探偵の知識

遺言

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス
遺言とは、人がその死後に効力を生じさせる目的でする意思表示をいいます。遺言は、民法が定める一定の方式にしたがってしなければなりませんが(民法960条)、その方式は、普通方式(967条以下)と特別方式(976条以下)に分類されます。普通方式には、自筆証書遺言(968条)、公正証書遺言(969条)、秘密証書遺言(970条)があり、特別方式には、死亡危急時遺言(976条、979条)と隔絶地遺言(977条、978条)があります。
遺言は、原則として、遺言者の死亡時から効力を生じます(985条1項)。ただし、遺言全体のまたは遺言の内容である遺言事項に停止条件が付されている場合において、その条件が遺言者の死亡後に成就したときは、条件が成就した時から効力を生じます(同条2項)。

遺言が成立した日と遺言書記載の日付が異なる遺言の効力(最判令3.1.18)
■事件の概要
Aには妻X1との間に子X2がいるほか、内縁の妻Y1との間に子Y2がいる。2015(平成27)年4月13日、Aは、入院先の病院で、遺産目録記載の財産をYらに遺贈し、または相続させること等を内容とする遺言(本件遺言)の全文、同日の日付および氏名を自署した自筆証書(本件遺言書)を作成し、退院して9日後の同年5月10日、弁護士の立会いのもと、押印した。Aは、同年5月13日、死亡した。

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X1とX2は、本件遺言書に本件遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているなどと主張して、Y1Y2に対し、本件遺言が無効であることの確認を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにX1X2の請求を認容したため、Y1Y2が上告しました。

■裁判所の判断
自筆証書によって遺言をするには、真実遺言が成立した日の日付を記載しなければならないと解されるところ…、前記事実関係の下においては、本件遺言が成立したのは、押印がされて本件遺言が完成した平成27年5月10日というべきであり、本件遺言書には、同日の日付を記載しなければならなかったにもかかわらず、これと相違する日付が記載されていることになる。
しかしながら、民法968条1項が、自筆証書遺言の方式として、遺言の全文、日付及び氏名の自書並びに押印を要するとした趣旨は、遺言者の真意を確保すること等にあるところ、必要以上に遺言の方式を厳格に解するときは、かえって遺言者の真意の実現を阻害するおそれがある。
したがって、Aが、入院中の平成27年4月13日に本件遺言書の全文、同日の日付及び氏名を自署し、退院して9日後の同年5月10日に押印したなどの本件の事実関係の下では、本件遺言書に真実遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているからといって直ちに本件遺言が無効となるものではないというべきである。

解説
自筆証書遺言をするには、遺言者が、遺言の全文、日付および氏名を自署し、押印しなければなりません(968条1項)。日付は、真実遺言が成立した日を記載しなければなりません(最判昭52.4.19)。真実遺言が成立した日とは、968条1項に規定されている方式をすべて具備した日を意味します。本件では、真実遺言が成立した日(Aが押印した5月10日)と遺言書記載の日付(4月13日)が異なるため、遺言の効力が問題となりました。本判決は、遺言の方式を厳格に解すると、遺言者の真意を確保するという968条1項の趣旨を実現することが困難になるとして、本件遺言を直ちには無効としませんでした。そして、本件遺言に他の無効事由(例えば、Aの遺言能力の有無)があるか審理を尽くさせるため、原判決を破棄し事件を原審に差し戻しました。

この分野の重要判例
◆カーボン複写による自筆証書遺言(最判平5.10.19)
本件遺言書は、Aが遺言の全文、日付及び氏名をカーボン紙を用いて複写の方法で記載したものであるというのであるが、カーボン紙を用いることも自署の方法として許されないものではないから、本件遺言書は、民法968条1項の自署の要件に欠けるところはない。

過去問
1 カーボン紙を用いて複写の方法によって記載された自筆証書遺言は、民法が要求する自署の要件に欠けるところはなく、その他の要件を満たす限り、有効である。(公務員2022年)

1 O 遺言の全文、日付及び氏名をカーボン紙を用いて複写の方法で記載した自筆証書遺言であっても、民法968条1項の自署の要件に欠けるところはありません(最判平5.10.19)。

◆共同遺言(最判昭56.9.11)
■事件の概要
Aとその妻Bには、X、Y、Zの子がいる。Aは、1968(昭和43)年に、Bは、1976(昭和51)年に死亡したが、2人は、同一の証書(本件遺言書)に「遺産は、YとZに配分する」こと等を内容とする自筆証書遺言(本件遺言)を遺していた。

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本件遺言書は、「父A母B」の署名押印も含め、すべて人が作成したものでした。そこで、本件遺言により遺産を配分されなかったXは、本件遺言は共同遺言(民法975条)に当たるとして、YとZに対し、遺言無効確認の訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を認容したため、YとZが上告しました。

■裁判所の判断
同一の証書に2人の遺言が記載されている場合は、そのうちの一方が他方の名義を冒用し遺言があるときでも、右遺言は、民法975条により禁止された共同遺言にあたるものと解するのが相当である。

解説
民法975条は、2人以上の者が同一の証書で遺言をすることを禁止しています(共同遺言の禁止)。共同遺言を認めると、個人の自由意思に基づくべき遺言が他人に影響されて自由に行うことができなくなるおそれがあり、また、各遺言者が自由に遺言を撤回することができなくなるおそれもあるからです。本件遺言は、遺言の全文だけでなくBの署名押印もAがしているため、Bの遺言については、そもそも自筆証書遺言の方式(968条1項)を満たしていません。そのため、Bの遺言分だけを無効とすれば足りるとも考えられますが、本判決は、共同遺言に当たり、Aの遺言部分も含め全体が無効になることを明らかにしました。

この分野の重要判例
◆遺言の解釈(最判昭58.3.18)
遺言の解釈にあたっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究すべきものであり、遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたっても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきものであると解するのが相当である。

過去問
1 共同相続の合意で作成された遺言について、妻の承諾を得て、妻の署名捺印を含めて夫が単独で作成していた場合、民法で禁止されている共同遺言に当たるので、自署の要件を欠く妻の遺言部分だけでなく、夫の遺言部分についても無効となる。(公務員2019年)
2 遺言書が多数の条項から成る場合に、そのうちの特定の条項を解釈するに当たっては、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈すべきであり、遺言書からうかがい知れない遺言者の状況等を考慮して当該条項の趣旨を確定すべきではない。(公務員2019年)

1 O 同一の証書に2人の遺言が記載されている場合は、そのうちの一方に氏名を自署しない方式の遺言であっても、その遺言は、民法975条で禁止されている共同遺言に当たります(最判昭56.9.11)。したがって、自署の要件を欠く妻の遺言部分だけでなく、夫の遺言部分についても無効となります。
2 X 遺言書が多数の条項から成る場合に、そのうちの特定の条項を解釈するに当たっては、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定しなければなりません(最判昭58.3.18)。