一般不法行為
2025年11月19日
『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9
ガイダンス
不法行為は、過失責任の原則に基づく一般不法行為(民法709条)と、一般不法行為と異なる要件を定める特殊不法行為に分類することができます。特殊不法行為には、監督義務者等の責任(714条)、使用者責任(715条)、土地工作物責任(717条)、共同不法行為(719条)等があります。
一般不法行為が成立するには、(1)加害行為が違法であること、(2)加害者に故意または過失があること、(3)加害者に責任能力があること、(4)損害が発生したこと、(5)加害行為と損害の発生との間に因果関係があること、が必要です。
不法行為が成立すると、被害者は、加害者に対し損害賠償請求権を取得します。賠償は、金銭賠償が原則ですが(722条1項、417条)、名誉毀損の不法行為の場合、裁判所は、名誉を回復するのに適当な処分(例えば、謝罪広告)を命じることができます(723条)。また、損害の発生について被害者にも過失があった場合には、裁判所は、被害者の過失を考慮して、損害賠償の額を定めることができます(過失相殺。722条2項)。
景観利益(最判平18.3.30)
事件の概要
JR中央線国立駅南口のロータリーから南に向けて真直ぐに延びている道路の一部は、「大学通り」と称され、その両脇には地点より歩道が配置され、緑地部分には多数の桜やいちょうが植樹され、これらの木々が連なる並木になっている。住宅地の開発、造成・販売等を業とするYは、大学通りの南端に位置する土地(本件土地)を個人Lから購入し、高さ約43mの14階建て大規模マンション(本件建物)の建設を計画し、2000(平成12)年1月5日、建築確認を得て建築工事に着手した。
判例ナビ
国立市は、市区計画区域内における建築物の制限に関する条例を改正し、本件土地を含む地区について、建築物の高さを20m以下に制限することとし、改正条例(本件改正条例)は、2000(平成12)年12月5日に施行された。そこで、本件土地の周辺住民Xは、本件建物の建築によって大学通りの景観について有している景観利益ないし景観の享受を侵害されると主張して、Yに対し、本件建物のうち高さ20mを超える部分の撤去と慰謝料を求める訴えを提起した。第1審は、Xの請求を一部認容しましたが、控訴審は、請求を棄却しました。そこで、Xが上告しました。
裁判所の判断
都市の景観は、景観権として、人々の歴史的又は文化的環境を形作り、豊かな生活環境を構成する場合には、客観的なものというべきである。Yが本件建物の建築に着手した平成12年1月5日の時点において、国立市の景観を、同市の良好な景観を形成し、保全することを目的とする条例を制定して地方公共団体は、都市景観条例...を既に制定し、罰則(良好な景観を保全し、又は創造することが、2条1号)に関する必要な事項として、都の責務、都民の責務、事業者の責務、知事が行うべき行為などを定めていた。平成16年6月18日に公布された景観法は、良好な景観が有する価値を保護することを目的とするものである。そうすると、良好な景観に近接する地域に居住し、その潤沢を日常的に享受している者は、良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して直接的な利害関係を有するものというべきであり、これらの者が有する良好な景観の享受を内容とする利益(以下「景観利益」という。)は、法律上保護に値するものと解するのが相当である。
もっとも、この景観利益の内容は、景観の性質、態様等によって異なり得るものであるし、社会の変化に伴って変化する可能性のあるものと認めるところ、景観利益は、私法上の権利といい得るような明確な実体を擁するものとは認められず、景観利益を超えて景観権という権利性を有するものと認めることはできない。
ところで、民法上の不法行為は、私法上の権利が侵害された場合だけではなく、法律上保護される利益が侵害された場合にも成立し得るものである(民法709条)。本件におけるように、建物の建築が第三者に対して不法行為となるような違法な侵害となるかどうかは、被侵害利益である景観利益の性質と内容、当該景観の所在地の地域環境、侵害行為の態様、程度の軽重を総合的に考察して判断すべきである。そして、景観利益は、これが侵害された場合に賛成者の生活妨害や営業妨害を生じさせるという性質のものではないこと、侵害行為の態様は、一方において当該地域における土地・建物の財産権に制限を加えることとなり、その内容・等をも含めて周辺の住民間の利害調整との間でその均衡の成立が存することも考慮されるのであるから、景観利益の保護とこれに伴う財産権等の規制は、第一次的には、民主的手続により定められた行政法規や条例等によってされることが予定されているものということができることなどからすれば、ある行為が景観利益に対する違法な侵害に当たるといえるためには、少なくとも、その侵害行為が都市計画法等の規制の趣旨に違反するものであり、公法的な規制に違反するものであるなど、侵害行為の態様や程度の面において社会的相当性を欠くことが求められると解するのが相当である。これを本件についてみると、大学通りの周辺の景観は、良好な景観として、人々の歴史的又は文化的環境を形作り、豊かな生活環境を構成するものであって、少なくともこの景観に近接する地域内の居住者は、上記景観の潤沢を日常的に享受しており、上記景観について景観利益を有するものというべきである。
しかしながら、本件建物の建築は、日照等による高さ制限に係る行政法規や条例等には違反しておらず、違法な建築物であるということもできず、また、本件建物は、一般の住居の用に供されるものであって、その点が地域全体の景観に調和しないこととなるとしても、当該地域における居住者の生活妨害や営業妨害を生じさせ、その程度が社会的に許容されたものとは評価し難いものであるとは認め難く、Xの景観利益を違法に侵害する行為に当たるとはいうことはできない。
解説
本判決は、景観利益が民法709条の「法律上保護される利益」に当たることを認めた上で、景観利益に対する違法な侵害にあたるための判断基準を示しました。そして、本件建物の建築は、Xの景観利益を違法に侵害する行為に当たるとはできないとして、Xの上告を棄却しました。
過去問
良好な景観の享受を内容とする利益を侵害した者は、その侵害行為が都市計画法等の公法的な規制に違反するものであったり、又は公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど侵害行為の態様や程度の面において社会的に許容された行為としての相当性を欠く場合にかぎり、不法行為による損害賠償責任を負う。(公務員2020年)
不法行為による損害賠償の範囲(最判昭48.6.7)
事件の概要
Xは、自己所有の土地(本件土地)を担保に銀行から融資を受けて新事業を開始することを計画していた。しかし、これを知ったYがXとの紛争を理由に本件土地について処分禁止の仮処分を執行したため、本件土地を担保に銀行から融資を受けることができず、新事業を開始することができなくなった。
判例ナビ
Xは、Yの不当な仮処分によって営業利益の喪失および信用失墜・精神的苦痛による損害を被ったとして、Yに対し、不法行為を理由とする損害賠償を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXの請求を棄却したため、Xが上告しました。
裁判所の判断
不法行為による損害賠償についても、民法416条が類推適用され、特別の事情によって生じた損害については、加害者が予見しまたは予見し得べきときは賠償することを要しないが、これを賠償する責めを負うものと解すべきであることは、判例の趣旨とするところであり、いまだにこれを変更する要をみない。本件において、Xの主張する財産上および精神上の損害は、すべて、Yの本件仮処分の執行によって通常生ずべき損害にあたらず、特別の事情によって生じたものと解すべきであり、そして、Yにおいて、本件仮処分の申立およびその執行の当時、右事情の存在を予見しまたは予見することを期待し得ない状況にあったものと認められるとした原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む)挙示の証拠関係に照らして、正当として肯認することができる。したがって、原審の認定判断に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
解説
債務不履行による損害賠償の範囲については416条が規定していますが、不法行為については明文規定がありません。そこで、判例は、古くから416条を類推適用してきました(大判大15.5.22など)。本判決は、従来の判例を踏襲した上で、Xの主張する損害は特別の事情による損害であり、Yは当該事情を予見することができなかったとしてXの上告を棄却しました。
過失相殺能力(最大判昭39.6.24)
事件の概要
小学2年生のAとB(ともに8歳)は、自転車に2人乗りしたまま、幅員10mと7mの道路が交差する十字路を通過しようとしたところ、コンクリートミキサー車の製造、販売を業とするZ会社の従業員Yが時速25kmで運転するコンクリートミキサー車と衝突し、死亡した。
判例ナビ
Aの親X1とBの親X2は、Yに対して民法709条により、Zに対しては民法715条により損害賠償を求める訴えを提起しました。控訴審は、Yの過失を認めてX1・X2の請求を一部認容しましたが、AとBには自動車に十分な注意を払わず、2人乗りしたまま十字路を通過しようとした過失があるとして損害賠償額を減額したため、X1・X2が上告しました。
裁判所の判断
他方、不法行為により未成年者がこうむった損害の賠償額を定めるにつき、被害者たる未成年者の過失をしんしゃくするためには、未成年者に事理を弁識するに足る知能がそなわっていることを必要とするのはいうまでもなく、この理は、不法行為による被害者の親権者(民法820条)の被った損害を算定する場合においても、その過失をしんしゃくしえないことは民法722条2項、709条の趣旨に徴し当然といわなければならない。しかるに、民法722条2項の過失相殺の問題は、不法行為者に対し積極的に損害賠明責任を負わせるものではないから、不法行為者が負うべき損害賠償額を定めるにつき、不法行為者の不注意の程度その他諸般の事情をしんしゃくしていわゆる過失相殺をすべき場合に、被害者たる未成年者の過失をしんしゃくするにあたって、未成年者に対し不法行為責任を負わせる場合のごとく、行為の責任を弁識するに足る知能がそなわっていれば足り、未成年者に対し不法行為責任を負わせる場合のごとく、行為の責任を弁識するに足る知能を要しないものと解するのが相当である。
原審の確定するところによれば、事故当時満7、8才の普通程度の知能を有する男子であり、当時すでに小学校2年生として、日頃学校及び家庭で交通の危険につき教え諭され、交通の危険につき弁識があったものと肯定することができる…。右によれば、本件被害者は事理を弁識するに足る知能を備えていたものというべきであるから、原審が、右事実関係の下において、過失相殺をするにつき本件被害者の過失をしんしゃ(考慮)したのは正当であり、所論の違法はない。
解説
本件では、保育園の保育士に引率されて登園中の4歳の園児が、保育士が手を離した一瞬の隙に道路に飛び出して、ダンプカーにひかれて死亡したという事案です。本判決は、722条2項の被害者の過失には、被害者本人の過失だけでなく、被害者側の過失も含まれるとした上で、保育士の過失を被害者側の過失とみることはできるとしました。
被害者の過失(最判昭42.6.27)
民法722条2項に定める被害者の過失とは単に被害者本人の過失のみでなく、ひろく被害者側の過失を包含する趣旨と解すべきではあるが、本件のように被害者本人が幼児である場合には、右にいう被害者側の過失の中には、例えば被害者に対する監督者である父母ないしはその被用者である家事使用人などのように、被害者と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失をもいうものと解するを相当とし、所論のように両親および幼児の監護を委託された者の過失はこれに含まれないものと解すべきである。けだし、同条2項は損害賠償の額を定めるにあたって被害者の過失を斟酌することができる旨を定めたのは、発生した損害を加害者と被害者との間において公平に分担させるという公平の理念に基づくものであり、右被害者と一体をなすとみられない者の過失を斟酌することは、第三者の過失によって生じた損害を被害者の負担に帰せしめ、加害者の負担を免ずることとなり、却って公平の理念に反する結果となるからである。
慰謝料請求権の相続性(最大判昭42.11.1)
事件の概要
Y社の被用者Aらは、トラックを運転中、過失によりBをはね、これにより負傷したBは、数日後に死亡した。
判例ナビ
Bの相続人であるXは、慰謝料請求権を相続したと主張して、Yに対し、慰謝料を請求する訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。
裁判所の判断
人の生命が他人の故意過失によって財産以外の損害を被った場合には、その者は、財産上の損害を被った場合と同様、損害の発生と同時にその賠償を請求する権利すなわち慰謝料請求権を取得し、右請求権を放棄したものと解しうる特別の事情がないかぎり、これを自由に行使することができ、その旨の請求の意思を表明するなど格別の行為をすることを必要とするものではない。そして、当該慰謝料請求権が死亡したときは、その相続人は当然に慰謝料請求権を相続するものと解するのが相当である。けだし、損害賠償請求権の発生の時点について、民法は、その損害が財産上のものであるか、財産以外のものであるかによって、何ら区別を設けていないし、慰謝料請求権が発生する場合における当該慰謝料は当該被害者の一身に専属するものであるけれども、これを行使したことによって生ずる慰謝料請求権そのものは、財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権であり、相続の対象となりえないものと解すべきでないばかりでなく、民法711条によれば、生命を害された被害者と一定の身分関係にある者は、被害者の取得する慰謝料請求権とは別に、固有の慰謝料請求権を取得しうるが、この両者の請求権は被害者たる地位を異にし、併存しうるものであり、かつ、被害者が相続人を残し、同条の規定により慰謝料請求権を取得しうるものと解すべきではないからである。
解説
従来の判例は、慰謝料請求権は被害者が生存中に請求の意思を表明した場合に相続の対象となるとしたため、被害者がこれを行使する意思を明らかにしない場合には、金銭債権に転化しないとしていました。本判決は、従来の判例を変更し、被害者の死亡と同時に当然に相続の対象となることを明らかにしたものです。
この分野の重要判例
◆身体傷害を受けた者の近親者による慰謝料請求(最判昭33.8.5)
生命を侵害する場合の近親者の慰謝料請求権については、民法711条が明文で規定していますが、これを以って直ちに生命侵害以外の場合にはいかなる事情があってもその近親者の慰謝料請求権がすべて否定されていると解すべきものではなく、したがって、不法行為により自身もまた生命を侵害された者と比肩すべき精神上の苦痛を受けた場合には、自己の権利として慰謝料を請求し得るとするのが判例である。
不法行為は、過失責任の原則に基づく一般不法行為(民法709条)と、一般不法行為と異なる要件を定める特殊不法行為に分類することができます。特殊不法行為には、監督義務者等の責任(714条)、使用者責任(715条)、土地工作物責任(717条)、共同不法行為(719条)等があります。
一般不法行為が成立するには、(1)加害行為が違法であること、(2)加害者に故意または過失があること、(3)加害者に責任能力があること、(4)損害が発生したこと、(5)加害行為と損害の発生との間に因果関係があること、が必要です。
不法行為が成立すると、被害者は、加害者に対し損害賠償請求権を取得します。賠償は、金銭賠償が原則ですが(722条1項、417条)、名誉毀損の不法行為の場合、裁判所は、名誉を回復するのに適当な処分(例えば、謝罪広告)を命じることができます(723条)。また、損害の発生について被害者にも過失があった場合には、裁判所は、被害者の過失を考慮して、損害賠償の額を定めることができます(過失相殺。722条2項)。
景観利益(最判平18.3.30)
事件の概要
JR中央線国立駅南口のロータリーから南に向けて真直ぐに延びている道路の一部は、「大学通り」と称され、その両脇には地点より歩道が配置され、緑地部分には多数の桜やいちょうが植樹され、これらの木々が連なる並木になっている。住宅地の開発、造成・販売等を業とするYは、大学通りの南端に位置する土地(本件土地)を個人Lから購入し、高さ約43mの14階建て大規模マンション(本件建物)の建設を計画し、2000(平成12)年1月5日、建築確認を得て建築工事に着手した。
判例ナビ
国立市は、市区計画区域内における建築物の制限に関する条例を改正し、本件土地を含む地区について、建築物の高さを20m以下に制限することとし、改正条例(本件改正条例)は、2000(平成12)年12月5日に施行された。そこで、本件土地の周辺住民Xは、本件建物の建築によって大学通りの景観について有している景観利益ないし景観の享受を侵害されると主張して、Yに対し、本件建物のうち高さ20mを超える部分の撤去と慰謝料を求める訴えを提起した。第1審は、Xの請求を一部認容しましたが、控訴審は、請求を棄却しました。そこで、Xが上告しました。
裁判所の判断
都市の景観は、景観権として、人々の歴史的又は文化的環境を形作り、豊かな生活環境を構成する場合には、客観的なものというべきである。Yが本件建物の建築に着手した平成12年1月5日の時点において、国立市の景観を、同市の良好な景観を形成し、保全することを目的とする条例を制定して地方公共団体は、都市景観条例...を既に制定し、罰則(良好な景観を保全し、又は創造することが、2条1号)に関する必要な事項として、都の責務、都民の責務、事業者の責務、知事が行うべき行為などを定めていた。平成16年6月18日に公布された景観法は、良好な景観が有する価値を保護することを目的とするものである。そうすると、良好な景観に近接する地域に居住し、その潤沢を日常的に享受している者は、良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して直接的な利害関係を有するものというべきであり、これらの者が有する良好な景観の享受を内容とする利益(以下「景観利益」という。)は、法律上保護に値するものと解するのが相当である。
もっとも、この景観利益の内容は、景観の性質、態様等によって異なり得るものであるし、社会の変化に伴って変化する可能性のあるものと認めるところ、景観利益は、私法上の権利といい得るような明確な実体を擁するものとは認められず、景観利益を超えて景観権という権利性を有するものと認めることはできない。
ところで、民法上の不法行為は、私法上の権利が侵害された場合だけではなく、法律上保護される利益が侵害された場合にも成立し得るものである(民法709条)。本件におけるように、建物の建築が第三者に対して不法行為となるような違法な侵害となるかどうかは、被侵害利益である景観利益の性質と内容、当該景観の所在地の地域環境、侵害行為の態様、程度の軽重を総合的に考察して判断すべきである。そして、景観利益は、これが侵害された場合に賛成者の生活妨害や営業妨害を生じさせるという性質のものではないこと、侵害行為の態様は、一方において当該地域における土地・建物の財産権に制限を加えることとなり、その内容・等をも含めて周辺の住民間の利害調整との間でその均衡の成立が存することも考慮されるのであるから、景観利益の保護とこれに伴う財産権等の規制は、第一次的には、民主的手続により定められた行政法規や条例等によってされることが予定されているものということができることなどからすれば、ある行為が景観利益に対する違法な侵害に当たるといえるためには、少なくとも、その侵害行為が都市計画法等の規制の趣旨に違反するものであり、公法的な規制に違反するものであるなど、侵害行為の態様や程度の面において社会的相当性を欠くことが求められると解するのが相当である。これを本件についてみると、大学通りの周辺の景観は、良好な景観として、人々の歴史的又は文化的環境を形作り、豊かな生活環境を構成するものであって、少なくともこの景観に近接する地域内の居住者は、上記景観の潤沢を日常的に享受しており、上記景観について景観利益を有するものというべきである。
しかしながら、本件建物の建築は、日照等による高さ制限に係る行政法規や条例等には違反しておらず、違法な建築物であるということもできず、また、本件建物は、一般の住居の用に供されるものであって、その点が地域全体の景観に調和しないこととなるとしても、当該地域における居住者の生活妨害や営業妨害を生じさせ、その程度が社会的に許容されたものとは評価し難いものであるとは認め難く、Xの景観利益を違法に侵害する行為に当たるとはいうことはできない。
解説
本判決は、景観利益が民法709条の「法律上保護される利益」に当たることを認めた上で、景観利益に対する違法な侵害にあたるための判断基準を示しました。そして、本件建物の建築は、Xの景観利益を違法に侵害する行為に当たるとはできないとして、Xの上告を棄却しました。
過去問
良好な景観の享受を内容とする利益を侵害した者は、その侵害行為が都市計画法等の公法的な規制に違反するものであったり、又は公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど侵害行為の態様や程度の面において社会的に許容された行為としての相当性を欠く場合にかぎり、不法行為による損害賠償責任を負う。(公務員2020年)
不法行為による損害賠償の範囲(最判昭48.6.7)
事件の概要
Xは、自己所有の土地(本件土地)を担保に銀行から融資を受けて新事業を開始することを計画していた。しかし、これを知ったYがXとの紛争を理由に本件土地について処分禁止の仮処分を執行したため、本件土地を担保に銀行から融資を受けることができず、新事業を開始することができなくなった。
判例ナビ
Xは、Yの不当な仮処分によって営業利益の喪失および信用失墜・精神的苦痛による損害を被ったとして、Yに対し、不法行為を理由とする損害賠償を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXの請求を棄却したため、Xが上告しました。
裁判所の判断
不法行為による損害賠償についても、民法416条が類推適用され、特別の事情によって生じた損害については、加害者が予見しまたは予見し得べきときは賠償することを要しないが、これを賠償する責めを負うものと解すべきであることは、判例の趣旨とするところであり、いまだにこれを変更する要をみない。本件において、Xの主張する財産上および精神上の損害は、すべて、Yの本件仮処分の執行によって通常生ずべき損害にあたらず、特別の事情によって生じたものと解すべきであり、そして、Yにおいて、本件仮処分の申立およびその執行の当時、右事情の存在を予見しまたは予見することを期待し得ない状況にあったものと認められるとした原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む)挙示の証拠関係に照らして、正当として肯認することができる。したがって、原審の認定判断に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
解説
債務不履行による損害賠償の範囲については416条が規定していますが、不法行為については明文規定がありません。そこで、判例は、古くから416条を類推適用してきました(大判大15.5.22など)。本判決は、従来の判例を踏襲した上で、Xの主張する損害は特別の事情による損害であり、Yは当該事情を予見することができなかったとしてXの上告を棄却しました。
過失相殺能力(最大判昭39.6.24)
事件の概要
小学2年生のAとB(ともに8歳)は、自転車に2人乗りしたまま、幅員10mと7mの道路が交差する十字路を通過しようとしたところ、コンクリートミキサー車の製造、販売を業とするZ会社の従業員Yが時速25kmで運転するコンクリートミキサー車と衝突し、死亡した。
判例ナビ
Aの親X1とBの親X2は、Yに対して民法709条により、Zに対しては民法715条により損害賠償を求める訴えを提起しました。控訴審は、Yの過失を認めてX1・X2の請求を一部認容しましたが、AとBには自動車に十分な注意を払わず、2人乗りしたまま十字路を通過しようとした過失があるとして損害賠償額を減額したため、X1・X2が上告しました。
裁判所の判断
他方、不法行為により未成年者がこうむった損害の賠償額を定めるにつき、被害者たる未成年者の過失をしんしゃくするためには、未成年者に事理を弁識するに足る知能がそなわっていることを必要とするのはいうまでもなく、この理は、不法行為による被害者の親権者(民法820条)の被った損害を算定する場合においても、その過失をしんしゃくしえないことは民法722条2項、709条の趣旨に徴し当然といわなければならない。しかるに、民法722条2項の過失相殺の問題は、不法行為者に対し積極的に損害賠明責任を負わせるものではないから、不法行為者が負うべき損害賠償額を定めるにつき、不法行為者の不注意の程度その他諸般の事情をしんしゃくしていわゆる過失相殺をすべき場合に、被害者たる未成年者の過失をしんしゃくするにあたって、未成年者に対し不法行為責任を負わせる場合のごとく、行為の責任を弁識するに足る知能がそなわっていれば足り、未成年者に対し不法行為責任を負わせる場合のごとく、行為の責任を弁識するに足る知能を要しないものと解するのが相当である。
原審の確定するところによれば、事故当時満7、8才の普通程度の知能を有する男子であり、当時すでに小学校2年生として、日頃学校及び家庭で交通の危険につき教え諭され、交通の危険につき弁識があったものと肯定することができる…。右によれば、本件被害者は事理を弁識するに足る知能を備えていたものというべきであるから、原審が、右事実関係の下において、過失相殺をするにつき本件被害者の過失をしんしゃ(考慮)したのは正当であり、所論の違法はない。
解説
本件では、保育園の保育士に引率されて登園中の4歳の園児が、保育士が手を離した一瞬の隙に道路に飛び出して、ダンプカーにひかれて死亡したという事案です。本判決は、722条2項の被害者の過失には、被害者本人の過失だけでなく、被害者側の過失も含まれるとした上で、保育士の過失を被害者側の過失とみることはできるとしました。
被害者の過失(最判昭42.6.27)
民法722条2項に定める被害者の過失とは単に被害者本人の過失のみでなく、ひろく被害者側の過失を包含する趣旨と解すべきではあるが、本件のように被害者本人が幼児である場合には、右にいう被害者側の過失の中には、例えば被害者に対する監督者である父母ないしはその被用者である家事使用人などのように、被害者と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失をもいうものと解するを相当とし、所論のように両親および幼児の監護を委託された者の過失はこれに含まれないものと解すべきである。けだし、同条2項は損害賠償の額を定めるにあたって被害者の過失を斟酌することができる旨を定めたのは、発生した損害を加害者と被害者との間において公平に分担させるという公平の理念に基づくものであり、右被害者と一体をなすとみられない者の過失を斟酌することは、第三者の過失によって生じた損害を被害者の負担に帰せしめ、加害者の負担を免ずることとなり、却って公平の理念に反する結果となるからである。
慰謝料請求権の相続性(最大判昭42.11.1)
事件の概要
Y社の被用者Aらは、トラックを運転中、過失によりBをはね、これにより負傷したBは、数日後に死亡した。
判例ナビ
Bの相続人であるXは、慰謝料請求権を相続したと主張して、Yに対し、慰謝料を請求する訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。
裁判所の判断
人の生命が他人の故意過失によって財産以外の損害を被った場合には、その者は、財産上の損害を被った場合と同様、損害の発生と同時にその賠償を請求する権利すなわち慰謝料請求権を取得し、右請求権を放棄したものと解しうる特別の事情がないかぎり、これを自由に行使することができ、その旨の請求の意思を表明するなど格別の行為をすることを必要とするものではない。そして、当該慰謝料請求権が死亡したときは、その相続人は当然に慰謝料請求権を相続するものと解するのが相当である。けだし、損害賠償請求権の発生の時点について、民法は、その損害が財産上のものであるか、財産以外のものであるかによって、何ら区別を設けていないし、慰謝料請求権が発生する場合における当該慰謝料は当該被害者の一身に専属するものであるけれども、これを行使したことによって生ずる慰謝料請求権そのものは、財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権であり、相続の対象となりえないものと解すべきでないばかりでなく、民法711条によれば、生命を害された被害者と一定の身分関係にある者は、被害者の取得する慰謝料請求権とは別に、固有の慰謝料請求権を取得しうるが、この両者の請求権は被害者たる地位を異にし、併存しうるものであり、かつ、被害者が相続人を残し、同条の規定により慰謝料請求権を取得しうるものと解すべきではないからである。
解説
従来の判例は、慰謝料請求権は被害者が生存中に請求の意思を表明した場合に相続の対象となるとしたため、被害者がこれを行使する意思を明らかにしない場合には、金銭債権に転化しないとしていました。本判決は、従来の判例を変更し、被害者の死亡と同時に当然に相続の対象となることを明らかにしたものです。
この分野の重要判例
◆身体傷害を受けた者の近親者による慰謝料請求(最判昭33.8.5)
生命を侵害する場合の近親者の慰謝料請求権については、民法711条が明文で規定していますが、これを以って直ちに生命侵害以外の場合にはいかなる事情があってもその近親者の慰謝料請求権がすべて否定されていると解すべきものではなく、したがって、不法行為により自身もまた生命を侵害された者と比肩すべき精神上の苦痛を受けた場合には、自己の権利として慰謝料を請求し得るとするのが判例である。