国家賠償法・損失補償
2025年11月19日
『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9
ガイダンス
国の行為によって私人に何らかの損害・損失が生じた場合、これを償うことを国家補償といいます。国家補償には、国の違法な行為によって生じた損害を賠償する国家賠償と国の適法な行為によって生じた損失を補償する損失補償があります。
国家賠償については、「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたとときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる」と規定する日本国憲法17条を受けて国家賠償法が制定されています。これに対し、損失補償は、個別の法令に基づいて行われるのが一般的ですが、法令に損失補償に関する規定がない場合であっても、直接憲法29条3項を根拠にして補償を請求することが可能です(最大判昭43.11.27)。
1 国家賠償法1条
学校事故と公権力の行使 (最判昭62.2.6)
■事件の概要
Y市立中学校の教諭Aは、3年生の体育の授業として、プールにおいて、飛び込みの指導をしていた際、スタート台に静止した状態で頭から飛び込む方法の練習で、上手く飛び込めない生徒が多いため、2、3歩助走をしてスタート台のプールの縁から飛び込む方法を1、2回させたのち、更に2、3歩助走をしてスタート台に上がってから飛び込む方法を指導した。生徒Xは、Aの指導に従って飛び込んだところ、プールの底に頭部を激突させ、重傷を負った。
判例ナビ
Xは、Yに対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を認容したため、Yが上告しました。
■裁判所の判断
1 国家賠償法1条1項にいう**「公権力の行使」**には、公立学校における教師の教育活動も含まれるものと解するのが相当であり、これと同様の原審の判断は、正当として是認することができる。
2 学校の教師は、学校における教育活動により生ずるおそれのある危険から生徒を保護すべき義務を負っており、危険を伴う技能を指導する場合には、事故の発生を防止するために十分な措置を講じるべき注意義務があると解すべきである。
本件についてこれをみるに、…Aは、中学校3年生の体育の授業として、プールにおいて飛び込みの指導をしていた際、スタート台に静止した状態で頭から飛び込む方法の練習では、水中深くもぐってしまう者、空中の姿勢が整わない者など未熟な生徒が多く、その原因は足のけりが弱いことにあると判断し、次の段階として、生徒に対し、2、3歩助走をしてスタート台脇のプールの縁から飛び込む方法を1、2回させたのち、更に2、3歩助走をしてスタート台に上がってから飛び込む方法を指導したものであり、Xは、右指導に従い最後の方法を練習中にプールの底に頭部を激突させる事故に遭遇したものであるところ、助走して飛び込む方法は、スタート台に静止してスタート台に上がってから行う方法は、踏み切りに際してのタイミングの取り方及び踏み切り位置の選定が難しく、踏み切る角度を誤った場合には、極端に体の上半身の落下角度を増し、空中での身体の制御が不可能となり、水中に進入しやすくなるのである。このことは、飛び込みの指導にあたって十分予見しうることであったというのであるから、スタート台に静止した状態での飛び込み方法についてさえ未熟な者、多くの生徒に対して右の飛び込み方法をさせることは、極めて危険であるから、原判示のような措置、配慮をすべきであったのに、それをしなかった点において、Aには注意義務違反があったといわなければならない。もっとも、Aは、生徒に対して、普段の練習の際にスタート台を使う場合は危険なことを警告しているが、生徒が新しい技術を習得する過程である中学校3年生であり、右の飛び込み方法に伴う危険性を十分理解していたとは考えられないので、そのように指示したからといって、注意義務を尽くしたことにはならないというべきである。
解説
本判決は、教育基本法(最判昭51.2.18)が、教師の教育活動が「公権力の行使」に含まれることを明らかにした点に意義があります。
この分類の重要判例
◆児童養護施設における事故と賠償責任(最判平19.1.25)
1 児童福祉法(以下「法」は、国及び地方公共団体が、保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負うと規定し(法2条)、その責務を果たさせるため、都道府県に児童相談所の設置を義務付け…、保護者のないか又は保護者による適切な養育が困難で期待できない児童(以下「要保護児童」という。)については、都道府県は、児童相談所の長の報告を受けて児童養護施設に入所させるなどの措置を採るべきことを(法27条1項3号)、…都道府県が3号措置により児童を児童養護施設(国の設置する施設を除く。)に入所させる場合に、入所に要する費用のほか、入所中の養育につき法45条に基づき厚生労働大臣が定める最低基準を維持するために要する費用は都道府県の支弁とし(法50条7号)、…児童養護施設の長は、親権者のない入所児童に対して親権を行い、親権者等のない入所児童についても、監護、教育及び懲戒に関し、その児童の福祉のため必要な措置を採ることができる(法47条)と規定する。
このように、法は、保護者による児童の養育保護について、国又は地方公共団体が後見的な責任を負うことを前提に、要保護児童に対して都道府県が有する権限及び責務を具体的に規定する一方で、児童養護施設の長が入所児童に対して監護、教育及び懲戒に関しその児童の福祉のため必要な措置を採ることを認めている。
上記のような法の規定及び趣旨に照らせば、3号措置に基づき児童養護施設に入所した児童に対する関係では、入所後の施設における養育保護は本来都道府県が行うべき事務であり、このような児童の養育保護に当たる児童養護施設の長は、3号措置に伴い、本来都道府県が有する公的な権限を委譲されてこれを都道府県のために行使するものと解される。
したがって、都道府県による3号措置に基づき社会福祉法人の設置運営する児童養護施設に入所した児童に対する当該施設の職員等による養育保護行為は、都道府県の公権力の行使に当たる公務員の職務行為と解するのが相当である。
2 国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずることとし、公務員個人は民法上の損害賠償責任を負わないこととしたものと解される…。この趣旨からすれば、国又は公共団体以外の者の被用者も第三者に損害を加えた場合であっても、当該被用者の行為が国又は公共団体の公権力の行使に当たるとして国又は公共団体が被害者に対して同項に基づく損害賠償責任を負う場合には、被用者個人が民法709条に基づく損害賠償責任を負わないのみならず、使用者も同法715条に基づく損害賠償責任を負わないと解するのが相当である。
解説
本件は、児童福祉法27条1項3号に基づく入所措置(3号措置)により児童養護施設に入所し、他の入所児童から暴行を受けて負傷したXが、県に対しては国家賠償法1条1項により、施設を運営する社会福祉法人に対しては民法715条により損害賠償を求める訴えを提起したという事案です。本判決は、児童養護施設における児童の養育保護は本来都道府県が行うべき事務であるから、当該施設の職員等による養育保護行為は都道府県の公権力の行使に当たるとして、県の国家賠償責任を認めました。これに対し、当該施設の職員等の不法行為責任(民法709条)と社会福祉法人の使用者責任(民法715条)はいずれも否定しました。
過去問
1 公立学校における教職員の教育活動は、私立学校の教育活動と変わるところはないため、原則として、国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」に当たらない。(行政書士2022年)
2 都道府県による児童福祉法の措置に基づき社会福祉法人の設置運営する児童養護施設において、国又は公共団体以外の者の被用者が第三者に損害を加えた場合、当該被用者の行為が公権力の行使に当たるとして国又は公共団体が国家賠償法に基づく損害賠償責任を負うときは、被用者個人は民法に基づく損害賠償責任を負わないが、使用者は民法に基づく損害賠償責任を負うとした。(公務員2020年)
1 × 公立学校における教職員の教育活動は、国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」に当たります(最判昭62.2.6)。
2 × 本問の場合、被用者個人の民法709条に基づく損害賠償責任を負わないだけでなく、使用者も民法715条に基づく損害賠償責任を負いません(最判平19.1.25)。
加害行為者・加害行為の特定 (最判昭57.4.1)
■事件の概要
A税務署に勤務する税務署職員Xは、国家公務員法及び税務職員服務規程等に基づいてA税務署長が実施した定期健康診断(本件健康診断)で胸部エックス線直接撮影による検診を受けた。Bは、健康診断の結果票に精密検査の必要がある旨の判定を受けたときには当該職員に対し精密検査を受けるよう指示し、現に精密検査の結果疾病の事実が明らかになれば当該職員の職務に関し健康保健上必要な措置をとるべき責務を有していた。しかしながら、前記胸部エックス線直接撮影で撮影されたフィルムにXが初期の肺結核に罹患していることを示す陰影があったにもかかわらず、Xに対して何らの指示も事後措置も行わなかった。このため、Xは、従前に引き続き労働省の職員に労働の激しい外勤の職務に従事した結果、翌年に実施された定期健康診断で結核に罹患していることが判明し、長期療養を余儀なくされた。
判例ナビ
Xは、胸部エックス線撮影にかかるフィルム中に初期の肺結核に罹患していることを示す陰影があったにもかかわらず、これが判明していれば自己の職務に関してされたであろう健康保持上の措置がとられないまま従前どおりの職務に従事した結果病状が悪化し、長期休業を余儀なくされたとして、Y(国)に対し、損害賠償を求める訴えを提起した。第1審、控訴審ともにXの請求を一部認容したため、Yが上告しました。
■裁判所の判断
国又は公共団体が、公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめた場合において、それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても、右の一連の行為のうちのいずれかに担当者の故意又は過失による違法行為があったのでなければ右の被害が生ずることはなかったであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよこれによる被害につき行為者の属する国又は公共団体が法律上賠償の責任を負うべき関係が存在するときは、国又は公共団体は、当該行為が特定の問題をめぐって国家賠償法又は民法上の損害賠償責任を負担することができないと解するのが相当であり、右判断は、右裁判を尽くしてもなお当該違法行為が特定しえないこのことは公務員の負担が軽減されるのであれば、それらの一連の行為を一部構成する各行為がいずれも違法ではないときは、この法理が肯定される。右のような場合に国又は公共団体が、右の法律上の損害賠償責任を免れないと解するのが相当である。
解説
本件は、Xの健康を保持するための措置がとられなかったのは、レントゲン写真を読影した医師が①陰影を見落としたからか、それとも、②読影の不存在は発生したがその事実を報告することをとったからか、あるいは、③税務署において職員の健康管理の職責を有する職員が、陰影の存在について報告を受けたにもかかわらずしかるべき措置をとらなかったからか、あるいは、④陰影の③職員の中間にある職員が報告の伝達を怠ったからか、加害行為者を特定することができなかったという事案です。本件は、具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定できなくても、国家は公共団体が賠償責任を負う場合があることを明らかにしました。ただし、本件については、「レントゲン写真による検診及びその結果の一般的判断は、医師の専門的技術的知識経験を用いて行う行為であって、医師の一般的判断と異なるところはないから、特段の理由のない限り、それ自体としては公権力の行使の性質を有するものではない」として、国家賠償責任の問題とせず、レントゲン写真による検診等の国の職員である医師が国賠法1条1項の職務行為の性質を有するものであるから、右医師に国賠法を超える金銭的負担があることを前提として、Xの請求を一部認容した控訴審判決を破棄し、使用者の責任の有無について審議を尽くさせるため、本件を控訴審に差し戻しました。
この分類の重要判例
◆公務員の個人的責任(最判昭30.4.19)
上告人等の損害賠償等請求権が消滅について考えるに、右請求は、被上告人等の職務行為を理由とする国家賠償の請求と解すべきであるから、国または公共団体が賠償の責任に任ずるのであって、公務員が行政機関としての地位において賠償の責任を負うものではなく、また公務員個人もその責任を負うものではない。従って被告知事件の右請求は不適法であり、また県知事個人、県農地部長個人を相手方とする請求は理由がないことに帰する。
解説
国または公共団体が国家賠償責任を負う場合、公務員は個人的責任を負うのか、国家賠償法には規定がありません。本判決は、公務員の個人的責任を否定した点に意義がありますが、その理論的根拠は明らかにしていません。
過去問
1 同一の行政主務に属する複数の公務員のみによって一連の職務上の行為が行われ、その一連の過程で他人に損害が生じた場合、損害の直接の原因となった公務員の違法行為が特定できないときには、当該主務に属する公務員法1条1項に基づく損害賠償責任を負うことはない。(行政書士2020年)
2 公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国がその被害者に対して賠償の責めに任ずるのであって、公務員個人はその責めを負うものではない。(公務員2015年)
1 × 本問のように、損害が、具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても、一連の行為のうちのいずれかに行為者の故意又は過失による違法行為があったのでなければ損害が生ずることはなかったであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよこれによる損害につき行為者の属する国または公共団体が法律上賠償の責任を負うべき関係が存在するときは、国または公共団体は、国家賠償法または民法上の損害賠償責任を免れることができません(最判昭57.4.1)。
2 ○ 公務員個人は賠償責任を負いません(最判昭30.4.19)。
「職務を行うについて」の意義 (最判昭31.11.30)
■事件の概要
警察官Aは、職務行為を装って金品を奪うことを計画した。ある晩、Aは、通行中のBを呼び止め、自己の勤務する交番に連れて行って所持品を調べ、所持品から現金を発見し、「盗んだ金だろう。本署に行くまで預かっておく。」と言って自己の財布に入れた。Aは、本署に連行するふりをして逃走しようと思っていたが、Bが大声を上げて助けを求めたため、射殺した。
判例ナビ
Bの妻Xは、Y(東京都)に対し、国家賠償を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXの請求を認容したため、Yが上告しました。
■裁判所の判断
原判決は、その理由において、国家賠償法第1条の職務行為とは、その公務員が、その所為に出る意図目的はともあれ、行為の外形において、職務執行と認め得べきものをもって、この場合の職務執行となりうるのではないのであるとし、同条の適用を見るがためには、公務員が、主観的に権限行使の意思をもってした職務行為につき、違法に他人に損害を加えた場合に限るとの解釈を排し、本件において、Aがことさらに自己の利を図る目的で警察官の職務執行をよそおい、被害者に対し不審尋問の上、犯人の職務権限の名目でその所持品を取り上げ、しかも暴行の途中、これを阻止した隣家の者を射殺し、その目的を遂げた。判示のごとき職務権限濫用の所為であっても、国家賠ゆる職務執行について違法に損害を加えたことに該当するものと解したのであるが、同条に関する右の解釈は正当であるといわなければならない。けだし、同条は公務員が主観的に権限行使の意思をもってする場合にかぎらず自己の利を図る意図をもってする場合でも、客観的に職務執行の外形をそなえる行為をしてこれによって他人に損害を加えた場合には、国又は公共団体に損害賠償の責を負わしめて、もろもろ国民の便益を擁護することを以て、その立法の趣旨とするものと解すべきであるからである。
解説
本判決は、国賠法1条1項の「職務を行うについて」の意義について、公務員の行為が客観的にみて職務執行の外形をそなえていれば足りるとする外形説を採用しました。
過去問
1 国家賠償法1条1項が定める「公務員が、その職務を行うについて」という要件については、公務員が主観的に権限行使の意思をもってする場合に限らず、自己の利をはかる意図をもってする場合であっても、客観的に職務執行の外形をそなえる行為をしたときは、この要件に該当する。(行政書士2020年)
1 ○ 公務員が、自己の利をはかる意図をもって行為をした場合であっても、その行為が客観的に職務執行の外形をそなえていれば、国家賠償法1条1項の「その職務を行うについて」の要件に該当します(最判昭31.11.30)。
パトカーによる追跡 (最判昭61.2.27)
■事件の概要
Y県の巡査Aは、パトカーによる警ら中、Bが運転する速度違反車両を発見したため、赤色灯を点灯し、サイレンを鳴らして追跡した。これに対し、Bは、スピードを上げて逃走を図り、赤信号を無視して交差点に進入し、Xの乗る対向車両に衝突し、Xに重傷を負わせた。
判例ナビ
Xは、Aの追跡行為に過失があったとして、Yに対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXの請求を一部認容したため、Yが上告しました。
■裁判所の判断
およそ警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯したと疑うに足りる相当な理由のある者を停止させて質問し、また、現行犯人を逮捕したことはもちろん、逮捕後においても当該職務を負うものであって(警察法2条、警察官職務執行法2条、刑事訴訟法217条)、右職責を遂行する目的のために被疑者を追跡することはもとよりなしうるところであるから、警察官がかかる目的のために交通法規等に違反して車両で逃走する者をパトカーで追跡する職務の執行中に、逃走車両の走行により第三者が損害を被った場合において、右追跡行為が違法であるというためには、右追跡が当該職務目的を遂行する上で不必要であるか、又は逃走車両の追跡の開始・継続及び追跡方法等が不適当でこれを被った第三者の具体的な損害の発生の有無、程度、追跡の態様、継続若しくは追跡の方法が不相当であることを要するものと解すべきである。
以上の見地に立って本件をみると、原審の適法に確定した事実によれば、(1)Bは、速度違反行為を犯したのみならず、Aの指示によりったん停止しながら、突如として高速度で逃走を企てたものであって、いわゆる事後不審者として速度違反行為のほかになお何らかの犯罪の嫌疑があるものと判断しうる状況にあったのであるから、Aは、Bを現行犯人として検挙ないし逮捕するほか挙動不審者に対する職務質問をする必要もあったということができるところ、Aは逃走車両の車番等を認識したうえ、県内各署に被害車両の車番番号、特徴、逃走方向等の無線手配を行い、追跡途中で「交通機動隊が検問開始」との無線交信を傍受したが、同車両の運転者の氏名等は確認できておらず、無線手配や検問があっても、逃走する車両に対しては究極的には追跡が必要になることを否定することができないから、当時本件パトカーが加害車両を追跡する必要があったものというべきであり、(2)また、本件パトカーが加害車両を追跡していた道路は、その両側に商店や民家が立ち並んでいるうえ、交差する道路も多いものの、その他に格別危険な道路交通状況にはなく、…事故発生の時刻が午後11時頃であったというのであるから、逃走車両の運転の態様等の事情に照らしても、本件パトカーの警務員において当時採による第三者の被害発生の蓋然性のある具体的な危険性を予測しえたものということはできず、(3)更に、本件パトカーの前記追跡方法自体にも危険を伴うものは何らなかったということができ、右追跡行為が違法であるとすることはできないものというべきである。
解説
本件では、パトカーの追跡行為が第三者Xとの関係で違法かどうかが問題となりました。本判決は、追跡行為が違法となるための要件を明らかにした上で、Aの追跡行為は違法ではないとしました。
この分類の重要判例
◆裁判官の職務行為と国家賠償責任 (最判昭57.3.12)
裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵があったとしても、これによって当然に国家賠償法1条1項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したと認めうるような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である。…したがって、本件において第一審判決に…法の解釈・適用の誤りがあったとしても、それが上訴による是正の理由となるのは格別、それだけでは未だ右特別の事情がある場合にあたるものとすることはできない。
解説
本件は、債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟が判決で確定した後になされた債権者による破産申立ての報告を却下したことについて、判決確定後に民事訴訟法231条を適用した違法があると判断し、国に対し、国家賠償を求める訴えを提起したという事案です。本件では、裁判行為が国家賠償法上の違法となるのは、特別の事情がある場合であり、本件では特別の事情は認められないとしてXの訴えを退けました。
過去問
1 およそ警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯したと疑うに足りる相当な理由のある者を停止させて質問し、現行犯を逮捕した場合には速やかにその検挙又は逮捕に当たる義務を負っていることから、警察官のパトカーによる追跡を受けて車両で逃走する者が惹起した事故により損害を被った場合において、当該追跡行為の違法性を判断するに当たっては、その目的が正当かつ合理的なものであるかどうかについてのみ判断する。(公務員2021年)
2 裁判官がした争訟の裁判についてみれば、その裁判の内容に上訴等の訴訟法上の救済方法で是正されるべき瑕疵があり、当該裁判官が与えられた権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したと認め得るような事情がみられたとしても、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けることはない。(行政書士2020年)
1 × 本問の場合における警察官のパトカーによる追跡行為が違法であるか否かは、その追跡行為が①職務目的を遂行する上で必要かどうか、逃走車両の走行態様、道路交通の状況等が予測される危険性の有無および内容を判断しなければなりません(最判昭61.2.27)。
2 × 裁判官がした争訟の裁判に、上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在した場合には、これによって当然に国家賠償法1条1項の規定にいう違法な行為があったものと認められます。しかし、当該裁判官が違法または不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したと認められるしたと認め得るような特別の事情がある場合には、違法と評価されます(最判昭57.3.12)。
2 国家賠償法2条
道路管理の瑕疵 (最判昭45.8.20)
■事件の概要
Aは、貨物自動車の助手に乗って高知市方面と中村市(現四万十市)方面とを結ぶ国道56号を走行していたところ、同国道ののり面が崩壊し、落下してきた岩石が直撃して死亡した(本件事故)。
判例ナビ
Aの親Xは、Y(国)に対して国家賠償法2条1項に基づき、Z(高知県)に対して民法719条に基づき損害賠償を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXの請求を認容したため、Y、Zが上告しました。
■裁判所の判断
国家賠償法2条1項の営造物の設置または管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、これに基づく国および公共団体の賠償責任については、その過失の存在を必要としないと解するを相当とするところ、Yの管理の瑕疵するところによれば、本件道路(原判決の認定する安倍より海沿いを経て長谷川トンネルに至る約2000メートルの区間)を含む国道56号線は、一般国道として高知市方面と中村市方面とを結ぶ陸上交通の上で極めて重要な道路であるところ、本件道路は従来より断崖から落石や崩落があり、さらに明治時代にも何回かあったのであるから、いろんな大きさや形の石が崖の上から落ち知らず、本件道路を通行する人および車輌に与えるその危険においてややまれにしかおこらないと解す。道路管理者においては、「落石注意」等の標識を立て、あるいは鉄の先のついた赤の布を立てて、これによって通行車両に対し注意を促す等の処置を講じたにすぎず、本件道路の右のような危険性に対して防護または防護柵を設置し、あるいは山腹に急峻な斜面を掘るとか、常時山地斜面部分を調査して、落下しそうな石があるときは、これを除去し、崩土のおそれがあるときは、事前に通行止めする等の措置をとったことはない、というのである。かかる事実関係のもとにおいては、本件道路は、その通行の安全性の確保において欠け、その管理に瑕疵があったものというべきであるである。本件道路における落石は、崩土の発生する原因は道路の山側の断層に原因があったので、本件における道路管理の瑕疵の有無は、本件事故発生地点だけに局限せず、前記2000メートルの本件道路全般についての危険状況および管理状態等を考慮にいれて決するのが相当であり、そして、本件道路に存する右危険を回避し、その安全性を保持する義務を負うのであり、人身事故としての予測可能性に対するものであることはいうまでもなく、それにより直ちに道路の管理上の瑕疵によって生じた損害に対する賠償責任を免れるものと考えることはできないのであり、その他、本件事故が不可抗力ないし回避可能性のない場合であることを認めることができない蓋然性が希薄であるときは、いずれも正当として是認することができる。してみれば、その点について判断するまでもなく、本件事故は道路管理の瑕疵にあったため生じたものであり、Xに対する損害賠償の責任は免れない。Zは管理費用負担者として同法3条1項により損害賠償の責に任ずべきことは明らかである。
解説
本判決は、国家賠償法2条1項の「営造物の設置又は管理の瑕疵」の意義を明らかにするとともに、同項に基づく責任が無過失責任であること、防護柵の設置等に予算的制約があることが直ちに免責の理由となるわけではないこと等を指摘した上で、国と管理費用を負担する県の責任を認めました。
この分類の重要判例
◆大水害訴訟(最判昭59.1.26)
河川管理については、…道路その他の営造物の管理とは異なる特質及びそれに基づく諸制約が存在するのであって、河川管理の瑕疵の存否の判断にあたっては、右の点を考慮すべきものといわなければならない。すなわち、河川は、本来は自然公物の状態においてであって、管理者による公用開始行為がなくても公共の用に供されることを当然の前提として設置され管理者の公用開始行為によって初めて公共の用に供される道路その他の営造物とは性質を異にし、もともと流水の自然的流路による氾濫をもたらす危険性を内包しているものである。したがって、河川管理の瑕疵は、道路の管理とは異なり、本来的にかかる災害発生の危険性をはらむ河川の管理の特質が看過されるのが通常であって、河川の通常備えるべき安全性の確保は、むしろ河川管理施設として、予想される洪水等による災害に対処すべく、堤防、放水路、遊水地、高水護岸、樋門・閘門、道路橋梁等、ダム、遊水池などを設置するなどの治水事業を行うことによって達成されていくことが当初から予定されているものであり、このための治水事業にあっては、もとより一朝一夕にしてなしうるものでなく、しかも全国に多数存在する未改修河川及び改修不十分な河川についてこれを計画的に莫大な費用を必要とするものであるから、結局、原則として、河川整備法以下の法令の要求と水害の規模、発生原因、性質等のほか、降雨状況、流域の自然的条件及び開発その他土地利用の状況、各河川の全般的な比較等の諸事情を総合勘案し、それぞれの河川についての改修等の必要性を調査・検討を尽くして立案、緊急に改修を要する箇所から段階的に、また、原則として下流から上流に向けて行うことを要するなどその技術的な制約もあり、更に、流水の阻害等による雨水の流出機構の変化、地盤沈下、低湿地地域の宅地化及び地価の高騰等による治水施設の用地確保の困難等の社会的制約を併せ考慮することも要請される。しかも、河川の管理においては、道路の管理における危険区間の一定時間閉鎖等のような簡易、機動的な危険回避の手段を採ることもできないのである。河川の管理者には、以上のような諸制約が存在するため、すべての河川について通常予測し、かつ、回避しうるあらゆる水害を未然に防止しうるに足る治水施設を完備するには、相当の期間を必要とし、未改修河川又は改修の不十分な河川の安全度としては、右期間中のもとで一般に施行されてきた治水事業による河川の整備の程度に対応するいわば過渡的な安全性ををもって足りるものとせざるをえないのであって、当初から通常予測される災害に対応する安全性を備えたものとして設置される公用開始される道路の管理の場合とその管理の瑕疵の有無の基準もおのずから異なったものとならざるをえないのである。…以上に説示したところを総合すると、我が国における治水事業の進展等により明示のような河川管理の特質に由来する財政的、技術的及び社会的な諸制約が存する現段階においては、ともかく、これらの諸制約によっていまだ通常予測される災害に対応する安全性を備えるに至っていない現段階においては、当該河川の管理について、河川管理の瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生原因、被害等の状況、流域の地形その他自然的条件、土地の利用状況その他社会的条件、改修を緊急要する箇所の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、前記諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるか否かを基準として判断すべきであるとするのが相当である。そして、既に改修計画が定められ、これに基づいて現に改修中の河川については、右計画が全体として右の観点からみて是認しうるものであると認められないときは、その後の事情の変動により当該河川の未改修部分につき水害発生の危険性が特に顕著となり、当初の計画の時期を繰り上げて、又は工事の順序を変更するなどして早期の改修工事を施行しなければならないと認めらるべき特段の事由が生じない限り、右部分につき改修がいまだ行われていないとの一事ををもって河川管理に瑕疵があるとは解することはできないものと解すべきである。
解説
本件は、(1)河川管理の瑕疵の有無は、未改修河川の管理における過渡的な安全性も視野に、諸般の事情を総合的に勘案し、財政的、技術的、社会的諸制約のもとで、同種・同規模の河川管理の一般的水準および社会通念に照らして是認しうる安全性を備えているかどうかを基準として判断すべきであること、(2)改修中の河川は、早期に改修工事を施行しなければならない特段の事情が生じない限り、改修が行われていないからといって河川管理に瑕疵があるとはいえないこと等を明らかにした。
◆多摩川水害訴訟(最判平2.12.13)
1 河川管理の瑕疵の判断基準と河川管理に関する諸制約
河川は、当初から通常有すべき安全性を有するものとして管理が開始されるものではなく、治水事業を経て、逐次その安全性を高めてゆくことが予定されているものであるから、河川が通常予測し、かつ、回避し得る水害を未然に防止するに足りる安全性を備えるべき安全度としては、直ちに河川管理に瑕疵があることとすることはできず、河川の備えるべき安全性としては、一般に施行されてきた治水事業の過程における河川の整備、設備の程度に対応するいわば過渡的なものをもって足りるとせざるを得ない。そして、河川の管理についての瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生原因、被害の状況、流域の地形その他自然的条件、土地の利用状況その他社会的条件、改修を緊急要する箇所の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、右財政的、技術的及び社会的な諸制約のもとでの同種・同規模の河川管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきであると解するのが相当である。
2 工事実施基本計画に準拠して新規の改修、整備の必要がないものとされた河川における河川管理の瑕疵
本件河川は、基準高水流量未確定の河川で、本件時において、基本計画に当たる河川として明らかにされておらず、改修、整備が特に必要とされるものでないとされていたところ、本件のような計画上の河川について、管理の瑕疵が問題となる事案である。工事実施基本計画に準拠して改修、整備が考慮され、あるいは右計画で予定した新規の改修、整備の必要がないものとされた河川について、改修、整備の段階的対応をすることなく漫然と放置していたから本件河川の洪水における流水の通常の方法から予測される危険の発生を防止するに足りる安全性を欠くものであると解すべきである。ただし、前記判断基準に示された河川管理の特質から考えれば、右の判断基準に示された諸般の事情のほかに、河川の改修、整備がされた河川は、その改修、整備がされた段階において想定された洪水から、当該防災技術の水準に照らして通常予測し、かつ、回避し得る水害を未然に防止するに足りる安全性を備えるべきものであるというべきであり、水害が発生した場合において、当該通常予測し、整備がされた段階において想定された規模の洪水から当該水害の発生の危険を通常予測することができなかった場合には、河川管理の瑕疵を問うことができないものである。
3 河川の改修、整備がされた後に水害発生の危険の予測が可能となった場合における河川管理の瑕疵
水害発生当時においてその発生の危険を通常予測することができたとしても、右危険が改修、整備のなされた段階においては予測することができなかったものであって、当該改修、整備のなされた河川においてその周囲の環境の変化、河川工学の知見の拡大又は防災技術の向上等によってその予測が可能となったものである場合には、直ちに、河川管理の瑕疵があるということはできない。けだし、右危険を除去し、又は軽減するための措置を講ずることについては、前記判断基準の示す河川管理に関する諸制約が存在し、右措置を講ずるためには相当の期間を必要とするのであるから、右判断基準が示している諸事情及び諸制約を当該事案に即して考慮した上、右危険の予測が可能となった時から当該水害発生時までに、予測し得た危険に対する対策を講じなかったことが河川管理の瑕疵に該当するかどうかを判断すべきものであると考えられるからである。
4 許可工作物に存在する河川部分における河川管理の瑕疵
本件では、許可工作物たる許可工作物である本件樋管が原因で破堤した。基本計画に係る計画高水流量規模の洪水に対して、工作物及びその取付部の護岸の欠陥が原因となって高水敷の欠壊みが生じ、更に破堤に至ったという事案である。
このように、許可工作物に存在する河川部分における河川管理の瑕疵の有無は、当該河川部分の全体について、前記判断基準の示す安全性を備えていると認められるかどうかによって判断すべきものであり、全体としての当該河川部分の整備から右工作物の管理を切り離して、右工作物についての改修の要否のみについて、これを判断すべきものではない。けだし、河川管理は、河川管理施設以外の許可工作物を承認した場合においても、その管理責任としては、当該工作物そのものの管理を指し、自ずと工作物の所有者または管理者の事務所の改修、整備により、河川の安全性を確保する責務があるのであって、当該工作物に存在する欠陥により当該河川部分についてその備えるべき安全性が損なわれるに至り、他の条件が具備するときは、河川管理に瑕疵があるものというべきことになるからである。また、許可工作物に存在する欠陥を除去し、放置するために当該工作物又はこれに接続する河川管理施設のみを改修し、整備する場合においても、基準の示す財政的、技術的及び社会的諸制約のあることは、いうまでもない。もし、前記判断の程度は、広範囲にわたる河川流域に及ぶ大掛かりな河川管理を前提として考慮されたそれと比較して、通常は、相当に小さいというべきであるから、各個別事情を総合的に判断して、右判断基準の示す安全性の有無を判断するに当たっては、右の事情をも考慮すべきであるからである。
5 以上説示したところを本件についてみる
すなわち、本件河川部分については、基本計画が策定された後において、これに定める事項に照らして新規の改修、整備の必要がないものとされていたというのであるから、本件災害発生当時に想定されていた基本計画における治水計画の規模は、基本計画における取水量等の渇水の規模であるというべきこととなる。また、本件においては、本件樋管及びその取付部の破堤であるから当該破堤が生じたことの瑕疵が問題となる。したがって、本件において、本件河川における河川管理の瑕疵があったかどうかは、全体として、本件における河川管理の瑕疵の有無を検討するに当たっては、まず、本件災害時において、基本計画に定める計画高水流量規模の流水の通常の作用により本件樋管及びその取付部護岸の欠陥から本件河川において破堤が生ずることの危険を予測することができたかどうかを検討し、これが肯定された場合には、右予測をすることが可能となった時点を確定した上で、右の時点から本件災害時までに前記判断基準に示された諸制約を考慮しても、なお、本件に関する監視処分又は行政指導の懈怠によって、河川管理瑕疵の認定を免れない場合もある。すなわち、河川管理瑕疵の有無を、各個別的具体的な事情に即して判断し得る安全性を欠いていることになるかどうかの点を、本件事案に即して具体的に判断し得るものである。
解説
本件は、多摩川が増水によって増水し、許可工作物である(水をせき止めるために河川に設置された構造物)を超えた水について家屋の浸水等の被害をもたらしたという事案です。本件判決は、未改修河川についての考え方を示した最判平2.12.13を前提にした、新しい判断が示されたものではないとされた未改修河川の治水安全度についての判断を示しました。ただし、本件は、改修済み河川について、河川管理の瑕疵の有無の判断基準を示しました。
過去問
1 事故の発生した道路に防護柵を設置する場合に、その費用の額が相当の多額にのぼり、県としてその予算措置に困難を来すようなことがあっても、そのことを理由として、道路管理者の道路の管理の瑕疵によって生じた損害に対する賠償責任を免れ得ると考えることはできない。
2 未改修河川の安全性は、諸制約のもとで一般に施行されてきた治水事業による河川の改修、整備の過程に対応するいわば過渡的な安全性ををもって足りるものとせざるをえません。そのため、未改修河川の管理についての瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生原因、被害の状況、流域の地形その他自然的条件、土地の利用状況その他社会的条件、改修を緊急要する箇所の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断されます(最判平59.1.26)。
点字ブロックの未設置と駅ホームの設置管理の瑕疵(最判昭61.3.25)
■事件の概要
1973(昭和48)年8月、視力(視覚)障害者Xは、就職するため、単身で身寄りから大阪に来ていたが、国鉄(現JR)環状線福島駅のホームから足を滑みおろして線路上に転落し、折から進入してきた電車にひかれ、両足切断の重傷を負った。
判例ナビ
Xは、Y(国鉄)に対し、損害賠償を求める訴えを提起した。第1審は、国鉄賠償法2条1項による責任は認めなかったものの、運送人としての責任を規定する商法590条に基づいてXの請求を一部認諾しました。これに対し、控訴審は、商法590条には言及せず、国鉄賠償法2条1項に基づいてXの請求を一部認諾しました。そこで、Yが上告した。
■裁判所の判断
国賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵は、営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態をいい、右にいう営造物の瑕疵の具体的内容は、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等の諸事情を総合考慮して具体的に判断すべきものである。そして、点字ブロック等のよ うに、新たに開発された視力障害者用の安全設備を駅のホームに設置しなかったことをもって当該駅のホームの通常有すべき安全性を欠くか否かを判断するに当たっては、その安全設備が、視力障害者の事故防止に有効なものとして、その素材、形状及び敷設方法において相当程度標準化されて国のないし当該地域における鉄道駅に普及しているかどうか、当該駅のホームにおける右の安全設備の必要性の程度及び右事故の発生を未然に防止するための右安全設備の設置の困難性の程度、右事故を未然に防止するため右安全設備を設置する必要性の程度及び右安全設備の設置の困難性の程度等の諸事情をも総合的に考慮する必要があるものと解するのが相当である。
そこで、右の点について検討するに、原審が本件事故当時の点字ブロックの標準化及び普及の程度についてどのように認定したのかは明確でない。のみならず、記録によれば、… 点字ブロック等が開発され、漸次、点字ブロックの使用が普及し始めたこと、また、その実用性の認識の有無、その形状、形状及び敷設方法等において統一されていなかったとの記載がある。これらの記載の内容からは、点字ブロックが、昭和48年8月の本件事故当時、視力障害者の間の点字ブロックとしての普及度が低く、しかもその素材、形状及び敷設方法等において必ずしも統一されていなかったことが窺えるのである。しかも、原判決には、右認定の可否について何らの記載を示していない。
更に、原審は、福島駅が…視力障害者にとって危険の駅であることを強調するが、福島駅のホームが視力障害者の利用との関係で視力障害者の事故の発生の危険性が高かったか否かについても検討を加えていない。
そうすると、右の争点を検討しないで、本件事故当時福島駅のホームに点字ブロック等が敷設されていなかったことをもって、福島駅のホームの通常有すべき安全性を欠き、その管理に瑕疵があったとした原判決には、国賠償法2条1項の解釈適用を誤ったか、又は、判決に影響を及ぼすことが明らかな理由の食い違いがあるものというべきであり、この種の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は、理由がある。
解説
本件事故当時、点字ブロックは、新たに開発された視力障害者用の安全設備で普及度が低く、素材、形状等も統一されていませんでした。このような状況下において、竜華寺駅の駅のホームに点字ブロックが設置されていないことが、国賠償法2条1項の「営造物の設置又は管理の瑕疵」に当たるかが問題となりました。本判決は、「営造物の設置又は管理の瑕疵」の意義について、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることとした判例(最判昭45.8.20)を踏まえ、点字ブロックの未設置が「営造物の設置又は管理の瑕疵」に当たるかどうかの判断基準を示した。
この分野の重要判例
◆大阪空港訴訟(最大判昭56.12.16)
1 国家賠償法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵
国家賠償法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が有すべき安全性を欠いている状態をいうのであるが、その判断にあたっては、当該営造物の構造、用法、場所的環境、利用状況等諸般の事情を考慮すべきものと解される。そして、営造物の設置管理者が、営造物の設置管理に当たり、これによって他人に損害を生ぜしめる危険性のある状態が生じないように、物的及び人的な設備を整え、これを維持管理し、その使用にあたっての措置を適切に行うなど、状況に応じて必要かつ合理的な措置を尽くすべき注意義務を負っていると解されるところ、右の義務を尽くしていないと認められる限り、営造物の設置管理に瑕疵があると解すべきである。本件についてこれをみるに、… 本件空港の設置、管理の瑕疵は、右空港の施設自体がもつ物理的・外形的な欠陥ではなく、また、空港に離着陸する航空機が発着するに際して生ずる騒音が、空港周辺住民に被害を及ぼすという点にある。本件空港に多数のジェット機を含め航空機が離着陸するに際して生ずる騒音が相当範囲の周辺住民に対し睡眠妨害、精神的苦痛等の被害をもたらしているという点にある。また、営造物の利用者が第三者に対し損害を及ぼした場合であっても、それが当該営造物の用法に沿ったものであるかぎり、これと営造物の瑕疵との間に相当因果関係が認められる限り、国又は公共団体は、その損害について賠償の責めに任ずべきであると解すべきである。
したがって、本件のように、空港に離着陸する航空機の騒音により周辺住民に被害を及ぼすという場合であっても、空港の設置管理者が、空港周辺の環境の保全について配慮し、適切な措置を講ずることなく、漫然と空港を公衆の利用に供したときは、空港の設置管理に瑕疵があると解するのが相当である。
2 本件空港のような国の行う公共事業で第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害とされるかどうかの判断
本件空港のような国の行う公共事業が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害とされるかどうかの判断にあたっては、…侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮に入れ、これらを総合的に考察してこれを決すべきものと解するのが相当である。
以上に述べた侵害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察してこれを決すべきものである…。
本件においてこれを検討するに、本件空港が我が国、国際間の幹線航空路における枢要な地位を占め、その果たす公共的役割に極めて重要なものがあること、したがって、その供用を停止し、これを廃止することが実際上不可能に近いことは明らかである。しかし、これもまた一面の真理であって、航空輸送の重要性が、そのために周辺住民が日常生活の根幹にかかわる静穏で平穏な環境のもとで暮らすという基本的な権利を著しく侵害することを当然に許容するものでないことはいうまでもない。そして、本件空港の周辺住民が受けている騒音被害の程度、内容が著しく大きいものであることは、原判決の説示するとおりである。しかし、国も、右の被害を漫然と放置してきたものではなく、各種の対策を講じてきたこともまた否定しがたい。これらの諸事情を総合して考えると、国は、昭和50年当時には、Yが、本件空港の騒音被害が社会生活上受忍すべき限度を超えるものであることを認識しながら、これに対する有効な対策を講ずることなく、漫然と空港を公衆の利用に供してきたものというべきであって、右の時点においては、本件空港の設置管理に瑕疵があったものと解するのが相当である。
過去問
1 営造物の設置または管理の瑕疵とは、当該営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連においてその利用者のほか第三者に対して危害を生ぜしめる危険性がある場合に営造物が通常有すべき安全性を欠く状態にあることをいい、空港の設置管理の瑕疵については国賠償法2条1項は適用されない。 行政法2022年
判例
1 X判例は、営造物の設置または管理の瑕疵とは、当該営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連においてその利用者のほか第三者に対して危害を生ぜしめる危険性がある場合に営造物が通常有すべき安全性を欠く状態にあることをいうとしたうえで、「空港に離着陸する航空機による騒音により周辺住民の身体に異常を生ぜしめたるがごときの空港の設置、管理の瑕疵と全く同視しうるものとはいえない」としています(最大判昭56.12.16)。
3 国家賠償法3条
国庫補助事業と費用負担者の責任(最判昭50.11.28)
■事件の概要
Xは、吉野熊野国立公園内にある魔ヶ淵を訪れ、周囲を歩いて観光していたところ、その道中にあるがけから転落して重傷を負った(本件事故)。
判例ナビ
Xは、本件事故は本件周回路の設置管理の瑕疵に起因するものであるとして、Y(国)、A(三重県)、B(海山町)に対し、国家賠償法2条に基づく損害賠償を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を一部認容しましたが、控訴審は、Yの国家賠償法2条ではなく3条1項の費用負担者の責任に基づくものであるとしました。そこで、Yが上告しました。
■裁判所の判断
公の営造物の設置又は管理に瑕疵があるため国又は公共団体が国家賠償法2条1項の規定によって管理責任を負うべき場合につき、同法3条1項と相まって、当該営造物の設置もしくは賠償の責に任ずべきであるとしたのは、右のいずれの者が賠償の責に任ずべきかを明確にし、いずれの者が賠償の責に任ずべきかを求めるものであることを明らかにするためと解され、被害者たる国民が、そのいずれに損害賠償の請求をすることができるのかによって、その請求がたらい回しにされることのないようにとの配慮に基づくものと解される。
したがって、同法2条1項の営造物の設置もしくは賠償の責に任ずべき者と、同法3条1項の営造物の設置費用を負担する者とが同一の者でない場合においても、これらの者が共同してこれに当たる場合はもとより、費用負担者が国もしくは公共団体であるときは、両者は、いずれも、被害者に対して、賠償の責に任ずべきものと解すべきである。
ところで、自然公園法によれば、Yが国立公園事業の執行として本件道路を設置し、その管理の責に任ずべきものである以上、その執行に要する費用は、同法54条1項及び2項によれば、Yがこれを負担すべきものとされている。そして、右のとおり、Yが国立公園事業の執行として本件道路の設置及び管理の責に任ずべきものである以上、その執行に要する費用は、同法54条1項及び2項によれば、Yがこれを負担すべきものとされている。そして、右のとおり、Yが国立公園事業の執行として本件道路を設置し、その管理の責に任ずべきものである以上、その執行に要する費用は、同法54条1項及び2項によれば、Yがこれを負担すべきものとされている。
解説
本判決は、国家賠償法3条1項の趣旨は、被告選択の困難を除去することと危険責任の法理により被害者の救済を全うすることにあるとしたうえで、同項の設置費用負担者には、当該営造物の設置費用につき法律上負担義務を負う者のほか、この者と同等もしくはこれに近い設置費用を負担し、実質的にはこの者と当該営造物による事業を共同して執行していると認められる者であって、当該営造物の瑕疵による危険を効率的に防止しうる者も含まれるとした。そして、本件周回路の設置を承認し、設置費用の半額に相当する補助金を交付し、さらにその後の改修にも補助金の交付を続けて、本件周回路に関する設置費用の負担割合が2分の1近くに達している国は、設置費用の負担者に当たるとしました。
この分野の重要判例
◆国家賠償法3条2項に基づく求償(最判平21.10.23)
市町村の設置する中学校の教諭がその職務を行うについて故意又は過失によって違法に生徒に損害を与えた場合において、当該教諭の給料その他給与を負担する都道府県が国家賠償法3条1項、3条1項に従い上記生徒に対して賠償をしたときは、当該都道府県は、同条2項に基づき、賠償した損害の全額を当該中学校を設置する市町村に対して求償することができるものと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。
国又は公共団体がその事務を行うについて国又は公共団体に損害を賠償する責めに任ずる場合における損害を賠償するための費用も国又は公共団体の事務を行うために要する経費に含まれるというべきであるから、上記経費の負担について定める法令は、上記費用の負担についても定めているものと解される。同法3条2項に基づく求償についても、上記経費の負担について定める法令の規定に従うべきであり、法令上、上記措置を賠償するための費用をその事務を行うための経費として負担すべきものとされている者が、同項にいう内部関係においてその損害を賠償する責任ある者に当たると解するのが相当である。
これを本件についてみるに、学校教育法5条は、学校の設置者は、法令に特別の定めのある場合を除いては、その学校の経費を負担する旨を、地方財政法9条は、地方公共団体がその事務を行うために要する経費は、同条ただし書所定の経費を除いては、当該地方公共団体が全額これを負担する旨を、それぞれ規定する。上記各規定によれば、市町村が設置する中学校の経費については、原則として、当該市町村がこれを負担すべきものとされる。他方、市町村立学校職員給与負担法1条は、市町村立の中学校の教諭その他同条所定の職員の給料その他の給与(非常勤の講師にあっては、報酬等)は、都道府県の負担とする旨を規定するが、同法は、これ以外の費用の負担については定めることころがない。そして、市町村が設置する中学校の教諭がその職務を行うについて故意又は過失によって違法に生徒に損害を賠償するための費用は、地方財政法9条ただし書所定の経費には該当せず、他に、学校教育法5条にいう法令の特別の定めはない。そうすると、上記損害を賠償するための費用については、法令上、当該中学校を設置する市町村がその全額を負担すべきものとされているのであって、当該市町村が国家賠償法3条2項にいう内部関係においてその損害を賠償する責任ある者として、上記損害を賠償した者からの求償に応ずべき義務を負うこととなる。
解説
市立中学校の教諭に体罰を加えられた同校の生徒が、県と市に対して、国家賠償法1条1項、3条1項に基づいて損害賠償を求める訴えを提起したという事案です。法令により市立中学校の教諭の給与等を負担している県が生徒に賠償した場合、市に求償できるかが問題となりました。本判決は、法令上、損害賠償費用のその事務を行うための経費として負担すべきものとされている者が、3条2項の「内部関係でその損害を賠償する責任ある者」に当たるとしたうえで、法令上、市立中学校を設置する市が損害賠償の費用を負担すべきものとされているから、「内部関係でその損害を賠償する責任ある者」に当たり、県からの求償に応じる義務を負うとしました。
過去問
1 公の営造物の設置費用を負担した者でなければ国家賠償法3条1項の規定の設置費用の負担者に含まれるものではないが、法律の規定上当該営造物の設置もしくはなしうることが認められている国が、これらに要する経費を支弁するために、特定の地方公共団体に対しその設置を命じ、経済的な援助を供与する反面、同所定の営造物の管理につき指揮監督をなしうる立場にあるときには、同法所定の営造物の瑕疵による危険を効率的に防止しうる立場にあるときには、同法所定の営造物の設置費用の負担者に含まれる。
2 市が設置する中学校の教員が起こした体罰事故について、当該教員の給与を負担する県が賠償金を被害者に支払った場合、県は国家賠償法に基づき、賠償金の全額を市に求償することができる。
4 国家賠償法4条
国家賠償法と失火責任法(最判昭53.7.17)
■事件の概要
Y市にある店舗に隣接する住宅(本件建物)の2階部分から出火した(第1次火災)。そのため、市消防署消防吏員Aらが消火活動に当たった。Aらは現場に到着した時にはすでに火は鎮火の状態であったが、Aらは現場の調査等を行っても引きあげたが、数時間後に、再び同じ場所から出火し、本件建物は全焼した(本件火災)。
判例ナビ
本件建物の住人Xは、本件火災は、Aらが第1次火災の残り火の点検を怠ったからであるとして、Yに対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める訴えを提起しました。第1審はXの請求を棄却しましたが、控訴審がXの請求を一部認容したため、Yが上告しました。
■裁判所の判断
国又は公共団体が国家賠償法1条1項の規定が適用される場合においても、失火の責任については国家賠償法4条の「民法」に含まれるものと解するのが相当である。失火の責任については、失火責任法が民法709条の特則を定めたものであるから、国家賠償法4条の「民法」には含まれるものと解するのが相当である。失火責任法が消防の任に当たる公務員の失火による国又は公共団体の損害賠償責任についてのみ法の適用を排除すべき合理的理由は存しない。したがって、公権力の行使に当たる公務員の失火による国又は公共団体の損害賠償責任については、国家賠償法4条により失火責任法が適用され、当該公務員に重大な過失のあることを要するものといわなければならない。
解説
本判決は、失火責任法が国家賠償法4条の「民法」に含まれること等を理由として、国家賠償責任の成否を検討するに当たり失火責任法が適用されることを明らかにしました。そして、消防吏員による国家賠償については、公務員に重過失があることを要するものとして、消防吏員の重過失の有無の事実を尽くすため、本件を原審に差し戻しました。
過去問
1 失火の責任条件について民法709条の特則を規定した失火責任法は、国家賠償法4条にいう民法に含まれると解するのが、国家賠償の趣旨に反する規定まで当然に適用されてよいとはいえず、消防吏員の職務義務はまさに消火作業にあり、その職務の遂行に失火責任法の適用が予定されているとは言いがたいのであるから、公権力の行使に当たる公務員の失火による国又は公共団体の損害賠償責任については失火責任法の適用を認めず、損害賠償責任について当該公務員に重過失のあることを必要とすべきではない。 (公務員2020年)
1 X 失火責任法は、国家賠償法4条の「民法」に含まれます。したがって、公権力の行使にあたる公務員の失火による国または公共団体の損害賠償責任にも失火責任法が適用され、賠償責任が認められるには、当該公務員に重過失のあることが必要です(最判昭53.7.17)。
5 損失補償
破毀消防に伴う損失補償の要件(最判昭47.5.30)
■事件の概要
Y村内にある甲建物から火災が発生し、火は東方の乙建物、丙建物をへて、西隣の北に隣接して消防活動にあたっていたXの所有建物(Xら所有建物を含む)を破壊するよう消防団員に命じて破壊した。
判ナビ
Xらは、Yに対し、主位的に国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を、予備的に消防法29条3項、4項に基づく損失補償を求める訴えを提起しました。第1審、Xらの請求を棄却しましたが、控訴審は、主位的請求を棄却し、予備的請求を一部認容しました。そこで、Yが上告しました。
■裁判所の判断
火災の際の消防活動により受けたその者の損害の補償を請求するためには、当該処分が、火災が発生し、もしくは発生し、または延焼のおそれがある消防対象物およびこれらのもののある土地以外の消防対象物および土地に対してなされたものであり、かつ、右処分が消火もしくは延焼の防止または人命の救助のために緊急の必要があるときになされたものであることを要するというのでなければならない。
ところで、これを本件についてみるに、…本件破壊消防行為のなされた当時右図面表示のロ、ニの建物(Xらの所有する建物)自体は必ずしも延焼のおそれがあったとはいえないが、丙建物から北に連なる建物への延焼を防止するためにはロ、ニの建物を破壊する緊急の必要があったものであることは明らかである。してみれば、A消防団長が右建物を破壊したことは消防法29条3項にいう適法な行為ではあるが、そのために損害を受けたXらは右法律によりその損失の補償を請求することができるものといわなければならない。
解説
火災現場周辺の建物を破壊して延焼を防ぐことによって消火をはかることを破壊消防といいます。消防法は、29条1項から3項までにおいて、破壊消防ができる場合を規定しています。そのうち、損失補償が請求できるのは、3項の場合です。本件は、破壊消防によって所有する建物を破壊されたXらが、損失補償を求めたという事案です。本判決は、消防法29条3項により損失補償を請求できるとしました。
この分野の重要判例
◆土地収用法における損失の補償(最判昭48.10.18)
土地収用法における損失補償は、その収用によって当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものであるから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をされなければならず、被収用者が収用によって土地の所有権を失うのと同一の機会に、その対価に代わる金銭を取得することを保障するものでなければならないというべきである(昭和42年法律74号による改正前のもの)。
解説
本件当時の土地は、土地を収用することによって所有者が有する使用収益の対価の補償でなければならず、また、収用する場合の対価の補償は、近傍類似の土地の取引価格等を考慮した「相当な価格」で補償しなければならないと予定していました(71条、72条)。本件は、建築基準法による建築制限の付いた土地が収用された事案であり、補償すべき「相当な価格」とは、建築制限を受けないとしたとして評価した評定価格が相当であるかが問題となりました。本判決は、土地収用法において土地を評価するに際し、建築制限を考慮することなく評価した価格が相当価格となるとしました。土地収用法上の損失の補償とはいっても、建築制限を受けなければ不戦災時において有するであろうと認められる価格を補償するものであることを理由として、土地収用法に反しないことを明らかにしました。
過去問
1 火災の際の消防活動により損害を受けたその者の損害の補償を請求するためには、消防法による処分が、火災が発生し、もしくは発生し、または延焼のおそれがある消防対象物およびこれらのもののある土地以外の消防対象物および土地に対してなされたものであり、かつ、消火若しくは延焼の防止又は人命の救助のために緊急の必要があるときにされたものであることを要するとした。 (公務員2019年)
2 都市計画事業のために土地が収用される場合、被収用地に都市計画決定による建築制限が課されていても、被収用者に対して土地収用法によって補償すべき相当な価格とは、被収用者が、建築制限を受けていないとすれば、裁決時において有するであろうと認められる価格をいう。
1 ○ 破壊消防に伴う損失補償が問題となった事案において、判例は、本問のように述べています(最判昭47.5.30)。
2 ○ 土地収用法における損失補償は、その収用によって当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものですから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をする必要があります。したがって、被収用地に都市計画決定による建築制限が課されている場合、被収用者が建築制限を受けていないとすれば裁決時において有するであろうと認められる価格を被収用者に補償すべきです(最判昭48.10.18)。
国の行為によって私人に何らかの損害・損失が生じた場合、これを償うことを国家補償といいます。国家補償には、国の違法な行為によって生じた損害を賠償する国家賠償と国の適法な行為によって生じた損失を補償する損失補償があります。
国家賠償については、「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたとときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる」と規定する日本国憲法17条を受けて国家賠償法が制定されています。これに対し、損失補償は、個別の法令に基づいて行われるのが一般的ですが、法令に損失補償に関する規定がない場合であっても、直接憲法29条3項を根拠にして補償を請求することが可能です(最大判昭43.11.27)。
1 国家賠償法1条
学校事故と公権力の行使 (最判昭62.2.6)
■事件の概要
Y市立中学校の教諭Aは、3年生の体育の授業として、プールにおいて、飛び込みの指導をしていた際、スタート台に静止した状態で頭から飛び込む方法の練習で、上手く飛び込めない生徒が多いため、2、3歩助走をしてスタート台のプールの縁から飛び込む方法を1、2回させたのち、更に2、3歩助走をしてスタート台に上がってから飛び込む方法を指導した。生徒Xは、Aの指導に従って飛び込んだところ、プールの底に頭部を激突させ、重傷を負った。
判例ナビ
Xは、Yに対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を認容したため、Yが上告しました。
■裁判所の判断
1 国家賠償法1条1項にいう**「公権力の行使」**には、公立学校における教師の教育活動も含まれるものと解するのが相当であり、これと同様の原審の判断は、正当として是認することができる。
2 学校の教師は、学校における教育活動により生ずるおそれのある危険から生徒を保護すべき義務を負っており、危険を伴う技能を指導する場合には、事故の発生を防止するために十分な措置を講じるべき注意義務があると解すべきである。
本件についてこれをみるに、…Aは、中学校3年生の体育の授業として、プールにおいて飛び込みの指導をしていた際、スタート台に静止した状態で頭から飛び込む方法の練習では、水中深くもぐってしまう者、空中の姿勢が整わない者など未熟な生徒が多く、その原因は足のけりが弱いことにあると判断し、次の段階として、生徒に対し、2、3歩助走をしてスタート台脇のプールの縁から飛び込む方法を1、2回させたのち、更に2、3歩助走をしてスタート台に上がってから飛び込む方法を指導したものであり、Xは、右指導に従い最後の方法を練習中にプールの底に頭部を激突させる事故に遭遇したものであるところ、助走して飛び込む方法は、スタート台に静止してスタート台に上がってから行う方法は、踏み切りに際してのタイミングの取り方及び踏み切り位置の選定が難しく、踏み切る角度を誤った場合には、極端に体の上半身の落下角度を増し、空中での身体の制御が不可能となり、水中に進入しやすくなるのである。このことは、飛び込みの指導にあたって十分予見しうることであったというのであるから、スタート台に静止した状態での飛び込み方法についてさえ未熟な者、多くの生徒に対して右の飛び込み方法をさせることは、極めて危険であるから、原判示のような措置、配慮をすべきであったのに、それをしなかった点において、Aには注意義務違反があったといわなければならない。もっとも、Aは、生徒に対して、普段の練習の際にスタート台を使う場合は危険なことを警告しているが、生徒が新しい技術を習得する過程である中学校3年生であり、右の飛び込み方法に伴う危険性を十分理解していたとは考えられないので、そのように指示したからといって、注意義務を尽くしたことにはならないというべきである。
解説
本判決は、教育基本法(最判昭51.2.18)が、教師の教育活動が「公権力の行使」に含まれることを明らかにした点に意義があります。
この分類の重要判例
◆児童養護施設における事故と賠償責任(最判平19.1.25)
1 児童福祉法(以下「法」は、国及び地方公共団体が、保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負うと規定し(法2条)、その責務を果たさせるため、都道府県に児童相談所の設置を義務付け…、保護者のないか又は保護者による適切な養育が困難で期待できない児童(以下「要保護児童」という。)については、都道府県は、児童相談所の長の報告を受けて児童養護施設に入所させるなどの措置を採るべきことを(法27条1項3号)、…都道府県が3号措置により児童を児童養護施設(国の設置する施設を除く。)に入所させる場合に、入所に要する費用のほか、入所中の養育につき法45条に基づき厚生労働大臣が定める最低基準を維持するために要する費用は都道府県の支弁とし(法50条7号)、…児童養護施設の長は、親権者のない入所児童に対して親権を行い、親権者等のない入所児童についても、監護、教育及び懲戒に関し、その児童の福祉のため必要な措置を採ることができる(法47条)と規定する。
このように、法は、保護者による児童の養育保護について、国又は地方公共団体が後見的な責任を負うことを前提に、要保護児童に対して都道府県が有する権限及び責務を具体的に規定する一方で、児童養護施設の長が入所児童に対して監護、教育及び懲戒に関しその児童の福祉のため必要な措置を採ることを認めている。
上記のような法の規定及び趣旨に照らせば、3号措置に基づき児童養護施設に入所した児童に対する関係では、入所後の施設における養育保護は本来都道府県が行うべき事務であり、このような児童の養育保護に当たる児童養護施設の長は、3号措置に伴い、本来都道府県が有する公的な権限を委譲されてこれを都道府県のために行使するものと解される。
したがって、都道府県による3号措置に基づき社会福祉法人の設置運営する児童養護施設に入所した児童に対する当該施設の職員等による養育保護行為は、都道府県の公権力の行使に当たる公務員の職務行為と解するのが相当である。
2 国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずることとし、公務員個人は民法上の損害賠償責任を負わないこととしたものと解される…。この趣旨からすれば、国又は公共団体以外の者の被用者も第三者に損害を加えた場合であっても、当該被用者の行為が国又は公共団体の公権力の行使に当たるとして国又は公共団体が被害者に対して同項に基づく損害賠償責任を負う場合には、被用者個人が民法709条に基づく損害賠償責任を負わないのみならず、使用者も同法715条に基づく損害賠償責任を負わないと解するのが相当である。
解説
本件は、児童福祉法27条1項3号に基づく入所措置(3号措置)により児童養護施設に入所し、他の入所児童から暴行を受けて負傷したXが、県に対しては国家賠償法1条1項により、施設を運営する社会福祉法人に対しては民法715条により損害賠償を求める訴えを提起したという事案です。本判決は、児童養護施設における児童の養育保護は本来都道府県が行うべき事務であるから、当該施設の職員等による養育保護行為は都道府県の公権力の行使に当たるとして、県の国家賠償責任を認めました。これに対し、当該施設の職員等の不法行為責任(民法709条)と社会福祉法人の使用者責任(民法715条)はいずれも否定しました。
過去問
1 公立学校における教職員の教育活動は、私立学校の教育活動と変わるところはないため、原則として、国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」に当たらない。(行政書士2022年)
2 都道府県による児童福祉法の措置に基づき社会福祉法人の設置運営する児童養護施設において、国又は公共団体以外の者の被用者が第三者に損害を加えた場合、当該被用者の行為が公権力の行使に当たるとして国又は公共団体が国家賠償法に基づく損害賠償責任を負うときは、被用者個人は民法に基づく損害賠償責任を負わないが、使用者は民法に基づく損害賠償責任を負うとした。(公務員2020年)
1 × 公立学校における教職員の教育活動は、国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」に当たります(最判昭62.2.6)。
2 × 本問の場合、被用者個人の民法709条に基づく損害賠償責任を負わないだけでなく、使用者も民法715条に基づく損害賠償責任を負いません(最判平19.1.25)。
加害行為者・加害行為の特定 (最判昭57.4.1)
■事件の概要
A税務署に勤務する税務署職員Xは、国家公務員法及び税務職員服務規程等に基づいてA税務署長が実施した定期健康診断(本件健康診断)で胸部エックス線直接撮影による検診を受けた。Bは、健康診断の結果票に精密検査の必要がある旨の判定を受けたときには当該職員に対し精密検査を受けるよう指示し、現に精密検査の結果疾病の事実が明らかになれば当該職員の職務に関し健康保健上必要な措置をとるべき責務を有していた。しかしながら、前記胸部エックス線直接撮影で撮影されたフィルムにXが初期の肺結核に罹患していることを示す陰影があったにもかかわらず、Xに対して何らの指示も事後措置も行わなかった。このため、Xは、従前に引き続き労働省の職員に労働の激しい外勤の職務に従事した結果、翌年に実施された定期健康診断で結核に罹患していることが判明し、長期療養を余儀なくされた。
判例ナビ
Xは、胸部エックス線撮影にかかるフィルム中に初期の肺結核に罹患していることを示す陰影があったにもかかわらず、これが判明していれば自己の職務に関してされたであろう健康保持上の措置がとられないまま従前どおりの職務に従事した結果病状が悪化し、長期休業を余儀なくされたとして、Y(国)に対し、損害賠償を求める訴えを提起した。第1審、控訴審ともにXの請求を一部認容したため、Yが上告しました。
■裁判所の判断
国又は公共団体が、公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめた場合において、それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても、右の一連の行為のうちのいずれかに担当者の故意又は過失による違法行為があったのでなければ右の被害が生ずることはなかったであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよこれによる被害につき行為者の属する国又は公共団体が法律上賠償の責任を負うべき関係が存在するときは、国又は公共団体は、当該行為が特定の問題をめぐって国家賠償法又は民法上の損害賠償責任を負担することができないと解するのが相当であり、右判断は、右裁判を尽くしてもなお当該違法行為が特定しえないこのことは公務員の負担が軽減されるのであれば、それらの一連の行為を一部構成する各行為がいずれも違法ではないときは、この法理が肯定される。右のような場合に国又は公共団体が、右の法律上の損害賠償責任を免れないと解するのが相当である。
解説
本件は、Xの健康を保持するための措置がとられなかったのは、レントゲン写真を読影した医師が①陰影を見落としたからか、それとも、②読影の不存在は発生したがその事実を報告することをとったからか、あるいは、③税務署において職員の健康管理の職責を有する職員が、陰影の存在について報告を受けたにもかかわらずしかるべき措置をとらなかったからか、あるいは、④陰影の③職員の中間にある職員が報告の伝達を怠ったからか、加害行為者を特定することができなかったという事案です。本件は、具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定できなくても、国家は公共団体が賠償責任を負う場合があることを明らかにしました。ただし、本件については、「レントゲン写真による検診及びその結果の一般的判断は、医師の専門的技術的知識経験を用いて行う行為であって、医師の一般的判断と異なるところはないから、特段の理由のない限り、それ自体としては公権力の行使の性質を有するものではない」として、国家賠償責任の問題とせず、レントゲン写真による検診等の国の職員である医師が国賠法1条1項の職務行為の性質を有するものであるから、右医師に国賠法を超える金銭的負担があることを前提として、Xの請求を一部認容した控訴審判決を破棄し、使用者の責任の有無について審議を尽くさせるため、本件を控訴審に差し戻しました。
この分類の重要判例
◆公務員の個人的責任(最判昭30.4.19)
上告人等の損害賠償等請求権が消滅について考えるに、右請求は、被上告人等の職務行為を理由とする国家賠償の請求と解すべきであるから、国または公共団体が賠償の責任に任ずるのであって、公務員が行政機関としての地位において賠償の責任を負うものではなく、また公務員個人もその責任を負うものではない。従って被告知事件の右請求は不適法であり、また県知事個人、県農地部長個人を相手方とする請求は理由がないことに帰する。
解説
国または公共団体が国家賠償責任を負う場合、公務員は個人的責任を負うのか、国家賠償法には規定がありません。本判決は、公務員の個人的責任を否定した点に意義がありますが、その理論的根拠は明らかにしていません。
過去問
1 同一の行政主務に属する複数の公務員のみによって一連の職務上の行為が行われ、その一連の過程で他人に損害が生じた場合、損害の直接の原因となった公務員の違法行為が特定できないときには、当該主務に属する公務員法1条1項に基づく損害賠償責任を負うことはない。(行政書士2020年)
2 公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国がその被害者に対して賠償の責めに任ずるのであって、公務員個人はその責めを負うものではない。(公務員2015年)
1 × 本問のように、損害が、具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても、一連の行為のうちのいずれかに行為者の故意又は過失による違法行為があったのでなければ損害が生ずることはなかったであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよこれによる損害につき行為者の属する国または公共団体が法律上賠償の責任を負うべき関係が存在するときは、国または公共団体は、国家賠償法または民法上の損害賠償責任を免れることができません(最判昭57.4.1)。
2 ○ 公務員個人は賠償責任を負いません(最判昭30.4.19)。
「職務を行うについて」の意義 (最判昭31.11.30)
■事件の概要
警察官Aは、職務行為を装って金品を奪うことを計画した。ある晩、Aは、通行中のBを呼び止め、自己の勤務する交番に連れて行って所持品を調べ、所持品から現金を発見し、「盗んだ金だろう。本署に行くまで預かっておく。」と言って自己の財布に入れた。Aは、本署に連行するふりをして逃走しようと思っていたが、Bが大声を上げて助けを求めたため、射殺した。
判例ナビ
Bの妻Xは、Y(東京都)に対し、国家賠償を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXの請求を認容したため、Yが上告しました。
■裁判所の判断
原判決は、その理由において、国家賠償法第1条の職務行為とは、その公務員が、その所為に出る意図目的はともあれ、行為の外形において、職務執行と認め得べきものをもって、この場合の職務執行となりうるのではないのであるとし、同条の適用を見るがためには、公務員が、主観的に権限行使の意思をもってした職務行為につき、違法に他人に損害を加えた場合に限るとの解釈を排し、本件において、Aがことさらに自己の利を図る目的で警察官の職務執行をよそおい、被害者に対し不審尋問の上、犯人の職務権限の名目でその所持品を取り上げ、しかも暴行の途中、これを阻止した隣家の者を射殺し、その目的を遂げた。判示のごとき職務権限濫用の所為であっても、国家賠ゆる職務執行について違法に損害を加えたことに該当するものと解したのであるが、同条に関する右の解釈は正当であるといわなければならない。けだし、同条は公務員が主観的に権限行使の意思をもってする場合にかぎらず自己の利を図る意図をもってする場合でも、客観的に職務執行の外形をそなえる行為をしてこれによって他人に損害を加えた場合には、国又は公共団体に損害賠償の責を負わしめて、もろもろ国民の便益を擁護することを以て、その立法の趣旨とするものと解すべきであるからである。
解説
本判決は、国賠法1条1項の「職務を行うについて」の意義について、公務員の行為が客観的にみて職務執行の外形をそなえていれば足りるとする外形説を採用しました。
過去問
1 国家賠償法1条1項が定める「公務員が、その職務を行うについて」という要件については、公務員が主観的に権限行使の意思をもってする場合に限らず、自己の利をはかる意図をもってする場合であっても、客観的に職務執行の外形をそなえる行為をしたときは、この要件に該当する。(行政書士2020年)
1 ○ 公務員が、自己の利をはかる意図をもって行為をした場合であっても、その行為が客観的に職務執行の外形をそなえていれば、国家賠償法1条1項の「その職務を行うについて」の要件に該当します(最判昭31.11.30)。
パトカーによる追跡 (最判昭61.2.27)
■事件の概要
Y県の巡査Aは、パトカーによる警ら中、Bが運転する速度違反車両を発見したため、赤色灯を点灯し、サイレンを鳴らして追跡した。これに対し、Bは、スピードを上げて逃走を図り、赤信号を無視して交差点に進入し、Xの乗る対向車両に衝突し、Xに重傷を負わせた。
判例ナビ
Xは、Aの追跡行為に過失があったとして、Yに対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXの請求を一部認容したため、Yが上告しました。
■裁判所の判断
およそ警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯したと疑うに足りる相当な理由のある者を停止させて質問し、また、現行犯人を逮捕したことはもちろん、逮捕後においても当該職務を負うものであって(警察法2条、警察官職務執行法2条、刑事訴訟法217条)、右職責を遂行する目的のために被疑者を追跡することはもとよりなしうるところであるから、警察官がかかる目的のために交通法規等に違反して車両で逃走する者をパトカーで追跡する職務の執行中に、逃走車両の走行により第三者が損害を被った場合において、右追跡行為が違法であるというためには、右追跡が当該職務目的を遂行する上で不必要であるか、又は逃走車両の追跡の開始・継続及び追跡方法等が不適当でこれを被った第三者の具体的な損害の発生の有無、程度、追跡の態様、継続若しくは追跡の方法が不相当であることを要するものと解すべきである。
以上の見地に立って本件をみると、原審の適法に確定した事実によれば、(1)Bは、速度違反行為を犯したのみならず、Aの指示によりったん停止しながら、突如として高速度で逃走を企てたものであって、いわゆる事後不審者として速度違反行為のほかになお何らかの犯罪の嫌疑があるものと判断しうる状況にあったのであるから、Aは、Bを現行犯人として検挙ないし逮捕するほか挙動不審者に対する職務質問をする必要もあったということができるところ、Aは逃走車両の車番等を認識したうえ、県内各署に被害車両の車番番号、特徴、逃走方向等の無線手配を行い、追跡途中で「交通機動隊が検問開始」との無線交信を傍受したが、同車両の運転者の氏名等は確認できておらず、無線手配や検問があっても、逃走する車両に対しては究極的には追跡が必要になることを否定することができないから、当時本件パトカーが加害車両を追跡する必要があったものというべきであり、(2)また、本件パトカーが加害車両を追跡していた道路は、その両側に商店や民家が立ち並んでいるうえ、交差する道路も多いものの、その他に格別危険な道路交通状況にはなく、…事故発生の時刻が午後11時頃であったというのであるから、逃走車両の運転の態様等の事情に照らしても、本件パトカーの警務員において当時採による第三者の被害発生の蓋然性のある具体的な危険性を予測しえたものということはできず、(3)更に、本件パトカーの前記追跡方法自体にも危険を伴うものは何らなかったということができ、右追跡行為が違法であるとすることはできないものというべきである。
解説
本件では、パトカーの追跡行為が第三者Xとの関係で違法かどうかが問題となりました。本判決は、追跡行為が違法となるための要件を明らかにした上で、Aの追跡行為は違法ではないとしました。
この分類の重要判例
◆裁判官の職務行為と国家賠償責任 (最判昭57.3.12)
裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵があったとしても、これによって当然に国家賠償法1条1項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したと認めうるような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である。…したがって、本件において第一審判決に…法の解釈・適用の誤りがあったとしても、それが上訴による是正の理由となるのは格別、それだけでは未だ右特別の事情がある場合にあたるものとすることはできない。
解説
本件は、債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟が判決で確定した後になされた債権者による破産申立ての報告を却下したことについて、判決確定後に民事訴訟法231条を適用した違法があると判断し、国に対し、国家賠償を求める訴えを提起したという事案です。本件では、裁判行為が国家賠償法上の違法となるのは、特別の事情がある場合であり、本件では特別の事情は認められないとしてXの訴えを退けました。
過去問
1 およそ警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯したと疑うに足りる相当な理由のある者を停止させて質問し、現行犯を逮捕した場合には速やかにその検挙又は逮捕に当たる義務を負っていることから、警察官のパトカーによる追跡を受けて車両で逃走する者が惹起した事故により損害を被った場合において、当該追跡行為の違法性を判断するに当たっては、その目的が正当かつ合理的なものであるかどうかについてのみ判断する。(公務員2021年)
2 裁判官がした争訟の裁判についてみれば、その裁判の内容に上訴等の訴訟法上の救済方法で是正されるべき瑕疵があり、当該裁判官が与えられた権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したと認め得るような事情がみられたとしても、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けることはない。(行政書士2020年)
1 × 本問の場合における警察官のパトカーによる追跡行為が違法であるか否かは、その追跡行為が①職務目的を遂行する上で必要かどうか、逃走車両の走行態様、道路交通の状況等が予測される危険性の有無および内容を判断しなければなりません(最判昭61.2.27)。
2 × 裁判官がした争訟の裁判に、上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在した場合には、これによって当然に国家賠償法1条1項の規定にいう違法な行為があったものと認められます。しかし、当該裁判官が違法または不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したと認められるしたと認め得るような特別の事情がある場合には、違法と評価されます(最判昭57.3.12)。
2 国家賠償法2条
道路管理の瑕疵 (最判昭45.8.20)
■事件の概要
Aは、貨物自動車の助手に乗って高知市方面と中村市(現四万十市)方面とを結ぶ国道56号を走行していたところ、同国道ののり面が崩壊し、落下してきた岩石が直撃して死亡した(本件事故)。
判例ナビ
Aの親Xは、Y(国)に対して国家賠償法2条1項に基づき、Z(高知県)に対して民法719条に基づき損害賠償を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXの請求を認容したため、Y、Zが上告しました。
■裁判所の判断
国家賠償法2条1項の営造物の設置または管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、これに基づく国および公共団体の賠償責任については、その過失の存在を必要としないと解するを相当とするところ、Yの管理の瑕疵するところによれば、本件道路(原判決の認定する安倍より海沿いを経て長谷川トンネルに至る約2000メートルの区間)を含む国道56号線は、一般国道として高知市方面と中村市方面とを結ぶ陸上交通の上で極めて重要な道路であるところ、本件道路は従来より断崖から落石や崩落があり、さらに明治時代にも何回かあったのであるから、いろんな大きさや形の石が崖の上から落ち知らず、本件道路を通行する人および車輌に与えるその危険においてややまれにしかおこらないと解す。道路管理者においては、「落石注意」等の標識を立て、あるいは鉄の先のついた赤の布を立てて、これによって通行車両に対し注意を促す等の処置を講じたにすぎず、本件道路の右のような危険性に対して防護または防護柵を設置し、あるいは山腹に急峻な斜面を掘るとか、常時山地斜面部分を調査して、落下しそうな石があるときは、これを除去し、崩土のおそれがあるときは、事前に通行止めする等の措置をとったことはない、というのである。かかる事実関係のもとにおいては、本件道路は、その通行の安全性の確保において欠け、その管理に瑕疵があったものというべきであるである。本件道路における落石は、崩土の発生する原因は道路の山側の断層に原因があったので、本件における道路管理の瑕疵の有無は、本件事故発生地点だけに局限せず、前記2000メートルの本件道路全般についての危険状況および管理状態等を考慮にいれて決するのが相当であり、そして、本件道路に存する右危険を回避し、その安全性を保持する義務を負うのであり、人身事故としての予測可能性に対するものであることはいうまでもなく、それにより直ちに道路の管理上の瑕疵によって生じた損害に対する賠償責任を免れるものと考えることはできないのであり、その他、本件事故が不可抗力ないし回避可能性のない場合であることを認めることができない蓋然性が希薄であるときは、いずれも正当として是認することができる。してみれば、その点について判断するまでもなく、本件事故は道路管理の瑕疵にあったため生じたものであり、Xに対する損害賠償の責任は免れない。Zは管理費用負担者として同法3条1項により損害賠償の責に任ずべきことは明らかである。
解説
本判決は、国家賠償法2条1項の「営造物の設置又は管理の瑕疵」の意義を明らかにするとともに、同項に基づく責任が無過失責任であること、防護柵の設置等に予算的制約があることが直ちに免責の理由となるわけではないこと等を指摘した上で、国と管理費用を負担する県の責任を認めました。
この分類の重要判例
◆大水害訴訟(最判昭59.1.26)
河川管理については、…道路その他の営造物の管理とは異なる特質及びそれに基づく諸制約が存在するのであって、河川管理の瑕疵の存否の判断にあたっては、右の点を考慮すべきものといわなければならない。すなわち、河川は、本来は自然公物の状態においてであって、管理者による公用開始行為がなくても公共の用に供されることを当然の前提として設置され管理者の公用開始行為によって初めて公共の用に供される道路その他の営造物とは性質を異にし、もともと流水の自然的流路による氾濫をもたらす危険性を内包しているものである。したがって、河川管理の瑕疵は、道路の管理とは異なり、本来的にかかる災害発生の危険性をはらむ河川の管理の特質が看過されるのが通常であって、河川の通常備えるべき安全性の確保は、むしろ河川管理施設として、予想される洪水等による災害に対処すべく、堤防、放水路、遊水地、高水護岸、樋門・閘門、道路橋梁等、ダム、遊水池などを設置するなどの治水事業を行うことによって達成されていくことが当初から予定されているものであり、このための治水事業にあっては、もとより一朝一夕にしてなしうるものでなく、しかも全国に多数存在する未改修河川及び改修不十分な河川についてこれを計画的に莫大な費用を必要とするものであるから、結局、原則として、河川整備法以下の法令の要求と水害の規模、発生原因、性質等のほか、降雨状況、流域の自然的条件及び開発その他土地利用の状況、各河川の全般的な比較等の諸事情を総合勘案し、それぞれの河川についての改修等の必要性を調査・検討を尽くして立案、緊急に改修を要する箇所から段階的に、また、原則として下流から上流に向けて行うことを要するなどその技術的な制約もあり、更に、流水の阻害等による雨水の流出機構の変化、地盤沈下、低湿地地域の宅地化及び地価の高騰等による治水施設の用地確保の困難等の社会的制約を併せ考慮することも要請される。しかも、河川の管理においては、道路の管理における危険区間の一定時間閉鎖等のような簡易、機動的な危険回避の手段を採ることもできないのである。河川の管理者には、以上のような諸制約が存在するため、すべての河川について通常予測し、かつ、回避しうるあらゆる水害を未然に防止しうるに足る治水施設を完備するには、相当の期間を必要とし、未改修河川又は改修の不十分な河川の安全度としては、右期間中のもとで一般に施行されてきた治水事業による河川の整備の程度に対応するいわば過渡的な安全性ををもって足りるものとせざるをえないのであって、当初から通常予測される災害に対応する安全性を備えたものとして設置される公用開始される道路の管理の場合とその管理の瑕疵の有無の基準もおのずから異なったものとならざるをえないのである。…以上に説示したところを総合すると、我が国における治水事業の進展等により明示のような河川管理の特質に由来する財政的、技術的及び社会的な諸制約が存する現段階においては、ともかく、これらの諸制約によっていまだ通常予測される災害に対応する安全性を備えるに至っていない現段階においては、当該河川の管理について、河川管理の瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生原因、被害等の状況、流域の地形その他自然的条件、土地の利用状況その他社会的条件、改修を緊急要する箇所の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、前記諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるか否かを基準として判断すべきであるとするのが相当である。そして、既に改修計画が定められ、これに基づいて現に改修中の河川については、右計画が全体として右の観点からみて是認しうるものであると認められないときは、その後の事情の変動により当該河川の未改修部分につき水害発生の危険性が特に顕著となり、当初の計画の時期を繰り上げて、又は工事の順序を変更するなどして早期の改修工事を施行しなければならないと認めらるべき特段の事由が生じない限り、右部分につき改修がいまだ行われていないとの一事ををもって河川管理に瑕疵があるとは解することはできないものと解すべきである。
解説
本件は、(1)河川管理の瑕疵の有無は、未改修河川の管理における過渡的な安全性も視野に、諸般の事情を総合的に勘案し、財政的、技術的、社会的諸制約のもとで、同種・同規模の河川管理の一般的水準および社会通念に照らして是認しうる安全性を備えているかどうかを基準として判断すべきであること、(2)改修中の河川は、早期に改修工事を施行しなければならない特段の事情が生じない限り、改修が行われていないからといって河川管理に瑕疵があるとはいえないこと等を明らかにした。
◆多摩川水害訴訟(最判平2.12.13)
1 河川管理の瑕疵の判断基準と河川管理に関する諸制約
河川は、当初から通常有すべき安全性を有するものとして管理が開始されるものではなく、治水事業を経て、逐次その安全性を高めてゆくことが予定されているものであるから、河川が通常予測し、かつ、回避し得る水害を未然に防止するに足りる安全性を備えるべき安全度としては、直ちに河川管理に瑕疵があることとすることはできず、河川の備えるべき安全性としては、一般に施行されてきた治水事業の過程における河川の整備、設備の程度に対応するいわば過渡的なものをもって足りるとせざるを得ない。そして、河川の管理についての瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生原因、被害の状況、流域の地形その他自然的条件、土地の利用状況その他社会的条件、改修を緊急要する箇所の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、右財政的、技術的及び社会的な諸制約のもとでの同種・同規模の河川管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきであると解するのが相当である。
2 工事実施基本計画に準拠して新規の改修、整備の必要がないものとされた河川における河川管理の瑕疵
本件河川は、基準高水流量未確定の河川で、本件時において、基本計画に当たる河川として明らかにされておらず、改修、整備が特に必要とされるものでないとされていたところ、本件のような計画上の河川について、管理の瑕疵が問題となる事案である。工事実施基本計画に準拠して改修、整備が考慮され、あるいは右計画で予定した新規の改修、整備の必要がないものとされた河川について、改修、整備の段階的対応をすることなく漫然と放置していたから本件河川の洪水における流水の通常の方法から予測される危険の発生を防止するに足りる安全性を欠くものであると解すべきである。ただし、前記判断基準に示された河川管理の特質から考えれば、右の判断基準に示された諸般の事情のほかに、河川の改修、整備がされた河川は、その改修、整備がされた段階において想定された洪水から、当該防災技術の水準に照らして通常予測し、かつ、回避し得る水害を未然に防止するに足りる安全性を備えるべきものであるというべきであり、水害が発生した場合において、当該通常予測し、整備がされた段階において想定された規模の洪水から当該水害の発生の危険を通常予測することができなかった場合には、河川管理の瑕疵を問うことができないものである。
3 河川の改修、整備がされた後に水害発生の危険の予測が可能となった場合における河川管理の瑕疵
水害発生当時においてその発生の危険を通常予測することができたとしても、右危険が改修、整備のなされた段階においては予測することができなかったものであって、当該改修、整備のなされた河川においてその周囲の環境の変化、河川工学の知見の拡大又は防災技術の向上等によってその予測が可能となったものである場合には、直ちに、河川管理の瑕疵があるということはできない。けだし、右危険を除去し、又は軽減するための措置を講ずることについては、前記判断基準の示す河川管理に関する諸制約が存在し、右措置を講ずるためには相当の期間を必要とするのであるから、右判断基準が示している諸事情及び諸制約を当該事案に即して考慮した上、右危険の予測が可能となった時から当該水害発生時までに、予測し得た危険に対する対策を講じなかったことが河川管理の瑕疵に該当するかどうかを判断すべきものであると考えられるからである。
4 許可工作物に存在する河川部分における河川管理の瑕疵
本件では、許可工作物たる許可工作物である本件樋管が原因で破堤した。基本計画に係る計画高水流量規模の洪水に対して、工作物及びその取付部の護岸の欠陥が原因となって高水敷の欠壊みが生じ、更に破堤に至ったという事案である。
このように、許可工作物に存在する河川部分における河川管理の瑕疵の有無は、当該河川部分の全体について、前記判断基準の示す安全性を備えていると認められるかどうかによって判断すべきものであり、全体としての当該河川部分の整備から右工作物の管理を切り離して、右工作物についての改修の要否のみについて、これを判断すべきものではない。けだし、河川管理は、河川管理施設以外の許可工作物を承認した場合においても、その管理責任としては、当該工作物そのものの管理を指し、自ずと工作物の所有者または管理者の事務所の改修、整備により、河川の安全性を確保する責務があるのであって、当該工作物に存在する欠陥により当該河川部分についてその備えるべき安全性が損なわれるに至り、他の条件が具備するときは、河川管理に瑕疵があるものというべきことになるからである。また、許可工作物に存在する欠陥を除去し、放置するために当該工作物又はこれに接続する河川管理施設のみを改修し、整備する場合においても、基準の示す財政的、技術的及び社会的諸制約のあることは、いうまでもない。もし、前記判断の程度は、広範囲にわたる河川流域に及ぶ大掛かりな河川管理を前提として考慮されたそれと比較して、通常は、相当に小さいというべきであるから、各個別事情を総合的に判断して、右判断基準の示す安全性の有無を判断するに当たっては、右の事情をも考慮すべきであるからである。
5 以上説示したところを本件についてみる
すなわち、本件河川部分については、基本計画が策定された後において、これに定める事項に照らして新規の改修、整備の必要がないものとされていたというのであるから、本件災害発生当時に想定されていた基本計画における治水計画の規模は、基本計画における取水量等の渇水の規模であるというべきこととなる。また、本件においては、本件樋管及びその取付部の破堤であるから当該破堤が生じたことの瑕疵が問題となる。したがって、本件において、本件河川における河川管理の瑕疵があったかどうかは、全体として、本件における河川管理の瑕疵の有無を検討するに当たっては、まず、本件災害時において、基本計画に定める計画高水流量規模の流水の通常の作用により本件樋管及びその取付部護岸の欠陥から本件河川において破堤が生ずることの危険を予測することができたかどうかを検討し、これが肯定された場合には、右予測をすることが可能となった時点を確定した上で、右の時点から本件災害時までに前記判断基準に示された諸制約を考慮しても、なお、本件に関する監視処分又は行政指導の懈怠によって、河川管理瑕疵の認定を免れない場合もある。すなわち、河川管理瑕疵の有無を、各個別的具体的な事情に即して判断し得る安全性を欠いていることになるかどうかの点を、本件事案に即して具体的に判断し得るものである。
解説
本件は、多摩川が増水によって増水し、許可工作物である(水をせき止めるために河川に設置された構造物)を超えた水について家屋の浸水等の被害をもたらしたという事案です。本件判決は、未改修河川についての考え方を示した最判平2.12.13を前提にした、新しい判断が示されたものではないとされた未改修河川の治水安全度についての判断を示しました。ただし、本件は、改修済み河川について、河川管理の瑕疵の有無の判断基準を示しました。
過去問
1 事故の発生した道路に防護柵を設置する場合に、その費用の額が相当の多額にのぼり、県としてその予算措置に困難を来すようなことがあっても、そのことを理由として、道路管理者の道路の管理の瑕疵によって生じた損害に対する賠償責任を免れ得ると考えることはできない。
2 未改修河川の安全性は、諸制約のもとで一般に施行されてきた治水事業による河川の改修、整備の過程に対応するいわば過渡的な安全性ををもって足りるものとせざるをえません。そのため、未改修河川の管理についての瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生原因、被害の状況、流域の地形その他自然的条件、土地の利用状況その他社会的条件、改修を緊急要する箇所の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断されます(最判平59.1.26)。
点字ブロックの未設置と駅ホームの設置管理の瑕疵(最判昭61.3.25)
■事件の概要
1973(昭和48)年8月、視力(視覚)障害者Xは、就職するため、単身で身寄りから大阪に来ていたが、国鉄(現JR)環状線福島駅のホームから足を滑みおろして線路上に転落し、折から進入してきた電車にひかれ、両足切断の重傷を負った。
判例ナビ
Xは、Y(国鉄)に対し、損害賠償を求める訴えを提起した。第1審は、国鉄賠償法2条1項による責任は認めなかったものの、運送人としての責任を規定する商法590条に基づいてXの請求を一部認諾しました。これに対し、控訴審は、商法590条には言及せず、国鉄賠償法2条1項に基づいてXの請求を一部認諾しました。そこで、Yが上告した。
■裁判所の判断
国賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵は、営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態をいい、右にいう営造物の瑕疵の具体的内容は、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等の諸事情を総合考慮して具体的に判断すべきものである。そして、点字ブロック等のよ うに、新たに開発された視力障害者用の安全設備を駅のホームに設置しなかったことをもって当該駅のホームの通常有すべき安全性を欠くか否かを判断するに当たっては、その安全設備が、視力障害者の事故防止に有効なものとして、その素材、形状及び敷設方法において相当程度標準化されて国のないし当該地域における鉄道駅に普及しているかどうか、当該駅のホームにおける右の安全設備の必要性の程度及び右事故の発生を未然に防止するための右安全設備の設置の困難性の程度、右事故を未然に防止するため右安全設備を設置する必要性の程度及び右安全設備の設置の困難性の程度等の諸事情をも総合的に考慮する必要があるものと解するのが相当である。
そこで、右の点について検討するに、原審が本件事故当時の点字ブロックの標準化及び普及の程度についてどのように認定したのかは明確でない。のみならず、記録によれば、… 点字ブロック等が開発され、漸次、点字ブロックの使用が普及し始めたこと、また、その実用性の認識の有無、その形状、形状及び敷設方法等において統一されていなかったとの記載がある。これらの記載の内容からは、点字ブロックが、昭和48年8月の本件事故当時、視力障害者の間の点字ブロックとしての普及度が低く、しかもその素材、形状及び敷設方法等において必ずしも統一されていなかったことが窺えるのである。しかも、原判決には、右認定の可否について何らの記載を示していない。
更に、原審は、福島駅が…視力障害者にとって危険の駅であることを強調するが、福島駅のホームが視力障害者の利用との関係で視力障害者の事故の発生の危険性が高かったか否かについても検討を加えていない。
そうすると、右の争点を検討しないで、本件事故当時福島駅のホームに点字ブロック等が敷設されていなかったことをもって、福島駅のホームの通常有すべき安全性を欠き、その管理に瑕疵があったとした原判決には、国賠償法2条1項の解釈適用を誤ったか、又は、判決に影響を及ぼすことが明らかな理由の食い違いがあるものというべきであり、この種の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は、理由がある。
解説
本件事故当時、点字ブロックは、新たに開発された視力障害者用の安全設備で普及度が低く、素材、形状等も統一されていませんでした。このような状況下において、竜華寺駅の駅のホームに点字ブロックが設置されていないことが、国賠償法2条1項の「営造物の設置又は管理の瑕疵」に当たるかが問題となりました。本判決は、「営造物の設置又は管理の瑕疵」の意義について、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることとした判例(最判昭45.8.20)を踏まえ、点字ブロックの未設置が「営造物の設置又は管理の瑕疵」に当たるかどうかの判断基準を示した。
この分野の重要判例
◆大阪空港訴訟(最大判昭56.12.16)
1 国家賠償法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵
国家賠償法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が有すべき安全性を欠いている状態をいうのであるが、その判断にあたっては、当該営造物の構造、用法、場所的環境、利用状況等諸般の事情を考慮すべきものと解される。そして、営造物の設置管理者が、営造物の設置管理に当たり、これによって他人に損害を生ぜしめる危険性のある状態が生じないように、物的及び人的な設備を整え、これを維持管理し、その使用にあたっての措置を適切に行うなど、状況に応じて必要かつ合理的な措置を尽くすべき注意義務を負っていると解されるところ、右の義務を尽くしていないと認められる限り、営造物の設置管理に瑕疵があると解すべきである。本件についてこれをみるに、… 本件空港の設置、管理の瑕疵は、右空港の施設自体がもつ物理的・外形的な欠陥ではなく、また、空港に離着陸する航空機が発着するに際して生ずる騒音が、空港周辺住民に被害を及ぼすという点にある。本件空港に多数のジェット機を含め航空機が離着陸するに際して生ずる騒音が相当範囲の周辺住民に対し睡眠妨害、精神的苦痛等の被害をもたらしているという点にある。また、営造物の利用者が第三者に対し損害を及ぼした場合であっても、それが当該営造物の用法に沿ったものであるかぎり、これと営造物の瑕疵との間に相当因果関係が認められる限り、国又は公共団体は、その損害について賠償の責めに任ずべきであると解すべきである。
したがって、本件のように、空港に離着陸する航空機の騒音により周辺住民に被害を及ぼすという場合であっても、空港の設置管理者が、空港周辺の環境の保全について配慮し、適切な措置を講ずることなく、漫然と空港を公衆の利用に供したときは、空港の設置管理に瑕疵があると解するのが相当である。
2 本件空港のような国の行う公共事業で第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害とされるかどうかの判断
本件空港のような国の行う公共事業が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害とされるかどうかの判断にあたっては、…侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮に入れ、これらを総合的に考察してこれを決すべきものと解するのが相当である。
以上に述べた侵害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察してこれを決すべきものである…。
本件においてこれを検討するに、本件空港が我が国、国際間の幹線航空路における枢要な地位を占め、その果たす公共的役割に極めて重要なものがあること、したがって、その供用を停止し、これを廃止することが実際上不可能に近いことは明らかである。しかし、これもまた一面の真理であって、航空輸送の重要性が、そのために周辺住民が日常生活の根幹にかかわる静穏で平穏な環境のもとで暮らすという基本的な権利を著しく侵害することを当然に許容するものでないことはいうまでもない。そして、本件空港の周辺住民が受けている騒音被害の程度、内容が著しく大きいものであることは、原判決の説示するとおりである。しかし、国も、右の被害を漫然と放置してきたものではなく、各種の対策を講じてきたこともまた否定しがたい。これらの諸事情を総合して考えると、国は、昭和50年当時には、Yが、本件空港の騒音被害が社会生活上受忍すべき限度を超えるものであることを認識しながら、これに対する有効な対策を講ずることなく、漫然と空港を公衆の利用に供してきたものというべきであって、右の時点においては、本件空港の設置管理に瑕疵があったものと解するのが相当である。
過去問
1 営造物の設置または管理の瑕疵とは、当該営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連においてその利用者のほか第三者に対して危害を生ぜしめる危険性がある場合に営造物が通常有すべき安全性を欠く状態にあることをいい、空港の設置管理の瑕疵については国賠償法2条1項は適用されない。 行政法2022年
判例
1 X判例は、営造物の設置または管理の瑕疵とは、当該営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連においてその利用者のほか第三者に対して危害を生ぜしめる危険性がある場合に営造物が通常有すべき安全性を欠く状態にあることをいうとしたうえで、「空港に離着陸する航空機による騒音により周辺住民の身体に異常を生ぜしめたるがごときの空港の設置、管理の瑕疵と全く同視しうるものとはいえない」としています(最大判昭56.12.16)。
3 国家賠償法3条
国庫補助事業と費用負担者の責任(最判昭50.11.28)
■事件の概要
Xは、吉野熊野国立公園内にある魔ヶ淵を訪れ、周囲を歩いて観光していたところ、その道中にあるがけから転落して重傷を負った(本件事故)。
判例ナビ
Xは、本件事故は本件周回路の設置管理の瑕疵に起因するものであるとして、Y(国)、A(三重県)、B(海山町)に対し、国家賠償法2条に基づく損害賠償を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を一部認容しましたが、控訴審は、Yの国家賠償法2条ではなく3条1項の費用負担者の責任に基づくものであるとしました。そこで、Yが上告しました。
■裁判所の判断
公の営造物の設置又は管理に瑕疵があるため国又は公共団体が国家賠償法2条1項の規定によって管理責任を負うべき場合につき、同法3条1項と相まって、当該営造物の設置もしくは賠償の責に任ずべきであるとしたのは、右のいずれの者が賠償の責に任ずべきかを明確にし、いずれの者が賠償の責に任ずべきかを求めるものであることを明らかにするためと解され、被害者たる国民が、そのいずれに損害賠償の請求をすることができるのかによって、その請求がたらい回しにされることのないようにとの配慮に基づくものと解される。
したがって、同法2条1項の営造物の設置もしくは賠償の責に任ずべき者と、同法3条1項の営造物の設置費用を負担する者とが同一の者でない場合においても、これらの者が共同してこれに当たる場合はもとより、費用負担者が国もしくは公共団体であるときは、両者は、いずれも、被害者に対して、賠償の責に任ずべきものと解すべきである。
ところで、自然公園法によれば、Yが国立公園事業の執行として本件道路を設置し、その管理の責に任ずべきものである以上、その執行に要する費用は、同法54条1項及び2項によれば、Yがこれを負担すべきものとされている。そして、右のとおり、Yが国立公園事業の執行として本件道路の設置及び管理の責に任ずべきものである以上、その執行に要する費用は、同法54条1項及び2項によれば、Yがこれを負担すべきものとされている。そして、右のとおり、Yが国立公園事業の執行として本件道路を設置し、その管理の責に任ずべきものである以上、その執行に要する費用は、同法54条1項及び2項によれば、Yがこれを負担すべきものとされている。
解説
本判決は、国家賠償法3条1項の趣旨は、被告選択の困難を除去することと危険責任の法理により被害者の救済を全うすることにあるとしたうえで、同項の設置費用負担者には、当該営造物の設置費用につき法律上負担義務を負う者のほか、この者と同等もしくはこれに近い設置費用を負担し、実質的にはこの者と当該営造物による事業を共同して執行していると認められる者であって、当該営造物の瑕疵による危険を効率的に防止しうる者も含まれるとした。そして、本件周回路の設置を承認し、設置費用の半額に相当する補助金を交付し、さらにその後の改修にも補助金の交付を続けて、本件周回路に関する設置費用の負担割合が2分の1近くに達している国は、設置費用の負担者に当たるとしました。
この分野の重要判例
◆国家賠償法3条2項に基づく求償(最判平21.10.23)
市町村の設置する中学校の教諭がその職務を行うについて故意又は過失によって違法に生徒に損害を与えた場合において、当該教諭の給料その他給与を負担する都道府県が国家賠償法3条1項、3条1項に従い上記生徒に対して賠償をしたときは、当該都道府県は、同条2項に基づき、賠償した損害の全額を当該中学校を設置する市町村に対して求償することができるものと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。
国又は公共団体がその事務を行うについて国又は公共団体に損害を賠償する責めに任ずる場合における損害を賠償するための費用も国又は公共団体の事務を行うために要する経費に含まれるというべきであるから、上記経費の負担について定める法令は、上記費用の負担についても定めているものと解される。同法3条2項に基づく求償についても、上記経費の負担について定める法令の規定に従うべきであり、法令上、上記措置を賠償するための費用をその事務を行うための経費として負担すべきものとされている者が、同項にいう内部関係においてその損害を賠償する責任ある者に当たると解するのが相当である。
これを本件についてみるに、学校教育法5条は、学校の設置者は、法令に特別の定めのある場合を除いては、その学校の経費を負担する旨を、地方財政法9条は、地方公共団体がその事務を行うために要する経費は、同条ただし書所定の経費を除いては、当該地方公共団体が全額これを負担する旨を、それぞれ規定する。上記各規定によれば、市町村が設置する中学校の経費については、原則として、当該市町村がこれを負担すべきものとされる。他方、市町村立学校職員給与負担法1条は、市町村立の中学校の教諭その他同条所定の職員の給料その他の給与(非常勤の講師にあっては、報酬等)は、都道府県の負担とする旨を規定するが、同法は、これ以外の費用の負担については定めることころがない。そして、市町村が設置する中学校の教諭がその職務を行うについて故意又は過失によって違法に生徒に損害を賠償するための費用は、地方財政法9条ただし書所定の経費には該当せず、他に、学校教育法5条にいう法令の特別の定めはない。そうすると、上記損害を賠償するための費用については、法令上、当該中学校を設置する市町村がその全額を負担すべきものとされているのであって、当該市町村が国家賠償法3条2項にいう内部関係においてその損害を賠償する責任ある者として、上記損害を賠償した者からの求償に応ずべき義務を負うこととなる。
解説
市立中学校の教諭に体罰を加えられた同校の生徒が、県と市に対して、国家賠償法1条1項、3条1項に基づいて損害賠償を求める訴えを提起したという事案です。法令により市立中学校の教諭の給与等を負担している県が生徒に賠償した場合、市に求償できるかが問題となりました。本判決は、法令上、損害賠償費用のその事務を行うための経費として負担すべきものとされている者が、3条2項の「内部関係でその損害を賠償する責任ある者」に当たるとしたうえで、法令上、市立中学校を設置する市が損害賠償の費用を負担すべきものとされているから、「内部関係でその損害を賠償する責任ある者」に当たり、県からの求償に応じる義務を負うとしました。
過去問
1 公の営造物の設置費用を負担した者でなければ国家賠償法3条1項の規定の設置費用の負担者に含まれるものではないが、法律の規定上当該営造物の設置もしくはなしうることが認められている国が、これらに要する経費を支弁するために、特定の地方公共団体に対しその設置を命じ、経済的な援助を供与する反面、同所定の営造物の管理につき指揮監督をなしうる立場にあるときには、同法所定の営造物の瑕疵による危険を効率的に防止しうる立場にあるときには、同法所定の営造物の設置費用の負担者に含まれる。
2 市が設置する中学校の教員が起こした体罰事故について、当該教員の給与を負担する県が賠償金を被害者に支払った場合、県は国家賠償法に基づき、賠償金の全額を市に求償することができる。
4 国家賠償法4条
国家賠償法と失火責任法(最判昭53.7.17)
■事件の概要
Y市にある店舗に隣接する住宅(本件建物)の2階部分から出火した(第1次火災)。そのため、市消防署消防吏員Aらが消火活動に当たった。Aらは現場に到着した時にはすでに火は鎮火の状態であったが、Aらは現場の調査等を行っても引きあげたが、数時間後に、再び同じ場所から出火し、本件建物は全焼した(本件火災)。
判例ナビ
本件建物の住人Xは、本件火災は、Aらが第1次火災の残り火の点検を怠ったからであるとして、Yに対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める訴えを提起しました。第1審はXの請求を棄却しましたが、控訴審がXの請求を一部認容したため、Yが上告しました。
■裁判所の判断
国又は公共団体が国家賠償法1条1項の規定が適用される場合においても、失火の責任については国家賠償法4条の「民法」に含まれるものと解するのが相当である。失火の責任については、失火責任法が民法709条の特則を定めたものであるから、国家賠償法4条の「民法」には含まれるものと解するのが相当である。失火責任法が消防の任に当たる公務員の失火による国又は公共団体の損害賠償責任についてのみ法の適用を排除すべき合理的理由は存しない。したがって、公権力の行使に当たる公務員の失火による国又は公共団体の損害賠償責任については、国家賠償法4条により失火責任法が適用され、当該公務員に重大な過失のあることを要するものといわなければならない。
解説
本判決は、失火責任法が国家賠償法4条の「民法」に含まれること等を理由として、国家賠償責任の成否を検討するに当たり失火責任法が適用されることを明らかにしました。そして、消防吏員による国家賠償については、公務員に重過失があることを要するものとして、消防吏員の重過失の有無の事実を尽くすため、本件を原審に差し戻しました。
過去問
1 失火の責任条件について民法709条の特則を規定した失火責任法は、国家賠償法4条にいう民法に含まれると解するのが、国家賠償の趣旨に反する規定まで当然に適用されてよいとはいえず、消防吏員の職務義務はまさに消火作業にあり、その職務の遂行に失火責任法の適用が予定されているとは言いがたいのであるから、公権力の行使に当たる公務員の失火による国又は公共団体の損害賠償責任については失火責任法の適用を認めず、損害賠償責任について当該公務員に重過失のあることを必要とすべきではない。 (公務員2020年)
1 X 失火責任法は、国家賠償法4条の「民法」に含まれます。したがって、公権力の行使にあたる公務員の失火による国または公共団体の損害賠償責任にも失火責任法が適用され、賠償責任が認められるには、当該公務員に重過失のあることが必要です(最判昭53.7.17)。
5 損失補償
破毀消防に伴う損失補償の要件(最判昭47.5.30)
■事件の概要
Y村内にある甲建物から火災が発生し、火は東方の乙建物、丙建物をへて、西隣の北に隣接して消防活動にあたっていたXの所有建物(Xら所有建物を含む)を破壊するよう消防団員に命じて破壊した。
判ナビ
Xらは、Yに対し、主位的に国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を、予備的に消防法29条3項、4項に基づく損失補償を求める訴えを提起しました。第1審、Xらの請求を棄却しましたが、控訴審は、主位的請求を棄却し、予備的請求を一部認容しました。そこで、Yが上告しました。
■裁判所の判断
火災の際の消防活動により受けたその者の損害の補償を請求するためには、当該処分が、火災が発生し、もしくは発生し、または延焼のおそれがある消防対象物およびこれらのもののある土地以外の消防対象物および土地に対してなされたものであり、かつ、右処分が消火もしくは延焼の防止または人命の救助のために緊急の必要があるときになされたものであることを要するというのでなければならない。
ところで、これを本件についてみるに、…本件破壊消防行為のなされた当時右図面表示のロ、ニの建物(Xらの所有する建物)自体は必ずしも延焼のおそれがあったとはいえないが、丙建物から北に連なる建物への延焼を防止するためにはロ、ニの建物を破壊する緊急の必要があったものであることは明らかである。してみれば、A消防団長が右建物を破壊したことは消防法29条3項にいう適法な行為ではあるが、そのために損害を受けたXらは右法律によりその損失の補償を請求することができるものといわなければならない。
解説
火災現場周辺の建物を破壊して延焼を防ぐことによって消火をはかることを破壊消防といいます。消防法は、29条1項から3項までにおいて、破壊消防ができる場合を規定しています。そのうち、損失補償が請求できるのは、3項の場合です。本件は、破壊消防によって所有する建物を破壊されたXらが、損失補償を求めたという事案です。本判決は、消防法29条3項により損失補償を請求できるとしました。
この分野の重要判例
◆土地収用法における損失の補償(最判昭48.10.18)
土地収用法における損失補償は、その収用によって当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものであるから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をされなければならず、被収用者が収用によって土地の所有権を失うのと同一の機会に、その対価に代わる金銭を取得することを保障するものでなければならないというべきである(昭和42年法律74号による改正前のもの)。
解説
本件当時の土地は、土地を収用することによって所有者が有する使用収益の対価の補償でなければならず、また、収用する場合の対価の補償は、近傍類似の土地の取引価格等を考慮した「相当な価格」で補償しなければならないと予定していました(71条、72条)。本件は、建築基準法による建築制限の付いた土地が収用された事案であり、補償すべき「相当な価格」とは、建築制限を受けないとしたとして評価した評定価格が相当であるかが問題となりました。本判決は、土地収用法において土地を評価するに際し、建築制限を考慮することなく評価した価格が相当価格となるとしました。土地収用法上の損失の補償とはいっても、建築制限を受けなければ不戦災時において有するであろうと認められる価格を補償するものであることを理由として、土地収用法に反しないことを明らかにしました。
過去問
1 火災の際の消防活動により損害を受けたその者の損害の補償を請求するためには、消防法による処分が、火災が発生し、もしくは発生し、または延焼のおそれがある消防対象物およびこれらのもののある土地以外の消防対象物および土地に対してなされたものであり、かつ、消火若しくは延焼の防止又は人命の救助のために緊急の必要があるときにされたものであることを要するとした。 (公務員2019年)
2 都市計画事業のために土地が収用される場合、被収用地に都市計画決定による建築制限が課されていても、被収用者に対して土地収用法によって補償すべき相当な価格とは、被収用者が、建築制限を受けていないとすれば、裁決時において有するであろうと認められる価格をいう。
1 ○ 破壊消防に伴う損失補償が問題となった事案において、判例は、本問のように述べています(最判昭47.5.30)。
2 ○ 土地収用法における損失補償は、その収用によって当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものですから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をする必要があります。したがって、被収用地に都市計画決定による建築制限が課されている場合、被収用者が建築制限を受けていないとすれば裁決時において有するであろうと認められる価格を被収用者に補償すべきです(最判昭48.10.18)。