ホーム

探偵の知識

公判手続き|公判期日の手続|調べの実施(その1)一証人尋問|証人に対する配慮・保護措置

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

(1)証人の公判出頭と証言は、刑事裁判の目的である正確な事実認定にとって極めて重要であり、真実の供述を得るためには、できる限りその心情に配慮し、証言をするに際して不安・懸念が生じないための保護的措置が要請される。体験した事実が出頭・証言に不安・懸念を生じさせる性質・内容である場合や、証人が処罪被害者である場合には、その観点からの配慮が必要である。以下では、これらの証人に係る配慮・保護措置について説明する。
(2) 裁判所は、証人を尋問する場合において、証人が被告人の面前(後記遮蔽措置やビデオリンク方式による証人尋問の場合を含む)では圧迫を受け十分な供述をすることができないと認めるときは、弁護人が出頭している場合に限り、検察官及び弁護人の意見を聴き、その証人の供述中被告人を退廷させることができる。この場合には、供述終了後に被告人を入廷させ、証言の要旨を告知し、その証人を尋問する機会を与えなければならない(法 304条の2)。
また,裁判長は、証人等が特定の傍聴人の面前で十分な供述をすることができないと思料するときは、その供述をする間,その傍聴人を退延させることができる(規則 202条)。
(3) 証人等やその親族の身体、財産への加害行為等がなされるおそれがあり、これらの者の住居その他通常所在する場所を特定する事項が明らかにされると、証人等が十分な供述をすることができないと認められる場合,裁判長は、当該事項についての尋問を制限することができる(法295条2項本文)。ただし、検察官の尋問を制限することで犯罪の証明に重大な支障を生じるおそれがあるとき、被告人・弁護人の尋問を制限することで被告人の防に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは、制限することはできない(法 295条2項但書)。
また、これらの加害行為等がなされるおそれがあると認められる場合、検察官または弁護人は、法 299条1項の規定により相手方に証人等の氏名及び住居を知る機会を与えるに当たり、相手方に対しその旨を告げて、当該証人等の住居、勤務先その他通常所在する場所を特定する事項が被告人を含む関係者に知られないようにすること。その他これらの者の安全が脅かされることがないように配慮することを求めることができる(法299条の2)。公判前理手続における氏名・住居の事前告知についても同様である(法316条の23第1項)。                 ✳︎2016(平成 28)年法改正により証人に対する一層の配慮・保護措置として、次のとおり、公開の法廷における証人の氏名等(証人等特定事項)を秘匿する措置、及び検察官による証人の氏名・住居の事前告知を制限できる措置が導入された。
裁判所は、次の場合には、証人等から申出があり、相当と認めるときは、証人等の氏名及び住居その他当該証人等を特定させることになる事項(証人等特定事項)
を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることができる。①証人等特定事項が公開法廷で明らかにされることにより。証人等またはその親族に対し、身体・財産
への加害行為または畏怖・困惑させる行為がなされるおそれがあると認められる場合:②証人等特定事項が公開法廷で明らかにされることにより、証人等の名誉または社会生活の平穏が著しく書されるおそれがあると認められる場合(法290条の3)。
前記秘匿決定があったときは、①起訴状及び証拠書類の期読は、証人等の氏名等を明らかにしない方法で行い(法291条3項・305条4項)、②証人尋問・被告人質問が証人等の氏名等にわたるときは、犯罪の証明に重大な支障を生じるおそれ、または被告人の防に実質的な不利益を生じるおそれがある場合を除き、尋問・陳述等を制限することができる(法295条4項)。
検察官は、証人等の氏名・住居を知る機会を与えるべき場合において、その証人等またはその親族に対し、身体・財産への加害行為または長怖・困惑させる行為がなされるおそれがあるときは、被告人の防に実質的な不利益を生じるおそれがある場合を除き、条件を付する措置(弁護人には氏名・住居を知る機会を与えた上で、これを被告人には知らせてはならない等の条件を付する措置)をとることができる。
また、検察官は、前記条件付与措置では加害行為等が防止できないおそれがあると認めるときは、被告人の防禦に実質的な不利益を生じるおそれがある場合を除き、被告人及び弁護人に対しても、証人等の氏名・住居を知る機会を与えないことができる。この場合には、氏名に代わる呼称、住居に代わる連絡先を知る機会を与えなければならない(法 299条の4第1項・3項)。証拠書類・証拠物の閲覧機会を与えるべき場合についても、そこに記載のある検察官請求証人等の氏名・住居について、同様の匿措置をとることができる(同条6項・8項)。法299条の4が定める証人等特定事項に係る条件付与措置や呼称等の代替開示措置には、裁判所による裁定を求めることができる(法 299条の5)。
このような制度について最高裁判所は、次のように説示して合憲と判断している。
被告人の防に実質的不利益が生ずる場合は条件付与等措置・代替開示措置をとることはできないが、被告人・弁護人は代替開示措置がとられても証人等と被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめ、予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができ、被告人の防興に実質的不利益を生ずるおそれがない場合はある。また。代替開示措置は条件付与等措置では加害行為等を防止できないおそれがあるときに限られる。被告人・弁護人は裁定請求により裁判所に各措置の取消しを求めることができ、その場合、検察官は、法299条の5第1項各号不該当を明らかにしなければならず、裁判所は、必要なときには被告人・弁護人の主張をくことができ、裁判所の決定に対し即時抗告も可能である。したがって、法299条の4及び法299条の5は憲法37条の2項前段の証人審間権を侵害しない(最決平成第3編公判手続30・7・3刑集 72巻3号 299頁)。
**2023(令和5)年の法改正により、証拠開示等における個人特定事項の秘密措置がさらに付加されることとなった。検察官から「起訴状抄本等」の提出があった事件(法271条の2第2項)(第2編公訴第2章11(2)**】については、検察官が法299条1項により証人の氏名及び住居を知る機会または証拠書類もしくは証拠物を関覧する機会を与えるべき場合において、次のような措置をとることができる旨が定められた(法299条の4第2項・4項・5項・7項・9項・10項)。①弁護人に対し、当該氏名及び住居を知る機会または証拠書類もしくは証拠物を関覧する機会を与えた上で、当該氏名もしくは住居または個人特定事項を被告人に知らせてはならない旨の条件を付し、または被告人に知らせる時期もしくは方法を指定すること。②被告人及び弁護人に対し、当該氏名もしくは住居を知る機会を与えず、または証拠書類もしくは証拠物のうち個人特定事項が記載されもしくは記録されている部分について閲覧する機会を与えないこと。ただし、このような措置がとられた場合。裁判所は、被告人の防票に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき等一定の事由に該当すると認めるときは、被告人または弁護人の請求により、前記措置に係る個人特定事項の全部または一部を被告人に通知する旨の決定または当該個人特定事項を被告人に知らせてはならない旨の条件を付して個人特定事項の全部または一部を弁護人に通知する旨の決定をしなければならないとされている(法 299条の5第2項・4項)。
(4)2000(平成12)年の法改正により、犯罪被害者に対する配慮と保護を図るための諸措置が導入されたが、証人尋問については、狙罪被害者や配慮・保護を要すると考えられるその他の者が証言する場合の不安・緊張を緩和し、精神的負担を軽減して証言できるようにするための措置が盛り込まれている。
第1は、証人への付添いである(法 157条の4)。裁判所は、証人の年齢、心身の状態その他の事情を考慮して、証人が著しく不安または緊張を覚えるおそれがあると認めるときは、検察官及び被告人または弁護人の意見を聴き、その不安・緊張を緩和するのに適当であると認める者を、証人の供述中。証人に付き添わせることができる。この証人付添人は、裁判官・訴訟関係人の尋問や証人の供述を妨げたり、供述内容に不当な影響を与える言動をしてはならない。
無人の修らに着席してその様子を見守り安心感を与えられる者(例証人の心理カウンセラーや証人が年少者である場合の保護者等)が想定されている。
第2は、証人の遮蔽である(法 157条の5)。裁判所は、証人を尋問する場合に、犯罪の性質、証人の年齢、心身の状態、被告人との関係その他の事情により、証人が被告人の面前で供述するときは、圧迫を受け精神の平線を著しく害されるおそれがあると認める場合に、相当と認めるときは、検察官及び被告人または弁護人の意見を聴き、被告人と証人との間で、一方からまたは相互に相手の状態を認識することができないようにするための遮蔽措置を採ることができる。ただし、被告人から証人の状態を認識することができないようにするための措置をとることができるのは、弁護人が出頭している場合に限られる。また、裁判所は、犯罪の性質、証人の名誉に対する影響その他の事情を考慮し、相当と認めるときは、傍職人と証人との間を遮蔽する措置をとることもできる。
性処罪の被害者などが被告人や職人の面前で証言する際に、他者から見られていること自体により著しい心理的圧迫を受けて心情や名誉が害されるのを防ぐため、法廷内に衝立を設置するなどして証人の姿を遮蔽し、このような圧迫を軽減しようとする趣意である。
第3は、ビデオリンク方式による証人尋問である(法157条の6)。訴訟関係人の在席する公判延という場で証言することに伴う心理的圧迫を軽減するため、証人を法廷外の別室に在席させ、別室と法延を回線で接続して、テレビモニターを介して尋問する方式である。裁判官及び訴訟関係人は法廷に在席し、同一構内の別室にいる証人を、映像と音声の送受により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって尋問する。
この方式を採ることのできる証人の類型は2つあり、第一は、性犯罪及び児童に対する性的犯罪の被害者である。このような犯罪の被害者は、法廷という場で被害体験を証言すること自体が苦痛・精神的圧迫になるので、裁判所は相当と認めるとき、検察官及び被告人または弁護人の意見を聴き、この措置を採ることができる。第二は、罪の性質、証人の年齢、心身の状態、被告人との関係その他の事情により、裁判官及び訴訟関係人が尋間のために在席する場所で供述するときは圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認められる者である(例、組織的犯罪の被害者、年少被害者等)(法157条の6第1項)。
以上の付添いと,遮蔽及びビデオリンク方式の尋問は組み合わせて実施することができる。
なお、ビデオリンク方式による尋問が相当な類型の証人に、同一事実(たとえば性迎罪の被害体験)に関する証言を繰り返させるのは酷であるから、裁判所は、ビデオリンク方式の証人尋問を行う場合に、その証人が後の刑事手続で同一事実につき再び証人として供述を求められる可能性があり、証人の同意があるときは、証人尋問の状況を録画して記録することができる(法157条の6第3
項)。この証人尋問の録画(記録媒体)は、公判調書の一部とされ(法157条の6第4項).別の事件等の公判期日にこれを再生し、訴訟関係人に供述者に対する尋問の機会を与えれば、証拠として用いることができる(法321条の2)〔第4福証拠法第5京22)*)。当該記録媒体は、証人の名誉・プライヴァシイ等を保護する観点から、検察官及び弁護人がこれを勝写することはできない(法40条
2項・270条2項・180条2項)。
遮蔽措置及びビデオリンク方式による証人尋問と憲法上の証人審問権(恋法
37条2項前段)との関係について、最高裁判所はこれを合憲と判断している(最判平成17・4・14刑集59巻3号259頁)。憲法上の証人審問権が証人との直接対時まで要請しているとは解していない〔第4編証拠法第5章(4)*)。
* 2016(平成28)年法改正により裁判所が相当と認めるとき、証人を裁判官等が尋問のために在席する場所と同一構内以外の場所(例,別の裁判所の庁舎内[規則107
条の3参照])に在席させてビデオリンク方式の尋間を行うことができるようにする制度が追加導入された(法 157条の6第2項)。対象となる証人は、①犯罪の性質、証人の年齢、心身の状態,被告人との関係その他の事情により、同一構内に出頭すると精神の平穏を著しく害されるおそれがある者、②同一構内への出頭に伴う移動に際し、身体・財産への加害行為または怖・困惑させる行為がなされるおそれがある者、③同一構内への出頭後の移動に際し尾行その他の方法で住居、勤務先その他通常所在する場所が特定されることにより、自己またはその親族の身体・財産への加害行為または長怖・困惑させる行為がなされるおそれがある者、④遠隔地に居住し、年齢。職業、健康状態その他の事情により、同一構内に出頭することが著しく困難である者である。
**法制審議会は、証人尋間を映像と音声の送受信により実施する制度の拡充を答申している(要網(骨子)「第2-3」。その内容は次のとおりである。
(1) 裁判所は、証人(国内にいる者に限る。以下同じ。)を尋問する場合において、
※に掲げる場合(後述~ウ)であって、相当と認めるときは、検察官及び被告人または弁護人の意見を聴き、同一構内(裁判官及び訴訟関係人が証人を尋問するために在席する場所と同一の構内をいう。以下同じ。)以外にある場所であって適当と認めるものに証人を在席させ。映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって、尋問することができるものとする。証人に鑑定に属する供述を求める場合であって、その職業、健康状態その他の事情により証人がその寿間の日時に同一構内に出頭することが著しく困難であり。
かつ、証人の重要性、審理の状況その他の事情により当該日時に導問することが特に必要であると認めるとき。イ証人が傷病または障害のため同一構内に出頭することが著しく困難であると認めるとき。ウ証人が刑事施設または少年院に収容中の者であって、次のいずれかに該当するとき。(T)その年齢、心身の状態、処遇の実施状況その他の事情により、同一機内への出頭に伴う移動により精神の平穏を著しく書され、その処遇の適切な実施に著しい支障を生ずるおそれがあると認めるとき。(1)同一構内への出頭に伴う移動に際し。証人を奪取しまたは解放する行為がなされるおそれがあると認めるとき。
(2) 裁判所は、証人を尋問する場合において、裁判官及び訴訟関係人が証人を尋問するために在席する場所以外の場所であって適当と認めるものに証人を在席させ、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって尋問するについて、検察官及び被告人に異議がなく、証人の重要性
当該方法によって尋問をすることの必要性その他の事情を考慮し、相当と認めるときは、当該方法によって、尋問することができるものとする。
この(2)は、検察官及び被告人の双方が証人に対面して尋問する利益を放棄しており、かつ,手続を主宰し、証人尋問の結果に基づいて判断を行う責任を負う裁判所において支障がないと判断する場合であるから、検察官及び被告人に異議がなく、裁判所が相当と認めるときは、証人尋問をビデオリンク方式により実施することができるとされたのである。なお、令和4年法律48号による改正後の民事訴訟法
204条においても、裁判所は「事者に異議がない場合」であって、相当と認めるときは、ビデオリンク方式による証人尋問をすることができるものとしている。
なお、対象を国内にいる証人に限定したのは、証人が偽証をしたとしてもその所在国に存在する証拠の収集を我が国の捜査・訴追機関が行うことが困難であり、偽証の立証に困難を生じる上、仮にそれが可能となったとしても、その者が我が国に入国するか、条約等に基づいて引き渡されるなどしない限り、我が国での公判への出頭や裁判の執行を確保できないので、偽証罪による訴追・処罰は現実的に困難であり、そのことを認識している在外証人には、修証罪による訴追・処罰の威嚇力が劣るため、類型的に虚偽供述の誘引が強く働きやすく正確な事実認定の確保の観点から適切でないと考えられたからである。