弁護士の知識

特定遺贈と包括遺贈

2025年11月19日

Q&A 弁護士のための相続税務70
中央経済社

Q:父が亡くなり、公正証書遺言を開封したところ、内縁の妻に5,000万円、長男の私に2,000万円と不動産のほか残りの財産を相続させる旨の内容でした。葬式費用200万円は内縁の妻が負担しました。内縁の妻にも財産を相続させないといけないでしょうか。
A: 内縁の奥様はあなたと同様に相続税の申告と納税が必要ですが、その計算上葬式費用は債務控除の対象とはなりません。また、内縁の奥様は相続税額の2割加算が適用されます。公正証書遺言における内縁の奥様に対する特定遺贈は有効と思われます。なお、法定相続人があなた1人である場合、「不動産のほか残りの財産」の時価が3,000万円未満であるときは遺留分侵害額請求の検討が可能と思料します。 解説 被相続人(遺言者)が、遺言により、自己の意思に沿って遺産を承継させる方法としては、大きく分けて、遺贈と特定財産承継遺言 (いわゆる「相続させる」旨の遺言)があります。
さらに、遺贈は特定遺贈と包括遺贈に分かれます(民法964)。遺贈により財産を受ける受遺者は、相続人に限らず第三者でも差し支えありません。 また、遺言者は遺産分割の方法を定めることができる(民法908①) とされており、この遺産分割方法の指定として、遺産に属する特定の財産を共同相続人の1人又は数人に承継させる旨の遺言のことを、特定財産承継遺言といいます(民法1014②)。
遺言により特定の財産を承継させるという意味で、特定遺贈と特定財産承継遺言は機能が類似しますが、特定遺贈の受遺者は相続人でも第三者でもあり得るのに対し、特定財産承継遺言は遺産分割方法の指定であるため、財産を承継する主体は相続人でなければなりません。 もっとも、相続人以外に対して「相続させる」旨の遺言がされた場合には、多くの場合は遺言者の真意は遺贈であったと解して、遺贈としての効力を認めることになるものと考えられます。
(1) 特定遺贈
特定遺贈は、遺言により目的物を特定して財産を受遺者(「特定受遺者」といいます。)に承継させるものです。特定受遺者は、遺言者の死亡後、いつでも遺贈を放棄することができます(民法986①)。遺贈が放棄された場合、その効果は最初からなかったものとされることから、遺贈の対象であった財産については、共同相続人の遺産分割協議により帰属者を定めることになります(民法995)。 相続税の申告後において、遺贈の放棄があり、受遺者がこれを理由として更正の請求を行った場合、遺贈の放棄によって利益を受けた共同相続人に対しては、その更正の請求のあった日から1年間について、更正又は決定処分ができることとされています(相法35③)。なお、特定受遺者は遺言により特定された財産を取得することができますが、それ以外の財産については取得することができません。また、借入などの債務については、遺言で負担として指定されない限り、負担することはありません。
不動産の特定遺贈の場合には、受遺者と相続人すべて (登記義務者)の共同申請により登記を行うことが原則です(不動産登記法60)が、受遺者が相続人である場合には、受遺者が単独で登記を申請することができるとされています(同法63③)。
(2) 包括遺贈
包括遺贈は、遺言により債務も含めて包括的に遺産の遺贈を行うものです(民法964)。遺産の全部を包括遺贈することもできますし(「全部包括遺贈」といいます。),一定割合(例えば、遺産の3分の1)として包括遺贈することもできます(「割合的包括遺贈」といいます。)。 このため、包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有するものとされています(民法990)。包括受遺者が遺贈による権利義務の承継を阻止するためには、相続人と同様に、熟慮期間中の相続放棄の手続が必要となります。 割合的包括遺贈の場合には、受遺者は相続人と同様に、他の相続人と協議して遺産分割の内容を定める必要があります(協議がまとまらない場合には調停・審判となることも同様です。)。
受遺者が第三者である場合には、包括遺贈はいわば相続人を増やすに等しい効果があります。受遺者が相続人である場合には、相続分の指定なのか、包括遺贈なのかはっきりしなかったり、また、債務の負担がある場合にも、包括遺贈とは限らず負担付特定遺贈である可能性もあるなど、必ずしも明瞭ではない場合も考えられますが、最終的には、遺言者の意思=真意の解釈によるものと考えられます。
なお、相続や包括遺贈では不動産取得税は「非課税」となりますが、相続人以外の第三者への特定遺贈は不動産取得税として不動産評価額に対し一定の税率が課税されます。この不動産評価額とは固定資産税評価額のことで、税率は「3%」(土地や住宅用の建物) 又は 「4%」(店舗や事務所)となります。
(3) 特定財産承継遺言
特定財産承継遺言が行われた場合には、遺言者の死亡により、その相続人が当然にその財産を取得し、遺産分割協議を経ることなく、取得者は単独で不動産の登記や預金の払戻しを行うことができます。
特定財産承継遺言では不動産の登記について取得者が単独で申請できる(不動産登記法63②) 点で、特定遺贈と異なるとされてきましたが、上記(1)のように受遺者が相続人である場合には受遺者が単独で登記申請できることになったため、その差は狭まりました。
(4) 内縁とは
内縁とは、事実上の婚姻ではあるものの、婚姻届を欠く場合をいい、法律上の婚姻とは認められません。
法律婚と内縁の違いの一つは、内縁の場合には、お互いがお互いを相続しないということです。このため、内縁の配偶者に遺産を残すためには、遺贈(包括遺贈又は特定遺贈) によることになりますが、以下の点に注意が必要です。
① 相続税の計算における基礎控除
遺贈も相続と同様に「人の死亡が起因」となるため、相続税が課税されます。相続税は、「課税遺産総額」から「基礎控除額」を差し引いた価額に対して課税され、この基礎控除額は、「3,000万円+600万円×法定相続人の数」により計算します。 受遺者は基礎控除額の計算における「法定相続人の数」には含まれません(なお、受遺者が法定相続人である場合には、受遺者としてはカウントされませんが、法定相続人としてはカウントされます。)。 また、受遺者が法定相続人以外の人である場合、相続税額の2割加算が適用されます。
② 債務控除等
相続税法において債務を差し引くことができる人は、相続人及び包括受遺者(相続時精算課税の適用を受ける贈与により財産を取得した人を含みます。)に限られます。特定受遺者が債務を負担するのは負担付遺贈の場合と考えられ、このような場合は、その財産の価額から負担額を控除した価額を課税価格とします(相基通11の2-7)が、特定受遺者が葬式費用などの債務を負担しても相続税の計算上、債務控除を行うことはできません(相法13)。
③ 登録免許税の税率
遺贈によって法定相続人以外の受贈者が不動産を取得した場合、相続登記の 際に課税される登録免許税の税率が高くなります。 相続の場合や遺贈を受けた人が法定相続人であれば、登録免許税の税率は「登記時点の固定資産税評価額の0.4%」ですが、遺贈を受けた人が法定相続人以外の人であれば、「登記時点の固定資産税評価額の2%」です。
(5) 本事例の課税関係
内縁の妻は民法上の相続人とはならないことから、相続税法上の法定相続人の数には含まれません。そのため、相続税の基礎控除額の計算における法定相続人の数に含まれないこと、配偶者に対する相続税額の軽減を受けられないことなど課税上の利益を受けることができません。遺言は「内縁の妻に5,000万円を相続させる」旨の内容ですが、内縁の妻への遺言は特定遺贈と解されます。
よって、内縁の妻の相続税の計算上、葬式費用を控除することはできません。 内縁の妻と相談者の関係にもよりますが、総体としての相続税額の負担を軽減させるなら、葬式費用の支払者を相談者とすることも選択肢の一つです。
(6) 本事例における遺留分侵害額の計算
法定相続人が相談者 (長男) 1人である場合の遺留分は法定相続分の2分の1となり、遺留分侵害額の計算は次のように行います。
【計算例】
① その他の財産が3,000万円の場合
・相談者の相続分
2,000万円+3,000万円=5,000万円・・・・・・イ
・相談者の遺留分額
(5,000万円 (内縁の妻の相続分) +イ) ×1/2=5,000万円………………
・遺留分侵害額
ローイ = 0円
② その他の財産が1,000万円の場合
・相談者の相続分 2,000万円+1,000万円=3,000万円・・・・・・イ
・相談者の遺留分額 (5,000万円(内縁の妻の相続分) +イ) ×1/2=4,000万円………………口
・遺留分侵害額 ローイ = 1,000万円