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探偵の知識

公判手続き|公判手続の関与者|裁判所|訴訟指揮及び法廷諬察

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

公判手続の円滑・適正な進行を続するのは訴訟を主宰する裁判所の責務である。このために裁判所には訴訟指揮権と法廷察権が与えられている。
(1) 現行法は、訴訟の進行方法として当事者追行主義を採用し,事者に訴訟追行の主導権を付与しているが、両事者の活動が円滑・適正に行われるためには、これを公平・中立な立場から的確に制する裁判所の活動が不可である。これを裁判所の「訴訟指揮権」という。訴訟の指揮は、裁判所の職務権限の発動という形式を採るが、これを直ちに職権審理主義の発現と見ることは誤りである。むしろ、両当事者が訴訟目的達成のため十全に活動するための基盤を確保するという意味で、何ら当事者追行主義訴訟と矛盾するものではない。
また。このような目的達成に資するため臨機応変の活動を要するから、裁判所の訴訟指揮は、法規の明文または当事者追行主義という訴訟の「基本的構造」に反しない限り、特段の明文の根拠規定がなくとも、訴訟の具体的状況に応じた合目的的措置をとることができると解すべきである(訴訟指揮権に基づく証拠開示命令が可能であることを説示した最決昭和44・4・25集23巻4号248頁参照)。
(2)訴訟指揮権は,本来。訴訟を主宰・進行させる「裁判所」に属する権限であるから、重要な事項、例えば、証拠調べの範囲等の決定・変更(法297条)、弁論の分離・併合・再開(法313条)。公判手続の停止(法314条・312条7項)、新因変更の許可または訴因変更命令(法312条1項・2項)。公開法廷における被害者特定事項の秘匿決定(法290条の2)。証人等特定事項の秘密決定(法280条の3)等の権限は、明文で裁判所の権限とされている。
その余の多様な訴訟指揮については、性質上臨機迅速性を要するため、法はこれを包括的に「裁判長」に委ね、「公判期日における訴訟の指揮は、裁判長がこれを行う」と定めている(法294条)。この場合も裁判長は合議体の権限を代行しているのであるから、権限行使に当たり合議体構成員と見解を異にした場合は、合議により裁判所としての意思を決してこれに従わなければならない。
(3) 法規に明文のある訴訟指揮のうち、典型の第一は、訴訟関係人の尋問・陳述に対するものである。裁判長は、訴訟関係人のする尋問または陳述が既にした尋問または陳述と重複するとき、または事件に関係のない事項にわたるとき、その他相当でないときは、訴訟関係人の本質的な権利を書しない限り、これを制限することができる。訴訟関係人の被告人に対する供述を求める行為についても同様である(法 295条1項)。
訴訟関係人の本質的な権利とは、検察官については有罪立証に向けた訴訟追行上の利益であり、被告人側については、防禦上の利益とくにそれに必要不可
穴な権利(例、証人審問権等)を意味する。事案の具体的状況により、それらの権利行使が本来的目的を逸脱し、訴訟遅延目的等に濫用されている場合、これを制限できるのは当然である。
事件に関係のない事項とは、事件の審理について、実体法上も訴訟手続上も重要な意味を有しない(関連性のない)事項にわたるものをいう。関連性のない事項の尋問・無意味な主張の陳述は、時間の空費であると共に、心証形成を混乱させ不当な影響を与えるおそれもあるので、制限される。なお。反対尋問では、ときに一見関連性がないようにみえて、実は証人の用性弾劾にとって重要な事項を尋問している場合もあり得るので、判断は慎重を要する。もっとも、従前、事件との関係が不明な尋問が延々と続けられ、裁判所もこれを制不能といった不健全な公判の実例が認められた。連日的開延による集中審理、とくに裁判員裁判における審理において、手点に集中した分かりやすい尋問の必要性が求められたことから、2005(平成17)年規則10号により、証人尋問に際して訴訟関係人は、その関連性を明らかにしなければならない義務が明記されている(規則199条の14)。このような裁判長による尋問・陳述の制限に従わなかった場合、裁判所は、検察官については当該察官を指報監督する権限を有する者に、弁慶士については、当該弁護士の所属する弁護士会等に通知し、適当な処置をとるべきことを請求することができる(法295条5項・6項)。この処置請求は、訴訟指揮権の実効性担保措置の一環として 2004(平成16)年法律62号により設けられたもので、前記出頭在延命令等に違反した場合(法278条の3)と同趣旨であるが(第11(6).週料の制裁はなく、処置請求は任意的である。
典型の第二は、裁判長が、必要と認めるとき、訴訟関係人に対し、釈明を来め、または立証を促すことができる権限である(規則 208条1項)。階席裁判官も.裁判長に告げてこの措置をすることができる(規則208条2項)。釈明とは、当事者が自らの訴訟活動について、その不備を補い。またはその意味・趣旨をより一層明確にすることをいう。このような裁判官による求釈明や立証を促す行為は、訴訟指揮権の発現形態と位置付けることができる。
事者は、訴訟指揮に関する裁判長の処分に対しては、法令の違反があることを理由とする場合に限り、裁判所に異議を申し立てることができる(法 309条2項・3項,規則 205条2項)。
(4)「法廷察権」とは、法廷における秩序を維持するための裁判所の権限をいう。裁判所法及び法廷等の秩序維持に関する法律がこれを規定し、また刑訴法にも一部定めがある(法 288条2項後段等)。訴訟指揮権と異なるのは、権限行使の目的が具体的事件の審理内容と無関係である点、その作用が訴訟関係人に限らず,傍聴人を含め在延者全員に及ぶ点である。
法延察権は、裁判長または開延をした1人の裁判官が行使する(裁判所法71条1項)。訴訟指揮権と同様、法廷察権も、本来「裁判所」の権限であるが、その性質上臨機応変の処置が要請されることから、裁判長の権限とされている(法 288条2項後段)。事項によっては、裁判所の権限として定められている場合もある(例、公判廷における写真撮影等の許可[規則215条]。法廷等の秩序維持に関する法律に基づく制裁[同法2条1項])。
権限行使の実効性確保のため、法廷察権の行使を補助する機関として、法延備員。法廷替備に従事すべきことを命ぜられた裁判所職員(法廷等の税庁維持等にあたる裁判所職員に関する規則1条)、及び管察官がある。警察官は、裁判長等が、法廷の秩序維持のため必要があると認めるときにその要請を受けて派出され、裁判長等の指揮監督を受け、裁判長等の命ずる事項またはとった処置の執行にあたる(裁判所法71条の2)。
法廷察権の及ぶ時間的・場所的範囲については、開廷中の法廷が主たる範囲となるが、その目的から開延中の法廷内には限定されず、それに接着する前後の時間帯及び近接する場所等、裁判所が秩序を攪乱する妨害行為を直接日撃または知できる場所に及ぶ(最判昭和31・7・17刑集10番7号1127頁)。例え
ば、開廷前に糖人等が入延したときの法廷。裁判官が合議室で合議中の法廷一時休中の法廷。閉延後に関係者が退廷するまでの法廷。法廷に近接する廊下・窓外・出入口等にも法廷察権は及ぶ。なお、開廷中の法廷内を除く裁判所構内には、裁判所の庁舎管理権が作用するので、法廷外の場所で妨害行為に及ぶ者に対しては、庁舎管理権者は、その者に対して庁外退去を命ずる等の措置をとることができる。例えば、法廷察権により退延命令を受けた不心得者が法廷外の裁判所構内でも騒ぎ続けるときは、庁舎管理権の作用により庁外退去を命ぜられる次第となる。
法廷察権の作用としては、妨害予防,妨害排除、及び制裁がある。
妨害予防作用としては、傍聴人に対する種々の規制(裁判所聴規則1条)、裁判長等による察官の派出要請(裁判所法71条の2),公判廷における写真撮影・録音・放送についての裁判所の許可(規則 215条)がある。写真・ビデオ撮影については、報道機関の取材について、開延前の若干の時間に限り、被告人や裁判員不在廷の状態で法廷内の撮影を許可する扱いが行われている。法廷内の録音や放送が許可された例はない。取材・報道・表現の自由(憲法21条)との関係においても、不合理な制約とは解されていない。傍聴人のメモについて、判例は、特段の事情がない限り、メモをとることは、その見聞する裁判を認識、記憶するためになされるものである限り、尊重に値し、故なく妨げられてはならないと説示している(最大判平成元・3・8民集43巻2号89頁)。
妨害排除作用として、裁判長等は、法廷における裁判所の職務の執行を妨げ、または不当な行状をする者に対し、退を命じ、その他法廷における秩序を維持するのに必要な事項を命じ、または処置をとることができる(殺判所法7条2項、法288条2項後段)。例示された退延命令のほか、人延命令、入延禁止命令、発言禁止命令。在建命令等があり得る。これらの法廷察権による処分は、「裁判長の処分」に当たり、異議の申立てが可能と解される(法309条2項)。
制裁作用については、「法廷等の秩序維持に関する法律」に定められている。
法廷察権による命令に違反して裁判所または裁判官の職務の執行を妨げた者は、審判妨害罪で処罰し得るが(裁判所法 73条)、不当行状を現認した裁判所が、刑事手続を経ず期光で制を料し得るとするのが、この出律である。アングロ=アメリカ法圏の法廷侮辱の制裁を参考に設けられた。同法により、秩序維持のため裁判所が命じた事項を行わずもしくはとった措置に従わず、または暴言、暴行、喧噪その他不隠当な言動で数判所の職務の執行を書し、もしくは裁判の威信を考しく書する行為があったときは、裁判所は、その場で直ちに行為者の拘束を命ずることができ(法延税庁法3条2項)、20日以下の監置もしくは3万円以下の過料または両者を併科することができる(同法2条)。
なお、裁判所が法廷外の場所で職務を行う場合(例.裁判所外の証人尋間。検証)において、裁判長または1人の裁判官は、その場所における秩序を維持するため、その職務の執行を妨げる者に対し、退去を命じ,その他必要な事項を命じ,または処置をとることができる(裁判所法72条)。法廷の秩序維持と同趣旨である。