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探偵の知識

公判手続き|公判期日の手続|証拠調べの実施(その2)鑑定・通訳・翻訳|鑑定

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

(1)裁判所が、裁判上必要な経験則等に関する知識・経験の不足を補充する目的で、特別の知識・経験を有する者が認識し得る法則または事実、及び事実に法則を当てはめて得られる結論・意見を提供させる一連の手続を鑑定という(法165条)(最判昭和28・2・19集7巻2号305頁)。裁判所に鑑定を命じられた者を「鑑定人」という。
鑑定人は、特別の知識・経験に基づき裁判所の判断を補充できる者であれば誰でもよく、この点において、証人が、その人に固有の体験に基づき記憶する事実または推測する事項を供述するのと異なり、代替性がある。召喚に応じない証人について引が許されるのに対し(法 152条・162条),鑑定人について勾引が許されないのは(法171条)、この相違による。
(2)鑑定は、特別な知識・経験により裁判所の知識・経験の不足を補充するものであるから、特別の知識・経験がなくとも判断できる事項については、裁判所が自ら判断すべきであり、鑑定を命じるのは相当でない。また、法律学という特別の学識経験に基づく法的判断は、本来裁判所の職責であるから、鑑定人に法律上の判断を求めるべきでない。例えば、被告人の犯行時の精神障害の有無やその犯行に及ぼした影響の有無・程度に係わる機序は、特別の知識・経験を有する精神科医からの補充を要する鑑定事項となり得るが、被告人が心神耗弱か心神喪失かといった責任能力に係る判断すなわち法的判断を鑑定人に水めるのは不当である。
実務上、鑑定事項となるのは、被告人の犯行時の精神状態(精神鑑定)、被告人に対するアルコールや覚醒剤等の薬物の影響の有無・程度、被害者の死因や創傷の部位・程度等、医学に関するものが多い。ほかに、銃砲や剣の性能、火災の原因や燃焼過程、区器等に付着した血痕のDNA型や血液型の判定また、交通関係事件では、事故原因の判定のため工学等多様な度からの鑑定が行われることもある。                            鑑定は裁判所の知識・経験の不足を補うものであるから、これによって得られた結果は裁判官の事実認定を補充する一資料に過ぎず、その証明力は裁判官の自由心証に委ねられる(法318条)。最高裁判所は、責任能力判断の前提となる生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度について、専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、裁判所は、その意見を十分に尊重して認定すべきである旨説示している(最判平成20・4・25 刑集62巻5号155頁)。るとより、鍵定人の意見の尊重は、裁判所の自由心証に基づく合理的事実認定を制約するものではない。
(3) 裁判所は事者の請求または職権で証拠決定としての鑑定決定をした上、裁判所が鑑定人を選定して鑑定を命じる(法165条)。鑑定人には、鑑定をする前に宣誓をさせなければならない(法166条、規則128条)。鑑定は裁判所外でなされるのが通例であり(簡単な筆跡鑑定などは公判廷でなされることがある),この場合には、鑑定に関する物を鑑定人に交付することができる(規則130条)。
なお、検察官及び弁護人は、鑑定に立ち会うことができる(法170条)。
鑑定人は、裁判所の補助者としての性格を有することから強い権限が与えられており、鑑定について必要がある場合には、裁判所の許可状により(法168条2項・4項、規則133条),人の住居等に立ち入り、身体を検査し、死体を解剖し、墳墓を発掘し、または物を破壊することができる(法168条1項、規則 132条)。また,裁判長の許可を得て,書類及び証拠物を閲覧・勝写したり、被告人質問や証人尋問に立ち会って、自ら直接に問いを発することもできる(規則
134条)。なお、裁判員の参加する事件については、公判審理が中断するのを避けるため、鰹定手続のうち。鑑定の経過・結果の報告以外のものを公判前に行うことができるようにする「鑑定手続実施決定」に係る規定が設けられている
(裁判員法 50条)。
なお、被告人の精神または身体に関する鑑定をさせるについて必要があるときは、裁判所は期間を定め病院その他の相当な場所に被告人を留置することができる。これを「鑑定留置」といい(法167条1項)、身体拘束を伴うので鑑定留置状が必要である(法167条2項、規則130の2)。勾留中の被告人に対し銀定
留置状が執行されたときは、被告人が留置されている間。勾留はその執行を停止される(法 167条の2)。起訴前の捜査機関の嘱託による鑑定留置については、
既に説明した〔第1編捜査手続第6章 112)。
(4) 裁判所外で行われた鑑定の結果の報告には、口頭による方法と書面(無定書)による方法がある。口頭の方法による場合は、証人尋問と同様の方式で報告が行われる。これを鑑定人尋間と称する(法 304条)。実務では、鑑定書による報告の方法が多く用いられるが、この場合でも鑑定人は鑑定書に記載した事項について公判期日に尋問を受けることがある(法 321条4項)。
特別の知識・経験に基づく鑑定結果について正確な報告を期するという観点からは、鑑定書による方法に利点があるものの、詳細な鑑定書の作成には多大の労力と時間を要するので、近時は、口頭による鑑定結果の報告の方法を併用するなどの動きもある。とくに裁判員裁判においては、裁判員に対し鑑定の結果を分かりやすく伝達する方法が重要な課題であり、そのための工夫(例.公判前整理手続段階での鑑定人と裁判所・訴訟関係人との事前カンファレンス)が試みられている〔第6章3(4)〕。
*法制審議会は、鑑定を命ずる手を映像と音声の送受により実施する制度の拡充について、次のような要網((骨子)「第2-3」)を示している。
裁判所は、鑑定を命ずる際に鑑定人(国内にいる者に限る。以下同じ)を尋問し、または鑑定人に宣誓をさせる場合において、相当と認めるときは、検察官及び被告人または弁護人の意見を聴き、同一構内以外にある場所であって適当と認めるものに鑑定人を在席させ、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって、尋問し、または宜誓をさせることができるものとする。