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探偵の知識

私人間における人権保障

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス
人権は、歴史的にみると、国家権力から国民の権利・自由を保護するために保障されてきたものです。しかし、現代では、企業や労働組合等の私的団体、新聞やテレビ等マスメディアの社会的権力によって人権が侵害されることも多くなってきました。そこで、社会的権力から人権を擁護するため、私人間に憲法の人権規定を適用すべきではないかが問題となってきたのです。これを人権の私人間効力の問題といいます。

三菱樹脂事件(最大判昭48.12.12)

■事件の概要
Xは、大学を卒業し、Y(三菱樹脂株式会社)に管理職員として採用された(3か月の試用期間付き)。しかし、入社試験の際に「学生運動をしたことはない」と虚偽の回答をしたこと等が試用期間中に判明したため、本採用を拒否された。そこで、Xは、Yに対し労働契約関係存在確認の訴えを提起した。

判例ナビ
第1審は、Yの本採用拒否は解雇権の濫用に当たるとの理由で、控訴審は、採用試験において企業が応募者の政治的思想・信条に関する申告を求めることは、公序良俗(民法90条)に反し許されないとの理由でX Y間に労働契約関係が存在することを認めました。そこで、Yが上告しました。上告審では、企業と労働者という私人間の法律関係に憲法の人権規定が適用されるか問題となりました。

■裁判所の判断
1 原判決は、Yが、その社員採用試験にあたり、入社希望者からその政治的思想、信条に関わる事項について申告を求めたのは、憲法が国民の基本的人権を保障し、また、信条による差別的取扱いを禁止する憲法14条、労働基準法3条の規定にも違反し、公序良俗(民法90条)に反するとして、私人間相互の関係を直接規律するものではない。
2 しかしながら、憲法の各規定は、同法第3章のその他の自由権的基本権の保障規定と同じく、国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。…私人間の関係においては、各人が有する自由と平等の権利自体が具体的に相互に矛盾、対立する可能性があるばかりか、このような場合におけるそれらの間の調整は、近世自由社会においては、原則として私的自治に委ねられ、ただ、一方の他方に対する侵害の態様、程度が社会的に許容しうる一定の限界を超える場合にのみ、国がこれに介入しその間の調整をはかるという建前がとられているのであって、この点において国または公共団体と個人との関係の場合とはおのずから別個の観点からの考慮をも必要とし、後者についての憲法上の基本権保障規定をそのまま私人相互の関係にたいしても適用ないしは類推適用すべきものとすることは、決して妥当な結論を導くこととなるとはできないのである。
3 もっとも、私人間の関係においても、相互の社会的力関係の相違から、一方の他方に事実上、事実上後者の前者の意思に服従せざるをえない場合があり、このような場合に私的自治の名の下に優位者の支配力を無制限に認めるときは、下位者の自由及び平等を著しく侵害された結果となることがあることはおろしもないが、そのためにこのような場合に限り憲法の基本権保障規定の適用ないしは類推適用を認めるべきであるとする見解もまた、採用することはできない。何となれば、右のような事実上の支配関係なるものは、その支配力の態様、程度、規模等においてさまざまであり、どのような場合にこれを国または公共団体の支配力と同視すべきかの判定が困難であるばかりでなく、一方の他方の法規性のない圧力ではなしに行われるものであるのに対し、他方にはこういう裏付けないしは基盤を欠く単なる社会的事実としての力の優劣の関係にすぎず、その間に置かれる性質上の区別が存在するからである。すなわち、私的支配関係においては、個人の基本的人権や自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、これに対する立法措置によってその是正を図ることが可能であるし、また、場合によっては、私的自治に対する一般的制限規定である民法1条、90条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によって、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限界を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存するのである。そしてこの場合、個人の基本的人権や自由や平等を最も重要な法益として尊重すべきことは当然であるが、これと絶対視することも許されず、結局両者の間の均衡と調和を基準としてこれを判断するべきことではないことは、論をまたないのである。
4 ところで、憲法は、思想、信条の自由や法の下の平等を保障すると同時に、他方、22条、29条等において、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している。それゆえ、企業者は、かかる経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がないかぎり、原則として自由にこれを決定することができるのであって、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできないのである。…労働基準法3条が労働者の信条によって賃金その他の労働条件につき差別することを禁じているのは、雇入れ後の労働条件についての制限であって、雇入れそのものを制約する規定ではない。
また、企業者が労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項について申告を求めることも、これを法律上禁止された違法な行為とすべき理由はない。
右のような企業の雇用の自由を肯認する以上、企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項について申告を求めることも、これを法律上禁止された違法な行為とすべき理由はない。

解説
私人間効力の間接適用説について、憲法の人権規定は私人間の法律関係に適用されないとする無適用説、適用されるとする直接適用説もありますが、本判決は、民法の一般的規定(1条、90条、709条等)に人権規定の趣旨を取り込むことによって人権規定の効力を間接的に及ぼそうとする間接適用説を採用したものと理解されています。

過去問
1 企業が、労働者の採否を決定するに当たり、労働者の思想、信条を調査し、労働者からこれに関連する事項について申告を求めることは、労働者の思想、信条の自由を侵害する行為として直ちに違法となる。 (司法書士2021年)

1 × 判例は、企業者が雇用の自由を有し、思想、信条を理由として雇入れを拒んでもこれを違法とすることができない以上、企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、その者からこれに関連する事項について申告を求めることも、法律上禁止された違法行為とすべき理由はないとしています(最大判昭 48.12.12)。

昭和女子大事件(最判昭49.7.19)

■事件の概要
Y(昭和女子大学)に在籍するXは、学内で、Yに届出をしないで政治的暴力行為防止…
…の反対の署名を集めたりしたこと等を理由に、YはXの退学処分とした。これに反発したXが退学処分等の無効の確認を求めて訴えを提起した。

*学校側に政治的活動を事前に届け出て、許可を得ることが学則に規定されていた。
**学則を大学当局に届け出ないで学外で行われた場合、普通は退学処分にはならない。

判例ナビ
Yは、Xに対し、学生たる地位の確認を求める訴えを提起していた。
第1審は、Xの請求を認めましたが、控訴審は第1審を取り消したため、Xが上告しました。

■裁判所の判断
1 憲法19条、23条等のいわゆる自由権的基本権の保障規定は、国又は公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障することを目的とした規定であって、私人相互の関係を直接規律することを予定したものではないことは、裁判所大法廷判決の示すところである。
その趣旨に徴すれば、私立学校である上告大学の学則の罰則としての性質をもつ前記各規定の要件の解釈について直接憲法の右各規定に違反するかどうかを論ずる余地はないものというべきである。
ところで、大学は、国公立であると私立であるとを問わず、学術の自由と教育の自由を享有するとともに、公教育法に依拠し、学生の教育権を保障する目的で設置された教育施設であり、その自主的判断において、教育方針や学則を策定し、これを実施する権能を有し、教育の自由は、教育内容の自由が保障されるものであり、教育方針を策定してこれを実施することが承認されている。したがって、当該大学において教育を受けることを希望して入学するものと考えられるので、その教育方針ないし校風が気に入らないとしてこれを変更するよう要求する権利を当然に有するものではない。
しかし、学校教育においては、学生の基本的な人権の尊重が要請されるものであり、教育内容の自由を保障する目的で設置された教育施設において、社会通念に照らして合理性を欠く校則が、学生の基本的な人権を不当に侵害するものであるときは、法の規制が及ぶことを免れない。
大学が校則を制定し、これを学生に適用するにあたっては、その自主的、裁量的な判断が広く認められるべきものであり、裁判所としては、それが社会通念に照らして著しく妥当を欠き、裁量権の濫用と認められる場合に限り、違法であると判断すべきである。

私人間における人権保障
を特に重視しあるいは比較的保守的な校風を有する大学が、その教育方針に照らし学生の政治的活動を避けるよう指導し、あるいはその教育方針に照らし学生の政治的活動を避けるよう指導し、あるいはその教育方針に照らし学生の政治的活動を避けるよう指導し、学生の退学処分を行うことはもちろん許されないが、それが社会通念上合理的な範囲にとどまるかぎり、これを不当に規制するものであるとはいえない。
2 退学処分を行うにあたっては、その要件の認定につき処分の処分の選択に比較して特に慎重な配慮を要することはもちろんであるが、退学処分を選択するにあたって前記のような諸般の事情を総合して決定される教育的判断にほかならないことを考えれば、具体的事情について当該学生に改善の見込があるか、これを学内に止めて教育を行うことが教育上許されないかどうかを判断するにあたっては、あらかじめ本人に反省を促すための指導を行うことが教育上必要であるか否か、また、その補導のどのような方法と程度において行うべきか等については、それぞれの学校の方針に基づく学校の側の具体的判断・専門的・法律的判断に委ねるほかはない。したがって、当該学校の右のような右判断の過程に過誤がある場合を除いては、常に退学処分を無効にすべきものとする見解はとれない。したがって、本件退学処分に係る事実認定の過程に誤りはないとして、指導の面において欠けるところがあったとしても、それが退学処分を無効とするほどの事情ではない。

解説
本件では、私立大学による学生の政治活動の自由の制限の可否が問題となりました。本判決は、三菱樹脂事件(最大判昭48.12.12)が判示した私人間効力の間接適用説を適用することを否定した上で、大学の学生に対する包括的権能を根拠に学生の政治活動の自由を制限できるとしました。また、退学処分については、社会通念上合理性を認めるとともに、これができないのであれば、大学の裁量権の範囲内にあるとした上で、Xに対する退学処分は、裁量権の範囲内にあり有効であるとしました。

◆この分野の重要判例
日産自動車事件(最判昭56.3.24)
X会社(日産自動車株式会社)の就業規則は男子の定年年齢を60歳、女子の定年年齢を55歳と規定していた。X会社の就業規則は男子の定年年齢が60歳に引き上げられた。従来、X会社の就業規則には、女子の定年年齢を55歳と規定していた。
X会社においては、女子労働者の担当する職務に相応に軽易であるか、従来より女子労働者の能力の限界といったことが前提にあったが、男女間の個人的能力等の価値を離れて、その全体をX会社に対する貢献度の上昇がない従業員と断定する資料はない。しかも、女子従業員について労働の量的負担が向上しないものとして賃金を引き上げないという不均衡が生じた。このような状況の下で、少なくとも60歳定年制を維持することなく、少なくとも60歳定年制は、男子従業員にとっても企業経営上要求される職務遂行能力に欠けるものではなく、男女ともに通常の職務であれば企業経営上の観点からは区別はない。
X会社の就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法90条の規定により無効であると解するのが相当である(憲法14条1項、民法1条の2〔現2条〕参照)。

過去問
1 私立学校は、建学の精神に基づく独自の教育方針を立て、学則を制定することができるが、学生の政治活動を理由に退学処分を行うことは憲法19条に反し許されない。(行政書士2013年)
2 会社の就業規則中、女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、もっぱら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして、憲法14条1項の規定に違反し無効であるとするのが判例である。(公務員2022年)

1 × 判例は、学生の勉学専念を特に重視しあるいは比較的保守的な校風を有する私立大学が、その教育方針に照らし学内外における学生の政治的活動につきさしたる広範な裁量権を及ぼすこととしても、これをもって直ちに社会通念上学生の自由に対する不合理な制限であるということはできないとした上で、政治活動を理由に退学処分を行っても、それが社会通念上合理性を認めることができるようなものでないかぎり、懲戒権者の裁量権の範囲内にあるものとしています(最判昭49.7.19)。
2 × 判例は、女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、もっぱら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして「民法90条」により無効であるとしており、憲法14条1項に違反し無効であるとしていません(最判昭56.3.24)。