合)と、裁判所からの示唆(規則 208条に基づく訴因に関する水釈明による場合。法312条2項の訴因変更命令制度を背景とした訴因変更の示唆・勧告による場合)を契機として、裁判所の心証と訴因とのくい違いが検察官に伝達され、有罪判決獲得を目標に行われる場合がある。
訴訟の過程でこのような局面が生じる事由は様々であるが(公判前整理手続により主張・争点理が行われていたとしても、証拠調べの結果,検察官証明予定事実がそのまま立証できる保障はないから、第2の型の訴因変更の必要性が生じることは、依然として想定される),検察官に訴因変更権限を認める制度趣旨は、前記のとおり有罪判決獲得に資することにある。
訴因変更に伴い。被告人側には起訴状の記載とは異なる新たな審判対象すなわち防目標が告知されることになる(後記2)。これは抽象的な防の利益とも言い得るが、その実質は、検察官による新たな審判対象の設定・画定に伴う反射効である〔II(1)参照)
これは、検察官に審判対象の設定権限のみならずその変更権限を付与し、公訴提起により起動された1回の刑事訴訟手続において、検察官が審判対象を構成し直し、別の「罪となるべき事実」を主張して訴追意思を実現する手段を付与したものである。この意味で、訴因変更は、当該刑事訴訟手続においては、もっぱら検察官の利益に資する有罪判決獲得のための制度である。
したがって、検察官自らによる不適法な訴因への変更(公訴の有効要件が欠如し実体判決ではなく免訴や公訴棄却の裁判に至ることが見込まれる訴因への変更)は、制度趣旨を逸脱し、原則として許されないと解すべきである(これを「訴因に関する適法性維持の原則」という)。例えば、公訴時効完成前の訴因を時効完成後の訴因に変更すること、告訴がない状態で非親告罪の訴因を親告罪の訴因に変更することを許可するのは疑問である。
* 訴因の「追加」とは、起訴状記載の訴因と一罪の関係にある訴因を付加する場合(例,窃盗の事実→住居侵入の事実を付加して住居侵入・窃盗の事実を主張),予備的・
択一的関係にある訴因を付加する場合(例,不同意性交の事実→不同意性交未遂の事実に不同意わいせつの事実を予備的に追加して主張)をいう。訴因の「撤回」とは、起訴状記載の訴因から一罪の関係にある一部の事実を除去する場合、起訴状に予備的または択一的に記載されていた訴因を除去する場合をいう。訴因の「変更」とは、起訴状記載の訴因を別の異なる罪となるべき事実の主張に変える場合(例,窃盗の事実→盗品有償譲受けの事実)をいう(以下これらを総称して「訴因の変更」という)。
**「公訴事実の同一性を害しない限度」であっても、訴因変更が許されないと解される場合があり得る。本文の「訴因に関する適法性維持の原則」に反する場合のほか、「時機に遅れた」訴訟上の信義則に反する権限濫用の場合が想定される〔後記2〕。
また、一般に実体法上の「罪数」による規制がある。1個の刑罰権(一罪)を実現するために作動する1個の刑事手続において、数罪の関係にある罪となるべき事実を取り扱うことは手続の安定を害し適切でないから(「一訴因一罪の原則」I(1)**),実体法上「別個に成立し両者は併合罪の関係にある」罪となるべき事実の間で訴因変更を行うことはできない。訴因変更に対するこのような罪数による規制は、旧法以来,講学上「公訴事実の単一性」の有無の問題として扱われてきた。最高裁判所は、従前、このような帰結を法312条1項にいう「公訴事実の同一性」の有無の解釈として説示していたが(最判昭和33・2・21刑集12巻2号288頁),近時、「公訴事実の単一性の有無」という術語を用いて確定判決の一事不再理の効力範囲を検討している(最判平成 15・10・7刑集57巻9号1002頁)。
(2)審判対象の設定権限を検察官に委ねる当事者追行主義のもとでも、その変更を許さず,訴因と重要部分において異なった事実が認定された場合には無罪とし、当初起訴された訴因とは異なった「罪となるべき事美」について別途起訴することを許す制度設計もあり得る。これに対して現行法は、検察官に訴因変更補関をも認めた。このような制度設計を採用すると、検常官が1回の前事訴訟手続において訴因を変更し訴追意思を実現可能である異なった「罪となるべき事実」についても、当該手続において審判可能であったことから、もはや別の刑事訴訟手続で新たに審判することは許されないことになるはずである。
こうして、確定判決の一事不再理の効力は、判決対象となった「罪となるべき事実」と「公訴事実の同一性」が認められる範囲に及ぶ。二重起訴が禁止される「事件」の範囲も同様である(1(4),第5編裁判第4章)。
この意味で、「公訴事実の同一性を害しない」と解される範囲が広ければ、前記のとおり、当該刑事手続においては検察官に利益であるが、別の刑事訴訟を起動できるかという局面では、被告人に利益となる。その範囲の画定について直接言及する明文規定はないので,このような両当事者の利益状況を総合勘案した上での規範的決定を要する。留意すべき規範的基準は、刑罰権実現の1回性すなわち二重処罰の回避である。これは、刑事訴訟手続が刑罰権の具体的実現を目的とした制度であることに由来する(法1条)。公訴事実すなわち審判対象の同一性について、これを超えた抽象的・観念的な議論をすることに意味はない。
(3) 検察官が訴因変更を行う場面は、次の2つの型に分かれる。
第一は、証拠調べ開始前に、起訴状の記載と異なる事実を意識的に主張・立証しようとする場合である。従前もこのような訴訟の早い段階における訴因変更はあったが、公判前整理手続において「争点及び証拠の整理」(法316条の13以下)が実施される事件については、被告人側の主張・防禦方針が第1回公判期日前に明示されることから(法316条の17),手点を予期・把握した検察官が、立証の難易等諸般の事情を勘案して起訴当時の方針を変え、証拠調べ手続に先立って当初の訴因を変更することがあり得よう。
第二は、証拠調べが進行した審理の過程ないし終盤近くに行われる訴因変更である。これには、裁判所の心証(証拠により証明されつつある事実)と訴因の記載との間のくい違いを自ら察知した検察官が、変更の必要性を認識して有罪判決獲得を目標に行う場合(例,当初の訴因を維持すれば無罪判決を受けるおそれがある場合)と、裁判所からの示唆(規則 208条に基づく訴因に関する水釈明による場合。法312条2項の訴因変更命令制度を背景とした訴因変更の示唆・勧告による場合)を契機として、裁判所の心証と訴因とのくい違いが検察官に伝達され、有罪判決獲得を目標に行われる場合がある。
訴訟の過程でこのような局面が生じる事由は様々であるが(公判前整理手続により主張・争点理が行われていたとしても、証拠調べの結果,検察官証明予定事実がそのまま立証できる保障はないから、第2の型の訴因変更の必要性が生じることは、依然として想定される),検察官に訴因変更権限を認める制度趣旨は、前記のとおり有罪判決獲得に資することにある。
訴因変更に伴い。被告人側には起訴状の記載とは異なる新たな審判対象すなわち防目標が告知されることになる(後記2)。これは抽象的な防の利益とも言い得るが、その実質は、検察官による新たな審判対象の設定・画定に伴う反射効である〔II(1)参照)