探偵の知識

行政事件訴訟法

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

【ガイダンス】
行政事件訴訟法によって権利を侵害された国民が裁判所によって救済してもらうための訴訟を行政事件訴訟といいます。例えば、営業停止処分を受けた飲食店経営者が、その処分の取消しを求めて起こす訴訟がこれに当たります。行政事件訴訟法は、行政事件訴訟の手続を定めた法律です。
行政事件訴訟法は、行政庁の公権力の行使に不服がある場合に起こす訴訟を抗告訴訟といいます(行政事件訴訟法3条1項)。本項では、抗告訴訟のうち、試験で出題されることが多い取消訴訟の判例を中心に取り上げます。取消訴訟とは、行政庁の処分・裁決の全部または一部の取消しを求める訴訟です(同条2項、3項)。

1 処分性

【事件の概要】
病院開設中止の勧告の処分性(最判平17.7.15)
Xは、県知事Yに対し、病院開設許可の申請をした。Yは、医療法30条の7(現30条の11)に基づき「病院の病床数が、県地域医療計画に定める当該医療圏の必要病床数に達している」との理由で、開設を中止するよう勧告(本件勧告)をした。しかし、Xが本件勧告を拒否したため、Yは、病院開設許可処分をするとともに、「中止勧告にもかかわらず病院を開設した場合には、厚労省(現厚生労働省)通達において保険医療機関の指定の拒否とすることとされているので、念のため申し添える。」との記載(本件通告部分)がされた文書を送付した。

【判例ナビ】
Xは、Yに対し、本件勧告および本件通告部分の取消しを求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。

■裁判所の判断
医療法及び医療法施行規則の所定の文言やその運用の実情に照らすと、医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は、医療法上当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められているけれども、当該勧告を受けた者が、これに従わない場合には、相当程度の確実さをもって、開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものということができる。そして、いわゆる国民皆保険制度が採用されている我が国においては、健康保険、国民健康保険等を利用しないで病院で診療する者はほとんどなく、保険医療機関の指定を受けずに行う診療行為を行う病院のほとんどは存在しないことは公知の事実であるから、保険医療機関の指定を受けることができない場合には、実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになる。
このような医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告が保険医療機関の指定に及ぼす効果及び勧告後における保険医療機関の指定の持つ意味を併せ考えると、この勧告は、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると解するのが相当である。後に保険医療機関指定拒否処分の効力を抗告訴訟によって争うことができるとしても、そのことは上記の結論を左右するものではない。
したがって、本件勧告は、行政事件訴訟法3条2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるとみるべきである。

【解説】

取消訴訟を提起するには、取消しの対象が「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」でなければなりません(行政事件訴訟法3条2項)。これを処分性といいます。

本件では、本件勧告および通告部分が処分に当たるかが問題となりました。
判例は、病院の開設には知事の許可が必要ですが、人員、設備の要件を満たしていれば、許可しなければなりません。しかし、中止勧告に従わずに病院を開設したときは、ほぼ確実に保険医療機関の指定を受けることができません。

なければ、保険を適用した医療を行うことができませんから、病院経営は成り立ちません。このような中止勧告の対象に着目し、本判決は、病院開設中止勧告が取消訴訟の対象となることを認めました。なお、本件通告部分については、これをもって病院開設中止勧告と解することはできないとして、取消訴訟の対象にはならないとしました。

【過去問】

(旧)医療法の規定に基づく病院開設中止の勧告は、医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められており、これに従わない場合でも、病院の開設後、保険医療機関の指定を受けることができなくなる可能性が生じるにすぎないから、この勧告は、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たらない。(行政書士2016年)

1. × 判例は、病院開設中止の勧告が抗告訴訟の対象となることを認めています(最判平17.7.15)。

【事件の概要】
土地区画整理事業計画の処分性(最大判平20.9.10)
Y(浜松市)は、A鉄道の連続立体交差事業の一環として、B駅の高齢化と駅周辺の公共施設の整備改善を図るため、本件土地区画整理事業を計画し、土地区画整理法(法)52条1項に基づき、Z(静岡県知事)に対し、本件土地区画整理事業の事業計画において定める設計の概要について認可を申請し、同知事からその認可を受けた。そして、Yは、同項の規定により、本件土地区画整理事業の事業計画の決定(本件事業計画の決定)をし、その公告がされた。

【判例ナビ】
本件土地区画整理事業の施行地区内に土地を所有しているXは、本件土地区画整理事業は公共施設の整備改善及び宅地の利用増進という事業目的も一次的なものであると主張して、Yに対し、本件事業計画の決定の取消しを求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。

■裁判所の判断

市町村の施行する土地区画整理事業を施行しようとする場合においては、施行者及び事業計画を定めなければならず(法52条1項)、事業計画には、施行地区等のほか、事業施行期間、施行地区の土地の区域の全部または一部について建築物の新築、改築若しくは増築、又は工作物の新設の禁止をするものではない(法76条1項)、これに違反した者がある場合には、都道府県知事は、当該違反建築物の所有者等に対して相当の期限を定めて原状回復等を命ずることができること(同条4項)、この命令に違反した者に対しては刑罰が科せられ(法129条)、このほか、施行地区の宅地についてその権利の存否及び内容を施行者に申告しなければならないこと(法85条1項)、事業計画書、その申告がない限り、これを有しないものとみなして仮換地の指定をすることができることとされている(同条5項)。
また、土地区画整理事業の事業計画は、施行地区(施行地区を工区に分ける場合には施行地区及び工区)における公共施設の配置及び規模と主要な公共施設の新設又は拡充の事業並びに宅地の利用の増進に関する事業計画の概要の一環として、事業計画において定める設計の概要について、設計説明書及び設計図を作成しなければならず(法55条)、この設計の概要には、事業施行後における施行地区内の土地の区域の全部にわたる公共施設(幅員20m以上のもの)の配置、施行地区全体にわたる土地の利用の程度の見込みからする、事業施行後における施行地区内の公共施設等の位置及び形状が、事業施行により…

…又は変更されることが決定され、当該土地区画整理事業の施行によって施行地区内の宅地所有者等の法的地位に直接的な影響がもたらされるのであり、一定の限度で具体的な権利ないし法的利益の変動がもたらされるものといえる。
そして、土地区画整理事業については、いったんその決定がされると、特別の事情のない限り、その事業計画に定められたところに従って具体的な事業がそのまま進められ、その後の手続として、施行地区内の宅地について換地処分が行われることになる。
前記の建築行為等の制限は、このような事業計画の決定に基づく具体的な事業の施行の障害となるおそれのある事実行為を事前に防止するために法的効力を伴って行われているものであり、しかも、施行地区内の宅地所有者等の権利は、換地処分の公告がある日まで、その制限を継続的に課され続けるのである。
そうすると、施行地区内の宅地所有者等は、事業計画の決定がされることによって、前記のような長期間にわたる土起工区画整理の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされるということができるので、その法的地位に直接的な影響が生ずるものというべきであり、事業計画の決定に伴う法的効果が一時的なものにすぎないということはできない。
もとより、換地処分を受けた宅地所有者やその後に換地処分を受けた宅地所有者等は、当該換地処分等を対象として取消訴訟を提起することができるが、換地処分等がされた段階では、実際上、既に工事等も進ちょくし、当該事業計画が具体的に定められるものであるから、その時点で事業計画の違法を理由として当該換地処分等を取り消した場合には、事業全体に対し著しい混乱をもたらすことになりかねない。それゆえ、換地処分等の取消訴訟において、宅地所有者等が事業計画の違法を主張し、その目的を達することは、事実上、きわめて困難であるといわざるを得ない。
したがって、換地処分がされるまでの間における段階ではあるが、宅地所有者等の権利義務に直接影響が生ずることが可能であるとしても、宅地所有者等の権利義務に対する制約が十分に対処されるとはいい難い。そうすると、事業計画の適否が争われる場合、実効的な権利救済を図るためには、事業計画の決定がされた段階で、これを対象とした取消訴訟の提起を認めることに合理性がある。
2. 以上によれば、市町村の施行する土地区画整理事業の事業計画の決定は、施行地区内の宅地所有者等の法的地位に直接変動をもたらすものであって、抗告訴訟の対象とするに足りる法的効果を有するものということができ、実体的な権利義務を画するという観点から見ても、上記計画の決定は、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁のその他公権力の行使に当たる行為」に該当すると解するのが相当である。

【解説】
土地区画整理事業の事業計画の決定が抗告訴訟の対象となるかについて、従来の判例は、事業計画は特定の個人の権利義務に直接変動をもたらすものではなく、事業計画は特定の個人の権利義務を決定した最終的な処分ではない、事業の準備的行為にすぎないこと等を理由に否定していました(最大判昭41.2.23)。本判決は、従来の判例を変更し、事業計画の決定が抗告訴訟の対象となることを認めました。

【この分野の重要判例】
◆保育所の廃止条例の処分性(最判平21.11.26)
市町村は、保護者の労働又は疾病等の事由により、児童の保育に欠けるところがある場合において、その児童の保護者から入所を希望する保育所等を記載した申込書を提出しての申込みがあったときは、各児童のすべてが入所すると適切な保育の実施が困難になるなどのやむを得ない事由がある場合に入所児童を選考することができること等を避ければ、その児童を当該保育所において保育しなければならないとされている(児童福祉法24条1項〜3項)。平成9年法律第74号による児童福祉法の改正がこうした仕組みを採用したのは、女性の社会進出や就労形態の多様化に伴って、乳幼児期の保育時間の延長を始めとする多様なサービスの提供が必要となった状況を踏まえ、保育所の選択の可能性を極力保障し、希望どおりの入所を図らなければならないこととして、保護者の選択を従来どおり確保したものと解される。そして、前記のとおり、市においては、保育所への入所を希望する児童の保護者が、保育所の実施期間が満了するまで(同法33条の4参照)、保育所の実施期間が満了するまで継続するものである。そうすると、特定保育所で現に保育を受けている児童及びその保護者は、保育の実施期間が満了するまでの間は当該保育所における保育を受けることを期待しうる法的地位を有するものということができる。
ところで、公の施設の設置・廃止を規定するものは、市町村長の担任事務であることが必要とされている(同法244条の2)。条例の制定は、普通地方公共団体の議会が行う立法作用に属するから、一般的には、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものではないというべきでもないが、本件改正条例は、各保育所の廃止のみを内容とするものであって、他に処分行政庁の処分を待つことなく、その施行により各保育所廃止の効果を発生させ、当該保育所に入所中の児童及びその保護者という限られた特定の者らに対して、直接、当該保育所において保育を受けることを期待し得る法的地位を奪う結果を生じさせるものであるから、その制定行為は、行政庁が法の執行として行う処分と実質的に同視し得るものということができる。
また、市町村の設置する保育所で保育を受けている児童又はその保護者から、保育の実施期間が満了するまでの間に保育を受ける必要性がなくなった場合等の特定の事由がない限り、市町村は、在所中の児童が当該保育所における保育を受ける権利を一方的に消滅させ得るものとは解されない。そして、市町村が設置する保育所における保育の実施は、児童福祉法上、市町村が実施すべきものとされた事項に当たることは明らかであり、前記のような仕組みの下で、保育所において保育を受けている児童の保護者は、保育の実施期間が満了するまでの間は、当該保育所で保育を受けることを期待しうる法的地位を有する。

…所を廃止する条例の効力を争って、当該市町村を相手に当事者訴訟ないし民事訴訟を提起し、勝訴判決や保全命令を得たとしても、これらは訴訟の当事者である当該児童又はその保護者とその市町村との間でのみ効力を生ずるにすぎないから、これらを受けた市町村としては当該保育所を存続させるかどうかについての究極の対応に別に当たるのであり、処分の取消判決や執行停止の決定に第三者効(行政事件訴訟法32条)が認められている取消訴訟において当該条例の制定行為の違法性を争い得る手段とすることには合理性がある。
以上によれば、本件改正条例の制定行為は、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると解するのが相当である。

【解説】
本件は、Y(横浜市)がその設置する保育所を廃止する条例を制定したことについて、当該保育所で保育を受けていた児童およびその保護者であるXらが、本件条例の制定行為はXらが選択した保育所において保育を受ける権利を違法に侵害するものであるであると主張して、その取消しを求める訴えを提起したという事案です。本判決は、立法作用である条例制定行為は、一般的には、抗告訴訟の対象となる行政庁の処分に当たらないとした上で、本件改正条例が特定の保育所の廃止という1回的な行為を内容とするものであること等から、本件条例制定行為を行政庁の処分と実質的に同視して抗告訴訟の対象となるとしました。

【過去問】

市町村の施行に係る土地区画整理事業計画の決定は、事業施行地区内の宅地所有者等に対する権利を制約し換地処分の効果を生じさせる等、その法的地位に直接的な影響を及ぼし、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当する。(行政書士2022年)

特定の保育所を廃止する内容の条例を制定する行為は、他に市行政庁の処分を待つことなく、その施行により保育所に入所中の児童およびその保護者が受けることを期待し得る法的地位を奪う結果を生じさせるものであるから、その制定行為は行政処分に該当し、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当する。(行政書士2022年)

1. ○ 市町村の施行に係る土地区画整理事業計画の決定は、事業施行地区内の宅地所有者等の法的な地位に変動をもたらすものであって、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当します。

2 原告適格
小田急高架訴訟(最大判平17.12.7)

【事件の概要】
A建設大臣(現国土交通大臣)は、輸送力の増強と踏切道による渋滞の解消を図るため、東京都に対し、都下を走る私鉄の一部区間を立体交差化することを内容とする都市計画事業(本件鉄道事業)を認可した。

【判例ナビ】
本件鉄道事業の事業地周辺に居住し、事業地内の不動産に対する権利を有していないXらは、Aの事業を審査したY(関東地方整備局長)に対し、本件鉄道事業認可の取消しを求める訴訟を提起しました。第1審はXの請求を一部認容しましたが、控訴審は、Xの請求を棄却しました。そこで、Xが上告しました。

■裁判所の判断

行政事件訴訟法9条は、取消訴訟の原告適格について規定するが、同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者というべきであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
そして、処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し、この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し、当該利益の内容及び性質並びにこれが当該処分によって侵害されることとなる内容及び程度をも勘案すべきものである(同条2項参照)。

上記の見地に立って、まず、Xが本件鉄道事業認可の取消しを求める原告適格を有するか否かについて検討する。
(1) 都市計画事業の認可は、都市計画事業の内容が都市計画に適合することを基準としてされるものであるところ、…都市計画に関する都市計画法の規定に加えて、…公害対策基本法等の規定の趣旨及び目的を参酌し、併せて、都市計画法66条が、認可の告示があったときは、施行者に、事業の概要について事業地及びその付近の住民に説明し、意見を聴取する等の措置を採ることを義務付けていること等の事業の施行について事業者の努力の義務があることをうかがわせるものであり、都市計画事業の認可に関する同法の規定は、事業に伴う騒音、振動等によって、事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境の被害が発生することを防止してもって事業も健康又は生活環境を保全し、良好な生活環境を保全することも、その趣旨及び目的とするものと解される。
(2) 都市計画法又はその関係法令に違反した違法な都市計画の決定又は変更を基礎として都市計画事業の認可がされた場合には、そのような事業に起因する騒音、振動等による被害が、事業地の周辺の一定範囲の地域に居住する住民に、その程度も大きく、居住地域が特定するにつれて増大するから、この事業地の周辺地域に居住する住民が、当該認可に関連して、このような騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受ける場合には、その被害が、事業地の周辺地域に居住する住民に対し、違法な事業の認可の取消しを求める原告適格を有する。

ような健康又は生活環境に係る著しい被害を受けないという具体的な利益を保護しようとするものと解されるところ、前記のような被害の内容、程度、質等に照らせば、この具体的利益は、一般の公益の中に吸収解消させることが困難なものといわざるを得ない。
(3) 以上のように都市計画事業の認可に関する都市計画法の規定の趣旨及び目的、これらの規定が都市計画事業の認可の制度を通じて保護しようとしている利益の内容等を考慮すれば、同法は、これらの規定を通じて、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るなどの公益の実現を目的とするにとどまらず、騒音、振動等によって健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのあるものとして、そのような被害を受けるという利益を保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。したがって、都市計画事業の事業地の周辺に居住する住民のうち当該事業が実施されることにより騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は、当該事業の認可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有するものといわなければならない。
(4) 以上の見解に立って、本件鉄道事業認可の取消しを求める原告適格についてみると、…Xは、…本件鉄道事業に係る路線が団地内に居住しているといえるのである。そして、…都市計画と本件鉄道事業の実施との距離関係などに加えて、東京都建築条例第2条の5の規定が適用する対象事業を実施しようとするその周辺地域の住民に対し当該事業の実施が環境に著しい影響を及ぼすおそれがある地域として東京都知事が定めてあるものとを考慮すれば、Xについては、本件鉄道事業が実施されることにより騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者に当たると認められるから、本件鉄道事業認可の取消しを求める原告適格を有するものと解するのが相当である。

【解説】
従来の判例(最判平11.1.25)は、都市計画事業認可の取消訴訟の原告適格を事業地内の不動産につき権利を有する者に限って認めていました。本判決は、従来の判例を変更し、事業地内の不動産につき権利を有しなくても、本件鉄道事業が実施されることにより騒音、振動等による健康または生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者に原告適格を認めました。

【この分野の重要判例】
◆場外車券発売施設設置許可処分の原告適格(最判平21.10.15)

一般的に、場外施設が設置、運営された場合に周辺に居住しうる住民が被る可能性のある被害は、交通、風紀、教育など生活環境の悪化であって、その設置、運営により周辺住民に、直接、個別の住民等の身体の安全や健康が著しく脅かされたり、その財産に著しい被害が生じたり…

…する蓋然性が生まれることは想定し難いところである。そして、このような生活環境に関する利益は、基本的には、公衆に一般的に開かれた利益というべきであって、法令に特段の定めがないにもかかわらず、当該地域に居住するという事実のみによって、周辺住民に個別の利益としてこれが保護されるべきものと解することは困難といわざるを得ない。
2. 位置基準*は、場外施設が医療施設等から相当の距離を有し、当該場外施設において車券の発売等の事業が行われた場合に多数に上る熱狂が生じ著しい支障を及ぼすおそれがないことを、その設置許可の要件の一つとして定めるものである。場外施設の設置、運営されることに伴う上記の支障は、基本的には、その周辺に所在する医療施設等を利用する児童、生徒、患者等の不特定多数者に生じ得るものであって、かつ、それらの支障を除去することは、心身共に健全な青少年の育成や公衆衛生の向上及び増進といった公益的な処理ないし調和を強くうかがわせるものである。そして、当該場外施設の設置、運営に伴う上記の支障が著しいものといえるか否かは、単に個々の医療施設等に着目して判断されるべきものではなく、当該場外施設の設置予定地及びその周辺の地域的特性、医療施設の種類・学区やその分布状況、医療施設等の規模・診療科目やその分布状況、当該場外施設の設置、運営された場合に予想される周辺環境への影響等の事情をも考慮し、長期的観点に立って総合的に判断されるべき事柄である。…法及び規則が位置基準によって保護しようとしているのは、第一次的には、上記のような不特定多数者の利益であるところ、それは、性質上、一般的に公益的な利益であって、位置基準を基礎づけるには足りないものでないといわざるを得ない。したがって、場外施設の周辺において居住し又は事業(医療施設等に準ずる事業を除く)を営むにすぎない者や、医療施設等の利用者は、位置基準を根拠として場外施設の設置許可の取消しを求める原告適格を有するものと解される。
3. もっとも、場外施設は、多数の来場者が参集することによってその周辺に享受的な雰囲気を醸成し、穏やかな環境をもたらすものであるから、位置基準は、そのような環境の変化によって周辺の医療施設等の開設者が受ける教区は保健衛生上にかかわる業務上の支障について、単に周辺住民の生活及び営業が大いなるものとして、その支障が著しいものである場合に当該場外施設の設置の許可をし、医療施設等の開設者の営業の自由を害することを許さない趣旨であると解することができる。したがって、当該場外施設の設置、運営に伴い著しい業務上の支障が生ずるおそれがあると位置的に認められる区域に医療施設等を開設する者は、位置基準を根拠として当該場外施設の設置許可の取消しを求める原告適格を有するものとされる。そして、このような見地から、当該場外施設の開設者が上記の原告適格を有するか否かを判断するに当たっては、当該場外施設の設置、運営された場合にその規模、周辺の交通等の地理的状況から合理的に予測される…

*場外施設の設置許可基準の一つ(自転車競技法施行規則1条1項5号)。大学及び病院、診療所、助産所等の施設から相当の距離を有し、静穏な環境を害するおそれがないものであることが必要とされている。

…来場者の流れや滞留の状況等を考慮して、当該医療施設等が上記のような区域に所在しているか否かを、当該場外施設と当該医療施設等との位置関係を中心として社会通念に照らし合理的に判断すべきものと解するのが相当である。
4. これを本件について見ると、…X1は、本件敷地の周辺から約400m離れた場所に医療施設を開設する者であり、本件敷地周辺の地理的状況等にかんがみると、当該医療施設が本件施設の設置、運営により保健衛生上著しい支障を来すおそれがあると位置的に認められる区域内に所在しているとは認められないから、X1は、位置基準を根拠として本件許可の取消しを求める原告適格を有しないと解される。これに対し、Y2は、いずれも本件敷地の周辺から約120mないし200m離れた場所に医療施設を開設する者であり、前記の考慮要素を勘案することなく上記の原告適格を有するか否かを的確に判断することは困難というべきである。
5. 次に、周辺環境調和基準**は、場外施設の規模、構造及び設備並びにこれらの配置が周辺環境と調和したものであることをその設置許可要件の一つとして定めるものである。同基準は、場外施設の規模が周辺に所在する建物とそぐわないほど大規模なものであったり、いたずらに不安をあおる外観を呈しているなどの場合に、当該場外施設の設置を不許可とする旨を定めたものであって、良好な環境を統一的に保護し、都市環境の悪化を防止するという公益的見地に立って促したと解される。同基準が、場外施設周辺の居住者の調和を求める趣旨を含むと解しうるとしても、そのような観点からする利益は、基本的に、用途の異なる建物の混在を許容し市街地の形成を図るという一般的公益を実現する中で吸収解消しうるものである。「周辺環境と調和したもの」という文言自体、甚だ漠然とした定めであって、位置基準が上記のように具体的な要件を明確に定めているのと比較して、そこから、場外施設の周辺に居住する者等の具体的利益を個々人の個別的利益として保護する趣旨を読み取ることは困難といわざるを得ない。
したがって、Xら2は、周辺環境調和基準を根拠として本件許可の取消しを求める原告適格を有するということはできないというべきである。

【解説】
本件は、経済産業大臣が、自転車競技法5条に基づいて場外車券販売施設(場外施設)の設置許可をしたところ、…

…病院XYZおよび周辺居住者A等(Xら)が設置許可の取消しを求めて訴えを提起したという事案です。本件では、位置基準を根拠にXらの原告適格が認められるかどうかが問題となりました。本判決は、位置基準によって保護されるのは、第一次的にはホールの公益に属する不特定多数の利益であるとして、Xらのうち、周辺居住者と医療関係者以外の者の原告適格を否定しました。これに対し、医療施設開設者については、位置基準は著しい業務上の支障が生ずるおそれがあると位置的に認められる区域に医療施設等を開設する者も保護するとしました。しかし、医療施設開設者の個別的利益も保護する趣旨を読み取ることはできないとして、これに根拠に基づく原告適格を認める趣旨を読み取ることはできないとして、これに根拠に基づく原告適格を認める。なお、周辺環境調和基準については、本判決は、良好な風俗環境を一般的に保護し、都市環境の悪化を防止するという公益的見地に立って基準であり、周辺居住者等の個別具体的な利益を保護する趣旨を読み取ることはできないとして、これに根拠に基づく原告適格を認める。

【過去問】

都市計画事業の認可に関する都市計画法の規定は、事業地の周辺に居住する住民の具体的利益を保護するものではないため、これらの住民であって騒音、振動等による健康または生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのあるものであっても、当該事業認可の取消しを求める原告適格は認められない。(行政書士2021年)

自転車競技法に基づく場外車券発売施設の設置許可の処分を定めて定められている位置基準は、用途の異なる建物の混在を許容し市街地の形成を図るという一般的公益を保護するにすぎないから、当該場外施設の周辺区域に医療施設を開設する者であっても、位置基準を根拠として当該設置許可の取消しを求める原告適格は認められない。(行政書士2014年)

1. × 都市計画事業の認可に関する都市計画法の規定は、騒音、振動等によって健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある個々の住民に対し、そのような被害を受けないという利益を個々の利益としても保護すべきものとする趣旨を含みます。したがって、都市計画事業の事業地の周辺に居住する住民に、著しい被害を受けるおそれのある者は、当該事業の認可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、都市計画事業認可の取消しを求める原告適格を認める。
2. × 位置基準は、一般的公益を保護する趣旨に加えて、業務上の支障が具体的に生ずるおそれのある医療施設等の開設者が健全で静穏な環境の下で円滑に業務を行うことのできる利益を、個々の開設者の個別的利益として保護する趣旨をも含みます。したがって、当該場外施設の設置、運営に伴い著しい業務上の支障が生ずるおそれがあると位置的に認められる区域に医療施設等を開設する者は、位置基準を根拠として当該場外施設の設置許可の取消しを求める原告適格を有します(最判平21.10.15)。

3 訴えの利益
建築確認と訴えの利益(最判昭59.10.26)

【事件の概要】
Y(仙台市建築主事)は、Aの申請に基づいて、本件土地上に建築する本件建物について、建築確認(建築基準法6条1項)をした。これに対し、本件土地に隣接する土地に居住するXは、本件建築確認は違法であるとして、Z(仙台市建築審査会)に対して審査請求をしたが、棄却裁決を受けたので、本件建築確認の取消しを求める訴えを提起した。

【判例ナビ】
第1審はXの訴えを却下し、控訴審も控訴を棄却したため、Xが上告しました。

■裁判所の判断
建築確認は、建築基準法6条1項の建築物等の工事が着手される前に、当該建築物の計画が両者の関係で「適法」でないということを公権的に判断する行為であって、それを受けなければ工事をすることができないという法的効果が付与されている建築確認済証の法的効果を失わせるものであるから、建築基準関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止することを目的としたものということができる。しかしながら、右工事が完了した後における建築主事等の検査は、当該建築物及びその敷地が建築基準関係規定に適合しているかどうかに基準を集中し、同じく特定行政庁の違反是正命令は、当該建築物及びその敷地が建築基準法並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合しない場合にその是正を命ずるものであり、いずれも当該建築物及びその敷地が建築基準関係規定に適合したものであるか否かを基準とし、いずれも当該是正命令を発するかどうかは、特定行政庁の裁量にだねられているから、建築確認の存在は、検査済証*の交付を拒否し又は違反是正命令を発する上においての法律上の障害とならないので、法は、違反建築主事を是正命令を発すべきか否かを判断するに当たり、建築確認の存在を斟酌し、それをしなければ右工事をすることができないという法的効果を付与されているにすぎない建築確認の法的効果を覆し得るものであると解されるから、当該工事が完了した後においては、建築確認の取消しを訴える訴えの利益は失われるものといわざるを得ない。
これに対し、本件について、原審の適法に確定したところによれば、本件各建築確認に係る各建築物は、その工事が既に完了しているというのであるから、今において本件各建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われたものといわなければならない。

*建築物の敷地、構造、設備に関する法律。
**建築主事又は命令若しくは条例の規定に違反して建築物の建築その他の行為をした場合、特定行政庁が、建築主等に対し、当該建築物の除却・移転・改築・増築・修繕・使用禁止・使用制限その他当該違反の是正のために必要な措置をとることを命ずること(建築基準法9条1項)。
***建築工事の完了後の検査に合格した建築物について、建築主事が建築主に対して交付する証書(建築基準法7条5項)。

解説
本件では、Xが訴えを提起した時には、すでに建物は完成して使用されていた。そこで、Yは、建物が完成している以上、Xには建築確認の取消しによって回復すべき法律上の利益がないと主張し、訴えの利益の有無が問題となりました。判決は、建築確認には、それがないと工事ができないという効果が生じるだけであり、工事が完了するとその効果は消滅するので訴えの利益は失われるとしました。

この分類の重要判例
建築停止処分後の期間経過後における訴えの利益(最判平7.3.3)
行政処分は、行政官庁におけるその後の雑多な処理と運用の便宜を図り、もって国民の権利利益の保護に資することをその目的とし(1条1項)、行政庁は、不利益処分をするかどうか又はどのような不利益処分とするかについてその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準である処分基準(12条1項)を定め、かつ、これを公にしておくように努めなければならないものと規定している(12条1項)。
上記のような行政手続法の規定の文言や趣旨等に照らすと、同法12条1項に基づいて定められ公にされている処分基準は、単に行政庁の行政運営上の便宜のためにとどまらず、不利益処分に係る判断過程の公正と透明性を確保し、その相手方の権利利益の保護に資するとともに、法を初めとする行政運営の適正化を図るものであり、もとより、行政庁が同項の規定により定めて公にしている処分基準において、各号の事由を定めた趣旨に反して、その適用を誤ったり、また、処分基準において定められている量定の範囲を逸脱し又は濫用した場合には、当該処分に量定を定める裁量権の範囲を超える違法がある場合に、当該処分の相手方が処分に定めるべき処分の内容や程度を事前に知り得るように、当該処分の判断過程の公正と透明性の確保という観点から、当該処分基準の内容に反する処分の程度や内容に応じて、その後の行政における処分基準の定めと異なる取扱いをすることを正当と認めるべき特段の事情がない限り、そのような取扱いを裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たることとなるものと解され、この意味において、当該行政庁の処分における裁量の程度は当該処分基準に従って行使されるべきことが要請されており、処分を受けた者が後に処分の対象となるときは、上記特段の事情がない限り当該処分基準の定めにより所定の量定の恩恵が与えられることになるということができる。
以上に鑑みると、行政手続法12条1項の規定により定められ公にされている処分基準において、先行の処分を受けたことを理由として後行の処分に係る量定を加重する旨の不利益な取扱いを定める部分がある場合には、当該先行の処分を受けた者は、当該部分の適用により、将来において、上記恩恵が与えられないことによる不利益な効果を受けるべき立場に立たされることになるから、先行の処分に付された処分の期間の経過によりその効果がなくなった後においても、当該処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有するものと解するのが相当である。
そうすると、本件においては、行政手続法12条1項の規定により定められ公にされている処分基準である本件処分の定めに従うと、後行の営業停止処分における期間の量定が加重されるべき本件処分において3年の期間が経過してもなお当該処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有するものというべきである。

解説
本件は、過去3年以内に営業停止処分を受けた風俗営業者に対して営業停止命令を行う場合には営業停止期間を加重することを内容とする処分基準(行政手続法12条)に基づいて旧日の営業停止処分の取消しを求める訴えの利益を認めたものです。Xは、40日間の旧日の利益を訴求によりその処分の効果がなくなった後も、処分後3年間は取消訴訟に係る訴えの利益を有するとした。

とした。

過去問
1 建築基準法に基づく建築確認は、それを受けなければ建築物の建築等の工事をすることができないという法的効果を付与されているにすぎないものというべきであるから、当該工事が完了した場合には、建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われる。(公務員2021年)
2 風俗営業者に対する営業停止処分が営業停止期間の経過により効力を失った場合、行政手続法に基づいて定められ公にされている処分基準に、先行の営業停止処分の存在を理由として将来の営業停止処分を加重する旨が定められているとしても、風俗営業はその他の法令において、過去に同法に基づく営業停止処分を受けた事があることをもって将来別の処分をする場合の加重要件とすることや、不利益な事由として考慮し得ると定める規定は存在しないから、当該風俗営業者には、当該営業停止処分の取消しを求める訴えの利益は認められない。(公務員2021年)

1 ○ 建築確認は、それを受けなければ工事をすることができないという法的効果を付与されているにすぎません。したがって、当該工事が完了した後には、建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われます(最判昭59.1.20)。
2 × 行政手続法12条1項により定められ公にされている処分基準に、先行の処分を受けたことを理由として後行の処分に係る量定を加重する旨の不利益な定めがある場合には、先行の処分を受けた者が当該処分を受けた後、将来において後行の処分に当たる処分対象となり得るときは、先行の処分に当たる処分の効果期間の経過によりなくなった後においても、当該処分の取消しによって不利益な取扱いを受けるべき期間内はなお当該処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有します。したがって、当該風俗営業者には、当該営業停止処分の取消しを求める訴えの利益が認められる場合があります(最判平27.3.3)。

競願関係と訴えの利益 (最判昭43.12.24)
■事件の概要
Xは、テレビ放送局を開設するため、Y電気大臣(現総務大臣)に免許の申請をした。これに対し、Yは、同一の周波数について免許の申請をしている他の者も含めて審査をし、Aに予備免許を与え、Xの申請を拒否した。そこで、Xは、自己に対する免許拒否処分ならびにAに対する予備免許処分の取消しを求めて異議申立てをした。

判例ナビ
Yは、Xの異議申立てを棄却する決定をしました。そこで、Xは、異議申立て棄却決定の取消しを求める訴えを提起しました。原審がXの請求を認容したため、Yが上告しました。■裁判所の判断
1 XとAとは、係争の同一周波数をめぐって競願関係にあり、Yは、XよりAを優位にあるものと認めて、これに予備免許を与え、Xにはそれを与えなんだもので、Xに対する拒否処分とAに対する免許付与とは、表裏の関係にあるものである。そして、Yが右拒否処分に対しした異議申立てをしたのに対し、Yは、電波監理審議会の議決した決定案に基づいて、これを棄却する決定をしたものであるが、これが確定の登記を理由により免許を与えないとして取り消された場合には、Yは、右確定の登記の白紙の状態に立ち返り、あらためて審査しなおし、Xの申請とYの申請とを比較して、はたしていずれを可とすべきか、その優先の順位について判定(決定についての議決)を求め、これに基づいて異議申立てに対する決定をなすべきである。すなわち、本件のごとき場合においては、自己に対する拒否処分の取消しを訴求しうる者(すなわち、申請者Y)に対する免許処分の取消しを訴求しうる(ただし、いずれも議決を経てされるものであるので、費用の対象は異議申立てに対する決定があるとするのがいずれの場合においても、自己の申請が認められることを理由とする場合には、申請の優先に関する議決がXの申請をいずれもその目的を同一にするものであるから、免許処分の取消しを訴求する場合はもとより、拒否処分の取消しを訴求する場合にも、Yによる再審査の結果によっては、Aに対する免許を取消し、Xに対し免許を与えうるものでありうるのである。
したがって、論旨が、本件訴訟の法定取消しが当然にAに対する免許の取消しを意味するものでないことを理由に本件の利益を否定するのは早計であって、採用しえない。
2 競願者に対する免許処分(異議申立て棄却決定)の取消訴訟において、…期間満了後も免許免許委員会、同29条(経済的基礎に係る部分に限る。)及び4号に規定する基準の適用について

が付与されず、免許が完全に失効した場合には格別として、期間満了後ただちに再免許が与えられ、継続して事業が維持されている場合には、これを前記の免許失効の場合と同様に考えて、訴えの利益を否定することは相当でない。けだし、訴えの利益の有無という観点からすれば、競願者に対する免許処分の取消しを訴求する場合にもちろん、自己に対する拒否処分の取消しを訴求する場合においても、当初の免許期間の満了がただちには、たんなる形式にすぎず、免許期間の更新とその実質において異なるところはないと認められるからである。

解説
1 本判決は、Xに対する拒否処分とAに対する免許処分が表裏の関係にあることから、Xは、自己に対する拒否処分の取消しを求めることでも、Aに対する免許処分の取消しを求めることもできることを明らかにしました。
2 通常、訴訟係属中に免許期間が満了すると、免許自体が存在しなくなるので、訴えの利益も消滅します。しかし、本件の場合、期間満了後直ちに再免許が与えられ、Aの事業が継続されていることから、本判決は、訴えの利益は消滅しないとしました。

4 その他

無効等確認訴訟 (最判平4.9.22)
■事件の概要
Y(内閣総理大臣)は、A(動力炉・核燃料開発事業団。以下、動燃)が建設しようとしていた高速増殖炉「もんじゅ」(本件原子炉)について、原子炉設置許可処分(本件設置許可処分)を行った。これに対し、同原子炉の建設に反対するXらは、Aに対する本件原子炉の建設・運転の差止めを求めるとともにYに対する本件設置許可処分が無効であることの確認を求める訴え(本訴請求)を併合提起した。■判例ナビ
第1審は、無効確認訴訟についてのみ、訴えの利益を欠くとして却下判決を下しましたが、控訴審は、無効確認の訴えの利益を認めたものの、Xらのうち本件原子炉から半径20キロメートルの範囲外に住居を有する者の原告適格を認めませんでした。そこで、X Y双方が上告しました。

■裁判所の判断
1 行政事件訴訟法9条は、取消訴訟の原告適格について規定するが、同条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的な公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである…。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである。
行政事件訴訟法36条の「法律上の利益を有する者」についても、右の取消訴訟の原告適格の場合と同様に解するのが相当である。
(2) 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(規制法)は、原子力基本法の精神にのっとり、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の利用が平和の目的に限られること、及び核燃料物質の利用が計画的に行われることを確保するとともに、これらによる災害を防止し、及び核燃料物質を防護して、公共の安全を図るために、製錬、加工、再処理及び廃棄の事業並びに原子炉の設置及び運転等に関する必要な規制等を行うことなどを目的として制定されたものである(1条)。規制法23条1項に基づく原子炉の設置の許可申請は、同条各号所定の区分の別に応じ、主務大臣に対して行われるが、主務大臣は、右許可申請が同法24条1項各号に適合していると認めるときでなければ許可をしてはならず、また、右許可申請が同号に適合しているか否かは、同項1号、2号及び3号(経済的基礎に係る部分に限る。)に規定する基準の適用については原子力委員会、同項3号(技術的能力に係る部分に限る。)及び4号に規定する基準の適用については

は、核燃料物質及び原子炉に関する安全の確保のための規制等を所管する原子力安全委員会の意見を聴き、これを十分に尊重してしなければならないものとされている(24条)。同法24条1項各号所定の許可基準のうち、3号(技術的能力に係る部分に限る。)は、当該申請者が原子炉を設置するために必要な技術的能力及びその運転を適確に遂行するに足りる技術的能力を有するものか否かであり、4号は、当該申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備が、核燃料物質(使用済燃料を含む。)、核燃料物質によって汚染された物(核分裂生成物を含む。)又は原子炉による災害の防止上支障がないものであるか否かであり、構造、設備への言及は、原子炉設置の許可の基準として、右の技術的能力に係る部分(技術的能力に係る部分に限る。)及び4号が設けられた趣旨は、原子炉が、核分裂の過程において莫大なエネルギーを放出するウラン等の核燃料物質を燃料として使用する装置であり、その構造も複雑になり、内部に多量の人工的に有害な放射性物質を発生させるものであって、原子炉施設の安全性確保が万全でなければ、運転に伴う異常な事態の発生により、その技術的能力を欠くとき、又はその構造、設備に起因して、深刻な原子力災害を発生させ、その周辺住民の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、右災害が万が一にも起こらないようにするため、原子炉設置の許可段階で、原子炉の利用がもたらす右のような技術上の利用の可能性があり、かつ、原子炉施設の構造、設備が安全審査をし、右において所定の技術的能力があり、かつ、原子炉施設の構造、設備が許可基準に適合しないと認められる場合には、当該原子炉の設置を許可してはならないとしたものである。そして、同法24条1項3号所定の技術的能力及び4号所定の安全性に関する各審査に過誤、欠落があった場合には、重大な原子炉事故が起こる可能性があり、事故が起こったときには、原子炉施設に近い住民ほど被害を直接かつ甚大なものとし、その程度は事故の程度により直接的かつ重大なものとなるのであって、特に、原子炉施設の近くに居住する者の生命、身体等の直接的な被害の甚大さを考慮すると、右3号(技術的能力に係る部分に限る。)の基準、右4号の安全性に関する基準を考慮したもので、技術的能力及び安全性が確保されるものと認められる。右3号の基準を考慮して、技術的能力に係る部分に過誤がある。右4号の設けられた趣旨、右各号が考慮している被害の性質等にかんがみると、右各号は、単に公益の生命、身体の安全、環境上の利益を保護しようとする趣旨にとどまらず、原子炉施設周辺に居住し、右事故等がもたらす災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。
そして、当該住民が居住する地域が、前記の原子炉事故等による災害により直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域であるか否かについては、当該原子炉の種類、構造、規模等の当該原子炉に関する具体的な諸条件を考慮に入れた上で、当該住民の居住する地域と原子炉の施設との距離関係を中心として、社会通念に照らして、合理的に判断すべきものである。

(3) 以上に照らして本件をみるのに、Xらは本件原子炉から半径1キロないし約15キロメートルの範囲内の地域に居住していること、Xらは本件原子炉から半径4キロメートルである高速増殖炉であり(規則23条1項4号)、その出力は28万キロワットであり、動力炉・核燃料事業団規則2条1項参照)、その熱出力は28万キロワットであり、炉心の燃料としてはウランとプルトニウムの混合酸化物が用いられ、炉内において毒性の強いプルトニウムの増殖が行われるものであること等が記録上明らかであって、かかる事実からすると、Xらは、いずれも本件原子炉の設置許可の際に右規制法24条1項3号(技術的能力に係る部分に限る。)及び4号の安全性に関する基準の適否が問題となる地域に居住する者というべきであるから、本件設置許可処分が無効確認を求める本訴請求において行政事件訴訟法36条の「法律上の利益を有する者」に該当するものと認めるのが相当である。
2 (1) 行政事件訴訟法36条は、無効等確認の訴えの原告適格について、当該処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分の存否を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り、提起することができると定めるが、無効等確認訴訟を提起し得る場合をできるだけ限定することができ、当該処分に基づき現在の法律関係に関する訴えによって、処分の効力を争うことによっても、当該処分に続く処分により生ずる損害の予防、処分によって失われた利益の回復、あるいは損失の補償を求めるなど、処分の無効を前提とする紛争を解決できる場合には、当該処分そのものの無効確認を求めるより簡明直截な訴訟手段であるべき場合をも考慮したものと解するのが相当である。
(2) 本件についてこれをみるのに、Xらは本件原子炉施設の設置者であるAに対する訴訟において本件原子炉の建設ないし運転の差止めを求める民事訴訟を提起しているが、右差止訴訟は、行政事件訴訟法という訴訟の類型が行政処分を前提とする現在の法律関係に関する訴えに該当するものであることなどをかんがみると、また、本件処分がされると直ちに想定される不可分なものであるXらが右差止訴訟の提起が可能であって無効確認訴訟を提起することができないと解した場合には、Xらが行政事件訴訟法上の想定する救済手段を欠くこととなって著しく不合理な結果となり得ない。

解説
本判決は、無効等確認訴訟の原告適格を基礎付ける「法律上の利益を有する者」(行政事件訴訟法36条)と取消訴訟の原告適格を基礎付ける「法律上の利益を有する者」(9条)の意義を同一に解することを明らかにしました。また、民事差止訴訟を提起していても、

等確認訴訟の訴えの利益があることを認めました。

この分類の重要判例
◆無効確認訴訟における原告の主張・立証責任 (最判昭42.4.7)
旧行政事件訴訟特例法のもとにおいても、また、行政事件訴訟法のもとにおいても、行政庁の裁量に任された行政処分の無効確認を求める訴訟においては、その無効確認を求める者において、行政庁の右行政処分をするにあたってした裁量権の行使がその範囲を超えまたは濫用にわたり、したがって、右行政処分が違法であり、かつ、その違法が重大かつ明白であることを主張、立証することを要するものと解するのが相当である。

解説
訴訟において、ある具体的事実を主張しないことによって受ける当事者の一方の不利益を主張責任といい、ある具体的事実の存否(真偽)が不明であることによって受ける当事者の一方の不利益を立証責任(証明責任)といいます。本判決は、無効確認訴訟において、行政庁の裁量権行使に逸脱・濫用があることの主張・立証責任が原告にあることを明らかにしました。

過去問
1 処分無効の類の類推である無効等確認の訴えは、処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達成することができない場合に限り提起することができる。例えば、内閣総理大臣が原子炉施設設置許可処分をした場合、原子炉の周辺に居住する原告らは、人格権に基づき原子炉施設の設置・運転の差止めを求める民事訴訟を提起することができるため、同原子炉の建設・運転の差止を求める民事訴訟を提起することができ、国を被告とする当該処分の無効確認訴訟を提起することはできない。(公務員2021年)

1 × 無効等確認の訴えは、処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達成することができない場合に限り提起することができます(行政事件訴訟法36条)。「処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達成することができない場合」には、当該処分に起因する紛争を解決するための争訟形態として、当該処分の無効を前提とする民事訴訟又は民事訴訟との比較において、当該処分の無効確認を求める訴訟のほうがより直截で適切な争訟形態であるといえるべき場合も含まれます。原子炉施設の設置者を被告として原子炉の建設・運転の差止めを求める民事訴訟は、

を被告とする原子炉設置許可処分無効確認訴訟と比較して、当該処分に起因する紛争を解決するための争訟形態としてより直截的で適切なものであるとはいえません。したがって、原子炉の周辺に居住する原告らは、原子炉施設の設置者を被告として原子炉の建設・運転の差止めを求める民事訴訟を提起することができるとしても、国を被告とする当該処分の無効確認訴訟を提起することができます(最判平4.9.22)。

差止訴訟 (最判平26.12.8)
■事件の概要
厚木基地(神奈川県)の周辺住民Xは、Y(国)に対し、自衛隊機の離着陸する騒音により精神的、身体的被害を受けているとして、厚木基地における一定の態様による自衛隊機の運航の差止めを求める訴えを提起した。

判例ナビ
第1審は、Xの請求を一部認容(毎日午後10時から翌日午前6時まで自衛隊機の運行差止め)し、控訴審もXの請求を一部認容(2016(平成28)年12月31日までの間、毎日午後10時から翌日午前6時まで自衛隊機の運行差止め)しました。そこで、X Y双方が上告しました。

■裁判所の判断
1 (1)行政事件訴訟法37条の4第1項の差止めの訴えの訴訟要件である、処分がされることにより「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるためには、処分がされることにより生ずるおそれのある損害が、処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく、処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要すると解するのが相当である
…。
(2) 第1審原告らは、…本件飛行場に離着陸する航空機の騒音により、精神的苦痛、睡眠妨害、聴取妨害及び健康被害の精神的苦痛や、不快感、健康被害への不安等を始めとする精神的苦痛を反復継続的に受けており、その程度は軽視し難いものというべきである。また、上記騒音の発生中に自衛隊機の運航が一定頻度で関与していることは否定し難い。また、上記騒音は、本件飛行場において内外の事情に応じて運航される航空機の離着陸が行われる際に発生するものであり、上記損害もそれに伴って反復継続して発生するもので、これを反復継続的に受けることにより蓄積していくおそれのあるものであるから、このような被害は、事後的にその違法性を争う取消訴訟による

る救済になじまない性質のものということができる。
(3) 以上によれば、第1審原告らの主張する…自衛隊機の運航により生ずるおそれのある損害は、処分がされた後に取消訴訟等を提起することなどにより容易に救済を受けることができるものとはいえず、本件飛行場における自衛隊機の運航の内容、性質を勘案しても、第1審原告らの自衛隊機に関する主張(請求権主張)に係る訴えについては、上記の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる。
2 防衛大臣は、我が国の防衛や公共の秩序の維持等の自衛隊に課せられた任務を確実かつ効果的に遂行するため、自衛隊機の運航に係る権限を行使するものと認められるところ、その権限の行使に当たっては、我が国の平和と安全、国民の生命、身体、財産等の保護に関する内外の情勢、自衛隊機の運航の目的及び必要性の程度、同運航により周辺住民にもたらされる騒音による被害の性質及び程度等の諸般の事情を総合考慮してされるべきものが、専門技術的な判断を要することが明らかであるから、上記の権限の行使は、防衛大臣の広範な裁量に委ねられているものというべきである。そうすると、自衛隊が設置する飛行場における自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限の行使が、行政事件訴訟法37条の4第5項の差止めの要件である、行政庁がその処分をすることがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められるときに当たるかについては、同権限の行使が、上記のような防衛大臣の裁量権の行使としてされることを前提として、それが社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められるか否かという観点から審査を行うのが相当であり、その検討に当たっては、当該飛行場において継続してきた自衛隊機の運航やそれによる騒音被害等に係る事実関係を踏まえた上で、当該飛行場における自衛隊機の運航の目的等に照らした公益性や公共性の性格及び程度、上記の自衛隊機の運航による騒音により周辺住民に生ずる被害の性質及び程度、当該被害を軽減するための措置の有無や内容等を総合考慮すべきものと解される。
3 (1) 行政事件訴訟法37条の4第5項は、裁量処分に関しては、行政庁がその処分をすることがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められるときに差止めを命ずる処分を定めるにとどめ、これとは、個々の事案ごとの具体的な事実関係の下で、当該処分をすることが行政庁の裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められることを差止めの要件とするものと解される。
(2) …本件飛行場において継続してきた自衛隊機の運航とそれによる騒音被害等に係る事実関係を前提とし、Xらに対する騒音被害の程度には高度なものと認められるが、他方で、本件飛行場における航空機運航には高度の公共性、公益性が認められ、本件飛行場から発する騒音に対する被害を軽減するための措置を講じているのであって、これらの事情を総合考慮すれば、本件飛行場において、将来にわたり上記の自衛隊機の運航が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められることは困難であるといわざるを得ない。したがって、本件飛行場における

る…自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限の行使が、行政事件訴訟法37条の4第5項の行政庁がその処分をすることがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められるときに当たると いうことはできないと解するのが相当である。

解説
本件では、差止訴訟の訴訟要件である「重大な損害を生ずるおそれ」(行政事件訴訟法37条の4第1項)の有無、さらに本案要件である行政庁の裁量権の逸脱・濫用(同条第5項)の有無、本件では、自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限行使の裁量権逸脱・濫用の有無が問題となりました。本判決は、「重大な損害を生ずるおそれ」については、その定義を明らかにした上で、Xらに「重大な損害を生ずるおそれ」があることを認めました。しかし、行政庁の裁量権の逸脱・濫用については、自衛隊機の運行に係る防衛大臣の権限行使に広い裁量を認め、裁量権の逸脱・濫用を否定しました。
なお、Xらは、米軍機の運行の差止めも求めていましたが、この点は、不適法であるとして却下されています。

過去問
1 いわゆる「厚木基地航空機運航差止訴訟」(最一小判平成28年12月8日民集70巻8号1833頁)では、周辺住民が自衛隊機の夜間運航の差止めを求める訴訟を提起できるかが争点となったところ、当該訴訟は抗告訴訟としての差止訴訟であるとされた。(行政書士2023年)

1 ○ いわゆる「厚木基地航空機運航差止訴訟」では、差止訴訟の訴訟要件である「重大な損害を生ずるおそれ」(行政事件訴訟法37条の4第1項)の有無が争点となり、最高裁は、これを認め、当該訴訟は法定の抗告訴訟としての差止訴訟として適法であるとされました(最判平28.12.8)。

無名抗告訴訟 (最判令元.7.22)
■事件の概要
陸上自衛官Xは、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国が存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態に際して内閣総理大臣が自衛隊の全部または一部の出動を命ずることができると規定する自衛隊法76条1項2号の規定は憲法に違反すると主張して、Y(国)に対し、Xが同号の規定による防衛出動命令(本件防衛出動命令)に服従する義務がないことの確認を求める訴え(本件訴え)を提起した。

判例ナビ
第1審は、確認の利益を欠くとして本件訴えを却下しましたが、控訴審は、本件訴えは、本件職務命令への不服従を理由とする懲戒処分の差止めの訴えを本件職務命令については本件防衛出動命令に服従する義務がないことの確認を求める訴えの形式に引き直した無名抗告訴訟であるとした上で、第1審判決を取り消して本件を第1審に差し戻しました。そこで、Yが上告しました。

■裁判所の判断
本件訴えは、本件職務命令への不服従を理由とする懲戒処分の予防を目的として、本件職務命令に基づく公的義務の不存在確認を求める無名抗告訴訟であると解されるところ、このような将来の不利益処分の予防を目的として当該処分の前提となる公的義務の不存在確認を求める無名抗告訴訟は、当該処分に係る差止めの訴えと目的が同じであり、請求が認容されたときには行政庁が当該処分をすることが許されなくなるという点でも、差止めの訴えと異ならない。また、差止めの訴えについては、行政庁がその処分をすべきでないことがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められること等の本案要件(本案の判断において請求が認容されるための要件をいう。以下同じ。)とされており(行政事件訴訟法37条の4第5項)、差止めの訴えに係る請求においては、当該処分の前提として公的義務の存否が問題となる場合には、その点も審理の対象となることとからすれば、上記無名抗告訴訟は、訴訟の形式の訴えで、差止めの訴えに係る本案要件の該非性を審理の対象とするものということができる。そうすると、同法の下において、上記無名抗告訴訟につき、差止めの訴えよりも緩やかな訴訟要件により、これが許容されているものとは解されない。そして、差止めの訴えの訴訟要件については、救済の必要性を基礎付ける前提として、一定の処分がされようとしていること(同法3条7項)、すなわち、行政庁によって一定の処分がされる蓋然性があることとの要件(以下「蓋然性の要件」という。)を満たすことが必要とされている。したがって、将来の不利益処分の予防を目的として当該処分の前提となる公的義務の不存在確認を求める無名抗告訴訟は、蓋然性の要件を満たさない場合には不適法というべきである。

解説
1 Xは、本件防衛出動命令に服従する義務がないことの確認を求める訴えとして提起していますが、本判決は、防衛出動命令は組織としての自衛隊に対する命令であり、個々の自衛官に対する命令ではないことから、本件訴えをXが本件職務命令に服従する義務がないことの確認を求める訴えととらえています。そして、その訴訟類型は、職務命令に服従しないことによって受ける懲戒処分を予防するために、職務命令に基づく公的義務が存在しないことの確認を求める無名抗告訴訟(抗告訴訟のうち行政事件訴訟法3条2項以下において個別の訴訟類型として法定されていないもの)であるとしました。
2 本件無名抗告訴訟の適法性について、本判決は、それが差止訴訟に似ている点に着目し、差止訴訟よりも緩やかな要件の下で本件無名抗告訴訟を認めることはできないとしています。そして、蓋然性の要件を検討することなく本件訴えを適法とした控訴審判決を破棄し、この点について審理を尽くさせるため、本件を控訴審に差し戻しました。