探偵の知識

特別な法律関係

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス
公務員や被収容者(逮捕されて拘置所に拘留されている者、懲役刑の執行として拘置されている者等)等特別の公法上の原因によって成立する法律関係(特別な法律関係)に入った者は、一般国民と異なる人権制限を課せられることがあります。そのため、特別な法律関係においては、どのような理由で、どのような人権を、どの程度制限することができるのかを明らかにする必要があります。

猿払事件(最大判昭49.11.6)

■事件の概要
北海道猿払村の郵便局に勤務する公務員Xは、衆議院議員選挙に際し、勤務時間外にある政党の候補者の選挙用ポスターを公営掲示場に掲示したところ、国家公務員法102条1項および人事院規則14-7の禁止する「政治的行為」に当たるとして起訴された。

判例ナビ
国家公務員法102条1項は、「職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない」と規定して、国家公務員の政治的行為を禁止しております。この規定をうけて、人事院規則14-7が禁止される政治的行為の具体的内容を定めています。Xは、これらの規定が憲法21条、31条に違反すると主張しました。第1審、控訴審ともに、Xを無罪としたため、検察官が上告しました。

■裁判所の判断
1 本件政治的行為の禁止の合憲性
(1)憲法21条の保障する表現の自由は、民主主義国家の政治的基盤をなし、国民の基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、法律によってもみだりに制限することができないものである。そして、およそ政治的行為は、行動としての面をもつほかに、政治的意見の表明としての面をも有するものであるから、その限りにおいて、憲法21条による保障をうけるものであることも、明らかである。…「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」と定めている憲法15条2項の趣旨からも、また、公務員が国民全体に奉仕すべき地位にあることにかんがみると、公務員に対しては、その職務の遂行における政治的中立性を確保することが強く要請されるのであり、それとともに、その職務外の行動についても、その地位の特殊性から、国民全体の共同利益を擁護すべき立場にある者として、特定の政治勢力に加担し、あるいはその影響力を行使しているとみられるような行動を差し控えるべきことが要請されるのである。
(2) 国家公務員法102条1項及び人事院規則14-7による政治的行為の禁止が合理的で必要やむをえない限度にとどまるものか否かを判断するにあたつては、禁止の目的、この目的と禁止される政治的行為との関連性、政治的行為を禁止することにより得られる利益と失われる利益との均衡の3点から検討することが必要である。そこで、まず、禁止の目的がどこにあるかを考えると、それは、公務員の職務の遂行の政治的中立性を保持し、これに対する国民の信頼を確保することにあるものと解される。…行政の中立的運営が確保され、これに対する国民の信頼が維持されることは、国民全体の共同の利益である。…本件の禁止の目的は正当なものというべきである。次に、禁止の目的と禁止される行為との関連性について考えると、禁止の目的のためには、公務員の職務執行の過程における政治的中立性を害するおそれのある行為を禁止するだけでは十分ではなく、広く国民の側から見て公務員の全体の奉仕者としての地位を損なうと認められるような行為、すなわち、公務員がその地位を利用して特定の政党その他の政治的団体のために奉仕していると疑われるような行為をも禁止する必要があるのであつて、本件の禁止の対象には、公務員の職務の執行とは直接関係のない行為であつても、国民の信頼を損なうおそれのあるものが含まれているとみられる。

理論的な関連性が失われるものではない。次に、利益の均衡の点について考えてみると、…公務員の政治的中立性を損うおそれのある行為類型を法規上明確に定立することの困難さにかんがみれば、その制約を必要とする限度を画するのは容易なことではない。…禁止の目的との関連性における上記の判断からすれば、本件の禁止は、公務員の政治的中立性を確保し、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を維持するうえで必要やむをえない制約というべきである。
(3) 国家公務員法102条1項及びこれに基づく人事院規則14-7の規定は、憲法21条1項に違反するものではない。
2 本件政治的行為の合憲性
国家公務員法102条1項による公務員の政治的行為の禁止がもつぱら公務員の職務の遂行の政治的中立性を確保することにその目的があることにかんがみると…その重要性は公務員の職務の種類や権限、勤務の内外、国の施設の利用の有無等によつて異なるものであり、これに応じて、禁止される行為の範囲もおのずから限定されなければならない。
…本件の禁止の合憲性は、本件被告人のごとき地位にある公務員に対しても維持されるというべきであり、国家公務員法102条1項及びこれに基づく人事院規則14-7の規定は、本件被告人の行為に適用される限度において、憲法21条1項、31条に違反するものではない。

解説
本判決は、まず、憲法21条によって保障されることを確認した上で、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼の確保を目的とするためのやむをえない制約かを限定的に検討しました。そして、①禁止の目的、②禁止される政治的行為と目的との合理的関連性、③得られる利益と失われる利益との均衡の3点から判断する、この基準に照らすと国家公務員法102条及び人事院規則14-7は憲法21条に違反しないと結論づけました。

過去問
1 公務員の政治的中立性を損なうおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、公務員が国民に対して政治的意見の表明を表明することがなるが、それが合理的で、必要やむを得ない限度にとどまるものである限り、憲法の許すところである。 (司法書士2013年)

1 ○ 判例は、政治的行為は、行動としての面をもつほかに、政治的意見の表明としての面も有するもので、「公務員の政治的中立性を害するおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的で必要やむをえない限度にとどまるものである限り、憲法の許すところである」としています(最大判昭49.11.6)。

堀越事件(最判平24.12.7)

■事件の概要
国家公務員法(本法)は、国家公務員の政治的行為を制限し(102条1項)、その違反に対して罰則を規定している(110条1項19号)。また、制限される政治的行為の内容は、102条1項により人事院規則14-7(本規則)に委任されている。
社会保険事務所の厚生年金課に勤務していたXは、衆議院議員総選挙に際し、ある政党を支持する目的で、勤務時間外である休日に、同党の機関紙を配布したところ、本法110条1項19号、102条1項、本規則6条7項、13号、5条3号(以下「本件罰則規定」)に当たるとして起訴された。

判例ナビ
Xの担当業務は、まったく裁量の余地のないものであり、年金支給の可否を決定したり、支給される年金額等を変更したりする権限はなく、保険料の徴収手続に関する事務に関与することもなく、社会保険の相談に関する業務を専管していた係長の指導の下で、専門職員として、相談業務を担当していただけで、人事や監督に関する権限も与えられていませんでした。
第1審はXを有罪としましたが、控訴審は、Xの配布行為に本件罰-則規定を適用することはできないとして無罪としました。そこで、検察官が上告しました。

■裁判所の判断
1 本法102条1項は、公務員の職務の遂行の政治的中立性を保持することによって行政の中立的運営を確保し、これに対する国民の信頼を維持することをその主たる目的としている。一方、国民は、表現の自由(21条1項)としての政治活動の自由を保障されており、この精神的自由は立憲民主政の政治過程にとって不可欠の基本的人権であって、民主主義社会を基礎付ける重要な権利であることにも鑑みると、上記目的の基づく法令による公務員に対する政治的行為の禁止は、国民としての政治活動の自由に対する必要やむを得ない限度にその範囲が限定されるべきものである。このような本法102条1項の宣言、目的の規定に鑑みると、同項にいう「政治的行為」は、公務員の職務の遂行の政治的中立性を害するおそれが、観念的なものにとどまらず、現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものを指し、同項はそのような行為の類型をなして定め人事院規則に委任したものと解するのが相当である。そして、その委任に基づいて定められた本規則もこのような委任の趣旨において、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる行為の類型をなして定めたものと解すべきである。上記のような本法の委任の趣旨及び本規則に鑑みると、本件罰則規定にもある本規則6条7項、13号(5条3号)については、それが定める行為類型に文書上該当する行為であって、公務員の職務の遂行の政治的中-立性を損なうおそれが実質的に認められるものをその処罰の対象となる政治的行為と限定したものと解するのが相当である。そして、上記のような処罰の目的やその対象となる政治的行為の内容に鑑みると、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるかどうかは、当該公務員の地位、その職務の内容や権限等、当該公務員がした行為の性質、態様、目的、内容等の諸般の事情を総合して判断するのが相当である。具体的には、当該公務員の職位(管理職の地位の有無等)等を通じての公務員の職務上の裁量権の有無、当該公務員の職務内容の専門性・技術性、公務員の職務と直接利害関係を有する者と直接折衝する立場にあるか、あるいは、当該公務員の属する組織の目的や活動が国民の生活と密接に関わるものであるか、公務員の行為の行われる場所が公務の施設か否か、公務員の行為の態様、公務員の行為と直接利害関係を有する者の有無、公務員の行為による影響力等の考慮が考えられる。
2 そこで、本件罰則規定の処罰の対象を限定する。この点については、…人事院規則で定める政治的行為の類型をなす行為とされる程度と、処罰される程度との間に性質、具体的に処罰される程度等の違いがあることから、本件罰則規定の前記の目的、前科の有無、前科及びその程度、公務員の職務の遂行の政治的中立性を確保し、これに対する国民の信頼を維持するとの規定の趣旨を鑑み、これに対する国民の信頼の確保の趣旨に照らすと国民全体の利益の保護のため、国家全体の利益の保護のためであって、それに認められる政治的行為を禁止することは、国民全体の利益の保護のためであって、それに認められる。

規制の目的は合理的で正当なものであるといえる。他方、本件罰則規定により禁止されるのは、民主主義社会において重要な意義を有する表現の自由としての政治活動の自由ではあるものの、「禁止される行為は、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものに限られ、このようなおそれが認められない政治的行為まで本則規定により、処罰の対象行為から除外されるものではないから、その制限は必要やむを得ない限度にとどまるものであり、違反の程度も広範なものと解される。なお、この判断は、本件の科料を科すことをもってしても、刑事罰が科されることを考慮しても、事態が急迫不正の侵害である場合にのみ認められるべきものであり、国民全体の利益を損なう影響の重大性があり、あり得べき対応である。罰則を含む制裁をもってしても必要かつ合理的な範囲内にとどまるものである。
3 次に、本件罰則規定が本件行為に該当するかを検討するに、本件行為は、本規則6条7号(13号)が禁止する行為類型に該当する行為であることは明らかであるが、公務員の職務の遂行の政治的中立性を害するおそれが実質的に認められるかどうかについて、前記事情を総合して判断すると、…本件行為は、管理職的地位になく、その職務の内容や権限に裁量の余地のない会計課の職員において、公務員による行為と認識される態様で、勤務時間外に、公務員による行為と認識される態様で、公務員による行為と認識される態様で行われたものでもないから、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれがあるとはいえない。そうすると、本件行為は本則規定の構成要件に該当しない。

解説
本判決は、国家公務員法102条1項、19号、人事院規則14-7第6項7号、13号(5条3号)によって制限される国家公務員の「政治的行為」の意味とその判断基準を明らかにするとともに、これらの罰則規定が憲法21条に違反しないとしました。その上で、Xの行為は罰則規定の構成要件に該当せず、Xを無罪とした原判決を支持しました。なお、最高裁は、本判決と同日に、同様の事件について、判決を出しています(世田谷【宇治橋】郵便局事件)。この事件は、厚生労働省の課長補佐である被告人が、ある政党を支持する目的で、勤務時間外である休日に、同僚の警察官である被告人の自宅に投票依頼に赴き、投票依頼をしたことが、国家公務員法102条1項、19号、人事院規則14-7第6項7号に当たるとしたものです。被告人は、控訴審で有罪とされ、最高裁もこの結論を支持しました。

よど号ハイジャック記事抹消事件(最大判昭58.6.22)

■事件の概要
国際民間航空に関する条約(公衆衛生条約等)・違反・起訴され、東京拘置所に拘留されていたXは、私費で新聞を定期購読していたが、拘置所長Yが、法律(現「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」)の規定に基づいて、Xがハイジャック事件収容所に関係する記事一切を黒く塗りつぶして配布したため(本件抹消処分)、*1970(昭和45)年3月31日に発生した、赤軍派の学生9名がよど号をハイジャックした事件。

判例ナビ
Xは、本件抹消処分によって知る権利が侵害されたとして、国に対し、国家賠償請求訴訟を提起した。第1審は、控訴審ともにXの請求を退けたため、Xが上告しました。

■裁判所の判断
本件において問題とされているのは、東京拘置所長のした本件新聞記事抹消処分による新聞記事の閲覧の自由が憲法に違反するかどうか、ということであって、この検討に当たっては、およそ人が、自由にさまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会をもつこと、さらには、個人として自己の思想及び人格を形成・発展させ、民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流の確保という基本的原理を真に実効あるものたらしめるため、新聞、図書等の閲読の自由が精神的自由の重要な側面として尊重されるべきことはいうまでもなく、閲読の自由の保障は、憲法21条の規定の趣旨、目的から、いわゆる派生的な権利として導かれるものであり、また、すべて国民に個人として尊重される旨を定めた憲法13条の規定の趣旨に沿うゆえんでもあると考えられる。しかしながら、このような閲読の自由の保障は、公共の福祉による制限に服する場合があり、施設内の規律及び秩序の維持のために必要とされる措置がとられなければならない。しかも、未決勾留は、刑事訴訟法上、逃亡又は罪証の隠滅の防止という目的のために必要やむをえない措置として許容されているのであり、右目的を達するためには、監房の規律及び秩序の維持のために必要とされる措置がとられなければならない。したがって、未決勾留により身体の自由を拘束されている者の新聞、図書等の閲読の自由は、右のような未決勾留の目的を達するために必要やむをえない限度で制限を受けることがある。
ところで、監獄法21条2項は、在監者は、官給する文書、図画の閲覧を許可されることを定めるとともに、これらの文書、図画の閲覧については、その具体的内容を命令に委任する旨を定めている。これに基づき監獄法施行規則第1条1項は、その閲覧を許可しない場合の具体的基準、方法を定めている。これらの規定が憲法に違反するか否かが問題となるが、右の規定を上告人が主張するような…

特別な法律関係
閲読の制限を許す旨を定めたものと解するのが相当であり、かつ、そう解するとすると、法令等は、憲法に違反するものではないとしてその効力を是認することができるといえる。
2 当該新聞紙、図書等の閲読を許すことによって監獄内における規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があるかどうか、及びこれを防止するためにどのような内容、程度の閲読制限が必要かつ合理的といえるか否かの点について、閲読の自由が制限されることになるが、そのために、監獄内の規律及び秩序の維持に必要かつ合理的な範囲で制限されることがあり、右の防止のために当該制限措置が必要であるとした判断が合理的なものとして是認できるか否かの点については、閲読制限の必要性が著しく減少していることも考慮すべきである。これを本件についてみると、前記事実関係によれば本件新聞記事は、共犯者等の罪証の隠滅行為の誘発につながるおそれのあるものであり、本件抹消処分に係る拘置所長の判断は、右判断が相当であることの裏付けとなる。
したがって、未決勾-留による身体の自由を拘束されている者の新聞、図書等の閲読の自由は、右のような未決勾留の目的を達するために必要やむをえない限度で制限を受けることがある。

解説
現在、監獄法に代わる法律として「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」が制定されています。この法律は、被収容者が購入した書籍等の閲覧を原則として禁止・制限してはならないとしています。したがって、購入できる書籍の種類や取得方法について、刑事施設の管理運営上必要な制限を加えることができる(71条)としており、現行法の下でも、新聞記事の抹消は可能であると考えられています。

過去問
1 刑事施設の被収容者に対する新聞閲読の不許可の措置は、被収容者の知る権利を制限するものではなく、施設の規律、秩序の維持のため、施設の長の裁量により行われるにすぎない。そこで、この制約は、施設管理上必要な措置に係るものであり、間接的、付随的なものにすぎない。(行政書士2023年)
2 被抑留者の新聞紙等の閲読の自由については、逃亡および罪証隠滅の防止という勾留の目的のほか、監獄内における規律および秩序の維持のために一定の制限を受けることはやむを得ず、その制限が許されるためには、被拘禁者の性向、監獄内の保安の状況、新聞等の内容等の具体的事情の下において、その閲読を許すことにより監獄内の規律および秩序が害される一般的、抽象的なおそれがあれば足りるとするのが判例である。(公務員2022年)

1 × 判例は、刑事施設の被収容者に対する新聞閲読の自由の制限を施設管理上必要な処置に伴う間接的、付随的な制約であるとはしていません(最大判昭58.6.22)。
2 × 判例は、被拘禁者の新聞紙等の閲読の自由の制限が許されるためには、当該閲読を許すことにより右の規律及び秩序が害される一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、被拘禁者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況、当該新聞紙、図書等の内容その他その具体的事情のもとにおいて、その閲読を許すことにより監獄内の規律および秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要であるとしています(最大判昭58.6.22)。