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探偵の知識

公判手続き|総説|公判手続の諸原則|迅速な裁判

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

(1) 刑事・民事を問わず、紛争・事案解決を目的とする訴訟の迅速性は欠くことのできぬ要請であり、訴訟の不合理な著しい遅延は、その本来的制度目的を阻害する。とりわけ刑事訴訟においては、刑事被告人は国家からの訴追に対【防活動を強いられ、事案によっては身体期間が長期化するほか、事実上も有形無形の社会的不利益を被る可能性があるので、刑事被告人の地位からの早期解放が要請される。それ故、憲法は、「迅速な・・・・・・裁判を受ける権利」を刑事被告人の基本権として保障している(憲法37条1項)。他方で、刑罰法令の適正・迅速な具体的適用・実現という法目的(法1条、規則1条)の観点からも、訴訟の遅延は、被告人や証人の記憶の減退・喪失,関係者の死亡,証拠の散逸等を来してその目的達成を害するおそれがあるから、迅速な刑罰権存否の確定が要請される。
もとより、刑事訴訟が迅速を欠いた状態かどうかを遅延の期間のみから一律・定量的に決することはできない。事案の性質、遅延の原因,被告人側の応訴態度等の事情、遅延により書される諸利益の内容・程度等諸般の事情を勘案して、個別的に判断せざるを得ない。
他方,迅速裁判の実現は、刑事被告人の迅速な無罪放免に直結するとは限らず、むしろ迅速な処罰に導くことも多いのが実情である。このため被告人の「権利」の側面には翳りが生じ,被告人・弁護人側からは迅速過ぎる裁判を批判し、迅速一辺倒ではなく審理の充実・徹底を求める要望が生じて、これと裁判所の訴訟促進要請とが衝突する事態もあり得る。しかし、訴訟の関係者が、自らも関与して策定された審理計画に従うこと、不当不合理とはいえない裁判所の訴訟進行に協力することは、訴訟制度の健全・円滑な作動にとって当然の前提というべきである。なお、「充実した公判の審理を続的、計画的かつ迅速に行う」ための公判前髪理手続においては、訴訟関係人は、「相互に協力するとともに、・・・・・裁判所に進んで協力しなければならない」(法316条の3第2頂)。また。訴訟関係人は、裁判所による公判の審理予定の策定に協力し(規則217条の2第2項),策定された審理予定の進行に協力しなければならない(規則217条の30第2項)。これらの法規は、当然の事理を明記したものといえよう。
なお、訴訟の迅速・円滑な進行に関係する期日指定については前記のとおりである〔I(2),(6)〕
(2) 法及び規則には、次のとおり、迅速な裁判を実現・保障するための様々な制度・措置が設けられている。①公訴提起後2か月以内に起訴状謄本が送達されないときの公訴の失効(法271条2項),②公判前整理手続(法316条の2以下。規則217条の2以下),③事前準備(規則178条の2以下),④期日間整理手統(法 316条の28,規則217条の29)、⑤公判期日の厳守を担保する規定(法277条、規則 182条・179条の4以下)、⑥継続審理の原則(法281条の6),⑦簡易公判手続(法291条の2),⑧即決裁判手続(法350条の16以下、規則222条の11以下),⑨検察官上訴と費用補償(法 188条の4),10検察官及び弁護人の訴訟遅延行為に対する処置(規則 303条)。
このような個別事件処理に際しての制度的担保とは別に,刑事司法制度全体の作動を支える人的・物的資源の適正配分や法曹三者の相互理解とこれに基づく緊密な協力体制の確立が、迅速かつ充実した刑事裁判の実現には不可欠というべきである。重大事犯について、裁判員制度の導入が契機となり、一般国民の負担過重を避けるために、公判の実審理期間が従前に比して著しく短縮化されたのはその一例である。また、2003(平成15)年には、「裁判の迅速化に関する法律」(平成15年法律107号)が制定・施行されている。同法は民事・刑事ともに、第1審の訴訟手続を2年以内のできるだけ短い期間内に終局させることを目標とし、また、最高裁判所が裁判の迅速化について検証し、その結果を公表するよう義務付けている。既に数次にわたり「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書」が公刊され、裁判の迅速化を巡る人的・物的態勢や社会的背景に関する分析が示されている。
(3)被告人の迅速な裁判を受ける基本権が侵害された状態が生じていると認められるとき、どのような救済措置をとるべきか。最高裁判所は、第1審の審理が中断して15年が経過していたいわゆる「高田事件」について、次のように説示して憲法規定を直接の根拠に手続を打ち切るべきであると説示している(最大判昭和47・12・20刑集26巻10号631頁)。
「憲法37条1項の保障する迅速な裁判をうける権利は、憲法の保障する基本的な人権の一つであり、右条項は、単に迅速な裁判を一般的に保障するために必要な立法上および司法行政上の措置をとるべきことを要請するにとどまらず。
さらに個々の刑事事件について、現実に右の保障に明らかに反し、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判をうける被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態が生じた場合には、これに対処すべき具体的規定がなくても、もはや当該被告人に対する手続の続行を許さず、その審理を打ち切るという非常救済手段がとられるべきことをも認めている趣旨の規定である」。
「審理を打ち切る方法については現行法上よるべき具体的な明文の規定はないのであるが、前記のような審理経過をたど[り、憲法 37条1項の迅速な裁判の保障条項に明らかに違反した異常な事態に立ち至っていた]本件においては、これ以上実体的審理を進めることは適当でないから、判決で免訴の言渡をするのが相当である」。
その後,迅速裁判の保障が問題とされた事案において手続打切りを認めた最高裁判例はない(最判昭和48・7・20刑集27巻7号1322頁,最判昭和50・8・6刑集29巻7号393頁,最決昭和53・9・4刑集32巻6号 1652頁、最判昭和55・2・7刑集34巻2号15頁、最判昭和58・5・27刑集37巻4号474頁等)。いずれも、審理の遅延が高田事件の事案のような「異常な事態」に立ち至っているとまではいえないとしている。もっとも、「異常な事態」とまではいえないが著しい遅延が認められ、希理手続のさらなる続行が被告人の被る有形無形の社会的不利益と防上の不利益を拡大し、実体審理・裁判をする利益を駕すると認められる場合には、迅速裁判保障条項の趣旨に反する手続の違法状態が生じたとして、公訴を棄却する(法338条4号)途もあり得よう。