探偵の知識

相続人

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス
相続は、自然人の財産上の権利義務を、その死後、特定の者に包括的に承継させる制度です。相続には、法律の規定に基づいて発生する法定相続と遺言によって表明された被相続人の意思に基づいて発生する遺言による相続があります。法定相続の場合、相続される者法定相続人、相続する者は相続人あるいは推定相続人、被相続人の場合は相続人といいます。これに対し、遺言による相続の場合、遺言によって被相続人の権利義務を承継する者を受遺者といいます。

遺言書の破棄・隠匿と相続欠格(最判平9.1.28)
■事件の概要
Aは、自身が会長を務め、長男Yが代表取締役を務める会社の債務を弁済するため、Aは、自身が会長を務める甲土地を売却し、その代金を弁済した。そして、甲土地の跡地をAは、自身が会長を務める、甲土地の売却代金は会社に貸し付けたから、Yは同社債権の弁済に充てること、また他の兄弟XとZもこれを承諾することを内容とする自筆証書遺言書を作成し、これをYに預けた。その後、甲土地の所有権移転登記手続が完了する前にAが死亡し、共同相続したX・Y・Zの間で「Cに対する所有権移転登記義務を履行するため、甲土地はYが相続する。Aの遺産に属するその他の土地・財産もYが相続し、Yは、Xに3500万円を、Zに300万円を支払う」との遺産分割協議が成立した。なお、遺産分割協議に当たり、Yは、Aから預かっていた自筆証書遺言書が所在が不明であったため、これをXとZに示すことができなかった。

判例ナビ
Xは、YがA名義の遺言書を偽造もしくは破棄・隠匿した等と主張して、YとZに対し、Yの相続権不存在確認および遺産分割協議の無効確認を求める訴えを、また、YとCに対し、所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXの請求を棄却したため、Xが上告しました。

■裁判所の判断
相続人に関する被相続人の遺言書を破棄又は隠匿した場合は、原則として、相続に関する不当な利益を目的とするものであったときは、右隠匿行為が、民法891条5号にいう相続欠格事由に該当するとの趣旨が相当である。けだし、同条5号の趣旨は遺言に関し著しく不当な干渉行為をした相続人に対して相続人となる資格を失わせるという民事上の制裁を課そうとするところにあるが...、遺言書の破棄又は隠匿行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、これを遺言書に関する著しく不当な干渉行為ということはできず、このような行為をした者に相続人となる資格を失わせるという厳しい制裁を課することは、同号の趣旨に沿わないからである。

解説
相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、または隠匿した者は、相続人となることができません(891条5号)。本件では、偽造・変造・破棄・隠匿等の行為を故意に行えば直ちに891条5号が適用されるのか、これに加えて不当な利益を得る目的が必要なのかが問題となり、本判決は、同号の趣旨が遺言に関し著しく不当な干渉行為をした相続人に対して相続人となる資格を失わせるという民事上の制裁を課すことにあることを理由に、不当な利益を得る目的がなければ同号は適用されないとしました。

過去問
1 Aを被相続人、Aの夫であるB及びAの弟であるCを推定相続人とする相続において、Bが相続に関するAの遺言書を破棄した場合であっても、それが相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、Bは、相続人となることができる。(司法書士2022年)

1 O Bが相続に関するAの遺言書を破棄しても、それが相続に関して不当な利益を目的とするものでなければ、Bは、891条5号所定の相続欠格者に当たりませんから(最判平9.1.28)、相続人となることができます。

相続回復請求権(最大判昭53.12.20)
■事件の概要
Aが死亡し、その所有する甲乙丙の各不動産(本件各不動産)を、X、Y1、Y2、Y3が共同相続した。ところが、Yらは、Xの同意を得ずに、Y1は甲不動産について、Y2は乙不動産について、Y3は丙不動産について、いずれも相続を原因として各単独名義の所有権移転登記を経由した。

判例ナビ
Xは、本件各不動産に対する共有持分権に基づいて、Y1らに対し、所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えを提起しました。訴訟において、Y1らは、Y1らの単独名義の所有権移転登記がXの共有持分権の侵害に当たるとしても、相続権に基づいて相続財産の回復を求める請求は共同相続人相互の間においても相続回復請求権(民法884条)の性質であり、Xの本件各不動産に対する相続回復請求権はXがY1らの所有権移転登記がされた事実を知った時から5年を経過したことにより時効によって消滅した、と主張しました。これに対し、原審は、共同相続人が遺産分割の前提として相続財産について他の共同相続人に対し共有関係の回復を求める請求は相続回復請求ではなく、通常の共有権に基づく妨害排除請求であるとして、Y1らの主張を排斥し、Xの請求を認容しました。そこで、Y1らが上告しました。

■裁判所の判断
1 思うに、民法884条の相続回復請求の制度は、いわゆる表見相続人*が真正相続人の相続権を否定し相続財産の占有を侵害している場合に、真正相続人が自己の相続権を主張して表見相続人に対し侵害の排除を請求することにより、真正相続人が相続権を回復させようとするものである。そして、同条が相続回復請求権について消滅時効を定めたのは、表見相続人の外見上相続人により相続権を取得したような事実状態が生じ右状態の長期継続を経てからこの事実状態を覆して真正相続人に権利を回復させることにより当事者又は第三者の権利義務関係に混乱を生じさせることのないよう相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期にかつ終局的に確定させるという趣旨に出たものである。

2 そこで、まず、右法条が共同相続人相互間における相続権の侵害に関しても適用があるものと解されるべきかどうかが、問題となる。
共同相続人のうちの一人又は数人が、相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について、当該部分について他の共同相続人の相続権を否定し、その部分をも自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し、他の共同相続人の相続権を侵害している場合は、右の本来の相続持分をこえる部分についての関係においては、右相続人はなんら権原なくして他の共同相続人の相続財産を占有管理してこれを侵害している場合と同様であるとみることができると考えられる。…共同相続人のうちの一人又は数人が、相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について、当該部分の表示相続人として当該部分の他の共同相続人の相続権を否定し、その部分までをもまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し、真正共同相続人の相続権を侵害している場合につき、民法884条の規定の適用を否定すべき理由はないものと解するのが、相当である。

3 次に、共同相続人がその本来の相続持分をこえる部分を占有管理している場合に、その侵害が常にいわゆる表見相続人にあたるものであるかどうかについて、検討する。
そもそも、相続財産に関して争いがある場合であっても、相続人たる身分関係のない者が相続にかかわりなく相続財産に属する財産を占有管理してこれを侵害するに至っては、当該財産がたまたま相続財産に属するというにとどまり、そのほか実質一般の財産の侵害の場合と異なるところはなく、相続財産回復という特有の制度を認めるべき理由は全く存在せず、法律上一段の保護を受けるべき表見相続人というにあたらないものといわなければならない。このように考えると、当該財産について、自己に相続権がないことを知りながら、又はその点に疑義があると信ぜられるべき合理的な事由があるにもかかわらずにこれをかかわり、自ら相続人と称してこれを侵害している者は、…実質において一般の物権侵害者にほかならない者であって、相続回復請求権の時効がある者にはあらず、その部分の権利として相続回復請求権の消滅時効の規定を認められるべき者にはあたらないというべきである。
これら共同相続の場合についていえば、共同相続人のうちの一人若しくは数人が、他の共同相続人がいること、ひいて相続財産のうちその一人若しくは数人の本来の持分をこえる部分が他の共同相続人の持分に属するものであることを知りながらその部分をもまた自己の持分に属するものであると称し、又はその部分についてその者に相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由…があるわけではないにもかかわらずその部分をもまた自己の持分に属するものであると称し、これを占有管理している場合は、もともと相続回復請求権の制度が予定されている表見相続人にはあたらず、したがって、その一人又は数人のほかのように相続権を侵害されている他の共同相続人からの侵害の排除の請求に対し相続回復請求権の時効を援用してこれを拒むことのできるものではないものといわなければならない。

4 そこで、本件についてみると、…Y1らは、相続財産に対する登記を不動産について、他に共同相続人としてXがいることを知りながらそれぞれ単独名義の相続による所有権移転登記をしたものであることが明らかであり、しかも、Y1らの本来の持分をこえる部分につきY1らのみに相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由があることは、何ら主張立証がされていない。そうすると、XがY1らに対し右各不動産についてされたY1らの単独名義の登記の抹消登記手続を請求するXの請求は民法884条所定の相続回復請求権に基づく請求ではなく、更正登記を求める理由があるとしてこれを認容した原審の判断は、結論において相当として是認することができる。

解説
相続回復請求権は、相続人またはその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から5年間これを行わないときは、時効によって消滅します(884条前段)。本判決は、相続回復請求権の意義を明らかにした上で、共同相続人の一部の者が、自己の本来の相続持分を超えて相続財産を占有管理し、真正共同相続人の相続権を侵害している場合にも、相続回復請求権の問題となること、ただし、自ら相続人でないことを知りながら、または自己に相続権があると信じる合理的な事由がない場合には相続回復請求権の時効を援用することができないとしました。