探偵の知識

留置権

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス
留置権とは、他人の物の占有に関して生じた債権を有する場合に、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる担保物権をいいます(民法295条1項)。例えば、Xの依頼に応じてYが自動車を修理したYは、修理代金の支払いを受けるまで自動車を自己の下に留め置くことができます。Xは、自動車を返してほしいければ、修理代金を支払わざるを得ません。このように、留置権には、間接的に弁済を促す効果があります。
留置権が成立するには、目的物を留置することによって担保しようとする債権(被担保債権)が「その物に関して生じた債権」でなければなりません(295条1項)。被担保債権と目的物のこのような関係を牽連性といいいます。

留置権の対抗力 (最判昭47.11.16)

■事件の概要
Yは、その所有する建物(本件建物)とその敷地である土地(本件土地)をAに売却した。その際、YA間で「代金の際はAに本件建物の所有権移転登記と同時に支払い、残金45万円については、全員の支払いに代えて、Aにおいて土地(提供土地)を購入して建物(提供建物)を新築し、これをYに譲渡することとし、提供土地建物の明渡しは右提供土地建物の所有権を譲渡する」旨の約束がされたが、Aは、本件土地建物をYに賃貸する義務を履行しなかった。その後、Xは、Aに対し384万円を貸与し、その担保のため、本件土地建物を目的として抵当権設定契約および停止条件付代物弁済契約を締結したが、Aは右借金の弁済を所定の期限に弁済しなかったため、Xは、右代物弁済契約により本件土地建物の所有権を取得し、所有権移転登記を経由した。

判例ナビ
Xが本件建物を占有しているYに対し、所有権に基づく建物明渡請求訴訟を提起したところ、Yは、留置権の抗弁を主張しました。第1審、控訴審は、留置権の抗弁を認め、Aの残代金の支払いと引き換えに本件建物を明け渡すよ

うYに命じましたが、控訴審は、留置権の抗弁を認めませんでした。そこで、Yが上告しました。

■裁判所の判断
原審は、右確定事実のもとでは、売主であるYは買主のAに対し、右の売買代金債務の不履行を理由として、右売買契約に基づく本件建物引渡義務の履行を拒絶することができるにとどまり、Aに対し、右の代金債権の弁済を請求することができるのみであって、Yは、Aから右代金債権の弁済を受けるまで、Aの所有に属する本件建物を留置する権能を取得するものではない、と判示している。
しかしながら、不動産の売主は、代金全額の支払を受けるまで、買主に対し、目的不動産の引渡義務の履行を拒絶することができるのであり(民法533条)、この場合、売主の右履行拒絶の権能は、これを同時履行の抗弁権と称するものであるが、その実質は、公平の原則に基づき、売主の代金債権を担保するためのものというべきであるから、右履行拒絶の権能の行使としてする目的不動産の留置は、実質において、留置権の作用に類する性質を有するものといわなければならない。そうすると、不動産の売買契約において、目的不動産の所有権が代金の支払に先だって買主に移転する旨の特約が付されている場合にも、売主は、その後、代金の支払を受けるまでは、同時履行の抗弁権に基づき、目的不動産の引渡を拒絶することができるのであり、売主が、右引渡を拒絶して目的不動産の占有を継続するときは、その占有は、買主に対しては、同時履行の抗弁権の行使として、これを拒絶する権原に基づくものというべきであるから、不法占有にあたるものではなく、したがって、売主は、買主から目的不動産の所有権を取得した第三者に対しても、代金債権の弁済があるまで、目的不動産の留置を主張することができるものと解するのが相当である。

解説
本判決は、YA間で留置権が成立することが、Yはその留置権をAから本件建物を譲受人Xに対抗することができることを明らかにしました。

◆この分野の重要判例

他人物の売買と留置権 (最判昭51.6.17)
他人の物の売買における買主は、その所有権を移転すべき売主の債務の履行不能による損害賠償請求権をもって、所有者の目的物引渡請求に対し、留置権を主張することは許されないものと解するのが相当である。蓋し、他人の物の売主は、その所有権移転債務が履行不能となっても、目的物の返還を誰に請求しうる関係になく、したがって、買主が目的物の返還を拒絶することによって損害賠償債務の履行を間接に強制するという関係は生じないため、右損害賠償債権について目的物の留置を成立させるために必要な物と債権との牽連関係が当事者間に存在するといえないからである。

過去問

Aは、自己の所有する甲土地をBに売却したが、これを引き渡していなかったところ、Bは、弁済期が到来したにもかかわらず、Aに売買代金を支払わないまま甲土地をCに売却した。この場合において、CのAに対し甲土地の引渡しを請求したときは、AがBに対して有する代金債権のために、Cに対して、甲土地につき留置権を行使することができる。 (公務員2022年)

他人物売買の売主から目的物の引渡しを受けた買主は、所有者から引渡し目的物の返還請求を受けた場合には、売主に対して有する損害賠償債権を被担保債権とする留置権を主張して返還を拒むことはできない。 (司法書士2022年)
○ 1. Aは、B間で成立した留置権を、留置権成立後に甲土地をBから譲り受けたCに主張することができます(最判昭47.11.16)。
○ 2. 他人売買における買主は、その所有権を移転すべき売主の債務の履行不能による損害賠償債権をもって、所有者の目的物返還請求に対し、留置権を主張することは許されません(最判昭51.6.17)。