弁護士の知識

非課税財産

2025年11月19日

Q&A 弁護士のための相続税務70
中央経済社

Q:亡くなった夫から、独立した子へ、毎月20万円を生活費として子の預金口座に振り込んでいました。生活費なので贈与税は非課税として考えてよろしいですか。なお、子は安月給の会社員です。
A: 親から子への生活費の振込み(仕送り)は、同居・別居にかかわらず、通常必要と認められる生活費であれば、贈与税はかかりません。 ただし、生活費として渡したもののうち、残余がある場合には、課税関係に注意が必要です。
解説
民法では、両親や祖父母,子供,孫などの直系血族,兄弟姉妹,夫婦間についてはお互いに扶養 (扶助) 義務がある(民法8771, 752) とし、また、叔父や叔母などの三親等内の親族は、特別の事情があるときは家庭裁判所の審判によって扶養義務を負う (民法877②)としています。
一方、相続税法では、生計を一にしているのであれば、三親等内の親族は家庭裁判所の審判にかかわらず、扶養義務者になるとして、民法よりも広く解釈されています(相基通1の2-1)。夫婦や親子、兄弟姉妹などの扶養義務者相互間において、生活費又は教育費に充てるために贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるものの価額は、贈与税の課税価格に算入されません(相法21の3①二)。
(1) 生活費又は教育費の範囲等
生活費とは、通常の日常生活を営むのに必要な費用(教育費を除きます。)のことで、治療費、養育費なども含まれます(相基通21の3-3)。また、教育費とは、教育上通常必要と認められる学費、教材費、文具費等のことで、義務教育費に限られません(相基通21の3-4)。 なお、相続税法上の「通常必要と認められるもの」とは、被扶養者の需要と扶養者の資力その他一切の事情を勘案して社会通念上適当と認められる範囲の財産とされています (相基通21の3-6)。
(2) 贈与税がかからない生活費又は教育費
贈与税がかからない生活費又は教育費は、「必要な都度」、「直接これらの用に充てる」ために贈与する必要があります(相基通21の3-5)。 したがって、必要と認められる金額をまとめて1年分送金するような場合や、生活費や教育費の名義で取得した財産を定期預金や株式購入資金に充てるような場合には、その財産の帰属をめぐり税務当局と判断が分かれることが多々あります。つまり、贈与者と受贈者の間に贈与契約が成立し、贈与した財産が受贈者に帰属していれば贈与があったとして受贈者の贈与税の課税対象(贈与の成立時期によっては相続税の生前贈与加算の対象)となり、贈与が成立しておらず被相続人に帰属していると認められるのであれば被相続人の相続財産として相続税の課税対象となります。
(3) 妻名義の預貯金は夫の相続財産であるとされた事例
税務署が、税務調査において、被相続人の妻名義の預貯金等は被相続人に帰属するものと認められ、相続財産であるとして相続税の更正処分を行ったのに対し、相続人が相続人の固有財産であるとして、処分の取消しを求めた事案において、審判所は次のように判断し、相続人の請求を棄却しました。
妻に手渡された生活費の残余であるか否かは別問題として、被相続人の妻名義の銀行預金、郵便貯金並びに割引金融債券及び利付金融債券の原資は、被相続人が拠出したものであり、本件預貯金等の取得原資を被相続人が拠出していたことに加え、被相続人による管理及び運用の事実が認められることから、本件預貯金等は、被相続人に帰属していたことが認められる。 請求人は、本件預貯金等は被相続人から妻へ生活費等として生前贈与されたものを貯蓄して形成されたものであり、生活費の余剰金については、口頭による贈与契約があった旨主張する。しかしながら、仮に被相続人が妻に生活費として処分を任せて渡していた金員があり、生活費の余剰分は自由に使ってよい旨言われていたとしても、渡された生活費の法的性質は夫婦共同生活の基金であって、余剰を妻名義の預金等としたとしてもその法的性質は失われないと考えられるのであり、このような言辞が直ちに贈与契約を意味してその預金等の全額が妻の特有財産となるものとはいえないこと、生活費の余剰金が妻に贈与されたことを具体的に明らかにする客観的証拠はないことなどから、被相続人から妻への生活費の余剰金の贈与を認めるに足りる証拠は見当たらないので、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(4) 贈与税が非課税とされるもの
扶養義務者相互間における通常必要と認められる生活費又は教育費のほか、贈与税が非課税とされるものには次のものが挙げられます。
① 障害者非課税信託 (相法21の4①) 障害者の生活の安定を図ることを目的とした信託契約の受益権について、贈与税が非課税となる上限金額は、特別障害者は6,000万円、特別障害者以外の障害者は3,000万円です。
② 贈与税の配偶者控除 (相法21の6①) 婚姻期間が20年以上の夫婦の間での、居住用不動産又は居住用不動産を取得するための金銭の贈与について、基礎控除110万円のほかに最高2,000万円まで課税対象から控除されます。
③ 住宅取得等資金の贈与を受けた場合の非課税 (措法70の2①) 直系尊属からの一定の要件を満たす住宅取得等資金の贈与について、省エネ等住宅の場合には1,000万円、それ以外の住宅の場合は500万円まで非課税とされます。 5 適用期限は令和4年1月1日から令和8年12月31日までとされています。
④ 教育資金の一括贈与を受けた場合の非課税 (措法70の2の21) 直系尊属から一括贈与を受けた教育資金のうち一定の要件を満たすものについて、1,500万円まで非課税とされます。。
⑤ 結婚・子育て資金の一括贈与を受けた場合の非課税 (措法70の2の31) 直系尊属から一括贈与を受けた結婚・子育て資金のうち一定の要件を満たすものについて、1,000万円まで非課税とされます。
(5) その他贈与税がかからない財産
① 法人からの贈与により取得した財産等 (相法21の3①一) 法人からの贈与により取得したもの(贈与税は個人から財産を贈与により取得した場合にかかる税金であり、贈与税ではなく所得税の対象)及び公益信託から給付を受けたもの(新公益信託法の施行の日から適用)。
② 特定公益信託から交付される金品 (相法21の3①四) 奨学金の支給を目的とする特定公益信託や財務大臣の指定した特定公益信託から交付される金品で一定の要件に当てはまるもの(本取扱いは、新公益信託法の施行の日から「公益信託の受託者が贈与により取得した財産」となります。)。
③ 心身障害者共済制度に基づき支給される権利(相法21の3①五) 地方公共団体の条例によって、精神や身体に障害のある人又はその人を扶養する人が心身障害者共済制度に基づいて支給される給付金を受ける権利。
④ 選挙運動に関し取得した金品等 (相法21の3①六) 公職選挙法の適用を受ける選挙における公職の候補者が選挙運動に関し取得した金品その他の財産上の利益で、公職選挙法の規定による報告がなされたもの。
⑤ 社交上必要と認められる香典等 (相基通21の3-9) 個人から受ける香典、花輪代、年末年始の贈答、祝物又は見舞いなどのための金品で、社会通念上相当と認められるもの。
⑥ 相続があった年に被相続人から贈与により取得した財産(相法21の24) 相続や遺贈により財産を取得した人が、相続があった年に被相続人から贈与により取得した財産の価額で相続税の課税価格に加算されるもの。
(6) 本事例の課税関係
本事例において、子が会社員として独立していても、月給が少ないために、資力に余裕がある親がその子に送金する生活費相当額については、基本的には贈与税はかかりません。また、祖父母が親に代わって孫に通常必要と認められる生活費を毎月送金するような場合でも贈与税はかかりません。 ただし、送金した金銭が子(受贈者)の貯蓄や証券投資などに充てられるなど生活費として費消されていない場合は、贈与税の課税対象となります。