探偵の知識

法の一般原則

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス
法の一般原則とは、特定分野の法律関係に限らず、法律関係全般に妥当性を有する原則をいいます。例えば、信義誠実の原則 (信義則)、権利濫用の禁止の原則、平等原則、比例原則がこれに当たります。このうち、信義誠実の原則(信義則)と権利濫用の禁止の原則は、民法に規定されている原則です(民法1条2項、3項)。平等原則は、憲法14条に規定されている原則で、行政が合理的な理由なく国民を差別することが禁止されます。比例原則とは、元来、警察作用を抑制することを目的に発展した原則で、警察比例の原則ともいいます。警察比例の原則は、(1)警察作用の発動は、警察違反の状態を除去する必要のある場合に限られること(必要性の原則)、(2)規制の目的と手段とが比例していなければならないこと(通則規制の禁止)を内容とする原則ですが、今日では、警察作用だけでなく事実行為を含む権力作用全般に妥当する原則と考えられています。

■事件の概要:工場誘致施策の変更と信頼保護 (最甲昭56.1.27)
Xは、Y市内に製紙工場(本件工場)の建設を計画し、当時Y市の民生Aに本件工場の誘致および工場敷地として村有地を譲渡することを陳情した。これに対しAは、本件工場を誘致して工場敷地の一部として村有地をXに譲渡する旨の村議会の議決を経て、Xに対し工場誘致に全面的に協力することを言明した。そこで、Xは、Aおよび村議会議員らの協力のもとでY市内の工場敷地を選定し、本件工場に備え付ける機械設備の発注の準備を進めた。これに対し、Aが引き続き工場建設に協力する意向を示し、金融機関に対し、Xが機械設備発注のために必要としている融資を依頼されたい旨の依頼文書を送付する等した結果、Xは、工場設備の機械を発注し、工場敷地の整地を完了した。ところが、その後にY市で行われた市長選挙において、Aは落選し、工場誘致に反対するBが当選した。Bは、Xに対し、工場予定地周辺の住民が工場建設に反対していること、村議会が本件工場誘致の議決後に社会情勢が急変したこと、本件工場予定地は将来付近地域の開発に支障をもたらすおそれがあること、本件工場予定地の土壌に農業用水ダムの建設計画があることを理由として、Xが提出した建築確認申請に不同意である旨の通知をした。

判例ナビ
Xは、本件工場の建設を断念し、Yの所為はXとの間に形成された信頼関係を不当に破るものであるとして、Yに対し、機械設備の会社により支払義務を負担することとなった代金相当額等の損害賠償を求める訴えを提起した。第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告した。

裁判所の判断
地方公共団体の施策を住民の意思に基づいて行うべきものとするいわゆる住民自治の原則は地方公共団体の組織及び運営に関する基本原則であり、また、地方公共団体の行うような行政も一定の内容の将来にわたって継続すべき施策を決定した場合でも、実施が社会情勢の変動等に伴って変更されることがあることももとより当然であって、地方公共団体は原則として右決定に拘束されるものではない。しかし、右決定が、単に一定内容の継続的な施策を定めることにとどまらず、特定の者に対し右施策に適合する特定内容の活動をすることを奨励し、具体的な勧め合いを伴うものであり、かつ、その活動が相当長期間にわたる当該者の継続的な信頼を前提としてはじめてこれに投入する資金や労力に相応する効果を生ずるような性質のものである場合には、右特定の者は、右活動が右活動の基盤として期待されるものを信頼し、これを前提としてその活動を行い、その保護が右活動の個人の法的利益の保護に値するものといえるに至った場合も考えられるのであって、右のような状況のもとでは、たとえ右勧め合いが勧告に基づいてその者を当該地方公共団体との間に右施策の維持を内容とする法的な契約関係を結ぶと認めるに至らない場合であっても、右のように施策の変更がありうるに至った重大な事情の変更を考慮すべき特殊な事情の存する場合に、その施策の変更にあたってはその変更により右特定の者が被る不利益とこれがなければならないものというべきである。すなわち、右施策が変更されることにより、前記の勧告等に信頼して活動に入った者がその信頼に反して所期の活動を妨げられることのないよう留意するものでない程度の積極的損害を被る場合には、地方公共団体において右損害を補償するなどの代償的措置を講ずることなく施策を変更することは、それがやむをえない客観的事情によるものでない限り、当事者間に形成された信頼関係を不当に破壊するものとして違法性を帯び、地方公共団体の不法行為責任を生ぜしめるものといわなければならない。

これを本件についてみるのに、...Yの協力拒否により、本件工場の建設がにわかに着手したばかりの段階で不可能となったのであるから、その結果としてXに多額の積極的損害が生じたとすれば、右協力拒否がやむをえない客観的事情に基づくものであるか、又は右損害を解消せしめるようななんらかの措置が講じられるのでない限り、右協力拒否はXに対する違法な加害行為たることを免れず、Yに対しXに右信頼関係破壊につき原因としての積極的損害の賠償を求めるXの請求は正当として認容すべきものといわなければならない。

解説
本判決は、地方公共団体の施策の変更によって特定の者が損害を被る場合について、地方公共団体と特定の者との間に形成された信頼関係が破壊されたときに当該地方公共団体の不法行為責任を認めたものです。

■事件の概要:行政権の濫用 (最判昭53.5.26)
X会社代表Aは、風俗付貸席営業を営むため、風俗営業法による営業禁止規制がないことを確認した上でY県Z町に建築用地を取得し、A個人名義で営業用建物の建築確認申請と公衆浴場営業の許可申請を行った。しかし、周辺住民による反対運動が始まったため、Y県Z町は、本件営業を禁止する方針を決定し、当時の風俗営業法の規制施設への周辺200m以内での風俗付浴場の営業を禁止していることに着目して、建設予定地から約134mのところにある町有地を児童福祉施設であるとして、そして、Y県は、Y県知事に対し児童福祉施設である児童遊園の設置認可を申請し、Y県知事は、直ちにこれを認可した。その後、Xは、建物を建設して営業を開始したが、この時点で既に児童遊園が設置されていたため、Y県公安委員会は、Xに対し60日間の営業停止処分を行った。

判例ナビ
Xは、本件児童遊園設置認可処分は本件風俗付浴場の営業を阻止するためにだなされたものであるから行政権の濫用として違法であり、本件営業停止処分も無効であるとして営業停止処分の取消しを求める訴えを提起した。しかし、訴訟係属中に営業停止期間が経過したため、Xは、国家賠償法1条に基づき、営業停止処分によって被った損害の賠償を求める訴えに変更しました。第1審はXの請求を棄却しましたが、控訴審はXの請求を認めたため、Yが上告しました。

裁判所の判断
原審の認定した右事実関係のもとにおいては、本件児童遊園設置認可処分は行政権の著しい濫用によるものとして違法であり、かつ、右認可処分がこれと密接な関連を有する本件営業停止処分によってXが被った損害との間に相当因果関係があると解するのが相当であるから、Xの本訴請求権者が基礎づけることは認容すべきである。

解説
本判決は、法の一般原則である権利濫用の禁止が公法上の法律関係にも適用されるとした上で、行政権の濫用が国家賠償法上の違法性を判断する基準になることを明らかにしたものです。そして、Yの右上告を棄却し、Xの請求を認容しました。