探偵の知識

裁判を受ける権利

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス

憲法32条は、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」と規定しています。これは、人が侵害された場合に、その救済を受けるために不可欠な裁判を受ける権利を人権として保障したものです。裁判を受ける権利の保障には、①民事事件、行政事件において、裁判所に訴えを提起して与えられた権利利益の救済を求めることができること、②刑事事件において、裁判所の裁判によらなければ刑罰を科せられないことの2つの意味があります。

レペタ事件(最大判平元.3.8)
■事件の概要

X(アメリカ人弁護士レペタ)は、経済法の研究の一環として、東京地方裁判所における所得税法違反被告事件の公判を傍聴した。Xは、公判期日に先立ち、裁判を傍聴する際にメモを取ることの許可を裁判長に求めたが、裁判長は、許可を与えなかった。そこで、Xは、かかる不許可処分は、憲法21条、82条等に違反し違法であるとして、国に対し、国家賠償を求める訴えを提起した。

■判例ナビ

第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告した。上告審では、法廷でメモを取る行為が憲法21条、82条で保障されているかどうか等が問題となりました。また、裁判長が、同法廷にクラブに所属する報道機関の記者にはメモを取ることを許可し、同クラブに所属していないXには許可しなかったことから、このような取り扱いが法の下の平等を保障する憲法14条1項に違反するかどうかも問題となりました。

■裁判所の判断

憲法82条1項の規定は、裁判の対審及び判決が公開の法廷で行われるべきことを定めているが、その趣旨は、裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを制度として保障し、ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しようとすることにある。
裁判の公開が制度として保障されていることに伴い、各人は、裁判を傍聴することができるが、右規定は、各人が裁判所に対して傍聴することを権利として要求できることまでを認めたものでないことはもとより、傍聴人に対して法廷においてメモを取ることを権利として保障しているものでないことも、いうまでもないことである。
三 憲法21条1項の規定は、表現の自由を保障している。そして、各人が自由にさまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する自由は、右規定の趣旨、目的からいわばその派生原理として当然に導かれることであり、…。
2 筆記行為は、一般的には人の生活活動の一つであり、生活のさまざまな場面において行われ、極めて広い範囲に及んでいるから、そのすべてが憲法の保障する自由に関係するものということはできないが、さまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取することを補助するための行為としてなされる限り、筆記の自由は、憲法21条1項の規定の精神に照らして尊重されるべきであるといわなければならない。
裁判の公開が制度として保障されていることに伴い、傍聴人は法廷における裁判を見聞することができるのであるから、傍聴人が法廷においてメモを取ることは、その見聞する裁判を認識記憶するためになされるものである限り、尊重に値し、故なく妨げられてはならないものというべきである。
三 もっとも、…右の筆記行為の自由は、憲法21条1項の規定によって直接保障されている表現の自由そのものとは異なるものであるから、その制限又は禁止には、表現の自由に制約を加える場合に一般に必要とされる厳格な基準が要求されるものではないというべきである。
これを傍聴人がメモを取る行為についていえば、法廷は、事件を審理、裁判する場、すなわち、事実を審究し、法律を適用して、適正かつ迅速な裁判を実現すべく、裁判官及び訴訟関係人が全神経を集中すべき場所であって、そこにおいては最も尊重されなければならないのは、適正かつ迅速な裁判の実現である。…してみれば、そのメモを取る行為が許されるべきか否かは、その行為が公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げる場合に限られるべきは当然であるが、制限又は禁止される場合であっても、その制限が許されるのは、裁判の公正かつ円滑な進行という目的を達するため必要かつ合理的な限度にとどめるべきものである(刑事訴訟規則202条、23条2項参照)。
人が傍聴席でメモを取ることは、通常、法廷における裁判の審理の妨げとなるものではなく、むしろ、傍聴人が裁判を理解し記憶する上で大きな役割を果たすものであり、傍聴人が裁判について適切な批判や評価をする上で役立つものであって、裁判の公正さに対する国民の信頼を高めることにもつながるものであり、また、筆記行為によって生ずる音、紙の摩擦音、ボールペンの先が紙に当たる音は、裁判官の精神的集中を妨げるものではなく、裁判官の精神的集中を妨げるものではなく、傍聴人が自己の使用するメモを撮影して公表するなどということも考えられないから、公正な裁判の実現を妨げる恐れがあるとは到底考えられず、かえって、右に述べたところからすると、法廷においてメモを取る自由は、憲法21条1項の規定の精神に照らして尊重されるべきであり、これを故なく制限することは許されないと解するのが相当である。

妨げるに至ることは、通常はありえないのであって、相当の事情のない限り、これを傍聴人の自由に任せるべきであり、それが憲法21条1項の規定の精神に合致するものということができる。四 法廷でメモを取る自由を制限しうるのは、裁判の公正、中立ないしは裁判所の威信を害するに至るような事態が生じ、又は生ずる具体的なおそれがある場合に限られると解するのが相当である。
五 最高裁の報道機関は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供するものであって、国民の「知る権利」に奉仕するものである。このような報道機関の報道の自由が憲法21条1項の規定の保障の下にあることはいうまでもなく、そのための取材の自由も、同様に十分尊重に値するものというべきである。
本件裁判長において執った右の措置は、このような配慮に基づくものと推料されるから、合理性を欠くとまではいうことはできず、憲法14条、憲法21条の規定に違反するものではない。
六 本件裁判長が法廷警察権に基づき傍聴人に対してあらかじめ一律にメモを取ることを禁止した上、Xに対し特に許可し得べき事情があるか否かを検討したがそのような事情は認められないとして特に許可しなかった(以下「本件措置」という。)は、これを当該公判廷の秩序維持のためにしたとすれば、本件公判廷において、いかなる理由で傍聴人のメモを取る行為を禁止する必要があったのか、本件公判廷の審理、裁判の妨害や法廷の秩序を乱すなどのおそれがあったのか、それらの事情は全くうかがうことができず、また、被告人、証人、その他の訴訟関係人のプライバシーを侵害し、あるいは、人の尊厳をそこなうような事態が生ずるなどのおそれがあったとも、なんら、うかがうことはできない。
2 法廷警察権に基づく措置の目的は、それぞれ法廷警察権の目的、目標の範囲を著しく逸脱し、又はその方法が甚だしく不当な手段である等の特段の事情のない限り、国民には、この判断が法廷の秩序維持のためにとられたものであるかどうか、又は、その方法が相当であるかどうかを判断するにつき、裁判所の判断を尊重すべきものとする。

本件措置が執られた当時に、法廷警察権に基づいて傍聴人がメモを取ることを一般的に禁止し、その禁止は、裁判の公正を確保する目的でされたもので、その当否が相当であるとの見解も広く採用され、相当数の裁判所がメモを取ることを一律に禁止しており、…

解説

本判決は、憲法21条の表現の自由の保障範囲と、法廷でメモを取る権利の保障について判断したものです。法廷でメモを取る自由は、憲法21条1項との関係で「尊重する」とはいっていますが、「保障される」とはしていません。

過去問

1 最高裁判所の判例では、憲法は、裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを制度として保障するものであり、各人が裁判所に対して傍聴することを権利として要求できることを認めたものでもあるとした。(公務員2020年)

2 様々な意見、知識、情報に接し、これを摂取することを補助するための筆記行為の自由は、憲法第21条第1項の規定によって直接保障されている表現の自由そのものと同一に解されるものであり、その制限又は禁止には、表現の自由に制約を加える場合に一般に必要とされる厳格な基準が要求されるのではない。(司法書士2020年)

1 X 判例は、憲法82条1項が裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを保障するものであることを認めていますが、各人が裁判所に対して傍聴することを権利として要求できることまでも認めたものでないとしています(最大判平元.3.8)。

2 〇 判例は、さまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取することを補助するためにする筆記行為の自由は、憲法21条1項の精神に照らして尊重されるべきであるとしつつも、それは憲法21条1項によって直接保障されている表現の自由そのものとは異なるとし、その制限又は禁止には、表現の自由に制約を加える場合に一般に必要とされる厳格な基準が要求されるものではないとしています(最大判平元.3.8)。