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探偵の知識

公判手続き|公判手続の関与者|被告人|勾留に関する処分の権限の所在

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

(1)「勾留に関する処分」、すなわち、勾留、勾留期間の更新、勾留の取消し、勾留の理由開示,保釈,勾留の執行停止、保釈または勾留の執行停止の取消しなどの権限は、原則として、当該被告人の被告事件を審判すべき受訴裁判所にある。その例外は、次のとおりである。
(2) 公訴提起後、第1回公判期日までは、勾留に関する処分は、公訴の提起を受けた裁判所の「裁判官」が行う。ただし、裁判官が勾留に関する処分をするため公訴事実に関する証拠に一方的に接することになるので、予断防止のため、事件の審判に関与すべき裁判官は、原則として、勾留に関する処分をすることができない(法280条1項、規則187条1項・2項)。予断防止の趣意であるから、「第1回の公判期日」(法280条1項)とは、受訴裁判所が被告事件の実質的な審理を開始した公判期日を意味すると解さなければならない。遅くとも。
蔵告人及び弁護人が被告事件に関する願(認否)を行えば、これに該当すと解される。故に、冒頭手続において人定質問だけが済んだ段階や、起訴状期読だけが済んだ段階では、いまだ勾留に関する処分の権限は受訴裁判所には移っていないことになる。
勾留に関する処分を行う「裁判官」は、その処分に関し、裁判所または裁判長と同一の権限を有する(法280条3項、規則 302条)。裁判官は、勾留に関する処分をするについては、検察官。被告人または弁護人の出頭を命じてその陳述を聴くことができる。また、必要があるときは、これらの者に対し、書類その他の物の提出を命ずることができる。ただし。被告事件の審判に関与すべき裁判官は、事件につき予断を生ぜしめるおそれのある書類その他の物の提出を命ずることができない(規則 187条4項)。
(3) 上訴の提起期間内の事件で、いまだ上訴の提起がないものについては、事件はいまだ原裁判所に係属しているから、勾留の期間を更新し、勾留を取り消し、または保釈もしくは勾留の執行停止をし、もしくはこれらを取り消す場合には、原裁判所が、その決定をしなければならない(法97条1項、規則92条
1項)。
上訴があると、事件の係属は、原裁判所から上訴裁判所に移る(「移審の効カ」と称する)ので、本来的には移審と同時に勾留に関する処分の権限も上訴裁判所に移るはずである。しかし,原裁判所から上訴裁判所に訴訟記録が到達する前には、事実上その処分をすることは困難であるし、速な対応ができないと被告人の利益に反するおそれもあり得るから、とくに、上訴中の事件で訴訟記録が上訴裁判所に到達していないものについては、上訴提起前の場合と同様,原裁判所が、前記処分の決定を行うべきものとされている(法97条2項
規則 92条2項)。これらの扱いは、勾留の理由開示にも準用される(法97条3項、規則92条3項)。なお、勾留に関して二重の処分がされるのを防ぐため、上訴裁判所は、被告人が勾留されている事件について訴訟記録を受け取ったときは、直ちにその旨を原裁判所に通知しなければならない(規則92条項)。
以上のような仕組みのもとで、上所提起後、赤松記録がいまだ上原製神所に到達していない場合に被告人を勾留するのは、上訴裁判所か、それとも原栽料所かという点については、明文規定が存在しない。前記法97条には、いずれも既に勾留がなされていることを前提とした判断事項だけが規定されている。もし、上訴裁判所のみが勾留できると解すると、上訴裁判所としては、訴訟記録が到達するまでは、勾留の要件や必要性の存否を知る方法がないため、勾留の手続をすることが事実上不可能となり、本来急速を要する処分である勾留について、不合理・不都合な事態が生じ得るであろう。そのような事態が生じないようにするためには、上訴提起後であっても、訴訟記録がいまだ上訴裁判所に到達しない間は、原裁判所が勾留の権限を有すると解すべきである。前記のとおり法 97条が勾留自体について規定していないのは、あえて原裁判所の勾留権限を否定する趣旨ではなく、むしろ、判決後に通常あり得るすでに勾留がなされている場合を前提にした事項だけを定めたものと理解できよう。判例はこのような解釈を採用している(最決昭和41・10・19 刑集20巻8号864頁)。