探偵の知識

財産権

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス

憲法は、財産権について29条で規定しています。「財産権は、これを侵してはならない」と規定する同条1項は、私有財産制という制度を保障するとともに、国民各自が現に保有する個別具体的な財産上の権利を保障するものです。しかし、このような個々の財産権に対しては、公共の福祉のために制限を加えることが同条2項で認められます。さらに、公共のために必要があれば、同条3項により、国民の私有財産を収用することができます。ただし、そのためには、正当な補償をする必要があります。

森林法共有林分割請求事件(最判昭62.4.22)
■事件の概要

Xは、兄Yとともに父から森林の贈与を受け、Yとともに共有していた(持分は各自2分の1)。しかし、森林の経営を巡ってYと対立したため、Yに対し、民法256条1項に基づいて森林の分割を請求した。しかし、当該の森林(当該森林)は、持分価額が2分の1以下の共有者が民法258条1項本文に基づいて分割請求することを否定していた。

■判例ナビ

Xは、森林法186条が憲法29条1項に違反すると主張した。第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告した。

■裁判所の判断

憲法29条1項は、「財産権は、これを侵してはならない。」と規定し、2項において「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」と規定し、私有財産制度を保障しているのみでなく、社会的経済的弱者の利益を基礎として国の財産権につて必要性があるため、憲法29条は、財産権に対し、公共の福祉に適合するやうに法律でこれを定めることができ、できるとしているのである。

財産権に対して加えられる規制が憲法29条2項にいう公共の福祉に適合するものとして是認されるべきであるかどうかは、規制の目的、必要性、内容、その規制によって制限される財産権の種類、性質及び制限の程度等を比較考量して決すべきものであるが、裁判所としては、立法府がした右比較考量に基づく判断を尊重すべきものであるから、その判断が右の比較衡量に全く欠けるか社会的な理由ないし目的の点に社会として許されないものでないことが明白であるとか、比較考量の手法に合理性がなく、規制目的の達成の手段として選択されたものが目的達成との間に著しく不合理な関係が認められる場合に限って、当該規制立法を憲法29条2項に違反すると判断するのが相当である。

一 森林法186条は、共有森林につき持分価額2分の1以下の共有者に民法256条1項所定の分割請求をすることを否定している。右の立法目的・内容が憲法29条2項に適合するか。共有森林の分割は、共有者の合意によっていつでもすることができる。民法は、共有物分割の自由を原則とし、いつでも共有物分割請求ができるものと定めている。…共有森林の分割請求権をその持分価額に応じて一律に制限することは、共有者の財産権に重大な制約を課するものであり、共有物管理、変更等をめぐって、意見の対立、紛争が生じやすく、いったんかかる意見の対立、紛争が生じたときは、共有物の管理、変更等に著しい支障を来し、物の経済的価値が十分に発揮されなくなるという事態を防止するため、民法は、かかる弊害を除去し、共有物に目的物を自由に支配させ、その経済的効用を十分に発揮せしめるため、…共有者に共有物分割請求権を保障しているのである。したがって、共有物分割請求権の行使をその持分価額によって一律に制限する立法は、民法が共有物分割請求権を定めたことの趣旨に反し、かかる制限を設ける立法は、憲法29条2項にいう公共の福祉に適合することを要する…。

四 森林法186条…の立法目的は、…森林の細分化を防止することによって森林経営の安定を図り、ひいては森林の保続培養と森林の生産力を増進を図り、もって国民経済の発展に資することにあると解すべきである。

2 したがって、森林法186条が共有森林につき持分価額2分の1以下の共有者に分割請求権を否定していることが、憲法29条2項に違反するかどうかは、同条の立法目的が公共の福祉に適合し、立法目的と目的を達成するための手段との間に合理的関連性が肯定できるかどうか、同条が共有物分割の原則の例外を設けたことに合理的理由があるといえるか、という点にかかると解される。
(一) 森林が持つ共有者個人の財産的価値を超える…公共性を有する財産であること、森林経営の安定を図り、ひいては森林の保続培養と森林の生産力の増進を図るという森林法186条の立法目的が公共の福祉に適合することは明らかであり、そのための手段としての合理性も肯定することができる。もとより、森林法186条が共有森林の細分化を防止するという立法目的を達成するための最善の手段であるか否かについては、種々の議論があり得るところではあるが、立法府の判断が、右目的との関係で合理性も必要性も認められないものとし、同条は憲法29条に違反すると結論づけた上で、その後、本件は、森林を分割するために訴訟を提起し棄却されたが、和解が成立した。また、森林法186条は、本判決を受けて削除された。

過去問

1 森林法186条の規定が共有森林につき持分価額2分の1以下の共有者に民法所定の分割請求を否定しているのは、当該規定の立法目的との関係において、合理性と必要性のいずれも肯定することのできないことが明らかであって、この点に関する立法府の判断は、その合理的裁量の範囲を超えるものであるといわなければならず、当該規定は、憲法に違反し、無効というべきであるとした。(公務員2021年)

1 判例は、共有森林につき持分価額2分の1以下の共有者に民法256条1項所定の分割請求を否定している森林法186条について、本則のように述べて憲法29条2項に違反し、無効であるとしています。(最大判昭62.4.22)。

奈良県ため池条例事件(最大判昭38.6.26)
■事件の概要

奈良県の「ため池の保全に関する条例」(ため池条例)は、ため池の破損、決かい等による災害を未然に防止することを目的とし(1条)、この目的を達成するため、ため池において、「ため池の堤とうに竹木もしくは農作物を植え、又は建物を築造しその他工作物を設置する」等の行為を禁止し(2条)、これに違反した場合には罰則を科している(9条)。本条例制定前から、ため池の堤とうに農作物を植えてきたXは、本条例制定後も農作物を植えていたため、本条例2条違反で起訴された。
*ため池の堤とうの法手。

■判例ナビ

第1審は、Xに罰金を科したが、控訴審は、本条例は、憲法29条2項、3項に違反し無効であるとしてXを無罪としたため、検察官が上告した。

の安定化に資することにならず、森林法186条の立法目的との関係において、合理性と必要性のいずれも肯定することのできないことが明らかであって、この点に関する立法府の判断は、その合理的裁量の範囲を超えるものであるといわなければならず、同条は、憲法29条2項に違反し、無効というべきであるから、共有森林につき持分価額2分の1以下の共有者についても民法の規定の適用があるものというべきである。

五 以上のとおり、森林法186条が共有森林につき持分価額2分の1以下の共有者に民法256条1項所定の分割請求権を否定しているのは、森林法186条の立法目的との関係において、合理性と必要性のいずれも肯定することのできないことが明らかであって、この点に関する立法府の判断は、その合理的裁量の範囲を超えるものであるといわなければならず、同条は、憲法29条2項に違反し、無効というべきであるから、共有森林につき持分価額2分の1以下の共有者についても民法の規定の適用があるものというべきである。

解説

まず、本判決は、国民の個々の財産権が憲法29条1項によって保障されること、しかも、その財産権は、同条2項により、公共の福祉の要請に適合する限り法律に規制を加えることができるものであることを指摘しています。その上で、公共の福祉に適合する規制立法かどうかが裁判所で判断するに当たっては、立法目的が公共の福祉に合致するかどうか、合致するとしても、規制手段が立法目的との関係で必要性・合理性を有するかどうかの観点から判断すべきであるとしています。

河川附近地制限令違反事件(最大判昭43.11.27)
■事件の概要

砂利採取業者Xは、従来からA川の川沿いの土地を賃借して砂利を採取していたが、Y県知事がその地域を「河川附近地」に指定したため、今後、砂利を採取するには知事の許可が必要となった(河川附近地制限令4条2号)。そこで、Xは、Yに対し、砂利採取の許可申請をしたが、申請は却下された。それにもかかわらず、Xは、砂利の採取を続けたため、河川附近地制限令10条違反で起訴された。

■判例ナビ

訴訟において、Xは、河川附近地制限令4条による財産権の制限には補償規定がないから、同条および同条違反について罰則を定める10条は、憲法29条3項に違反し無効であると主張した。第1審、控訴審ともに、4条、10条は憲法29条3項に違反しないとしてXに罰金刑を科したため、Xは上告しました。

■裁判所の判断

1 本条例4条各号は、同条所定の行為をすることを禁止するものであって、直接には不作為を命ずる規定であるが、同条2号は、ため池の堤とうの使用に関して制限を加えているから、ため池の堤とうを使用する財産上の権利を有する者に対しては、その使用を殆んど全面的に禁止し、その結果は、結局右財産上の権利に著しい制限を加えるものであるといわなければならない。
しかし、その制限の内容たるや、立法者が科学的根拠に基づき、ため池の破損、決かいを招く原因となるものと判断したため池の堤とうに竹木若しくは農作物を植え、または建築物その他の工作物(ため池の保全上必要な工作物を除く)を設置する行為を禁止することであり、そして、このような禁止規定の設けられた所以のものは、本条例1条にも示されているとおり、ため池の破損、決かいによる災害を未然に防止するにあると認められることは、すでに説示したとおりであって、本条例4条2号の禁止規定は、堤とうを使用する財産上の権利を有する者であると否とを問わず、何人に対しても適用される。ただ、ため池の堤とうを使用する財産上の権利を有する者は、本条例1条の示す目的のため、その財産権の行使を殆んど全面的に禁止されることになるが、それは災害を未然に防止するという社会生活上の已むを得ない必要から来ることであって、ため池の堤とうを使用する財という生活上の已むを得ない必要から来ることであって、ため池の堤とうを使用する財産上の権利を有する者は何人も、公共の福祉のため、当然これを受忍しなければならない責務を負うというべきである。すなわち、ため池の破損、決かいの原因となるため池の堤とうの使用行為は、憲法でも、民法でも適法な財産権の行使として保障されていないものであって、憲法、民法の保障する財産権の行使の埒外にあるものというべく、従って、これらの行為を条例をもって禁止し、処罰しても憲法および法律に抵触またはこれと競合するものではないし、また右事項に規定するような事項を、既に規定していると認むべき法令は存在しないのであるから、これを条例で定めたからといって、違憲または違法の点は認められない。
2 本条例は、災害を防止し公共の福祉を保持するためのものであり、その4条2号は、ため池の堤とうを使用する財産上の権利の行使を著しく制限するものではあるが、結局それは、災害を防止し公共の福祉を保持する上に社会生活上已むを得ないものであり、そのような制約は、ため池の堤とうを使用し得る財産権を有する者が当然受忍しなければならない義務というべきものであって、憲法29条3項の損失補償はこれを必要としないと解するのが相当である。

解説

本判決は、条例で堤とうの使用を禁止することを認めていますが、それは、条例で財産権を制限できると考えているからか、それとも、堤とうの使用は財産権として保障されていないと考えているからか、評価は分かれています。

過去問

1 ため池の破損、決かいの原因となるため池の堤とうの使用行為は、憲法、民法の保障する財産権の行使の埒外にあり、これらの行為を条例によって禁止、処罰しても憲法に抵触せず、条例で定めても違憲ではないが、ため池の堤とうを使用する財産上の権利を有する者は、その財産権の行使をほとんど全面的に禁止されることになるから、これによって生じた損失は、憲法によって正当な補償をしなければならないとした。(公務員2018年)

1 X 判例は、ため池の堤とうを使用する財産上の権利を有する者は、その財産権の行使をほとんど全面的に禁止されることになるが、それは災害を未然に防止するために当然受忍しなければならず、憲法29条3項の損失補償は必要としないとしています(最大判昭38.6.26)。

河川附近地制限令4条2号の定める制限は、河川管理上支障のある事態の発生を事前に防止するため、単に所定の行為をしようとする場合には知事の許可を受けることが必要である旨を定めているにすぎず、この種の制限は、公共の福祉のためにする一般的な制約であり、原則的には、何人もこれを受忍すべきものである。このように、同令4条2号の定め自体としては、特定の人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものとはいえないから、右の程度の制限を課するに損失補償を要するものとすることは、憲法のとうてい要求するところではない。

補償を要するとの憲法29条3項に違反し無効であるとはいえない。
…もっとも、本件記録に現れたところによれば、Xは、…右地域が河川附近地に指定されたため、河川附近地制限令により、知事の許可を受けることなしには砂利を採取することができなくなり、従来、賃貸料を支払い、労働者を雇い入れ、相当の資本を投入して営んできた事業が営み得なくなるために相当の損失を被るものであるというのである。そうだとすれば、その保護上の職務は、公共のために必要な制限にとどまるとはいえ、一般に当然に受忍すべきものとされる制限の範囲をこえ、特別の犠牲を課したものとみる余地が全くないわけではなく、憲法29条3項の趣旨に照らし、X等の被った損失の救済については、その補償を請求することができるものと解する余地がある。…同令4条2号による制限につき損失補償に関する規定がないからといって、同条が何らの場合についても一切の損失補償を全く否定する趣旨であるとまで解されず、Xも、その損失を具体的に主張立証して、別途、直接憲法29条3項を根拠にして、補償請求をする余地が全くないわけではないから、単に一般的な場合について、当初に受忍すべきものとされる制限を定めた同令4条2号およびその制限違反について罰則を定めた同令10条の各規定を直ちに違憲無効の規定と解すべきではない。

解説

法令に損失補償に関する規定がない場合については、補償請求できないとする説や憲法29条3項に反し無効であるとする説等があります。しかし、本判決は、いずれの説も採用せず、直接憲法29条3項を根拠に補償請求をすることができ、補償規定を欠いても違憲無効とならないとしました。

過去問

1 河川附近地制限令の制限は、特定の個人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものであり、当該制限に対しては正当な補償をすべきであるにもかかわらず、その損失を補償すべき旨の規定もなく、また、別途直接憲法を根拠にして補償請求をする余地をまったく、同令によって、当該制限の違反者に対する罰則のみを定めているのは、憲法に違反して無効であるとした。(公務員2021年)

1 X 判例は、河川附近地制限令の制限は、特定の個人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものとはいえず、特定の個人に対し、特別の犠牲を課したとみる余地がある場合、その損失を具体的に主張立証して、直接憲法29条3項を根拠に補償請求をする余地があるから、制限違反について罰則を定めた同令の規定を違憲無効と解すべきではないとしています(最大判昭43.11.27)。