行政行為
2025年11月19日
『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9
ガイダンス
行政行為とは、行政庁が、法律に基づき、公権力の行使として、直接国民の権利義務を規律する行為をいいます。行政行為は、行政庁を主語とする行為なので1つですが、学問上の概念であり、どの条文を見ても、「行政行為」という言葉は出てきません。条文には、「処分」、「許可」、「認可」等と表現されています。
行政行為の効力には、公定力、不可争力、不可変更力等があります。公定力とは、違法な行政行為であっても、権限のある機関によって取り消されるまでは有効なものとして通用するという効力です。不可争力とは、一定の期間を経過すると、行政行為の相手方から当該行政行為の効力を争うことができなくなる効力であり、形式的確定力ともいいます。不可変更力とは、争訟を裁断する行政行為は、一度行われた以上、処分庁自ら変更することはできないとする効力です。
行政行為は、法令に適合し、かつ、裁量権の範囲で行われなければなりません。法令に反する違法な行政行為や裁量権を逸脱・濫用した不当な行政行為は、国民の求めるところにより、その程度により、①取り消されるまでもなく当然に無効となってしまう場合と②一度は有効に成立するものの後からその効力を消滅させることができる(取り消しうる)場合とがあります(取消自由としての瑕疵)。
行政行為が成立した当初から取消事由である瑕疵を有する場合に、その瑕疵を理由として行政行為を取り消すことを行政行為の取消しといいます。取消しの方法には、不服申立てや取消訴訟による方法(争訟取消し)と行政庁が処分等の職権による方法(職権取消し)とがあります。なお、違法に成立した行政行為は、初めからなかったものとされます(遡及的無効)。過去に遡及的に取り消される行政行為を、事後の事情の変化を理由に無効とすることを行政行為の撤回といいます。撤回された行政行為は、将来に向かって無効となります。
■事件の概要:行政行為の成立 (最判昭25.7.15)
Xは、Y市長に対し、消防法11条1項に基づく給油取扱所(ガソリンスタンド)変更許可申請(本件変更許可申請)をし、受理されたが、本件変更許可申請に係る許可処分(本件変更許可処分)の条件となる近隣住民の同意書を提出しなかった。しかし、年度末までに本件変更許可処分の効力を生じさせる必要があったため、Yは、隣接住民の同意書の提出をまって変更許可書の原本を交付することとし、変更許可書の原本と同写しを作成し、Xの元売会社の了承を得て、Aに写しを交付した。同写しは、B(大阪通商産業局長)に提出された。
判例ナビ
Yは、その後もXに隣接住民の同意書の提出を求めたが、提出しないので、許可書の原本を交付しませんでした。そこで、Xは、Yに対し、本件変更許可処分の存在およびその効力の確認等を求めて訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXの請求を認容したため、Yが上告しました。
裁判所の判断
行政処分が行政処分として有効に成立したといえるためには、行政庁の内部において単なる意思決定の事実があるかいなかは意思決定の外部に記載した書面が作成・用意されているのでは足りず、右意思決定が何らかの形式で外部に表示されることが必要であり、名宛人である相手方の要請を審査する行政処分の場合は、さらに右処分が相手方に告知され又は相手方に到達することによって初めてその効力を発生すべきものというべきであるから…(中略)…右交付をもってXに対する許可処分がされたものとみることはできない。したがって、これだけでは、本件許可処分は内部的意思表示として未だ成立していないといわざるをえず、まずこの状態に変動がない以上、Xに対する有効な許可処分は存在していないというほかはない。
解説
本判決は、「行政行為が有効に成立するには、行政庁の内部的な意思決定あるいは意思決定の内容を記載した書面が作成・用意されただけでは足りず、意思決定が何らかの形式で外部に表示されることが必要である」と一般論を述べた上で、本件の場合、Aに対し写しを交付しただけではYに原本が交付されていないから、Xに対する有効な許可処分は成立していないとしました。
■事件の概要:行政行為の効力発生 (最判平11.7.15)
Y県X市は、家出をし、以後、所在・生死ともに不明となった。Xが家出をした約2か月後、Y県知事は、無断欠勤を理由にXを懲戒免職処分(本件処分)を決定し、人事発令通知書(本件通知書)を作成の上Xに送付した。その後、同通知書は宛所に人事課職員が赴いた。さらにYは、現公報に人事発令を掲載した。なお、Y県の「職員の懲戒の手続及び効果に関する条例」は、職員に対する懲戒処分として免職の処分は、その理由を記載した書面を当該職員に交付して行わなければならないと規定しているが、その職員が所在不明で書面を交付して懲戒処分をすることが不可能な場合の処分については、規定がない。そのため、Yは、従来から、所在不明となった職員の懲戒処分手続を、当該職員と同居していた家族に対して人事発令通知書を交付するとともにその内容を県公報に掲載するなどの方法で行ってきた。
判例ナビ
Xの法定代理人である不在者財産管理人は、本件処分が辞令書の交付によって告知されず、公示送達(民法98条)等適法な方法によって送達もされていないから、本件処分の効力は生じていないとして退職手当の支払等を求める訴えを提起しました。第1審はXの請求を棄却しましたが、控訴審は、Xの請求を認容しました。そこで、Yが上告しました。
裁判所の判断
所在が不明な公務員に対する懲戒処分は、国家公務員に対するものについては、その内容を官報に掲載することをもって文書を交付することに替えることが認められている(人事院規則12-0〔職員の懲戒〕5条2項)ところ、地方公務員についてはこのような規定は法律にはないが、Y県の条例にもこれに関する規定がないのであるから、所在不明のY県職員に対する懲戒免職処分の内容がY県公報に掲載されたことをもって直ちに当該処分の効力を生ずると解することはできないといわざるを得ない。
しかしながら、Yの主張によれば、Xは、従前から、所在不明となった職員に対する懲戒免職処分の手続について、「辞令及び処分説明書を家族に送達すると共に、処分の内容を公報及び新聞紙上に公示すること」によって差し支えないとしている昭和29年9月付け付け自治庁公務員課長発152号三重県人事委員会事務局長あて自治庁公務員課長回答を受けて、当該職員と同居していた家族に対し人事発令通知書を交付するとともにその内容をY県公報に掲載するという方法で行ってきたというのであり、記録上そのような事実がうかがわれるところである。そうであるとするならば、Y県職員であったXは、自らの意思により出奔して所在不明の状態に陥ったものであって、右の方法によって懲戒免職処分がされることを十分に了知し得たものというのが相当であるから、出奔から約2か月後に右の方法によってされた本件懲戒免職処分が効力を生じたものというべきである。
解説
本件では、Xの請求の前提となる懲戒処分の効力の有無が問題となりました。本判決は県の公報に処分の内容を掲載しても直ちに処分の効力は生じないとの一般論を述べた上で、本件と同種の事案について、従来から処分内容を家族に通知し、かつ、県の公報に掲載するという方法を取ってきた場合には、そのような方法で処分の効力が生じるとしました。
■事件の概要:公定力 (最判昭30.12.26)
Xは、Y所有の本件農地について、賃貸借契約により賃借権を取得したと主張したが、Yは、これを否定した。そこで、Xは、A県農地委員会に賃借権回復の裁定を申請し、同委員会は、賃借権回復の裁定(以下「本件裁定」という。)を下し、その裁定はYを相手としてB県農地委員会に訴願(行政不服審査法制定以前の不服申立て制度)を提起した。これに対し、Bは、いったんはYの訴願を棄却する裁決を下したが、Yの出訴によって再審議し、請求棄却裁決を取り消した上、改めてYの訴願を認容し、Aが行った賃借権回復の裁定を取り消した。
判例ナビ
Xは、Yを被告として、本件農地に賃借権を有することを確認として訴えを提起したところ、Yの請求を棄却する判決を求め、Xが上告しました。
裁判所の判断
…行政処分は、たとえ違法であっても、その違法が重大かつ明白で当該処分を当然無効ならしめるものと認むべき場合を除いては、適法に取り消されない限り完全にその効力を有するものと解すべきところ、Bのなした前記請求裁決の取消は、いまだ取り消されていないことは原判決の確定するところであって、しかもこれを当然無効のものと解することはできない。
解説
本判決は、公定力という言葉を用いていませんが、「行政処分は、たとえ違法であっても、その違法が重大かつ明白で当該処分を当然無効ならしめるものと認むべき場合を除いては、適法に取り消されない限り完全にその効力を有する」と判示しており、公定力を認めたものと考えられます。なお、判例は、行政行為に不可変更力を認めています(最判昭29.1.21)から、Bがいったんした棄却裁決を取り消して認容裁決をすることは、不可変更力に反することになります。そうすると、本判決は、不可変更力に違反する行政行為も公定力によって効力を有するとしたことになります。
この分野の重要判例
不可変更力(最判昭29.1.21)
…裁決が行政処分であることは言うまでもないが、実質的にはそれはその本質は法律上の争訟を裁判するものである。…かかる性質を有する裁決は、他の一般行政処分と異なり、特別の規定がない限り、原判決のようにふるまうことはできず、特別の規定がないと解するのが相当とする。
形式的確定力(最判昭42.8.25)
異議の決定、訴願の裁決等は、一定の争訟手続に従い、たんねんに当事者を手続に関与させて、紛争の終局的解決を図ることを主目的とするものであるから、それが確定すると、当事者がこれを争うことができなくなるのはもとより、行政庁も、特別の規定がない限り、それを取り消し又は変更し得ない拘束力を受けることになる…
解説
本件は、X所有の宅地について、Y委員会による宅地買収計画取消決定が確定した後、再度同一内容の買収計画が成立したため、Xが取消訴訟を提起したという事案です。学問上、争訟を裁断する行政行為には、一度行われれば、処分庁だけでなく上級行政庁や裁判所も自ら変更することができない効力があると考えられており、これを実質的確定力といいます。本判決は、Xの異議決定に実質的確定力を認めたものです。
■事件の概要:課税処分と当然無効 (最判昭48.4.26)
Aは、第三者名義で所有していた土地建物を、X1に無断でX2名義に所有権移転登記を経由しました。その後、Xらは自己の債務弁済のために同不動産をBに売却するにあたり、登記名義を偽造して移転登記を行いました。その後、Y(税務署長)は、主として登記簿の記載に依拠して、X5に対し譲渡所得の課税処分(本件課税処分)を行いました。
判例ナビ
X5らは、適法な異議申立期間内に申立てを行わず、期間経過後に本件課税処分の無効確認を求めて訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、本件課税処分は無効ではないとしたため、X5が上告しました。
裁判所の判断
…一般に、課税処分が課税庁と被課税者との間にのみ存在するものであって、処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要がないことを考えれば、当該処分における内容の過誤が課税要件の根幹についての事実の誤認に起因し、…本件納税者に不利益を甘受させることは著しく不当と認められるような例外的な事情があるときには、…課税庁による処分を当然無効ならしめるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、Xらは土地および建物を所有したことがなく、真の譲渡人も存在しないにもかかわらず、課税庁は調査の結果、Xらに課税処分をしました。これは課税庁の調査の至らなさにも起因するところは全く否定しえないのであって、本件課税処分の基礎資料となったものが偽造された登記手続書類等であったことなどを考慮すると、課税庁が本件納税者に不利益を甘受させることは著しく不当と認められるような例外的な事情がある場合にあたり、かかる場合に課税処分が当然無効であるというべきである。
解説
本件では、譲渡所得がないものとしてなされた本件課税処分の有効性が問題となりました。本判決は、本件課税処分には課税要件の根幹について重大な過誤を犯した瑕疵があり、かつ、被課税者に課税処分による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的な事情があるとして、本件課税処分を当然無効としました。
この分野の重要判例
重大明白な過誤(最判昭34.9.22)
無効原因となる重大・明白な過誤とは、処分要件の存在を肯定する処分庁の認定に重大・明白な誤認があると認められる場合を指すものと解すべきである。たとえば、農地でないものを農地として買収することは違法であり、取消事由となるが、それだけで、当然に、無効原因があるというものではなく、無効原因があるというためには、農地と認定したことに重大・明白な誤認がある場合(たとえば、そばでその土地に類似な物理的成分をもっているような純然たる宅地を農地と誤認して買収し、その誤認が何人の目にも明白であるというような場合)でなければならない。
■事件の概要:違法性の承継 (最判平21.12.17)
建築基準法上、建築物の敷地は原則として道路に2m以上接しなければなりませんが、条例でさらに制限を加えることができます。東京都安全条例は、一定規模以上の建築物の敷地に対し、より厳しい接道要件を定めています。ただし、知事が安全上支障がないと認める区域(安全認定)では、この要件は適用されません。マンション業者Aは、東京都新宿区に建物を建設するため、新宿区長から安全認定を受けた上で、建築確認を受けました。
判例ナビ
本件建物建設予定地の周辺に居住するXらは、Y(新宿区)を被告として、安全認定および建築確認の取消しを求める訴えを提起しました。第1審は安全認定の出訴期間経過を理由に請求を退けましたが、控訴審は、安全認定は違法であり、したがって建築確認も違法であるとしてこれを取り消しました。そこで、Yが上告しました。
裁判所の判断
建築確認における接道要件の有無の判断と、安全認定における安全上の支障の有無の判断は、異なる機関がそれぞれの権限に基づき行うが、もともとは一体的に行われていたものであり、避難又は通行の安全の確保という同一の目的を達成するために行われるものである。安全認定は、建築確認と結合して初めてその効果を発揮するものである。他方、周辺住民にとっては、建築確認があった段階で初めてその不利益が現実化すると考えられる。以上の事情を考えると、安全認定が行われた上で建築確認がされている場合に、建築確認の取消訴訟において、安全認定の違法がその取消理由であると主張することは許されると解するのが相当である。
解説
本件は、安全認定が行われた上で建築確認を受けた建築物について、周辺住民が「先行行為である安全認定は違法であるから、後行行為である建築確認も違法である」としてその取消しを求めたという事案です。先行行為の違法を後行行為の取消訴訟で主張できるかどうかが問題となりましたが、本判決は、違法性の承継を認め、建築確認取消訴訟において、安全認定の違法を主張することができるとしました。
■事件の概要:行政行為の職権取消し (最判平28.12.20)
在日米軍が使用している沖縄県普天間飛行場の代替施設を名護市辺野古沿岸域に建設するため、沖縄防衛局長は、前知事から公有水面の埋立て承認を受けました。ところがその後、Y(現沖縄県知事)は、公有水面埋立法に違反していることを理由に、この承認を取り消しました(本件取消し)。そこで、国土交通大臣Xは、Yに対し、地方自治法に基づき本件承認取消しを取り消すよう是正の指示(本件指示)をしました。
判例ナビ
Yが本件埋立承認取消しを取り消さなかったため、Xは、Yの不作為の違法確認を求めて訴えを提起しました。原審がXの請求を認容したため、Yが上告しました。
裁判所の判断
行政庁の処分につき、当該処分がされた時点において瑕疵があることを理由に当該行政庁が職権でこれを取り消した場合、その取消しが違法であると認められないときには、行政庁が当該処分に違法があると認めることによりこれを取り消すこと自体は許されず、その取消しは違法となるとみるべきである。したがって、本件埋立承認取消しの適否を判断するに当たっては、本件埋立承認がされた時点における事情に照らし、Aがした本件埋立承認に違法が認められるか否かを審理判断すべきであり、本件埋立承認に違法等が認められない場合には、Yによる本件埋立承認取消しは違法となる。
解説
本件では、県知事がした埋立承認を新知事が職権で取り消したことの適否をどういう基準に基づき判断すべきかが問題となりました。本判決は、新知事の職権取消しの適否は、前知事の埋立承認が、その承認時点における事情に照らし違法・不当であったかどうかを審理判断すべきであるとしました。
■事件の概要:行政行為の撤回と損失補償 (最判昭49.2.5)
Xは、Y(東京都)が開設した中央卸売市場内の土地について、使用期間の定めなしに建物を建築・所有する目的で使用許可を受け、喫茶店を営んでいました。その後、市場の入場者が著しく増加し、当該土地を通路として使用する必要が生じたため、YはXに使用許可の大部分を取り消し、行政代執行により土地を回収しました。
判例ナビ
Xは、Yに対し、損失補償を求める訴えを提起しました。第1審は請求を棄却しましたが、控訴審が請求を一部認容したため、Yが上告しました。
裁判所の判断
本件のような行政財産の使用許可について使用期間が定められていない場合、それが存続するのは、当該財産が本来の行政目的またはこれと両立しうる第三者の使用に供されるまでの間、暫定的にその使用を許すという趣旨にほかならない。したがって、右のような本来の用途又は目的上の必要が生じたときは、行政財産の使用許可は、その存続期間の定めのある場合における期間の満了と同一の意味を持つに至り、許可を受けた者は、行政財産の右の必要を生じたときは、その例は、地方公共団体に対しもはや当該使用権を保有する実質的理由を失うに至るのであって、…使用権者がなお当該使用権を保有する実質的理由を有すると認めるに足りる特別の事情が存する場合に限られるというべきである。
解説
普通地方公共団体が所有する行政財産の使用許可が取り消された場合に、地方自治法は、補償規定を置いていません。そこで、直接憲法29条3項に基づいて損失補償を請求することが考えられます。しかし、本判決は、これを否定し、国有財産法の損失補償規定を類推適用すべきであるとしました。そして、使用権者は、特別の事情のないかぎり、土地使用権喪失についての補償を求めることはできないとして、Xの請求を否定しました。
行政行為とは、行政庁が、法律に基づき、公権力の行使として、直接国民の権利義務を規律する行為をいいます。行政行為は、行政庁を主語とする行為なので1つですが、学問上の概念であり、どの条文を見ても、「行政行為」という言葉は出てきません。条文には、「処分」、「許可」、「認可」等と表現されています。
行政行為の効力には、公定力、不可争力、不可変更力等があります。公定力とは、違法な行政行為であっても、権限のある機関によって取り消されるまでは有効なものとして通用するという効力です。不可争力とは、一定の期間を経過すると、行政行為の相手方から当該行政行為の効力を争うことができなくなる効力であり、形式的確定力ともいいます。不可変更力とは、争訟を裁断する行政行為は、一度行われた以上、処分庁自ら変更することはできないとする効力です。
行政行為は、法令に適合し、かつ、裁量権の範囲で行われなければなりません。法令に反する違法な行政行為や裁量権を逸脱・濫用した不当な行政行為は、国民の求めるところにより、その程度により、①取り消されるまでもなく当然に無効となってしまう場合と②一度は有効に成立するものの後からその効力を消滅させることができる(取り消しうる)場合とがあります(取消自由としての瑕疵)。
行政行為が成立した当初から取消事由である瑕疵を有する場合に、その瑕疵を理由として行政行為を取り消すことを行政行為の取消しといいます。取消しの方法には、不服申立てや取消訴訟による方法(争訟取消し)と行政庁が処分等の職権による方法(職権取消し)とがあります。なお、違法に成立した行政行為は、初めからなかったものとされます(遡及的無効)。過去に遡及的に取り消される行政行為を、事後の事情の変化を理由に無効とすることを行政行為の撤回といいます。撤回された行政行為は、将来に向かって無効となります。
■事件の概要:行政行為の成立 (最判昭25.7.15)
Xは、Y市長に対し、消防法11条1項に基づく給油取扱所(ガソリンスタンド)変更許可申請(本件変更許可申請)をし、受理されたが、本件変更許可申請に係る許可処分(本件変更許可処分)の条件となる近隣住民の同意書を提出しなかった。しかし、年度末までに本件変更許可処分の効力を生じさせる必要があったため、Yは、隣接住民の同意書の提出をまって変更許可書の原本を交付することとし、変更許可書の原本と同写しを作成し、Xの元売会社の了承を得て、Aに写しを交付した。同写しは、B(大阪通商産業局長)に提出された。
判例ナビ
Yは、その後もXに隣接住民の同意書の提出を求めたが、提出しないので、許可書の原本を交付しませんでした。そこで、Xは、Yに対し、本件変更許可処分の存在およびその効力の確認等を求めて訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXの請求を認容したため、Yが上告しました。
裁判所の判断
行政処分が行政処分として有効に成立したといえるためには、行政庁の内部において単なる意思決定の事実があるかいなかは意思決定の外部に記載した書面が作成・用意されているのでは足りず、右意思決定が何らかの形式で外部に表示されることが必要であり、名宛人である相手方の要請を審査する行政処分の場合は、さらに右処分が相手方に告知され又は相手方に到達することによって初めてその効力を発生すべきものというべきであるから…(中略)…右交付をもってXに対する許可処分がされたものとみることはできない。したがって、これだけでは、本件許可処分は内部的意思表示として未だ成立していないといわざるをえず、まずこの状態に変動がない以上、Xに対する有効な許可処分は存在していないというほかはない。
解説
本判決は、「行政行為が有効に成立するには、行政庁の内部的な意思決定あるいは意思決定の内容を記載した書面が作成・用意されただけでは足りず、意思決定が何らかの形式で外部に表示されることが必要である」と一般論を述べた上で、本件の場合、Aに対し写しを交付しただけではYに原本が交付されていないから、Xに対する有効な許可処分は成立していないとしました。
■事件の概要:行政行為の効力発生 (最判平11.7.15)
Y県X市は、家出をし、以後、所在・生死ともに不明となった。Xが家出をした約2か月後、Y県知事は、無断欠勤を理由にXを懲戒免職処分(本件処分)を決定し、人事発令通知書(本件通知書)を作成の上Xに送付した。その後、同通知書は宛所に人事課職員が赴いた。さらにYは、現公報に人事発令を掲載した。なお、Y県の「職員の懲戒の手続及び効果に関する条例」は、職員に対する懲戒処分として免職の処分は、その理由を記載した書面を当該職員に交付して行わなければならないと規定しているが、その職員が所在不明で書面を交付して懲戒処分をすることが不可能な場合の処分については、規定がない。そのため、Yは、従来から、所在不明となった職員の懲戒処分手続を、当該職員と同居していた家族に対して人事発令通知書を交付するとともにその内容を県公報に掲載するなどの方法で行ってきた。
判例ナビ
Xの法定代理人である不在者財産管理人は、本件処分が辞令書の交付によって告知されず、公示送達(民法98条)等適法な方法によって送達もされていないから、本件処分の効力は生じていないとして退職手当の支払等を求める訴えを提起しました。第1審はXの請求を棄却しましたが、控訴審は、Xの請求を認容しました。そこで、Yが上告しました。
裁判所の判断
所在が不明な公務員に対する懲戒処分は、国家公務員に対するものについては、その内容を官報に掲載することをもって文書を交付することに替えることが認められている(人事院規則12-0〔職員の懲戒〕5条2項)ところ、地方公務員についてはこのような規定は法律にはないが、Y県の条例にもこれに関する規定がないのであるから、所在不明のY県職員に対する懲戒免職処分の内容がY県公報に掲載されたことをもって直ちに当該処分の効力を生ずると解することはできないといわざるを得ない。
しかしながら、Yの主張によれば、Xは、従前から、所在不明となった職員に対する懲戒免職処分の手続について、「辞令及び処分説明書を家族に送達すると共に、処分の内容を公報及び新聞紙上に公示すること」によって差し支えないとしている昭和29年9月付け付け自治庁公務員課長発152号三重県人事委員会事務局長あて自治庁公務員課長回答を受けて、当該職員と同居していた家族に対し人事発令通知書を交付するとともにその内容をY県公報に掲載するという方法で行ってきたというのであり、記録上そのような事実がうかがわれるところである。そうであるとするならば、Y県職員であったXは、自らの意思により出奔して所在不明の状態に陥ったものであって、右の方法によって懲戒免職処分がされることを十分に了知し得たものというのが相当であるから、出奔から約2か月後に右の方法によってされた本件懲戒免職処分が効力を生じたものというべきである。
解説
本件では、Xの請求の前提となる懲戒処分の効力の有無が問題となりました。本判決は県の公報に処分の内容を掲載しても直ちに処分の効力は生じないとの一般論を述べた上で、本件と同種の事案について、従来から処分内容を家族に通知し、かつ、県の公報に掲載するという方法を取ってきた場合には、そのような方法で処分の効力が生じるとしました。
■事件の概要:公定力 (最判昭30.12.26)
Xは、Y所有の本件農地について、賃貸借契約により賃借権を取得したと主張したが、Yは、これを否定した。そこで、Xは、A県農地委員会に賃借権回復の裁定を申請し、同委員会は、賃借権回復の裁定(以下「本件裁定」という。)を下し、その裁定はYを相手としてB県農地委員会に訴願(行政不服審査法制定以前の不服申立て制度)を提起した。これに対し、Bは、いったんはYの訴願を棄却する裁決を下したが、Yの出訴によって再審議し、請求棄却裁決を取り消した上、改めてYの訴願を認容し、Aが行った賃借権回復の裁定を取り消した。
判例ナビ
Xは、Yを被告として、本件農地に賃借権を有することを確認として訴えを提起したところ、Yの請求を棄却する判決を求め、Xが上告しました。
裁判所の判断
…行政処分は、たとえ違法であっても、その違法が重大かつ明白で当該処分を当然無効ならしめるものと認むべき場合を除いては、適法に取り消されない限り完全にその効力を有するものと解すべきところ、Bのなした前記請求裁決の取消は、いまだ取り消されていないことは原判決の確定するところであって、しかもこれを当然無効のものと解することはできない。
解説
本判決は、公定力という言葉を用いていませんが、「行政処分は、たとえ違法であっても、その違法が重大かつ明白で当該処分を当然無効ならしめるものと認むべき場合を除いては、適法に取り消されない限り完全にその効力を有する」と判示しており、公定力を認めたものと考えられます。なお、判例は、行政行為に不可変更力を認めています(最判昭29.1.21)から、Bがいったんした棄却裁決を取り消して認容裁決をすることは、不可変更力に反することになります。そうすると、本判決は、不可変更力に違反する行政行為も公定力によって効力を有するとしたことになります。
この分野の重要判例
不可変更力(最判昭29.1.21)
…裁決が行政処分であることは言うまでもないが、実質的にはそれはその本質は法律上の争訟を裁判するものである。…かかる性質を有する裁決は、他の一般行政処分と異なり、特別の規定がない限り、原判決のようにふるまうことはできず、特別の規定がないと解するのが相当とする。
形式的確定力(最判昭42.8.25)
異議の決定、訴願の裁決等は、一定の争訟手続に従い、たんねんに当事者を手続に関与させて、紛争の終局的解決を図ることを主目的とするものであるから、それが確定すると、当事者がこれを争うことができなくなるのはもとより、行政庁も、特別の規定がない限り、それを取り消し又は変更し得ない拘束力を受けることになる…
解説
本件は、X所有の宅地について、Y委員会による宅地買収計画取消決定が確定した後、再度同一内容の買収計画が成立したため、Xが取消訴訟を提起したという事案です。学問上、争訟を裁断する行政行為には、一度行われれば、処分庁だけでなく上級行政庁や裁判所も自ら変更することができない効力があると考えられており、これを実質的確定力といいます。本判決は、Xの異議決定に実質的確定力を認めたものです。
■事件の概要:課税処分と当然無効 (最判昭48.4.26)
Aは、第三者名義で所有していた土地建物を、X1に無断でX2名義に所有権移転登記を経由しました。その後、Xらは自己の債務弁済のために同不動産をBに売却するにあたり、登記名義を偽造して移転登記を行いました。その後、Y(税務署長)は、主として登記簿の記載に依拠して、X5に対し譲渡所得の課税処分(本件課税処分)を行いました。
判例ナビ
X5らは、適法な異議申立期間内に申立てを行わず、期間経過後に本件課税処分の無効確認を求めて訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、本件課税処分は無効ではないとしたため、X5が上告しました。
裁判所の判断
…一般に、課税処分が課税庁と被課税者との間にのみ存在するものであって、処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要がないことを考えれば、当該処分における内容の過誤が課税要件の根幹についての事実の誤認に起因し、…本件納税者に不利益を甘受させることは著しく不当と認められるような例外的な事情があるときには、…課税庁による処分を当然無効ならしめるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、Xらは土地および建物を所有したことがなく、真の譲渡人も存在しないにもかかわらず、課税庁は調査の結果、Xらに課税処分をしました。これは課税庁の調査の至らなさにも起因するところは全く否定しえないのであって、本件課税処分の基礎資料となったものが偽造された登記手続書類等であったことなどを考慮すると、課税庁が本件納税者に不利益を甘受させることは著しく不当と認められるような例外的な事情がある場合にあたり、かかる場合に課税処分が当然無効であるというべきである。
解説
本件では、譲渡所得がないものとしてなされた本件課税処分の有効性が問題となりました。本判決は、本件課税処分には課税要件の根幹について重大な過誤を犯した瑕疵があり、かつ、被課税者に課税処分による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的な事情があるとして、本件課税処分を当然無効としました。
この分野の重要判例
重大明白な過誤(最判昭34.9.22)
無効原因となる重大・明白な過誤とは、処分要件の存在を肯定する処分庁の認定に重大・明白な誤認があると認められる場合を指すものと解すべきである。たとえば、農地でないものを農地として買収することは違法であり、取消事由となるが、それだけで、当然に、無効原因があるというものではなく、無効原因があるというためには、農地と認定したことに重大・明白な誤認がある場合(たとえば、そばでその土地に類似な物理的成分をもっているような純然たる宅地を農地と誤認して買収し、その誤認が何人の目にも明白であるというような場合)でなければならない。
■事件の概要:違法性の承継 (最判平21.12.17)
建築基準法上、建築物の敷地は原則として道路に2m以上接しなければなりませんが、条例でさらに制限を加えることができます。東京都安全条例は、一定規模以上の建築物の敷地に対し、より厳しい接道要件を定めています。ただし、知事が安全上支障がないと認める区域(安全認定)では、この要件は適用されません。マンション業者Aは、東京都新宿区に建物を建設するため、新宿区長から安全認定を受けた上で、建築確認を受けました。
判例ナビ
本件建物建設予定地の周辺に居住するXらは、Y(新宿区)を被告として、安全認定および建築確認の取消しを求める訴えを提起しました。第1審は安全認定の出訴期間経過を理由に請求を退けましたが、控訴審は、安全認定は違法であり、したがって建築確認も違法であるとしてこれを取り消しました。そこで、Yが上告しました。
裁判所の判断
建築確認における接道要件の有無の判断と、安全認定における安全上の支障の有無の判断は、異なる機関がそれぞれの権限に基づき行うが、もともとは一体的に行われていたものであり、避難又は通行の安全の確保という同一の目的を達成するために行われるものである。安全認定は、建築確認と結合して初めてその効果を発揮するものである。他方、周辺住民にとっては、建築確認があった段階で初めてその不利益が現実化すると考えられる。以上の事情を考えると、安全認定が行われた上で建築確認がされている場合に、建築確認の取消訴訟において、安全認定の違法がその取消理由であると主張することは許されると解するのが相当である。
解説
本件は、安全認定が行われた上で建築確認を受けた建築物について、周辺住民が「先行行為である安全認定は違法であるから、後行行為である建築確認も違法である」としてその取消しを求めたという事案です。先行行為の違法を後行行為の取消訴訟で主張できるかどうかが問題となりましたが、本判決は、違法性の承継を認め、建築確認取消訴訟において、安全認定の違法を主張することができるとしました。
■事件の概要:行政行為の職権取消し (最判平28.12.20)
在日米軍が使用している沖縄県普天間飛行場の代替施設を名護市辺野古沿岸域に建設するため、沖縄防衛局長は、前知事から公有水面の埋立て承認を受けました。ところがその後、Y(現沖縄県知事)は、公有水面埋立法に違反していることを理由に、この承認を取り消しました(本件取消し)。そこで、国土交通大臣Xは、Yに対し、地方自治法に基づき本件承認取消しを取り消すよう是正の指示(本件指示)をしました。
判例ナビ
Yが本件埋立承認取消しを取り消さなかったため、Xは、Yの不作為の違法確認を求めて訴えを提起しました。原審がXの請求を認容したため、Yが上告しました。
裁判所の判断
行政庁の処分につき、当該処分がされた時点において瑕疵があることを理由に当該行政庁が職権でこれを取り消した場合、その取消しが違法であると認められないときには、行政庁が当該処分に違法があると認めることによりこれを取り消すこと自体は許されず、その取消しは違法となるとみるべきである。したがって、本件埋立承認取消しの適否を判断するに当たっては、本件埋立承認がされた時点における事情に照らし、Aがした本件埋立承認に違法が認められるか否かを審理判断すべきであり、本件埋立承認に違法等が認められない場合には、Yによる本件埋立承認取消しは違法となる。
解説
本件では、県知事がした埋立承認を新知事が職権で取り消したことの適否をどういう基準に基づき判断すべきかが問題となりました。本判決は、新知事の職権取消しの適否は、前知事の埋立承認が、その承認時点における事情に照らし違法・不当であったかどうかを審理判断すべきであるとしました。
■事件の概要:行政行為の撤回と損失補償 (最判昭49.2.5)
Xは、Y(東京都)が開設した中央卸売市場内の土地について、使用期間の定めなしに建物を建築・所有する目的で使用許可を受け、喫茶店を営んでいました。その後、市場の入場者が著しく増加し、当該土地を通路として使用する必要が生じたため、YはXに使用許可の大部分を取り消し、行政代執行により土地を回収しました。
判例ナビ
Xは、Yに対し、損失補償を求める訴えを提起しました。第1審は請求を棄却しましたが、控訴審が請求を一部認容したため、Yが上告しました。
裁判所の判断
本件のような行政財産の使用許可について使用期間が定められていない場合、それが存続するのは、当該財産が本来の行政目的またはこれと両立しうる第三者の使用に供されるまでの間、暫定的にその使用を許すという趣旨にほかならない。したがって、右のような本来の用途又は目的上の必要が生じたときは、行政財産の使用許可は、その存続期間の定めのある場合における期間の満了と同一の意味を持つに至り、許可を受けた者は、行政財産の右の必要を生じたときは、その例は、地方公共団体に対しもはや当該使用権を保有する実質的理由を失うに至るのであって、…使用権者がなお当該使用権を保有する実質的理由を有すると認めるに足りる特別の事情が存する場合に限られるというべきである。
解説
普通地方公共団体が所有する行政財産の使用許可が取り消された場合に、地方自治法は、補償規定を置いていません。そこで、直接憲法29条3項に基づいて損失補償を請求することが考えられます。しかし、本判決は、これを否定し、国有財産法の損失補償規定を類推適用すべきであるとしました。そして、使用権者は、特別の事情のないかぎり、土地使用権喪失についての補償を求めることはできないとして、Xの請求を否定しました。