探偵の知識

思想・良心の自由

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス
思想・良心の自由は、人の内面的な精神活動の基本となる自由であり、憲法19条は、これを人権として保障しています。

謝罪広告強制事件 (最大判昭31.7.4)
事件の概要
1952 (昭和27) 年10月に行われた衆議院議員選挙の候補者Xは、選挙運動中に、ラジオの政見放送及び新聞を通じて、「対立候補のYは、県知事在職中に、発電所の電気機械入札にからんで斡旋料800万円をもらった」と公表した。そこで、Yは、Xが虚偽の事実を公表したことによって自己の名誉を毀損されたとして、名誉回復のための謝罪文の放送・掲載を求める訴えを提起した。

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第1審は、Xに対し、民法723条に基づき「放送及び記事は真相に相違しており、貴下の名誉を傷つけ御迷惑をおかけいたしました。ここに陳謝の意を表します」という文面の謝罪広告を新聞紙上に掲載することを命じ、控訴審もこれを支持しました。そこで、Xは、謝罪広告の強制は憲法19条の保障する良心の自由を侵害すると主張して上告しました。

総裁判所の判断
民法723条にいわゆる「他人の名誉を毀損したる者に対して被害者の名誉を回復するに適当な処分」として謝罪広告を新聞紙等に掲載すべきことを加害者に命ずることは、従来学説判例の肯認するところであり、また謝罪広告を新聞紙等に掲載することがわが国国民生活の実際においても行われているのである。もっとも、謝罪広告を命ずる判決もその内容上、これを新聞紙に掲載することが謝罪者の意思決定に委ねるとすれば、これを命ずる場合の債務者の意思のみに係る不代替作為として民訴734条に基づき間接強制によるを相当とするものもあるべく、時にはこれを強制することが債務者の人格を無視し著しくその名誉を毀損し意思決定の自由ないし良心の自由を不当に制限し、ひいては憲法19条の趣旨に反する結果となる場合もあり得るであろうことは、これを否定し得ない。しかし、単に事態の真相を告白し陳謝の意を表するに止まる程度のものであれば、これをもって債務者の人格を無視するものということはできず、かえってこれによって、加害者は、その反倫理的行為に対する社会の非難を緩和し、失われた社会的信用を回復する途を開くことにもなるものであるから、このような謝罪広告は、加害者の意思に反してこれを強制執行しても、憲法19条に違反するものではない。なお、この強制執行の判決の主文としては、XがYに陳謝の意を表する旨を記載したYの名誉を回復するのに適当な新聞紙に掲載して公表すべき旨を命じ、Xが右期間内に任意に履行しないときは、Yは右費用で広告を掲載することができる旨を命ずべきものであって、本件のようにYが作成した広告文をそのままXの名において掲載すべきことを命ずることは許されない。しかし、この点を上告趣旨が指摘するところは全くないから、この点において原判決を破棄することはできない。

解説
本判決は、謝罪広告の内容によっては思想・良心の自由に侵害する場合があることを認めた上で、単に事態の真相を告白し謝罪の意を表明するに止まる程度のものであれば、思想・良心の自由を侵害しないとしました。そして、本件の謝罪広告は、Xの良心の自由を侵害するものではなく、また、民法723条の適当な処分に当たるとして、Xの上告を棄却しました。

過去問
1 民法723条にいう名誉の回復に適当な処分として謝罪広告を新聞紙等に掲載すべきことを加害者に命ずることは、それが単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するにとどまる程度のものである場合であっても、被害者の意思に反し、良心の自由を侵害するものであるから、憲法19条に違反する。(公務員2022年)
1x 判例は、単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するにとどまる程度のものである場合は、謝罪広告を強制しても憲法19条に違反しないとしています (最大判昭31.7.4)。

国歌斉唱職務命令と憲法19条 (最判平23.5.30)
事件の概要
都立高校の教諭Xは、卒業式における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し国歌を斉唱すること(起立斉唱行為)を命ずる旨の校長の職務命令に従わなかったため、Y (東京都教育委員会 (都教委)) から戒告処分を受けた。その後、Xは定年退職したが、これに先立ち、退職後の非常勤嘱託員の採用選考に申込みをしたところ、Yから、上記職務命令違反によることを理由に不合格とされた。

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Xは、校長の職務命令は憲法19条に違反し、Yが非常勤嘱託員の採用選考においてXを不合格としたことは違法である等と主張して、Z (東京都) に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償等を求める訴えを提起した。第1審、控訴審ともにXの請求を棄却したため、Xが上告した。

総裁判所の判断
1 Xは、卒業式における国歌斉唱の際の起立斉唱行為を拒否する理由について、日本の侵略戦争の歴史を学ぶ中で日章旗は、日の丸は、中国人への敵視に対し、「日の丸」が「君が代」を卒業式に組み入れて強制するものではない、…したがって、このような考えは、自らの歴史観ないし世界観と不可分に結び付いたものといえ、その良心の核心部分をなすものと認められる。このような考えは、「日の丸」や「君が代」が戦前の軍国主義との関係で一定の役割を果たしたとする自身の歴史観ないし世界観から生ずる社会生活上の信条ということができる。
しかしながら、…学校の儀式的行事である卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立斉唱行為は、一般的、客観的に見て、これらに対する儀礼上の敬意の表明として所作としての性質を有するものであり、かつ、そのような所作として外部からも認識されるものというべきである。したがって、上記の起立斉唱行為は、その由来や我が国で定着するに至る経緯に照らせば、歴史観ないし世界観を理由としてこれに応じない者もいるといえども、上記の歴史観ないし世界観を外部に表明する行為という性質を有するものと評価することはできない。また、上記の起立斉唱行為は、その外部からの認識は上記のようなものというべきで、これに反する思想の表明として外部から認識されるものと評価することは困難であり、職務上の命令に従ってこのような行為が行われる場合には、上記のように強制することは困難であるといえるのであって、本件職務命令は、特定の思想を持つことを強制したり、これに反する思想を持つことを禁止したりするものではなく、特定の思想の有無について告白することを強要するものでもないというべきである。そうすると、本件職務命令は、これらの観点において、個人の歴史観及びその見解を表明する自由を制約するものと認めることはできず、これらの自由の根幹にかかわるものではない。
2 もっとも、上記の起立斉唱行為は、教員が担当する教科等の授業やこれを補充する課外活動の内容に含まれるものではなく、…国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為であるといえる。そうすると、自らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となる「日の丸」や「君が代」に対して敬意を表明することには、個人の歴史観ないし世界観に由来する行動としてこれを行うことはできないという点で、その者の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難い。しかし、そのような制約が許容されるか否かについては、本件職務命令の目的、内容及びその必要性、これが個人の思想及び良心の自由に対し現実にもたらす影響の程度等を比較衡量して判断するのが相当である。
3 これを本件についてみるに、本件職務命令に係る起立斉唱行為は、前記のとおり、Xの歴史観ないし世界観とその後まで否定的な評価の対象とするものに対する敬意の表明の要素を含むものであることから、そのような敬意の表明に応じないことは、Xの思想及び良心の自由について、これを外部に表明する行為として消極的に振る舞うという側面がある。そうすると、本件職務命令は、一般的、客観的な見地から、Xの歴史観ないし世界観それ自体を否定するものではないとしても、Xがこれを外部に表明する機会を奪うという側面があり、その限りでXの思想及び良心の自由を間接的に制約するものといえる。
他方、学校の卒業式や入学式等の教育上の儀式的行事においては、生徒等への配慮を含め、教育上の行事にふさわしい秩序を確保して儀式の円滑な進行を図ることが必要であるといえる。本件職務命令は、公立高等学校の教職員であるXに対して当該学校の卒業式という儀典における慣例上の儀礼的な所作として国歌斉唱の際の起立斉唱行為を求めることを内容とするものであって、高等学校教育の目標や卒業式の意義、在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿い、かつ、地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえた上で、生徒等への配慮を含め、教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに当該式典の円滑な進行を図るものであるということができる。
以上の諸事情を踏まえると、本件職務命令については、前記のように外部的な行動を介してXの思想及び良心に何らかの関わりを持つ間接的な制約となる面はあるものの、職務命令の目的及び内容並びに上記の制約の程度を対比衡量すれば、上記制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるものというべきである。
4 以上の諸点に鑑みれば、本件職務命令は、Xの思想及び良心の自由を侵害するものとして憲法19条に違反するとはいえないと解するのが相当である。

解説
本判決は、市立小学校の音楽専科教諭に対し入学式での国歌斉唱のピアノ伴奏を命じる旨の校長の職務命令は憲法19条に違反しないとした判例(最判平19.2.27) を踏襲した上で、起立斉唱行為を命ずることが思想・良心の自由に対する間接的な制約となること、およびその制約が許容されうるかどうかの判断基準を明らかにしました。

過去問
1 判例では、公立学校の校長が教諭に対し卒業式における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを命じた職務命令は、特定の思想を持つことを強制するものではなく、当該教諭の思想及び良心を直ちに制約するものではないが、当該教諭の思想及び良心についての間接的な制約となりうるため、憲法に違反するとした。(公務員2019年)
1x 判例は、都立高校の校長が教諭に対し卒業式における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを命じた職務命令について、当該教諭の思想及び良心についての間接的な制約となる面はあるものの、その制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるので、憲法19条に違反しないとしています (最判平23.5.30)。