検閲・事前抑制の禁止
2025年11月19日
『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9
ガイダンス
憲法21条2項は、「検閲は、これをしてはならない」と規定し、検閲を禁止します。これは、国家が表現行為が公に触れる前に禁止するものであり、表現の自由に対する最も重大な侵害行為だからです。検閲の要件は、憲法上明らかではありませんが、判例によって明らかにされています。また、表現行為に対する規制が検閲の要件を充たさない場合であっても、それを事前に抑制することは原則として禁止されます(事前抑制の禁止)。
税関検査訴訟 (最大判昭59.12.12)
■事件の概要
Xは、所持のポルノ雑誌を注文し、郵送で輸入しようとしたところ、関税定率法21条1項3号(現69条の11第7号)が輸入禁制品として規定する「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」(3号物件)に該当する旨の通知を受けたため、異議の申出をしたが、棄却された。そこで、Xは、通知および異議申出棄却決定の取消しを求める訴えを提起した。
判例ナビ
第1審判決および原審申出棄却決定は検閲に当たり違憲違法であるとして、その請求を容認しましたが、控訴審が第1審を取り消して、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。
■裁判所の判断
1 憲法21条2項は、「検閲は、これをしてはならない」と規定し、検閲を禁止につき、広くこれを保障する旨の一般的規定を同条一項に置きながら、特に表現の自由につき、このような特定の類型を設けたのは、検閲がその性質上表現の自由に対する最も厳しい制約となるものであることにかんがみ、これについては、公共の福祉を理由とする例外の許容(憲法12条、13条参照)をも何らの斟酌の余地がないものとした趣旨と解すべきである。けだし、検閲においては、表現する前に国家により思想内容の当否が審査され、不当と判断されたものの発表が禁止される結果となり、思想の自由市場における自由な発表と交換が妨げられるといった経験を経たうえで、憲法は21条2項の規定に、これらの経験に基づいて、検閲の絶対的禁止を宣言した趣旨であると解されるのである。
そして、前述のような趣旨に基づき、その要件を解釈として考えると、憲法21条2項にいう「検閲」とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきである。
2 そこで、3号物件に関する税関検査が憲法21条2項にいう「検閲」に当たるか否かについて判断する。
(1) 税関検査は、輸入申告にかかる書類、図画その他の物品や輸入される郵便物中にある信書以外の物につき、それが3号物件に該当すると認められる場合に理由があるとて税関長がその旨の通知がされたときは、以後これを輸入する途が閉ざされることとなるものであって、その結果、当該表現物に表された思想内容等は、わが国の中においては発表の機会を奪われることとなる。また、表現の自由の保障は、他国において、これを受ける者の表現物をわが国において頒布する自由をも等しく保障するものと解すべきである。右のわが国における頒布等の自由が制限されることになるのである。したがって、税関検査が表現物の思想内容等を審査する手続にすぎないとみるのは当を得ず、...当該表現物に表された思想内容等を発表する機会を一切禁止したというものではない。それは、当該表現物につき、発表前にその内容を一切禁止するというものではない。また、当該表現物は、輸入が禁止されるだけであって、税関により没収、廃棄されるわけではないから、発表の機会を全面的に奪われるというものでもない。
(2) 税関検査は、関税手続の一環として、これに付随して行われるものであり、思想内容等それ自体を網羅的に審査し規制することを目的とするものではない。
(3) 税関検査は行政権によって行われるとはいえ、その主体となる税関は、関税の確定及び徴収を本来の職務内容とする機関であって、特に思想内容等を対象としてこれを規制することを独自の使命とするものではなく、また、前述のように、思想内容等の表現物に...が通知されたときは司法審査の機会が与えられているのであって、行政権の判断が最終的なものとされるわけではない。
以上の諸点を総合して考察すると、3号物件に関する税関検査は、憲法21条2項にいう「検閲」に当たらないというべきである。
二 3号物件に関する輸入規制と表現の自由(憲法21条1項)
1 わが国における健全な風俗を維持保護する見地からするときは、猥褻表現物がみだりに国外から流入することを阻止することば、公共の福祉に合するものであり、…表現の自由に関する憲法の保障も、その限りにおいて制約を受けるものというほかなく、前述のような税関検査による猥褻表現物の輸入規制は、憲法21条1項の規定に反するものではないというべきである。
わが国において猥褻文書等に関する行為が処罰の対象となるのは、その頒布、販売及び販売の目的をもってする所持であって(刑法175条)、単なる所持自体は処罰の対象とされていないから、最小限度の制約として単なる所持を目的とする輸入は、これを規制の対象から除外すべきである場合であるけれども、…猥褻表現物の流入、伝播によりわが国における健全な性風俗が害されることを実効的に防止するには、単なる所持目的かどうかを区別することなく、その流入を一般的に、いわば水際で阻止することもやむを得ないものといわなければならなく、その流入を一般的に、いわば水際で阻止することもやむを得ないものといわなければならない。
2 表現の自由を規制する法律の規定について限定解釈をすることが許されるのは、その解釈により、規制の対象となるものとそうでないものとが明確に区別され、かつ、合憲的に規制し得るもののみが規制の対象となることが明らかになる場合でなければならず、また、…一般国民の判断において、具体的に当該表現物が規制の対象となるかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読みとることができるものでなければならない。…けだし、かかる基準を欠くときは、裁判所の判断が恣意的であるとのそしりを免れない。…表現の自由が不当に制限されることとなりかねなく、国民がその表現の範囲を念慮して本来自由に行い得る表現行為までも差し控えるという萎縮効果を生むことになるからである。
3 これを本件についてみるのに、…関税定率法21条1項3号の「風俗を害すべき書籍、図画」等も猥褻な書籍、図画等のみを指すものと限定的に解釈することによって、合憲的に規制し得るもののみをその対象とすることが明らかにされたものということができる。また、右規定において「風俗を害すべき書籍、図画」なる文言が専ら猥褻な書籍、図画等を意味することは、現代の社会通念に照らして、わが国における社会通念に合致するものといって妨げない。そして、猥褻性の概念は刑法175条の規定の解釈に関する判例の蓄積により明確化されており、規制の対象となるものとそうでないものとの区別の基準につき、明確性の要件に欠けるところはなく、前記3号の規定を右のように限定的に解釈すれば、憲法上保護に値する表現行為をしようとする者を萎縮させ、表現の自由を不当に制限する結果を招来するおそれのないものということができる。
4 以上の次第であるから、関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等とは、猥褻な書籍、図画等を指すものと解すべきであり、右規定は広汎で又は不明確の故に無効なものということはできず、猥褻表現物たる図画等の輸入規制が憲法21条1項の規定に違反するということはできない。上来説示のとおりである。
解説
本判決は、憲法21条2項にいう「検閲」の意義を明らかにした上で、税関検査によって輸入が差止められる表現物は、国外で既に発表済みのものであること、税関検査は思想内容等それ自体を網羅的に審査し規制することを目的とするものではないこと等を理由に「検閲」に当たらないとして、Xの上告を棄却しました。また、関税定率法21条1項3号(現69条の11第7号)の「風俗を害すべき」の文言について、「風俗」は性的風俗を意味し、輸入禁止の対象となるのは猥褻な書籍等に限られると限定解釈をし、「風俗を害すべき」の文言は不明確ではないから憲法21条1項に違反しないとしました。
この分野の重要判例
◆教科書検定 (最判平5.3.16)
憲法26条違反について
本件検定による審査は、単なる誤記、誤植等の形式的なものにとどまらず、記述の実質的な内容、すなわち教育内容に及ぶものである。しかし、普通教育の場においては、児童、生徒の発達に応じた授業の内容を学習する十分な能力は備わっていないこと、学校教育法に基礎を置く検定は広く国民の教育の機会均等を求める要請があることなどから、教育内容が正確かつ中立・公正で、地域、学校のいかんにかかわらず全国的に一定の水準の教育を受けることができることが必要である。しかし、これより程度の差はあるが、基本的には高等学校の場合においても小学校、中学校の場合と異ならないのである。
このような児童、生徒に対する教育の内容が、その心身の発達段階に応じたものでなければならないこと、その内容は偏ったものであってはならず、その普及実現を図るための財政的基盤も、右目的のため必要な限度で援助することとしてよいというものではない。子どもが自由かつ独立の人間として成長することを妨げるような内容を含むものでもない。また、右のような検定を経た教科書を使用することが、表現の授業等における前記のような裁量を奪うものでもない。
したがって、本件検定は、憲法26条等に違反するものではなく、このことは、前記大法院判決の趣旨に徴して明らかである。
*最大判昭51.5.21
の特徴として備えるものを指すと解すべきことは、前掲大法廷判決の判示するところである。
判例は、本件各処分は、「検閲」に当たらないとしても、表現の自由を保障する憲法21条1項に違反する旨を主張するので、以下に判断する。
(1) 結論からすると、事前差止めの合憲性に関する判断に先立ち、実体法上の差止請求権の存否について考えるのに、人の品性、徳行、名誉、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法710条)又は名誉回復のための処分(同法723条)を求めることができるほか、人格権として名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができると解するのが相当である。
(2) しかしながら、言論、出版等の表現行為による名誉毀損を来す場合には、人格権としての個人の名誉の保護(憲法13条)と表現の自由の保障(同21条)とが衝突し、その調整を要することとなるので、いかなる場合に侵害行為としてのその規制が許されるかについて慎重な考慮が必要である。
(3) 次に、裁判所の行う出版物の頒布等の事前差止めは、いわゆる事前抑制として憲法21条2項に違反しないか、について検討する。
① 表現行為に対する事前抑制は、新聞、雑誌その他の出版物や放送等の表現物がその自由市場に出る前に、その内容を理由にこれを禁止し、ないし制限を課し、その発表の機会を事前に奪い又は著しくこれを減殺する性質を有する。事前抑制は、事後的な救済に比べ、表現活動を事前に封殺することの性質上、予備に基くものとならざるを得ないこと等から事後制裁の場合よりも広きにわたり易く、濫用の虞があるうえ、実際上の抑止的効果が事後制裁の場合よりも大きいと考えられるのであって、表現行為に対する事前抑制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されるものといわなければならない。
出版物の頒布等の事前差止めは、このような事前抑制に該当するものであって、とりわけ、その対象が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関するものである場合には、そこと自体から、一般にそれが公共の利害に関する事項であるということができ、前示のような憲法21条1項の趣旨に照らし、その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み特に重要な保護されるべきものであることにかんがみると、当該表現行為に対する事前差止めは、原則として許されないものといわなければならない。ただ、右のような場合においても、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは、当該表現行為はその価値が被害者の名誉に優先することが明らかであるうえ、有効適切な救済方法として差止めの必要性が肯定されるから、かかる具体的要件を具備するときに限って、例外的に事前差止めが許されるものというべきであり、このように解しても上記憲法にかかる憲法の趣旨に反するものではないというべきである。
② 表現行為が事前抑制につき禁止されるところによれば、公務員の公務に関する事項についての表現行為に対し、その事前差止めを仮処分をもって認める場合のために、一般の仮処分命令のように、単に迅速な処理を目指し、口頭弁論を経ないで債権者の審尋等を必要とせず、立証についても疎明で足りるものとするときは、表現の自由を確保するうえで、その手続的保障として十分であるとはいえず、しかもこの場合、表現行為の差止めが万一不当なときは、その目的が専ら公益を図るものであることを当該表現が真実であることとの立証にあるのであるから、事前差止めを命ずる仮処分命令を発するについては、口頭弁論又は債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えることを原則とすべきものと解するのが相当である。ただ、差止請求の対象が公共の利害に関する事項についての表現行為である場合においても、口頭弁論を開き又は債務者の審尋を行うまでもなく、債権者の提出した資料によって、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であり、かつ、債権者の重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があると認められるときは、口頭弁論又は債務者の審尋を経ないで差止めの仮処分命令を発したとしても、憲法21条の趣旨の趣旨に反するものではないというべきではない。
*最大判昭61.6.11
解説
本判決は、前判決による事前差止めが、憲法21条2項の「検閲」には当たらず、同条1項が禁止する事前抑制に当たることかを明らかにした。そして、同項は事前差止めが絶対的に禁止されず、ただ、一定の実体的要件と手続的要件を満たす場合には、例外的に許されるとしました。
過去問
1 表現行為を事前に規制することは原則として許されないとされ、検閲は判例によれば絶対的に禁じられるが、裁判所による表現行為の事前差止めは厳格な要件のもとで許容される場合がある。(行書平12-20改)
2 人の名誉を毀損する文書について、裁判所が、被害者の請求に基づいて当該文書の出版の差止めを命ずることは、憲法第21条第2項の定める「検閲」に該当するが、一定の要件の下において例外的に許容される。(公務員2019年)
1 O 判例は、憲法21条2項後段は「検閲」の絶対的禁止を宣言したものとしています(最大判昭59.12.12)。しかしその一方で、裁判所による表現行為の事前差止めは「検閲」に当たらず、厳格かつ明確な要件のもとにおいて許容されうるとしています(最大判昭61.6.11)。
2 X 判例は、出版物の仮処分による事前差止めは、裁判所が当事者の申請に基づいて差止請求権等の私法上の被保全権利の存否、保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであって、憲法21条2項の「検閲」には当たらないとしています(最大判昭61.6.11)。
憲法21条2項は、「検閲は、これをしてはならない」と規定し、検閲を禁止します。これは、国家が表現行為が公に触れる前に禁止するものであり、表現の自由に対する最も重大な侵害行為だからです。検閲の要件は、憲法上明らかではありませんが、判例によって明らかにされています。また、表現行為に対する規制が検閲の要件を充たさない場合であっても、それを事前に抑制することは原則として禁止されます(事前抑制の禁止)。
税関検査訴訟 (最大判昭59.12.12)
■事件の概要
Xは、所持のポルノ雑誌を注文し、郵送で輸入しようとしたところ、関税定率法21条1項3号(現69条の11第7号)が輸入禁制品として規定する「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」(3号物件)に該当する旨の通知を受けたため、異議の申出をしたが、棄却された。そこで、Xは、通知および異議申出棄却決定の取消しを求める訴えを提起した。
判例ナビ
第1審判決および原審申出棄却決定は検閲に当たり違憲違法であるとして、その請求を容認しましたが、控訴審が第1審を取り消して、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。
■裁判所の判断
1 憲法21条2項は、「検閲は、これをしてはならない」と規定し、検閲を禁止につき、広くこれを保障する旨の一般的規定を同条一項に置きながら、特に表現の自由につき、このような特定の類型を設けたのは、検閲がその性質上表現の自由に対する最も厳しい制約となるものであることにかんがみ、これについては、公共の福祉を理由とする例外の許容(憲法12条、13条参照)をも何らの斟酌の余地がないものとした趣旨と解すべきである。けだし、検閲においては、表現する前に国家により思想内容の当否が審査され、不当と判断されたものの発表が禁止される結果となり、思想の自由市場における自由な発表と交換が妨げられるといった経験を経たうえで、憲法は21条2項の規定に、これらの経験に基づいて、検閲の絶対的禁止を宣言した趣旨であると解されるのである。
そして、前述のような趣旨に基づき、その要件を解釈として考えると、憲法21条2項にいう「検閲」とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきである。
2 そこで、3号物件に関する税関検査が憲法21条2項にいう「検閲」に当たるか否かについて判断する。
(1) 税関検査は、輸入申告にかかる書類、図画その他の物品や輸入される郵便物中にある信書以外の物につき、それが3号物件に該当すると認められる場合に理由があるとて税関長がその旨の通知がされたときは、以後これを輸入する途が閉ざされることとなるものであって、その結果、当該表現物に表された思想内容等は、わが国の中においては発表の機会を奪われることとなる。また、表現の自由の保障は、他国において、これを受ける者の表現物をわが国において頒布する自由をも等しく保障するものと解すべきである。右のわが国における頒布等の自由が制限されることになるのである。したがって、税関検査が表現物の思想内容等を審査する手続にすぎないとみるのは当を得ず、...当該表現物に表された思想内容等を発表する機会を一切禁止したというものではない。それは、当該表現物につき、発表前にその内容を一切禁止するというものではない。また、当該表現物は、輸入が禁止されるだけであって、税関により没収、廃棄されるわけではないから、発表の機会を全面的に奪われるというものでもない。
(2) 税関検査は、関税手続の一環として、これに付随して行われるものであり、思想内容等それ自体を網羅的に審査し規制することを目的とするものではない。
(3) 税関検査は行政権によって行われるとはいえ、その主体となる税関は、関税の確定及び徴収を本来の職務内容とする機関であって、特に思想内容等を対象としてこれを規制することを独自の使命とするものではなく、また、前述のように、思想内容等の表現物に...が通知されたときは司法審査の機会が与えられているのであって、行政権の判断が最終的なものとされるわけではない。
以上の諸点を総合して考察すると、3号物件に関する税関検査は、憲法21条2項にいう「検閲」に当たらないというべきである。
二 3号物件に関する輸入規制と表現の自由(憲法21条1項)
1 わが国における健全な風俗を維持保護する見地からするときは、猥褻表現物がみだりに国外から流入することを阻止することば、公共の福祉に合するものであり、…表現の自由に関する憲法の保障も、その限りにおいて制約を受けるものというほかなく、前述のような税関検査による猥褻表現物の輸入規制は、憲法21条1項の規定に反するものではないというべきである。
わが国において猥褻文書等に関する行為が処罰の対象となるのは、その頒布、販売及び販売の目的をもってする所持であって(刑法175条)、単なる所持自体は処罰の対象とされていないから、最小限度の制約として単なる所持を目的とする輸入は、これを規制の対象から除外すべきである場合であるけれども、…猥褻表現物の流入、伝播によりわが国における健全な性風俗が害されることを実効的に防止するには、単なる所持目的かどうかを区別することなく、その流入を一般的に、いわば水際で阻止することもやむを得ないものといわなければならなく、その流入を一般的に、いわば水際で阻止することもやむを得ないものといわなければならない。
2 表現の自由を規制する法律の規定について限定解釈をすることが許されるのは、その解釈により、規制の対象となるものとそうでないものとが明確に区別され、かつ、合憲的に規制し得るもののみが規制の対象となることが明らかになる場合でなければならず、また、…一般国民の判断において、具体的に当該表現物が規制の対象となるかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読みとることができるものでなければならない。…けだし、かかる基準を欠くときは、裁判所の判断が恣意的であるとのそしりを免れない。…表現の自由が不当に制限されることとなりかねなく、国民がその表現の範囲を念慮して本来自由に行い得る表現行為までも差し控えるという萎縮効果を生むことになるからである。
3 これを本件についてみるのに、…関税定率法21条1項3号の「風俗を害すべき書籍、図画」等も猥褻な書籍、図画等のみを指すものと限定的に解釈することによって、合憲的に規制し得るもののみをその対象とすることが明らかにされたものということができる。また、右規定において「風俗を害すべき書籍、図画」なる文言が専ら猥褻な書籍、図画等を意味することは、現代の社会通念に照らして、わが国における社会通念に合致するものといって妨げない。そして、猥褻性の概念は刑法175条の規定の解釈に関する判例の蓄積により明確化されており、規制の対象となるものとそうでないものとの区別の基準につき、明確性の要件に欠けるところはなく、前記3号の規定を右のように限定的に解釈すれば、憲法上保護に値する表現行為をしようとする者を萎縮させ、表現の自由を不当に制限する結果を招来するおそれのないものということができる。
4 以上の次第であるから、関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等とは、猥褻な書籍、図画等を指すものと解すべきであり、右規定は広汎で又は不明確の故に無効なものということはできず、猥褻表現物たる図画等の輸入規制が憲法21条1項の規定に違反するということはできない。上来説示のとおりである。
解説
本判決は、憲法21条2項にいう「検閲」の意義を明らかにした上で、税関検査によって輸入が差止められる表現物は、国外で既に発表済みのものであること、税関検査は思想内容等それ自体を網羅的に審査し規制することを目的とするものではないこと等を理由に「検閲」に当たらないとして、Xの上告を棄却しました。また、関税定率法21条1項3号(現69条の11第7号)の「風俗を害すべき」の文言について、「風俗」は性的風俗を意味し、輸入禁止の対象となるのは猥褻な書籍等に限られると限定解釈をし、「風俗を害すべき」の文言は不明確ではないから憲法21条1項に違反しないとしました。
この分野の重要判例
◆教科書検定 (最判平5.3.16)
憲法26条違反について
本件検定による審査は、単なる誤記、誤植等の形式的なものにとどまらず、記述の実質的な内容、すなわち教育内容に及ぶものである。しかし、普通教育の場においては、児童、生徒の発達に応じた授業の内容を学習する十分な能力は備わっていないこと、学校教育法に基礎を置く検定は広く国民の教育の機会均等を求める要請があることなどから、教育内容が正確かつ中立・公正で、地域、学校のいかんにかかわらず全国的に一定の水準の教育を受けることができることが必要である。しかし、これより程度の差はあるが、基本的には高等学校の場合においても小学校、中学校の場合と異ならないのである。
このような児童、生徒に対する教育の内容が、その心身の発達段階に応じたものでなければならないこと、その内容は偏ったものであってはならず、その普及実現を図るための財政的基盤も、右目的のため必要な限度で援助することとしてよいというものではない。子どもが自由かつ独立の人間として成長することを妨げるような内容を含むものでもない。また、右のような検定を経た教科書を使用することが、表現の授業等における前記のような裁量を奪うものでもない。
したがって、本件検定は、憲法26条等に違反するものではなく、このことは、前記大法院判決の趣旨に徴して明らかである。
*最大判昭51.5.21
の特徴として備えるものを指すと解すべきことは、前掲大法廷判決の判示するところである。
判例は、本件各処分は、「検閲」に当たらないとしても、表現の自由を保障する憲法21条1項に違反する旨を主張するので、以下に判断する。
(1) 結論からすると、事前差止めの合憲性に関する判断に先立ち、実体法上の差止請求権の存否について考えるのに、人の品性、徳行、名誉、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法710条)又は名誉回復のための処分(同法723条)を求めることができるほか、人格権として名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができると解するのが相当である。
(2) しかしながら、言論、出版等の表現行為による名誉毀損を来す場合には、人格権としての個人の名誉の保護(憲法13条)と表現の自由の保障(同21条)とが衝突し、その調整を要することとなるので、いかなる場合に侵害行為としてのその規制が許されるかについて慎重な考慮が必要である。
(3) 次に、裁判所の行う出版物の頒布等の事前差止めは、いわゆる事前抑制として憲法21条2項に違反しないか、について検討する。
① 表現行為に対する事前抑制は、新聞、雑誌その他の出版物や放送等の表現物がその自由市場に出る前に、その内容を理由にこれを禁止し、ないし制限を課し、その発表の機会を事前に奪い又は著しくこれを減殺する性質を有する。事前抑制は、事後的な救済に比べ、表現活動を事前に封殺することの性質上、予備に基くものとならざるを得ないこと等から事後制裁の場合よりも広きにわたり易く、濫用の虞があるうえ、実際上の抑止的効果が事後制裁の場合よりも大きいと考えられるのであって、表現行為に対する事前抑制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されるものといわなければならない。
出版物の頒布等の事前差止めは、このような事前抑制に該当するものであって、とりわけ、その対象が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関するものである場合には、そこと自体から、一般にそれが公共の利害に関する事項であるということができ、前示のような憲法21条1項の趣旨に照らし、その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み特に重要な保護されるべきものであることにかんがみると、当該表現行為に対する事前差止めは、原則として許されないものといわなければならない。ただ、右のような場合においても、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは、当該表現行為はその価値が被害者の名誉に優先することが明らかであるうえ、有効適切な救済方法として差止めの必要性が肯定されるから、かかる具体的要件を具備するときに限って、例外的に事前差止めが許されるものというべきであり、このように解しても上記憲法にかかる憲法の趣旨に反するものではないというべきである。
② 表現行為が事前抑制につき禁止されるところによれば、公務員の公務に関する事項についての表現行為に対し、その事前差止めを仮処分をもって認める場合のために、一般の仮処分命令のように、単に迅速な処理を目指し、口頭弁論を経ないで債権者の審尋等を必要とせず、立証についても疎明で足りるものとするときは、表現の自由を確保するうえで、その手続的保障として十分であるとはいえず、しかもこの場合、表現行為の差止めが万一不当なときは、その目的が専ら公益を図るものであることを当該表現が真実であることとの立証にあるのであるから、事前差止めを命ずる仮処分命令を発するについては、口頭弁論又は債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えることを原則とすべきものと解するのが相当である。ただ、差止請求の対象が公共の利害に関する事項についての表現行為である場合においても、口頭弁論を開き又は債務者の審尋を行うまでもなく、債権者の提出した資料によって、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であり、かつ、債権者の重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があると認められるときは、口頭弁論又は債務者の審尋を経ないで差止めの仮処分命令を発したとしても、憲法21条の趣旨の趣旨に反するものではないというべきではない。
*最大判昭61.6.11
解説
本判決は、前判決による事前差止めが、憲法21条2項の「検閲」には当たらず、同条1項が禁止する事前抑制に当たることかを明らかにした。そして、同項は事前差止めが絶対的に禁止されず、ただ、一定の実体的要件と手続的要件を満たす場合には、例外的に許されるとしました。
過去問
1 表現行為を事前に規制することは原則として許されないとされ、検閲は判例によれば絶対的に禁じられるが、裁判所による表現行為の事前差止めは厳格な要件のもとで許容される場合がある。(行書平12-20改)
2 人の名誉を毀損する文書について、裁判所が、被害者の請求に基づいて当該文書の出版の差止めを命ずることは、憲法第21条第2項の定める「検閲」に該当するが、一定の要件の下において例外的に許容される。(公務員2019年)
1 O 判例は、憲法21条2項後段は「検閲」の絶対的禁止を宣言したものとしています(最大判昭59.12.12)。しかしその一方で、裁判所による表現行為の事前差止めは「検閲」に当たらず、厳格かつ明確な要件のもとにおいて許容されうるとしています(最大判昭61.6.11)。
2 X 判例は、出版物の仮処分による事前差止めは、裁判所が当事者の申請に基づいて差止請求権等の私法上の被保全権利の存否、保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであって、憲法21条2項の「検閲」には当たらないとしています(最大判昭61.6.11)。