生存権
2025年11月19日
『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9
ガイダンス
生存権とは、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利をいい、憲法25条で保障されています。生存権には、国民が自らの手で健康で文化的な最低限度の生活を維持する自由を侵害してはならないという自由権的側面と、自らの健康で文化的な最低限度の生活を営むことのできない国民が国に対してのような生活を保障するために必要な施策を求めるという社会権的側面があります。
朝日訴訟(最大判昭42.5.24)
■事件の概要
国立療養所で療養生活を送っていたX(朝日茂)は、生活保護法に基づいて生活扶助の給付を受けていた。しかし、兄から仕送りを受けるようになったため、Xの生活保護を担当していた福祉事務所がこれを収入として認定し、生活扶助を停止するとともに、仕送りから生活扶助相当額を控除した残額を、それまで無償であった療養費の一部自己負担額としてXに負担させることとした。これを不服とするXは、県知事に対し不服申立てをしたが、却下決定を受けたため、さらにY(厚生大臣)に不服申立てをしたが、Yも却下した。そこで、Xは、Yに対し、却下裁決の取消しを求める訴えを提起した。
■判例ナビ
生活保護基準は、厚生労働大臣が定めるものとされています(生活保護法8条1項)。この基準は、健康で文化的な最低限度の生活を維持できるものでなければなりません(同法3条)。そこで、本件では、Yが定めた生活保護基準が健康で文化的な最低限度の生活水準を維持するに足りない違法なものであるかどうかが問題となりました。第1審はXの請求を認容しましたが、控訴審はXの請求を棄却したため、Xが上告しました。
■裁判所の判断
憲法25条1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定している。この規定は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではない。…具体的権利としては、法律の規定によって初めて与えられる。すなわち、生活保護法によって具体化されて初めて具体的権利となる。このようにして生活保護法に基づく具体的権利が与えられた以上、その権利を保障するためには、法律の定める要件を具備するか否かについて(28条参照)、その判断は、厚生大臣の裁量に属するものであって(8条参照)、右権利は、厚生大臣の裁量処分によって初めて具体的権利として確定される。したがって、生活保護法による保護を要するか否かの認定判断は、厚生大臣の合目的的な裁量に任されているのである。
もっとも、厚生大臣の裁量は、無制約なものではなく、生活保護法自体によって与えられている。その裁量が、裁量権の濫用、逸脱として違法とされるかどうかの判断は、司法審査の対象となる。しかし、生活保護基準が憲法25条に違反するかどうかの判断は、厚生大臣の専門技術的な判断に委ねられており、裁判所が判断するのに適さない問題である。したがって、裁判所が生活保護基準の当否を判断することは、原則として、司法審査の範囲外にある。
解説
本判決は、健康で文化的な最低限度の生活を保障するに足りるものであるか否かの判断は、厚生労働大臣の裁量に委ねられており、裁判所による司法審査には限界があるとして、いわゆる「裁量統制」による審査をしました。そして、Yの認定判断に裁量権の逸脱または濫用による違法はないとしました。
過去問
1 憲法25条に規定する「健康で文化的な最低限度の生活」の具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものである。(国家一般職2020年)
つくものということはできない。
以上の次第であるから、本件併給調整条項が憲法25条に違反して無効であるとするXの主張を排斥した原判決は、結論において正当というべきである。
2 次に、本件併給調整条項がXのような地位にある者に対してその受給する障害福祉年金を見て、直接扶助との併給を禁じたことが憲法14条及び13条に違反するかどうかについて見るのに、本件併給調整条項の適用により、Xのように障害福祉年金を受け取ることができる地位にある者とそのような地位にない者との間に直接扶養手当の支給において差別を生ずることになるとしても、さきに説示したところに照らして立法裁量の範囲を逸脱し、母子に対する障害福祉年金及び生活保護制度の存在などに照らして総合的に判断すると、右差別がなんら不合理な理由のない不当なものであるとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができ、また、本件併給調整条項が児童の個人としての尊厳を侵害し、憲法13条に違反する不合理かつ不当な立法であるともいえないことも、従来本裁判所の判示したところに照らして明らかであるから、この点に関するXの主張も理由がない。
*障害福祉年金違憲訴訟(最大判昭57.9.9)。
解説
本判決は、憲法25条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、国会の広い裁量にゆだねられており、裁判所は、それが著しく合理性を欠き明らかにかつ客観的に見て裁量の濫用と見ざるをえないような場合にのみ違憲とすることができるとしました。そして、本件併給調整条項は、憲法13条、14条、25条のいずれにも違反しないとして、Xの上告を棄却しました。
過去問
1 憲法25条2項は、社会的立法および社会的施設の創造拡充により個々の国民の生活権を充足すべき国の一元的責務を、同条1項は、国が個々の国民に対しそうした生活権を保障すべき具体的責務を負っていること、それぞれ定めたものと解される。(行政書士2018年)
2 障害福祉年金の受給者は児童扶養手当の受給資格を欠く旨の規定は、これによって障害福祉年金を受給できない者との間に児童扶養手当の受給に関し合理性のない不当な差別が生じることから、違憲である。(司法書士2022年)
1 X 判例は、憲法25条1項は、「福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したものであり、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右のような義務を有することを規定したものではない」としています(最大判昭57.7.7)。
2 X 判例は、障害福祉年金の受給者は児童扶養手当の受給資格を欠く旨の規定により障害福祉年金を受けることができる地位にある者とそのような地位にない者との間に児童扶養手当の受給に関して差別を生ずることになるとしても、その差別は合理的な理由のない不当なものであるとはいえないとしています(最大判昭57.7.7)。
生存権とは、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利をいい、憲法25条で保障されています。生存権には、国民が自らの手で健康で文化的な最低限度の生活を維持する自由を侵害してはならないという自由権的側面と、自らの健康で文化的な最低限度の生活を営むことのできない国民が国に対してのような生活を保障するために必要な施策を求めるという社会権的側面があります。
朝日訴訟(最大判昭42.5.24)
■事件の概要
国立療養所で療養生活を送っていたX(朝日茂)は、生活保護法に基づいて生活扶助の給付を受けていた。しかし、兄から仕送りを受けるようになったため、Xの生活保護を担当していた福祉事務所がこれを収入として認定し、生活扶助を停止するとともに、仕送りから生活扶助相当額を控除した残額を、それまで無償であった療養費の一部自己負担額としてXに負担させることとした。これを不服とするXは、県知事に対し不服申立てをしたが、却下決定を受けたため、さらにY(厚生大臣)に不服申立てをしたが、Yも却下した。そこで、Xは、Yに対し、却下裁決の取消しを求める訴えを提起した。
■判例ナビ
生活保護基準は、厚生労働大臣が定めるものとされています(生活保護法8条1項)。この基準は、健康で文化的な最低限度の生活を維持できるものでなければなりません(同法3条)。そこで、本件では、Yが定めた生活保護基準が健康で文化的な最低限度の生活水準を維持するに足りない違法なものであるかどうかが問題となりました。第1審はXの請求を認容しましたが、控訴審はXの請求を棄却したため、Xが上告しました。
■裁判所の判断
憲法25条1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定している。この規定は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではない。…具体的権利としては、法律の規定によって初めて与えられる。すなわち、生活保護法によって具体化されて初めて具体的権利となる。このようにして生活保護法に基づく具体的権利が与えられた以上、その権利を保障するためには、法律の定める要件を具備するか否かについて(28条参照)、その判断は、厚生大臣の裁量に属するものであって(8条参照)、右権利は、厚生大臣の裁量処分によって初めて具体的権利として確定される。したがって、生活保護法による保護を要するか否かの認定判断は、厚生大臣の合目的的な裁量に任されているのである。
もっとも、厚生大臣の裁量は、無制約なものではなく、生活保護法自体によって与えられている。その裁量が、裁量権の濫用、逸脱として違法とされるかどうかの判断は、司法審査の対象となる。しかし、生活保護基準が憲法25条に違反するかどうかの判断は、厚生大臣の専門技術的な判断に委ねられており、裁判所が判断するのに適さない問題である。したがって、裁判所が生活保護基準の当否を判断することは、原則として、司法審査の範囲外にある。
解説
本判決は、健康で文化的な最低限度の生活を保障するに足りるものであるか否かの判断は、厚生労働大臣の裁量に委ねられており、裁判所による司法審査には限界があるとして、いわゆる「裁量統制」による審査をしました。そして、Yの認定判断に裁量権の逸脱または濫用による違法はないとしました。
過去問
1 憲法25条に規定する「健康で文化的な最低限度の生活」の具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものである。(国家一般職2020年)
つくものということはできない。
以上の次第であるから、本件併給調整条項が憲法25条に違反して無効であるとするXの主張を排斥した原判決は、結論において正当というべきである。
2 次に、本件併給調整条項がXのような地位にある者に対してその受給する障害福祉年金を見て、直接扶助との併給を禁じたことが憲法14条及び13条に違反するかどうかについて見るのに、本件併給調整条項の適用により、Xのように障害福祉年金を受け取ることができる地位にある者とそのような地位にない者との間に直接扶養手当の支給において差別を生ずることになるとしても、さきに説示したところに照らして立法裁量の範囲を逸脱し、母子に対する障害福祉年金及び生活保護制度の存在などに照らして総合的に判断すると、右差別がなんら不合理な理由のない不当なものであるとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができ、また、本件併給調整条項が児童の個人としての尊厳を侵害し、憲法13条に違反する不合理かつ不当な立法であるともいえないことも、従来本裁判所の判示したところに照らして明らかであるから、この点に関するXの主張も理由がない。
*障害福祉年金違憲訴訟(最大判昭57.9.9)。
解説
本判決は、憲法25条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、国会の広い裁量にゆだねられており、裁判所は、それが著しく合理性を欠き明らかにかつ客観的に見て裁量の濫用と見ざるをえないような場合にのみ違憲とすることができるとしました。そして、本件併給調整条項は、憲法13条、14条、25条のいずれにも違反しないとして、Xの上告を棄却しました。
過去問
1 憲法25条2項は、社会的立法および社会的施設の創造拡充により個々の国民の生活権を充足すべき国の一元的責務を、同条1項は、国が個々の国民に対しそうした生活権を保障すべき具体的責務を負っていること、それぞれ定めたものと解される。(行政書士2018年)
2 障害福祉年金の受給者は児童扶養手当の受給資格を欠く旨の規定は、これによって障害福祉年金を受給できない者との間に児童扶養手当の受給に関し合理性のない不当な差別が生じることから、違憲である。(司法書士2022年)
1 X 判例は、憲法25条1項は、「福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したものであり、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右のような義務を有することを規定したものではない」としています(最大判昭57.7.7)。
2 X 判例は、障害福祉年金の受給者は児童扶養手当の受給資格を欠く旨の規定により障害福祉年金を受けることができる地位にある者とそのような地位にない者との間に児童扶養手当の受給に関して差別を生ずることになるとしても、その差別は合理的な理由のない不当なものであるとはいえないとしています(最大判昭57.7.7)。