探偵の知識

労働基本権

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス

憲法28条は、「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」と規定し、団結権(労働組合などの労働者の団体を結成し、または参加する権利)、団体交渉権(労働条件について使用者と交渉する権利)および団体行動権(労働条件に関する要求を実現する目的で争議行為その他の団体行動をする権利)を保障しています。この3つの権利を総称して労働基本権といいます。

労働組合の統制権(最大判昭43.12.4)
■事件の概要

北海道三井美唄炭鉱労働組合は、美唄市議会議員選挙に際し、組合員Yを統一候補とし、その選挙運動を推進することとしたが、前回選挙に統一候補として当選したZは、これに反対し、独自の立場で立候補しようとした。そこで、組合の役員は、Zに対し、立候補を断念するよう再三に渡り説得を試みた。しかし、Zがこれを拒絶したため、Xは、立候補する場合には組合から処分されることがある旨を記載した組合の機関紙をZ宅に配布し、さらに、Zに対し、組合の統制を乱したとして1年間組合員としての権利を停止すると通告し、その公示書を炭鉱の掲示場に掲示した。

■判例ナビ

Zは選挙に当選しましたが、Xは、組合との特殊な利害関係を利用してZを威迫*したとして、選挙の自由妨害罪(公職選挙法225条3号)で起訴されました。第1審はXを有罪としましたが、控訴審がXの行為は違法性を欠くとして無罪を言い渡したため、検察官が上告しました。
*人を威圧して従わせようとすること。

■裁判所の判断

1 労働基本権を保障する憲法28条も、さらに、これを具体化した労働組合法も、直接には、労働者対使用者の関係を規整することを目的としたものであり、労働者の使用者に対する労働基本権を拡張するものではない。本件を統合した場合には、労働者が憲法28条の保障する団結権に基づき労働組合を結成した場合において、その労働組合が統一と一体化を図り、その団結力の強化を期するためには、その組合の財産と一体性を確保する必要があり、これに反する組合員の行動に対して統制力を有することは、労働組合の団結権保障の一環として、憲法28条の精神に由来するものと理解することができる。この意味において、憲法28条による労働組合の団結権保障の効果として、労働組合は、その目的を達成するために必要であり、かつ、合理的な範囲内において、その組合員に対する統制権を有するものと解すべきである。

2 個々の労働組合を憲法および労働組合法で保障しているのは、社会的・経済的弱者である個々の労働者が、その強者である使用者との交渉において、対等の立場にたつことを可能にすることによって、労働者の地位を向上させることを目的とするものである…。したがって、現実の政治・経済・社会機構のもとにおいて、労働者が経済的地位の向上を図るにあたっては、単に使用者との交渉のみに止まることなく、これを行政、立法に働きかけることも必要であり、労働組合が組合の目的をより十分に達成するための方策として、その目的達成に必要な政治活動や社会活動を行なうことを妨げられるものではない。

この見地からいって、本件のような地方議会議員の選挙にあたり、労働組合が、その組合員の居住地域の生活環境の改善その他生活上の利益を図るうえに役立たせるため、その利益代表を選挙に送り込むため統一候補者を決定し、その当選を期して組合を挙げてその選挙運動を推進すること、そして、その一環として、いわゆる統一候補を決定するための組織内の措置である候補者選考手続に応ずるよう組合員に働きかけることは、組合の目的を達成するため必要であり、かつ、また、組合員の利益にもかなうものであるかぎり、それが組合の統制権の行使として許容されることはいうまでもない。

3 立候補の自由は、選挙の自由と表裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持するうえで、きわめて重要である。このような見地からいえば、憲法15条1項は、被選挙権の行使、すなわち立候補の自由を保障していることは、直接には規定していないが、これをまた、同条同項の保障する重要な基本的人権の一つと解すべきである。
4 労働組合が、その団結を維持し、その目的を達成するために、組合員に対し統制権を有することは、前段のとおりである。しかし、労働組合が行い得る組合員に対する統制権には、当然、一定の限界が存するものといわなければならない。殊に、公職選挙における立候補の自由は、憲法15条1項の趣旨に照らし、基本的人権の一つとして、憲法の保障する重要な権利であるから、労働組合がこれに対し統制を加えることは、特別の慎重を要するものといわなければならない。右の自由を制限し、統制の許容されるためには、組合の目的、性格、組合員の地位、統制の内容、程度、方法、組合員に及ぼす影響等の諸般の事情を考慮して、その統制が組合の目的を達成するため必要であり、かつ、合理的な範囲内においてなされることを要する。この意味において、労働組合が組合員に対し統制権を行使することは、組合の目的を達成するために必要であり、かつ、合理的な範囲内においてなされることを要する。

解説

労働組合の統制が、労働組合の統一と一体化を図り、団結力を強化する目的で、組合員である個々の労働者の行動について、合理的な範囲内で規制を加える権限を統制権といいます。本判決は、労働組合の統制権の根拠が憲法28条の団結権にあるとした上で、公職選挙における立候補の自由が憲法15条1項によって保障される人権であることを明らかにし、公職の選挙において、組合の統一候補以外の組合員が立候補しようとした者に対し、立候補を取りやめることを要求し、これに従わないことを理由に当該組合員を統制処分することは、組合の統制権の限界を超え違法であるとしました。

過去問

1 立候補の自由は、選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持する上で、きわめて重要であるから、これに対する制約は、特に慎重でなければならない。(行政書士2019年)

1 〇 判例は、立候補の自由は、選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持するうえで、きわめて重要であるから、憲法15条1項の保障する重要な基本的人権であるとしています。これに対する制約は、特に慎重でなければならないとしています(最大判昭43.12.4)。

全農林警職法事件(最大判昭48.4.25)
■事件の概要

農林水産の職員で組織された全農林労働組合の幹部は、組合員に対し、勤務時間内に開催する豊橋定期総会(国家公務員法1条5項(現8条2項)の禁止する争議行為に該当する)として、同法110条1項17号違反で起訴された。

■判例ナビ

第1審は、Xを無罪としましたが、控訴審は、罰金刑を言い渡しました。そこで、Xは、国家公務員の争議行為を禁止する国家公務員法の規定は憲法28条、21条等に違反すると主張して上告しました。

■裁判所の判断

1 憲法28条は、「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利」すなわち労働基本権を保障している。この労働基本権の保障は、憲法25条のいわゆる生存権の保障を基本理念とし、憲法27条の勤労の権利および義務に基づいて勤労者の経済的地位の向上を目的とするものである。このように労働基本権の精神に即して考えれば、公務員は、私企業の労働者とは異なり、使用者との合意によって賃金その他の労働条件が定まる立場にはない。勤労者として、自己の労働を提供することによってのみ生活の資を得ているものである点においては一般の勤労者となんらことなるところはないから、労働基本権の保障は公務員に対しても及ぶものと解すべきである。ただ、この労働基本権は、右のように、勤労者の経済的地位の向上のために認められたものであるから、その権利の行使が国民全体の利益の保障という見地から制約されることがあるのはやむをえないのであり、このことは、憲法13条の規定の趣旨に徴しても疑いのないところである…。

2 公務員は、私企業の労働者と異なり、国民の信託に基づいて国政を担当する政府により任命されるものであるが、憲法15条が示すとおり、実質的には、国民がその政治的主体であり、公務員の労務提供は国民全体に対してのものである。もとより、このことだけから公務員に対して団結権をはじめその他一切の労働基本権を否認することは許されないのであるが、公務員の地位の特殊性と職務の公共性にかんがみるときは、これを根拠として公務員の労働基本権に対し必要やむをえない限度の制限を加えることは、十分合理的な理由があるというべきである。

次に公務員の勤務条件の決定について、私企業における勤労者と異なるものがあることを看過することはできない。…公務員の給与をはじめ、その他の勤務条件は、私企業の労働者の場合のごとく労働協約のような自由な交渉と団体行動によって定められるものではなく、原則として、国民の代表者からなる国会が制定する法律、予算によって定められることになっているのである。その場合、使用者たる政府がいかなる勤務条件の決定案を国会に提出するか、また、国会がすでに議決したものを政府として定めるべきかについて裁量権があるにかかわらず、これら公務員の勤務条件の決定には、政府が誠実にその義務を履行するよう期待されるが、しかし、公務員の争議行為に対し刑罰をもって臨むことは、行政の継続性をそこない、もって国民全体の共同利益に反することになるから、これを防止するため、やむをえない措置というべきである…。
3 しかしながら、前記のように、公務員についても憲法28条によってその労働基本権が保障される以上、この保障と国民全体の利益の擁護との間には均衡が保たれることを必要とすることは、憲法上の要請であると解されるのであるから、その労働基本権を制限するにあたっては、これに代わる措置の措置が講じられなければならない。そこで、わが法制上の公務員の勤務関係における具体的措置が果して憲法の要請に添うものかどうかについて検討してみるに、…。
4 以上に判明したとおり、公務員の従事する職務が国民生活全体に重大な影響を及ぼすものであるから、公務員の争議行為が国民生活に重大な支障を及ぼすおそれがある場合には、これを禁止し、これに罰則を科することもやむをえない。この場合、公務員の労働基本権を制限することに代わる措置として、人事院の勧告制度、その他、公務員の勤務条件の維持改善を図るための措置が設けられているのであるから、これらの代償措置が全体として合理的に機能しているかぎり、公務員の争議行為に罰則を科しても、憲法28条に違反するものではないと解すべきである。

解説

1 最高裁は、労働基本権の制限は、①労働基本権を尊重する必要と国民生活全体の利益を維持増進する必要とを比較衡量し、合理性の認められる必要最小限度にとどめること、②国民生活に重大な障害をもたらすおそれのあるものを選別するため必要やむを得ない場合に限ること、③違反者には課せられる不利益は必要最小限度にとどめず、とくに刑事罰は必要やむを得ない場合に限ること等を判示し、公務員の労働基本権を尊重する姿勢を強調した。これに対し、本判決は、公務員の地位の特殊性と職務の公共性を強調して国民全体の共同利益への影響を重視し、公務員の労働基本権に対する制約を広く認める方向性を示しています。

2 争議行為を禁止し、そのあおり行為等を処罰の対象としている地方公務員法37条1項、61条4号の合憲性が争われた都教組事件(最大判昭44.4.2)において、最高裁は、合憲限定解釈の手法をとり、かつ、処罰の対象となる行為は争議行為行為の中でも違法性の強いものに限られるという「二重のしぼり」論を展開しましたが、本判決は、これを否定しています。

3 本判決では、政治的活動の達成を目的とする行為(政治スト)が憲法28条によって保障されているかどうかも問題となりましたが、本判決は、「私企業の労働者たちと、公務員を含むその他の勤労者たちとを問わず、使用者に対する経済的地位の向上の要請とは直接関係があるとはいえない憲法の改正に対する反対のような政治的目的のために争議行為を行なうことができ、もともと憲法28条の保障とは無関係なものというべきである」として否定しています。

過去問

1 最高裁判所の判例では、私企業の労働者と、公務員を含むその他の勤労者とを問わず、使用者に対する経済的地位の向上の要請とは直接関係のない警察官職務執行法の改正に反対するような政治的目的のために争議行為を行なうことは、憲法28条とは無関係なものであるとした。(公務員2014年)

1 〇 判例は、「私企業の労働者たちと、公務員を含むその他の勤労者たちとを問わず、使用者に対する経済的地位の向上の要請とは直接関係があると...法の改正に対する反対のような政治的目的のために争議行為を行なうことは、もともと憲法28条の保障とは無関係なもの」としています(最大判昭48.4.25)。