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探偵の知識

公判手続|裁判員の参加する公判手続|裁判員制度の基本構造

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

(1)裁判員の参加する合議体の構成は、原則として、職業裁判官3人,裁判員6人である(裁判員法2条2項本文)。裁判員裁判対象事件は、後記のとおり法定合議事件の中でも特に重大な事件であるから、現行の法定合議事件と同様に、裁判官3人を含む裁判体による審理・裁判が必要とされたのである。
*合議体の構成の例外として、公判前整理手続による争点及び証拠の整理において公訴事実につき争いがないと認められ、検察官,被告人及び弁護人に異議がなく、事件の内容その他の事情を考慮して裁判所が適当と認めるときは、職業裁判官1人、裁判員4人から成る合議体で審理及び裁判をすることができる(裁判員法2条2項
但書・3項・4項)。この小合議体で審判を行う決定があった後でも、裁判所が、被告人の主張,審理の状況その他の事情を考慮して、事件を小議体で取り扱うことが適当でないと認めたときは(例,審理途中で被告人が否認に転じた場合),決定で、小合議体で審判を行う決定を取り消すことができる(同法2条7項)。小合議体で審判する決定が取り消された場合には、裁判官3人、裁判員6人の合議体での審理となるので、新たな裁判員を追加選任し、公判手続の更新(同法61条1項)を行って審理を継続することになる。なお、制度施行以来小合議体を用いた実例は皆無である。法定合議事件のうち特に重大事件を対象とする裁判において、職業裁判官の員数を法定合議事件より減数するのは不合理であり、裁判所法の基本的考え方との整合性に欠ける。法律原案には無く、立法府における政治的妥協の産物である小合議体規定は、現状どおりの死文化が賢明であり、立法論としては削除すべきである。
(2) 裁判所は、審判の期間その他の事情を考慮して必要と認めるときは、「補充裁判員」を置くことができる。その員数は合議体を構成する裁判員の員数を超えることはできない。補充裁判員は、裁判員の関与する判断をするための審理に立ち会い、合議体の裁判員の員数に不足が生じた場合に、不足した裁判員に代わって、裁判員に選任される。補充裁判員は、裁判員に選任される前であっても、訴訟に関する書類及び証拠物を関覧することができる(製判員法10条)。この制度は、裁判所法の定める補充裁判官と同趣旨のもので(判所法78条)、選任後も、公判手続の更新は不要となる。
(3)職業裁判官と裁判員の権限については、裁判官と裁判員が基本的に対等の権限を有する事項(裁判員の関与する判断)と、職業裁判官のみが権限を有する事項の区別がある。
実体裁判における事実の認定、法令の適用及び別の量定は、受訴裁判所の構成員である職業裁判官(以下「構成裁判官」という)及び裁判員の合議による(裁判員法6条1項・66条1項)。
これに対して、法令の解釈に係る判断や訴訟手続に関する判断は、構成裁判官のみの合議による(同法6条2項・68条1項)。これらの事項は、法的学識に基づく専門技術的判断を要すること、迅速な判断を求められる場合もあること、法的安定性が強く要請されることから、法的判断の専門家である職業裁判官に委ねるのが適切とされたものである。もっとも、これらの事項についても、構成裁判官は、その合議により、裁判員に評議の傍聴を許し、意見を聴くことができる(同法68条3項)。審理についても、裁判員の関与する判断をするための審理は構成裁判官及び裁判員で行い、それ以外の審理は構成裁判官のみで行うのが原則であるが(同法6条3項),構成裁判官の合議により、裁判員の立会いを許すことができる(同法60条)。
* 例えば、殺人事件において、殺意の有無が争点の場合に、「殺意があるといえるためには殺害結果の認識・認容を要し,これで足りる」という構成裁判官の法令解秋に関する判断を前提として、裁判員は、構成裁判官と共に、被告人の供述や器の形状,加害の部位・程度などに関する証拠に基づき事実を認定し、これを踏まえて、「殺意」が認められるかどうかという法の適用についても判断することになる。法令解釈等,裁判員に判断権限のない事項につき裁判員の意見を聴くことができるとする規定の立法政策的妥当性は疑問であろう。また、裁判官が量刑評議に際して,刑事政策・行刑・犯罪者の更生保護等について裁判員に正確な説明をすることは重要であるが、例えば、死刑の合憲性のような意法解釈について裁判員の意見を聴くのは不当である。また、自白の任意性や違法収集証拠の証拠能力に関する判断のための評議に裁判員の傍聴を許すことは、裁判員に不当な予断・偏見を与えるおそれがあろう〔第4編第2章Ⅰ(3)*参照】。
(4) 公判手続において、裁判員は、裁判員の関与する判断に必要な事項について、証人を尋問し、被告人に質問するなどの権限を有する。裁判員は、尋問または質問するに当たっては、その旨を裁判長または構成裁判官に告げること
を要する(裁判員法56条~59条)。
(5)裁判員裁判の対象となるのは、次のいずれかに当たる事件である(裁判
貝法2条1項)。被告人は、裁判員の参加する裁判を辞退することはできない。
裁判員裁判は、法定合議事件と同様に、対象事件についてはこの制度による裁判を行うのが適切と法律上設定されたものであり、裁判員裁判を受けることは被告人の権利ではない。故に,被告人の選択権は認められない。
①死刑または無期物禁刑に当たる罪に係る事件(刑法処では、現住建造物等放
火、通貨造・道通貨行使、不同意わいせつ等致死傷、殺人。身代金目的略取等、
強盗致死傷,強盗・不同意性交等及び同致死等が該当)
② ①を除き、法定合議事件(裁判所法26条2項2号に掲げる事件)であって、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪に係るもの(刑法では、傷害
致死,遺棄等致死,逮捕等致死等が該当)
ただし、例外として、対象事件であっても、裁判員候補者や裁判員、その親族等の生命、身体、財産に危害が加えられるおそれ、あるいはこれらの者の生活の平穏が著しく侵害されるおそれがあるために、裁判員候補者が怖し、その出頭確保が困難な状況にあること、あるいは、裁判員が怖し、その職務遂行ができずこれに代わる裁判員の選任も困難である場合には、裁判員の負担が過重となりかねないなどの理由から、例外的に裁判官のみの合議体で取り扱うこととされている。この要件は、被告人の言動、被告人がその構成員である団体の主張もしくはその団体の他の構成員の言動、現に裁判員候補者もしくは裁判員に対する加害もしくはその告知が行われたことその他の事情に照らして、個別の事件ごとに、地方裁判所が、合議体で判断する。受訴裁判所を構成する裁判官は、この合議体の構成員となることはできない(裁判員法3条)。
また、対象事件であっても、公判前整理手続による手点及び証拠の整理を経た場合において、審判に要すると見込まれる期間が著しく長期にわたること、または裁判員の出頭すべき公判期日等の回数が著しく多数に上ることを回避することができないとき、裁判所は、他の事件における裁判員の選任または解任の状況、裁判員選任手続の経過その他の事情を考慮し、裁判員の選任が困難であり、または審判に要すると見込まれる期間の終了に至るまで裁判員の職務遂行の確保が困難であると認めるとき等には、例外的に裁判官のみの合議体で取り扱う決定をすることができる(同法3条の2)。この例外は、2015(平成27)
年法律 37号で追加された。著しい長期審理が見込まれ、裁判員・補充裁判員の選任が困難となるようなごく例外的な事件を想定したものである。
なお、裁判所は、対象事件以外の事件でも、その弁論を対象事件の弁論と併合することが適当と認められるものについては、決定で、裁判員の参加する合議体で取り扱うことができる(同法4条1項)。例えば、殺人被告事件とその被害者の死体に係る死体遺棄事件のように,併合審理が適当である場合が想定されるので、対象事件以外の事件でも、裁判員の参加する合議体で取り扱うことができるようにしたものである。裁判所は、対象事件以外の事件を裁判員の参加する合議体で取り扱う決定をした場合には、その事件の弁論を対象事件の弁論と併合しなければならない(同条2項)。
また、対象事件が、罰条の撤回・変更により対象事件に該当しなくなった場合でも、その事件は、引き続き、裁判員の参加する合議体で取り扱うのが原則である。ただし。裁判所が、審理の状況その他の事情を考慮して適当と認めるときは、決定で、その事件が裁判員制度対象事件でない法定合議事件となった場合には裁判官3人の合議体で、単独事件となった場合には裁判官1人で、取り扱うことができる(同法5条)。これは、例えば、訴因の撤回・変更が審理の初期に行われ、その後も相当期間の審理が予定され、引き続き裁判員の関与を求めるのは、主に裁判員の負担等の観点から適切でないと思われる場合を想定したものである。なお、対象事件以外の事件が、審理中に、罰条の変更により対象事件となった場合には、裁判員の参加した合議体でその事件を取り扱うことになるため、新たに裁判員を選任し、公判手続の更新を行い,審理を継続することになる。