探偵の知識

安全配慮義務

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス
法律関係の当事者が相手方の生命・身体・健康等に危害が及ばないように配慮すべき義務を安全配慮義務といいます。民法に安全配慮義務を明文で定めた規定はありませんが、判例は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係に付随する信義則上の義務として一般的に認められるとしています。

安全配慮義務 (最判昭50.2.25)

■事件の概要
自衛隊員Aは、自衛隊駐屯地内の車両整備工場で車両整備に従事していたところ、同僚Bの運転する大型自動車にひかれて即死した。Y(国)は、Aの遺族Xに国家公務員災害補償金を支払ったが、その後は、通常の自動車事故における補償金よりもかなり低額であった。そこで、Xは、Yに対し、自動車損害賠償保障法3条に基づいて損害賠償を請求する訴えを提起した。

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当初、Xは、国家公務員災害補償法以外に国から賠償を受ける方法はな いと知っていたため、自動車損害賠償保障法3条に基づいて訴えを提起した時は、事故から3年以上経過していました。そのため、第1審は、Xが主張する損害賠償請求権は、既に3年の消滅時効(民法724条)にかかっているとして、Xの請求を棄却しました。そこで、Xは、国の人に対する安全配慮義務違反を理由として控訴しましたが、控訴を棄却されたため、上告しました。

■裁判所の判断
国と国家公務員(以下「公務員」という。)との間における主要な義務として、法は、公務員が職務に専念すべき義務(国家公務員法101条1項前段、自衛隊法60条1項等)並びに法令及び上司の命令に従うべき義務(国家公務員法98条1項、自衛隊法56条、57条等)を負い、国がこれに対応して公務員に対し給与支払義務(国家公務員法62条、防衛庁職員給与法4条以下等)を負うことを定めているが、国の公務員に対する義務は、右の給与支払義務にとどまらず、国は、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解すべきである。もとより、右の安全配慮義務の具体的内容は、公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであるが、自衛隊員であるAが、高所における作業時、防毒、防熱等の装備を必要とする場所における作業時又は各種の武器、弾薬、航空機、艦船、車両等の装備品若しくはこれらの装備品に準ずる器材の操作、点検、整備、補給等の作業時(自衛隊法施行令84条、防衛庁訓令(陸上自衛隊服務規則)30条、陸上自衛隊武器、弾薬、車両及び器材の補給、整備等に関する訓令(昭和33年陸上自衛隊訓令第39号)等)等の場合のように公務員が国との関係において生命、健康等に危害を受けるおそれのある状況の下で勤務する場合には、国が右の義務を負うことは、いかなる意味においても前記の公務員の職務に専念すべき義務等と矛盾するものではなく、むしろ、右のような義務を国に負わせることによってはじめて公務員が安心して職務に精励することができるものというべきであるから、当事者間の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認めらるべきものであって、国と公務員との間においても特別の法律関係に基づいて信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであって、国が公務員に対し安全配慮義務を負うことを認めるのが相当である。もとより、国は、右の安全配慮義務を負う場合においても、いかなる場合にも結果回避義務を負うものではなく、その義務を尽くしてもなお損害の発生を回避しえなかった場合についてまで国にその責任を負わせようとするものではないことはいうまでもない。そして、右の義務が、国の過失による生命、健康等侵害の場合についてのみならず国の債務不履行による生命、健康等侵害の場合についても同様に認められるべきことは、もとより、国の過失によらない不可抗力等による災害の場合についてまで国がその責任を負うものではないことはいうまでもない。

解説
本判決は、国が公務員に対して安全配慮義務を負うことを初めて認めた最高裁判決です。本判決のきっかけとなって、安全配慮義務は、民間の雇用契約においても認められるようになり、現在では、労働契約法で明文化されています。人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効は、平成29年民法改正前は、不法行為の場合は3年、債務不履行の場合は10年とされていましたため、安全配慮義務違反を理由に債務不履行責任を問う方が被災者には有利とされていました。しかし、平成29年民法改正により、不法行為であっても債務不履行であっても5、6年とされましたため(166条1項1号、167条、724条の2号)、5年間にする両者の差はなくなりました。

◆この分野の重要判例

安全配慮義務違反による損害賠償債務の遅滞時期 (最判昭56.12.18)
債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であり、民法412条3項によりその債務者は債権者から履行の請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るものというべきであるから、債務不履行に基づく損害賠is償債務について、当然に、その原因である債務不履行の時から遅滞に陥るものではないと解するのが相当である。もとより、不法行為に基づく損害賠償債務については、その発生と同時に遅滞に陥るものと解するのが相当である(最高裁昭和37年9月4日第二小法廷判決、同39年11月24日第三小法廷判決等参照)。

過去問

安全配慮義務は私法上の義務であるので、国と国家公務員との間の公務員法上の関係においては、安全配慮義務に基づく責任は認められない。 (行政書士2013年)

雇用契約上の安全配慮義務に違反したことを理由とする債務不履行に基づく損害賠償債務は、その原因となった事故の発生した日から直ちに遅滞に陥る。 (司法書士2017年)

国が国家公務員に対して負う安全配慮義務に違反し、当該公務員の生命、健康等を侵害し、同人に損害を与えたことを理由として損害賠償を請求する訴訟において、安全配慮義務の内容を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張・立証する責任は、国家公務員の側が負う。 (公務員2012年)
× 1. 判例は、国が国家公務員に対して安全配慮義務を負うことを認めています(最判昭50.2.25)。
× 2. 安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償債務は、期限の定めのない債務であり、債権者から履行の請求を受けた時に履行遅滞となります(最判昭56.12.18)。
○ 3. 国の負う安全配慮義務の内容を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張・立証する責任は、国の義務違反を主張する側にあります(最判昭56.2.16)。