探偵の知識

行政裁量

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス
法律が行政機関に独自の判断をする余地を認めている場合を行政裁量といいます。行政行為に行政庁の裁量を認めるか否かは、個別法規の文言、趣旨、目的、沿革等に照らして判断されます。法律が行政裁量を与えている場合に行政庁がした判断は、司法審査の対象となります。

■事件の概要:伊方原発訴訟 (最判平4.10.29)
Y(愛媛県)に伊方原子力発電所の建設を計画したA電力株式会社は、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(規制法)に基づいてY(内閣総理大臣)に対し原子炉設置許可の申請をし、許可を受けた。

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本件原子力発電所の建設予定地の周辺に居住する住民Xは、Yに対し、行政不服審査法に基づく異議申立てをしたが却下されたため、原子炉設置許可処分の取消しを求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXらの請求を棄却したため、Xが上告しました。

裁判所の判断
原子炉施設の安全性に関する審査は、当該原子炉施設そのものの工学的安全性、平常運転時における従業員、周辺住民及び周辺環境への放射線の影響、事故時における周辺地域への影響等を、原子炉設置予定地の地質、地震、気象等の自然的条件、人口分布等の社会的条件及び当該原子炉設置者の技術的能力との関連において、多角的、総合的見地から検討するものであり、しかも、右審査の対象には、将来の予測に係る事項も含まれているのであって、右審査においては、原子力工学はもとより、多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づく総合的判断が必要とされるものであることが明らかである。そして、規制法24条2項が、内閣総理大臣は、原子炉設置の許可をする場合においては、同条1項第3号(技術的能力に係る部分に限る。)及び第4号の基準の適用については、あらかじめ原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならないと定めているのは、右のような原子炉施設の安全性に関する審査の特質を考慮し、各分野の専門家の衆議を尽くした審議の結果を踏まえて、専門技術的見地に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的な判断にゆだねる趣旨と解するのが相当である。
以上の点を考慮すると、右の原子炉設置許可処分は内閣総理大臣の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた処分行政庁の裁量に委ねるべきであるから、右行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって、現在の科学技術水準に照らし、調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは当該原子炉施設がその具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤・欠落があり、右行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、処分行政庁の判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法となると解すべきである。
原子炉設置許可処分について右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものと解されるが、当該原子炉施設の安全性に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その判断に不合理な点の存在を基礎づける具体的事実の主張、立証する必要があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである。

…規制法の規制の構造に照らすと、原子炉設置の許可の段階の安全審査においては、当該原子炉施設の安全性にかかわる事項のすべてをその対象とするものではなく、その基本設計の安全性にかかわる事項のみをその対象とするものと解するのが相当である。もとより、原子炉設置の許可は、原子炉設置の段階における原子炉施設の基本設計における安全性が確認されることは、後続の各規制の段階における当該原子炉施設の前提となるものであるから、右安全審査の対象の範囲を右のように解したからといって、右安全審査の意義、重要性を何ら減ずるものではない。

解説
本判決は、原子炉施設の安全性に関する行政庁の裁量を認め(判決文では、「合理的判断にゆだねる」としています)、裁判所の審理・判断は、行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきことを明らかにしました。

■事件の概要:公立学校施設の目的外使用 (最判平18.2.7)
広島県の公立小中学校等に勤務する教職員で組織された教職員組合Xは、Y市立A中学校の校長Bに対し、教育研究集会(本件集会)の会場として同校の施設を使用したい旨申し出た。Bは、いったんは口頭でこれを了承したが、教育長から使用は差し控えてもらいたいと言われたため、Xに対し、使用を認めないと連絡した。そこで、Xは改めてY市教育委員会に対し、使用許可申請をしたが、同委員会は、右集会がA中学校周辺地域に混乱を招き、児童生徒に悪影響を与え、学校教育に支障をきたすことが予想されるとして不許可とした(本件不許可処分)。

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Xは、Yに対し、国家賠償を請求する訴えを提起した。第1審、控訴審ともにXの請求を一部認容したため、Yが上告しました。

裁判所の判断
地方自治法238条の4第4項(現7項)、学校教育法137条(現85条)の文言に加え、学校施設は、一般公衆の共同使用に供することを主たる目的として設置される道路や公園とは異なり、本来特定の目的に使用すべきものとして設置され、それ以外の目的に使用することを基本的に予定しているとはいえない(学校施設法1条、3条)ことからすれば、学校施設が当該目的の範囲内にあるか否かは、原則として、管理者の裁量にゆだねることを予定しているものと解するのが相当である。

…教職員の職員団体は、…職員団体によって使用の必要性が大きいからといって、管理者において職員団体の活動のためにする学校施設の使用を許可し、許可しなければならない義務を負うものではない。…仮に、同一目的での使用許可申請を物理的な支障がない限り許可してきたという運用があったとしても、そのことからも直ちに、従前と異なる取扱いをすることが裁量権の濫用となるものではない。

…以上の見地に立って本件を検討するに、…(1) Xが本件集会を1回を除いてすべて中学校の施設を会場として使用してきており、広域において本件集会を開いて学校施設の使用が許可されなかったことがなかったものの、教育研究集会の上記のような側面に着目した結果とみることができる。…(2) 学校施設の使用を許可した場合、その学校施設周辺でどのような状況が生じ、学校教育施設としてふさわしくない混乱が生じるおそれがあると具体的に認められるときには、それを考慮して不許可とすることも学校施設の管理者の裁量判断としてありうるところである。…(3) 本件集会をもって…A中学校の施設を利用して開催するに当たり、これまで教育上の影響が問題視されたとの指摘はなく…(4) 教育研究集会の中でも学校教育研究の合理的な議論の場として行う場合と学校施設の公共施設を利用することの必要性は明らかであるが…(5) 本件不許可処分は、…県教育委員会とXとの緊張関係を背景として行われたと推認されるものであった。

上記の諸点その他の原審認定に係る事情を考慮すると、本件中学校及びその周辺の学校地域に混乱を招き、児童生徒に教育上悪影響を与え、学校教育に支障をきたすことが予想されるとの理由でされた本件不許可処分は、重視すべきでない考慮要素を重視するなど、考慮した事実に対する評価が明らかに合理性を欠いており、他方、当該考慮すべき事情を十分に考慮しておらず、その結果、社会通念に照らし著しく妥当性を欠いたものということができる。

解説
地方公共団体が設置する公立学校は、公の施設(地方自治法244条)に当たり、その施設は行政財産(238条4項)です。そのため、学校施設を学校教育目的以外の目的に使用するには、許可(238条の4第7項)が必要です。本判決は、学校施設の使用目的に反しない管理者が裁量権を有することを認め、裁量権の逸脱・濫用の有無の判断基準を明らかにしました。