公判手続き|公判手続の関与者|弁護人|弁護人の選任
2025年11月19日
『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8
(1) 弁護人は、被告人自らまたは被告人以外の法定された選任権者が選任する場合と、裁判所または裁判長が被告人のために選任する場合とがある。前者を私選弁護人,後者を国選弁護人と称するが、両者はその選任権者を異にする以外、弁護人としての前記の権能に違いはない。
(2)法は、「私選弁護」について,被告人または被疑者は、何時でも弁護人を選任することができると定め(法 30条1項),さらに弁護士会に対して、弁護人の選任の申出をすることができ、これを受けた弁護士会は、速やかに、所属する弁護士の中から弁護人となろうとする者を紹介しなければならないとしている(法31条の2)。また,被告人または被疑者の法定代理人,保佐人,配者、直系親族及び兄弟姉妹は、独立して弁護人を選任することができる(法30条2項)。「独立して」とは、被告人本人の意思に反しても選任権を行使できるという意味である。
選任の方式について、公訴提起前については、方式の定めはないが、弁護人と連署した選任書を当該被疑事件を取り扱う検察官または司法察員に差し出した場合には、第1審においてもその効力を有する(法32条1項、規則17条)。
公訴提起後における弁護人の選任は、選任関係を明確にする趣旨で様式行為とされ、選任者と弁護人とが連署した選任書を差し出して行わなければならない規則18条)。被告人の署名がない選任書は、留置番号や指印で被告人が特定されていても無効とする判例があるが(最決昭和44・6・11刑集23巻7号941頁)。
氏名を明示しない合理的理由が認められ、被告人の同一性が署名以外の方法によりそれと同等に画定記載されていると認められる場合には,連署という様式
行為の趣旨に反しないから、有効とみるべきであろう。
被告人の弁護人の数は、原則として制限がないが、特別の事情のある場合は、これを3人までに制限することができる(法35条。規則26条)。被告人に数人の弁護人がある場合,被告人側の主張・陳述等を統一的に行使し、訴訟を円滑に進行するのに資するため、そのうちの1人を主任弁護人に定めなければならない(法 33条、規則 19条~22条)。主任弁護人に事故がある場合は、裁判長は他の弁護人のうち1人を副主任弁護人に指定することができる(規則23条)。
主任弁護人または副主任弁護人は、弁護人に対する通知または書類の送達については、他の弁護人を代表する(規則25条1項)。また、他の弁護人は、最終陳述等の場合を除き、裁判長または裁判官の許可及び主任弁護人または副主任
弁護人の同意がなければ、申立て、請求、質問,尋問または陳述をすることができない(規則 25条2項)。
(3) 私選弁護は、もっぱら被告人等選任権者の意思に基づくものであり、選任権者が選任の意思を有しない場合や、意思があっても貧困等の事情により選任する能力がない場合は、弁護人がないという場合も生じ得る。しかし、前記のとおり弁護人の存在は、刑事訴訟の健全・的確な作動過程にとって極めて重要な意味を有するので、法は、被告人・被疑者について、一定の事情があるときは、裁判所もしくは裁判長または裁判官が弁護人を付することとしている。
これを「国選弁護」という。
国選弁護人は、弁護士の中から選任しなければならない(法 38条1項規則29条1項)。複数の被告人または被疑者の利害が互いに反しないときは、同一の弁護人に数人の被疑者・被告人の弁護をさせてもよい(規則 29条5項)。国選弁護人は、日本司法支援センターの国選弁護人候補者の指名通知に基づき、国選弁護人契約弁護士の中から選任されるが、この場合。国選弁護人の報酬及び費用は、日本司法支援センターから支給される(総合法支援法39条1項)。
この費用は訴訟費用となるので(同法39条2項),刑の言渡しを受けた場合は、被告人の負担とされることがある(法181条1項)。なお、被疑者に国選弁護人が付され、当該事件について公訴の提起がなされなかった場合において、被疑者の責めに帰すべき事由があるときは、国選弁護人に係る費用は、被疑者の負担とされることがある(法 181条4項)。
国選弁護人の数は、原則として1人の被告人または被疑者に対して1人の国選弁護人を付することが想定されているが、被告人の場合。裁判長が、事業の性質等諸般の事情を勘案して、その訴訟指揮権の行使として1人の被告人に対して複数の国選弁護人を選任することはあり得る。被疑者の場合は、死刑または無期拘禁に当たる事件について、特に必要があると認めるときは、裁判官の職権により、1人の被疑者に対して合計2人までの国選弁護人を選任することができる(法 37条の5)。
前記のとおり、被疑者に対する国選弁護制度については、2004(平成16)年の法改正により、2006(平成18)年10月から初めて施行が開始され、順次その対象事件の範囲を拡張しているが〔第1編捜査手続第9章皿2),その際に、従前から法定されていた被告人に対する国選弁護制度についても、その選任要件及び選任手続が補訂・整備された。以下では、主として被告人の国選弁護について、選任要件と手続を説明する。
(a) 被告人が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないとき
(法36条)憲法上の刑事被告人に対する国選弁護制度の要請(憲法 37条3項
後段)を受けて、法は、被告人に弁護人選任の意思はあってもその資力がない等の場合に、裁判所は、被告人の請求により、被告人のため弁護人を付しなければならないと定める(「請求による選任」法36条本文)。ただし,後記必要的弁護の場合を除き、被告人が国選弁護人の選任請求をするには資力申告書を提出しなければならない。資力申告書とは、その者に属する現金、預金その他政令で定めるこれらに準ずる資産の合計額(資力)及びその内訳を申告する書面をいう(注36条の2)。そして、資力が基準額(標準的な必要生計費を勘案して一般に弁護人の報酬及び費用を賄うに足りる金額として政令で定める額。平成18年政令287号により50万円と定められている)以上である被告人が国選弁護人の選任請求をするには、あらかじめ、その請求をする裁判所の所在地を管轄する地方裁判所の管轄区域内にある弁護士会に、前記の私選弁護人選任の申出(法31条の2第1項)をしなければならない(法36条の3第1項)。この申出を受けた弁護士会は、速やかに、所属する弁護士の中から弁護人となろうとする者を紹介しなければならず(法31条の2第2項)、弁護人となろうとする者がないとき、または紹介した弁護士が被告人のした弁護人の選任申込みを拒んだときは、被告人にその旨を通知する(法31条の2第3項)。そして、この場合には、裁判所の国選弁護人選任要件の審査に資するため、裁判所に対しても、被告人に前記通知をした旨を通知しなければならない(注36条の3第2項。裁判所は、前記資力中
告書の記載内容や前記通知内容等に基づき、「貧困その他の事由により弁護人を選任することができないとき」に該当すると判断したときは、国選弁護人を選任する(法 36条)。「その他の事由」とは、弁護士会に所属する弁護士の中に弁護人となろうとする者がない場合や、紹介された弁護士が被告人の弁護人選任申込みを拒絶した場合等をいう。
このような選任請求の仕組みは、、一定額の資力があり自ら弁護人を選任できる者は、国費を投入する国選弁護ではなく私選弁護人を選任すべきであるという趣意を、私選弁護人選任申出の前置という法形式で明示したものである。
(b)被告人が、未成年者、70歳以上の者,耳の聞こえない者または口のきけない者のいずれかであるとき、心神喪失者または心神耗弱者である疑いがあるとき、その他必要と認めるとき(法 37条)このいずれかの場合に、被告人に弁護人がないときは、裁判所は職権で弁護人を付することができる(「職権による選任」法 37条)。ここに列記された被告人は、いずれも類型的に訴訟の主体として的確な活動ができないおそれがあり、また自らの意思に基づいて弁護人の要否を判断することが困難であるから、本人の意思に係わらず、裁判所が後見的に弁護人を付すことができるようにする趣意である。なお、この場合に、被告人に既に弁護人があっても、その弁護人が出頭しないときは、裁判所は、職権で弁護人を付することができる(法 290条)。
(c)死刑または無期もしくは長期3年を超える拘禁刑に当たる事件を審理する場合(「必要的弁護事件」法 289条)この場合、弁護人がなければ開延することはできない(法289条1項)。このため、このような事件の審理に際して、弁護人がないとき、または、弁護人が出頭しないときもしくは在廷しなくなったときは、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならない(法289条2項)。また、期日の空転をできるだけ避ける趣旨で、必要的弁護事件において弁護人が「出頭しないおそれ」があるときも、裁判所は、職権で弁護人を付することができる(法 289条3項)。
このように法定刑の重い一定の事件が必要的弁護事件とされている趣旨は、被告人の訴訟上の権利利益の十分な確保と公判審理自体の公正担保である。これは、被告人の弁護人を依頼する意思とは無関係に弁護人を要するとする制度であるから、憲法の弁護人依頼権に由来するものではない。
なお、弁護人の在廷が必要な「審理」とは事件の美体に関する審理の場面と解されるので、これに当たらない手続段階、例えば、人定質問のみをする場合(最決昭和30・3・17集9巻3号500)や,判決のみをする場合(最判昭和30・1・11刑集9巻1号8頁)には、弁護人の在廷は必要でない。
必要的弁護制度を悪用する被告人への対処として、裁判所が公判期日への弁護人出頭確保のための方策を尽くしたにもかかわらず、被告人が、弁護人の公判期日への出頭を妨げるなど、弁護人が在廷しての公判審理ができない事態を生じさせ、かつ、その状態を解消することが極めて困難な場合には、当該公判期日については、法289条1項の適用がないとするのが判例である(最決平成7・3・27集49巻3号525頁)。被告人の帰事由により弁護人の在廷が不可能となるような不当な事態はもはや法の想定しないところであるから、必要的弁護の規定の適用自体を排除したのである。
(d) 公判前整理手続または期日間整理手続を行う場合(法316条の4・316条の7・316条の8・316条の28第2項)争点及び証拠の整理を行う後記の公判前整理手続または期日間整理手続は、法律家である弁護人の活動を前提に組み立てられているので、弁護人がなければ手続を行うことができず、弁護人がないときは、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならない(法316条の4・316条の28第2項)。また、公判前整理手続期日または期日間整理手続期日に弁護人が出頭しないときなどには、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならす(法316条の8第1項・316条の28第2項),弁護人が出頭しないおそれがあるときには、裁判所は、職権で弁護人を付することができる(法316条の8第2項・316条の28第2項)。
(e) 公判前整理手続または期日間整理手続に付された事件を審理する場合法316条の29)
第2章 公判手続の関与者これらの手続に付された事件については、その後の公判手続においても弁護人が必要的であり、前記必要的弁護事件の場合と同様に、弁渡人がなければ開をすることはできない(送316本の20)。このため、非護人がないとき、または出頭しないときなどには、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならず(法 289条2項)、また、弁護人が出頭しないおそれがあるときには、裁判所は、職権で弁護人を付することができる(法289条3項)。
(1)即決裁判手続に係る公判期日を開く場合(法350条の18・350条の23)(第5章I)被告人の手続上の権利を十分に確保するため、即決裁判手続の申立てがあった事件について、裁判所が即決裁判手続決定をするかどうかを判断するための手続を行う公判期日及び即決裁判手続による審理及び裁判を行う公判期日を開く場合には、弁護人が必要的であり、弁護人がなければ、それらの公判期日を開くことはできない(法 350条の23)。このため、即決裁判手続の申立てがあった場合において、被告人に弁護人がないときは、裁判長は、できる限り速やかに、職権で弁護人を付さなければならない(法350条の18)。
*検察官から即決裁判手続の申立てをすることについて同意するか否かの確認を求められた被疑者が、その同意の有無を明らかにしようとする場合において、被疑者が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは、裁判官は、その請求により、被疑者のため国選弁護人を付さなければならない(法350条の17第1項)。選任主体となる裁判官は、被疑者に対して即決裁判手続によることにつき確認を求めた検察官が所属する検察庁の所在地を管轄する地方裁判所もしくは簡易裁判所の裁判官またはその地方裁判所の所在地(支部の所在地を含む)に在る簡易裁判所の裁判官である(規則 222条の12)。この場合の被疑者の国選弁護人選任請求についても、法37条の3の規定が準用され(法 350条の17第2項)。資力申告書の提出や弁護士会に対する私選弁護人の選任申出の前置等の手続を要する。
(4) 弁護人の選任は、特定の事件について行われる訴訟行為なので、選任の効力が及ぶのは原則として当該事件に限られる。この一般原則を前提として、規則は、被告人の防禦上の便宜等を勘案して、被告人または弁護人がとくに限定しない限り、1つの事件についてなされた弁護人選任の効力は、その後追起訴され、これと併合された事件についても及ぶとしている(規則18条の2)。これは、私選弁護についての規定であり、従前。明文のなかった国選弁護人については、 2004(平成16)年改正の際に規定が整備され、事件単位での選任が原則であることを前提に、裁判所が異なる決定をしたときを除き、国選弁護人の選任は、弁論が併合された事件についてもその効力を有するとの明文が設けられた(法318条の2)。これに対して、被疑者に対する弁護人選任の効力は原則どおり被疑事実単位であり、被疑者に付された国選弁護人が、新たに身体拘束された被疑事実についても国選弁護人となるには、当該被疑事実について新た
に選任命令を得ることを要する。
法は、公訴の提起後における弁護人の選任は審級ごとにしなければならないと定めている(「審級代理の原則」法32条2項)。これは、国選であると私選であるとを問わない。「審級」が終了すれば弁護人選任の効力は終了する。いつ級が終了するか、すなわち。いつ選任の効力が失われるかについて、判例は、弁護人選任の効力は判決宜告によって失われるものではないとの判断を示している(最決平成4・12・14集46巻9号675頁)。もし,終局裁判の言い渡しと同時に弁護人選任の効力が終了するとすれば、上訴申立てまで弁護人のいない空白期間が生じて被告人に不利益であるから、上訴期間の満了または上訴の申立てにより移審の効果が生じるまでは、原審の弁護人選任の効力が継続していると解するのが相当であろう。
(5) 国選弁護人の「解任」について、弁護人の辞任の申出や被告人の請求によってではなく、裁判所が辞任の申出につき正当な理由があると認めて解任しない限り、その地位を失うものではないとするのが判例であった(最判昭和54・7・24刑集33巻5号416頁参照)。この点については、2004(平成16)年改正の際に、国選弁護人の選任の法的性質は裁判であるとの理解を前提とし、その解任事由が法定列記された。すなわち、①私選弁護人が選任されたこと等により国選弁護人を付する必要がなくなったとき、②被告人と弁護人との利益が湘反する状況にあり弁護人にその職務を継続させることが相当でないとき、③心身の故障その他の事由により、弁護人が職務を行うことができず、または職務を行うことが困難となったとき、④弁護人がその任務に著しく反したことによりその職務を継続させることが相当でないとき、⑤弁護人に対する累行、脅迫その他の被告人の責めに帰すべき事由により弁護人にその職務を続させることが相当でないときである。これらのいずれかに該当するときは、裁判所は、あらかじめ弁護人の意見をき、当該国選弁護人を解任することができる(法
(2)法は、「私選弁護」について,被告人または被疑者は、何時でも弁護人を選任することができると定め(法 30条1項),さらに弁護士会に対して、弁護人の選任の申出をすることができ、これを受けた弁護士会は、速やかに、所属する弁護士の中から弁護人となろうとする者を紹介しなければならないとしている(法31条の2)。また,被告人または被疑者の法定代理人,保佐人,配者、直系親族及び兄弟姉妹は、独立して弁護人を選任することができる(法30条2項)。「独立して」とは、被告人本人の意思に反しても選任権を行使できるという意味である。
選任の方式について、公訴提起前については、方式の定めはないが、弁護人と連署した選任書を当該被疑事件を取り扱う検察官または司法察員に差し出した場合には、第1審においてもその効力を有する(法32条1項、規則17条)。
公訴提起後における弁護人の選任は、選任関係を明確にする趣旨で様式行為とされ、選任者と弁護人とが連署した選任書を差し出して行わなければならない規則18条)。被告人の署名がない選任書は、留置番号や指印で被告人が特定されていても無効とする判例があるが(最決昭和44・6・11刑集23巻7号941頁)。
氏名を明示しない合理的理由が認められ、被告人の同一性が署名以外の方法によりそれと同等に画定記載されていると認められる場合には,連署という様式
行為の趣旨に反しないから、有効とみるべきであろう。
被告人の弁護人の数は、原則として制限がないが、特別の事情のある場合は、これを3人までに制限することができる(法35条。規則26条)。被告人に数人の弁護人がある場合,被告人側の主張・陳述等を統一的に行使し、訴訟を円滑に進行するのに資するため、そのうちの1人を主任弁護人に定めなければならない(法 33条、規則 19条~22条)。主任弁護人に事故がある場合は、裁判長は他の弁護人のうち1人を副主任弁護人に指定することができる(規則23条)。
主任弁護人または副主任弁護人は、弁護人に対する通知または書類の送達については、他の弁護人を代表する(規則25条1項)。また、他の弁護人は、最終陳述等の場合を除き、裁判長または裁判官の許可及び主任弁護人または副主任
弁護人の同意がなければ、申立て、請求、質問,尋問または陳述をすることができない(規則 25条2項)。
(3) 私選弁護は、もっぱら被告人等選任権者の意思に基づくものであり、選任権者が選任の意思を有しない場合や、意思があっても貧困等の事情により選任する能力がない場合は、弁護人がないという場合も生じ得る。しかし、前記のとおり弁護人の存在は、刑事訴訟の健全・的確な作動過程にとって極めて重要な意味を有するので、法は、被告人・被疑者について、一定の事情があるときは、裁判所もしくは裁判長または裁判官が弁護人を付することとしている。
これを「国選弁護」という。
国選弁護人は、弁護士の中から選任しなければならない(法 38条1項規則29条1項)。複数の被告人または被疑者の利害が互いに反しないときは、同一の弁護人に数人の被疑者・被告人の弁護をさせてもよい(規則 29条5項)。国選弁護人は、日本司法支援センターの国選弁護人候補者の指名通知に基づき、国選弁護人契約弁護士の中から選任されるが、この場合。国選弁護人の報酬及び費用は、日本司法支援センターから支給される(総合法支援法39条1項)。
この費用は訴訟費用となるので(同法39条2項),刑の言渡しを受けた場合は、被告人の負担とされることがある(法181条1項)。なお、被疑者に国選弁護人が付され、当該事件について公訴の提起がなされなかった場合において、被疑者の責めに帰すべき事由があるときは、国選弁護人に係る費用は、被疑者の負担とされることがある(法 181条4項)。
国選弁護人の数は、原則として1人の被告人または被疑者に対して1人の国選弁護人を付することが想定されているが、被告人の場合。裁判長が、事業の性質等諸般の事情を勘案して、その訴訟指揮権の行使として1人の被告人に対して複数の国選弁護人を選任することはあり得る。被疑者の場合は、死刑または無期拘禁に当たる事件について、特に必要があると認めるときは、裁判官の職権により、1人の被疑者に対して合計2人までの国選弁護人を選任することができる(法 37条の5)。
前記のとおり、被疑者に対する国選弁護制度については、2004(平成16)年の法改正により、2006(平成18)年10月から初めて施行が開始され、順次その対象事件の範囲を拡張しているが〔第1編捜査手続第9章皿2),その際に、従前から法定されていた被告人に対する国選弁護制度についても、その選任要件及び選任手続が補訂・整備された。以下では、主として被告人の国選弁護について、選任要件と手続を説明する。
(a) 被告人が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないとき
(法36条)憲法上の刑事被告人に対する国選弁護制度の要請(憲法 37条3項
後段)を受けて、法は、被告人に弁護人選任の意思はあってもその資力がない等の場合に、裁判所は、被告人の請求により、被告人のため弁護人を付しなければならないと定める(「請求による選任」法36条本文)。ただし,後記必要的弁護の場合を除き、被告人が国選弁護人の選任請求をするには資力申告書を提出しなければならない。資力申告書とは、その者に属する現金、預金その他政令で定めるこれらに準ずる資産の合計額(資力)及びその内訳を申告する書面をいう(注36条の2)。そして、資力が基準額(標準的な必要生計費を勘案して一般に弁護人の報酬及び費用を賄うに足りる金額として政令で定める額。平成18年政令287号により50万円と定められている)以上である被告人が国選弁護人の選任請求をするには、あらかじめ、その請求をする裁判所の所在地を管轄する地方裁判所の管轄区域内にある弁護士会に、前記の私選弁護人選任の申出(法31条の2第1項)をしなければならない(法36条の3第1項)。この申出を受けた弁護士会は、速やかに、所属する弁護士の中から弁護人となろうとする者を紹介しなければならず(法31条の2第2項)、弁護人となろうとする者がないとき、または紹介した弁護士が被告人のした弁護人の選任申込みを拒んだときは、被告人にその旨を通知する(法31条の2第3項)。そして、この場合には、裁判所の国選弁護人選任要件の審査に資するため、裁判所に対しても、被告人に前記通知をした旨を通知しなければならない(注36条の3第2項。裁判所は、前記資力中
告書の記載内容や前記通知内容等に基づき、「貧困その他の事由により弁護人を選任することができないとき」に該当すると判断したときは、国選弁護人を選任する(法 36条)。「その他の事由」とは、弁護士会に所属する弁護士の中に弁護人となろうとする者がない場合や、紹介された弁護士が被告人の弁護人選任申込みを拒絶した場合等をいう。
このような選任請求の仕組みは、、一定額の資力があり自ら弁護人を選任できる者は、国費を投入する国選弁護ではなく私選弁護人を選任すべきであるという趣意を、私選弁護人選任申出の前置という法形式で明示したものである。
(b)被告人が、未成年者、70歳以上の者,耳の聞こえない者または口のきけない者のいずれかであるとき、心神喪失者または心神耗弱者である疑いがあるとき、その他必要と認めるとき(法 37条)このいずれかの場合に、被告人に弁護人がないときは、裁判所は職権で弁護人を付することができる(「職権による選任」法 37条)。ここに列記された被告人は、いずれも類型的に訴訟の主体として的確な活動ができないおそれがあり、また自らの意思に基づいて弁護人の要否を判断することが困難であるから、本人の意思に係わらず、裁判所が後見的に弁護人を付すことができるようにする趣意である。なお、この場合に、被告人に既に弁護人があっても、その弁護人が出頭しないときは、裁判所は、職権で弁護人を付することができる(法 290条)。
(c)死刑または無期もしくは長期3年を超える拘禁刑に当たる事件を審理する場合(「必要的弁護事件」法 289条)この場合、弁護人がなければ開延することはできない(法289条1項)。このため、このような事件の審理に際して、弁護人がないとき、または、弁護人が出頭しないときもしくは在廷しなくなったときは、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならない(法289条2項)。また、期日の空転をできるだけ避ける趣旨で、必要的弁護事件において弁護人が「出頭しないおそれ」があるときも、裁判所は、職権で弁護人を付することができる(法 289条3項)。
このように法定刑の重い一定の事件が必要的弁護事件とされている趣旨は、被告人の訴訟上の権利利益の十分な確保と公判審理自体の公正担保である。これは、被告人の弁護人を依頼する意思とは無関係に弁護人を要するとする制度であるから、憲法の弁護人依頼権に由来するものではない。
なお、弁護人の在廷が必要な「審理」とは事件の美体に関する審理の場面と解されるので、これに当たらない手続段階、例えば、人定質問のみをする場合(最決昭和30・3・17集9巻3号500)や,判決のみをする場合(最判昭和30・1・11刑集9巻1号8頁)には、弁護人の在廷は必要でない。
必要的弁護制度を悪用する被告人への対処として、裁判所が公判期日への弁護人出頭確保のための方策を尽くしたにもかかわらず、被告人が、弁護人の公判期日への出頭を妨げるなど、弁護人が在廷しての公判審理ができない事態を生じさせ、かつ、その状態を解消することが極めて困難な場合には、当該公判期日については、法289条1項の適用がないとするのが判例である(最決平成7・3・27集49巻3号525頁)。被告人の帰事由により弁護人の在廷が不可能となるような不当な事態はもはや法の想定しないところであるから、必要的弁護の規定の適用自体を排除したのである。
(d) 公判前整理手続または期日間整理手続を行う場合(法316条の4・316条の7・316条の8・316条の28第2項)争点及び証拠の整理を行う後記の公判前整理手続または期日間整理手続は、法律家である弁護人の活動を前提に組み立てられているので、弁護人がなければ手続を行うことができず、弁護人がないときは、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならない(法316条の4・316条の28第2項)。また、公判前整理手続期日または期日間整理手続期日に弁護人が出頭しないときなどには、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならす(法316条の8第1項・316条の28第2項),弁護人が出頭しないおそれがあるときには、裁判所は、職権で弁護人を付することができる(法316条の8第2項・316条の28第2項)。
(e) 公判前整理手続または期日間整理手続に付された事件を審理する場合法316条の29)
第2章 公判手続の関与者これらの手続に付された事件については、その後の公判手続においても弁護人が必要的であり、前記必要的弁護事件の場合と同様に、弁渡人がなければ開をすることはできない(送316本の20)。このため、非護人がないとき、または出頭しないときなどには、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならず(法 289条2項)、また、弁護人が出頭しないおそれがあるときには、裁判所は、職権で弁護人を付することができる(法289条3項)。
(1)即決裁判手続に係る公判期日を開く場合(法350条の18・350条の23)(第5章I)被告人の手続上の権利を十分に確保するため、即決裁判手続の申立てがあった事件について、裁判所が即決裁判手続決定をするかどうかを判断するための手続を行う公判期日及び即決裁判手続による審理及び裁判を行う公判期日を開く場合には、弁護人が必要的であり、弁護人がなければ、それらの公判期日を開くことはできない(法 350条の23)。このため、即決裁判手続の申立てがあった場合において、被告人に弁護人がないときは、裁判長は、できる限り速やかに、職権で弁護人を付さなければならない(法350条の18)。
*検察官から即決裁判手続の申立てをすることについて同意するか否かの確認を求められた被疑者が、その同意の有無を明らかにしようとする場合において、被疑者が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは、裁判官は、その請求により、被疑者のため国選弁護人を付さなければならない(法350条の17第1項)。選任主体となる裁判官は、被疑者に対して即決裁判手続によることにつき確認を求めた検察官が所属する検察庁の所在地を管轄する地方裁判所もしくは簡易裁判所の裁判官またはその地方裁判所の所在地(支部の所在地を含む)に在る簡易裁判所の裁判官である(規則 222条の12)。この場合の被疑者の国選弁護人選任請求についても、法37条の3の規定が準用され(法 350条の17第2項)。資力申告書の提出や弁護士会に対する私選弁護人の選任申出の前置等の手続を要する。
(4) 弁護人の選任は、特定の事件について行われる訴訟行為なので、選任の効力が及ぶのは原則として当該事件に限られる。この一般原則を前提として、規則は、被告人の防禦上の便宜等を勘案して、被告人または弁護人がとくに限定しない限り、1つの事件についてなされた弁護人選任の効力は、その後追起訴され、これと併合された事件についても及ぶとしている(規則18条の2)。これは、私選弁護についての規定であり、従前。明文のなかった国選弁護人については、 2004(平成16)年改正の際に規定が整備され、事件単位での選任が原則であることを前提に、裁判所が異なる決定をしたときを除き、国選弁護人の選任は、弁論が併合された事件についてもその効力を有するとの明文が設けられた(法318条の2)。これに対して、被疑者に対する弁護人選任の効力は原則どおり被疑事実単位であり、被疑者に付された国選弁護人が、新たに身体拘束された被疑事実についても国選弁護人となるには、当該被疑事実について新た
に選任命令を得ることを要する。
法は、公訴の提起後における弁護人の選任は審級ごとにしなければならないと定めている(「審級代理の原則」法32条2項)。これは、国選であると私選であるとを問わない。「審級」が終了すれば弁護人選任の効力は終了する。いつ級が終了するか、すなわち。いつ選任の効力が失われるかについて、判例は、弁護人選任の効力は判決宜告によって失われるものではないとの判断を示している(最決平成4・12・14集46巻9号675頁)。もし,終局裁判の言い渡しと同時に弁護人選任の効力が終了するとすれば、上訴申立てまで弁護人のいない空白期間が生じて被告人に不利益であるから、上訴期間の満了または上訴の申立てにより移審の効果が生じるまでは、原審の弁護人選任の効力が継続していると解するのが相当であろう。
(5) 国選弁護人の「解任」について、弁護人の辞任の申出や被告人の請求によってではなく、裁判所が辞任の申出につき正当な理由があると認めて解任しない限り、その地位を失うものではないとするのが判例であった(最判昭和54・7・24刑集33巻5号416頁参照)。この点については、2004(平成16)年改正の際に、国選弁護人の選任の法的性質は裁判であるとの理解を前提とし、その解任事由が法定列記された。すなわち、①私選弁護人が選任されたこと等により国選弁護人を付する必要がなくなったとき、②被告人と弁護人との利益が湘反する状況にあり弁護人にその職務を継続させることが相当でないとき、③心身の故障その他の事由により、弁護人が職務を行うことができず、または職務を行うことが困難となったとき、④弁護人がその任務に著しく反したことによりその職務を継続させることが相当でないとき、⑤弁護人に対する累行、脅迫その他の被告人の責めに帰すべき事由により弁護人にその職務を続させることが相当でないときである。これらのいずれかに該当するときは、裁判所は、あらかじめ弁護人の意見をき、当該国選弁護人を解任することができる(法