弁護士の知識

財産取得の時期

2025年11月19日

Q&A 弁護士のための相続税務70
中央経済社

Q:私は、次男にマンションを贈与したいと考え、本年の12月末までには贈与契約書を作成する予定です。実際の引渡しは年明けとなる見込みです。次男は来年贈与税の申告を行う必要があるのでしょうか。
A: 贈与に当たり書面で贈与契約を交わした場合、契約をした本年中に贈与財産を取得したものとして、贈与財産を取得した翌年2月1日から3月15日までに贈与税の申告をします。なお、贈与契約の日付と贈与財産の引渡しが年をまたぐような場合には、じ後の税務調査に備え、公証役場で確定日付を取っておくことが望ましいといえます。
解説
贈与・対象財産が不動産の場合、贈与契約書を作成して贈与契約を交わした日を財産取得の時期とします。書面によらず契約を交わしたときは、不動産の引渡しを受けた日を財産取得の時期とすることになり、課税関係に影響しますので留意が必要です。
(1) 民法上の贈与
贈与は、当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生じます(民法549) ので、この要件を満たせば、書面又は口頭のいずれであっても成立します。 なお、書面によらない贈与は、贈与者も受贈者も原則いつでも解除することができますが、履行が終わった部分については解除することができません(民法550)。また、書面による贈与は、原則として解除することができません。
(2) 相続税法上の贈与財産取得の時期
相続税法における贈与による財産の取得の時期は、上記民法の規定を受け、書面によるものについてはその契約の効力の発生した時、書面によらないものについてはその履行の時とされています(相基通1の3・1の4共-8)。 不動産など所有権移転登記等の目的となる財産について上述の取扱いにより贈与の時期を判定する場合、贈与契約書を作成していないなどその贈与の時期が明確でないときは、特に反証のない限りその登記等があった時に贈与があったものとされます(相基通1の3・1の4共-11)。 なお、「司法試験に合格したら1億円を贈与する」というような停止条件付の贈与は、上記によらず停止条件が成就した時に財産を取得したものとされます(相基通1の3・1の4共-9)。
(3) 贈与財産の取得時期の違いによる相続税額への影響 本事例のマンションの贈与のように比較的高額な財産を贈与により取得する場合、受贈者は、贈与者の相続開始時に相続財産に加算して相続税額を計算する相続時精算課税制度を選択するか、特に選択の手続を要しない暦年課税贈与により申告するかの判断を要します。 暦年課税贈与により申告した場合、贈与者の相続が開始した際、相続開始前の一定の期間内に贈与を受けた財産の価額は、相続税の課税価格に加算しなければならず、財産の取得時期は相続税額の計算に大きく影響します。このため、相続開始の日に応当する財産の取得時期の判定にあっては、贈与契約書の作成日や贈与財産の引渡日が重要な要素となります。
(4) 贈与税申告がない場合の贈与の事実の判断
暦年課税贈与において、贈与契約は交わしたものの、何らかの事情により贈与財産の登記や引渡しに時間を要するような場合には、贈与税の申告が行われ ないまま相続開始を迎えるというケースもあります。このような状況において、相続税に係る税務調査が行われた場合、贈与契約を交わした財産につき、贈与が成立しているか否か (被相続人 (贈与者)の財産となるか否か)、課税上の問題が生じます。この点、次の①及び②の裁決事例があります。
① 公正証書に基づく贈与契約は成立していないとされた事例 請求人が相続開始前に公正証書に基づき贈与契約を交わした不動産は、相続人が被相続人から生前贈与を受けたものであり、相続財産ではない旨主張した事案で、審判所は次のように判断し、請求人の請求を棄却しました。
本件不動産の所有権移転登記手続及び使用収益の状況などに照らすと、被相続人は、本件公正証書に基づいて、孫らに対し本件不動産を真に贈与する意思を有していたとは認め難く、孫らも、本件不動産を取得したとする認識があったとは認められない。また、公正証書を作成した目的が、請求人が主張するように、孫らに対する相続税の節税のための生前贈与にあるとするならば、孫らの親権者である請求人を含めた当事者は、本件不動産についての贈与税の申告が必要であるとの認識を有していたとみるのが自然であるところ、本件不動産に係る贈与税の申告はされていない。そうすると、本件公正証書は将来の相続税の負担を回避するなど、何らかの意図を持って作成された、実態を伴わない形式的な文書であるとみるのが自然かつ合理的であり、本件公正証書によって被相続人と孫らの間に贈与の合意が成立していたものとは到底認められず、請求人の主張には理由がない。
② 贈与契約の成立した日は公正証書が作成された日ではなく移転登記の日であるとされた事例 相続開始前に公正証書に基づき行った贈与契約につき、相続人が、公正証書による財産の贈与時期は、本件不動産に係る所有権の移転登記がされた日ではなく、公正証書が作成された日である旨主張した事案では、審判所は次のように判断し、税務署の処分は適法であるとしました。

贈与税課税の除斥期間が経過するまで所有権の移転登記がされていないこと、公正証書の作成目的が租税回避以外の必要性がないこと及び公正証書の記載内容と異なる行為が行われていることから、当該公正証書は実態を伴わない形式的な文書と認めるのが相当であり、これにより贈与が成立したとは認められない。したがって、本件不動産の贈与の成立した日は、第三者に対抗するための法律要件が成就した日(所有権移転登記が行われた日)と認めるのが相当であるから、本件決定処分は適法である。

(5) 本事例における留意点
本事例において、贈与契約書が実態を伴わない形式的な文書と認定されないためにも、契約書記載の引渡期日までに引き渡すとともに、第三者対抗要件である所有権移転登記を引渡日付で行いましょう。また、引渡日以後,受贈者(次男)が実際に使用収益しているという事実を残しておくことに加え、贈与税の申告も必要です。
(6) 所得税の収入金額の計上時期との相違
所得税法上,譲渡所得や山林所得の総収入金額の収入すべき時期は、その所得の基因となる資産の引渡しがあった日、あるいはその資産の譲渡に関する契約の効力発生の日のいずれかを納税者が選択できるとされています(所基通36-12)。 しかし、相続税法上、贈与財産の取得の時期を納税者が選択することはできません。