平和主義
2025年11月19日
『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9
ガイダンス
憲法9条は、皆さんご存知のとおり日本国憲法の基本原理の1つであることを明らかにしています。憲法9条において、そこにいう「平和のうちに生存する権利」を根拠に平和的生存権を認めることができるかどうかが問題となりますが、これを認めた最高裁判例はありません。9条については、人との法律関係への直接適用が可否、2項の「戦力」の意味等が問題とされています。
砂川事件(最大判昭34.12.16)
■事件の概要
1957 (昭和32) 年7月、日本政府は、駐留アメリカ軍が使用する立川飛行場拡張のために使用する砂川町 (現東京都立川市) の民有地の測量を開始した。この測量に反対する集会に参加したXらは、測量を阻止するため、立入禁止区域内に侵入して、日米安全保障条約に基づく刑事特別法違反で起訴された。
判例ナビ
第1審はXを無罪としたため、検察は、最高裁判所に跳躍上告しました。第1審がXを無罪とした理由は、駐留アメリカ軍は憲法9条2項の「戦力」にあたり、憲法上その存在を許すべきでないから、刑事特別法も違憲無効であるというものでした。そこで、駐留アメリカ軍が憲法9条2項の「戦力」に当たるかどうか、日米安全保障条約が憲法に違反するかどうかが問題となりました。
*第1審が日米安全保障条約の合憲性判断をすることについて、いわゆる付随的審査制に反することに留意。
■裁判所の判断
そもそも憲法9条は、いわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているのであるが、しかしもちろんこれによつてわが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗を定めたものではないのである。前法文に明らかのように、わが国が国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄したことを明らかにしたに止まり、自衛のための措置をも禁じたものではないからである。したがって、わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない。すなわち、われらは、わが国においては、憲法9条2項により、同条項にいういわゆる戦力を保持しないけれども、これによつて、わが国が自国の平和と安全を維持するための自衛権を放棄したことにはならないのである。そうして、右自衛権を保有するかぎり、わが国が、これに代わるべき自衛のための措置を講ずることは、もとより、何ら憲法に違反するものではない。国際連合のごとき、国の安全を保障しうるような国際機構がいまだその目的を完全に達成しうる状態に到達していない現段階においては、一国が自国の平和と安全を維持するについて適当な方法を選ぶことは、まさしく国家の主権に属する固有の権能の行使としてなされうるものである。
そこで、右のような憲法9条の趣旨に即して同条2項の法意を考えてみるに、同条項においてわが国がその保持を禁止した戦力とは、わが国がこれを主体となつて指揮、管理しうる戦力をいうものであつて、結局わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、同条項にいう戦力に該当しないものと解するを相当とする。
アメリカ合衆国との間に安全保障条約を締結し、これによつて生じたアメリカ合衆国軍隊の駐留は、憲法9条、98条2項および前文の趣旨に反するものではない。
…本件安全保障条約は、わが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するものというべきであつて、その内容が違憲なりや否やの法的判断は、その条約を締結した内閣およびこれを承認した国会の高度の政治的ないし自由裁量的判断と表裏をなす点が少なくない。それ故、右の判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のものであり、従つて、一見極めて明白に違憲無効であると認められないかぎり、裁判所の司法審査権の範囲外のものであつて、それは第一次的には、右条約の締結権を有する内閣およびこれに対して承認権を有する国会の判断に委ねるべきものであると解するを相当とする。
アメリカ合衆国軍隊の駐留
アメリカ合衆国軍隊の駐留は、憲法9条、98条2項および前文の趣旨に適合こそすれ、これらの条章に反して憲法違反であることが一見極めて明白であるとは、到底認められない。そして、このことに反して違憲無効であることが一見極めて明白であるとは、到底認められない。そして、このことに反して違憲無効であるか否かの法的判断は、自衛のための戦力の保持を許さない趣旨のものであると否とにかかわらず、何ら憲法に違反するものではない。
解説
1 本判決は、駐留アメリカ軍を憲法9条2項の「戦力」に当たるとした第1審判決を破棄し、事件を第1審に差し戻しました。
2 本判決は、条約が司法審査の対象となることを前提としている点で、統治行為論であることに理由に、条約が司法審査を認めない苫米地事件(最大判昭35.6.8)と異なります。
過去問
1 裁判所の違憲審査の対象には条約が含まれるか否かについて、最高裁判所は、条約は国家間の合意であり、およそ裁判所の違憲審査になじまない性質のものであるから、違憲審査の対象から除外されると判示した。(公務員2022年)
1 × 砂川事件において、最高裁は、条約は原則として違憲審査になじまないとしていますが、条約を違憲審査の対象からまったく除外しているわけではなく、一見極めて明白に違憲無効であると認められる場合には、違憲審査の対象となり得ます(最大判昭34.12.16)。
百里基地訴訟(最判平元.6.20)
■事件の概要
航空自衛隊百里基地の建設予定地内に本件土地を所有するXは、基地建設に反対するYとの間で本件土地を売り渡す契約を締結した。しかし、Yが代金の一部を支払っただけで残代金を支払わなかったため、Xは、Yの債務不履行を理由として契約を解除し、国との間で本件土地を売り渡す契約(本件売買契約)を締結した。
判例ナビ
国がYに対し土地所有権確認の訴えを提起したところ、Yは、Xと国との間で締結された本件売買契約は憲法9条、98条1項に反し違憲無効であると主張しました。第1審、控訴審がXと国の請求を認めたため、Yが上告しました。
■裁判所の判断
1 憲法98条1項は、国が国の最高法規であることを、すなわち、憲法が成文法の法形式として最も強い形式的効力を有し、憲法に違反する法令その他の法形式又はその一部又はその違反する限度において法規範としての本然の効力を有しないことを定めた規定であるが、自ら条約にいう「国務に関するその他の行為」とは、同条約に列挙された法律、命令、詔書と同一の性質を有する行政行為に近いものと解した。なお、控訴審の判決は、Xは憲法98条2項を「国務大臣」の行為に違反したと判示する。すなわち、憲法が条約の法形式的な効力に対して消極的な限定を定めているのであるから、国務行為が国の行為であるか、国際規範を確立する限りにおいて国際紛争を解決するものであって、国の行為であるか、国際法に準拠するものであっても、行政行為に該当するものではなく、右のような法規範の定立を伴わないから本件売買契約は、国が行政庁に該当しないものというべきである。本件売買契約は、国が行った行為ではあるが、私人と対等の立場で行った私法上の行為であるから、右のような法規範の定立を伴わないものであるから、憲法98条1項にいう「国務に関するその他の行為」には該当しないものというべきである。
2 憲法9条は、その人権規範として定着する上で、私法上の行為の効力を直接規律することを目的とした規定ではなく、人権規定と同様、私法上の行為に対しては直接適用されるものではないと解するのが相当であり、国が一方当事者として関与した場合であっても、たとえば、行政活動上必要となる物品を調達する契約、公共施設に必要な土地の取得又は国有財産の売払いのためになされる契約などのように、国が行政の主体としてではなく対等の立場に立って、私人と対等の間で個人的に締結する私法上の契約は、当初契約がその成立の経緯及び内容において実質的にみて公権力の発動たる行為に他ならないものではない限り、私的自治の原則が適用されるべきものと解するのが相当である。本件売買契約は、国が私人と対等の立場において締結したものである。
3 憲法9条は、人権規定と同様、国の基本的な法秩序を宣示した規定であるから、憲法より下位の法形式によるすべての法規範がその適用を当然に認めうるものであることはいうまでもないが、…憲法9条の掲げる国際平和主義、戦争の放棄、戦力の不保持など。
国家の統治活動に対する規範は、私法的な法律関係とは本来関係のない領域でのみ妥当性を有すると解する議論である。しかし、私的自治の原則が我が国の法秩序の根幹をなす民法90条にいう「公の秩序」の射程を形成し、そこに反する私法上の行為の効力を一律に否定する法理的判断が、その法規範的性質によっては直接適用されないというものであって、右の規範は、私法的な法律関係のもとにおいて、私的自治の原則、契約における信義則、取引の安全等の法益との調整によって相対的に判定され、公序良俗にいう「公の秩序」の一部を形成するものであり、したがって私法的な法律関係のもとにおいて、社会的に許容されない反社会的な行為であるとの意識が、社会の一般的な観念として確立しているか否かが、私法上の行為の有効性を判断する基準となるものというべきである。…本件売買契約が締結された昭和36年当時、私法的な法律関係のもとにおいては、自衛隊のために国がした売買契約その他私法上の契約を締結することは、社会的に許容されない反社会的な行為であるとの認識が、社会の一般的な観念として確立していたということはできない。したがって、公序の基盤施設を目的とする本件売買契約が、その私法上の契約としての効力を否定されるような行為であったとはいえない。
解説
本判決は、憲法98条1項の「国務に関するその他の行為」を「公権力を行使して法規範を定立する行為」と限定した上で、「本件売買契約のような国が私人と対等の立場で行為する私法的な行為は『国務に関するその他の行為』に当たらない」としました(判旨1)。なお、本判決は、本件売買契約への憲法9条の直接適用を否定した上で(判旨2)、本件売買契約が民法90条に反するかを検討しておりますが(判旨3)、個人が戦争における問題認識を誤ったかに見えます。しかし、「自衛官が死亡の機会の多発する行為となると、なわばり争いが、争いとなるような特定の情報」があれば、私法上の契約に直接適用される余地があることを認めている(判旨2)点で、契約が間接適用説とは異なります。
過去問
1 憲法98条1項にいう「国務に関するその他の行為」とは、国の行うすべての行為を意味し、国が行う行為であれば、私法上の行為もこれに含まれるものであって、国が私人と対等の立場で行った売買契約も「国務に関するその他の行為」に該当するとの判例がある。(公務員2019年)
1 × 憲法98条1項にいう「国務に関するその他の行為」の意味について、判例は、公権力を行使して法規範を確立する国の行為を意味するとし、私人と対等の立場で行った売買契約は、「国務に関するその他の行為」には該当しないとしています(最判平元.6.20)。
憲法9条は、皆さんご存知のとおり日本国憲法の基本原理の1つであることを明らかにしています。憲法9条において、そこにいう「平和のうちに生存する権利」を根拠に平和的生存権を認めることができるかどうかが問題となりますが、これを認めた最高裁判例はありません。9条については、人との法律関係への直接適用が可否、2項の「戦力」の意味等が問題とされています。
砂川事件(最大判昭34.12.16)
■事件の概要
1957 (昭和32) 年7月、日本政府は、駐留アメリカ軍が使用する立川飛行場拡張のために使用する砂川町 (現東京都立川市) の民有地の測量を開始した。この測量に反対する集会に参加したXらは、測量を阻止するため、立入禁止区域内に侵入して、日米安全保障条約に基づく刑事特別法違反で起訴された。
判例ナビ
第1審はXを無罪としたため、検察は、最高裁判所に跳躍上告しました。第1審がXを無罪とした理由は、駐留アメリカ軍は憲法9条2項の「戦力」にあたり、憲法上その存在を許すべきでないから、刑事特別法も違憲無効であるというものでした。そこで、駐留アメリカ軍が憲法9条2項の「戦力」に当たるかどうか、日米安全保障条約が憲法に違反するかどうかが問題となりました。
*第1審が日米安全保障条約の合憲性判断をすることについて、いわゆる付随的審査制に反することに留意。
■裁判所の判断
そもそも憲法9条は、いわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているのであるが、しかしもちろんこれによつてわが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗を定めたものではないのである。前法文に明らかのように、わが国が国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄したことを明らかにしたに止まり、自衛のための措置をも禁じたものではないからである。したがって、わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない。すなわち、われらは、わが国においては、憲法9条2項により、同条項にいういわゆる戦力を保持しないけれども、これによつて、わが国が自国の平和と安全を維持するための自衛権を放棄したことにはならないのである。そうして、右自衛権を保有するかぎり、わが国が、これに代わるべき自衛のための措置を講ずることは、もとより、何ら憲法に違反するものではない。国際連合のごとき、国の安全を保障しうるような国際機構がいまだその目的を完全に達成しうる状態に到達していない現段階においては、一国が自国の平和と安全を維持するについて適当な方法を選ぶことは、まさしく国家の主権に属する固有の権能の行使としてなされうるものである。
そこで、右のような憲法9条の趣旨に即して同条2項の法意を考えてみるに、同条項においてわが国がその保持を禁止した戦力とは、わが国がこれを主体となつて指揮、管理しうる戦力をいうものであつて、結局わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、同条項にいう戦力に該当しないものと解するを相当とする。
アメリカ合衆国との間に安全保障条約を締結し、これによつて生じたアメリカ合衆国軍隊の駐留は、憲法9条、98条2項および前文の趣旨に反するものではない。
…本件安全保障条約は、わが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するものというべきであつて、その内容が違憲なりや否やの法的判断は、その条約を締結した内閣およびこれを承認した国会の高度の政治的ないし自由裁量的判断と表裏をなす点が少なくない。それ故、右の判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のものであり、従つて、一見極めて明白に違憲無効であると認められないかぎり、裁判所の司法審査権の範囲外のものであつて、それは第一次的には、右条約の締結権を有する内閣およびこれに対して承認権を有する国会の判断に委ねるべきものであると解するを相当とする。
アメリカ合衆国軍隊の駐留
アメリカ合衆国軍隊の駐留は、憲法9条、98条2項および前文の趣旨に適合こそすれ、これらの条章に反して憲法違反であることが一見極めて明白であるとは、到底認められない。そして、このことに反して違憲無効であることが一見極めて明白であるとは、到底認められない。そして、このことに反して違憲無効であるか否かの法的判断は、自衛のための戦力の保持を許さない趣旨のものであると否とにかかわらず、何ら憲法に違反するものではない。
解説
1 本判決は、駐留アメリカ軍を憲法9条2項の「戦力」に当たるとした第1審判決を破棄し、事件を第1審に差し戻しました。
2 本判決は、条約が司法審査の対象となることを前提としている点で、統治行為論であることに理由に、条約が司法審査を認めない苫米地事件(最大判昭35.6.8)と異なります。
過去問
1 裁判所の違憲審査の対象には条約が含まれるか否かについて、最高裁判所は、条約は国家間の合意であり、およそ裁判所の違憲審査になじまない性質のものであるから、違憲審査の対象から除外されると判示した。(公務員2022年)
1 × 砂川事件において、最高裁は、条約は原則として違憲審査になじまないとしていますが、条約を違憲審査の対象からまったく除外しているわけではなく、一見極めて明白に違憲無効であると認められる場合には、違憲審査の対象となり得ます(最大判昭34.12.16)。
百里基地訴訟(最判平元.6.20)
■事件の概要
航空自衛隊百里基地の建設予定地内に本件土地を所有するXは、基地建設に反対するYとの間で本件土地を売り渡す契約を締結した。しかし、Yが代金の一部を支払っただけで残代金を支払わなかったため、Xは、Yの債務不履行を理由として契約を解除し、国との間で本件土地を売り渡す契約(本件売買契約)を締結した。
判例ナビ
国がYに対し土地所有権確認の訴えを提起したところ、Yは、Xと国との間で締結された本件売買契約は憲法9条、98条1項に反し違憲無効であると主張しました。第1審、控訴審がXと国の請求を認めたため、Yが上告しました。
■裁判所の判断
1 憲法98条1項は、国が国の最高法規であることを、すなわち、憲法が成文法の法形式として最も強い形式的効力を有し、憲法に違反する法令その他の法形式又はその一部又はその違反する限度において法規範としての本然の効力を有しないことを定めた規定であるが、自ら条約にいう「国務に関するその他の行為」とは、同条約に列挙された法律、命令、詔書と同一の性質を有する行政行為に近いものと解した。なお、控訴審の判決は、Xは憲法98条2項を「国務大臣」の行為に違反したと判示する。すなわち、憲法が条約の法形式的な効力に対して消極的な限定を定めているのであるから、国務行為が国の行為であるか、国際規範を確立する限りにおいて国際紛争を解決するものであって、国の行為であるか、国際法に準拠するものであっても、行政行為に該当するものではなく、右のような法規範の定立を伴わないから本件売買契約は、国が行政庁に該当しないものというべきである。本件売買契約は、国が行った行為ではあるが、私人と対等の立場で行った私法上の行為であるから、右のような法規範の定立を伴わないものであるから、憲法98条1項にいう「国務に関するその他の行為」には該当しないものというべきである。
2 憲法9条は、その人権規範として定着する上で、私法上の行為の効力を直接規律することを目的とした規定ではなく、人権規定と同様、私法上の行為に対しては直接適用されるものではないと解するのが相当であり、国が一方当事者として関与した場合であっても、たとえば、行政活動上必要となる物品を調達する契約、公共施設に必要な土地の取得又は国有財産の売払いのためになされる契約などのように、国が行政の主体としてではなく対等の立場に立って、私人と対等の間で個人的に締結する私法上の契約は、当初契約がその成立の経緯及び内容において実質的にみて公権力の発動たる行為に他ならないものではない限り、私的自治の原則が適用されるべきものと解するのが相当である。本件売買契約は、国が私人と対等の立場において締結したものである。
3 憲法9条は、人権規定と同様、国の基本的な法秩序を宣示した規定であるから、憲法より下位の法形式によるすべての法規範がその適用を当然に認めうるものであることはいうまでもないが、…憲法9条の掲げる国際平和主義、戦争の放棄、戦力の不保持など。
国家の統治活動に対する規範は、私法的な法律関係とは本来関係のない領域でのみ妥当性を有すると解する議論である。しかし、私的自治の原則が我が国の法秩序の根幹をなす民法90条にいう「公の秩序」の射程を形成し、そこに反する私法上の行為の効力を一律に否定する法理的判断が、その法規範的性質によっては直接適用されないというものであって、右の規範は、私法的な法律関係のもとにおいて、私的自治の原則、契約における信義則、取引の安全等の法益との調整によって相対的に判定され、公序良俗にいう「公の秩序」の一部を形成するものであり、したがって私法的な法律関係のもとにおいて、社会的に許容されない反社会的な行為であるとの意識が、社会の一般的な観念として確立しているか否かが、私法上の行為の有効性を判断する基準となるものというべきである。…本件売買契約が締結された昭和36年当時、私法的な法律関係のもとにおいては、自衛隊のために国がした売買契約その他私法上の契約を締結することは、社会的に許容されない反社会的な行為であるとの認識が、社会の一般的な観念として確立していたということはできない。したがって、公序の基盤施設を目的とする本件売買契約が、その私法上の契約としての効力を否定されるような行為であったとはいえない。
解説
本判決は、憲法98条1項の「国務に関するその他の行為」を「公権力を行使して法規範を定立する行為」と限定した上で、「本件売買契約のような国が私人と対等の立場で行為する私法的な行為は『国務に関するその他の行為』に当たらない」としました(判旨1)。なお、本判決は、本件売買契約への憲法9条の直接適用を否定した上で(判旨2)、本件売買契約が民法90条に反するかを検討しておりますが(判旨3)、個人が戦争における問題認識を誤ったかに見えます。しかし、「自衛官が死亡の機会の多発する行為となると、なわばり争いが、争いとなるような特定の情報」があれば、私法上の契約に直接適用される余地があることを認めている(判旨2)点で、契約が間接適用説とは異なります。
過去問
1 憲法98条1項にいう「国務に関するその他の行為」とは、国の行うすべての行為を意味し、国が行う行為であれば、私法上の行為もこれに含まれるものであって、国が私人と対等の立場で行った売買契約も「国務に関するその他の行為」に該当するとの判例がある。(公務員2019年)
1 × 憲法98条1項にいう「国務に関するその他の行為」の意味について、判例は、公権力を行使して法規範を確立する国の行為を意味するとし、私人と対等の立場で行った売買契約は、「国務に関するその他の行為」には該当しないとしています(最判平元.6.20)。