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弁護士の知識

遺産分割協議の種類と留意点

2025年11月19日

Q&A 弁護士のための相続税務70
中央経済社

Q: 父が亡くなりました。遺産は自宅とアパート1棟とわずかな現預金です。相続人は私を含めて兄弟3人ですが、どのように遺産を分ければよいでしょうか。
A: 法定相続人が複数人いる場合、相続財産はそれぞれの法定相続分による共有(共同相続) 状態となります。共有状態となった相続財産を相続人間の協議によって分割し、財産を相続する人を決めることによって、各相続人が自由に処分できるようになります。各相続人の法定相続分と異なる割合での遺産分割も可能です。 遺産分割には、現物分割,代償分割,換価分割及び共有分割の方法がありま す。それぞれの分割方法のメリット・デメリットを踏まえて、最善の分割方法を選択します。
解説…
(1) 現物分割
現物分割とは、現物の遺産をそのまま分け合う分割方法をいいます。現物の遺産の価値がそれぞれ異なっていても、相続人全員の同意があれば現物分割ができます。 例えば、複数の不動産が遺産としてある場合に、相続人Aは甲土地,相続人Bは乙土地、相続人Cは丙土地といった具合に、各相続人がそれぞれ不動産を取得する場合や、大きな1筆の土地を相続人の数だけ分筆して、分筆後の各不動産を各相続人が取得する場合などです。 遺産分割とは、「遺産」を相続人間で「分割」するものですので、遺産の分割方法としては、現物分割が原則的な方法であり、相続人間にとってもわかりやすいといえます。
もっとも、土地を分筆するためには時間と費用がかかるばかりか、分筆後の面積では建物を建てられなくなってしまい、分筆により不動産としての資産価値を毀損してしまう場合があり、現物分割を選択すべきではないケースもあります。また、建物の場合、特に戸建住宅のような建物については、そもそも物理的に分けることができません。 遺産の大半が現預金である場合、遺産の種類が多く現物でも公平に分割できる場合、すべての相続人が現物分割について納得している場合など、遺産分割をスムーズに終わらせたいときは、現物分割を選択するとよいでしょう。 実務上は、代償金の支払(代償分割)を併用する場合が多くあります。
(2) 代償分割
代償分割とは、特定の相続人が遺産を現物のまま相続して、代わりに他の相続人に自己の現金その他の固有財産を与える分割方法をいいます(後記41参照)。 代償分割のメリットとしては、複数の相続人間で平等に遺産分割を行えること、不動産などの遺産を売却せずにそのまま相続できること、共有分割によるデメリットを避けられることが挙げられます。また、相続税の計算において、各種特例や控除の要件を満たす相続人が代償分割を選択して財産を取得することで、結果として相続人全員に課税される相続税の負担軽減につながるというメリットもあります。
なお、代償金は相続税の課税対象となる財産ですので、受け取った相続人に贈与税や所得税は課税されません。代償金を支払った人の課税価格の合計は代償金を差し引いた金額となります。 代償分割は、不動産の現物分割が難しい場合の分割方法として有用であり、実務でも非常に多く採用される分割方法です。
もっとも、取得者には代償金の原資を確保する負担が生じることと、代償金は、遺産の相続税評価額によって定めるものではなく時価を基準として定めることになることから、不動産を取得する側と取得しない側で、不動産の評価額に対するインセンティブが異なります (例えば、取得者側は不動産を低く評価したいと考える一方で、非取得者側は不動産を高く評価したいと考える。)。そのため、不動産の評価をめぐって非常に紛争になりやすく、協議がまとまらない場合がある(調停、審判に進まざるを得ない)という難点があります。 また、代償分割の場合の代償財産の価額の計算においては、相続人間で代償財産の価額としての評価を合意していない場合には、時価と相続税評価額の調整計算を行うことが必要となります(相基通11の2-10)。 そのほか、代償金ではなく、代償財産(別の場所の土地など)を交付する場合には、代償財産を交付する相続人に譲渡所得税が発生する可能性がありますので、注意が必要です (後記41参照)。
(3) 換価分割
換価分割とは、現物の遺産を売却して金銭に換えて、その金銭を相続人間で分割する方法をいいます(後記56参照)。 換価分割は、対象となる現物を高く買ってもらえれば相続人全員にとって利益となる一方、安く買い叩かれればその不利益は相続人全員に帰するというように、相続人全員にとってフェアな分け方です。そのため、遺産の評価をめぐる紛争はほとんど生じませんし、相続税の納税資金の捻出もできる方法といえます。 一方、相続税の納税資金捻出のための売り急ぎにより希望額で売却できない可能性があること、売却関連費用(仲介手数料,測量費用など)がかかることがデメリットとして挙げられます。また、実際に特定の相続人が不動産を占有使用している場合、その相続人は出ていくことが前提となるため、そのようなケースではなかなか採用しづらい分割方法といえます。 課税上、売却益には譲渡所得税が課される可能性があることもデメリットの一つといえます(後記56参照)。
そのほか、換価代金を分割対象財産とすることを明確に合意しないまま換価してしまうと、換価代金が遺産分割の対象となるのか否かの争いが生じるおそれがあります。 最高裁昭和52年9月19日判決は、「共同相続人が全員の合意によって遺産分割前に遺産を構成する特定不動産を第三者に売却したときは、その不動産は遺産分割の対象から逸出し、各相続人は第三者に対し持分に応じた代金債権を取得し、これを個々に請求することができる」と判断しました。もっとも、売却代金を一括して共同相続人の1人に保管させて遺産分割の対象に含めるなどの合意をすること自体は否定していません(最判昭和54年2月22日7)。 以上によれば、換価する際に遺産分割の対象とすることを合意しておかなければ、換価代金は遺産ではなく、各自に相続分に従って帰属するのではないかとの争いを生む可能性がありますので注意を要します。
(4) 共有分割
共有分割とは、遺産を相続人間で共有するという内容で分割する方法をいいます。分割方法がなかなか決まらない場合や、いずれ時期をみて共同売却することに合意する場合などに選択される方法です。 共有分割は、具体的相続分の割合で不動産を共有とするものなので、相続人間に不公平が生じることはありません。
もっとも、共有分割の結果、遺産共有 (暫定的な共有関係)から物権共有(確定的な共有関係)に移行しますが、共有不動産として管理・処分するためには共有者間での話し合いが必要となり、意見が一致しない場合にはトラブルになる場合があります。共有状態の解消を図るためには、共有物分割の手続を経る必要がありますので、相続人間に強い希望があり、共有としておくべき事情が認められるなどの事情がない限り、なるべく避けるべき分割方法といえます。
(5) 検討順序
まず、最初に検討すべきは、①現物分割です。現物分割は、遺産を現物で分割するものであり、原則的な分割方法といえますので、最初に検討されるべき分割方法となります。もっとも、不動産では、現物分割ができない、あるいはすべきではないケースが多々あります。
そこで、次に検討されるべきは、②代償分割です。代償分割もまた、現物分割と同様、不動産の性質や形状を変更せずに分割するものですので、優先して考えられるべき分割方法となります。しかし、代償金の原資確保や、評価額をめぐる紛争が生じやすいという難点があります。 現物分割も代償分割も難しいというケースで検討されるべきは、③換価分割です。換価分割は、不動産を売って分けるので、相続人間にとっては最もフェアな分割方法といえます。
ただし、特定の相続人が住んでいる場合など、実際には換価することが難しいケースにおいて、最終手段として検討されるのが、④共有分割です。共有分割は、具体的相続分で不動産を共有するもので、不動産の評価額は問題にならず、換価の手間もなく、遺産分割段階では最も波風が立たない分割方法といえます。しかし、確定的な共有関係に移行してしまうので、共有分割後においてトラブルに発展する可能性が残る選択肢といえます。 本事例においても、上記法的効果や課税関係を踏まえて分割方法を検討するとよいでしょう。
《遺産分割の検討順序》
① 現物分割・・・・・遺産の形状や性質を変えず現物で分割する
② 代償分割……………… 特定の相続人が多くの遺産を相続し、他の相続人に代償金を支払う
③ 換価分割・・・・・遺産を換価し、その代金を分割する
④ 共有分割……・・・・遺産を相続人の共有状態とする