探偵の知識

行政調査

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス
行政調査とは、行政機関が行政目的を達成するために必要な情報を収集する活動をいいます。調査の方法には、相手方の承諾のもとに行う任意調査と強制的に行う強制調査があります。任意調査は、法律の根拠がなくても行うことができますが、任意のものだけに、どこまで相手方の協力が得られるかが問題となります。これに対し、強制調査は、相手方の意思に反しても調査できることから、法律の根拠が必要です。

事件の概要
Y税務署は、プレス加工業を営むX(1945(昭和20)年度の所得税について所得額が過少である疑いがあることから、調査のため、数回にわたりX宅に職員を派遣したが、Xと押し問答となり、調査の目的を果たすことができなかった。そこで、改めてX宅に職員を派遣し、1965(昭和40)年改正の所得税について所得税法(現国税通則法74条の2)の質問検査権に基づく調査をする必要があること、調査に応じないと罰せられることを告げた上で帳簿書類等の提出をせるよう要請した。

判例ナビ
Xは、職員の懇願を拝するなどして調査を拒んだため、所得税法違反(国税通則法128条2号)の罪で起訴されました。第1審はXを無罪とし、控訴審が有罪判決(罰金3万円)を言い渡したため、Xが上告した。

裁判所の判断
所得税法234条1項の規定は、国税庁、国税局または税務署の当該職員に、所得税の賦課徴収に関する調査のため必要があるときは、質問、検査、帳簿書類その他の物件の提出を要求する権限を付与しており、当該調査は、調査すべき事項、申請、申請の具体的内容、相手方の事業の形態等諸般の事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合には、その職員の所属する税務署の管轄区域内に限らず、帳簿書類等の客観的証拠の所在するところへ赴き、これを調査することもできるのである。
そして、右調査の方法として、同条1項各号に掲げる者の事業に関する帳簿書類その他の物件の提出を求めるに当たり、この場合その帳簿の調査範囲、期間、時期、場所等実施上特定の事項の実施については、右にいう当該帳簿書類の提出の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との考量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべきである。また、間接的な強制調査の通知が旧所得税法との連続性のない新しいものではなく、当該の旧所得税の調査通知の趣旨の徹底および必要性の観に、同法234条1項にもとづく間接的な強制調査を行ううえでの法律上一層の明確化をされてきているものではない。そして、質問調査権の目的が適正な公平な課税の実現を図ることにあり、かつ、前記法令上の間接的な強制調査に相当な理由と申請期間または暦年終了の以前において調査が行われるべきものである。なお、納税者のなかにはなお多数の者が調査の必要性があるなどそれを理由に、あるいは調査において調査すべきものが多数あるなどそれによって納税義務を果たすことを怠るべき範囲の差こそあれ、「所得税がある者」との概念で規定していることにかんがみれば、同法234条1項にいう「納税義務がある者」とは、以上の趣旨を承けるべく、既に法廷の調査が満たされて全新所得税の納税義務が成立し、いまだ適正な最終的に収める税額の納付を完了していない納税者のほか、最終的な所得税の納税の基礎となるべき収入の発生があり、これによって将来的納税の納税義務を負担するにいたるべき者をいい、「所得税がある者と認められる者」とは、右記の権限ある税務職員の判断によって、右の意味での納税義務がある者に該当すると合理的に推認される者も含むと解すべきものである。

解説
本判決は、行政調査の一種である税務調査の要件・手続の基準を示しました。すなわち、①税務調査として質問検査ができる場合は、具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合であること、②質問検査の範囲、時期、場所等については納税者の私的利益との比較衡量で社会通念上相当な限度にとどまること、③質問検査の時期については、暦年終了前または確定申告期間前であってもすることができること、④右③の時期の質問検査が旧法にはないことおよびその合理的な、具体的な法律上一律に要件とされているものではないとしました。

この分野の重要判例
◆覚せい剤取締法と国税犯則取締法(最決平6.1.20)
法人税法156条(国税通則法74条の8)によると、同法153条ないし155条に規定する質問又は検査は、犯罪の証拠資料を収集し、保全するためなど、刑事訴追のために行う調査ではない捜査のための手段として行使することは許されないと解するのが相当である。

所持品検査(最判昭53.9.7)
しかしながら、質問又は検査の権限の行使に当たって、取得収集される証拠資料が後に犯則事件の証拠として利用されることが想定できたとしても、そのことによって直ちに、上記質問又は検査の権限が犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行使されたことにはならないというべきである。
原判決は、本件の事実関係の下で、上記質問又は検査の権限が、犯則事件の調査を拒否する者から強制されるか、その調査に協力する意思の下に、証拠資料を保全するために行使された可能性を排除できず、一面において、犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行使されたものと評することができる旨判示している。しかしながら、原判決の認定及び記録によると、本件では、上記質問又は検査の権限の行使に当たって、取得収集される証拠資料が後に犯則事件の証GEOとして利用されることが想定できたにとどまり、上記質問又は検査の権限が犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行使されたものとみるべき根拠はない。その権限の行使に違法はなかったというべきである。そうすると、原判決の上記判示部分は是認できないが、原判決は、上記質問又は検査の権限の行使及びそれから派生する手続により取得収集された証拠資料の証拠能力を肯定しているから、原判断は、結論において是認することができる。

解説
本決定は、税務調査権限を犯則事件(行政法規違反の罪に係る事件)の調査・捜査のための手段として行使することは許されないとした上で、税務調査によって取得収集される証拠資料が後に犯則事件の証拠として利用されることが想定できただけでは犯則事件の調査・捜案のための手段として行使されたことにはならないとしました。

所持品検査(最判昭53.9.7)
警察法2条1項に基づく職務質問に附随して行う所持品検査は、任意手段として許容されるものであるから、所持人の承諾を得てその限度でこれを行うのが原則であるが、職務質問ないし所持品検査の目的、性格及びその作用にかんがみると、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、たとえ所持人の承諾がなくても、所持品検査の必要性、緊急性、これによって侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との均衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合があると解すべきである…。

これを本件についてみると、原判決の認定した事実によれば、YがXに対し、Xの上衣左側内ポケットの所持品の提示を要求した段階においては、Xに覚せい剤の所持の嫌疑がかなり濃厚に認められ、また、Yの職務質問に妨害が入りかねない状況もあったから、右所持品を検査する必要性ないし緊急性はこれを肯認しうるところであるが、Xの承諾がないのに、その上衣左側内ポケットに手差し入れて所持品を取り出したうえ検査したYの行為は、一般にプライバシー侵害の程度の高い行為であり、かつ、その態様において捜索に類するものであるから、上記のような具体的状況などのもとにおいては、相当な行為とは認めがたいところであって、職務質問に関する所持品検査の許容限度を逸脱したものと解するのが相当である。してみると、右違法な所持品検査及びそれに続いて行われた尿検査によってはじめて覚せい剤所持の事実が明らかとなった結果、Xを覚せい剤取締法違反被疑事実で現行犯逮捕する要件が整った本件答案においては、右逮捕に伴い行われた本件証拠物の差押手続は違法といわざるをえないものである。

解説
本件は、警察官Yが挙動不審者に職務質問(警職法2条1項)をした際、Xの上衣ポケットに何か固いものが入っている感じがしたので、Xに提示を求めたところ、Xが提示しなかったため、Xの承諾を得ずに上衣内ポケットに手を入れて取り出してみたら、プラスチック製の注射器と覚せい剤の固まりであったため、Xを覚せい剤不所持の現行犯人として逮捕し、注射器と覚せい剤粉末を証拠物として差し押さえたという事案です。本判決は、本件所持品検査の必要性、緊急性は認めたものの許容限度を逸脱し違法であるとしました。

過去問

警察官職務執行法上の職務質問に付随して行う所持品検査は、捜索の必要性、緊急性の認められる場合には、相手方への強制にわたるものであっても適法である。(行政書士2014年)

×警察法2条1項に基づく職務質問に付随して行う所持品検査は、所持人の承諾を得てその限度で行うのが原則ですが、所持人の承諾がなくても、捜索の必要性、緊急性、これによって侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との均衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合があります。ただし、その場合でも、強制にわたるものは許されません(最判昭53.9.7)。