表現の自由
2025年11月19日
『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9
ガイダンス
表現の自由とは、内心における精神作用を、方法のいかんを問わず、外部に公表する精神活動の自由をいいます。表現の自由には、個人が表現活動を通じて自己の人格を発展させるという価値(自己実現の価値)と、表現活動を通じて国民が政治的意思決定に関与するという価値(自己統治の価値)があります。表現の自由は、自己実現・自己統治という2つの価値を有することから、他の人権に対して優越的地位を有しています。
サンケイ新聞事件 (最判昭49.11.6)
■事件の概要
Y(産業経済新聞社)は、その発行するA新聞(サンケイ新聞)紙上に、X(日本共産党)が採択した民主連合政府綱領草案がYの党綱領と矛盾しているとするZ(自由民主党)の意見広告を掲載した。これに対し、Xは、意見広告の内容の主要部分を歪曲して中傷するものであるとして、Yに対し、憲法21条、民法723条等を根拠に、A新聞にXの反論文の無料掲載を求める訴えを提起した。
判例ナビ
第1審、控訴審ともにXの請求を棄却したため、Xが上告しました。
■裁判所の判断
1 憲法21条のいわゆる自由権的基本権の保障は、国又は地方公共団体の統治行動に対して、基本的な個人の自由と平等を保障することを目的としたものであって、私人相互の関係については、たとえ相互の力関係の不均衡から一方が他方に対し優位な立場にあるときであっても、原則上適用されるものではない。もっとも、私人間においても、当事者の一方が情報の収集、管理、処理のつき影響力をもつ日刊新聞紙を全面的に発行・発売する者である場合でも、憲法の規定から直接に、新聞紙の発行・発売の当事者に反論するためのものでないことは明らかというべきである。
2 所論のような反論文掲載請求権は、これを認める旨の明文の規定が存在しない。民法723条は、名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができるものとしており、また、人格権としての名誉権に基づいて、加害者に対し、現に行われている侵害行為を除去し、又は将来生ずべき侵害を予防するため侵害行為の差止めを請求することができる場合のあることは、当裁判所の判例とするところであるが、右の名誉回復処分又は侵害の差止めは、単に表明行為が名誉を侵害しているというだけでは足りず、人格権としての名誉の毀損による不法行為の成立を前提としてはじめて認められるものであって、この前提なくして本請求は人格権に基づき所論のような反論文掲載請求権を認めることは到底できないものというべきである。
ところで、…新聞の記事に取り上げられた者が、その記事の掲載によって名誉毀損の不法行為が成立するかどうかとは無関係に、自己が記事に取り上げられたというだけの理由によって、新聞を発行・販売する者に対し、当該記事に対する自己の反論文を無修正で、しかも無料で掲載することを求めることができるものとするいわゆる反論権の制度は、一名あるいはプライバシーの保護に資するものがることも否定し難いことである。しかしながら、この制度が認められるときは、新聞を発行・販売する者にとっては、原記事が正しく、反論文に誤りであると確信している場合でも、あるいは反論文の内容がその編集方針によれば到底掲載すべきでないものであっても、その掲載を強制されることになり、また、そのために本来ならば他に利用できたはずの紙面を割かなければならなくなる等の負担を強いられるのであって、これらの負担が、裁判的救済に価する程度のものであるかどうかは、多岐にわたる複雑な考慮を要するものであり、この種の制度の創設は、民主主義社会において極めて重要な意義をもつ問題である。このように、対し甚大な影響を及ぼすものであって、たとえYの有する新聞紙などの巨大企業体による情報の提供が一般国民に対し強い影響力をもち、その記事の特定の名誉の保護ないしプライバシーに重大な影響を及ぼすことがあるとしても、不法行為が成立する場合にその者の保障を図ることは主として、反論文の掲載について具体的な交渉ができないものといわなければならない。Xは主張のような反論文掲載請求権を具体的に認めることはできないものといわなければならない。
判決に出てくる反論文掲載請求権は、一般に、反論権(新聞・マスメディアにおいて批判された者が、当該メディアに対して無料かつ同一のスペースで反論文の掲載を請求する権利)と呼ばれています。
反論権には、不法行為の成立を前提とする狭義の反論権と不法行為の成立を前提としない広義の反論権があります。Xは、憲法21条、条理、人格権を根拠に広義の反論権を、民法723条による名誉回復処分として狭義の反論権を主張しました。これに対し、本判決は、広義の反論権を否定したが、狭義の反論権については、その前提となるYのXに対する不法行為の成立を否定したため、言及していません。
過去問
1 政治欄の批判・論評は、表現の自由において特に保障されるべき性質のものであることから、政党は、自己に対する批判的な記事の他の政見広告として新聞に掲載されたという理由のみをもって、具体的な成文法なくとも、その記事への反論文を掲載することを当該新聞を発行・販売する者に対して求める権利が憲法上認められるとするのが判例である。(公務員2019年)
1 Xの本問のような反論文掲載請求権について、判例は、憲法21条から直接生ずるものではなく、また、具体的な成文法がないのにと認めることはできないとしています(最判昭49.11.24)。
博多駅事件 (最大決昭44.11.26)
■事件の概要
1968(昭和43)年1月、アメリカの原子力空母が佐世保に寄港することに反対する学生デモ隊と機動隊が衝突した博多駅事件が発生した。学生帽を支持していた政治団体は、衝突の機動隊の行為が刑法の特別公務員暴行陵虐罪にあたるとして、福岡地方検察庁に告発したが、検察が不起訴処分にしたため、福岡地方裁判所に付審判請求(刑事訴訟法262条)をした。そこで、福岡地方裁判所は、審理のため、Xテレビ局に対して事件を撮影した取材フィルムの提出命令を出した。
* 特別公務員暴行陵虐事件、公務員職権濫用罪等について告発または告訴をした者が、検察官の不起訴処分に不服がある場合に、地方裁判所に対して事件を裁判所の審判に付すよう請求できること。
判例ナビ
Xは、本件提出命令は表現の自由を保障する憲法21条1項に違反するなどと主張して福岡高等裁判所に提出命令の取消を求める特別抗告*をしました。しかし、同裁判所が抗告を棄却したため、Xが特別抗告**をしました。
*刑事訴訟法上、裁判所の決定について上訴裁判所に不服を申し立てる方法(刑事訴訟法419条以下)。民事訴訟法に抗告の規定がある。
**刑事訴訟法上、抗告を許さないとする決定でなければならず、かつ憲法違反を理由として最高裁判所に対して提起する特別の抗告(刑事訴訟法433条)。民事訴訟法に同様の制度がある。
■裁判所の判断
報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の「知る権利」に奉仕するものである。したがって、思想の表明の自由と並んで、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法21条の保障のもとにあることはいうまでもない。また、このような報道機関の報道が正しい内容をもつためには、報道の自由とともに、報道のための取材の自由も、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値するものといわなければならない。…しかし、取材の自由といっても、もとより何らの制約を受けないものではなく、たとえば公正な裁判の実現というような憲法上の要請があるときは、ある程度の制約を受けることのあることも否定することができない。…公正な刑事裁判の実現を確保するためには、報道機関の取材活動によって得られたものが、証拠として必要と認められるような場合には、取材の自由がある程度の制約を被ることとなってもやむを得ないところというべきである。しかしながら、このような場合においても、一面において、審判の対象とされている犯罪の性質、態様、軽重および取材したものの証拠としての価値、ひいては、公正な刑事裁判を実現するためにその必要性の有無を考慮するとともに、他面において、取材したものを証拠として提出させられることによって報道機関の取材の自由が妨げられる程度およびこれが報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきであり、これを刑事裁判の証拠として使用することがやむを得ないと認められる場合においても、それによって受ける報道機関の不利益が必要な限度に止められるような配慮がなされなければならない。
以上の見地に立って本件をみるに、本件の付審判請求の対象とされているのは、多数の機動隊員と学生との間の衝突に際して行われたとされる機動隊員等の公務員職権濫用罪、特別公務員暴行陵虐罪の成否にある。その審理は、現在において被疑者および告発者の陳述が対立し、かつ、事件発生後まちまち経過した現在からの第三者の証言も期待しがたく、しかも、当事者の供述を中立的立場から徴した本件フィルムがその審判の帰趨を決するうえにほとんど決定的とも認められる価値を有するものである。他方、本件フィルムは、すでに放映されたものを含む数映のために準備されたものであり、それが証拠として使用されることによって報道機関が蒙る不利益は、報道の自由そのものが、将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるというにとどまるものと解されるのである。付審判請求事件を審理する裁判所が厳正公平な裁判を行わなければならないことは至上命令である。この利益は、報道機関の自由を尊重すべき要請とを比較衡量した場合に、なおこれを優位させなければならない程度のものであるというべきである。
福岡地方裁判所は、本件フィルムにつき、一たん押収した後ににおいても、時機に応じた反対尋問などによって、報道機関の取材の自由に対する侵害を伴わないような措置を講じたこと、および、以上の諸点をその他各種の事情をあわせ考慮するときは、本件フィルムを付審判請求事件の証拠として採用するために各新聞社に提出命令を発したことは、まことにやむを得ないものと認められるのである。
解説
本判決は、報道の自由が憲法21条によって保障されることを明言しましたが、取材の自由については、「憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値する」と述べるにとどまり、保障されると明言しませんでした。最高裁の真意は不明ですが、学説は、「憲法上保障されるが、保障の程度は、報道の自由よりも劣ると考えているのではないか」との理解が有力です。なお、Xの特別抗告は棄却されました。
この分野の重要判例
◆外務省秘密漏洩事件 (最大決昭53.5.31)
報道機関の国民に対する取材活動は、国家機密の探知という点で公務員の守秘義務と対立するものであり、時としては、国家・国民生活に質的変化をもたらすものであるから、報道機関が取材の目的で公務員に対し国家秘密の漏洩をそそのかしたからといって、そのことだけで、直ちに当該行為の違法性が推定されるものと解するのは相当ではなく、報道機関が公務員に対し根気強く執拗に説得ないし要請を続けることは、それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が社会的見地に照らし相当なものであるとして社会通念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為というべきである。しかしながら、報道機関といえども、取材の自由を藉口して、取材の手段・方法が個人の基本的人権を著しく蹂躙することのないように配慮すべきことは言うまでもなく、手段・方法の如何によっては、取材対象者の人格を個人としての尊厳を著しく蹂躙し、刑法等各種の法規が保護する個人の法益を違法に侵害するような態様のものとなればならない。
解説
本件は、毎日新聞の政治部記者Xが沖縄返還交渉に関する秘密文書を入手するため、外務省の女性事務官Yと肉体関係を持ち、Yが自分に好意を抱いていることを利用して、秘密文書の持ち出しを執拗にそそのかし、国家公務員法違反で起訴され、有罪判決を受けたという事案です。本決定は、上告審判決のように述べ、Xの行為は正当な取材活動の範囲を逸脱しているとしました。
◆取材の自由と民事裁判の証言の拒絶 (最大決平18.10.3)
民事訴訟法は、公正な民事裁判の実現を目的として、何人も、証人として証言すべき義務を負い(同法190条)、一定の事由がある場合に限って例外的に証言を拒絶することができる旨定めている(同法196条、197条)。そして、同法197条1項3号は、「職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合」には、証人は、証言を拒むことができると規定している。ここにいう「職業の秘密」とは、その事項が公開されると、当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいうと解される…。もっとも、ある秘密が上記の意味での職業の秘密に当たる場合においても、そのことがらに固有の価値、当該秘密が公開された場合に、その秘密を保護するについて格別の必要性が認められると解すべきである。そして、報道の自由を保障するかどうかは、秘密の公開によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲になる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられるというべきである。
報道関係者の取材源は、一般に、それがみだりに開示されると、報道関係者と取材源との間の将来にわたる信頼関係が損なわれ、将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることとなり、報道機関の業務に深刻な影響を与え今後の遂行が困難になるといえるので、取材源の秘密は職業の秘密に当たるというべきである。そして、その取材源の秘密が保護に値する秘密であるかどうかは、当該報道が、公共の利益、その持つ社会的な意義・価値、当該取材の態様、将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益、当該民事事件の内容、その持つ社会的な意義・価値、当該民事事件において当該証言を必要とする程度、代替証拠の有無等の諸事情を比較衡量して決すべきことになる。
取材の自由の持つ・・・意義に照らして考えれば、取材源の秘密は、取材の自由を確保するために必要なものとして、重要な社会的価値を有するというべきである。そうすると、当該取材の自由が公共の利益に関するものであって、その手段・方法が一般の刑罰法規に触れることなく、社会通念上も相当と認められるなど、諸事情が本件民事裁判の公正な裁判を実現すべきである、ため、当該取材の秘密の社会的価値を考慮してもなお裁判を重視すべき必要性が高く、そのために取材の秘密の社会的価値を考慮してもなお公正な裁判を実現すべき必要性が高く、そのために取材の当該証言を得ることが必要不可欠であると認められない場合は、当該取材源に係る証言を拒絶することができると解するのが相当である。
解説
本件は、アメリカの食品会社Xがアメリカ産の牛肉に提起した損害賠償請求訴訟に関連して、国際情勢評論家Y、日本の農林水産省の当事者が基づいて、Yに対する証人尋問を実施したところ、Yが取材源の存否に関する証言を拒絶したため、XがYの証言拒絶に理由がないことの裁判を求めて拒否したという事案であり、民事事件において取材源の秘密が、民法197条1項3号の「職業の秘密」の意味を明らかにした上で、「職業の秘密」のうち保護に値する秘密についてだけ証言を拒絶できるとしました。そして、取材源の秘密は「職業の秘密」にあたるとした上で、それが保護に値する秘密に当たるかどうかは、どのような場合かを明らかにしました。なお、刑事事件においても、新聞記者の証言拒絶権を否定した最高裁判決が出されています(最大判昭27.8.6)。
過去問
1 事実の報道の自由は、国民の知る権利に奉仕するものであるとしても、憲法第21条によって保障されるわけではなく、報道のための取材の自由も、憲法第21条とは関係しない。(公務員2019年)
2 報道関係者の取材源の秘密は、民事訴訟法に規定する職業の秘密に当たり、民事事件において証人となった報道関係者は、保護に値する秘密についてのみ取材源に係る証言拒絶が認められると解すべきであり、保護に値する秘密であるかどうかは、秘密の公表によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲になる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられるべきである。(公務員2018年)
1 x 判例は、報道機関の報道が国民の「知る権利」に奉仕するものであることを認めた上で、事実の報道の自由は、表現の自由を保障した憲法21条の保障のもとにあることはいうまでもなく、報道のための取材の自由も、憲法21条の精神に照らし、十分に尊重に値するとしています(最大判昭44.11.26)。
2 判例は、民事訴訟法が証言拒絶事由とされている「職業の秘密」のうち、証言拒絶が認められるのは、「保護に値する秘密」であるかどうかが問題となった場合、「保護に値する秘密」であるかどうかは、「秘密の公表によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲になる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられる」としています。
ノンフィクション「逆転」事件 (最判平6.2.8)
■事件の概要
Xは、架空の人物を登場させたYのノンフィクション作品「逆転」(本件著作)でXの実名が使用されたため、その刊行により、Xが刑事事件の犯人となり有罪判決を受けて服役したという前科にかかわる事実が公表され、精神的苦痛を被ったと主張して、Yに対し、損害賠償50万円の支払を求める訴えを提起した。
判例ナビ
第1審、控訴審ともに、前科を公表されないという利益は法的に保護される人格的利益であり、本書において実名を使う必要は不可欠ではないとして、Yに50万円の慰謝料の支払いを命じたため、Yが上告しました。
■裁判所の判断
1 ある者が刑事事件につき被疑者とされ、さらには被告人として公訴を提起されて判決を受け、とりわけ有罪判決を受け、服役したという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であるから、その者としては、みだりに右の事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するものというべきである。この理は、右の事実にかかわる事実の公表が公共の利害に関する事実であって、私人としては団体によるものであっても変わるものではない。そして、その者が有罪判決を受けた後あるいは服役を終えた後においても、一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、その者は、前科等にかかわる事実の公表によって、新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有するというべきである。
もっとも、…事件それ自体を公表することに歴史的又は社会的な意義が認められるような場合には、事件の当事者についても、その実名を明らかにすることが許されないとはいえないし、…事件の社会的側面を描写、叙述するのにその実名を使用することが不可欠であるとはいえない。また、その者の社会活動のいかんによっては、その活動の評価の一資料として、その前科等にかかわる事実が公表されることを受忍しなければならない場合もある。さらに、その者が選挙に立候補している場合あるいは公職に就任している場合あるいは社会一般の正当な関心の対象となる人物である場合には、その者が公職にあることの適否などの判断の一資料としての前科等にかかわる事実が公表されたときは、これを違法というべきものではない。
そして、ある者の前科等にかかわる事実が実名を使用して著作物で公表された場合に、以上の諸点を判断するためには、その著作物の目的、性格等に照らし、実名を使用することの意義及び必要性を併せ考えることを要するというべきである。
要するに、前科等にかかわる事実については、これを公表されない利益が優越する場合があると同時に、これを公表する必要がある場合もあるのであって、ある者の前科等にかかわる事実を実名を使用して公表したことが不法行為を構成するか否かは、その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性を併せ判断すべきもので、その結果、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越すると認められる場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるものでなければならず、なお、この点に関しても、著作者の表現の自由を不当に制限するものではない。
2 そこで、以上の見地から本件をみると、まず、本件著作及び本件判例から本件著作が刊行されるまでに10年余の歳月を経過しているが、その間、Xの社会復帰に努め、新たな生活環境を形成していた事実に関心を持たず、Xは、その前科にかかわる事実を公表されないことにつき法的保護に値する利益を有していることは明らかであるというなければならない。しかも、Xは、地方に隠れて太陽電池の無動力の中古市場として生活していたのであって、公的立場にある人物のようにその社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として前科にかかわる事実の公表を受忍しなければならない場合ではない。
所論は、本件著作は、捜査制度の長所ないし民主的な意義を訴え、当時のアメリカ合衆国の沖縄統治の実態を明らかにしようとすることを目的としたものであり、そのために本件事件ないしは本件判例の内容を正確に記述する必要があったというが、その目的を考慮しても、本件事件の当事者であるXについて、その実名を明らかにする必要があったとは解されない。…
以上を総合して考察すれば、本件著作が刊行された当時、Xは、その前科にかかわる事実を公表されないことにつき法的保護に値する利益を有していた。ところが、本件著作において、YがXの実名を使用してその事実を公表したことを正当とするまでの理由はないといわなければならない。そして、Yが本件著作でXの実名を用いなければ、その前科にかかわる事実を公表する必要になることは必至であって、実名使用の是非をYが判断し得なかったものとは解されないから、Yは、Xに対する不法行為責任を免れないものというべきである。
解説
本判決は、私人が公人によって前科を公表されないことが法的保護に値する利益であるとした上で、ノンフィクション作品による前科の公表が不法行為を成立させる場合があることを最高裁として初めて明らかにしました。なお、本件は私人による前科の公表の事案ですが、公的な団体による前科の公表が問題となった事案としては、前科照会事件(最判昭56.4.14)があります。
この分野の重要判例
◆検索結果の削除とプライバシー (最決平29.1.31)
1 個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護の対象となるというべきである…。他方、検索事業者は、インターネット上に存在するウェブサイトに掲載されている情報を網羅的に収集してその複製を保存し、同複製を基にした索引を作成するなどして情報を整理し、利用者から示された一定の条件に対応する情報を網羅的に基づいて検索結果として提供するものであるが、この情報の収集、整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの、同プログラムは検索結果の提供に係る検索事業者の指針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから、検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。また、検索事業者による検索結果の提供は、…現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。そして、検索事業者による特定の検索結果の提供行為が違法とされ、その削除を余儀なくされるということは、上記方針に沿った一貫性を有する表現行為が制約されるであるもとより、検索結果の提供を通じて果たされている上記役割に対する制約でもあるということができる。
以上のような検索事業者による検索結果の提供行為が有する性質等を踏まえると、検索事業者が、ある者に関する条件による検索の求めに応じ、その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報等を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは、当該事実の性質及び内容、当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的な被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する必要性に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者に対し、当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。
2 これを本件についてみると、…児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕されたという本件事実は、他人にみだりに知られたくない個人のプライバシーに属する事項である。本件事実は、逮捕された日から相当の期間が経過した後のものではあるが、児童買春が社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されていることに照らし、今なお社会的に強い非難の対象とされるといえる。また、本件検索結果はXの居住する市の名称及び公共の利害に関する事項であるといえる。
本件検索結果に係る記事の名目を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると、本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるといえる。
以上の諸事情に照らすと、Xが妻子と共に生活し、…罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を起すことなく市民社会で稼働していることがうかがわれることなどの事情を考慮しても、本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。
解説
本件は、見習容疑で逮捕され罰金刑に処せられたXが、検索事業者のY検索エンジンで検索すると、自己の事件が検索結果に表示されることから、Yに対し、人格権ないし人格的利益に基づいて、検索結果の削除を求める仮処分命令の申立てをしたという事案です。本決定は、個人のプライバシーに属する事実をみただけに公表されない利益が法的保護の対象となるとともに、検索結果の提供も検索事業者の表現行為であるとしました。そして、削除請求の許否の判断基準を明らかにして、児童買春が社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されていることから、Xの事件は今なお公共の利害に関する事項であるとし、削除請求を認めませんでした。
過去問
1 前科は、個人の名誉や信用に直接関わる事項であるから、事件それ自体を公表することに歴史的または社会的な意義が認められるような場合であっても、行政事件の訴訟を明らかにすることは許されない。(行政書士2011年)
2 検索事業者による検索結果の提供行為は、検索事業者自身による表現行為という側面を有し、また、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしていること等を踏まえると、検索事業者が、ある者に関する条件による検索の求めに応じ、その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する必要性に関する諸事情を比較衡量して判断すべきである。(公務員2020年)
1 x 判例は、「事件それ自体を公表することに歴史的又は社会的な意義が認められるような場合には、事件の当事者についても、その実名を明らかにすることが許されないとはいえない」としています(最判平6.2.8)。
2 O 判例は、本問のような比較衡量をした上で、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者に対し、当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるとしています(最決平29.1.31)。
集合住宅へのビラ配布と表現の自由 (最判平20.4.11)
■事件の概要
反戦活動を行っている団体の構成員Xは、防衛庁(現防衛省)の職員用宿舎に管理者および居住権者の承諾を得ずに立ち入り、自衛隊のイラク派兵に反対する内容のビラを集合郵便受け又は各戸玄関ドアの新聞受けに投函したところ、住居侵入罪(刑法130条前段)で逮捕・起訴された。
判例ナビ
第1審は、Xの行為は住居侵入罪の構成要件に該当するとしたものの、刑事罰に値するほどの違法性はなかったとしてXを無罪としました。これに対し、控訴審は、原判決を破棄してXを有罪としたため、Xが上告しました。
■裁判所の判断
所論は、Xの行為をもって刑法130条前段の罪に問うことは憲法21条1項に違反するという。確かに、表現の自由は、民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならず、被告人らにとるその政治的意見を記載したビラの配布は、表現の自由の行使ということができる。しかしながら、憲法21条1項も、表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく、公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであって、たとえ思想を発表するためであっても、その手段方法が他人の権利を不当に害するようなものは許されないというべきである…。本件では、表現そのものの価値が問題とされているのではなく、表現の手段方法が他人の権利を害するかどうかが問題となっているところ、本件ビラ配布のために「人の看守する」邸宅に管理権者の承諾なく立ち入ったことを処罰することに違憲性が疑われるわけである。本件では、防衛庁の職員、自衛隊員及びその家族が私的共同生活を営む場所である集合住宅の共用部分及びその敷地であり、管理権が及ぶ場所に入ったので、一般人が自由に立ち入りできる場所ではない。たとえ表現の自由の行使のためとはいっても、このような場所に管理権者の意思に反して立ち入ることは、管理権者の管理権を侵害するのみならず、そこでの私的生活を営む居住者の私生活の平穏を侵害するものといわざるを得ない。したがって、Xの行為をもって刑法130条前段の罪に問うことは、憲法21条1項に違反するものではない。
解説
本判決は、表現そのものではなく、ビラ配布のために承諾なく集合住宅に立ち入ったという表現の手段を処罰することの合憲性が問題となっているとし、表現の手段よりも集合住宅の管理権者や居住者の私生活の平穏を優先して、Xの行為を住居侵入罪に問うことは憲法21条1項に違反しないとしました。
この分野の重要判例
◆大阪市屋外広告物条例事件 (最大判昭43.12.18)
大阪市屋外広告物条例は、屋外広告物法に基づいて制定されたもので、右法律と条例の両者を相まって、大阪市における美観風致を維持し、および公衆に対する危害を防止するために、屋外広告物の表示の場所および方法ならびに屋外広告物の掲出する物件の設置および維持について必要な規制を定めているものであり、本件印刷物の貼付が管理権の侵害に関係のないものであるとしても、右法律および条例の規制の対象とされているものと解すべきところ(屋外広告物法1条、2条、大阪市屋外広告物条例1条)、Xのした貼付、電柱、電柱ばりはそのつけ本件各行為のときは、都市の美観風致を害するものとして処罰の対象とされているものと認めるのを相当とする。そして、国民の文化的生活の向上と目標とする憲法の下においては、都市の美観風致を維持することは、公共の福祉を保持する所以であるから、この程度の規制は、公共の福祉のため、表現の自由に対し許された必要且つ合理的な制限と解することができる。
解説
1 本件は、「45年の危機遺産!!国連より起てよ!!A会本部」などと印刷したビラを大阪市屋外広告物条例により無断での表示を禁止された大阪市内の電柱、公衆電話ボックス等に糊付けで貼り付けたXが、大阪市屋外広告物条例違反等で罰金刑に処せられたという事案です。Xは、なんら営利に関係のない純粋な思想・政治活動である本件印刷物の貼付に大阪市屋外広告物条例を適用することは憲法21条に違反すると主張して上告しました。
2 本判決は、ビラ貼りという一見国民にとって些細な問題と信じうる無害な表現行為であっても、それが憲法22条に違反しないかどうか問題となりました。
本判決は、ビラ貼りの禁止は、都市の美観風致を維持するためであり、公共の福祉のため、必要かつ合理的な制限であるとして、憲法21条に違反しないとしました。
過去問
1 公務員及びその家族が私的生活を営む場所である集合住宅の共用部分及び敷地に管理権者の意思に反して立ち入ることは、それが政治的意見を記載したビラの配布という表現の自由の行使のためであっても許されず、当該立入り行為を刑法上の罪に問うことは、憲法第21条第1項に違反するものではない。(司法書士2020年)
2 美観風致の維持及び公衆に対する危害防止の目的のために、屋外広告物の表現の場所・方法及び屋外広告物を掲出する物件の設置・維持について必要な規制をすることは、それが営利と関係のないものも含めて規制の対象としていたとしても、公共の福祉のため、表現の自由に対して許された必要かつ合理的な制限であるといえる。(公務員2019年)
1 O 判例は、ビラ配布のために防衛庁の職員およびその家族が私的生活を営む場所である集合住宅の共用部分およびその敷地に管理権者の意思に反して立ち入ることなく、表現の自由の行使のためとはいっても管理権者の管理権を侵害するだけでなく、そこでの私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害することから、このような行為を住居侵入罪(刑法130条前段)に問うことは、憲法21条1項に違反しないとしています(最判平20.4.11)。
2 O 判例は、美観風致を維持し公衆に対する危害を防止するために、屋外広告物を規制することは、それが営利と関係のないものも規制対象とするものであっても、公共の福祉のため、表現の自由に対し許された必要かつ合理的な制限であるとしています(最大判昭43.12.18)。
表現の自由とは、内心における精神作用を、方法のいかんを問わず、外部に公表する精神活動の自由をいいます。表現の自由には、個人が表現活動を通じて自己の人格を発展させるという価値(自己実現の価値)と、表現活動を通じて国民が政治的意思決定に関与するという価値(自己統治の価値)があります。表現の自由は、自己実現・自己統治という2つの価値を有することから、他の人権に対して優越的地位を有しています。
サンケイ新聞事件 (最判昭49.11.6)
■事件の概要
Y(産業経済新聞社)は、その発行するA新聞(サンケイ新聞)紙上に、X(日本共産党)が採択した民主連合政府綱領草案がYの党綱領と矛盾しているとするZ(自由民主党)の意見広告を掲載した。これに対し、Xは、意見広告の内容の主要部分を歪曲して中傷するものであるとして、Yに対し、憲法21条、民法723条等を根拠に、A新聞にXの反論文の無料掲載を求める訴えを提起した。
判例ナビ
第1審、控訴審ともにXの請求を棄却したため、Xが上告しました。
■裁判所の判断
1 憲法21条のいわゆる自由権的基本権の保障は、国又は地方公共団体の統治行動に対して、基本的な個人の自由と平等を保障することを目的としたものであって、私人相互の関係については、たとえ相互の力関係の不均衡から一方が他方に対し優位な立場にあるときであっても、原則上適用されるものではない。もっとも、私人間においても、当事者の一方が情報の収集、管理、処理のつき影響力をもつ日刊新聞紙を全面的に発行・発売する者である場合でも、憲法の規定から直接に、新聞紙の発行・発売の当事者に反論するためのものでないことは明らかというべきである。
2 所論のような反論文掲載請求権は、これを認める旨の明文の規定が存在しない。民法723条は、名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができるものとしており、また、人格権としての名誉権に基づいて、加害者に対し、現に行われている侵害行為を除去し、又は将来生ずべき侵害を予防するため侵害行為の差止めを請求することができる場合のあることは、当裁判所の判例とするところであるが、右の名誉回復処分又は侵害の差止めは、単に表明行為が名誉を侵害しているというだけでは足りず、人格権としての名誉の毀損による不法行為の成立を前提としてはじめて認められるものであって、この前提なくして本請求は人格権に基づき所論のような反論文掲載請求権を認めることは到底できないものというべきである。
ところで、…新聞の記事に取り上げられた者が、その記事の掲載によって名誉毀損の不法行為が成立するかどうかとは無関係に、自己が記事に取り上げられたというだけの理由によって、新聞を発行・販売する者に対し、当該記事に対する自己の反論文を無修正で、しかも無料で掲載することを求めることができるものとするいわゆる反論権の制度は、一名あるいはプライバシーの保護に資するものがることも否定し難いことである。しかしながら、この制度が認められるときは、新聞を発行・販売する者にとっては、原記事が正しく、反論文に誤りであると確信している場合でも、あるいは反論文の内容がその編集方針によれば到底掲載すべきでないものであっても、その掲載を強制されることになり、また、そのために本来ならば他に利用できたはずの紙面を割かなければならなくなる等の負担を強いられるのであって、これらの負担が、裁判的救済に価する程度のものであるかどうかは、多岐にわたる複雑な考慮を要するものであり、この種の制度の創設は、民主主義社会において極めて重要な意義をもつ問題である。このように、対し甚大な影響を及ぼすものであって、たとえYの有する新聞紙などの巨大企業体による情報の提供が一般国民に対し強い影響力をもち、その記事の特定の名誉の保護ないしプライバシーに重大な影響を及ぼすことがあるとしても、不法行為が成立する場合にその者の保障を図ることは主として、反論文の掲載について具体的な交渉ができないものといわなければならない。Xは主張のような反論文掲載請求権を具体的に認めることはできないものといわなければならない。
判決に出てくる反論文掲載請求権は、一般に、反論権(新聞・マスメディアにおいて批判された者が、当該メディアに対して無料かつ同一のスペースで反論文の掲載を請求する権利)と呼ばれています。
反論権には、不法行為の成立を前提とする狭義の反論権と不法行為の成立を前提としない広義の反論権があります。Xは、憲法21条、条理、人格権を根拠に広義の反論権を、民法723条による名誉回復処分として狭義の反論権を主張しました。これに対し、本判決は、広義の反論権を否定したが、狭義の反論権については、その前提となるYのXに対する不法行為の成立を否定したため、言及していません。
過去問
1 政治欄の批判・論評は、表現の自由において特に保障されるべき性質のものであることから、政党は、自己に対する批判的な記事の他の政見広告として新聞に掲載されたという理由のみをもって、具体的な成文法なくとも、その記事への反論文を掲載することを当該新聞を発行・販売する者に対して求める権利が憲法上認められるとするのが判例である。(公務員2019年)
1 Xの本問のような反論文掲載請求権について、判例は、憲法21条から直接生ずるものではなく、また、具体的な成文法がないのにと認めることはできないとしています(最判昭49.11.24)。
博多駅事件 (最大決昭44.11.26)
■事件の概要
1968(昭和43)年1月、アメリカの原子力空母が佐世保に寄港することに反対する学生デモ隊と機動隊が衝突した博多駅事件が発生した。学生帽を支持していた政治団体は、衝突の機動隊の行為が刑法の特別公務員暴行陵虐罪にあたるとして、福岡地方検察庁に告発したが、検察が不起訴処分にしたため、福岡地方裁判所に付審判請求(刑事訴訟法262条)をした。そこで、福岡地方裁判所は、審理のため、Xテレビ局に対して事件を撮影した取材フィルムの提出命令を出した。
* 特別公務員暴行陵虐事件、公務員職権濫用罪等について告発または告訴をした者が、検察官の不起訴処分に不服がある場合に、地方裁判所に対して事件を裁判所の審判に付すよう請求できること。
判例ナビ
Xは、本件提出命令は表現の自由を保障する憲法21条1項に違反するなどと主張して福岡高等裁判所に提出命令の取消を求める特別抗告*をしました。しかし、同裁判所が抗告を棄却したため、Xが特別抗告**をしました。
*刑事訴訟法上、裁判所の決定について上訴裁判所に不服を申し立てる方法(刑事訴訟法419条以下)。民事訴訟法に抗告の規定がある。
**刑事訴訟法上、抗告を許さないとする決定でなければならず、かつ憲法違反を理由として最高裁判所に対して提起する特別の抗告(刑事訴訟法433条)。民事訴訟法に同様の制度がある。
■裁判所の判断
報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の「知る権利」に奉仕するものである。したがって、思想の表明の自由と並んで、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法21条の保障のもとにあることはいうまでもない。また、このような報道機関の報道が正しい内容をもつためには、報道の自由とともに、報道のための取材の自由も、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値するものといわなければならない。…しかし、取材の自由といっても、もとより何らの制約を受けないものではなく、たとえば公正な裁判の実現というような憲法上の要請があるときは、ある程度の制約を受けることのあることも否定することができない。…公正な刑事裁判の実現を確保するためには、報道機関の取材活動によって得られたものが、証拠として必要と認められるような場合には、取材の自由がある程度の制約を被ることとなってもやむを得ないところというべきである。しかしながら、このような場合においても、一面において、審判の対象とされている犯罪の性質、態様、軽重および取材したものの証拠としての価値、ひいては、公正な刑事裁判を実現するためにその必要性の有無を考慮するとともに、他面において、取材したものを証拠として提出させられることによって報道機関の取材の自由が妨げられる程度およびこれが報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきであり、これを刑事裁判の証拠として使用することがやむを得ないと認められる場合においても、それによって受ける報道機関の不利益が必要な限度に止められるような配慮がなされなければならない。
以上の見地に立って本件をみるに、本件の付審判請求の対象とされているのは、多数の機動隊員と学生との間の衝突に際して行われたとされる機動隊員等の公務員職権濫用罪、特別公務員暴行陵虐罪の成否にある。その審理は、現在において被疑者および告発者の陳述が対立し、かつ、事件発生後まちまち経過した現在からの第三者の証言も期待しがたく、しかも、当事者の供述を中立的立場から徴した本件フィルムがその審判の帰趨を決するうえにほとんど決定的とも認められる価値を有するものである。他方、本件フィルムは、すでに放映されたものを含む数映のために準備されたものであり、それが証拠として使用されることによって報道機関が蒙る不利益は、報道の自由そのものが、将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるというにとどまるものと解されるのである。付審判請求事件を審理する裁判所が厳正公平な裁判を行わなければならないことは至上命令である。この利益は、報道機関の自由を尊重すべき要請とを比較衡量した場合に、なおこれを優位させなければならない程度のものであるというべきである。
福岡地方裁判所は、本件フィルムにつき、一たん押収した後ににおいても、時機に応じた反対尋問などによって、報道機関の取材の自由に対する侵害を伴わないような措置を講じたこと、および、以上の諸点をその他各種の事情をあわせ考慮するときは、本件フィルムを付審判請求事件の証拠として採用するために各新聞社に提出命令を発したことは、まことにやむを得ないものと認められるのである。
解説
本判決は、報道の自由が憲法21条によって保障されることを明言しましたが、取材の自由については、「憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値する」と述べるにとどまり、保障されると明言しませんでした。最高裁の真意は不明ですが、学説は、「憲法上保障されるが、保障の程度は、報道の自由よりも劣ると考えているのではないか」との理解が有力です。なお、Xの特別抗告は棄却されました。
この分野の重要判例
◆外務省秘密漏洩事件 (最大決昭53.5.31)
報道機関の国民に対する取材活動は、国家機密の探知という点で公務員の守秘義務と対立するものであり、時としては、国家・国民生活に質的変化をもたらすものであるから、報道機関が取材の目的で公務員に対し国家秘密の漏洩をそそのかしたからといって、そのことだけで、直ちに当該行為の違法性が推定されるものと解するのは相当ではなく、報道機関が公務員に対し根気強く執拗に説得ないし要請を続けることは、それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が社会的見地に照らし相当なものであるとして社会通念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為というべきである。しかしながら、報道機関といえども、取材の自由を藉口して、取材の手段・方法が個人の基本的人権を著しく蹂躙することのないように配慮すべきことは言うまでもなく、手段・方法の如何によっては、取材対象者の人格を個人としての尊厳を著しく蹂躙し、刑法等各種の法規が保護する個人の法益を違法に侵害するような態様のものとなればならない。
解説
本件は、毎日新聞の政治部記者Xが沖縄返還交渉に関する秘密文書を入手するため、外務省の女性事務官Yと肉体関係を持ち、Yが自分に好意を抱いていることを利用して、秘密文書の持ち出しを執拗にそそのかし、国家公務員法違反で起訴され、有罪判決を受けたという事案です。本決定は、上告審判決のように述べ、Xの行為は正当な取材活動の範囲を逸脱しているとしました。
◆取材の自由と民事裁判の証言の拒絶 (最大決平18.10.3)
民事訴訟法は、公正な民事裁判の実現を目的として、何人も、証人として証言すべき義務を負い(同法190条)、一定の事由がある場合に限って例外的に証言を拒絶することができる旨定めている(同法196条、197条)。そして、同法197条1項3号は、「職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合」には、証人は、証言を拒むことができると規定している。ここにいう「職業の秘密」とは、その事項が公開されると、当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいうと解される…。もっとも、ある秘密が上記の意味での職業の秘密に当たる場合においても、そのことがらに固有の価値、当該秘密が公開された場合に、その秘密を保護するについて格別の必要性が認められると解すべきである。そして、報道の自由を保障するかどうかは、秘密の公開によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲になる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられるというべきである。
報道関係者の取材源は、一般に、それがみだりに開示されると、報道関係者と取材源との間の将来にわたる信頼関係が損なわれ、将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることとなり、報道機関の業務に深刻な影響を与え今後の遂行が困難になるといえるので、取材源の秘密は職業の秘密に当たるというべきである。そして、その取材源の秘密が保護に値する秘密であるかどうかは、当該報道が、公共の利益、その持つ社会的な意義・価値、当該取材の態様、将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益、当該民事事件の内容、その持つ社会的な意義・価値、当該民事事件において当該証言を必要とする程度、代替証拠の有無等の諸事情を比較衡量して決すべきことになる。
取材の自由の持つ・・・意義に照らして考えれば、取材源の秘密は、取材の自由を確保するために必要なものとして、重要な社会的価値を有するというべきである。そうすると、当該取材の自由が公共の利益に関するものであって、その手段・方法が一般の刑罰法規に触れることなく、社会通念上も相当と認められるなど、諸事情が本件民事裁判の公正な裁判を実現すべきである、ため、当該取材の秘密の社会的価値を考慮してもなお裁判を重視すべき必要性が高く、そのために取材の秘密の社会的価値を考慮してもなお公正な裁判を実現すべき必要性が高く、そのために取材の当該証言を得ることが必要不可欠であると認められない場合は、当該取材源に係る証言を拒絶することができると解するのが相当である。
解説
本件は、アメリカの食品会社Xがアメリカ産の牛肉に提起した損害賠償請求訴訟に関連して、国際情勢評論家Y、日本の農林水産省の当事者が基づいて、Yに対する証人尋問を実施したところ、Yが取材源の存否に関する証言を拒絶したため、XがYの証言拒絶に理由がないことの裁判を求めて拒否したという事案であり、民事事件において取材源の秘密が、民法197条1項3号の「職業の秘密」の意味を明らかにした上で、「職業の秘密」のうち保護に値する秘密についてだけ証言を拒絶できるとしました。そして、取材源の秘密は「職業の秘密」にあたるとした上で、それが保護に値する秘密に当たるかどうかは、どのような場合かを明らかにしました。なお、刑事事件においても、新聞記者の証言拒絶権を否定した最高裁判決が出されています(最大判昭27.8.6)。
過去問
1 事実の報道の自由は、国民の知る権利に奉仕するものであるとしても、憲法第21条によって保障されるわけではなく、報道のための取材の自由も、憲法第21条とは関係しない。(公務員2019年)
2 報道関係者の取材源の秘密は、民事訴訟法に規定する職業の秘密に当たり、民事事件において証人となった報道関係者は、保護に値する秘密についてのみ取材源に係る証言拒絶が認められると解すべきであり、保護に値する秘密であるかどうかは、秘密の公表によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲になる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられるべきである。(公務員2018年)
1 x 判例は、報道機関の報道が国民の「知る権利」に奉仕するものであることを認めた上で、事実の報道の自由は、表現の自由を保障した憲法21条の保障のもとにあることはいうまでもなく、報道のための取材の自由も、憲法21条の精神に照らし、十分に尊重に値するとしています(最大判昭44.11.26)。
2 判例は、民事訴訟法が証言拒絶事由とされている「職業の秘密」のうち、証言拒絶が認められるのは、「保護に値する秘密」であるかどうかが問題となった場合、「保護に値する秘密」であるかどうかは、「秘密の公表によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲になる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられる」としています。
ノンフィクション「逆転」事件 (最判平6.2.8)
■事件の概要
Xは、架空の人物を登場させたYのノンフィクション作品「逆転」(本件著作)でXの実名が使用されたため、その刊行により、Xが刑事事件の犯人となり有罪判決を受けて服役したという前科にかかわる事実が公表され、精神的苦痛を被ったと主張して、Yに対し、損害賠償50万円の支払を求める訴えを提起した。
判例ナビ
第1審、控訴審ともに、前科を公表されないという利益は法的に保護される人格的利益であり、本書において実名を使う必要は不可欠ではないとして、Yに50万円の慰謝料の支払いを命じたため、Yが上告しました。
■裁判所の判断
1 ある者が刑事事件につき被疑者とされ、さらには被告人として公訴を提起されて判決を受け、とりわけ有罪判決を受け、服役したという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であるから、その者としては、みだりに右の事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するものというべきである。この理は、右の事実にかかわる事実の公表が公共の利害に関する事実であって、私人としては団体によるものであっても変わるものではない。そして、その者が有罪判決を受けた後あるいは服役を終えた後においても、一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、その者は、前科等にかかわる事実の公表によって、新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有するというべきである。
もっとも、…事件それ自体を公表することに歴史的又は社会的な意義が認められるような場合には、事件の当事者についても、その実名を明らかにすることが許されないとはいえないし、…事件の社会的側面を描写、叙述するのにその実名を使用することが不可欠であるとはいえない。また、その者の社会活動のいかんによっては、その活動の評価の一資料として、その前科等にかかわる事実が公表されることを受忍しなければならない場合もある。さらに、その者が選挙に立候補している場合あるいは公職に就任している場合あるいは社会一般の正当な関心の対象となる人物である場合には、その者が公職にあることの適否などの判断の一資料としての前科等にかかわる事実が公表されたときは、これを違法というべきものではない。
そして、ある者の前科等にかかわる事実が実名を使用して著作物で公表された場合に、以上の諸点を判断するためには、その著作物の目的、性格等に照らし、実名を使用することの意義及び必要性を併せ考えることを要するというべきである。
要するに、前科等にかかわる事実については、これを公表されない利益が優越する場合があると同時に、これを公表する必要がある場合もあるのであって、ある者の前科等にかかわる事実を実名を使用して公表したことが不法行為を構成するか否かは、その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性を併せ判断すべきもので、その結果、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越すると認められる場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるものでなければならず、なお、この点に関しても、著作者の表現の自由を不当に制限するものではない。
2 そこで、以上の見地から本件をみると、まず、本件著作及び本件判例から本件著作が刊行されるまでに10年余の歳月を経過しているが、その間、Xの社会復帰に努め、新たな生活環境を形成していた事実に関心を持たず、Xは、その前科にかかわる事実を公表されないことにつき法的保護に値する利益を有していることは明らかであるというなければならない。しかも、Xは、地方に隠れて太陽電池の無動力の中古市場として生活していたのであって、公的立場にある人物のようにその社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として前科にかかわる事実の公表を受忍しなければならない場合ではない。
所論は、本件著作は、捜査制度の長所ないし民主的な意義を訴え、当時のアメリカ合衆国の沖縄統治の実態を明らかにしようとすることを目的としたものであり、そのために本件事件ないしは本件判例の内容を正確に記述する必要があったというが、その目的を考慮しても、本件事件の当事者であるXについて、その実名を明らかにする必要があったとは解されない。…
以上を総合して考察すれば、本件著作が刊行された当時、Xは、その前科にかかわる事実を公表されないことにつき法的保護に値する利益を有していた。ところが、本件著作において、YがXの実名を使用してその事実を公表したことを正当とするまでの理由はないといわなければならない。そして、Yが本件著作でXの実名を用いなければ、その前科にかかわる事実を公表する必要になることは必至であって、実名使用の是非をYが判断し得なかったものとは解されないから、Yは、Xに対する不法行為責任を免れないものというべきである。
解説
本判決は、私人が公人によって前科を公表されないことが法的保護に値する利益であるとした上で、ノンフィクション作品による前科の公表が不法行為を成立させる場合があることを最高裁として初めて明らかにしました。なお、本件は私人による前科の公表の事案ですが、公的な団体による前科の公表が問題となった事案としては、前科照会事件(最判昭56.4.14)があります。
この分野の重要判例
◆検索結果の削除とプライバシー (最決平29.1.31)
1 個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護の対象となるというべきである…。他方、検索事業者は、インターネット上に存在するウェブサイトに掲載されている情報を網羅的に収集してその複製を保存し、同複製を基にした索引を作成するなどして情報を整理し、利用者から示された一定の条件に対応する情報を網羅的に基づいて検索結果として提供するものであるが、この情報の収集、整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの、同プログラムは検索結果の提供に係る検索事業者の指針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから、検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。また、検索事業者による検索結果の提供は、…現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。そして、検索事業者による特定の検索結果の提供行為が違法とされ、その削除を余儀なくされるということは、上記方針に沿った一貫性を有する表現行為が制約されるであるもとより、検索結果の提供を通じて果たされている上記役割に対する制約でもあるということができる。
以上のような検索事業者による検索結果の提供行為が有する性質等を踏まえると、検索事業者が、ある者に関する条件による検索の求めに応じ、その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報等を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは、当該事実の性質及び内容、当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的な被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する必要性に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者に対し、当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。
2 これを本件についてみると、…児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕されたという本件事実は、他人にみだりに知られたくない個人のプライバシーに属する事項である。本件事実は、逮捕された日から相当の期間が経過した後のものではあるが、児童買春が社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されていることに照らし、今なお社会的に強い非難の対象とされるといえる。また、本件検索結果はXの居住する市の名称及び公共の利害に関する事項であるといえる。
本件検索結果に係る記事の名目を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると、本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるといえる。
以上の諸事情に照らすと、Xが妻子と共に生活し、…罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を起すことなく市民社会で稼働していることがうかがわれることなどの事情を考慮しても、本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。
解説
本件は、見習容疑で逮捕され罰金刑に処せられたXが、検索事業者のY検索エンジンで検索すると、自己の事件が検索結果に表示されることから、Yに対し、人格権ないし人格的利益に基づいて、検索結果の削除を求める仮処分命令の申立てをしたという事案です。本決定は、個人のプライバシーに属する事実をみただけに公表されない利益が法的保護の対象となるとともに、検索結果の提供も検索事業者の表現行為であるとしました。そして、削除請求の許否の判断基準を明らかにして、児童買春が社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されていることから、Xの事件は今なお公共の利害に関する事項であるとし、削除請求を認めませんでした。
過去問
1 前科は、個人の名誉や信用に直接関わる事項であるから、事件それ自体を公表することに歴史的または社会的な意義が認められるような場合であっても、行政事件の訴訟を明らかにすることは許されない。(行政書士2011年)
2 検索事業者による検索結果の提供行為は、検索事業者自身による表現行為という側面を有し、また、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしていること等を踏まえると、検索事業者が、ある者に関する条件による検索の求めに応じ、その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する必要性に関する諸事情を比較衡量して判断すべきである。(公務員2020年)
1 x 判例は、「事件それ自体を公表することに歴史的又は社会的な意義が認められるような場合には、事件の当事者についても、その実名を明らかにすることが許されないとはいえない」としています(最判平6.2.8)。
2 O 判例は、本問のような比較衡量をした上で、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者に対し、当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるとしています(最決平29.1.31)。
集合住宅へのビラ配布と表現の自由 (最判平20.4.11)
■事件の概要
反戦活動を行っている団体の構成員Xは、防衛庁(現防衛省)の職員用宿舎に管理者および居住権者の承諾を得ずに立ち入り、自衛隊のイラク派兵に反対する内容のビラを集合郵便受け又は各戸玄関ドアの新聞受けに投函したところ、住居侵入罪(刑法130条前段)で逮捕・起訴された。
判例ナビ
第1審は、Xの行為は住居侵入罪の構成要件に該当するとしたものの、刑事罰に値するほどの違法性はなかったとしてXを無罪としました。これに対し、控訴審は、原判決を破棄してXを有罪としたため、Xが上告しました。
■裁判所の判断
所論は、Xの行為をもって刑法130条前段の罪に問うことは憲法21条1項に違反するという。確かに、表現の自由は、民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならず、被告人らにとるその政治的意見を記載したビラの配布は、表現の自由の行使ということができる。しかしながら、憲法21条1項も、表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく、公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであって、たとえ思想を発表するためであっても、その手段方法が他人の権利を不当に害するようなものは許されないというべきである…。本件では、表現そのものの価値が問題とされているのではなく、表現の手段方法が他人の権利を害するかどうかが問題となっているところ、本件ビラ配布のために「人の看守する」邸宅に管理権者の承諾なく立ち入ったことを処罰することに違憲性が疑われるわけである。本件では、防衛庁の職員、自衛隊員及びその家族が私的共同生活を営む場所である集合住宅の共用部分及びその敷地であり、管理権が及ぶ場所に入ったので、一般人が自由に立ち入りできる場所ではない。たとえ表現の自由の行使のためとはいっても、このような場所に管理権者の意思に反して立ち入ることは、管理権者の管理権を侵害するのみならず、そこでの私的生活を営む居住者の私生活の平穏を侵害するものといわざるを得ない。したがって、Xの行為をもって刑法130条前段の罪に問うことは、憲法21条1項に違反するものではない。
解説
本判決は、表現そのものではなく、ビラ配布のために承諾なく集合住宅に立ち入ったという表現の手段を処罰することの合憲性が問題となっているとし、表現の手段よりも集合住宅の管理権者や居住者の私生活の平穏を優先して、Xの行為を住居侵入罪に問うことは憲法21条1項に違反しないとしました。
この分野の重要判例
◆大阪市屋外広告物条例事件 (最大判昭43.12.18)
大阪市屋外広告物条例は、屋外広告物法に基づいて制定されたもので、右法律と条例の両者を相まって、大阪市における美観風致を維持し、および公衆に対する危害を防止するために、屋外広告物の表示の場所および方法ならびに屋外広告物の掲出する物件の設置および維持について必要な規制を定めているものであり、本件印刷物の貼付が管理権の侵害に関係のないものであるとしても、右法律および条例の規制の対象とされているものと解すべきところ(屋外広告物法1条、2条、大阪市屋外広告物条例1条)、Xのした貼付、電柱、電柱ばりはそのつけ本件各行為のときは、都市の美観風致を害するものとして処罰の対象とされているものと認めるのを相当とする。そして、国民の文化的生活の向上と目標とする憲法の下においては、都市の美観風致を維持することは、公共の福祉を保持する所以であるから、この程度の規制は、公共の福祉のため、表現の自由に対し許された必要且つ合理的な制限と解することができる。
解説
1 本件は、「45年の危機遺産!!国連より起てよ!!A会本部」などと印刷したビラを大阪市屋外広告物条例により無断での表示を禁止された大阪市内の電柱、公衆電話ボックス等に糊付けで貼り付けたXが、大阪市屋外広告物条例違反等で罰金刑に処せられたという事案です。Xは、なんら営利に関係のない純粋な思想・政治活動である本件印刷物の貼付に大阪市屋外広告物条例を適用することは憲法21条に違反すると主張して上告しました。
2 本判決は、ビラ貼りという一見国民にとって些細な問題と信じうる無害な表現行為であっても、それが憲法22条に違反しないかどうか問題となりました。
本判決は、ビラ貼りの禁止は、都市の美観風致を維持するためであり、公共の福祉のため、必要かつ合理的な制限であるとして、憲法21条に違反しないとしました。
過去問
1 公務員及びその家族が私的生活を営む場所である集合住宅の共用部分及び敷地に管理権者の意思に反して立ち入ることは、それが政治的意見を記載したビラの配布という表現の自由の行使のためであっても許されず、当該立入り行為を刑法上の罪に問うことは、憲法第21条第1項に違反するものではない。(司法書士2020年)
2 美観風致の維持及び公衆に対する危害防止の目的のために、屋外広告物の表現の場所・方法及び屋外広告物を掲出する物件の設置・維持について必要な規制をすることは、それが営利と関係のないものも含めて規制の対象としていたとしても、公共の福祉のため、表現の自由に対して許された必要かつ合理的な制限であるといえる。(公務員2019年)
1 O 判例は、ビラ配布のために防衛庁の職員およびその家族が私的生活を営む場所である集合住宅の共用部分およびその敷地に管理権者の意思に反して立ち入ることなく、表現の自由の行使のためとはいっても管理権者の管理権を侵害するだけでなく、そこでの私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害することから、このような行為を住居侵入罪(刑法130条前段)に問うことは、憲法21条1項に違反しないとしています(最判平20.4.11)。
2 O 判例は、美観風致を維持し公衆に対する危害を防止するために、屋外広告物を規制することは、それが営利と関係のないものも規制対象とするものであっても、公共の福祉のため、表現の自由に対し許された必要かつ合理的な制限であるとしています(最大判昭43.12.18)。