探偵の知識

行政上の法律関係

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス
行政上の法律関係には、行政主体と国民の間の法律関係、行政主体相互間の法律関係、行政機関相互間の法律関係等があります。これらの法律関係に民法を始めとする私法の規定や解釈論が適用されるかどうかについて、判例が多く出されています。

■事件の概要:公営住宅の使用関係 (最判昭59.12.13)
X(東京都)は、公営住宅法(法)および東京都営住宅条例(条例)に基づき、Yに対し、X所有の公営住宅である東京都営住宅(本件住宅)の使用を許可し、賃貸した。本件住宅に入居した当初、Yの家族はYと妻の2人であったが、その後、長女、長男がそれぞれ出生して4人家族となり、長女が高校1年、長男が中学1年に進学した頃には、子供がY夫婦の居室で試験勉強をせざるをえなかったり、思春期を迎えた長女はトイレで着替えをすることを余儀なくされる状況となった。そこで、Yは、Xの許可を受けないで、本件住宅の敷地であるX所有の土地上に建物(本件建物)を増築した(本件無断増築)。

判例ナビ
Xは、Yに対し本件建物を収去して土地を原状に回復するよう催告したが、Yがこれに応じなかったため、Yに対し、本件住宅の使用許可を取り消し、本件住宅の明渡しおよび本件無断増築部分の収去を求める訴えを提起した。訴訟において、Yは、本件無断増築はXの信頼関係を破壊するものではないから、Xの明渡請求は効力がない等と主張した。第1審がYの主張を認めてXの請求を一部棄却したため、Xが控訴したところ、控訴審は、第1審のX敗訴部分を取り消して本件住宅の明渡しを命じました。そこで、Yが上告しました。

裁判所の判断
公営住宅の使用関係には、公の営造物の利用関係として公法的な一面があることは否定しえないところであって、入居者の募集や公募の方法によるべきこと(法16条)、入居者を一定の条件を具備した者でなければならないとすること(法17条)、事業主体は国民を入居者を一定の基準に従い公正な方法で選考すべきこと(法18条)などが定められており、また、特定の者が公営住宅に入居するためには、事業主体からの使用許可を受けなければならないと定められているのであるが(条例3条)、他方、入居者が右使用許可を受けて事業主体との間に公営住宅の使用関係が設定されたのちにおいては、前示のような及び条例による規制はあっても、事業主体と入居者との間の法律関係は、基本的には私人間の建物賃貸借関係と異なるところはなく、このことは、法が賃貸(1条、2条)、家賃(1条、2条、12条、13条、14条)等私法上の賃貸借関係に通常用いられる用語を使用して公営住宅の使用関係を律していることからも明らかであるというほかはない。したがって、公営住宅の使用関係については、公営住宅法及びこれに基づく条例が特別法として民法及び借家法に優先して適用されるほか、法及び条例に特別の定めがない限り、原則として民法及び借家法の適用がある(類推適用説)ものと解すべきであり、その契約関係を規律するについては、信頼関係の法理が妥当するものと解すべきである。ところで、...Yが本件無断増築をあえてしたことについては、事業主体は、公営住宅の入居者を選定するについてはその入居を制約しうるが自由なものと解されるが、事業主体と入居者との間に公営住宅の使用関係が設定されたのちにおいては、両者の間の法律関係が信頼関係を基礎とするものであるというべきであるから、公営住宅の使用者が右のような義務に違反し請求事由に該当する行為をした場合であっても、賃借人である事業者との信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情があるときには、事業主体は、右使用許可に対し、その住宅の使用関係を取り消し、その明渡しを請求することはできないものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、原審の適法に確定した事実関係によれば、Yは本件無断増築をしたものというべきところ、本件無断増築は本件住宅の明渡請求事由に該当するものであるが(法22条1項、22条1項4号、条例15条4号、20条5号)、前記事実関係からし、Xとの間の信頼関係を破壊すると認めるに特段の事情があるとは、本件無断増築はYが右のような公営住宅の使用関係にあるが、Yのした本件無断増築の程度がないとした原判決には、公営住宅の使用関係に関する法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるをえない。

しかしながら、...Yの増築した本件建物は、構造上、原状回復が容易であり、かつ、本件住宅の保存にも適しているとはいえず、また、Xが本件建物の増築を事後的に許容したものとも見難いところであるから、Yの主張に前記のような事情があるからといって、Xとの間の信頼関係を破壊するとは認め難い特段の事情があるとまでいうことはできない。そうすると、Xの本訴明渡請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由があるものというべきである。

解説
民法上の賃貸借契約では、賃借人は、賃貸人との信頼関係を裏切るに足りない特段の事情があるときは、契約を解除することができると解する信頼関係破壊の法理(信頼関係破壊の理論)が定着しています(最判昭39.9.25)。本判決は、公営住宅の使用関係にも信頼関係破壊の法理が適用されることを明らかにしました。

この分野の重要判例
建築基準法65条と民法234条(最判平元.9.19)
建築基準法65条(現63条)は、防火地域又は準防火地域内にある建築物で外壁が耐火構造のものについて、その外壁を隣地境界線に接して設けることができる旨規定しているが、これは、同条所定の建築物に限り、その建築については民法234条1項の規定の適用が排除される旨を定めたものと解するのが相当である。けだし、建築基準法65条(現63条)は、耐火構造の外壁を設けることが防火上望ましいという見地と、防火地域又は準防火地域における土地の合理的な利用を図るという見地に基づき、相隣関係を規律する趣旨で、各土地所有権の目的を制約していることがうかがわれるからである。その他、その規定の程度は決して軽微なものとはいえない。(中略)同条1項に基づき確認申請書の審査に専念したことを解するものではないこと、第2に、建築基準法及びその他の法令において、右確認申請書の審査基準として、防火地域又は準防火地域における建築物の外壁と隣地境界線との距離に密接に直接規制しているものとしては、第1種住居専用地域における外壁の後退距離の限度を定めている64条の規定があるにとどまること)から、建築基準法65条(現63条)を、何らの建築確認申請書の審査を緩和する趣旨の規定と理解することはできず、いかにかかるとすると、同条は、建築物を建築するに当たり、境界線から50センチメートル以上の距離を置くべきものとしている民法234条1項の特別を定めたものと解して初めて、その規定の意味を見いだしうるからである。

解説
防火地域又は準防火地域内にある外壁が耐火構造の建築物については、建築基準法63条(旧65条)は、その外壁を隣地境界線に接して設けることができるとしているのに対し、民法234条1項は、建物の構造いかんにかかわらず、境界線から50センチメートル以上の距離を保たなければならないとしています。本判決は、建築基準法63条を民法234条1項の特則と解し、建築基準法に違反する建築物には民法234条1項が適用されないことを明らかにしました。

租税滞納処分と民法177条(最判昭31.4.24)
国税滞納処分においては、国は、その有する租税債権につき、自ら執行機関として、強制執行の方法により、その満足を得るものであって、滞納者の財産を差し押さえた国の地位は、あたかも、民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位に類似するものであり、租税債権がたまたま公法上のものであることは、この関係において、国が一般私法上の債権者より不利な取扱を受ける理由となるものではない。それ故、滞納処分による差押の関係においても、民法177条の適用があるものと解するのが相当である。

解説
本件は、XがAから土地を譲り受けたところ、Aが租税を滞納したため、当該土地が国税滞納によって差し押さえられたという事案で、当該土地をめぐるXと国の関係に民法177条が適用されるかどうかが問題となりました。本判決は、滞納者の財産を差押えに特定した国の地位は、民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位に類似するとして民法177条の適用を認めました。

公共用財産と取得時効(最判昭51.12.24)
公共用財産が、長年の事実上の公用に使われることがなく放置され、公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、そのものが特定の人の支配が公然と行われ、その他公共用財産としての実体を失ったと認められるような場合には、もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなった場合には、黙示的に公用が廃止されたものとして、これについて取得時効の成立を妨げないものと解するのが相当である。

解説
国、地方公共団体等の行政主体により直接公の用に供される個々の有体物を公物といいます。公物は、道路、公園のように直接一般公衆の使用に供される公共用物と市役所の庁舎、公立学校の校舎のように行政主体自身が使用する公用物に分類することができます。本件は、公図上水路として表示されている国有地(実際には水路としての外観を全く喪失し、水田となっている)を自作農創設特別措置法に基づいて国から売り渡しを受け、平穏かつ公然と占有を続けてきたXが、当該土地を時効取得したとして所有権確認の訴えを提起したという事案です。本判決は、黙示的な公用廃止があることを条件に公物の時効取得の対象となることを明らかにした上で、本件土地が取得時効の対象となることを認めました。

■事件の概要:建築基準法違反建築物の請負契約の効力 (最判平23.12.16)
Aは、注文者Y、Xを請負人として、賃貸マンション2棟(本件各建物)を建築する請負契約を締結したが、その際、建築基準法等の法令に適合しない違法建物を建築することに合意した(建築確認申請の段階で斜線制限の緩和(天空図)のほかに、違法建物の建築工事の施工図の図面(実施図面)を用意した上で、確認図面に基づき建築確認済証の交付を受けた。一日目は建築基準法等の規定に適合した建物を建築して検査済証の交付を受けた後に、実施図面に従って違法建物の建築工事を施工することを計画していた)。その後、Yは、Xとの間で、Yを注文者、Xを請負人として、本件各建物の建築を目的とする各請負契約(本件各契約)を締結したが、その際、XはAから上記の違法工事の内容について、確認図面と実施図面の両点を含め、詳細に説明を受け、上記計画を全て了承した上で、本件各契約を締結した。そして、Xは、本件各建物の建築確認がそれぞれ確認された後、本件各契約に基づく工事(本件各工事)の施工を開始した。ところが、確認図面と異なる内容の工事が施工されていることが付近住民に発覚したため、管区役所の指示を受けて是正計画書が作成され、これに従い、Xは、本件各工事によって既に施工していた違法建築部分を是正する工事を施工せざるを得なくなった。加えて、近隣住民から本件各建物の建築工事につき各種の苦情が述べられる等したため、Xはこれに対応することを余儀なくされた。こうした様々な事情から、Xは上記是正計画書に基づいた是正工事を含む追加変更工事(本件追加変更工事)を施工した上で、Yに対し、本件各建物を引き渡した。

判例ナビ
Yが工事代金の一部しか支払わなかったため、Xは、Yに対し、残代金および追加変更工事の代金の支払いを求める訴えを提起した。第1審は、Xの請求を一部認容しましたが、控訴審は、本件各契約は違法建築を目的とするものであって、公序良俗に違反し無効な強行法規のものとして無効であるとして、本件各工事および本件追加変更工事のいずれの代金についても、Xの本訴請求を棄却しました。そこで、Xが上告しました。

裁判所の判断
本件各契約は、違法建物となる本件各建物を建築する目的の下、建築基準法所定の建築確認を潜脱するため、確認図面のほかに実施図面を用意し、確認図面を用いて建築確認を申請して確認済証の交付を受け、一日は建築基準法等の法令の規定に適合した建物を建築して検査済証の交付を受けた後に、実施図面に基づき違法建物の建築工事を施工することを計画して締結されたものであるところ、上記の計画は、確認済証や検査済証を詐取して違法建物を実現するという、巧妙で、極めて悪質なものといわざるを得ない。加えて、本件各建物は、当初の計画どおり実施図面に沿って建築されれば、北側斜線制限、日影規制、容積率・建ぺい率制限に違反するといった違法のみならず、耐火構造に関する規定や避難通路の幅員等の相違など、居住者や近隣住民の生命、身体等の安全に関わる違法性を有する危険な建物となるものであって、これらの違法の中には、いったん本件各建物が竣工してしまえば、事後的にこれを是正することが相当困難なものも含まれていることがうかがわれることなどから、その違法の程度は決して軽微なものとはいえない。Xは、本件各契約の締結に当たって、積極的に違法建築物の建築を提案したものではないが、建築工事請負を業とする者でありながら、より大型で極めて悪質な計画を了承し、本件各契約の締結に及んだのであり、Xが違法建築物の建築という手段からの収益を拒絶することが困難であったというような事情もうかがわれないから、本件各契約の締結に当たってXがYに比して明らかに非難的な立場にあったとはいえない。以上の事情に照らすと、本件各建物の建築は著しく反社会性の強い行為であるといわなければならず、これを目的とする本件各契約は、公序良俗に反し、無効であるといわざるをえない。

これに対し、本件追加変更工事は、本件各工事の施工が開始された後、区役所の是正指示や近隣住民からの苦情など様々な事情を受けて別途合意の上施工されたものとみられるのであり、その中には本件各工事の施工によって既に生じていた違法建築部分を是正する工事も含まれていたというのであるから、基本的には本件各工事とはその趣を異にするものである。そうすると、本件追加変更工事は、その中に本件各工事で計画された違法建築部分についてのその違法を是正することなくこれを一部変更する部分があるのであれば、その部分は別の評価を受けうることになるが、そうでなければ、これを反社会性の強い行為という理由は見当たらないから、その施工の合意が公序良俗に反するものということはできないというべきである。

解説
本件は、XY間の請負契約(本件各契約)が建築基準法等に適合しない違法建物の建築を目的とするもので公序良俗違反(民法90条)に反するかどうかが問題となりました。本判決は、本件各建物の建築は著しく反社会性の強い行為であるから、これを目的とする本件各契約は、公序良俗に反し、無効であるとしました。しかし、追加変更工事については、違法を是正する工事を含んでいることなどから、直ちに公序良俗違反とはせず、工事の具体的内容、金額等について審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻しました。