探偵の知識

民法177条の第三者

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス

物権の得喪および移転(例えば、売買による所有権の移転、抵当権の設定)は、当事者の意思表示だけで、その効力を生じます(民法176条)。しかし、意思表示は目に見えるものではありませんから、当事者以外の者には、物権変動の有無を認識することができません。そこで、民法177条は、「不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない」と規定し、物権変動の有無を登記という形で明らかにすることによって不動産取引の安全を確保しようとしています。

背信的悪意者

■事件の概要

Yは、Aから本件山林を買い受けてその所有権を取得し、以後これを占有していたが、所有権移転登記を経由せずにいた。その後、Xは、Yがすでに本件山林を買い受けていることを知りながら、Yが登記を経由していないことを悪用し、Yに高値で売りつけて利益を得る目的でAから本件山林を買い受け、所有権移転登記を経由した。

判例ナビ

Yは、Xに本件山林を買い取るよう懇願しましたが、Yが拒絶したため、Xを、Yに本件山林の買戻しを請求する訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。本件山林は、まずAからYへ、次いでAからXへと二重に譲渡されています。したがって、その所有権をめぐるXとYの関係は、登記の有無で決着がつき、Xが177条の第三者に当たるとすれば、登記を経由していないYは、登記を経由したXに対し所有権を主張することができません。しかし、Yは、Xが無償で買い受けたことを知りながら、Yに高値で売りつける目的で本件山林を買い受けたことなどを取りあげ、Xが信義にそむけるとしてその対抗を主張することはできないと主張したのです。Xのような者が177条の第三者にあたるとして良いのでしょうか。この点がまさに問題です。

■裁判所の判断

実体上物権変動があった事実を知る者において右物権変動についての登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある場合には、かかる背信的悪意者は、登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しないものであって、民法177条にいう第三者に当らないものと解すべきところ…。原判決確定の前記事実関係からすれば、XがYの所有権取得についてその登記の欠缺を主張することは信義に反するものというべきであって、Xは、右登記の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者に当たらないものと解するのが相当である。…したがって、Yは登記なくして所有権取得をXに対抗することができるとした原審の判断は正当であって、論旨は採用することができない。

解説

一般に、「第三者」とは、当事者とその包括承継人以外の者で、登記の欠缺を主張する正当の利益を有する者(判例、古くから「登記の欠缺を主張する正当の利益を有する者」という制限をかけてきました)をいいます。本判決は、登記の欠缺を主張することが信義則(1条2項)に反する者を「背信的悪意者」という言葉で表現し、背信的悪意者は177条の第三者に当たらないことを明らかにしました。

この分野の重要判例

◆背信的悪意者からの転得者

所有者AからXが不動産を買い受け、その登記が未了の間に、Bが当該不動産をAから二重に買い受け、更にBから転得者Yが買い受けて登記を完了した場合に、たとえBが背信的悪意者に当たるとしても、Yは、Xに対する関係でY自身が背信的悪意者と評価されるのでない限り、当該不動産の所有権取得をもってXに対抗することができるものと解するのが相当である。けだし、(1)Bが背信的悪意者であるがゆえに登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に当たらないとされる場合であっても、Xは、Bが登記を経由した権利をXに対抗することができないことの反射として、登記なくして所有権取得をBに対抗することができるというにとどまり、A B間の売買自体の無効を来すものではなく、したがって、Yは無権利者から当該不動産を買い受けたことにはならないのであって、(2)Bが背信的悪意者が正当な利益を有することを177条の第三者から排除した趣旨は、第1譲受人との売買等に遅れて不動産を取得した者が登記を経由していないのを奇貨としてこれに対しその登記の欠缺を主張することが背信行為に対してその登記の欠缺を主張することがその取得の経緯等に照らし信義則に反して許されないということにあるのであって、登記を経由した者がこの理によって「第三者」から排除されるかどうかは、その者と第1譲受人との間で相対的に判断されるべき事柄であるからである。

解説

本件は、自己の土地をXに譲渡したが、所有権移転登記が完了していないことをよいことに同じ土地を背信的悪意者Bに二重譲渡し、Bは、さらにこれらをYに譲渡して所有権移転登記を経由した事案です。本判決は、背信的悪意者が民法177条の第三者に当たらないことを前提とした上で、背信的悪意者からの転得者は、自身が背信的悪意者でない限り、第三者に当たるとしました。仮に背信的悪意者は無権利者であると考えると、背信的悪意者からの転得者は不動産所有権を取得することができませんが、本判決はこのような考え方を採用せず、信義則に照らし、相対で決めるべきであると考え、この上で、取得した権利を主張することができるだけでないであるとしました。

過去問

1 Aが、自己の所有する甲不動産をBに譲渡した。その後、甲不動産をCにも二重に譲渡した場合において、AがBに甲不動産を譲渡したことについてCが悪意であるときは、Cは、登記の欠缺を主張することが信義則に反すると認められる事情がなくとも、登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する者とはいえず、民法第177条にいう第三者に当たらない。(公務員2022年)

2 Aが、Bに土地を譲渡した後、Bがいまだ登記をしていないことを奇貨として、その土地をCに譲渡したことについてCが悪意者であるときは、Cからの土地の譲渡を受けて登記を完了したDは、善意であったとしても、その土地の所有権をBに対抗することができない。(公務員2021年)

1 × Cは、悪意であっても、登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がなければ、背信的悪意者とはいえず、177条の「第三者」に当たります。

2 × Cが背信的悪意者に当たるとしても、Dは、Bに対する関係でD自身が背信的悪意者と評価されるのでない限り、当該不動産の所有権取得をBに対抗することができます。