相続放棄と相続分0円での譲渡の違い
2025年11月19日
Q&A 弁護士のための相続税務70
中央経済社
Q: 夫が亡くなりましたが、私は遺産を相続するつもりはありません。知人から、相続放棄をしても相続分を0円で子供に譲渡しても同じであり、相続分を譲渡するのであれば、家庭裁判所への申述は不要と聞きました。
A: 相続分の譲渡は譲渡人と譲受人の合意があれば成立しますが、家庭裁判所に申述が必要な相続放棄と異なる手続であり、法的効果も異なります。 相続分の譲渡人は相続人としての立場がなくなるわけではありませんので、相続分の譲渡をもって被相続人の債権者に対抗できないことなどに留意が必要です。
解説…
(1) 相続分の譲渡 相続分の譲渡とは、自身の相続分 (地位)を他の人に譲り渡すことです。民法は、「遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したとき」(民法905①)と規定し、相続分の譲渡を想定しています。具体的には、遺産分割をする前に被相続人の相続財産に対する持分割合そのものを「他の相続人(共同相続人)」や相続人以外の「第三者」に売却あるいは贈与することを相続分の譲渡といいます。 相続分の譲渡をするに当たって、他の相続人の同意は不要となるため、譲渡人と譲受人の合意のみで相続分の譲渡は成立します。相続分の譲渡には、特別な手続は不要で、法律的には「口頭の合意」でも成立します。ただ、口頭では相続分の譲渡があった事実を証明できず、トラブルになる可能性があるので、通常は、「相続分譲渡証明書」などを作成します。
相続分の譲渡は、相続分の全部のみならず、一部譲渡をすることも可能です。あくまで相続分の譲渡であるため、特定の財産を指定した一部譲渡はできません。また、譲渡は有償でも無償でも構いません。 実務上、相続分の譲渡は、第三者に対する譲渡は稀で、他の相続人に譲渡するケースがほとんどです。遺産を承継する意思がなく、遺産分割協議から脱退するために無償で譲渡する場合や、相続人の数が多く全員での協議が困難であることから、協議当事者を減らすために、他の相続人に相続分を譲渡する(協議に参加する当事者が譲り受ける) 場合などがあります。
(2) 相続分の譲渡と相続放棄の違い
相続分の譲渡は、その相続人が相続人の地位にあることを前提に、「相続分」を他の相続人や第三者に譲るため、相続人としての立場が変わるわけではありません。一方、相続放棄は、その相続人の「相続権そのもの」を放棄するため、相続人でなくなります。 相続分の譲渡をしても、相続人であることに変化はないため、被相続人に借金など債務があった場合、債権者から返還請求されたときには、それに応じなければなりません。これは、相続分の譲渡のデメリットといえます。一方、家庭裁判所に相続放棄の申述書を提出して受理されれば相続人ではなくなるため、債権者からの返還請求に応じる必要はありません。
また、相続分の譲渡の場合、相続分を譲渡する側の相続人が、「誰」に相続分を譲渡するかを決めることが可能です。相続分を無償でも有償でも譲渡することができます。しかし、相続放棄の場合は、最初から相続人ではなかったことになります。そのため、これを前提に民法の規定により他の相続人の相続分が定まることになり、自分の望む相続人 (のみ)の相続分が増加するとは限りません。
(3) 相続分の譲渡に係る課税関係
① 他の相続人に無償譲渡した場合
譲受人は、「譲受人の本来の相続分+譲渡された相続分」が、相続税の課税対象となります。この場合、無償譲渡であっても遺産分割協議の一部であると解されるため、譲受人に贈与税は課税されません。 譲渡人は、相続分をすべて譲渡すれば税金は一切かからず、一部譲渡をした場合は「譲渡しなかった相続分」が相続税の課税対象となります。
② 他の相続人に有償譲渡した場合
譲受人は、対価として有償額を支払うため、「譲受人の本来の相続分+譲渡された相続分と有償額の差額」が相続税の課税対象となります。 譲渡人は、「有償金額」が、相続税の課税対象となり、代償分割と同じ扱い(後記41参照)となります。 また、相続分の譲受人が不動産などを譲渡対価として権利を移転した場合には、相続分の譲受人(不動産の譲渡人)に譲渡所得税の負担が生じることがあります。
③ 第三者に無償譲渡した場合
譲受人は、対価として有償金を支払っていないため、「譲渡された相続分」が贈与税の課税対象となります。 譲渡人は、相続分の譲渡をしても相続人の地位は残るため、第三者に譲渡した相続分に係る相続税の負担が残ります。
④ 第三者に有償譲渡した場合
原則として、譲受人に税金はかかりませんが、有償額が著しく低額なケースであれば贈与税が課税される可能性があります。 譲渡人は、相続分の譲渡をしても相続人であることに変わりはないため、第三者に譲渡した相続分に係る相続税の負担が残ります。また、遺産である不動産などの譲渡対価について譲渡所得税の負担が生じることがあります。
⑤ 第三者が法人である場合
有償又は無償を問わず、譲渡人は相続税の負担が残るだけでなく、遺産である不動産などの譲渡対価について譲渡所得税の負担が生じることがあります(所法59)(前記16 (2)②参照)。また、譲受人である法人において、譲り受けた財産の時価と対価の差額について法人税の課税対象となります(前記16(2)①参照)。
(4) 他の相続人へ相続分の譲渡を行うときの留意点
共同相続人間でされた無償の相続分の譲渡は、その相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、この譲渡をした人の相続(譲渡人が被相続人となる相続)において、譲受人が相続人であった場合には、特別受益に該当する生前贈与に当たるとされています。 このため、他の相続人に相続分の無償譲渡をすると、その譲渡した相続分は、将来、譲渡人が被相続人となる相続において遺産分割で考慮されたり、遺留分侵害額請求の対象になる可能性があります。
(5) 第三者へ相続分の譲渡を行うときの留意点
第三者に相続分の譲渡を行った場合、他の相続人が「相続分の取戻権」を行使すれば、他の相続人は譲渡された相続分を取り戻すことができます(民法905①②)。相続分の取戻権は第三者に対して相続分の譲渡があった時から1か月以内に行使をする必要があり、その第三者に対しては対価を支払う必要があります。
第三者に相続分が譲渡された場合には、その第三者が遺産分割協議に参加する権利を得ますので、遺産分割協議がまとまりにくくなる可能性が高まります。 5 最判平成30年10月19日(民集72巻5号900頁)(前記38注3参照)
A: 相続分の譲渡は譲渡人と譲受人の合意があれば成立しますが、家庭裁判所に申述が必要な相続放棄と異なる手続であり、法的効果も異なります。 相続分の譲渡人は相続人としての立場がなくなるわけではありませんので、相続分の譲渡をもって被相続人の債権者に対抗できないことなどに留意が必要です。
解説…
(1) 相続分の譲渡 相続分の譲渡とは、自身の相続分 (地位)を他の人に譲り渡すことです。民法は、「遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したとき」(民法905①)と規定し、相続分の譲渡を想定しています。具体的には、遺産分割をする前に被相続人の相続財産に対する持分割合そのものを「他の相続人(共同相続人)」や相続人以外の「第三者」に売却あるいは贈与することを相続分の譲渡といいます。 相続分の譲渡をするに当たって、他の相続人の同意は不要となるため、譲渡人と譲受人の合意のみで相続分の譲渡は成立します。相続分の譲渡には、特別な手続は不要で、法律的には「口頭の合意」でも成立します。ただ、口頭では相続分の譲渡があった事実を証明できず、トラブルになる可能性があるので、通常は、「相続分譲渡証明書」などを作成します。
相続分の譲渡は、相続分の全部のみならず、一部譲渡をすることも可能です。あくまで相続分の譲渡であるため、特定の財産を指定した一部譲渡はできません。また、譲渡は有償でも無償でも構いません。 実務上、相続分の譲渡は、第三者に対する譲渡は稀で、他の相続人に譲渡するケースがほとんどです。遺産を承継する意思がなく、遺産分割協議から脱退するために無償で譲渡する場合や、相続人の数が多く全員での協議が困難であることから、協議当事者を減らすために、他の相続人に相続分を譲渡する(協議に参加する当事者が譲り受ける) 場合などがあります。
(2) 相続分の譲渡と相続放棄の違い
相続分の譲渡は、その相続人が相続人の地位にあることを前提に、「相続分」を他の相続人や第三者に譲るため、相続人としての立場が変わるわけではありません。一方、相続放棄は、その相続人の「相続権そのもの」を放棄するため、相続人でなくなります。 相続分の譲渡をしても、相続人であることに変化はないため、被相続人に借金など債務があった場合、債権者から返還請求されたときには、それに応じなければなりません。これは、相続分の譲渡のデメリットといえます。一方、家庭裁判所に相続放棄の申述書を提出して受理されれば相続人ではなくなるため、債権者からの返還請求に応じる必要はありません。
また、相続分の譲渡の場合、相続分を譲渡する側の相続人が、「誰」に相続分を譲渡するかを決めることが可能です。相続分を無償でも有償でも譲渡することができます。しかし、相続放棄の場合は、最初から相続人ではなかったことになります。そのため、これを前提に民法の規定により他の相続人の相続分が定まることになり、自分の望む相続人 (のみ)の相続分が増加するとは限りません。
(3) 相続分の譲渡に係る課税関係
① 他の相続人に無償譲渡した場合
譲受人は、「譲受人の本来の相続分+譲渡された相続分」が、相続税の課税対象となります。この場合、無償譲渡であっても遺産分割協議の一部であると解されるため、譲受人に贈与税は課税されません。 譲渡人は、相続分をすべて譲渡すれば税金は一切かからず、一部譲渡をした場合は「譲渡しなかった相続分」が相続税の課税対象となります。
② 他の相続人に有償譲渡した場合
譲受人は、対価として有償額を支払うため、「譲受人の本来の相続分+譲渡された相続分と有償額の差額」が相続税の課税対象となります。 譲渡人は、「有償金額」が、相続税の課税対象となり、代償分割と同じ扱い(後記41参照)となります。 また、相続分の譲受人が不動産などを譲渡対価として権利を移転した場合には、相続分の譲受人(不動産の譲渡人)に譲渡所得税の負担が生じることがあります。
③ 第三者に無償譲渡した場合
譲受人は、対価として有償金を支払っていないため、「譲渡された相続分」が贈与税の課税対象となります。 譲渡人は、相続分の譲渡をしても相続人の地位は残るため、第三者に譲渡した相続分に係る相続税の負担が残ります。
④ 第三者に有償譲渡した場合
原則として、譲受人に税金はかかりませんが、有償額が著しく低額なケースであれば贈与税が課税される可能性があります。 譲渡人は、相続分の譲渡をしても相続人であることに変わりはないため、第三者に譲渡した相続分に係る相続税の負担が残ります。また、遺産である不動産などの譲渡対価について譲渡所得税の負担が生じることがあります。
⑤ 第三者が法人である場合
有償又は無償を問わず、譲渡人は相続税の負担が残るだけでなく、遺産である不動産などの譲渡対価について譲渡所得税の負担が生じることがあります(所法59)(前記16 (2)②参照)。また、譲受人である法人において、譲り受けた財産の時価と対価の差額について法人税の課税対象となります(前記16(2)①参照)。
(4) 他の相続人へ相続分の譲渡を行うときの留意点
共同相続人間でされた無償の相続分の譲渡は、その相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、この譲渡をした人の相続(譲渡人が被相続人となる相続)において、譲受人が相続人であった場合には、特別受益に該当する生前贈与に当たるとされています。 このため、他の相続人に相続分の無償譲渡をすると、その譲渡した相続分は、将来、譲渡人が被相続人となる相続において遺産分割で考慮されたり、遺留分侵害額請求の対象になる可能性があります。
(5) 第三者へ相続分の譲渡を行うときの留意点
第三者に相続分の譲渡を行った場合、他の相続人が「相続分の取戻権」を行使すれば、他の相続人は譲渡された相続分を取り戻すことができます(民法905①②)。相続分の取戻権は第三者に対して相続分の譲渡があった時から1か月以内に行使をする必要があり、その第三者に対しては対価を支払う必要があります。
第三者に相続分が譲渡された場合には、その第三者が遺産分割協議に参加する権利を得ますので、遺産分割協議がまとまりにくくなる可能性が高まります。 5 最判平成30年10月19日(民集72巻5号900頁)(前記38注3参照)